9章_0128話_真剣勝負 2
デートプランの親戚参観。
あれこれダメ出しを食らうのは覚悟してたんだけれど、予想以上に褒めちぎられてご機嫌のケイトリヒ少年であります。はい、俺です。
ラーヴァナにアデーレ夫人、リーゼロッテ夫人&マルガレーテ夫人の4人の貴婦人たちはネイルケアとネイルアートに感激。
前世の俺は疎かったので仕組みをしらないんだが、なんかライトあてて固まる……たしかジェルネイルとか呼ばれてたもの?と、よく似た素材を再現できたのはなんとレオのおかげ。
何でも、ユヴァフローテツでマジパン|(砂糖とアーモンドパウダーが原料で、粘土のようにいろんな形を作れるお菓子)細工を見たガラス工芸の技術者が感動して、食べて失われてしまうことを非常に残念に思ったらしい。
その技術者は指先で自由に造形できて、鮮やかな発色、割れたり欠けたりしない柔軟性を持つ素材を作ろうとして、レオに助言を求めたそうな。レオがネイルアートとその素材について説明したところ、驚くような速さで今のカタチに仕上げた、というわけ。
そしてそのガラス工芸の技術者には娘がいて、同じくガラス細工の修行をしていたのだがその新素材……便宜上、レジンと呼んでいるけど。それに夢中になった。
樹脂ではなく鉱物なので前世のレジンとは特性がいろいろ違うらしいんだけど、そのへんの細かいところは謎。とりあえず人体に悪影響がなければOKってことにした。
まさかペットボトルやレトルトパウチのような生活必需品になりえる素材よりも先に、レジンに似たものができあがるとは思わなかった。貴族文化のせいだろうなー。
まあ、そういうわけで。
帝国のファッション業界に衝撃を与えるものだと興奮した夫人たち。
ネイルアーティストが練習用に作ったネイルチップを購入したいと言い出した。
鳥や植物を立体的に配置した、いわゆるデコネイル|(?)ってやつ。
「この繊細な絵付け……まるで一幅の絵を指先に閉じ込めたようだわ!」
「こちらの白鷲を見て、縁が輝いているわ! ああ、なんて素晴らしい素材と技術なんでしょう、あなた、ハービヒトに来る気はないかしら」
「おばうえ、技術者のひきぬきはこまりますよ」
俺がビシッと言うと、W夫人はごまかすようにエヘヘと笑う。
ゲイリー伯父上はそれでごまかされるでしょうけどね! 子どもには効きませんよ!
「お願い! 引き抜きは控えるから、大人向けのネイルサロンもすぐに作って頂戴! これは間違いなく話題になるわ」
「不動産と出店の投資を考えていましたけれど、これ一本に絞るべきかしら……坊や、もちろん私達のポケットマネーから出資するわよ?」
「おとな用も、つくる予定です。けど、この『小鳥のおめかし部屋』は僕の婚約者のためにつくったものなので、最初はおゆずりできませんよ」
「んまぁ〜なんて素晴らしい夫候補なの! 美しさを磨く場だけでなく、社交界の話題まで与えようなんて、本当に……! 本当に、出来すぎていますわね?」
「これも異世界の知恵なのでしょう? 坊やは異世界人と本当に相性がいいのねえ。今まで帝国で召喚された勇者の中に、こんな素晴らしいものをもたらした人物はいないもの。それとも……レオ卿や、新しく入った王国の異世界召喚勇者が特別なのかしら?」
俺はなんて答えようか迷って視線を泳がせる。今日はレオもルキアもいないので、なんとなくペシュティーノに助けを求める視線を向ける。
「レオ殿は……確かにこれまでの異世界召喚勇者とは違うようです。技術を体得するほど年齢が高い異世界召喚勇者は帝国でも稀ですし、その彼が共和国では用無しと言われ放逐されたこともなかなかあり得ないことです」
ペシュティーノは魔導学院で見たトモヤのことを引き合いに出し、結果的に「異世界召喚勇者が安心して意見を出せる環境を、ケイトリヒ様が作ったからこそできたこと」って話にまとめてくれた。いいかんじにごまかしてくれてありがとう、ペシュ。
商館の成功は、もしかするとこの世界における異世界召喚勇者の価値を変えるかもしれない。
とはいえ、異世界召喚勇者を経済振興に協力させようなんてことは、多分ラウプフォーゲルでもなければ無理だよな。
食料も軍事力もアンデッド抑止力も充分だからこそ、高額の費用をかけて異世界から召喚した人員を経済に回せる余力があるんだ。
文化は平和な時代にしか生まれないし、平和な場所でしか生きられない。
とりあえずドラッケリュッヘン大陸の異世界召喚勇者は帝国に向かっているし、王国も異世界召喚勇者を差し出した。異世界人が俺の手元に集まってしまえば、異世界ネタはやりたい放題だ。金儲けどころの話ではなく、ガチで世界征服レベル。
魔王みたいな暴力的な世界征服じゃなくてもうちょっと穏便な、一昔前のアメリカにソ連もヨーロッパも日本も中国もいない、みたいな状況だろうか。
そう考えると強すぎる気がするけど、競争がないってのも問題かなあ?
すでに戦闘機とドローンを作ってるのでこれ以上異世界ネタで何をやるんだって感じもあるけど。
う〜む、と難しい顔をして考え込んでる(つもり)と、ふわりと抱き上げられて柔らかいものに包まれた。ラーヴァナだ。
「主や、妾も愛しい我が子におねだりしたいものがあるのじゃが」
「え、なに、とつぜん……」
にんまり笑うラーヴァナの背後ではW夫人とアデーレがきゃあきゃあとドレスを見てはしゃいで、ゲイリー伯父上はそれを楽しそうに眺めている。
俺とラーヴァナの会話が聞こえているのは、おそらく隣の父上だけだ。
チラリと父上を見ると、父上も気になるのかほんのちょっと近づいてきた。
「で、おねだりって?」
「ヒトが呼ぶ名はなんだったか……ペッカートム……いや、たしかヴィントホーゼ大陸だったか? あそこが欲しいのじゃ」
「う゛ホッ! ゴホンッ!!」
父上からゴリラっぽい変な声が出た。
咳っぽくごまかしたつもりなんだろうけどどういう感情?
「はんぶんはローレライだから、もう手に入ってるようなもんだけど……なんで?」
「まともな竜脈が残っておるのは、このクリスタロス大陸のみだという話を以前したであろう? 彼の大陸は竜脈が乱れておる故、妾としても……ほれ、北の台地と同様に正しておきたい。主の言うローレライとやらは大陸の北側じゃろう? 南側もほしいのじゃ」
どうしよう……と父上を見ると、ものすごいニヤニヤしてる。
小さく咳をして「名目ができたな」とつぶやいた。
北の台地ってのは王国のこと。王国を温めよう計画は、竜脈を活気づける目的もあった。
「南側……アイスラー公国ね」
チラリとスタンリーを見るけど、無反応。シュヴァルヴェ領のマリアンネも邪魔者扱いしていたし、皇帝に至るまでにはいずれ公国には手を付けなければならない。
侮蔑的な呼称である「蛮族」とは違い、アイスラー公国の上層部はリアルで「蛮族」。
対話や交渉では結果が出ないのは確実なので、99%の確率で「侵略戦争」になる。
これまでアイスラー公国が歴史的に帝国に行ってきた無謀な侵略戦争を、今度はこちらからやることになりそうだ。そして、軍事力の差は目に見えている。
「南側は水が豊富であろう? 妾の袂を冷やすのによいのじゃ。妾の足がそこまで伸びれば、2、300年後にはその途中のローレライとやらも豊かな土地になろうぞ」
「にさんびゃくねん」
「壮大な計画だな」
父上がニヤニヤしてる。
「おお? 何の話をしておるのだ、ザムエルが随分と嬉しそうじゃないか」
ゲイリー伯父上が寄ってきた。
「商館の転移陣をローレライに置いてもいいかもしれませんね、という話です」
「うむ、いい考えだと思うぞ」
父上はすんなり合わせてくれる。ありがたし。
「ほう? 確かにローレライはすでにラウプフォーゲル領だ、良い案だと思うが……南の蛮族を刺激することになりそうだな?」
ゲイリー伯父上もニヤニヤし始めた。ローレライに注力すると言っただけで通じるとは。
ファッシュ家の男は政治に向いてないなんて言われてるらしいけど、そんなことない……いや、あるか。どんなに頭が良くても使い所を間違えば意味ないもんな。
「商館の運用開始は、世界の情勢を変える。備えておけ」
父上が俺の頭をワシャワシャと撫でると、ゲイリー伯父上もモシャモシャと撫でくりまわしてきた。
女性4人組がネイルにドレスにアクセサリに夢中になっている間、父上と伯父上と俺はさっさと滝のカフェでまったりし始める。
エステティシャンの何人かはゲイリーW夫人のファンのようで女子高生みたいに話が弾んでいた。こうなると男の出る幕はない。
父上もゲイリー伯父上も、滝のカフェのテーブルセットに防音機能が標準装備されていることに感動していた。
「滝の音を理由にこういう機能がつくとは、素晴らしい。なんなら要人との会談もここでやってしまいたいくらいだ」
「ケイトリヒ。ここのカフェは、娘を連れてきた親も利用するのだろう? 一般客もいれるという話だが」
「えっと、利用者でない一般客は下のほうのカフェです。メニューがちょっと違いますけど、防音機能のついたテーブルは同じらしいです。たしかに、商用化がはじまったら利用するご令嬢の保護者も2階席に入れないとマズイかもしれない」
「うむ、親からすれば大事な娘だ。個室に入れられて何をされるかわからないと、見守りたい者もいるだろう。フィッティングルームは充分な広さがある故、ちょっとしたテーブルセットを入れても良いと思うぞ」
「そうだな、フランツは押しかけたりせんだろうが、フェルディナンドはわからん」
「フェルディナンド様は、僕が婚約者を2人にしたこと気に入らないかな?」
「はっはっは、そうではない」
「そうだ。あやつはマリアンネがそうしたいと言うなら大陸の反対にあるマリーネシュタットから船を買い付けるような奴だぞ! 本人がフランツィスカと同じ相手に嫁ぎたいと言っておるのだ、気にしなくてよい」
「第一夫人は譲ってもらったのだ、文句はあるまい。フェルディナンドを黙らせるにはマリアンネを満足させるだけでよいのだから、楽なものだ」
「そういう点ではフランツのほうが曲者かもしれんな、あいつは実利がないと拗ねる。だが、グランツオイレにも転移陣を配置するつもりであろう? それだけで充分だが……がめつさにおいてはラウプフォーゲルいちだ。何か要求されるかもしれんが、気をもむほどのことではあるまい」
「つまり……婚約者側の親族対策も充分、って評価でよろしいでしょうか」
「わっはっは! そうだな、其方の言う通り、充分すぎる。満点だ!」
「がっはっは! 評価しに来たわけではなかったが、そうか、気になっておったのか」
父上と伯父上は、ひとしきり笑うと俺を見て目を細めた。
なにか、俺の後ろに懐かしいものを見ているような目だ。
バニラシェイクをちゅうちゅうしながら、ちょっと居心地が悪い。
「ケイトリヒ、お膝においで」
呼ばれたのでソファから降りて、てててと歩み寄ると高く持ち上げられてお膝へ。
近くなった父上と伯父上の目元が、なんだか潤んでいる気がする。
「どうしたの?」
「いや……」
「ふふっ、ケイトリヒの口調がなあ、クリストフにそっくりだったので驚いたのだ。あいつは俺たちに褒められたくて、いつも『どうですか、いいでしょう!』と、いろんなものを見せに来てくれた」
ゲイリー伯父上はいつもはぐちゃぐちゃに撫でてくる手を、そっと俺の頭に乗せる。
「よしてくれ、兄上」
「それがよう、こんな小さな子を遺して、俺たちよりも先に逝っちまうなんて。あいつは賢くて慎重だったから、爺さんになった俺たちに『ほんと兄上たちは仕方ないですね』なんて言いながら長生きするもんだとおもってたのになあ」
父上が、俺の頭の上で大きなため息をつく。
たぶん父上もうるうるしてるんだろう。目の前のゲイリー伯父上は、涙をこぼしてこそいないものの鼻を鳴らしている。
「じゃあ、代わりに僕がいいますね。『ゲイリー伯父上、もうお年なんだからラオフェンドラッケの馬車はおやめください!』って」
おどけるように言うと、父上と伯父上は笑った。
そこで女性陣がやってきて、しんみりモードは終了。
「まあ、テーブルごとに防音結界が? これは便利ねえ、商談に使ってもよさそうだわ」
「それよりケイトリヒ坊や、商館自体すばらしい施設だとは思っておりますけれど、特に「小鳥のおめかし部屋」は別格よ。そこで、おりいって相談ですけれど」
しんみりした雰囲気をふっとばす勢いのゲイリー伯父上の第二夫人、マルガレーテ夫人は貴族生まれながら商才に長けているようだ。あとから聞いた話だが、なんでも第一夫人のリーゼロッテ夫人もゲイリー伯父上もあんまりお金に頓着がないものだから、結婚後にその財務管理能力が覚醒したらしい。
と、父上から聞いた。
よかったね、そういうひとが家族にひとりはいてくれないと大変よね。
「ケイトリヒ、私からも相談よ。内容は、ほぼマルガレーテ夫人と同じですけれど」
アデーレもニコニコ顔。あ、これは営業スマイルじゃない。本気で楽しかったんだ。
それくらいはわかる間柄になれたと思ってる。
「私達の子供服事業と、アデーレ夫人の……」
「私の持ち物ではないのだけれど、ジュエリー事業にツテがあってね」
「それらをこの『小鳥のおめかし部屋』に参入させてもらえないかしら。きっと相互に発展していける関係になると思うのよ」
「あ……ぎょうむていけい、ってことですか」
「そうなるかしら?」
「おそらくそうよね」
「そうよ。お互いの利益はなるべく均等になるように調整しますけれど、完全に二等分だと少しこちらに利がありすぎますわ。調整は、白き鳥商団と行えばよいかしら」
「はい、りえきめんはトビアスか、イルメリにご相談ください」
近くにいたトビアスを呼び寄せてイルメリを紹介して欲しいというと、すぐに現れた。
簡単な自己紹介を済ませたあと女性陣はあっという間にイルメリと打ち解け、ガールズトークさながらの盛り上がりを見せている。
男性陣は、またもや途方にくれた。
「このバニラシェイクとやらは、少々甘すぎるな」
「そうか? 疲れているときに飲むのにはよいとおもうぞ」
「……商用化までに、男性がじかんをつぶせるようなサービスも用意しておきますね」
「うむ。それがいい」
「なに、簡単だ。チェッタンガと酒と美女がいればラウプフォーゲル男は満足する」
「びじょ? 性的なサービスは違法じゃ……」
父上の座布団みたいな手がペチリと俺のおでこを叩く。
「当然だ! そのような発言は絶対に人前でしてくれるなよケイトリヒ」
「やっぱりクリストフとは全然にてないな! あの子は純真だった」
「僕がケガレてるみたいないいかたやめてください」
「世間知らずかと思いきや妙なところに世慣れ感を出すのはやめなさい」
「そうだぞ、年齢よりずっと幼く見えるのだ。妙な発言をすれば、世話役の責任を問われてしまう。本意ではあるまい?」
少し離れたところでテーブルに手をついて跪いているペシュティーノに視線をやると、ニコリと笑う。「二度と変な発言するなよ」とも「そんなこと構いませんよ」ともどちらともとれる笑顔……前者ということにしておこう。
それよりも、男の人が好きなものの定番といえば……。
車、時計、ほかには……アウトドア用品とか、ガジェットとか、電車?
どれもこの世界では通用しなさそう。置き換えるとしたら……なんだろう、トリュー?
「トリューの模型や地図とかおいたらどうでしょう」
「それはよいな! トリューは今や帝国中で所持しているだけで羨望の的だ。各領地に十分な数が行き渡った今、独自のデザインを注文してくる金持ちも増えた」
「地図もいい考えだ! 馬具や狩猟道具などを飾るのもいいとおもうぞ。2人と同時に夫婦喧嘩したときは、部屋にこもって弓の手入れを……いや、これ以上はいい」
何かつらいことを思い出したのかゲイリー伯父上の目が遠い。
馬具に狩猟用具か。そっち方面の新商品ができたら、このカフェに特設ブースを作って展示するのも話題になって良いかもしれない。
さすが帝国の半分を牽引するファッシュ家のトップたち。
今日の親族訪問は、特にこのあと予定している商用展開にむけて成功のヒントがいっぱいあった。
やっぱり父上たち、頼りになるぅ!
女性目線は俺にも限界があるので、ゲイリーW夫人とアデーレ夫人が協力してくれたのも大きい。業務提携の約束もいただけたし、商用展開は成功間違いなし!
ただ!
その前にあるんだ、ビッグイベントが。
うん、まあそれが当初の目的なんだけども。
パトリックが考えてくれた、見ていて目が滑るほどに詩的な美辞麗句をならべた招待状を言われるままに直筆し、マリアンネとフランツィスカに送った数日後。
シュヴァルヴェ領とグランツオイレ領には魔導騎士隊に連れられたディングフェルガー先生が出張し、転移魔法陣を設置した。これで準備完了。
それまでの間、父上とゲイリー伯父上、さらに夫人の3人はそれぞれ事業仲間や信頼のある資産家貴族などを連れて、カサンドラ同行のもと商館を案内したらしい。
その中には、しれっと皇帝陛下も含まれていた。
私的な訪問のようで報告書には「ヴィンツェンツ」とだけ名前が記されていたけど、同行者が宮廷魔術師に皇帝近衛兵なので間違いない。
皇帝陛下、フッ軽すぎません?
まあ帝都に直通の転移魔法陣を設置したのでたしかに訪れやすいとは思うけど……。
この週もまた、白き鳥商団から入る最終調整連絡で授業中まで連絡が入るという忙しさだった。
授業中にスマホがなって講堂を出る、あの気まずさがフラッシュバックする感じ。
まあ両方向通信は通知音もバイブ機能もないし、連絡が来たら机の下に隠れて遮音魔法をかけて対応できたし、周囲の生徒は誰も気づいてなかったっぽい。
ちっちゃい身体は便利だ。机の下にすぐ隠れられる。
さて、そんなこんなで、いよいよ勝負の日。
といってもしくじったからといって婚約がなくなるとかそういうことはない。
単に俺の名誉の問題。
たぶんここで失敗しても、これから末永くお付き合いする2人に「最初のデートでこんな失敗したよね〜」みたいに冗談交じりにネタにされるくらいだろう。
笑えるものならそんなレベルだろうが、笑えないレベルならお互い傷に触れずに口を閉ざす感じ……。
想像するとつらっ。うん。やっぱ大事だわ。勝負だわ。
ぜんぜん気楽に構えられる思考じゃなかった。
再び、魔導学院から転移魔法陣で鳥の巣街へ。
ここ一ヶ月でかなり見慣れた風景。
『迎賓の間』でびしっと背筋を伸ばして待ってみたが1分も保たない。ペシュティーノが「転移陣が光りだしたら立てばよいのですよ」と言って座らせてくれた。助かる。
マリアンネとフランツィスカには「お着替えや髪の手入れを体験してもらうので、おしゃれはほどほどに」と伝えてはあるが彼女たちがおしゃれに手を抜くと思えない。
そう思った、俺の予想は愚かだった。
転移陣が光り、現れた2人は女学院の制服らしきドレス……というよりワンピースで、紺色ですごくシンプル。
髪飾りや髪結いもお化粧もまったくしておらず、年相応の可憐な少女という出で立ちだった。侍女と護衛も1人ずつで最低限。これはかなり俺の応対が信用されている証拠だ。
「ケイトリヒ殿下、今日はご招待いただきありがとう存じます」
「お会いできて嬉しいですわ! ここが商館……いえ、鳥の巣街ですのね!」
2人は華美なドレスでなくても優雅にカーテシーをして、いつもどおり。
いあ、いつもよりキャピキャピが半減しているぶん、妙に大人っぽく見えるし、服装が前世に近いのでなんか……女子中学生の年代であることを実感してすごい気恥ずかしい。
「あ、の、よ、ようこそ……」
「あら、殿下。どうなさったの? お顔が赤いわ」
「お熱でもあるのではなくて?」
ものすごくナチュラルに体調不良を疑われたが、急に俺の中身が恥ずかしくなってくる。
前世は26歳なんです! 今の世界と合わせたら通算31歳!!
中学生とデートなんてしたら事案なんです!
がんばれ俺の中のオトナ! うまくやりすごせ!!
「あ、ええと、着飾っていないおふたりがとてもキレイなので、ちょっと……ことばが、うまく出ませんでした」
演技の必要もなく照れ照れしていたら、2人とも頬を赤らめてモジモジしはじめた。
ここは「やだー! 殿下ったら☆」みたいなキャピキャピ感で来てほしかったけど、これもまた想定外! 婚約者になるとこんなにノリが変わるもんなのか!?
「お着替えがあると聞いておりましたので、女学院の制服で参りましたけれど……そう言っていただけて、安心しました。今までずっと、親戚会などでお逢いしてましたから」
「そりゃあ、親戚会の装いは半年かけて準備する最も気合の入った装いですもの。普段はこんなものですわよ。でも、こんなものでも……気に入っていただけたなら嬉しいわ」
やっぱり違う。なんか違う。2人のノリが、なんかピンク色!!
ここは早めに「小鳥のおめかし部屋」に押し込んでしまおう!
「さ、さっそくですが鳥の巣街のなかをごあんないしますね!」
サッと踵を返して案内を申し出たが、「殿下」と2人に呼び止められる。
振り向くと、2人が手を差し出していた。
ま、まさか……ちっちゃな俺に、エスコートしろと!?
2人を!! 同時に!!?
本来なら緩く横に張った腕に、女性が手を置くのが正しいエスコートなんだけど……俺の場合ちっちゃいので、完全に「捕まった宇宙人」の絵面だ。しんどい。
しんどいけど男には、やらねばならぬときもある! といいつつ多分女にもある!
腕をクロスして2人の手をとり、クルリと回って肩口で手を繋いだまま進む。
2人はくすくす笑っていたけど小さな俺にはこれが限界です。ご理解ください。
鳥の巣街の模型を軽く説明して反応がイマイチなので足早に階下に降りると、お花でできたような1頭立て幌馬車が待機していた。
「まあ、素敵!! 銀狼が馬車を曳くなんて……本当に、殿下の従魔なのね!」
「いい香り……これをわたくしたちのためにご用意してくださったの!?」
鳥の巣街の中を案内するにあたり、令嬢たちを長く歩かせるのはよくないことだと夫人たちから忠告いただいたので急遽用意したものだ。
まだ馬を街に持ち込めないので、曳くのは花で飾られたギンコ。
御者の技術がなくても制御できるので楽ではあるが、見た目がいかつい。
さすがに乗車は、護衛の女性騎士が2人を乗せてくれた。
2人が幌馬車に座ったのを確認した俺は、ひらりとギンコに乗る。
「えっ、殿下はそちらですの?」
「ご一緒してくださるのではなくて?」
え? と振り向いたが。
少女で2人乗り、体格の良いオトナならひとりが限界の1頭立て幌馬車では、さすがに小さな俺でも座れない。
「いくら小さい僕でもムリですよ。おふたりに窮屈なおもいをさせたくありませんので」
「わたくしとフランツィスカのお膝に座ればよろしいのですわ」
「さんざん抱っこしているんですもの、よろしいではありませんか」
めっちゃ誘惑してくるやん。これ誘惑か?
テキストだけでいうと誘惑な気がする。俺が子どもじゃなければ。
しかし、もう子どもあつかいはされてはいけない、と父上が釘を刺してきたのでここはキッパリ断る。
「もう婚約者のあいだがらなんですから、抱っこもお膝ももうだめです!」
プイ、と顔を背けると、マリアンネもフランツィスカも「あら」とか「そうですわね」なんて言いながらどこか嬉しそう。なぜなのか!?
何回転生しても、女心はわかりそうにない。
あらためてそう思う、初デートなのであった……。
※次回はマリアンネ&フランツィスカ視点のお話になります。