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9章_0127話_真剣勝負 1

「ふう……」


俺が頭目を務める白き鳥商団(ヴァイスフォーゲル)の広告塔となるであろうトータルサロンの要所、フィッティングルームの大改造が一息ついた。


マネキンの魔法陣制御や土台のデザインなど細かい修正は後に回し、ひとまず部屋は満足するまで手を加えた。


「殿下、途中で申し上げようか迷ったのですが」


カサンドラが少し困ったように俺を見る。


「なあに?」

「こちらのお部屋は仮称ですが『サファイアの間』となっておりまして」


「うん?」

「つまりその……もうひとつ、こちらも仮称ですが『ガーネットの間』がございます」


「あ」


そう、最初にカサンドラはたしかに「サファイアの間」と呼んでいた。

ということは……。


「もしかして、こっちはマリアンネの部屋でもうひとつフランツィスカの部屋が……?」

「さようにございます」


がーん。


俺、もう気力ないよ……。


「主、次の部屋は僕たちがこの部屋を真似て作ってみるから、ちょっとまっててよ!」

「うんうん、主の伴侶候補の、あの夕焼け色の髪の娘をイメージすりゃいいんだろ? それくらいならきっと俺たちでもある程度まではできるぜ。そのあと、主が気になるところに手を加えればいいんじゃないか」

「カル、主のこのみダイタイわかっタ! いま、主の魔力たくさんたべてカルたちすごい元気だカラ、主はやすんでテ!」


ジオールとバジラットとカル、そして何故かルキアとパトリックとガノ、さらにディアナを筆頭としたお針子衆はまだまだ元気ぴんぴん。

むしろこちらの部屋で叶わなかったアイデアがあるのか、目がギラついている。

精霊があまりにも簡単に部屋を改装していくのをゲームのように面白がっていたけど、あれ俺の魔力だったんだな。当然だけど、忘れてた。


「うん……じゃあこっちの部屋とグレードの差はつけないこと、フランツィスカの好みに合わせることを主軸にして……よろしくたのむよ」


「はーい!」

代表でジオールが元気よく返事して、ぞろぞろと「フランツィスカ班」が案内される。

入ってきたドアからではなく、ドレスたちが出てきた方向と同じファンシーなドアから出ていった。


「……あのドアは?」

「サファイアの間とガーネットの間をつなぐ……お二人の婚約者がくつろぐ喫茶スペースです……あのお年頃の女性であれば……お友達同士の気安いおしゃべりもまた……楽しみのひとつでしょう。殿下、よろしければ……滝のカフェテラスの2階席で軽食でもいかがですか」


そういえば張り切って指示したこともあって、お腹が空いた。


「ごはんでるの?」

「軽食ですが……メニューは目下、修行中の……レオ殿の弟子が手掛けております」


え! もうそんな弟子がいるの! レオを見ると、彼は幻影の鳥を夢中で眺めていた。


「レオ、弟子にまかせてだいじょうぶなの?」

「え? ああ、トビアスさんから話を聞いたときに、ソイツ自身がやりたいっていい出したんですよ。下級貴族の生まれだそうで、礼儀もしっかりしてるし俺よりずっと適材だと思いますよ」


「レオ、ほんとうはこっちがよかったんじゃない?」

「ええっ!? なんでそう思うんですか! 俺、女子カフェメニューみたいな上品な料理よりも男子高校生の腹を満たすようなガッツリメニューつくるほうが好きですけど! クラレンツ様とかジリアン様とか、なんでも美味しそうに食べてくれてほんと今が満足なんですよ!?」


なぜかレオが慌ててる。

……たしかに、俺ひとりじゃなく食べ盛りの兄上たちや側近の食事の面倒まで見てるんだもんね。そりゃあ作りがいもあるってもんだ。俺はまだ少食だから、そう考えるとよかった。俺が食べ盛りになる頃には、きっとクラレンツとジリアンと……あとジュンとガノで鍛えられたガッツリメニューがより洗練されているに違いない。


そう考えていると、お腹が「まお〜↓」と鳴った。


「俺が提供したレシピはフードとドリンクで高級路線とカジュアル路線、2つずつしかないんです。ほかはオリジナルでやれって言ってあるので、俺もどんなメニューがあるか知らないんですよね。王子、いきましょう!」


レオに手を引かれて、カサンドラの案内のもと大滝のカフェテラスへ。

相変わらずすごい水音なので、道中はろくに会話もできない。

だが、ペシュティーノに抱き上げられてぽすんとソファに座ると水音がスーッと消えていった。


「あれ、音が消えた……魔法?」

「そのようです。なるほど、席ごとに個別の防音魔法を……考えましたね。これならば同席した相手以外が話を盗み聞きすることもできませんし、外から声をかけられても気づきません。もし面倒な相手がいても『気づかなかったフリ』で避けることも容易い」


貴族の面倒な社交ってやつですか。

たしかにオープン後はしばらく話題の場所になるだろうから、沢山の人が集まる予定。

癒やしをテーマにした施設にくつろぎに来たのに、つきあいが面倒なヒトと鉢合わせてしまったら台無しだよね。


「でも給仕係を呼べないよね。ということは、このベルかな」


個室居酒屋には必ずある、店員呼び出しボタン。なんならオーダーも手元の端末で、とかスマホで、という店も多かった。あれは合理的だよね。

テーブルには、妖精でも呼び出せそうなガラスの透かし彫りハンドベルがテーブルに伏せて置いてある。貴族は使用人を呼ぶときに声を張り上げたりしないのだ。


「このベルは、なんと……素晴らしい意匠ですね」


俺の横に座ったペシュティーノがまじまじと眺めて、テーブルの横に立っているカサンドラに「これはユヴァフローテツの職人がつくったのか?」と聞いているけど、多分聞こえてない。


「ペシュ、席についてもらわないと聞こえないんじゃない」

「はっ。そうですね」


カサンドラは「いくら説明のためとはいえ王子と同席するなど!」とかなり遠慮していたようだけど、同席しないと話せないんだもん。仕方ないよ。


スタンリーは俺のおザブ係だし、まあ今日のところは無礼講ってことにしてレオも対面に座ってもらってようやくカサンドラも席についた。


「レオ様のレシピは本当に、今までにないものばかりで毎度驚かされますわ……小麦粉という昔から帝国にある素材でさえ、こうも調理の方法があるものなのかと毎回勉強させていただいております」


どうやらレオがこのカフェのために提供したレシピは、貴族向けにはフルーツのムースケーキとショコラシェイク。庶民向けにはパンケーキと麦芽の乳飲料。ココアのようだけど少しあっさりした甘めの……まあつまり「ミ◯」だ。「◯ロ」でもいい。

砂糖が高級品のこの世界では、甘い飲み物や食べ物はそれだけで「すごい」扱いされる。

米や麦、芋なんかは本来の甘みがあるんだけどね。

砂糖の甘さはそういうものとは一線を画すので、ものめずらしいのだろう。


「こちらが、レオ殿の弟子カミルが考案した新作メニューです」


船のようなカタチをした銀食器の中で寄り添うように鎮座しているその見た目は……。


「たこやき?」

「まーそうみえますよねー!」


甘い香りのするたこ焼き。脳がバグる。

ソースはおそらくチョコソースなんだろう。青のりほど緑色は濃くないが、粉末ハーブのようなものもかかっている。1つ1つに、真っ赤な紅生姜を模したようなものがブッ刺さっているのだが、これは一体。鰹節に見立てているのか、薄く削られたなにかがふりかけられている。見た目は完全にたこ焼き。


上品な二又のピックでペシュティーノが刺して、俺の口元にもってくる。

一口で食べるにはちょっとデカいな。

半分かじると、外側は「カシュッ」と軽い歯ごたえがあり、中からはトロリと白いソースがでてきた。ちょっと熱い。ペシュの手に残りの半分がぼとりと落ちたけど、その中にタコっぽいものが見えたので口を開けて次を催促。手に落ちたものを与えていいかちょっと迷っていたみたいだけど、最終的には俺の口の中に放り込んでくれた。


「あふ、あふい。あま……んむ、あ、これマシュマロ? 硬いのは、ナタデココ?」

「正解です! ナタデココはこの世界では別名で呼ばれているそうですが食感も作り方もほぼ同じです。さあ、みなさんもどうぞ!」


ペシュティーノは手を伸ばせないスタンリーにも1つ刺して食べさせてやり、自身も一口でぱくりと食べた。


「おいしいよね!」

「ええ、こちらはディアナ様にもお墨付きをもらっていますので、こちらの世界の方々にもウケると確信しています。あの、つきましてはですね……名前を」


「こぷ」


お口のなかでネットリ溶けていたマシュマロを吹き出しそうになった。

粘度があって助かった。


「レオ」

「あーもちろん殿下が名付けを苦手に思ってらっしゃるのはわかってます、わかってますよー! しかしですね、こういうのは『王子が命名した』というアレです、タテマエが大事なわけでですね、なあカミル!」


パッとレオが顔を向けた方向には、緊張した顔の青年。……いや、おじさん。

レオの弟子っていうからもうちょっと若いかと思ってたけど、立派なヒゲと顔に刻まれたシワからは50代、もしかすると60代いってるかも、というくらいのおじさん。


テーブルの全員がカミルを見ているので、彼も慌てて跪いて、軽くテーブルに手を触れてきた。どうやらこれでこちらの会話が聞こえるようになるらしい。


「王子殿下に、ご、ご挨拶申し上げます。不格好な礼をお許しください」


テーブルに触れたまま頭を下げているので、なんか今から吐くひとみたい。


「名前……名前かあ。でもここが鳥の巣街(フォーゲルネスト)って名前だし……丸いし……なにかの卵って名前がいいんじゃないかな! この世界で、まんまるの卵を産む生き物はいる?」


俺の頭には完全にウミガメの卵が浮かんでいるのだが、封印して皆に問う。

ペシュティーノは座ったまま両方向通信(ハイサー・ドラート)でテーブルに触れていない側近やジュンやオリンピオ、トビアスにも聞いてくれているようだ。


金剛甲亀(アダマントパンツァ)……」

金剛甲亀(アダマントパンツァ)、とオリンピオが言っています」

「やはり、まんまるの卵と聞くとシルクトレーテ(カメ)が一般的かと」


やっぱカメなんかい!

うーんでもカメはなんかなー。


「『タルタンの卵』ではどうですか」


スタンリーが俺の後ろからささやく。


「たるたん?」

「おお! それはいい! タルタンといえば、『赤竜と隻眼の王』に出てくるカメの姿をした大地の精霊……」


俺がスタンリーに聞き返した声に、カミルさんが反応しちゃった。喋ってる途中でテーブルから手を離して後ろの白き鳥商団(ヴァイスフォーゲル)の人たちに説明を始めちゃったので、なんかコーフンしてるみたいだけど声は全然聞こえなくなった。


「そうなんだ。なんか前もどこかで聞いたことあるなあ、その話」

「ケイトリヒ様、『赤竜と隻眼の王』といえば帝国では知らない男の子はいないといわれる逸話で、本も出ていますよ。小さな村にでも、誰かしらが写本したものが1冊はあると言われてます」


ここに知らない男の子がおりますが。

転生者はノーカウントですか、そうですか。


「じゃあそれで。ありがと、スタンリー」

「いえ、御力になれたのなら光栄です」


マシュマロとナタデココのたこ焼き……と聞くとゲテモノっぽい説明だが、味は純粋なスイーツのそれは「タルタンの卵」と命名。その他、鳥の巣街(フォーゲルネスト)内のオリジナル商品は一貫して鳥に関連する名前にすることに決まった。

まあタルタンはいきなりカメなんだがシルクトレーテ(カメ)領ってのもあるくらいだし、誤差の範囲ってことで。亀と鹿はOKってことにしよう。

謎のフレキシブル対応。

こういうのはね、あんまりガチガチにせずふんわ〜り統一されてればいいんだよ。多分。


ついでに「サファイアの間」と「ガーネットの間」は、改名して「藍姫宮」と「紅姫宮」となった。もちろんマリアンネとフランツィスカを表したものだ。


とりあえず、もう一つの部屋も精霊たちがほぼマリアンネと色違いって感じに作り上げたうえで、そこから少しフランツィスカの好みに合わせて調整。

ふたりとも鳥は当然好きだが、「藍姫宮」のほうは大きめで優雅な鳥、「紅姫宮」のほうは賑やかに動き回る小鳥を幻影で配置した。色味も少し寒色系と暖色系で差をつけてある。

キラキラの滝にもちょっと工夫を加えて光り方や色を変えたり、周囲の植物の種類を変えてみたり、2人が部屋を行き来したときに遊び心みたいなものを楽しんでもらえたらいいなと思いつつ。


今日の査察はこんなところで終了だ。

あと2週間で本番。


ファッシュ分寮に戻って数日、白き鳥商団(ヴァイスフォーゲル)の面々が毎日入れ代わり立ち代わりに商館(モール)のプランを相談してくるようになった。


その日は不動産業部門の立ち上げについて話しているところに、精霊たちが作り上げた無機生命体(ゴーレム)のロロがやってきた。


「我が君、宣伝活動についてご相談がございます。来る日、姫君たちの初めての『トータルサロン初体験』の場面を、ユヴァフローテツの映像技師たちの撮影のもと、映像として収めたく。そちらを商材として、トータルサロンのイメージ映像を作ってはいかがかと存じます」


きた。

先日の叙勲式典のときに各領地に配置された投影機(ヴァイツフィルム)を広告塔として使うための準備だ。


「そうなると、マリアンネとフランツィスカがトータルサロンのイメージキャラクターみたいになっちゃうね……いや、むしろそれがいいのか」


社交界で圧倒的な影響力を持つために必要なものは、知名度と優位性、そして人脈。

旧ラウプフォーゲル圏の社交界は、ハービヒト領のW夫人のおかげで急成長中だがまだまだ中央からは格下扱い。それを一転させるには、センセーショナルな一手が必要だ。


マリアンネとフランツィスカをメインに据えて、その後ろにはハービヒトのW夫人、さらに俺の代母ラーヴァナもいてくれたら、二段構えで影響力を持てていいかもしれない。


「リーゼロッテ様とマルガレーテ様、あとラーヴァナにも声をかけて、少し協力をおねがいしたほうがいいよね」

「んん〜、さすがでございます、我が君。若年層のマリアンネ様とフランツィスカ様が、トータルサロンを利用して目指す先はまさにその御三方。そういう構図にすれば、夫人層にも批判なく受け入れられるでしょう! 平民でも、お金さえ充分であれば上級貴族が利用するサロンに入れると謳うのです。中央は未知数ですが、旧ラウプフォーゲル圏では相当なモチベーションになりますよ〜」


ロロはニコニコしているが、無機生命体(ゴーレム)であることを知っているせいかどこか乾いた笑いに見える。アウロラの情報収集力と、キュアの情報の掘り下げと編集力、そしてジオールの分析力を合わせた無機生命体(ゴーレム)らしいんだが……。


「ロロ、その『我が君』ってのやめない? 白き鳥商団(ヴァイスフォーゲル)のひとたちはみんな、殿下って呼んでるけど」

「おや、お気に召しませんか? しかし殿下はすぐに閣下となり、さらにすぐ陛下となってしまうでしょう? で、あればずっと呼べる呼称は『我が君』のほうが良いかと思ったのですが」


このへんは精霊マインドクオリティ。

小さな商会の頭目であれば、部下から「我が君」なんて呼ばれていたところで大したことはないんだけど、いずれ皇帝になるかもしれない身だからこそあまりよくない。

「君」=「君主」=帝国では「皇帝」だ。個人的な「君」だとしても、少々時期尚早というか、「ケイトリヒ殿下を絶対に皇帝にしてやる派」と思われても仕方ない呼び方。


そういうことをやんわり言うと、ペシュティーノもうんうんと頷いている。

ロロはちょっと眉毛をハの字にして「配慮不足で申し訳ありません」と言ってこれからは「主」と呼ぶと決めた。そこも精霊クオリティなのね。


というわけで、ハービヒトW夫人とついでにゲイリー伯父上にお手紙。

ついでに父上にもW夫人に協力を仰ぐことにするよと連絡。あわよくばアデーレ夫人も乗っかってもらえたほうが父上的にはいいかもしれないな。


父上からはすぐ返事が返ってきて、「アデーレは目立つ広告塔としてではなく利用権の枠をもらえるだけでいいと言っている」だそーだ。

なるほどー? 自身の見栄えよりも影響力と実益を重視する策士型ですね?

さすが中央の社交界では鳴らしてたと言われるだけある。


まあラーヴァナはちょっと俺の事業をきっかけに存在感を示してもらわないと俺が困るので、W夫人にくっついて頑張ってもらおう。


そしてW夫人からは、トータルサロンについて事細かな質問状のような文書が届いた。

一応、マリアンネとフランツィスカのバックについて広告塔になることは快諾いただいたが、広告する上で必要なのは情報。

もとから招待するつもりではいたけど「すべての予定を調整するので、デートの前に招待しなさい!」と強い語調で書いてあったので、今週末も商館(モール)へ行くハメに……。


それを父上に報告したら父上も「では私とアデーレも」となった。

当然ゲイリー伯父上もついてくる。そうなるとラーヴァナを呼ばないわけにもいかず。


というわけで。


なんか、デートプランに親族チェックが入ることになりました。

これ、貴族の日常ですか?


ペシュティーノにそう聞いても、「家族仲の良ろしい貴族の例を、ファッシュ家以外に存じませんので……」と返された。なんか不憫。

しかし一般的には、婚約者との逢引に親族が口出しするのはわりと普通らしい。

もちろん、不肖の息子が大事な嫁候補に失礼でもして婚約解消されたら困るから。

女性側に絶対的な権力がある以上、おもてなしは男側の一族の使命みたいなもんらしい。



今週の授業はいろいろおもしろい内容が多くてすごく充実していた。

が、正直、週末の「デートプランの親族参観」のせいで張り切った白き鳥商団(ヴァイスフォーゲル)の応対が最優先すぎてほんとバタバタでした。



そして週末。

父上とアデーレ夫人、そしてハービヒトから集まったゲイリー夫妻を案内するためにカサンドラはラウプフォーゲルの転移魔法陣へ。

じつはこの転移魔法陣、設置はしていたものの開通の予定は来週半ばだったのだが、この「親族訪問」のおかげで急遽前倒し。ディングフェルガー先生が「微調整がぁぁ」と言いながら徹夜で転移実験を繰り返していたそーだ。


そう、転移魔法陣は本来はかなり難しい魔法陣……しかも貴人を、護衛を含めた複数人転移させるとなるとすごく気を使うんだそう。ラウプフォーゲル領主とハービヒト領主と、その夫人たちと考えれば超弩級の要人であり貴人。


転移魔法陣は夢のように便利な魔法だけど僅かながら害もあって、ごくまれに一部のヒトに「転移酔い」という症状が出るらしい。

傾向としては体力が落ちているヒトや寝不足、体調不良のヒトが多いそうだけど、何も問題ない健康なヒトにも一定確率で出る。そのうえ、今まで何度も転移陣を問題なく使用したヒトにも、ある日突然出ることがある。

前世で標高の高い山や地域で発症する「高山病」にちょっと似てる気がする。


まあとにかく、魔法陣設計士としては重要人物が使用する魔法陣でそういう事例が出てしまうのは大変な不名誉らしい。学説としては魔法陣設計と転移酔いは関係ないと言われているらしいけど、やっぱり気になるのが技術者のサガってものなんだろう。


徹夜で何度も自分を実験台にして転移したせいで、めでたく転移酔いになってぶっ倒れたそうです。ディングフェルガー先生って、倒れるのが自分のアイデンティティだとでも思ってるのかな?


報告を聞いて父上が心配したそうだけど、徹夜で設計調整して通算40回は転移したと聞くと「そんなに短期間に何度も転移すれば屈強な騎士でもそうなる」と言って呆れてた。

ディングフェルガー先生にとっては技術的な課題らしいけど、父上から言わせれば「確率の問題」らしい。


とりあえず先生、お疲れ様。



はたして週末!


俺は魔導学院からの特別転移魔法陣から商館(モール)へ。

ラーヴァナはすでに俺といっしょにいます。


ラウプフォーゲルからやってくる親戚一同をお出迎えするため、俺たちは転移魔法陣が集中する「迎賓の間」で待機。5刻(朝10時)にやってくると聞いていた父上たちだが、貴族社会ではどんなに時間通り着いても5分遅れるのがマナー。

子どもの体では5分ジッとしているのって、けっこう難しい。

モジモジしてペシュティーノのふくらはぎにおでこをぼんぼんぶつけていると、ぐいっと肩を掴まれて気をつけの姿勢をとらされた。転移魔法陣が光っている。


やがて、父上とアデーレ、そしてゲイリー伯父上と2人の夫人、そして案内役のカサンドラが現れた。


「ようこそおこしくださいま……え、護衛ナシ!?」


「これ、ちゃんと挨拶は最後まで言いなさい」

「ガッハッハ、よいではないか! おお、ケイトリヒよ、ほんのちょっと大きくなったのではないか!? どれ伯父さんが高い高いしてやろう!!」

「まあ、素敵な部屋ね……貴方、おやめになって。ケイトリヒはこれから私達を案内してくれるのよ、疲れさせないで頂戴」

「ここから見えるもの全てをマリアンネとフランツィスカにプレゼントするわけではないのでしょうね!? これはもう商業施設というより、街ではありませんこと?」


興奮して騒がしい親戚を尻目に、アデーレは穏やかに微笑んだまま2人の夫人たちの動向を見守っている。


「ここは、『トータルサロン』の施設をないほうする商館(モール)のげんかんぐちです。この窓から見えるあっちが居住区で……」


俺がガラス窓から見える景色を指さして説明を始めると、父上が「まあ待ちなさい」といって制す。全員、窓に近づいて思い思いに景色を眺めた。


「これは……話に聞いていたよりも、ずっと素晴らしいな」

商館(モール)の話が出たのは半年と少し前でしたわよね。そんな短期間で、こんな……」

「ぬおおお、道の横は谷底ではないか! 馬車が落ちたらさすがの私もただではすまん高さだぞ!? なに、見えない障壁があるのか!? なんという技術だ!」

「上空は……なにか、薄い結界で覆われているようですけれど。雲ひとつない青空ね」

「妙だわ、結界の外に山がひとつもみえない」


そっか、ゲイリー伯父上たちとアデーレはこの商館(モール)の構造を知らないんだ。


「あの模型は……この『迎賓の間』においたほうがよさそうだね」

「言われてみれば、確かに……ラウプフォーゲル公爵閣下以外の方は……この商館(モール)がどこに築かれているのか……ご存じないでしょうから」


俺が言ったことを、トビアスがメモする。


カサンドラの説明で地上2000メートル……こちらの世界で半リンゲほど上空に建設されていると知ると、ゲイリー伯父上たち一同は大げさに感嘆の声を上げてくれた。

リアクションがデカくて欧米人っぽい。


その後も、以前俺が案内されたときとだいたい同じ順路で施設を説明していく。

谷底にある研究施設を見て「秘密基地みたいだ!」とはしゃいだり、居住施設を見て「別荘として買わないか」と夫人たちが言い出したり……確かに、景観の良い立地は貴族の別荘地として売り出すのも悪くないかもしれない。

こそっとカサンドラに言うと、嬉しそうに頷く。

こりゃまた不動産事業部の重要性が跳ね上がっちゃうね。


ゲイリー伯父上は全体の道の舗装が素晴らしいと連呼。

アデーレ夫人は街の景観はもう少し華やかにしたほうが言いと助言。

リーゼロッテ夫人は商業区にどのような店が入るのか興味津々。

マルガレーテ夫人は何故か投資の話に……。

父上は黙って街並みの説明を聞いているので、最後に感想をくれるんだろう。


そしてトータルサロンのあるファンシーな城の前に案内されると、全員無言で滝を見上げて口が開いていた。


「遠目から見えてはいたが……これは素晴らしい滝だ」

「滝の下のお城だなんて、素敵!!」


全員、なにかしら滝を褒める。

ほんとにラウプフォーゲル人って、滝が好きなんだ……?

顔にぴちぴちあたる細かな水しぶきを気持ちよさそうに浴びながら、リーゼロッテ夫人が笑顔で尋ねてきた。


「すてきなお城のお店ね。なんという名前なの?」


「えっ?」


……全員、「トータルサロン」と呼ぶばかりで名前のことをすっかり忘れていた。

トビアスもカサンドラもハッとして、俺の返事を心配しているのかすごい作り笑顔でみつめてくる。


「え、えーと、まだかんがえちゅうなんですけど……」


ひらめけ! 俺のネーミングセンス!!! おりてこい、名付けの神!!


「ひ……いや、こ……『小鳥のおめかし部屋(アンクライディツマ)』なんてどうかなー?」


一同、シーン。


……だ、だめかあ。


「素敵……すごく可愛らしいわ! 女の子がおめかしするためのお部屋ってことね!」

「愛くるしい小鳥たちがかしましくおしゃべりしながら着飾る……なんて素敵な名前!」


あっ、オッケーもらいましたー。

やったあ〜|(棒読み)。

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