9章_0124話_王子のデート事情 1
「ケイトリヒ様、緊急事態です」
「えっなに」
ものっすごく普通に真顔のペシュティーノからそう言われても、落ち着きすぎてるので冗談にしか聞こえない。でも普段こういう冗談をいわないので、フルーツたっぷりヨーグルト食べてた俺の手も止まっちゃう。
「今、王国は夏真っ盛りですが……先日査察のため王国へ赴いた魔導騎士隊の隊員が、帰還後に体調を崩しました。どうやら寒すぎたようです」
「え。えええ!?」
「つきましては寒冷地仕様の飛行服を考案いただきたく」
「それはたしかにビミョーに緊急事態!!」
王国の地表近くはふつうに過ごしやすい気温だが、高高度飛行に入ると鼻の中が凍りそうなほど冷たかったのだそうだ。査察に赴いた魔導騎士隊の6人は任務期間中ぎりぎりで寒さに耐えてくれたようだが、帰還して気がゆるんだ瞬間、4人がカゼをひいてしまった。3分の2がダウンとは、確かに緊急事態だ。
ルキアから聞いた不穏な一件は、ひとまずシャルルの預かりとなった。
俺がやることは今はない。
報告を待つだけなので「嫌な予感」の存在は一旦忘れることにしている。
俺はこういう切り替えが得意だけど、ルキアは辛かっただろうな。
他国の不穏な動きも気になるところだが、いま大切なのは身近なものたち。
「魔導騎士隊の訪問自体は大成功です。高速移動できるアンデッド討伐の精鋭部隊と聞いただけで、その日まで帝国との統一を反対していた王国の議員や領主まで一転して賛成派にまわったそうで」
「それはいい仕事したね。カル、飛行服に防寒魔法をつけることはできる?」
俺の髪の毛からふわわ、と赤い火の玉が出てくる。
「せいひんか、しなイ? 主のしもべにだけつける防寒魔法なラ、完璧なのができル! 吹雪の中も、マグマの合間を飛び回ってモ、へっちゃら!」
カルいわく、既存の飛行服に少々手を加えるだけでいけそうだ。
「じゃ、魔導騎士隊隊員のぶんだけであれば僕が直接作ってもいいかな。それに、査察に参加した隊員とすこし話したい。トリューには雪中行軍の想定がないでしょ」
「雪中行軍……たしかに帝国には縁のない想定ですね。それでは体調が戻り次第、報告に来るよう申し伝えておきます」
「急ぎじゃないの? 僕が行ったほうがいいんじゃない?」
「いえ、もう解決案は出たので充分です。それより体調を崩した隊員にムリな聞き取りはおやめください。ケイトリヒ様にうつるかもしれませんし、彼らにも気を遣わせてしまいますから」
次に魔導騎士隊が王国へ赴く時期は、こちらで決められるので無理してまで早める必要はないとのことだ。緊急事態だけど、とりあえず解決しそうでよかった。
「では次の緊急案件にうつります」
「まだあるの!?」
ペシュティーノは背後に隠していたワゴンから、細長い金属製の筒が2つ、籐編みでお花の咲いた蔓草が巻きついた筒が2つ、便箋が2つ。
「ケイトリヒ様の美姫たちからお手紙です」
「んんんん」
おおくない!?
金属製の筒は王国のオフィーリア姫と共和国の旧ロッキンガム侯爵家アレックス嬢から。
籐編みの筒はエルフの里からエルフの2人、王国のテューネ嬢と帝国のキーラ嬢。
そして我が婚約者、マリアンネとフランツィスカからはいつもの香を焚きしめた便箋。
「マリアンネとフランツィスカいがいは、あとで」
「承知しました。ここにおいておきますね」
さっと目を通した2人の手紙の内容は、ものすごい賛辞で「ドレスありがとう」というものだった。
「あれ……ドレス、もう贈ったの?」
「おや、ご存じなかったのですか? ケイトリヒ様がいくつかの候補から迷っていらしたとのことでしたので、あとはディアナの見立てで仕上げて贈ったと」
俺に決めさせたらいつまでも贈れないとでも思われたんだろうか。
まあそれは、ちょっと正しい。
正直、プリンセスラインガーとかバッスルタイプノーのとか、謎呪文すぎる。
「気に入ってもらえたみたいなのでよかったけど」
「それはようございました」
そして2人の手紙に示し合わせたように、「次はいつ逢えますか?」と書かれていた。
「なんか、次はいつ逢えるかってふたりとも書いてるんだけど……次は親戚会? それとも婚約式のほうが先かな」
「け、ケイトリヒ様」
ペシュティーノがシンジラレナイものを見る目で俺を見ている。
なにその反応。
「なによー」
「まさか婚約を申し込む相手に、必然的に顔を合わせる場以外には、逢いにも行かないおつもりだったのですか」
……。
「そ、そういうのを教えてくれるのはペシュのやくめでしょっ!?」
「ああ……やはり妻も持てない私のような不甲斐ない者が世話役であるせいで」
ペシュティーノは目元を押さえて泣き真似してくる。
9歳に婚約者としての振る舞い方の常識を求めないでもらいたいね!
「わかったから! どれくらいのひんどであえば常識的かおしえて!」
「ゲイリー様は第一夫人のときも第二夫人のときも自慢のラオフェンドラッケ馬車で通い詰めましたが、だいぶ執務がおろそかになって家臣から不評だったそうで」
また端的な例を出してきたね!
「ザムエル様の場合、アロイジウスの母君イングリット夫人はもとより婚約者としてラウプフォーゲル城で生活していましたし、アデーレ様とは政略結婚、エーヴィッツ様の母君であるヴィクトリア様は押しかけ結婚と聞いておりますから……参考になりませんね」
「お祖父様は?」
「バルトルト様も早々にラウプフォーゲルを継ぐことが決まっていましたので、婚約者のパウリーネ夫人はラウプフォーゲル城で生活していました」
「だれもさんこうにならない!!」
「いずれはおふたりともラウプフォーゲルに輿入れするでしょうが、ケイトリヒ様の年齢的に婚約にも結婚にもまだ時間があります。その間、地元で過ごしたがるのは普通の感覚でしょう。ケイトリヒ様にはトリューがありますので、より参考になりませんね」
「んあああ!」
魔導学院にいる間はシュヴァルヴェ領もグランツオイレ領も比較的近い。
だからこそ足繁く通うべきなのか、まだ学生だから自制するべきなのかわからん。
「あっ、いまはマリアンネもフランツィスカも在学中で、ラウプフォーゲルですよね」
「ええ。しかしそれも今年まで。来年からはお二方とも、帝都の上級貴族院に入学される予定です。自領に婚約者がいるのに逢いに行かないというのは、少々彼女たちの立場がですね……」
むぬううう!
「ふたりがそつぎょうするのは、僕の2年生の終業とほぼいっしょですよね!」
「ええ、あと3ヶ月ほどかと」
メンドクセーけど! すっごいメンドクセェーーけど! 3ヶ月間限定ならなんとか。
「つ、つきいちで」
「少ないです」
ぬおおお!!
「……ラウプフォーゲルまでは本来、転移陣もありますので理想は毎週です。が、今はお二人も卒業に向けて忙しい時期でしょうから2週に一度くらい逢えば充分かと存じます」
「どうして先におしえてくれないの!!」
ペシュティーノは聞こえなかったフリをしてスルー。
たまにこういうことするよね。なんなの!
「えっまって。ラウプフォーゲル城であうなら、ばしょは西の離宮?」
「御館様にご相談すれば本城の庭園も貸して頂けると思いますが、基本はそうですね」
「西の離宮、ろまんちっく要素なくない? ゼロじゃない?」
「……そんなところには気がつかれるのですね」
ペシュティーノが驚いた顔をしている。マジで気が付かなかったっぽい。
しかしその発言どうなの、むかつく。
西の離宮は内装こそハデだが、基本的に夫人を住まわせる場所なのであまり接待には向いていない。それに今は主が俺だ。質素を通り越して、必要最低限の機能しかない。
俺は魔導学院にいて、お姫様たちはラウプフォーゲル。
ラウプフォーゲルで接待しなければならないけど、俺は不在。
社交界の次世代の華である2人を蔑ろにしてしまえば、俺の評判はおそらく地に落ちる。まあ、子どもであることを差し引けばせいぜい笑いの種にしかならないんだろうけど。
未来の神たる俺、そんなところで汚点をつくるわけにはいかない!
「だめだ……場所が、場所がひつようだ」
「ケイトリヒ様?」
「トビアスっ! トビアスを呼んで! お姫様の接待にきょうみある人員も!」
「し、承知しました」
その日は授業中もどうしたらお姫様たちを満足させられるデート……合い挽き? いや、逢引の時間になるか、前世よりも真剣に考えた。
この世界には映画もないし素敵な夜景がみえるデートスポットもない、高位の貴族令嬢が楽しめるような遊園地やアトラクションもない。雰囲気の良いレストランは……あるにはあるっぽいけど、ちょっと他力本願すぎるし、間が持たない。
のっけから俺の結論は決まっていた。「ないなら作ればいい」だ。
翌日、午前の授業を終えて寮に戻るとトビアスたちが待ち構えていた。
なぜか流通開発部長で鳥の獣人セキレイに、金融部門融資部長でハイエルフのイルメリ、そして宿泊部長でグランツオイレのホテル王ヴィレド商会の生え抜きカサンドラまで。
さらにディアナとその取り巻き3人娘まで。
女性が立候補してくれたのか、女性というだけで連れてこられたのかは謎。
ついでに、白き鳥商団の統括宣伝部長でありウィオラとジオールが生み出した無機生命体のロロも。
彼は外見は男なのでトビアスのそばにいるけど、多分……性別、ないとおもう。
「よくきてくれました。さっそくですが頼みたいことはマリアンネとフランツィスカ、2人をもてなす『社交界で話題騒然となるデートスポット』をつくりだすことです!」
俺の言葉を聞いて、カサンドラが目を輝かせて「おまかせください!」と叫ぶ。
ディアナとお針子たちも自信満々の不敵な笑みを浮かべていたし、頼もしい。
「ご命令は承りました。殿下の中で方針などは決まっていらっしゃるのでしょうか?」
ディアナが騎士のように姿勢を正して聞いてくる。
よくぞ聞いてくれました。実はもうある程度、方針は決まってるのです。
「僕は……『トータルサロン』をていあんします」
エステ、ヘアメイク、メイクアップ、ドレスアップに宝飾品のフィッティング。
この世界にはネイルサロンは存在しないけど、異世界であれだけ女性たちが群がっていたことを考えれば、追加していいと思う。
俺の方針説明を聞いて、ディアナもカサンドラも、そしてセキレイとイルメリも真剣な表情。
「貴族女性を顧客とする想定でございますね?」
「殿下のおっしゃるネイルサロンとは興味深いですね。それに浴場で身体から磨き上げるというのは、貴族女性の中でも一部のお金持ちしかできないことです。そのようなサービスは当然、話題になりますし憧れの的となることでしょう」
「レオ様が考案されたスイーツや軽食をサービスとして出すというのも良い案です。話題になれば、別でレストランの展開も望めます」
「上位貴族の令嬢となれば毎日身の回りの世話は侍女が行うものです。サービスとするには圧倒的にそれを上回るものがなければなりませんわ」
「マリアンネ様、フランツィスカ様のような年代の少女であれば変身願望もあることでしょう。魔法陣設計がお得意な殿下になら、髪や肌、瞳など外見の色味を変えるような術式を作ることはできませんかしら? 身体に悪影響がなく、すぐに解除できるようなものが望ましいですわ」
「面白そうな話をしておるではないか、我が子よ!」
白き鳥商団とお針子たちでキャッキャウフフと話し合っている会議室にバーンと扉を開けて入ってきたのはラーヴァナ。
場所が魔導学院でも神出鬼没なのは相変わらずなんだね! そゆとこマジ精霊。
彼女は俺の代母だし、女性向けの事業となれば彼女に担当してもらったほうが色々と都合がいいかもしれない。
「女子が身を飾り美を磨き上げるのは万国共通、時代も種族も風習も問わぬ共通のことぞ! 永く生きた妾も、ヒトの子がどのように美を得るのか気になる。それに妾から提案できることも少なくないはずじゃ!」
そう言うと、ラーヴァナはフトコロからごそっと色とりどりの石を取り出して俺に見せつけてきた。粗い石がくっついているものもあるが、おそらくそれは……。
「宝石の、げんせき?」
「そうじゃ。こっちはルビー、こちらはエメラルド、ガーネットにトパーズ、ペリドットにサファイア、アクアマリン……フォーゲル山で採れる宝石をかき集めてきたわい。愛しい我が子の願いとあらば、作っても構わんぞ!」
「なるほど……オーダーメイドの……宝石カット。望む宝飾品の形を決めてから……宝石をカットすれば……可能な限り、石を大きく使える」
トビアスが原石を手にして、光に透かして鑑定するように検分する。
「ラーヴァナ、宝石つくれるの?」
「うむ。カットはヒトの技術だが、原石を作り出すのは〜そうじゃのう、もにょもにょ〜っとすれば多分できると思うぞ。何回かやったことがあるんだが、そのエメラルドがそうだったか」
ちょうどエメラルドの原石を検分していたトビアスがゆっくり振り向いてラーヴァナを見てなにか言いたそうにしてたけど、やめた。なんだろ。
「トビアス、そのエメラルドつかえそう?」
「……これは……皇帝陛下に献上したほうが……よさそうな品ですぬ」
あ、動揺して噛んだ。
精霊が作ったっていうとだいたいそうなると思ってたよ。これから俺のプロデュースするサロンに原石を卸してもらうとしても、もうちょっと手加減してもらわないと困りそう。
「殿下、ドレスの試着室はどのような作りでお考えでしょうか」
「詳しくはわかんないけど、とにかくりようしゃがお姫様気分になるように豪華で気がきいててなんでもあるかんじにして。さいしょはマリアンネとフランツィスカに絞ったおへや2つでいいけど、そのあとの事業として展開するなら部屋ごとに雰囲気を変えたい」
フィッティングルーム兼アミューズメント施設として、世の女性たちのあこがれの場……そしてなにより、男性が「そこに意中の女性を連れていけば確実に喜んでもらえる!」と言われる場所にしたい。
ひとりの女性に5人のパトロン男性がつくといわれるラウプフォーゲル男の発想といいたいところだが、前世のデート下手な20代男性の安直な発想でもある。
女子から人気!の言葉を鵜呑みにするしかない、ヘタレ男でした。はい。
「ではさっそく帝都とラウプフォーゲルの腕の良い美容師をかき集めましょう」
「ドレスはいくつかアパレル系の商会を入れるでしょうが、メインは白き鳥商団でブランドを立ち上げましょう! ディアナ様、ブランドの確立に苦戦してましたけど、殿下が協力いただけるなら完璧です!」
「殿下、場所は」
その言葉で、賑わっていた部屋がピタリと黙った。
「もちろん、ユヴァフローテツ上空の商館です。すでにシャルルが帝都とラウプフォーゲルに転移魔法陣の設置許可をもらっています。さらに僕の判断でシュヴァルヴェとグランツオイレに設置しても問題ないでしょう」
つまり、俺もふたりも、どこにいても大丈夫! って場所が欲しかったわけで。
トリューでいちいちラウプフォーゲルに帰るのも面倒だし、来年からは帝都に通うとなれば護衛計画も面倒。それなら使い勝手のいい場所を、つくればよいわけ!!
公爵令息の立場、まじつよ!
ディングフェルガー先生には転移の魔法陣設計を頑張ってもらわないと。
許認可制と人物制限、予約制度何かを取り入れて……マリアンネとフランツィスカが、その後おともだちを招待できるようにしてほしい。
雰囲気だけを楽しめる無料の空間もあって、有料ゾーンとVIPゾーン、3段階くらいにわけてもいいかも。
ああでもこれは事業化するときの案なので、とりあえず急ぐべきはお姫様2人の接待だ。
女性たちがキャーキャー言いながら喜び、「じゃあ試着室のテーマを決めましょう」とか「この領地にはいい服飾技師がいる」「あの商会は彫金の技術者が不満を抱えているから好条件で引き抜こう」、「マリアンネ様は音楽が好きだから」とか「フランツィスカ様は花が好きなので」とか、あれこれ飛び交う情報合戦になった。
メインは主にセキレイ。そしてその隣に……いつのまにかアウロラが混じってる。
あれ、ディアナとドレス素材の話をしてるのはキュアでは……?
カサンドラが真剣に試着室の内装の相談をしているのはバジラット。
そしてそれらを遠巻きに見ているのは……ウィオラとジオールが作り上げた無機生命体であり、白き鳥商団の統括広報部長ロロ。
見た目はジオールと似ているけど、ラウプフォーゲル人に合わせて肌や髪色を少し暗めにしてある。
ロロがチラリと俺を見て、ニコリと笑った。
これ、無機生命体なんだ……外見からは全くわからない。
「殿下が婚約者のために作られたサロンだと大々的に宣伝すれば、それはそれは話題になるでしょうねえ。若年層向けのトータルサロン、実に今の殿下にピッタリの事業だとおもいます。マリアンネ様とフランツィスカ様のご成長に合わせて、年代層を徐々に上げていくのがよろしいでしょう」
……正直、完全に思いつきだったけどこれっていわゆるティーン向けの事業戦略だ。
中学生〜高校生の女性は、好奇心が旺盛で情報アンテナが高く、良いと思ったものを積極的に周囲に広める。そしてこれは多分年代や性別に限らないことだと思うが、「同世代からの評価」というものに重きを持つ。
オトナになるとなりを潜めるのがマナーだが、いわゆる「マウント」って心理はほどほどであればいい商売になるというわけ。
異世界にはSNSもない。しかし母数が少なくても「体験談」の価値は何よりも高い。
このサロンに来ただけでウットリするような夢見心地を味わって、それを同世代に自慢しまくる構図。これ大事。
「おんなのこの理想を、全て、あますところなくつめこんだ場所にしてください」
俺がキリリと言うと、その場にいた白き鳥商団の女性陣と精霊たちはやる気満々で「承知しました!」と声をそろえた。
頼もしい!
そしてあとはまかせた! 俺はさっそうと退散だ!
白き鳥商団のほぼ女性ばかりということで、ジュンとオリンピオも会議室のすみっこですごく小さくなってる。女性のパワーには圧倒されるよね。
さっさと部屋を出ようとしていたら、またバーンと扉が開いてガノがやってきた。
「おカネ稼ぎの匂いがします!」
「あ、うん。混ざっていいよ。僕は撤退します」
スタコラ逃げようとしていたら、ガノが俺の手をモニュッと握る。
「何を仰るのです、ケイトリヒ様の肝いり事業なのでしょう? しかも、婚約者2人を主軸に据えた、商業史にも帝国史にも残るであろう、美しいロマンスが入り混じった事業という存在はそうありません!」
「あえ、んん、そ、ソウカナー」
ガノの手をものすごく振りほどきたいんだけど、力は入ってないくせに全然振りほどけない。なんなのこの謎の拘束技術は!
「女性に関係する事業ですが、その頭目はあくまでケイトリヒ様。めいっぱい口出しすべきです」
「いや、それはあるていど草案ができてからでいいかなと」
焦れたガノが俺をふわりと抱き上げる。
だからこんなときに高い抱っこスキル使わないでくれってば!
「あ〜、ガノがついててくれるなら、俺らはいいよな」
「パトリックを呼びますね」
ジュンとオリンピオはそう言ってそそくさと部屋を出ていってしまった。
う、うらぎりもの〜!!!
「トビアスが白き鳥商団を全員招集したそうですが、一体なにごとですか」
朝から不在だったペシュティーノが浴室に入ってくるなり聞いてきた。
ぬるいお湯につかって、顔面だけを水面から出した状態なのでペシュティーノの声は聞こえにくい。一緒に湯につかっているスタンリーが、沈まないように俺の背中を手で支えてくれてるので安心。
「みこんのわかい女性むけのトータルサロンをつくるんです」
「……昨夜の会話の結果がそれですか? 何故そのような……おモテになることを」
いや別にモテはねらっていませんから! しかし、いや……モテるの?
うーん、今はともかく将来的にはありがた……いやいやいやいや、婚約してるんだった。
「マリアンネとフランツィスカのためにつくるもの、というテイなので他はどうでもいいです。婚約者には〜それなりに僕への気持ちはあってもらったほうが楽ですから〜」
手と足をぱたぱたさせてゆっくり水面を進むと、頭にごちんと大理石の浴槽があたった。
広い浴槽だけど、さすがに泳ぐには狭い。
「はあ、なるほど? それで商館……面倒事を白き鳥商団に押し付けているのかと思いましたが、商機とみたわけですね」
ひどい誤解だ。最近ペシュティーノ、俺への評価がひどくない?
「ペシュ、さいきんどうも皮肉っぽくない? シャルルのせい?」
「そ、そのようなことは……ただケイトリヒ様の色恋沙汰の指南について、御館様に釘を差されたばかりでしたので」
父上からは「女の扱いはどっちもイマイチ」みたいな烙印を押された俺とペシュティーノだ。苦手な分野の指導を任されて、けっこうストレスなのかな?
俺も苦手ではあるけど、子どもなのでね。いろいろと逃げ道があるというか。
「ペシュもストレスフルなんだね……いっしょにおふろはいろ」
「いえ私はこのあと用事が……」
と、言いつつ、ぽへーっと湯に浮かぶ俺をみて、ちょっと羨ましそう。
「ケイトリヒ様のすべすべお腹を撫でればイラだつことも忘れられますよ」
スタンリーも畳み込んできた。
そんな理由でいっしょにお風呂はいってたの?
やたらお腹を撫でてくるなとは思ったけど、ストレス解消だったのか。
スタンリーのストレスってなんだろう。クラレンツがうざいとかかな。
「……湯帷子に着替えてきます」
ぷかぷか仲間、ゲット!
俺はぷかぷかしながら……シャルルと白き鳥商団を信じて待つ!