9章_0126話_王子のデート事情 3
商館……もとい、鳥の巣街の見学は続く。
街中のあらゆる場所に点在する小規模な転移魔法陣は、さすがプロが考えた都市らしく合理的で気の利いた場所に配置してある。
商業区、工業区、そして居住区を軽く見て回ったけど、まったくヒトがいない空間はなんだかゴーストタウンみたいでちょっと薄ら寒い。入居者やテナントをどんどん呼び込んでいけば、将来的には東京の丸の内みたいな雰囲気になりそうな街並み。
すでに居住区には一部住民がいるが、彼らはまだ鳥の巣街の片隅に集中して住んでいるようだ。店もわざわざがらんどうの商業区まで行かなくても売り買いできるように、居住区の小さな個人商店のようなものがあるだけ。
市役所の職員は大忙しかと思ったけど、ここでの手順はユヴァフローテツと変わりないし、移住希望者が殺到したとしてもまず「戸籍登録版」の作成に同意してくれる人でなければ許可されないシステムなので、意外と少ない。
あの、胸からニョッキリ石版が生えてくる、今でもこの世界で見た不思議な光景TOP3に入るアレ。
鳥の巣街に入ってくるだけのヒトならば特にテロリストでもない限り制限しないが、住民はかなり厳選する。そのことでこの街はどこよりも価値があがるはずだ。
たしかに、不動産売買の部門をつくるのは急務かもしれない。
居住区の中でもこれから建設予定となっている更地を見て、俺はふむふむと考え込んだ。
そして工業区。
これは研究施設が主で、生産工場や大規模生産が決まった時点で地上のどこかの領地にアイデアと技術を移植するつもりで作られている。「卵」の底の部分に位置しており、半透明の膜のようなもので隔離されているので上の通路から見下ろしただけだ。
ユヴァフローテツの研究員や工房がいくつか移転しているらしいけど、まだ全体の施設の1%も使われていない。これから研究者にはどんどん革新的なものを作って世の中に発表してもらいたいから、優秀な人材はとってもウェルカム!
やっぱり技術者を集めるなら実績とブランディング、そして待遇だよね。
そしてようやく、商業区。
俺達が降り立ったのは中枢区だったようで、そこからぐるりと「卵」のなかを一周したかたちになる。商業区は、中枢区を取り囲むように広がっている。
お目当ての場所は、商業区のなかでもひときわハデな通り沿いにそびえ立っていた。
さながら日本の超有名テーマパークのお城のような、フォルムの美しさや繊細な装飾が際立つ、じつにエンタテイメント寄りの作り。
たしか日本にあったテーマパークの城のモチーフはシンデレラだったはず。
屋根が青くて、壁は……どうだったかな。細かなことは覚えていないけど、通り抜けるだけの作りではないのでけっこう大きい。
それになんか、城の後ろにはワイルドな滝が見える。
なにがワイルドって、水量だ。ものっすごい水しぶきあげて落ちてるし、城を挟んでけっこう遠くにあるにも関わらずかなり細かくなった飛沫がぴちぴち顔に当たる。
「たき……の、みず、いきおいちょっと良すぎじゃない?」
「そうですか?」
横にいたペシュティーノが眩しいものを見上げるように滝を眺めている。
魔導騎士隊たちも「スゲー」みたいな顔を隠すことなく、明らかに好意的な反応。
「……もしかして、ラウプフォーゲル人って滝が好き?」
「ラウプフォーゲル人でなくても、滝には憧憬、のようなものを感じさせてくれるものがあると思いますよ。ローレライの砂漠ほどではありませんが、帝国も水の恵みが乏しい時代がありました。清廉で豊富な水は、渇きを癒やすだけでなく豊かさをも約束してくれる存在です」
魔導騎士隊も側近たちも、ペシュティーノの言葉にウンウンと頷いている。
あまりフィールドワークに興味がなかったけど、日本にも世界にも名瀑と呼ばれるスポットはあったし、流れる水や滝にはパワーを感じるのはわかる。でも、これ人工だし?
人工の滝なんて見たことないこちらのヒトには自然の滝と変わりない感動があるのかなと視線を向けるとルキアもレオも感動してる! あれ、冷めてるの俺だけ?
「じゃあ、なかの案内は……」
「殿下。僭越ながら、白き鳥商団は宿泊部長、カサンドラがご案内いたします」
上等な生地で作られたシンプルなドレスをスタイリッシュに着こなしたカサンドラは、前世で例えると「ホテル業界の経営幹部キャリアウーマン」だ。
グランツオイレで古くから宿泊業を営むヴィレド商会に、曽祖父の代から一家のほとんどがずっと務め続けてきたという。
そしてカサンドラは、若い頃からそのヴィレド商会で数々の新しいアイデアやサービスを生み出して商会を大きく成長させた。が、成長させたのは業績だけでなく身内の敵もだったようだ。
「これ以上1つの商会が成長してしまえば領主に迷惑がかかる」という理由でカサンドラの成長戦略は封印され、これまでの手法を改善したり新しいアイデアを提案する彼女を煙たく思う人物が増えてしまったのだ、とアウロラが話してくれた。
社内のイノベーターをうまく活用できない、残念な企業の典型だ。
たしかに帝国の商法上、利益が大きくなりすぎた商会は領主権限で分割させられたり、ひどい領では一部の業務を接収されることもあるのだから仕方ないのかもしれない。
しかしカサンドラを評価していたヴィレド商会のおじいちゃん頭目は、今回の俺の商館事業に彼女を推薦した。これは英断といえるだろうね!
とにかくカサンドラは実績のある有能な宿泊経営経験者。
客をどうやってもてなし、喜ぶことを考え、なによりも満足度を優先したうえで利益をどう上げるかを総合的に考えるプロフェッショナルだ。
「まずは外観から。帝国民の憧れ、王城を模した様式に、高貴な白の外壁。屋根は柔らかな丸みを帯びた淡い紅色で、青い空の中ハッキリと存在感を与えつつもお客様を受け入れる柔和さを表現しました」
要は外観だけ見ると白とピンクの城なんだが、ピンクが落ち着いた色合いで屋根の全てというわけではないポイントカラーなので過剰なファンシーさは無く、上品。
そのへんのバランスはさすがプロとしか言いようがない。
俺が女性向けの高級サロンを考えた場合、こうはいかない。
エントランスの両脇には、全面が可愛らしい花で覆われた柱。バラなどの豪華な花ではなく、素朴な花が集まることで可憐な仕上がりになっている。
「王城ってなに?」
「ラウプフォーゲルで王城といえばラウプフォーゲル城ですよ」
前身のラウプフォーゲル王国をひきずる名称は、帝国であるいまちょっとセンシティブだよ? とヒヤヒヤしているのは俺だけみたいだ。
よくよく改めて聞けば、王をまとめるのが皇帝であり、王国をまとめるのが帝国だからということで旧ラウプフォーゲルを王国扱いするのは何ら問題ない。
ラウプフォーゲル「帝国」と呼んでしまうとだいぶマズイらしいけどね、さすがに聞いたことないね。
「ぜんぜん入りたくないけど確認しないと……」
「ケイトリヒ様、お言葉に出ていらっしゃいますよ」
ペシュティーノの的確なツッコミに、カサンドラがころころと笑った。
「年若いお嬢様向けの施設ということで、保護者や護衛の男性が同伴されることも想定した外観となっております」
これで? と言いたくなったけど、ジュンとガノを見るあたり、あまり嫌そうではないので大丈夫なのかも。前世の個人的な感覚でいうと、夢の国に入国でもしてない限りは絶対入りたくない空間だ。
大きな両開きの扉が音もなく自動で内側へ開く。女性専用車両に入るような謎の緊張感。
「いらっしゃいませ、ようこそお越しくださいました」
真っすぐ伸びた花の絨毯……?の脇に、ずらりと10人ほど並んで優雅に頭を下げるスタッフ女性。もーさっそく「女性だけの秘密の園」感がはんぱない。
いや、それを望んだのは俺だけど、俺だけど、確認しないといけないんだけど、いけないんだけども!!
「かのじょたちは?」
「出迎え係、兼、案内係です。まださしたる技術もないため、お客様となるお嬢様のお身体に触れることはかないません。将来の事業化に向けて、希望者には技術の教育も行います」
列に並んだ女性はシンプルながら上等な制服を身にまとい、髪も肌もつやつやに磨き上げられている。素人目に見ても、道を歩いている平民女性とは全く装いが違うことが明らかだ。
「みぶんさで待遇をかえたりはしないよね」
「もちろんにございます! 今回の事業に合わせて雇い入れた女性人員は、8割が平民。ここ数ヶ月ずっと髪結いや按摩、お肌の改善やお化粧の練習台になっているので、キレイでしょう?」
「事業後のお客もこのようにでむかえするつもり?」
「さようにございます。人員は増えるでしょうが、入店の際には必ずこの人数でお出迎えしたいですね、最初から気分を上げていただきたいので」
スタッフ女性が全員、自らの外見に静かな自信があるかのようににっこりと微笑む。
マリアンネとフランツィスカは完璧にお姫様なので大丈夫だろうけど、これってけっこー圧を感じるのでは? 小物な日本人感覚ではそう思ったが、ここは貴族制のある世界。この高級感に負けるような人物を常連客とするのはむずかしい、と思いなおす。
店が客を選ぶタイプだ。
エントランスを入った真正面には受付や待合席のようなものはない。まっすぐに伸びた花の絨毯の先は、真っ白な一面の壁。縦に長く扉のないアーチ状の入口は、半透明のレースカーテンが吊り下がっていてふわふわと風に揺れている。
花の絨毯は、どうやら幻影の魔法で飾られているだけのようだ。大小さまざまな花が敷き詰められているが、踏みしめる感覚は絨毯のもの。
いくら「精霊の力で植物無限増殖!」といっても踏むだけのために花を消費するのはさすがにこの世界のヒトでも忌避感があるらしい。ホッとした。
「まずは奥の喫茶室へどうぞ」
カサンドラが案内してくれる。すでに滝の音がごうごうと聞こえてくるので、なんとなく目星がついた。カーテンの向こうは、予想通り滝。その周辺の緑地を中庭に見立てた、ドーナツ型のオープンテラスカフェのような空間だった。天井はないのに、水しぶきはまったく飛んでこない。
そして青系の光のぱやぱや……微精霊が無数に空中に漂っている。
「あれ……微精霊、みえなくしてもらったはずなのにな」
「ああ、殿下は微精霊がお見えになるのでしたね! これは微精霊ではなく精霊様の御力でごく普通のヒトにも見えるようになった、いわば極小のフワムクのようなものでございます」
ちなみにユヴァフローテツに到着した頃に「微精霊を見えなくして欲しい」といってジオールが「無理だ」とすげなく断った話は、「微精霊を排除、あるいは透明にするのは無理だ」という結論の答えだったそうだ。
単に俺が見えなくなるだけでいいので、俺の目にフィルター的なものがあればいいんだけどとボヤくと「何だそんなことでいいの」といって一瞬で見えなくしてくれた。今となってはヒトの言葉がよく分かるジオールだけど、あのときはまだまだだったんだな。
「わあ……キレイですねえ」
「すっごい、ゲームの世界みたいだ」
ルキアとレオもほんのり光るフワムクたちに目を輝かせている。
ふたりとも冷静になって。
フワムクは空中のホコリを依り代にした精霊の具現化なのだよ。
お茶会でルキアにもらったフワムクを愛でていたらウィオラがサラリとそんな説明をしてくれて、すっごいげんなりした気分を彼らにも共有したかったけど。
2人の目があまりにも輝いていたので、ちょっと遠慮した。俺、おとな。
さらにフワムクの正体は研究者でもまだ解き明かしていないそうなので、黙っとく。
「ここは共有空間として、どなたでもお使いいただけるカフェということにしようと思っております。ご要望があれば軽食やお飲み物のほかにサービスの説明もさせてもらい、次の利用につなげてもらおうかと。そして、実際のサロン利用者のための席はこちらからは上がれませんが、2階に」
カサンドラが手を差し出したほうには、1階のシンプルなファブリックのテーブルセットとは桁違いのグレードのソファセットがあって、花や生け垣で自然に目隠しされている。
なるほど、サロン利用者=貴族でほぼ間違いないので気の利いた区別だ。
ラウプフォーゲルはおおらかだが、中立領や中央の貴族は平民といっしょくたにされるのをとても嫌う。まあ、前世の記憶のイメージはどちらかというとこっちだよね。
ラウプフォーゲルがおおらかすぎるんだよ。軍事が主産業だからしょーがないけど。
「さあさあ、本日の目的であるフィッティングルームをご案内いたしますわ! 少々お戻りになってくださいまし」
オープンカフェテラスで回れ右をして出て、ふたたびエントランスホールへ。
滝の音に気を取られて気づかなかったが、カフェへつながる扉のない入口の両サイドの壁には高い天井から3枚ずつ、合計6枚の垂れ幕のような布が吊り下がっていて、床に近い部分に魔法陣が見える。おそらく、転移魔法陣だ。
「あ、ここから部屋に……?」
「えっ! 殿下、よくおわかりになりましたね! さすがでございます。こちらの吊り布ですけれど、扉の代わりになるものですので装飾で迷っておりまして。ヴィルヘルム卿の設計上は実際のお部屋といつも紐づいてるわけではございません。階級でわけるのも少々商売っ気が強すぎて敬遠されそうですし、統一してしまうのも味気ないような気がして。皆様のお知恵を拝借したく存じます」
全員の目線が天井に向く。
左右3つずつの垂れ幕は立派な装飾の金具で壁にしっかりと張り付けられて、カンバス生地のように固定されているのでたなびくこともない。
俺はそっと周囲を伺ったが、魔導騎士隊とオリンピオとジュンは我関せずだ。全く会話に入るつもりはなさそう。わかる。
「私は部屋の階級……例えば最初のふたりの婚約者のように、上級貴族が使う部屋と下級貴族が使う部屋、そして庶民でも使える部屋と3段階程度に分けるといいかと」
「そうですね、庶民が使える部屋があるのは革新的ですが……実情を考えるとそういう分け方が最も無難でしょう」
ガノが出した意見に、パトリックが同調する。
「無難、ではありますけれど……ふむ、どうしたものでしょう」
「そうですね……」
無難さを不満に感じつつも代案が出ないのはハイエルフの守銭奴イルメリと、トビアス。
「あ。ケイトリヒ様、ここって僕たちの感覚でいうと……『夢の国』ってことでいいんですよね? あの、某なんとかランド」
ルキアが何か思いついたように声を上げた。
レオが「あー」と納得しつつ、「行ったことねえわ」と笑っている。
「うん、感覚的にはそれでもんだいないよ。ちょっと貴族向けなのでゴージャスなだけでコンセプトはそっち」
「じゃあ、入口の見た目になるべく差はつけずに……例えば赤と青と……あ、色は特定の家紋や属性を示すからまずいか。じゃあ、バラとヒマワリとサクラと、みたいに雰囲気的な名前だけつけてですね、部屋までの通路をほんの少しだけ趣の違うものにして、6種類の道があるように見せるのです」
ルキアの説明はこうだ。
6つの通路で、例えばバラが咲き誇る庭園の道、氷の彫像のある雪道、熱帯ジャングルで鳥が鳴いてるような獣道……という雰囲気を変えたものをつくり、来るたびにどこを案内されるかわからないエンタテイメント性を持たせるというもの。
「あー、っぽいぽい」と、某夢の国には行ったことのないレオが納得したように笑う。
「でも今の設計では垂れ幕から直接部屋につながる設計になってるので設計し直して、通路となる部屋を用意しないとですね」
俺が言うと、ルキアはシュンとしてしまった。
「やっぱりちょっと無謀すぎますかね……」
「できるよ!!」
「まかせろよ!」
「小生たちを過小評価していらっしゃるようですね!」
「なんかしらんけど協力する!」
「カルも!」
ヒト型のジオールとバジラットとキュアが飛び出し、つられてアウロラとカルも飛び出した。ウィオラは横でそれを見ているだけだ。空間制御は闇属性のはずだけど、今回は魔法陣が使われているからあまり活躍の場がないのかも。
「なるほど、革新的で素晴らしい」
「転移魔法陣を贅沢に使うからこそできる演出ですね」
「来店するたびに違う……6つの道……なるほど、エンタテイメントです」
「これだけでも話題になりそうですわね」
無難な意見を出したガノもパトリックも、無難さに難色を示したトビアスもイルメリも面白そうに頷く。
「ディングフェルガーせんせえに座標設計しなおしてもらって……マリアンネとフランツィスカのときには、2つくらいできてればいいよ。6つはじっさいに事業展開するときまでにしあげればいけるんじゃないかな?」
俺の提案に、カサンドラも大きく頷いた。
これから吊り布のデザイン、魔法陣再設計、通路の6つのコンセプトを決めなどなど、まあまあ時間がいるだろうから2週間位内に6つは地獄だろう。2つでも無茶言ってる自覚はある。でも精霊がやる気なので、たぶんできるっしょ。
「そうと決まればさっそくヴィルヘルム卿に修正依頼の連絡を……おや、殿下はディングフェルガー先生と呼んでいるのですか? あっ、そういえば魔導学院の教師でしたね、なるほど! 彼の腕前はとんでもないですよ、市井の魔法陣設計士などと同じにしては申し訳ないほどの精度と速さです。あのような優秀な人材を、魔導学院から引き抜くとはさすが殿下ですね!」
カサンドラはいろいろ自己解決してめっちゃひとりで話を進めて納得して褒めちぎってきた。ディングフェルガー先生が優秀なのは認めるけど、魔法陣設計士としてとんでもない速さなのは俺のおかげなんだ。いや、描画装置のおかげか。
今のところ描画装置を扱えるのは俺とせんせえだけだから黙っといてあげよう。
「コホン、では改めまして早速……仮称ですが、まずは『サファイアの間』へ」
カサンドラが吊り布に触れるとふわりと布が波打ってぼんやり布が光る。
俺は魔力の流れが見えるので「扉が開いた」という感覚がよくわかるんだが、側近たちは困惑気味だ。これは、わざとらしく魔法陣の上に「ゲートが開いたかのような映像」が見える演出をつけたほうがいいかもしれない。
カサンドラがずぶり、と布に身体をめり込ませながら「こちらへどうぞ」と案内するのでしかたなく魔導騎士隊と側近たちも続いた。俺もぴょいと身を投じる。
そこは、一面のきらきら。
壁がきらきら、床がきらきら、天井もきらきら。外の滝の轟音は聞こえなくなった代わりに静かな水音を立てて流れる、小さな滝。まじこの世界の人間、滝が好きすぎないか?
広い部屋の中央には玉座のようなリクライニングチェア、周囲のワゴンにはゴージャスな瓶に入った化粧品関係。
「めがいたい」
「眩しいですね」
「これはさすがにちょっと」
俺の第一声に、スタンリーとルキアが同調した。ありがとう。
「光り輝く空間で大事に手厚く扱われることこそ憧れと思ったのですが……」
カサンドラは芳しくない俺達の反応に困惑している。
「かがやくのは最終的におきゃくさんのほうでしょ」
「あ、ケイトリヒ様うまいことをおっしゃいますね」
「……せめて床と壁は普通のほうがいいとおもいます」
カサンドラは「たしかに仰るとおりです!」と言って床材についてイルメリとバジラットに相談を始めた。
それを見たエステティシャンらしき女性がつつつとお上品に寄ってきてカサンドラの代わりに美容関係の説明を始めた。
マニキュアは「爪紅」という名でユヴァフローテツの技術者が新開発したらしい。ラッカーではなく、特殊な光をあてて固める樹脂製のほう。
さっそく興味を示した絵師が数点サンプルをつくり、あっというまに前世を超えるほどの作品を生み出し始めている。ちょっとゴテゴテしいけど、10本の指ぜんぶにつけなければまあ、貴族なんだし許容範囲だと思う。
俺の予想通り、ネイリストの先駆者となった絵師は女性だった。どうでもいいけど。
髪はこの世界でも艶出し、ヘアアイロンなどが充実している。パーマ液のように定着させるようなものはさすがにないようだが、使用人が手入れしてくれる貴族女性ならば毎日ヘアアイロンをしても負担ではないんだろう。
それと、俺のプライベートブランド「ベイビ・フィー」のスキンケア化粧品。
若年貴族女性がターゲットということでさほど肌トラブルには関係のない年代。あまりセールスポイントにはならないのだが、ケアして悪くなることもないだろう。
ちなみに今は俺の開発した化粧水に加えてクリーム、ジェル、バームといろいろな保湿製品が開発されたようで、オーロラ加工の瓶にも色々と種類が出てきた。
さらに唇用、日焼け後用、かかと用など用途を分けたところどれも大ヒット。
今や純利益だけでいえばトリューの機体販売に迫る勢い。
まあ、トリューの機体は製造コストが高いから利益が出にくいのも仕方ないんだけどね。
さて、このサロンでのメインはスキンケアよりもメイクアップのほう。
「私のつたないご説明を差し上げるよりも、実際に体験して頂ければ何よりもご納得いただけるかと存じますわ」
お上品なエステティシャン女性がにっこりと俺に笑いかける。
後ろで7、8人の女性もニコニコしてる。
「い、イヤデス。ここは女性をもてなす場所でしょう」
「王子殿下であれば……」
「だめです!」
思った以上に大きい声になってしまったので、目の前にいた女性は顔を青ざめさせて「差し出がましい真似を致しまして誠に申し訳ありませんでした」と深々と謝ってきた。
そうじゃなくて!
「あっ、ちがいます。おこったわけじゃないんです! ここは、女性のための空間です。男性が入ってこない、隔絶されたくうかんだからこそくつろげることも、あるでしょ? そういうわけで、このトータルサロンのサービスは『女性の特権』という謳い文句にしたいんです。だから、僕はえんりょしてるだけ。おこってないよ!」
ラウプフォーゲルでは女性の持つ特権は果てしなくデカい。
だからこそ生半可なサービスでは女性は納得しないだろう。
まあ本音をいうと、いくら身体が子どもとはいえオトナな女性にすっぽんぽんな身体をお触りされるのはかなりはずい。ペシュティーノやスタンリーならいくらでもお腹なでてかまわないけどね? 前世の感覚を持ってたら、そりゃあ遠慮するでしょう!
「まあ、殿下……!」
「なんて素敵なお心持ち……婚約者のお二人は、お気持ちだけでも幸せでしょうに!」
「殿下がこれほどまでにわたくしたちを信頼してくださっているのですもの。必ずや姫君たちを虜にするような施術をさせていただきますわ!」
なんかエステティシャン女性が目を輝かせてうっとりしてる。
ここでモテてどーする。
「では、ここで姫君が爪紅や髪結いをしているとご想像なさってくださいまし」
女性がなにか合図すると、横の大きなドアが開いて色とりどりのドレスを着たマネキンが貨物列車のように台車に連なってぞろぞろと運び込まれてきた。
なんか絵面が……シュールだ。
「やっぱりここでドレスを出してきますよね。そう考えると、やはり床や壁の明るさは抑えて、ドレスだけをライトアップするような見え方にしたほうが見ている側としてはワクワクすると思いませんか?」
ルキアは一気に喋ると、同意を求めて俺の方を見た。俺ポカン。
一瞬、「お詳しいですね……」と言いたくなったが、ルキアの言っていることは女性への特別なサービス云々というわけではなく、エンターテイメントの基本だ。
「おもう」
「ですよね」
そうだ、エンターテイメント。
それを考えれば男女差なんて大きな問題じゃない。ちょっと腰の引けていた俺は考えを改めて、「いちプロデューサー」として改めてこの部屋をすみからすみまで眺める。
手掛けたことはないが、前世は上質なエンターテイメントに溢れた世界だった。その感覚を思い出せば、きっとできるはず。貴族女性……現代風にすると丸の内OLを虜にするようなサービスと同じくらい、いいものが!!
さておき、床と壁の意見はスタンリーと同意見だ。
キラキラした空間は幻想的だが、さすがにちょっと目が疲れる。小さな鏡の破片のようなものが水に混じっているらしい滝もまたキラキラしてたけど、ここは据え置きで。
「床は清潔さを保ちやすく汚れを目立たせないマルチカラーの大理石に、表面を防汚魔法陣で保護したものにかえて」
俺がものすごく流暢に言うと、バジラットが懐から杖を取り出してクルクルと回し、あっというまに光を乱反射してギラギラしていた床が滑らかな大理石に変わった。
淡いオレンジと青っぽいグレーと白が入り交じる温かみのある色合い。
「まあ、なんてこと」
側近も白き鳥商団幹部も従業員たちも驚いているけど、構わず改造!
「壁は白! 純白で!」
「承知」
「天井のギラギラしたモービルみたいなのは、半分にして」
「はいは〜い、ただいま!」
「マネキンを乗せてる台車がかわいくない! 台車ごとにポールをたててライティングを……ううん、絵画のフレームみたいにして、ドレスに光をあてて……」
「ふむふむ、なるほど。こういうことですか」
「マネキンも少し動くといいんじゃないかな。ドレスって、動くとキレイとかいうこともあるでしょう?」
「仰るとおりです! こう、淑女の礼をしてクルリと回るような動きではどうでしょう」
「それくらいなら無機生命体ほどの能力は持たせなくても魔法陣制御で……」
ルキアにディアナ、お針子衆にときどきパトリックとガノも参加してただただキレイなだけだったフィッティングルームにエンターテイメント性を追求していく。
精霊たちは俺の号令でキビキビ動き、指示したそばから魔法のように……実際魔法なんだけど、クルクルと変化させていく。まるでゲームで「お姫様の部屋」を作っていくような感覚だった。
興が乗った俺はその場で魔法陣設計までしはじめて、幻影の鳥をそこら中に飛ばすというオプションを追加した。
じゃっかん、悪ノリの気配もあるけど……俺の気遣い、婚約者にとどけ!
たのむ!