9章_0130話_噂が呼ぶもの 1
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ラウプフォーゲル女学院。
そこは帝国の南西側を支配する旧ラウプフォーゲル領の貴族令嬢と、豪商、ときどき平民の女子たちが通う女子校。
「中立派」と呼ばれる、帝都とラウプフォーゲルの間に位置する領地の貴族も少数ながら在籍しており、将来的にはラウプフォーゲルの婿を持ちたいと考える親たちが娘を送り出す場でもあった。
週末が休日であることは、帝国ではどこも同じ。
その休日明け、女学院の話題はひとつ。
上位貴族クラスも下位貴族クラスも、成績優秀クラスもそうでないクラスも同じもの。
大ラウプフォーゲルの王であり、今でもその影響力を色濃く残すラウプフォーゲル公爵家の次期領主として指名されたケイトリヒ殿下。
その婚約者が、女学院の女王マリアンネ嬢ともうひとり、フランツィスカ嬢に決まった。
そしてこの週末、婚約が決まってから初の逢引があったという話題。
テレビもネットもSNSもない異世界、年若い少女の集まる女学院の話題は専ら噂話だ。
なかでも大ラウプフォーゲルの王子ケイトリヒ殿下とマリアンネ嬢、フランツィスカ嬢の婚約の話題は、アイドルの熱愛報道のようなもの。それでいて領地どうしの政治的な結びつきもあるため、色恋に興味のない冷めた生徒でさえ注目していた。
「聞いた!? 先週末の話!」
「さっき聞いたわ、ケイトリヒ殿下ってあの、お歌を歌った方よね? 実年齢よりも随分と幼い殿下だから婚約はまだずっと先だと思っていたのに……」
「幼くても、トリュー開発にアンデッドの殲滅、ローレライまで割譲された、後に英雄まっしぐらの殿下よ! もう婚約者が決まってしまったなんて残念だわ」
「さすがにそこまでの大物だと、わたしたち平民では第3夫人さえ厳しいでしょうね。年齢差もあるし、第3、第4と名だたる令嬢が列をなしているはずよ」
「あ〜あ、憧れのラウプフォーゲル公爵家に入るには、あとはあのアデーレ夫人の息子たちだけね。恰幅が良くて見た目は素敵ですけれど、どうにも粗暴なのよね」
「情報が古いわよ。クラレンツ殿下は少し前まで傍若無人が目に余ると言われてましたけれど、ケイトリヒ殿下が懐いてからというもの、いいお兄様になってらっしゃると聞きましたわ」
「ケイトリヒ殿下が懐いたって……クラレンツ殿下に? 一体どこからの情報!?」
「ウフフ、わたくしの従兄弟がエーヴィッツ様の側近なのよ」
「あっ、そういえばクラレンツ様とエーヴィッツ様が和解した話も貴女からだったわね」
「それよりもラングハイム侯爵令嬢とハイアーヴァロウ伯爵令嬢との逢引よ!!」
「くう……どんなふうに過ごされたのかしら。場所は? お店は? お食事は? ドレスはどんなものを? ああ、気になる!!」
「たいへん!! 中庭で、ラングハイム侯爵令嬢に突撃した猛者がいらしてよ!」
「令嬢もそれを受け入れたそうで、今からお話しになるって!」
「ええっ!? あの気位の高いラングハイム侯爵令嬢が……」
「それだけ、話したい話題なんでしょ! 早く行かないと!!」
女子しかいない生徒たちの間での情報伝達は風よりも早い。
ましてや今回の話題の中心はラングハイム侯爵令嬢とハイアーヴァロウ伯爵令嬢という、「大ラウプフォーゲルの双華」と謳われる2人の姫。ほとんどの生徒の憧れの存在。
ハイアーヴァロア伯爵は、ナタリーの子爵令嬢同様に少し普通の伯爵とは違う。
ラウプフォーゲルの金庫番と呼ばれるほどに経済力のあるグランツオイレ領主、ハイアーミッテン侯爵の弟だからだ。その娘フランツィスカは、領主であり伯父である侯爵閣下からも可愛がられていることはラウプフォーゲル内では有名なこと。
落ち目であったり貧しい侯爵家よりも、ずっと発言権と影響力のある伯爵家なのだ。
さらに歴史と実力あるシュヴァルヴェ領主ラングハイム侯爵の娘と仲が良く、大ラウプフォーゲルの王子と婚約したとなると、その地位はマリアンネと2人立ち並ぶに相応しい。
同じ伯爵令嬢の立場から見ても、羨まれるほどの「出世頭」だ。
中庭に集まった女子は、軽く100人を超えていた。
「まあ、どうしましょう」
「さすがに多すぎるわね」
当の本人たちは、想像を超えた注目度にさすがに困惑した。
女子生徒が100人も群がると、さすがのマリアンネ姫様も気圧されたのか、騒ぎを聞きつけた教師に目を向けた。
「オリガ先生、どうしたらいいかしら」
「ケイトリヒ殿下との婚約のお話ですね。それは皆が聞きたいでしょうし、政治的にも重要事項です。不平等が出ないよう、食堂を手配しますからそちらへ移動されてはどうでしょう? それと、あまり伝聞が広まっても面倒ですから聞きたい生徒は全員参加させてもよろしいでしょうか?」
「構いませんわ」
「ええ、そのほうが何度も同じ話をねだられずに済みますし、間違いが広がったりすることもないのでよろしいかと。オリガ先生、采配ありがとう存じます」
そういうが、彼女たちに無理に話をせがむような生徒はいない。
なにせ階級社会。
スラリと背が高く、髪を短くした女性教諭はさすがにこのままここで大講演会が開かれるのはマズイとおもって見守っていたが、マリアンネのほうから指示を仰がれて助かった。
その提案に不満げなのは、いの一番に姫に「お声がけ待ち」をした下位貴族の生徒。
それを目ざとくみつけたフランツィスカは、「貴女は一番前においでなさいな」と言うとクルリと満足げな表情になった。
オリガ教諭はそれを見て「さすが未来の公爵夫人は抜け目がない」と笑い、簡易的な講義室を作る予定を頭の中で組み立てた。
放課後。
拡声魔法と簡単な講壇のようなものを教師たちで用意したうえで、集まった生徒は膨れ上がって200人弱。全校生徒の3分の2が集まっていることになる。
教師も利用し、生徒には護衛や侍女をつけることを想定しているため、大食堂は充分な広さがあるがそれでもここまで集まることは稀。
「まあ、たくさんいらしてますのね」
「ラウプフォーゲルの未来に関わることですもの」
マリアンネとフランツィスカがクスクスと笑いながら現れ、壇上に座る。
上級貴族である彼女たちはいつも身だしなみは完璧なのだが、今日はどこか輝きが違う。
「な……なんだか、いつもよりお綺麗ではありませんか?」
「ええ、おふた方ともいつもお綺麗にしてらっしゃいますけど、今日は一段と……」
ざわつく女子生徒たちに、フランツィスカが笑う。
「ウフフ、気づかれまして? その秘密もこれからお話いたしますわね」
その一言で、2人に若干の反感を持っていた生徒も完全にそれを投げ捨てた。
「キレイになる」ことは外見のみに限らず、また地球の世界と同様に女性の目標。
嫁不足のラウプフォーゲルでは、男性が好む、という指針でいえば顔の造形や体型についてあまり頓着がない。女性であるだけで無条件にモテる。モテのために美しくなる必要はないのだ。が、女性同士の評価となるとそうはいかない。
より理想のボディ、美しい髪、より美しい肌、よりファッションセンスの良い人物のみが女性の中で尊敬を勝ち得る。この世界で「美」は女性同士の戦いにおける武器であり、防具であり、そして勝ち上がるための道具だった。
平民の女性でも際立った美しさか、抜きん出た何かがあれば高位貴族の男性に嫁ぎ、1人か2人子を成せばその後の世話は使用人に任せ、遊んで暮らせる。
成人前の年齢の場合は養女として高位貴族に迎え入れられるという可能性もあった。
生徒たちの多くはそんなシンデレラストーリーを夢見ている。
そうでない生徒は、単純にラウプフォーゲル公爵令息が取りしきる新事業に興味を持っているようだ。商才や文才、情報解析力もまた「武器」になるが、「美」はそれらと兼ね備えることができる。
「まず皆さんが気になっている件ですけれど……わたくし、フランツィスカとこちらのマリアンネ嬢は、このたびラウプフォーゲル公爵令息のケイトリヒ殿下と正式に婚約いたしましたわ」
ワッと場が湧き、生徒たちは口々に「おめでとう存じます!」「ラウプフォーゲルに栄光あれ!」と祝福の言葉を放ち、2人もそれに満足そうに応える。
それから帝都での婚約式の話、結婚の予定日など、すでに領主クラスには通達されている情報を明かす。何度も祝福の拍手で湧いたが、聴衆がききたいことはそのような表面的な情報ではない。
「それで、ケイトリヒ様から先日、ご招待を受けて新しい商館と呼ばれる施設に行って参りましたのですけれど……すごかったですわよ、ねえマリアンネ」
「ええ、それはもう!」
ようやくこのターンが来たか、と、生徒たちは前のめり。
商館の場所はまだ明かせないが、地上から半リンゲほど高い場所に作られた卵型のドームだと言ってもあまりピンとこなかったようだ。
名前が鳥の巣街ということで、ぎりぎり「街っぽいものらしい」ということだけは伝わっただろう。
それよりも公爵令息の新事業トータルサロン、「小鳥のおめかし部屋」の具体的な体験談にさしかかると矢継ぎ早の質問と抑えきれない感嘆の声が飛び交った。
「そ、その、髪につけるとクシ通りが良くなるという香油は販売されるのですか?」
「血色が良くなるマッサージというのは、自分でもできるのでしょうか!」
「肌の乾燥度合いによって、テクスチャーを変える? とはどういうことですか!?」
「絵のような爪紅……? 想像もつかないわ、こんな小さな場所に絵を描くの?」
「あらあら、順番に説明しますから、お待ちになってね。でもフランツィスカ、さすがにそんなに詳しいこと、覚えていらっしゃるかしら?」
「そうねえ、概要くらいなら話せますけれど……そうだ、思い切ってケイトリヒ様に聞いてみてはどうかしら?」
その言葉を聞いた瞬間、ざわついていた大食堂は水を打ったように静まり返った。
「え……もしかして、ケイトリヒ様と両方向通信を?」
「あれは魔術の心得がないと難しい術よ」
ざわざわと困惑の声が上がる中、フランツィスカはオリガ教諭の許可を得て侍女を呼ぶ。
「デボラ、ケイトリヒ様から預かっているものをこちらに置いてくださる?」
「はい、フランツィスカ様」
デボラと呼ばれた侍女が2人の姫の間にあるカフェテーブルの上に置いたものは、小さな四角錐。陶器か金属かははっきりしない。
「ええっと……これに魔力を流せばいいのよね。マリアンネ、お願いできるかしら」
「いいわよ」
マリアンネの白い手が四角錐に触れると、淡く青い光を放ちはじめる。
光を放つ魔導具が、べらぼうに高級であることを知っている生徒たちは息を呑んだ。
「ん……あっ、ケイトリヒ様? わたくしです、マリアンネですわ」
『あ、えっ!? これもうこっちの声きこえて……あ、マリアンネ嬢ですか! もしかしていま……地図、でる? あ、でた、あっあっ、女学院にいらっしゃるですか!』
ケイトリヒの鈴のような声に、多くの女子生徒たちが思わず「かわいらしい!」と口元を押さえている。
「ケイトリヒ様? わたくしです、フランツィスカですわ。いま、女学院で先日の体験をお話しているのですけれど、商品の紹介となると今ひとつ自信がなくて」
『え、商品紹介って……キレイになったおふたりをみれば、それでよいのでわ?』
その言葉に、聴衆が穏やかなクスクス笑いと「仲がよろしいのね」と冷やかしが交じる。
「女学院の先生が、ご厚意で説明の場を設けてくださったのです。わたくしたち体験談はお話できますけれど、いつ商品化されるかなどは……ね?」
『あー、りかいしました』
「ね、ケイトリヒ様。この通信機、お姿も見られると仰ってたわよね。そちらのご様子も拝見できるのかしら?」
『もちろんですよ〜。え、みたいんですか?』
フランツィスカがいたずらっぽく聴衆の生徒たちに向かって口元に指を立て、「どうかしら?」と聞くと、200人弱の生徒が無言で頷く。
その様子が面白くて、マリアンネはくすくす笑った。
「ええ、お顔をみたいですわ。ケイトリヒ様も、こちらの様子も……あの、叙勲式のナマハイシンのようにご覧になることができるのよね?」
『で、できますよ〜、ちょっと、ジュンちゃんと座って! パトリックは編み物やめて!あっ、こっちはちょうど側近と会議してたところなんです、いま映像だしますね』
なにやらゴソゴソするような音がしたあと、四角錐から強烈な光が放たれて空中にスクリーンが現れる。そこには、どアップのケイトリヒ王子。
思わずといったように、200人の女子生徒たちから声が漏れる。
その赤ん坊のような可愛らしさが理由ではあるが、それ以上に話題のナマハイシンがここでも!?という感嘆の声のほうが多い。
『ん? あ、うつったかな』
『それは固定なのですか? ローレライのときのように飛ばすことは』
『できないんだよね、置いてつかうように作っちゃって……あっ、マリアンネ嬢。そちらの映像入力装置を起動するには、四角錐のてっぺんを……ギュッと押してください。けっこうつよく』
「こうかしら? もっとかしら、えい」
「わっ、何か出てきましたわ!」
四角錐の下半分がパカッと開き、中から丸い玉がふわふわ〜っと飛ぶ。目玉のようなそれは、クルリと空中で回ってマリアンネに照準を合わせて止まった。
『あ、せんじつぶりです。マリアンネ嬢、フランツィスカ嬢!』
『ほう、これは素晴らしい! しかし販売となると帝国の通信法に抵触しそうですね』
『こ、この精度は御館様へ報告案件ですよ……』
『いつの間にこんなもの作ってたんですか』
大食堂の空中に映し出されたスクリーンには、小さなケイトリヒとそれを囲むように男性の側近たちが映っており、こちらの状況がわかっていないようで思い思いに喋っている。
「まあ、この方たちはケイトリヒ殿下の側近……!?」
「やだっ! すごい、全員かっこいいわ!」
「あの緑色の髪の殿方はなんというお名前なのかしら」
「わたしは後ろの金髪の方が」
「目の色が左右で違うわ、珍しい! それに、素敵……」
年頃の男性を見慣れていない女子生徒たちは、大きなスクリーンに映し出されたケイトリヒ自慢の側近たちをみて盛り上がる。
『な、なんかたくさん声が聞こえます』
「ええ、先程申し上げましたでしょう? 先生がご厚意で説明の場を……と。この目玉のようなものでこちらを確認してるのかしら。後ろに向けられますか?」
『あえ、うーん、最初は魔力を流したヒトを固定空撮するように設定されてるから……ええと、こうかな。ちがうか、あ、これ? これだ……うわっ!! なっどっどーしたんですかこの人数は!!!』
「ご興味のある方々に集まってもらったら、こうなったのですわ」
「ところで、化粧品の説明ですけれど……」
『ひゃー、ちょっとまてくだしゃい、カサンドラ!……は化粧品わからないか、ええっ、どうしようどうしよう! ジオール?はちょっと礼儀に難が! ああ、ちょっとまってくださいね!!』
『ケイトリヒ様、ここはいったんわたくしが』
『あっ、えーと僕の側近のガノが説明します! ペシュ、すぐに白き鳥商団にれんらくを……』
場所を移動したのか、画面に1人だけになった緑色の髪の青年は、手際よくケイトリヒの化粧品事業でありオリジナルブランドの『ベイビ・フィー』の説明を始めた。
最初こそ女子生徒たちは王子の側近たちの眉目秀麗ぶりに騒いでいたが、説明が始めるとその表情は授業のときと同じくらい真剣。
『では次に、ラングハイム侯爵令嬢とハイアーヴァロウ伯爵令嬢が実際に足をお運びになった小鳥のおめかし部屋という施設の説明に移りたいと思います。化粧品について、なにかご質問のある方はいらっしゃいますか?』
王子の側近、ガノの説明は淡々としつつも要点を抑えてあり、ときどきジョークなども交えてとても聞きやすい説明だった。そして、しっかり値段まで伝えてセールスしている。
オリガ教諭もその説明に聞き入りながら「教師に向いている」と思ったくらいだ。
「保湿が大事であることはよくわかりました、が廉価版がでる予定は!?」
『そういったお声はたくさん頂いております。今後検討いたします』
「お母様が使っているのですけれど、ほかにも製品はございますわよね?」
『母となったレディには色々と肌の悩みもあるようですが、ここにいらっしゃる皆様はまだ若く、あまり肌質を改善するような化粧品は推奨できません。清潔を保ち、しっかり保湿するだけで充分ですよ』
「あの……ガノ様は婚約されていらっしゃるのですか?」
『製品についてのご質問以外はお答えできかねます。……ああ、ではここで説明を交代させていただきます。皆様、ご清聴ありがとうございました』
画面から緑髪の青年が横に消えると、逆側から長い髪の女性がフレームインしてくる。
女子生徒たちも目を奪われるほどの美女だ。
『わたくし、白き鳥商団で金融系の担当をしておりますイルメリと申します。担当は金融系ですが、この度の小鳥のおめかし部屋創設にともない、統括的に事業を把握しておりますので、何でもご質問ください』
女子生徒たちはポカンとして反応できない。
『ラングハイム侯爵令嬢、よろしければ小鳥のおめかし部屋でいちばん気に入った施術を教えていただけますでしょうか?』
「そうね、全部気に入ったけれどいちばん驚いたのは爪紅かしら。ただ色をつけるだけではなくて、芸術的な仕上がりは今までにないものですわ。当日はつけさせていただきましたけれど、女学院は華美なお化粧を禁じておりますから」
それを聞いてイルメリはごく自然に爪紅の説明に入る。革新的な新素材であること、技術者はまだ1人しかいないこと、その希少性と価値を存分に。
『ここにいらっしゃる皆様にお見せできないのは残念ですわね。是非、卒業式の夜会でご披露なさってはいかがかしら。続きましてハイアーヴァロウ伯爵令嬢におなじことをお尋ねしますわ』
「わたくしは断然、ヘアケアね。侍女たちはいつも丁寧にやってくれていたけれど、小鳥のおめかし部屋のエステティシャンの助言を取り入れたあとは、今までと全然違うもの。『ベイビ・フィー』のトリートメント効果だけではない、日頃の髪の扱い方まで助言をいただけて大変有意義でしたわ」
フランツィスカが満足げに髪を揺らして見せると、女子生徒たちもウットリとそれを見つめる。
『ご満足いただけたことは何よりにございます。小鳥のおめかし部屋の技術は、帝国中から集められた寄りすぐりの技術者が……』
イルメリと名乗った美女は、ガノと趣をかえて対話型の説明だ。
壇上の2人だけでなく、女子生徒たちにもあえて質問を投げかけながらわかりにくい説明をとてもわかりやすく話す。
オリガ教諭はこれまた教師に向いている……と思ったが、聞けば聞くほど「これは度が過ぎると狂信者を作り出す」と心配になってしまった。
それほどまでにこのイルメリという女性の人心掌握術は巧妙で、年頃の少女たちには効果絶大だ。どこかで切り上げなければ、と機会を伺っていたが、どうやらこのイルメリという女性は自身の能力を正しく理解していて、少女たちを操るつもりはないらしい。
必要な説明は終えたと告げると、すぐににこやかに別れを切り出した。
『ラングハイム侯爵令嬢、ハイアーヴァロウ伯爵令嬢、並びに女学院教員と生徒の皆様。このような説明の場をいただけたこと、心より御礼申し上げます。我らの主、ケイトリヒ殿下はいま父君であるラウプフォーゲル公爵閣下と会談中にございますので、わたくしのご挨拶でこの場を失礼させていただきますこと、お許しください』
「いいえ、突然の連絡だったのに対応頂いてありがとう存じます」
「殿下にも白き鳥商団にもご苦労をおかけしてしまいましたわ」
『いいえ、この通信装置は殿下とおふたりの姫君の私信用ですから。今後もお気兼ねなくご連絡頂けると、殿下もお喜びになると存じますわ。卒業式の準備の際、またお会いできるのを楽しみにしております』
ここでイルメリはしっかりとケイトリヒと2人の姫の蜜月ぶりをアピールすることを忘れない。マリアンネもフランツィスカも満足げ。
オリガ教諭は「見事な手腕だこと」と半ば呆れぎみだ。
マリアンネの思いつきのような展開だったが、これはショーとして秀逸な筋書き。
目的は「ケイトリヒ殿下の資金力と政治力」と「2人の令嬢との蜜月関係」と「今後大きな事業展開があることを匂わせる」もの。
女学院では別格だった2人の令嬢は、今回の婚約で「雲の上の存在」にまでなった。
しかし決して自分たち「下々のもの」を隔絶して見下してくるような存在ではなく、同じヒトとして慈しみ、恵みを分け与えてくれるような存在として。
生徒たちからの要望に応えたことで、2人は「気取った令嬢」ではなく「高貴ながら臣民を思う令嬢」という評価になるだろう。
興奮気味に「小鳥のおめかし部屋」や商館、白き鳥商団についてや、あるいはケイトリヒ殿下のイケメン側近たちの話をしながら大食堂をあとにする生徒たち。
もともとラウプフォーゲル領の生徒が多いのでラウプフォーゲル公爵令息であるケイトリヒ殿下に好意的なのは自然なのだが、ほとんど傾倒といえるほどに女子生徒たちを味方につけた。ラウプフォーゲル領で、女性を味方につけることの意味は大きい。
「優秀だとは聞いておりましたけれど、ここまでの傑物とは思っていませんでしたわ」
思わずそう呟くと、近くにいた女性教諭も頷く。
「皇位継承順位の制限を撤廃した理由は、間違いなく殿下でしょうね」
「……ええ、おそらく側近たちもさぞ優秀なのでしょう」
女学院の教諭たちは、実は各領地からの「嫁候補紹介依頼」を受けており、実のところ結婚相談所のような役割も果たしていた。
もちろんそれは生徒もその親たちも理解しており、公式の活動だ。平民でも才能のある娘はいい嫁ぎ先やパトロンを見つけるために女学院に入学することもある。
教諭たちが身元を厳選した男性をあてがってくれることを期待してのこと。
「評価を上方修正しなければなりませんわ」
「ええ。それに、ケイトリヒ殿下につながる人脈も洗い出しを。既存の貴族の経路からは繋がらないのに、あのように優秀な人員をどこで見つけてくるのか……これまでの方法では調査の難しい御方ですわね」
「この際、ラウプフォーゲル領主閣下にご協力をおねがいしてはいかがかな?」
教諭たちは顔を見合わせて静かに頷く。
ここはラウプフォーゲル領主直轄の女学院で、話題の王子はラウプフォーゲル公爵令息。
たしかに少し情報を融通してもらうくらいは可能だろう。
「殿下の側近があれほどまでに美男ぞろいとは。今後は生徒からの突き上げが面倒です」
「側近たちとのお近づきを望む生徒は増えるでしょうねえ。将来性も充分ですから。たしかあのガノという青年ともう1人、ラウプフォーゲルの出身だったと思いますよ」
「むしろ公爵令息でありながら、その2人しかいないのですか?」
「世話役がシュティーリの傍系ですからね」
その話題が出た瞬間、全員の顔がなにかに納得した。
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「えっ……や、や、夜会? それは、ダンスてきな」
『夜会だ。女学院の恒例だ。婚約者となった以上、卒業式の夜会では2人をエスコートせねばならん。これは避けられんぞ』
画面の向こうの父上が、どこか叱りつけるような顔で言ってくる。
マリアンネとフランツィスカに渡した映像投影機能つきの両方向通信装置が高性能すぎて、帝国の通信法に抵触するかもという話題でちょっと怒られた後なので、口調もちょっと厳しい。
さすがにもう婚約してますんで、逃げ出そうとかは思いませんけど!?
でも、でもですよ!?
「僕はおどれませんが!!」
『踊りは……まあ、身体がそれだからな、仕方ない。が、エスコートは必須だ。踊りは、誰か適当な側近でもあてがいなさい』
てきとうな側近!?
バッと右を向くと、右にいた側近が全員目をそらした。
さらにバッと左を向くと、こちらも全員が目をそらした。
どういうことよ!! いや、パトリックだけはちょっと受け入れ体制だ!
「年齢と身長を考えるとスタンリーとルキアが妥当なのですが……」
ペシュティーノの言葉に、スタンリーは硬直してルキアは青ざめている。
長い沈黙と気まずい時間がたっぷり流れた。が、それを破ったのはスタンリーだ。
「ごっ……………………ご命令とあらばッ……!」
すっごい唇噛んでる! 自分を殺してる! やめてあげて!
「告白していいですか。僕、ダンスの授業は1年生のとき10点中4点でした……」
よんてん!! ビミョー!! ルキア4点!! 中の下!!
「ごっ……ごめんね、僕がちいさいばっかりに……!」
なんだか情けなくなってきちゃった。
あまりに悲壮感ただよう様子に、父上もなんだか気まずくなったのか『どうしても準備が難しい場合は領主直轄の騎士から出すので言いなさい』と折衷案をくれた。
おナサケですね!
貴族って面倒だよおお!