表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

125/188

9章_0125話_王子のデート事情 2

王国での不可解な異世界召喚勇者の扱いについて、いまだシャルルから報告はない。

事実が確定するまで報告しないつもりのようなのでもう少し待とう。


それよりも俺は目下の問題を解決しなければならない。


そう、女性問題だ。


といっても当然、ドロドロしたようなものではなく、単に「嫁希望者が多すぎる」ってとこか? これってモテてるとはちょっとちがうんだな。なにしろ希望している女性は俺が皇帝になることを見越して打診してきてるんだから。

レオから「異世界ハーレム!」と言われた。意味不明だけどハーレム要素はない。

むしろ面倒な取捨選択と根回しと忖度と裏の思惑が入り混じった、ほぼ政治だ。


「共和国から4通、王国からは6通、帝国内はさすがに旧ラウプフォーゲル領からはありませんが中立領から3通の追加がありますよ」


何の追加って、「ウチの娘を嫁にどうですか」のお便りだ。

ペシュティーノから筒やら封筒やらを差し出されて、俺は地蔵になった。

穏やかに微笑んだ顔で何も言わない、地蔵だ。サイズ的にもだいたいあってる。


「ケイトリヒ様、ご覧ください。ケイトリヒ様……最近、この手の表情で無視してやり過ごそうとしてくるんですがこれは何なのですか」


ちょうど部屋に必要書類をまとめてやってきたルキアを捕まえて、ペシュティーノが問い詰める。飛び火させてすまん。


「あー……っと、虚無……ですかね」

「虚無? どういう意味です?」


ルキアが詰め寄られるのが可哀相すぎて、俺はテーブルに置かれた手紙のひとつを渋々ひらく。顔は地蔵のまま。


「ケイトリヒ様、13の手紙の中から『未来の皇帝として』交流をしてほしいのは2通、これとこれです。あとはケイトリヒ様のご判断にお任せします」


筒をふたつ渡されたので残りは下げてもらう。

共和国は聖殿の紋章と、共和国の旧貴族の紋章。


「どっちも共和国かー」

「聖殿が聖女候補を嫁に出す打診をしてくるなど、前代未聞です」


「「せいじょ」」


俺とルキアの声が被った。

いや、異世界人は勇者と呼ばれていたし、ドラゴンもいるらしいし、聞けば魔王なる存在もいるらしいから、聖女もいるんじゃね?とは思ったけども。いわゆる創作物語で出てくるところの「定番の設定」とは、どうせ違うんだろうな、とぼんやり思った。


なにせ異世界召喚勇者には戦う力がない、特殊能力はあるけど戦闘に特化しているのはレア、王国とドラッケリュッヘン大陸の法国については奴隷扱い。

さらに魔王は、いわゆる日本のファンタジーRPGもののように世界征服を企てていたり全ての魔族を圧倒的な力で統べている存在ではない。魔獣や人語を解す魔族などを従えて、ちょっとした社会を作り上げてその「長」を担っているだけの存在らしい。

規模的に言うと魔村長とか魔領主とかそういうレベルだ。カッコはつかないけど、実際に帝国以外には存在するという話。ちなみに帝国に魔王|(もとい、魔村長)が存在しないのは、単純に人間が強すぎるから。


魔族は「人類共通の敵!」ってほどではなく、言葉も通じるし会ったらいきなり襲ってくるような存在ではないが、ヒトとは思想が大きく違うので共存しづらい。

ちなみに以前「魔人(ロイエ)」という話が出たけど、それは魔族ではないらしい。

魔人(ロイエ)はとにかく邪悪なもの。この世界のヒトにとって言葉を話す魔族は亜人や獣人と同じような存在らしい。ただ、帝国にはほとんどいないので珍しい。

2〜300年ほど前には魔族が支配する魔族の町、みたいなものが帝国にもあったそうだけど、最終的にその統治者は穏やかにヒト族に代替わりしていった。ヒトが勢力を増せば思想が違う以上、魔族には住みづらい社会になるんだろう。

魔獣使いが多い地域は、その名残なんだそーだ。


まあつまり、魔王の定義もこの世界では違う。

じゃあ聖女は?

治癒魔法なんてものが存在しない世界、そりゃあ現代日本人が想像する「ナントカのチカラでケガも病気もあっという間に治しちゃう!」とか「民を困らせる瘴気を祓える唯一の存在!」とかでもないんだろーなー、と冷めた想像をしてしまう。

この世界なら瘴気じゃなく、アンデッドかな。


「せいじょって、どういう?」

一応確認しておこうか。


ペシュティーノは俺の質問に眉をしかめると、少し首をかしげてボソリと答えた。


「さあ……聖教関係者がそう呼んでいるだけで、実際にどういう立場でどういう能力があるのかまでは、存じ上げません」


あっ、カタチだけのタイプね。

ルキアも「ふーん」というように目をぱちぱちさせるだけだ。


「聖教関係者のあいだではすごい大事にされてるとか、影響力があるとかですかね」

ルキアが言うと、ペシュティーノは首を左右にかしげる。なんかかわいいねその動き。


「どうでしょう。そういった話は聞いたことはありませんが、単に聖教にあまり関心がないだけなのかもしれません。こういうとき軽く聞ける相手がいるといいのですが」


「あっ、ダニエルにきいてみよ!」


俺の思いつきに、ルキアもペシュティーノも渋い顔をした。

あれえ、いいアイデアだと思ったのにな。


「ケイトリヒ様……ダニエルはケイトリヒ様の前では品行方正ですけれど、あれでいてまあまあの問題児ですよ。他の授業での態度を知っている生徒が魔法応用工学のダニエルを見ると信じられないそうです」

「私も漏れ聞いている噂ではあまり良いものは聞こえてきませんね」


ま……まあ精霊のチカラで覗き見たときにもかなり物騒なことしてたけど、表面には出さないタイプだと信じてたのになー?


「なにかしでかしたの?」


「いえ、まだ問題と呼べるほどのことは。しかし、彼はきっかけがあればすぐにとんでもない事件を起こしそうな気がします。ほら、前世でもいたでしょ、特にヤンキーでも乱暴でもないのに、何かが欠落してて『ちょっとアブナイ奴』みたいな感じ」


いやー俺の人生にはそんなヒトいませんでしたけどー?

まあ小学生のころちょっとイジられ過ぎた大人しいタイプの子がキレてカッター振り回したことはあったか。ケガ人は出なかったけど、その事件以来だれもその子をイジらなくなったっけ。それがもうすこしエスカレートしたような雰囲気なのかな。


……。


カッターどころか、ナイフ投げつけてたわ、陰で。

そういうの、表面に出さなくても何かしら他人からは察知されるんだな。


でもおそらく俺のいる場所では品行方正にしているということは、時流や強者を見抜く賢さがある。そして、俺は賢い子どもが好きだ。


「僕に対してはあまりそういう感じ出してこなかったと思うけど」


「そりゃあ……」

「当然でしょう」


ルキアとペシュティーノの声が被る。ラウプフォーゲルの名は重い。


「だから、聞いてもいいと思わない?」


「……どうなんですか、ペシュティーノさん」

「正直に申し上げますと、必要以上に仲良くなって頂きたくないというのが本音です。生い立ちはともかく、彼からはどうも裏社会のニオイがします。ルキアくんの友人のトモヤ卿ではだめでしょうか」


「彼は聖教のことなどろくに知りませんよ」

「では、その友人の……ファリエルでしたか。彼は助祭ですし、友人とするには能力不足ですが手懐けて情報を引き出すには良いのでは?」


ペシュティーノさん? 言い方?


「……彼もあまりいい噂は聞きませんよ。純粋培養の狂信者です。あまり一般的な意見は望めないでしょう」

「ふむ……なんとなく意味はわかりましたが、ジュンスイバイヨーとは? 言葉の意味からすると、農業用語のように聞こえるのですが」


ルキアがペシュティーノに説明しているあいだに、俺はエルフ流の書簡を手に取った。

さきほど「未来の皇帝として交流して欲しい2通」のうちのひとつで、共和国に所属するエルフ領の婚約希望者だ。

さすがに婚約者になったばかりでフランツィスカの「共和国とのツテ」をフル活用するのもどうにも利用してるみたいできまりがわるいし、今はあまりマリアンネとの扱いに差をつけたくない。


籐編みの筒に絡まった蔓草をするりとほどいて中の書簡を読むと、ものの数秒で問題が解決してしまった気がする。現代日本独特の言い回しをペシュティーノがルキアに習っているところ、空気読まずにぶっこむ。


「聖女とは【光】属性の扱いに長けた聖職者のことを指すそうですよ」


「え?」

「それは、どこから」


共和国のエルフの里からの書簡をぴらりと渡すと、2人で頭をくっつけあうように読む。

仲いいね。


「異世界召喚勇者ほど希少な存在でもなさそうだし、襲名制だけどひと世代に2、3人立った過去もあるって。あまり信仰を集めるタイプではなさそう」


共和国のエルフから推薦されている嫁候補の名はサトゥ。

どうやら彼女は明らかに……。


「しかしこの文面、あまりにも聖教を敵対視しすぎでは?」

「ルキアくんの言う通り、少々偏向思想気味です。情報提供者としては役立つかもしれませんが婚約者候補として扱うにはいささか危ういですね」


共和国ってのはどうも複雑で一筋縄ではいかないなー。

キュアに探らせたいところだけど、最近商館(モール)の建設や白き鳥商団(ヴァイスフォーゲル)の情報収集で忙しくてあまり集中的な情報収集はお願いしてない。


さほど重要度が高いものでも急ぎのものでもないし、聖女の件はぼちぼち情報収集していけばいいか。

もしかしたら以前に婚約者候補に挙がった帝国領のエルフの里、ドゥオー・ラビラントのキーラ嬢からも情報が得られるかもしれない。叙勲式典に強引にやってきたエルフの女性司祭は同郷らしいし、俺に接触したがってる様子だし。


エルフの婚約者候補は、見た目はマリアンネやフランツィスカと同年代の12〜3歳なんだけど、実年齢は45歳とか38歳とかだ。エルフの間では子どもでも、ヒトの年齢にするとだいぶオトナ。

レオが「合法ロリババア」と呼んでた。詳しい意味はわからないが、たしかにヒトからするとなんというか、恋愛相手とするには複雑だろう。

魂がオトナな俺には微妙にマッチしちゃってるところも怖い。

でもだからこそ、彼女たちは代筆を立てることなく直筆で手紙を書いてくるし、難しい話題にも難なく受け答えできるし、こちらの隠れた意図も汲んでくれる。

ただオトナがすぎて、情報の出し渋りや濁し方も上手いんだな、これが。


婚約者候補たち同士も、あまり関係に差をつけたくないのでやりとりは限られているわけでありまして。そう考えると婚約者候補って、ゆったり情報を集めていくにはいいけど今すぐ情報が欲しい時のツテとしては弱い。



そうして婚約者候補は現状、「文通相手」として王国のオフィーリア姫、共和国旧ロッキンガム侯爵家アレックス嬢、王国のエルフ、テューネ嬢、帝国のエルフ、キーラ嬢、そして新しく共和国のエルフ、サトゥ嬢と同じく共和国の聖女候補ヘレン。

合計6人となりました。

お返事は差が出ないように全員一律で便箋2枚に固定。

それぞれのお国柄に合わせた時候の挨拶てきな文章から始まり、1ブロック目にはその前にもらった手紙への返答を、2ブロック目にはこちらの近況を、そして3ブロック目には相手への質問を、というふうに形式化することでお返事を書く時間は合理化されている。

2ブロック目はだいたい同じ内容だし。

ペシュティーノいわく、第三、第四夫人にはしなくとも側近の結婚相手にするという選択肢もあるんだそうだ。特にエルフ女性はあまり年齢差を気にする必要がないので、本人が望めばという条件付きだがスタンリー、ジュン、ガノ、パトリックあたりと結婚してもらってもいい。レオとルキアでもいいよ。お互いが望めば、の話だけど。


それよりも、だ! 彼女たちのお返事より神経を使わなくてはいけないのはもちろん、すでに婚約者であるマリアンネとフランツィスカへの返事。

学業が大変なので1ヶ月目は準備期間とさせてほしいと断ったうえで、素晴らしいプランを考えている最中だから1ヶ月後にご招待しますと匂わせておく。

ラウプフォーゲルの女学院は将来の、とくにラウプフォーゲル貴族の社交界前哨戦だ。

若い女性をターゲットにした俺の「トータルサロン」事業をあますところなく宣伝してもらうには、2人が在学中に体験してもらいたい。


なので、白き鳥商団(ヴァイスフォーゲル)には無理を言って申し訳ないけれど!

1ヶ月でなんとかしていただきたい!

かなりの無謀なオーダーにも関わらず、白き鳥商団(ヴァイスフォーゲル)の面々はさながら水を得た魚のようにちゃきちゃきと事を進めてくれる。オーダーしたこっちが引くくらいだよ。


わずか1週間足らずで、「次の休暇は商館(モール)へ足をお運びください」と言われた。

というか、オベリスクから巨大な枝のようなものが生えて巨大ドームができたのが今年のはじめ。巨大ドームの進捗は都度、トビアスから聞いていたがだいぶ前から報告が滞っていた。ドームができたばかりの頃は建物がウネウネと動いたり道が波打ったりしていて危険だったけど、さすがに半年以上たった今ならだいぶ落ち着いているだろう。


「ウィオラ、ジオール。商館(モール)の進捗はいまどうなってるの」

「主要な部分はほぼ完成しております。あとは主の調整待ちでしょうか」

「この半年間は、ほぼ庭園や自然林をつくる期間だったからね〜。建物はいくらでも調整できるし、主に関わりがない部分は、ほら、なんか職人に仕事をあげないと経済的にナントカっていう話があったから、()()だけしか作ってないよ」


うんうん、それでいいよ。

内装や家具なんかはそこで暮らしたり仕事をしたりするひとにカスタムしてもらえばいいし、そんなとこまで全部精霊がつくっちゃうと経済が動かない。


「そういえばもうユヴァフローテツ市民は移住を始めてるんだっけ?」

「はい、希望者は市役所(ラートハオス)職員が取りまとめて移住先の住まいを手配、整備していますし、商館(モール)の居住区間とユヴァフローテツは今は転移魔法陣で常時接続されています。市民の暮らしぶりにはとくに今は問題ないようです」

「生活必需品や食料品を扱うお店もだいぶふえてきてるよ。白き鳥商団(ヴァイスフォーゲル)幹部のツテと、僕たちの人物鑑定で流入はコントロールできてる」


「お店も? そのひとたちは外部から通ってるの?」

「いえ、ほとんどが商館(モール)内に移住してます。転移魔法陣は中央の許可を得たうえで、帝都とラウプフォーゲル城下町の2つがすでに試験運用中です」

「ひとまず見たほうが早いよ〜、まえ主が来たときから、ずいぶん様変わりしたとおもうな〜。あ、改善点や気づいたことはメモしといてね!」


ジオールが小さなメモパッドを渡してくる。

ほんとこの精霊たち……ヒトじみてきたなあ。



その週はルキアが俺の側近になることが生徒たちにも知られたせいで、「自分も側近になりたい」と言い出す生徒が多くて困った。

応募が多いのはありがたいことだけど、俺に直接いわないでほしい。

そんな無遠慮な側近希望者の対応窓口は、話し合いの結果ジュンになった。

理由は俺の側近の中でずば抜けて「話しかけにくい」から。普段から周囲の生徒を威嚇する殺気ダダ漏れだという話だけど、俺にはちっともわからん。

過剰に保護されてるんだなー。



週末。


商館(モール)へは学院と中央から特別許可を得た転移魔法陣を発動させて、側近全員とルキア、レオも連れて出発。

ルキアは初めて乗る客員浮馬車(シュフィーゲン)にすっごいビビってた。

転移魔法陣で移動だから飛ばないよ、と言ってもなかなか納得してもらえず最後は涙目で決死の覚悟を決めたかのような悲壮感ただよう顔で乗った。


ファッシュ分寮内の転移魔法陣を抜けた先はもう商館(モール)の内部。


「うわ、あ……」


浮馬車(シュフィーゲン)のルキアの声が、やけに響いた。


俺たちが出た場所は、ドーム内を一望できる広いガラス張りの部屋。

前世でよく見た東京の摩天楼から見下ろす街をフワッと思い起こさせたが、規模が全く違う。下に広がる街のようなものは、縦横に深く広く複雑に絡み合った道と建物が織り混ざっている。どこが地面かもわからないし、全体的に街そのものがすり鉢状に見える。


「これ……商館(モール)というより、街じゃないですか?」


ルキアが涙目になっていたことなど忘れたようにガラス張りの窓の下を覗き込んだ。

俺もそう思ってるよ。でも商館(モール)って名前にしちゃった。


ムダに広い道はタイルのようにつややかな敷石で、優しい色合いのモザイク模様は華やかで明るい。その道はそれぞれ好きにカーブしているように見えるけど、ドームの中央にある柱を中心した放射状になっているようだ。

部分的に100メートルの高さもありそうな道は、正直見てるだけでこわい。

建物は区画ごとに雰囲気が変えられていて、古いヨーロピアンな街並みって感じもあればギリシアの海岸、アラブの砂レンガ、日本の古民家のような区画もあり、日当たりのよくない下の方には工場区画のような場所もある。


「落っこちたらしんじゃう」

「道には見えない防壁がございますので……ご安心を。ここはケイトリヒ様と……側近、そして白き鳥商団(ヴァイスフォーゲル)の幹部だけが入れる……展望室です。ここからの景観を……主軸にして……街を整えました」


トビアスが説明してくれるけど、落ちないとわかってても通るのは怖そう。

そしてこの場所は、ドームの側面に張り付くように建てられた建物らしい。


「後ろに……外観の模型があります」


振り向くとそこにはユヴァフローテツのジオラマと、その中心には串にぶっ刺さった卵。その下には枝のようなものが密集していて、さながら小さな鳥の巣にどっしりと座り込んだダチョウの卵みたいだ。半透明で、中には都市があるけど。

串はオベリスクで、卵はちょっと上の方からなにかトゲトゲがいくつか出てる。そのトゲのひとつひとつがいわゆるビルのような建物になっていた。

卵の周囲には土星の輪が、輪っかの形ではなく扇形のプレート状になって何層にも重なったり離れたりしながら回っている。


「たまご!」

「ふ、ふ……そう見えますよね」


「ペシュ、だっこして」


抱き上げてもらって近くでみると、扇状のプレートの上には庭園や植物のジオラマがびっしりと詰まっている。なかには、水田のようなプレートもあった。


「予定どおり、外周の輪っかは植物プラントなんだね」

「はい。円形から扇型に変更したのは、上下の入れ替えを容易にするためです。プラントごとに必要な日照量を割り出して商館(モール)からの距離を調整できますし、作物ごとに環境を変えることも可能です。なので寒冷地の植物も熱帯性の植物も、プラントを別にすれば簡単に育てることができます!」


どこからか現れたラウリが自慢げに説明してくれた。

その後ろには眠そうに目をこするアヒム。


「プラントはふたりでかんがえたの?」

「8割ほどはアヒムですね。本当に、彼の発想は素晴らしい。私の考えがいかに凝り固まっていたかを痛感させられる日々でした」

「いえいえそんな……」


アヒムはかろうじて謙遜してるけど、ものすごく眠そうだ。


「アヒムちゃんとごはん食べてる? ねてる?」

「ええ、ええ、それはもう……いつもお腹いっぱいですよぉ……ウフフ、昨日なんて私が採取した種から、9割。9割ですよ! 発芽したので、ずっと見つめてたんです……ウフフ、強い子に育って欲しいなあ……」


そう言いながら、アヒムは今にも眠ってしまいそうなほどフラフラしている。

まさか……。


「アヒム、もしかして種が発芽するまで見てたの?」

「私のかわいい苗ちゃんですから! 硬い種子の殻をやぶって、ふかふかの土に根を伸ばす子たちの美しいこと……うふ、ウフフ」

「さすがに精霊様に成長促進の魔法をかけてもらってる苗ですので、2、3日ずっと見ていたわけではありませんよ? しかしこの熱意は……さすがに私でも戸惑いますね」


……研究者に好き勝手させるとどれだけヤバいかがよく分かる例がここにいた。


「ウィオラ」

「は」


「眠らせて」

「承知」


ウィオラがサッとアヒムの顔の前に手をかざすと、膝から崩れ落ちてジオールが抱える。


「こういうヒトって精霊に好かれるんだよねえ〜。植物の精霊たちがすごく協力的になっちゃってるみたいだね〜、僕もちょっとわかるなあ。主、大目に見てあげて〜」

「僕が心配してるのはアヒムの体調だよ。人間なんだからちゃんと寝てちゃんと食べないと体こわしちゃうでしょ! ラウリ、たのむよ?」


「かしこまりました……商館(モール)が形になってまいりましたので、もう少しすれば落ち着くかと存じます」


白の館に来たときよりもだいぶヤバい感じになっているアヒムはラウリにまかせて、俺たちは商館(モール)の見学だ。


「殿下……商館(モール)の商業化に向けて……改めて我々で必要性を感じた分野を一覧にして、お渡ししておきます……新設するか、専門の商会を入れるか……ご判断を」


トビアスが渡してきた紐閉じされた書類には、「市役所(ラートハオス)の規模拡大と人員管理について」と「不動産管理部署新設の必要性」と「固有名詞の必要性」


これから歩いて街を紹介するらしく、俺はギンコの背に乗せられて進みながら書類を読み込む。……前2つはいいとして、また名付けが……。


「名前、つけないとだめ?」

商館(モール)という概念は斬新ですが……今後は、似たようなものが各地にできるでしょう……しかしこの街の独自性、唯一無二性、特別性……それらを表す単語としては不足しているかと存じます」


広い部屋を出ようとしていたところで書類から目を上げて振り向くと、この場所のジオラマが目に入った。一面ガラス張りの背景にポツリと浮かんだ……串刺しの卵。

串刺しはあんまり優雅な表現じゃないからな。


鳥の巣街(フォーゲルネスト)?」


俺がつぶやくと、大人たちが「それだ!」みたいな顔で俺を見た。


「実は私も近しい想像をしておりました」

「とてもしっくり来るとおもいます」

「いやー、言って良いものか迷ったけど、俺もそー思った」

「ラウプフォーゲルとケイトリヒ様の影響と関係を如実に表わす、すばらしい名かと」

「旧ラウプフォーゲル領は皆、その名に親近感を覚えることでしょう。ほとんどの領章が(フォーゲル)ですからね」


一部、ヴァイスヒルシュ(白い鹿)とシルクトレーテ(カメ)という例外もあるけど、たしかに鳥は旧ラウプフォーゲル領で親しまれているモチーフだ。


「こうやって考えると、エーヴィッツあにうえのヴァイスヒルシュ領はラウプフォーゲルのなかでも仲間はずれだね。シルクトレーテ(カメ)が巣を作るかわからないけど、卵で生まれるでしょ?」


「おや、ケイトリヒ様。ヴァイスヒルシュの領章をきちんとご覧になったことがないのですか? あの領の紋章となっている白い鹿は、立派な角に鳥の巣を掲げているのですよ」


ペシュティーノが面白そうに笑った。

なにそれファンシー!


なんでも鹿は狩りの対象であると同時に、森の管理者とも呼ばれていて鳥を守る存在とされているのだそうだ。ラウプフォーゲル(猛禽)の守護者。そう考えるとなんか強そう。


あっさり名前が決まってよかった。

いつもこうインスピレーションがビビビッと来てくれればいいんだけど……今回はみんな同じものを見て同じ思いを持ったみたいだし、奇跡的な全会一致。


名付けのストレスがなくなってご機嫌でギンコを歩かせていたら、大きな昇降陣(エレベーター)の部屋に入ってすぐ少しの浮遊感もなく景色が変わった。


「この昇降陣(エレベーター)の制御は素晴らしいですね」

たしかに、昇降陣(エレベーター)はこの世界で数少ない、「現代日本よりもはるかにいいもの」だ。あと転移魔法陣。これはやっぱ便利すぎる。


俺が魔法陣設計し放題、魔力使い放題だから感覚失うけど、このふたつ実はどちらも導入費用は日本円の価値に換算するとウン千万円から億単位。


「この部屋は『迎賓の間』として、貴賓を迎え入れるスペースになります。ここからこの商館(モール)……いえ、鳥の巣街(フォーゲルネスト)中の転移中継所に移動できます」


広い空間にはカフェスペースやバーカウンターのようなものがあり、壁には3つの大きなアーチ。アーチの内側にはキャンバスのようにピンと布が張られていて、そこに魔法陣が描かれている。


「転移魔法陣を横向きにしたの? へえ、いいね! どこでも行けるドアみたい」

ドアはないけど。


俺が言うと、ルキアは驚いた。


「魔法で、どこでもドアが再現されるんですね」


「な、何故、おわかりになったのですか……殿下! ルキア殿も驚いていないということはもしや……異世界ではこのようなものが普通に……!?」


トビアスが見たことないくらい驚いている。

そういえば神になる予定とか異世界からきた魂とかは全部バラしてるけど、魔法陣が見えるってことは言ってなかったかも。

というかトビアス、俺が神になる予定って聞いたときより驚いてない?


「いえ、ないです、ないです。架空の物語のなかにそういう存在があって、皆が欲しがっていたというだけです」


「架空の物語……! なるほど……!」


トビアスはルキアに大変興味を持ったようだ。


まあ見学はぼちぼち、ね。

それより早く「トータルサロン」に案内してほしい。


俺のデートプラン、もとい、父上からの「女性の扱いはからきしダメ」の評価を覆すための必殺プランだからね! ……そう考えて、ふと「なんで俺はこんなにムキになっているのか」という自問自答タイムに突入した。

デートプランも大事だけど、商館(モール)の計画はもっと大事だわ。


まったり見て回ろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ