1章_0013話_料理人を拾いました
翌日の狩猟は、父上と兄上たちだけで出発。
ちょっとちょっと、置いてかれるならなんで俺を連れてきたん? と言いたくなったが、まあ体格3歳児の俺は流石に邪魔だろう。
というわけで、俺はジュンとガノと狩猟小屋周辺の畑や庭を探検だ!
ギンコもヨタヨタと俺の後をついてくる。目も開いてないのに、健気! 忠犬の予感!
抱っこしてあげたいけど、でかすぎて無理。たぶん15キロくらいある。俺も同じくらいなんじゃないかな?
「あっ、でっかい豆! これなあに、食べられるの?」
俺の拳くらいある豆だ。枝豆みたいにサヤから実をのぞかせているが、濃い緑色でテッカテカ。この世界って動物も植物もでっかい。……俺が小さいの?
「食べられなくはないですけど、美味しくないですよ。家畜の飼料用かと。ここにはブリフのほかにムームがいますから。そうだ、ご覧になりますか?」
「むーむ? ぶりふ?」
「どちらも大きな角を持った魔獣です。温和で臆病な性格で飼育に向いているので、どの街でも牧場がありますよ。ブリフは一般的ですが、ムームは帝国ではあまり多くありません。レアですよ」
「みるー!」
「ああ、ほら。あの丘に放牧されているブリフが見えます」
ガノが指差した方向を見ると、草の生い茂った丘で頭を下げてもしゃもしゃしているでっかいヤギみたいなフォルムの魔獣がいる。……あれ、遠いけどかなりでかくない?
「……でっかい?」
「ええ、ブリフもムームも私の背以上に大きいですよ」
「こわ」
「ふふふ」
「やっぱり見ない」
「おやそうですか……あ、ケイトリヒ様。動かないで」
「え」
俺がピタリと動きを止めると、ガノが俺の顔の横をかすめるような動きで「ぱん」と、何かを勢いよく払った。
ものすごく嫌な予感がして地面にボトリと落ちたその何かを見ると……。
「む、む、むしいいぃ!!!!」
飛び退こうとしたらギンコにつまずいて、ボテッと尻もちをつく。
その間も、ひっくり返ってうごうごしている青黒い甲虫からは決して目を離さない。
俺は……俺は前世の大人な俺の頃から、虫が大嫌いだ! 触るはおろか、見るのも気配を感じるのもイヤなのだ!!
「ぴやああぁん!!」
「け、ケイトリヒ様!?」
「どうした!」
少し離れた場所にいたジュンがすかさず側に駆け寄る。
「むしっ、むっ、むしぃ! ぎゃあぁん!!」
「虫……が、お嫌いなのですか?」
「ああ? こんな小さい虫が怖いのか? こいつは木や草の汁を吸うだけの無害な魔虫だよ、噛んだりしないし毒もねえ」
「そ、そういうもんだいじゃなくてっ!! ぴやっ! う、動いてるう、やだやだ!」
俺がぎゃあぎゃあ騒いでいると、ギンコがのそのそとその虫に近づいてふんふんとニオイを嗅ぐと、パクリと食べてしまった。
「え」
食べた?
「うわあぁぁん、ギンコがむし食べたああ!」
「落ち着いてください、大丈夫ですよ。ガルムはそれくらいではお腹は壊しません」
「多分そういうことじゃないと思うんだけどな……」
ギンコが俺の側へ戻ってこようとするが、俺が後ずさるとちょっとしょんぼりしてしまった。ごめん! だってマジでショックがだね! 心の整理をだね! させてほしい!
「く、く、口に足のカケラとか引っかかってないですよね!?」
「調べましょう」
ガノがギンコの口をチェックする。食べてくれるのはいい。頼もしい。
しかし、虫が「いた」という事実は絶対に残さないでほしい。絶対にだ!!
足だけ残ってるとかもってのほか! 足がいちばんやばい!
「大丈夫ですよ」
「ほんとう!?」
「本当です」
「は、吐き戻したりしたら怒るからねっ!?」
「ギンコ、もし吐きたくなったらケイトリヒ様の目に見えないところで私達におしえてくださいね」
「キューン」
ギンコはしっぽをパタパタさせて理解したような素振り。
たのむよ!? 理解しててくれよ!?
「(せ、精霊! どの精霊かわからないけど、絶対、絶対に僕に虫を近づけさせないで)」
(えー、そんなに苦手なの? まあいいけど。バジラットが得意かな?)
(あいよ、それくらい簡単だ。まかせろ)
精霊にも得意分野があるらしい。
虫除けにはバジラット。なんだかCMみたいな覚え方だけど、頼りにしちゃうからね。
(……この辺一体の魔虫種を滅ぼすとかじゃなくていいよな?)
そこまではさすがに望みません!
その後も狩猟小屋の周辺では、でっかいネズミのようなウサギのような……ボビットという魔獣を見たり、ムームの搾乳を見たり、猟犬の小屋を見たり。猟犬は父上たちに連れて行かれてお留守だった。ムーム、でっかいです。俺から見ると象くらいある。
搾乳も、手で絞っていたけどジャボジャボ出てた。全体的にスケールでかい。
浅い池があったのでちょっとだけ靴を脱いで水遊び。
目の前にでっかいカエルが飛び込んできて水びたしになったけど、すぐにガノが魔法で乾かしてくれた。
「カエルは平気なんですね?」
「カエルはカサカサしてないもん」
「カサカサ……?」
池の魚をちっちゃな網ですくって捕ろうとしたけど、ダメだった。
「魚も問題ないんですか」
「さかなは美味しいから好き」
「えっ、マジか。あの魚は骨だらけだし何しても泥臭いからマズイぞ」
ちっちゃな池にいるくらいだから、フナみたいなやつかな?
食用に向かないとはいえ、魚釣りは楽しいし捕まえたら達成感がある。
「釣具ないかなあ」
「釣りをなさいますか? 御館様は好まないそうですが、道具であれば狩猟小屋の者が持っているかもしれません」
「ボートでも出すか?」
狩猟小屋はここからでもすぐ近くに見える。すぐ近くで畑の手入れをしていた使用人がいたのでジュンが彼に釣具とボートについて聞いてくれた。
「釣具はありますけんど、ここは池ではねえですよ。茂った木で見えにくいですが、大きな川のわんどでさ。ボートを出したら、流されちまいますから釣りをする場合はあすこの岩からなさってくだせえ」
ジュンに説明しているようだけど、声がでっかいので俺たちのほうまで聞こえてきた。
少し待っているとジュンが釣り竿を2本と網とバケツを持ってきてくれたので、午前はのんびり釣りタイム。
エサは狩猟小屋の使用人がよく使うという、練り餌だ。俺の虫嫌いは主に6本以上の足を持つカサカサ系がターゲットなのでワームは平気。まあそれでも練り餌のほうがいい。
ガノと俺が釣り糸を垂らし、ギンコは俺の横でおとなしく寝ている。
ジュンは少し離れたところで一応、周囲の様子を見ている。狩猟小屋の敷地のすぐそばなので魔物の心配はないそうだけど一応ね。
のんびり釣り……と思ったけど、意外にもイレグイ状態で次から次に釣れる。
最初の2、3匹はテンション爆上げで喜んだけど、10匹、15匹になってくるともう疲れてきちゃった。釣りってこんなにのんびりできないものだっけ?
「ケイトリヒ様、22匹目です。もうバケツがいっぱいですよ」
「いっぱい釣っちゃったけど、これ食べられる?」
「ああ、さっきの小魚とちがって美味いぞ。煮てよし、焼いてよしのアオヤマメだ」
「ヤマメ! 料理人に渡したら料理してくれるかなあ?」
「昼食で食べられないか、聞いてみましょう」
「俺もアオヤマメだったら食いてえ! 塩焼きが美味いんだよな〜!」
アオヤマメは20センチ前後の小さな魚だけど、上から見るとしっかり太ってて身がたくさんあって美味しそう。でっかいバケツがギュウギュウでちょっと気持ち悪い。
狩猟小屋の料理人さんに調理してもらえるか話したら「アオヤマメがこんなに釣れるなんて!」と驚いてたけど、喜んで塩焼きにしてくれた。ペシュティーノも釣果に驚いていたけど、それ以上に俺がまるごと1匹塩焼きを食べたことがショックだったみたいだ。
「ケイトリヒ様は魚がお好きなのですか……」
「うん、好き。このアオヤマメ、すごくおいしいね!」
「贅沢な嗜好ですね」
「アオヤマメは冒険者に依頼でもしない限り、普通は釣れない魚だぜ」
4人で食べる焼き魚ランチは、自分で釣った魚というのもあってすごく美味しかった!
「午後は馬に乗って散策しますか? 少し離れた場所に、きれいな滝がありますよ」
「いく! ギンコどうしよう」
「袋に入れて、私の馬で運びましょう」
袋に入れるってかわいそうじゃない? と、思ったけど浅めのしっかりした革袋に入れられたギンコはご機嫌。前世でたまに見かけたトートバックから顔を出す犬みたいでかわいい。目は開いてないけど。
午後はペシュティーノも一緒に4人で滝までピクニック!
狩猟小屋の料理人さんが、果物やパンを入れたお弁当をもたせてくれた。これはおやつ。
昨日までの馬と馬車の苦痛の移動はすっかり忘れて、ペシュティーノとの二人乗りをゆったり楽しむ。ポックリ、ポックリと歩く馬での散策は景色を見たり風を感じたりして気持ちいい。
「あ! みて、木の上に何かいる!」
リス、と叫びたかったけどなんか違う気がした。
「オオトゲリスですね。あれは無害な小魔獣です」
「あれも焼いて食うと美味いんだぜ、ナッツみたいな香りがするんだ」
「私も商隊の護衛をしていた頃によく食べました。肉が少ないので腹にはたまりませんが美味しいですね」
ジュンもガノも、ワイルドだなー。
管理の行き届いた明るい雑木林の合間の道は木漏れ日が心地いい。何かの鳥が鳴く声やガサガサと気配がするけど、ジュンたちが反応しないからきっと大丈夫なんだろう。
目の前をダダダ、と不格好な足音を立てて毛むくじゃらの生き物が横切る。
「あっ、あれは!?」
「あれはボビットです。ずいぶんと肥えてますね。この辺りは捕食者がいないのでしょうか」
「たしかに妙にでけえな。あれはあんまり増えすぎると森を枯らすからなあ」
「狩猟小屋の方に報告しておきましょう」
よく見えなかったけど、説明を聞く限りネズミとウサギの間みたいな生き物みたいだ。
「とり!」
「レルヒェですね。この辺りではたくさんいる小鳥です。鳴き声がキレイなので、城下町では飼ってるものもおりますよ。雛から育てると懐く賢い鳥です」
「パンあげたらなついてくれるかな」
「どうでしょう」
料理人が持たせてくれたお弁当から小さなパンを取り出して小さくちぎって、手の上に乗せて掲げる。ここのパンは白パンだ。……野鳥がこんな方法でくるとは前の世界なら当然思わないけど、異世界なら来るんじゃね?
と思ったら本当に来た!! 想像よりでかいぃ!! いや俺が小さいのか!?
「ピチュチュチュ」
「ピュイッ! ピュイッ!」
「うわ、うわわ!」
「ケイトリヒ様、危ないのでパンくずを捨ててください」
ペシュティーノが後ろから俺の顔を守るように手で覆って、パンくずをはたき落とす。
鳥たちもそれを追って、すぐに離れていった。
「わああ、ほんとに来るとはおもわなかった」
「ケイトリヒ様には精霊がついていますので、鳥たちも怖がらないのでしょう。もう少し……腕が長ければいいのですが、間違えて目を突かれては大変ですから」
わるかったな手足が短くて!
むう、と背後のペシュティーノを見上げたら、その向こうに長い尻尾の小さなサルと目があった。あちらもキョトンとしているけど、き、危険はないよね?
「どうぶつがいっぱい」
「どうぶつ? どうぶつとはどういう意味ですか?」
「え? あー、うごくもの?」
「随分大ざっぱな括りですね」
「声もたくさん聞こえるね。鳥の声、何かの鳴き声……ん?」
「どうしました?」
「何かいる」
「たくさんいますよ?」
「んーん、ひと!」
「……?」
たしかに男性のうめき声みたいなものが聞こえた。近くはない。多分、遠くから……。
(うん、みつけた! みつけたよ、あーしが声を届けたの。ここからえっと、ずっと、ずーっと東!)
頭の中でアウロラが話しかけてくる。やはり風にのって精霊が運んできた声のようだ。
「(けがしてるひと?)」
(血は出てないけど、弱ってる!)
(主と同じ、異世界からやってきた青年みたいですよ)
「えっ!?」
「ケイトリヒ様? 精霊とお話しているのですか? 精霊はなんと?」
「こ、ここからずっと東に、弱ったヒトがいます。助けに……」
「ジュン、見てきなさい」
「はい!」
ジュンは勢いよく馬を操って颯爽と走り去ってしまった。早い。行動早い。
「僕も行く!」
「いけません。まずはジュンに行かせて、危険がないことを確認してからです」
待機を強いられたので、現状を整理しよう。
精霊は、俺が異世界人だと理解しているのか。
今、俺に精霊がついていることを知っているのは父上とペシュティーノだけだ。
だが、いずれ側近騎士……ガノやジュン、エグモントにも開示する日が来るだろう。
というかガノもジュンも、精霊についてはちょっと気づいてるっぽい。ガノにいたってはほぼ確信してるっぽい。でも中身が異世界人の大人だと知るのはペシュティーノだけ。
ああ、誰にナイショで誰には話していいなんて考えるの、すごく面倒だ。
(我々精霊は主の許可なく主の情報を他者に開示することはありません)
ウィオラが言うが、問題なのは精霊がバラすことではなくて俺が相手を選んで話さなければならないこと。前世では難しいことではなかったが、四六時中側近がそばに控え、寝るときも風呂もトイレも世話になる身ではなかなか難しい。
(情報漏洩が心配とあらば、誓言の魔法を施しましょうか?)
セイゴンのまほう?
「見回してきたけど誰もいねえぜ?」
ジュンが戻ってきた。ジュゴンかなにかの魔法についてはまたあとで。
「いるもん、ぜったいいる! ペシュ、2人も一緒になら行ってもいいでしょ?」
「仕方ありませんね……ジュン、ガノ。最警戒体制で進みますよ」
「「はいっ」」
雑木林を東に向かうと、もう雑木林とは言い難い、鬱蒼とした森が広がっている。ただ範囲は広くないようで少し北へ抜ければ少し小高くなった街道が木々の間からかすかに見える。
「あれは街道?」
「ええ、ラウプフォーゲル城下町と南の南の領地を結ぶ旧街道です。森が近く魔獣被害が多いので、もっと森から離れたところに新街道が作られたのですよ」
キョロキョロと当たりを見回すが、ジュンの言う通り弱ったヒトは見つからない。
「おーい、だれかいませんかー、弱ったヒトー」
「……けて」
「あっ、きこえた! ペシュも聞こえた!?」
「ふむ、たしかに聞こえましたね」
「た……すけて、くれー」
「あしもとだ!」
地面を見るが、ふかふかした下草がみっしりと生えていて木の根がはびこっているだけで穴らしいものは見つからない。
「どこー?」
「木の、根に……穴が」
ひときわ大きな木のあたりから聞こえる。根本はふかふかな下草。ジュンが慎重に大きな木の周りを念入りに調べると、何やら見つけた模様。
「わ、穴があった! おい、大丈夫か! 怪我は?」
「足と、ほかにも数箇所……荷物がつかえて、自力じゃあとても出られないんだ」
「私も手伝いましょう。ペシュティーノ様、よろしいでしょうか」
「ええ、ケイトリヒ様は私が見ていますから人命救助を」
ガノとジュンが四苦八苦、穴を広げたり下草を刈り取ったりしながらようやく引きずり出したのは、2人と同じくらいの年頃の……アジア系の顔立ちの青年。
ジュンもガノも普通に美青年として受け入れていたけど、本物の日本人と比べると違いがわかるなー。いや、彼だって醜いわけじゃない。日本でいうフツメンだ。
泥だらけで疲れ切っているようだけど、外傷はないみたい。
水を飲ませると少し落ち着いたのか、状況を説明してくれた。
「いやあ、助かりました……私の名はレオ・ミヤモト。共和国で召喚された異世界召喚勇者です。戦闘系の能力が皆無で共和国から逃げ出した身ですが、ちゃんと帝国への入国審査は経ています」
「共和国で召喚」と言った辺りでジュンがピリッと殺気を放ったが、当の本人は全く気づいていない。戦闘系能力が皆無というのは本当らしい。
「帝国は食の豊かな国と聞いて食材研究にやってきたのですが、食材探しに夢中になるあまり護衛の冒険者とはぐれてしまったようで……街道の近くだと思って安心しておりました。大きなシカに追い立てられて逃げ惑った挙げ句、穴にハマって2日。声も枯れて水も尽き、ここで命は尽きるものと思っておりました」
土下座するようなポーズでメソメソと泣くレオを、ジュンは最初こそ警戒していたが、あまりの無防備さに少し呆れたようだ。ガノはジッとレオを見ている。どした?
「レオ・ミヤモト……ラバンの街で、食堂で働いていませんでしたか?」
「おお!? そうです、ラバンの街! ナッツと蜂蜜が特産のいい街です! 仰るとおり半年ほど働いておりました! 貴方は……? あれ、貴方は、見覚えがありますね? いえ、私の記憶ではもっと幼かったような?」
ガノは剣を収め、レオを手助けするように座り込んで目線を合わせる。
「私はガノ・バルフォア。ラバンのバルフォア商会の頭目の三男です」
「あー! バルフォア商会の! 食材の買付でお世話になってました! 他の商会と違って、バルフォア商会は誠実な対応をしてくださったのでよく覚えてます!」
努めて明るく振る舞っていたレオだが、地鳴りのような腹の虫が鳴り響いた。
「2日も身動きが取れなかったのであれば、空腹でしょうね。私の食料を分けて差し上げましょう」
「いえいえ、そんな! 命の恩人に、食事までお世話になるわけには! 荷物にはちゃんと食料が入ってますので!」
レオは引きずり出された穴とは逆方向にの木の根にかがむと、何かを懸命に引っ張り出そうとしている。荷物が穴を塞いでいたのかな?
「んぐ……ぎぎぎぎ」
「おい、無理すんな。俺がやるよ、どけ」
ジュンが代わると、あっさりスポンと抜けた。詰め込みすぎてまんまるになった、つぎはぎだらけのリュックだ。
「何から何まで、すみません」
へらへらと愛想笑いしつつ頭を下げる様子は、なんというか見てて懐かしい。
「れお、りょうりにんなの?」
「ケイトリヒ様、臣下でない者に直接言葉をかけてはなりません」
「ああ、やっぱり貴族様だったのですね。異世界では貴族制度は無いため察しが悪く申し訳ありません。失礼は何卒おめこぼしを」
またもぺこぺこと頭を下げるレオを見て、少しいたたまれない気持ちになる。
「ペシュ、りょうりにん! 異世界のりょうりにんなら、やといたい!」
「はっ……そ、そういえば食材の研究と申していましたね。王子の質問に答えなさい、料理人なのですか?」
「お、王子!? は、ははー! お、仰るとおり、異世界では料理人として修行をしておりました。一人前とはいえない身ですが、こちらの世界に来てからも料理の研究は日々行っております」
なんだか時代劇みを感じる平伏の仕方に、懐かしさを通り越して奇妙な気分になる。
でも、料理人! なんというラッキー! 異世界の料理人と出会えるなんて!
「ペシュティーノ様、俺からも少し。俺のひいじいちゃんも、異世界召喚勇者なんだ。異世界召喚勇者はこちらの世界で勝手もわからず苦労してるって話だ、なんか力になってやれねえかな」
ジュンが言う。
ええー! ジュンも異世界召喚勇者……の、子孫!?
言われてみれば日本風の名前かも?
「クロスリー家が異世界召喚勇者の子孫であることは有名ですから、貴方の気持ちは解ります。異世界は何かと研究が進んでいると聞きますからね。その料理人となると……確かに、ケイトリヒ様の細い食をなんとかしていただけるやもしれません」
時代劇ばりに平伏しているレオを、ペシュティーノが奇妙なものを見る目で観察する。
なんと。ペシュティーノ知ってたの! ジュンが異世界召喚勇者の子孫ってことを!
まあ、子孫だから何だって話になるけどね。
「顔をあげなさい……ええ、その姿勢でよろしい。弱ってはいますが、健康そうではありますね。面持ちも悪くありません。レオ・ミヤモト。あなた、今は職についているのですか?」
「い、いいえ。実は、ラバンの街でバルフォア商会を通じていくつかレシピを貴族向けに買い取って頂いたので、その資金を元手に新しい食材を探す旅をしておりました。今は、特に雇い主などはおりません」
「ふむ、御館様の許可が必要ではありますが……ひとまずは弱った体力をどうにかしなければならないでしょう。貴方、ラウプフォーゲル第4王子、ケイトリヒ殿下のお抱え料理人となる意志はありますか?」
「えっ、おっ、ええっ!? お、お、王子の!? いや王子殿下の! そ、そんな身に余る光栄……いえ、これも何かの縁。もし私の腕をお求めとあらば是非! 子供向けのメニューはお任せください!」
正直、ハンバーグとオムレツ作ってくれるだけでだいたい解決しそう。
そしてそれは多分、特別な修行をした料理人じゃなくても、ちょっと腕に覚えのある異世界人なら誰でもできる。ただ、異世界人であることだけが必須だ。
「ペシュ、異世界のりょうり食べたい! つくってもらお!」
「……ケイトリヒ様がお望みです。ここから狩猟小屋に向かうのは少し遠いので、近くの滝で一休みします。そこで食事をして休み、身なりも少し整えてから戻りましょう」
「は、はい」
「ガノ、貴方の馬にのせてあげなさい」
「はい。レオ、こっちへ」
「え、えええ! 俺、馬はちょっと!」
「大丈夫だ、俺が一緒に乗るから」
「いやそれもちょっと! でも、ええ……うう、仕方ないか」
ペシュティーノが軽く洗浄の魔法をかけると、泥はなんとか落ちたみたい。クラレンツよりもへっぴり腰で馬に乗ったレオの後ろにガノが乗る。大きな荷物はジュンの馬に乗せて、当初の目的地だった滝へ出発だ!
目的地の滝に到着。高さ3メートルくらいの滝だけど横幅はかなり広い。川というよりも池か湖の地殻変動で落差ができたみたいな作り。ミニチュア版ナイアガラの大滝みたいな感じって言えばいいのかな。水の流れも穏やかだし、周囲の岩には苔や草が生えていて、明るくて涼しげですごくピクニックに最適な場所!
めっちゃマイナスイオンでてる! たぶん!
「わー、きれー!」
「ここは調合素材が豊富な場所としても有名です。領主の直轄地ですので、一般人は採取できませんがね。さあ、ガノ。敷物を出して、昼食の準備を」
「あの、もしよければ私にいくつかご用意させていただけませんか!? も、もちろん毒味は私自身でいたしますし、調理は皆さんの目の前でいたしますので不届きな真似はしませんと保証します! 私の腕前を知ってもらうにはいい機会かと」
「レオ、大丈夫かい? 2日も地中に閉じ込められて弱っているはずだが」
「先ほどの浄化の魔法と頂いた白パンで回復しました! 少しでも恩を返したく!」
「おー、いいじゃねえか! さすが異世界人は義理堅いで有名だぜ。おれのひいじいちゃんもそうだったらしいもんな! 安心しな、俺が毒味役かってやるよ!」
許可されたレオは本当に嬉しそうにウキウキと巨大な荷物からフライパンや焚き火台、鍋や瓶などを引っ張り出して並べる。そりゃあまんまるにもなるわ、ってくらいなんでも出てくる。
「食材は現地調達が基本なのですが、今は保存食で」
レオは次々と大きな袋を取り出し、芋やら根菜やらを並べる。そんなに入ってるの?
「ケイトリヒ様の口に入るものです。必要と言うなら、ここで魚を調達しましょう」
「あっ、もし可能であれば魚ではなく肉を! オオトゲリスだと処理が簡単なので助かります」
レオが鼻歌交じりに料理を始め、悪びれもせずオーダーを出してくる。先程の過剰なペコペコ姿からは想像できないほどだ。
「よし、俺が狩ってくるぜ。5、6匹もありゃ充分か?」
「煮込むので2、3匹で充分ですよ!」
俺はペシュティーノと一緒に調合素材の見分け方と収集方法をお勉強。
ガノは調理の見張りとギンコの世話。革袋に入れたブリフの乳をすごい勢いで飲んでる。
元気でよろしい。ジュンは食材調達。で、待つこと体感、小一時間。
このニオイは……まさか!!
ここで再開できるなんて、夢にも思っていなかった!
「すげえニオイだな。シチューにしちゃ、やけにスパイスが効いた香りだ」
「ああ、これはラバンで試食しました。たしか、カレー、でしたよね?」
「さすがガノ様! よく覚えてらっしゃいますね! 帝国は暑い気候ですからね、スパイスが充実していたので何よりも先にこの『カレー』が再現できたのですよ。異世界でも暑い地域で食べられていたメニューがルーツになっています」
「たしかにいい香りですね。ガノ、調理は見張っていましたか?」
「彼は料理に関しては誇りを持っていますから、大丈夫ですよ。それとしても、一瞬も目を離さず調理法を見聞きしておりました。私が保証いたします」
キャンプ用みたいな鍋の中には、見覚えのあるネットリした茶色い液体がクツクツと煮えている。ううう、もう食べたくてたまんない。
レオは何度も味見しているし、ガノも食べたことがあるらしい。ジュンは毒味のためにスプーンでパクリとカレーを食べると、唸った。
「どうしたのですか、ジュン?」
「う、うっ……うまああ! なにこれ、スゲーうまい! クセあるけど、濃厚でコクがあって……どういうことだよ、これすげえ美味いじゃん!!」
「今回は小さなお子様が食べることを想定して、辛味は抑えてありますが元々は辛い料理なんです。スパイスの量を調整することで大人向けに辛くすることもできますよ。今回はオオトゲリスの骨から出汁をとっていますので、ややあっさりめの出来ですね」
もう、わかってるから! ウンチクいいから! はやくたべさせてぇ!
思わずタテ向きにボスボス揺れちゃうよ!
「僕も、僕もたべるー!」
「お待ちを、私も毒味してみませんと」
ペシュティーノも一口、ぱくり。
「……! これは……! なんと、たしかに美味ですね」
うっとりと味わったのは一瞬、すぐに俺用の木皿を用意してくれる。
俺の目の前ででっかい芋をスプーンで割り、俺のちっちゃいお口に運んでくれる。
ひとりで食べられますけどっ! でも王子なんで食べますけども!
ぱく。
「んん! おいひぃ〜!!」
俺があまりにも美味しがるものだから、ペシュティーノも調子に乗って次々と食べさせてくる。カレーといえばご飯がほしくなるところだけど、このカレーはすこし薄味でお芋と食べて丁度いいくらいに加減されている。さすが料理人。
木皿一杯、まるっとたべて更におかわり。
ペシュティーノが感動するくらいには食べた。
「レオ・ミヤモト。貴方の腕前、たしかに確認しました。御館様の許可は、この私がもぎ取ってみせます。王子の専属料理人就任に向けて、礼儀作法と言葉遣いを早速この帰りからガノに習いなさい。よろしいですね?」
「は、はい」
ペシュティーノの恫喝めいた命令に、若干レオが引いていた。
俺は王子様待遇、お腹いっぱいになったので敷物の上でお昼寝〜。
なんかレオとペシュティーノとガノでかなり会話が盛り上がってるみたいだ。
異世界の料理人を拾うなんて、俺ラッキー!