9章_0123話_王国の落陽 3
9章_0123話_王国の落陽 3
ルキアが俺の側近入りを希望しているという話は、またたく間に俺の保護者団体に共有された。
ペシュティーノ、シャルル、父上、さらに皇帝陛下にアルベールまで。
そして戻ってきた返事は、要約すると「いいんじゃない?」だ。
ゆるい。
ゆるゆるである。
まあ俺が精霊の力で人物鑑定できることを皆しってるから、それを信頼してのことだろうけど、それにしてもゆるい。
パトリックの存在もあるのに、これ以上王国の影響力を強めるのはマズイんじゃ?とも思ったけど、もう王国は帝国になるんだ。そう考えると、影響力は一方向ではなく双方向になる。俺が王国側の人間を受け入れれば受け入れるほど、王国は俺とのつながりが深まるけど、俺の対王国への支配力も増すというわけだ。
さすがアルベールや皇帝陛下はそのへん抜け目がない。
「実質的な扱いは側近でも構わないが、正式な所属は今のまま10年は保たせろ」という注釈をいただいた。
まあつまり「異世界人を引き取って育成している」というテイは保て、ということだ。
そしてルキアが有能なのは生まれついたもの|(もともと王国が保有していたもの)ではなく、帝国|(俺)が育てたことにしろ、という事も言われた。
「って言われたんだけど」
「それでしたら大丈夫だと思います。王国軍部での僕の評価は『口の回る生意気で高慢なガキ』でしょうから」
後日、ルキアに経過報告と称して相談すると、そう返ってきた。
「……王国でも、いろいろかくしてたの?」
「はい。僕たちを囲い込んでいた軍部の関係者は短絡的な人物ばかりでしたから、あまり小賢しいところを見せても嫌われると思って。あえて色々と……気づいてないフリをしていました」
ルキアの賢さは、ひけらかさないところにもある。
今回の国家統合で解体がきまった王国軍。
解体の人事を完全に一任されたのは、王国王家。
その王家の手元には「手記」があり、内部資料と照らし合わせた上で新しい軍へ配属されるか、除名されるか、さらに処分を受けるかが決められる。
そう、その「手記」の著者はルキア。
愚鈍なフリをしながら、兵士同士の会話や将軍の不当な命令や王家をそしる発言、民を蔑ろにする言葉、そのほとんどを日時と名前をはっきり明記していた。
雑兵の名前を調べるのだって苦労しただろうに、日時までそろっているとなると現代日本でも無視できない「証拠」となることをルキアは知っていた。
然るべき相手に渡すことを想定して書かれた手記は、その役目を遂げたのだ。
「伯父上があの手記は本当に役に立っていると言っていたよ。あれがなかったら新設される王国治安軍に、また危険思想の人物が紛れ込むところだった」
パトリックがそう言って、ビロードの平たい箱と手紙をルキアに差し出す。
「……なんですか、これ」
「私の伯父上……最後のオロペディア連合国王からです」
ルキアが困惑して受け取らないので、パトリックが開いて見せる。
箱の中には、雄鹿をかたどったメダリオン……勲章が輝いていた。先日首に下げられたばかりの帝国のものはドラゴンの意匠だった。牡鹿は、王国王家の紋章だ。
「これ……勲章?」
覗き込んだ俺が言うと、ルキアはいっそう困惑したみたいだ。
「ええ、そうです。叙勲式もなく授けることは申し訳ない。王国は統合されて失くなってしまいますが、ルキア君の行動は腐敗した軍部を平和的に解体へ導き、混乱を防ぎ臣民を守った。それは叙勲に値することです」
陰ながらの受勲ではあるが、公式な叙勲の記録には名前が載り、メダリオンの刻印にもしっかりとルキアの名前と日時が彫られている。王国が示す、最後にして最大限の誠意なのだろう。
「王国が王国であるうちに、君に与えたかったそうだ。伯父上の感謝の気持だと思って、受け取ってほしい」
「……いいのでしょうか」
「いいもなにも、もうパトリックが持ってきてるんだからつきかえす理由はないよ」
まだ戸惑うルキアを見て、俺は靴を脱いで椅子の上に立ち上がる。
察したパトリックが勲章をリボンにかけて、俺に渡してくれた。
「がんばったルキアに、勲章をさずけます! オロペディア連合国王にかわり、ギフトゥエールデ帝国ラウプフォーゲル公爵子息、ケイトリヒより」
首飾りのようになった勲章を掲げると、ルキアは一瞬ポカンとしたが、すぐに頭を下げて受け入れた。首にかかった重みをしげしげとみつめるルキアに、ちょっとジンときた。
ルキアはひとりでがんばったんだもん、これくらいもらって当然だよ、と言いたい。
「王国の勲章をもってる異世界人なら、側近の給料をはずまないとね」
「給料がもらえるんですか」
「とうぜんでしょ! 初任給ではなに買う?」
「……じゃあ、レオさんのケーキで」
うふふ、と年相応の素直な笑顔で笑うルキア。
「ケイトリヒ様、抱っこしてもいいですか」
「いいよ!」
ルキアは椅子の上に立った俺を縦抱きにして、もしゃもしゃと頭を撫でる。
「そういえば、ケイトリヒ様は転移ではなく転生ですよね。前世で亡くなったんですか?何歳だったんでしょうか」
「えとね、26」
「えっ」
頭を撫でていた手が止まる。
「4さいのころに転生したから……プラス5で、いま魂の年齢は31歳かな。……そう単純なものでも、ないんだけどね」
硬直したルキアは、そっと俺を床に降ろして「し、失礼しました」と照れた。
「にくたいの実年齢は9歳! みためは2歳! 魂はオトナだけどからだとみため年齢にひき寄せられてちょっと幼児化のけいこうあり! 抱っこは歓迎! キスもまあ、ほっぺまでならOKかなっ!」
「端的な自己紹介ありがとうございます……?」
ルキアはちょっと困り顔で笑った。
16歳といえば年齢的にはジュンと近いけど、体格的にも世慣れ的にも性格的にも合わなそう。スタンリーと仲良くしてもらえるといいかな。
ルキアは苦労人だから側近として働かせるのは少し心苦しいけど、こういうタイプは早々に責任を持ってもらったほうが頑張れるかもしれない。
かろうじて現代日本でも労働基準法でいえば働ける年齢だし、この世界では成人だ。
学院に通いながら側近の仕事も覚えていく、スタンリーと同じ勤労学生として雇用することに決まったそうだ。と、聞いたのは今日の側近会議。
「帝国と魔導学院、そしてラウプフォーゲルに提出する様々な書類です。ルキア、あなたは自分で字が読めますから、内容をよく読んで署名を。質問があったらガノへ」
その夜ペシュティーノがルキアに渡した書類は、ほぼ束だった。
ミナトとリュウはそれを見てギョッとしたけど彼らの前に出された書類はわずか5枚。
リュウショウの名前はちょっと長いので、リュウと呼ぶことにしたらしい。
俺の側近は全員集合、中央のテーブルセットには落ち着かない異世界人学生3人。
「えっ、ルキアだけ量エグくね?」
「仕方ないよ、僕はケイトリヒ様の側近として試験雇用されるんだ」
「シケンコヨウ……? ルキア、働くの?」
ルキアは二人と同じ書類を探し出して、彼らのために読み上げる。
「これは王国から帝国へ、移籍するための意思表明書みたいだね。王国と、帝国に出すものが1枚ずつ。こっちは帝国での国民戸籍登録書。こっちはユヴァフローテツ?の市民登録書……ユヴァフローテツって、町の名前ですか?」
「ケイトリヒ様が治める小領地の名だ。ルキアは王国軍から魔導騎士隊に移籍するので書類がたくさんあるが、ミナトとリュウは王国軍から市民への移籍なので、さほど書類は必要ない。が、最後の一枚は大事だ」
なぜかペシュティーノの前にスタンリーが身を乗り出し、彼らに説明する。
「最後の一枚……帝国国民宣誓書」
ルキアが声に出して読むと、早速サインしようとしていたミナトとリュウが顔を上げる。
一、帝国国民は皇帝陛下とそれに準ずる貴族を敬い、叛意を抱いてはならない。
二、帝国国民には帝国議会が制定した法律を遵守する義務がある。
三、帝国国民は協力しあってアンデッドと戦い、これを滅しなければならない。
四、帝国国民の生命、生活、財産を脅かした者は、死を以てその罪を償う。
「これは帝国国民宣誓といって、小さな農村でも漁村でも、読み書きのできない者でも洗礼年齢以上の子どもであれば全員、諳んじなければならないものです」
帝国国民宣誓を諳んじられない場合、帝国民扱いされない場合があるので市民も必死で覚える。騎士学校や平民の学校、外国とのやりとりをする商会などでは朝礼で必ず唱和するというところも多いらしい。
「へぇ……しらなかった」
「ケイトリヒ様は市民にそれを求める立場です。私たち側近も、週に一度の定期報告会の冒頭に必ず唱和しますよ」
ガノの補足に、俺もびっくり。
「我々も一番に教わりました」
「うんうん。魔導学院でも、一部の授業ではやりますよ。私は6歳からずっと耳にしていた内容ですので覚えてますけど、立場上いっしょに唱和することはできなかったんですよねー。高らかに読み上げたときは、ああ帝国民になったんだなーって思えました」
オリンピオとパトリックだ。
「……こうやってあらためてみると、僕の側近、外国人おおいね?」
「ルキアにいたっては外国人どころか、異世界人ですよ」
スタンリーが呆れたように言うのがなんか面白くて、ちょっと笑っちゃった。
「「……」」
俺と側近たちとルキアが和気あいあいとするなか、ミナトとリュウはソワソワと落ち着かない様子だ。
「……どうした。宣誓書にだけ、まだサインしてないようだが」
スタンリーが言うと、ミナトとリュウはビクリと肩を震わせた。
ルキアは真っ先にサインした書類だが、2人はモゴモゴしている。
「いっ、いや……別に宣誓したくねえってわけじゃないんだけどよ、ただ……」
「この『死を以て償う』って、どういうときにそうなるんですか」
「ああ……前世の日本では、死刑となると遠い存在でしたからね。こう書類に書かれると彼らからしたら不安なんでしょう。なるべく具体的な例で説明してもらえますか?」
ルキアが丁寧にガノに頼むと、ガノも真剣な顔で頷いた。
「その宣誓で述べられている『帝国国民の生命、生活、財産を脅かす』状態の一般例は、戦争とアンデッド被害です。細かく言うと内乱罪や外患誘致罪、外患援助罪、通貨偽造罪などいろいろありますが、実際に現代の帝国で処刑される者はたいてい『叛逆罪』と『アンデッド看過罪』の2つです」
ミナトとリュウはルキアほど賢くない。正直、その説明じゃ理解できないと思うよ……と止めようとしたところ、ルキアが口を挟んだ。
「僕たちが注意すべきは、もともと王国に所属していた点だね。たとえば王国の元軍部のヒトから『現状を知りたい』とか『今どうしてる』といったようなコンタクトがあった場合は慎重になったほうがいい。王国はこれから帝国に統合されるとはいえ、それに反発する人たちもいる。僕たち異世界人をいいように利用してやろうという人たちがいるかもしれない。だから、困ったときや迷ったとき、不安なときは、ここにいる人たちに聞けば大丈夫だよ。そう簡単に処刑されたりしないから。ね、ガノさん」
「そ……その通り。我々も君たちを保護するつもりで身元を預かっているんだ。ちょっとしたひとことや小さな失敗で処刑されるなんてことは考えなくていい」
ガノはルキアの説明を聞きすばやく方針転換して、子どもに話すように切り替えた。
「じ、じゃあ例えば……例えばだよ? 全然思ってないけど、例えば『皇帝陛下ハゲ』とか言ったら、処刑される?」
ミナトの言葉に、ルキアは目をつぶって黙ってため息をつき、ガノは苦笑した。
「皇帝陛下はふさふさだけど……侮辱する言葉だから、皇帝居城で大声で叫べば『侮辱罪』で投獄はされるかもね。生粋の帝国民でもすぐに処刑されるほどじゃない。ましてや君たちは異世界人となれば、まあ……身元引受人のケイトリヒ様に厳重注意が来るくらいかな」
「御館様……ラウプフォーゲル公爵閣下やケイトリヒ様に対して言ったら、ちょっと俺達の手で鞭打ちくらいはしなきゃいけないかもしれないな」
朗らかなガノの言葉にホッとしたのも束の間、つづくスタンリーの言葉でリュウはちいさく「ヒッ」と悲鳴を上げた。いやいや、なんでそんな反権力主義の活動家みたいな例を出すのさ。言わないでしょそんなこと。
「外国人からの誘いに注意と……悪口いわない、だな。だいたいわかった。大丈夫」
「う、うん。僕も多分大丈夫。言わなきゃいいだけだもんね」
ミナトとリュウはようやく納得して宣誓書に署名した。
「「「これからよろしくお願いします」」」
「……書類に不備はなさそうですね。聞いていると思いますが、生活するうえでの不具合がありましたらメイドに。進路や待遇などの相談は、パトリックが担当します」
それから3人にはファッシュ分寮で生活する上での決まりをアレコレ聞いて、ミナトとリュウは解散。ルキアだけが残り、これからの側近としての教育方針について話し合うことになった。
部屋を出るときミナトとリュウはルキアを心配そうに振り返ったけど、ルキアは笑って彼らに手を振る。
「……王国では、ずいぶん無茶をしてたんじゃないか?」
ジュンが切り出すと、ルキアは少し自嘲気味に笑った。
「王国にいたときは必死だったので……それより、側近として試験雇用されるうえで、僕から皆さんに話しておきたいことがあります。異世界人の持つ『特殊能力』についてと、異世界人の特別呪文『情報表示』について」
特殊能力については帝国の異世界人からも説明があったので、側近たちにとって目新しい話ではない。が、ルキアの能力がここで明かされた。
「僕の能力は『変身』。薄い布を一枚かぶるように姿を変え、見るものを惑わせる能力です。説明の通り概念としては『布をかぶる』ような変身なので、例えば体格差の大きな人物になりすますことは難しいですし、体格が一致していても声は変えられない」
ただ、ルキアいわく無機物にも「変身」できるそう。
「たとえば部屋や廊下の片隅にある、誰も触れなさそうな置物や木箱になりすますことは簡単です。触れればバレてしまいますが、気にもとめないようなものであれば盗み聞きにはピッタリです。僕はその方法で王国軍内部を徹底的に調査しました」
「なるほど、あの手記に書かれてある情報はそうして集めたのか」
パトリックが頷くと、ペシュティーノもスタンリーも感心したように瞠目した。
「それと……僕の移籍について、軍以外からなにか条件が出ませんでしたか?」
「ふむ? なるほど。王国研究室の件はルキア殿本人の策だったということですか」
「はい。僕が立場を確立するには、軍に好き勝手されない外部の協力が必須でした。それが王国研究所です」
「暖房の魔道具開発の知識があったとか」
「それも事実です。僕は北海道……異世界でも、雪の降る寒冷地域の出身で、家は古くはオイルヒーターを作るメーカーでした。祖父の時代から暖房全般に事業拡大して……あ、とにかく暖房に関する知識があったんです」
「なるほど、その知識を研究所に売り込んだんだな。やるじゃねえか」
「その件であれば、ケイトリヒ様の『温石』が代案として提供されたことで解決したと思います」
「あの方法は僕も拝見しましたが、農業には活かせても生活には難しい。御存知の通り王国の冬の死因は餓死と凍死です。小さな農村は周囲に森があるから薪が豊富ですが、市街地では越冬のための食料は充分でも、薪が買えずに凍死してしまう家も多いのです」
「そうか、薪……食料と同じくらい重要なのですね」
「寒さで死ぬって俺たちからすると信じられねえよな」
ガノとジュンは生粋のラウプフォーゲルっ子。あまり寒冷地の実情を知らないようだ。
たしかに、ラーヴァナが作ってくれた温石はマグマが原料なので【火】属性と【土】属性のかたまり。土の温度を上げるのは得意だが、部屋の空気を温めるのには向いていないだろう。
「続けて」
ペシュティーノの冷静な物言いにも怯むことなく、ルキアは続ける。
「はい。僕の持つ暖房の知識を帝国……いえ、ケイトリヒ様に外交カードとして使っていただきたいと思っています。僕が提案する断熱素材や暖房機器の素案、セントラルヒーティングやそれらを取り入れた家は、必ず王国の民にとって厳しい冬を超えるために必須なものになるはずです。しかし僕は知識はありますが、具現化する技術を持ちません」
「……つまり、帝国でもけんきゅうきかんと連携したい、ってこと?」
「ありていにいてば、そうです。しかし僕はケイトリヒ殿下の側近としてそれを行いたいということです」
俺はそろりとガノを見る。ものっっすごく嬉しそうな笑顔してる!! やっぱり!
カネの匂いになんて敏感なんでしょう!
「王国との統一が現実化した以上、王国の需要は帝国の需要。暖房魔道具の開発需要は高まる一方でしょう」
「ユヴァフローテツの工房には北国出身のヤツも少ねえだろうから、ルキアの存在はいい刺激になるだろうな」
「それを言うなら白き鳥商団だって同じです。ほとんど帝国人ですからね。しかし異世界人の知識と組み合わされば、あるいは」
側近たちは、新しい事業に沸き立った。
特に外交に強いシャルルとカネの亡者ガノ、そして当然王国に思い入れのあるオリンピオとパトリックも好意的だ。ついでにジュンも好意的なのは、異世界人の子孫だからかな。
「ルキア殿が稀有な能力と革新的な新事業の案を持っていることはよくわかりました。それを明かしてくれたのはなにより安全にことを運びたいという真意もあるでしょう。賢明です。やはりケイトリヒ様は優秀な人材を惹き付けるものをお持ちだ……」
ペシュティーノはルキアを認めるというより微妙にケイトリヒ様アゲになってるけど、とりあえずルキアの優秀さを認めてくれたようだ。が、その眼光が険しく光る。
「優秀さと賢明さ。そして従順さを示した上で……特殊呪文については、何を?」
その言葉に、ルキアも今までとは違う剣呑な眼差しで俺を見つめてくる。
「ケイトリヒ様、情報表示が使えた、と仰いましたよね。王国の異世界召喚勇者の数は、何人でしたか」
「たしか、8つ……あれ?」
「僕が王国軍部で知っている異世界召喚勇者は、僕以外に6人だけでした。しかし、僕が見たときも8つありました。それで不思議に思って王国に戻り、色々と調べたのです」
ルキアが調べたのは、召喚の記録と異世界召喚勇者がどうなったかの記録。
しかし、召喚の記録はかんたんに調べられたが異世界召喚勇者のその後についてはほとんど資料が残っていなかった。
「資料は40年分しかありませんでしたが、その間、少なくとも年に1回のペースで異世界召喚が行われています。僕が見た資料には費用などは書かれていませんでしたが、召喚に必要な人員、場所、準備する期間や消費する魔力などを考えると、財政を圧迫するのは当然の規模です。それなのに、無能というだけで多額の費用をかけて召喚した異世界人を軍部の一存で処分できるものでしょうか? 僕が第一に疑問に思ったのはそこです」
ルキアはそこに疑問を感じ、資金の流れを追いたかったがさすがにムリだった。
だが、王国や軍の財務部にわざと声を大きめに質問し、そしてその後に得意の特殊能力で「盗み聞き」することでなんとなくの全貌がつかめたのだという。
「異世界召喚勇者が『処分』されたあとに、軍部から多額の補償金が……王国側に支払われていたということですか? 一体、どこからそんな資金が」
パトリックがルキアの話を聞いて、混乱している。ほかは全員、まったくわからんという顔だけど、シャルルだけが顔色をかえた。
「シャルル、なにかしってるの?」
「いいえ! いえ、まさか……まだ、断定するわけにはいきません。ルキア、それでその調査した異世界召喚勇者の行方は、どうだったのです?」
「は……はい。それでですね。別件で、情報表示で表示され、僕が存在を知らなかった2人の人物を追ったんです。秘密裏に」
ルキアの「変身」という特殊能力あっての調査力だ。
彼が得た情報から点と点のつながりを推察できる人間はいただろうが、それの裏付けを取れるのはきっとルキアだけだっただろう。
「確認できたんです。ただ、確認できたのは2人ではなかった。5人だったんです」
今度こそ全員がポカンという顔をしていた。
ルキアの顔はどこか不吉な予感を匂わせるようなもので、何故か俺だけはこの先の話の先に恐怖を覚えた。ものすごく、嫌な予感がする。
「召喚の記録では、『志田浩介』と『前川達』という名前で、外見の特徴も書かれていたんです。名前からしても、日本人ですよね。でも僕が情報表示で照らし合わせて居場所を確認した人物は、この世界の人間の姿をしていたんです。ひとりは金髪にオレンジ色の瞳、もうひとりはグレーっぽい髪に青い瞳で、顔立ちもアジア人っぽさがなく、王国人と見分けがつきませんでした」
恐怖の予感に胸が高鳴る。
「そして彼らは、他にいた同じように王国人と同じ見た目の3人を『コウヘイ』、『シュンジ』、『マドカ』とよんでいるのを聞いたんです。確認したところ、異世界召喚の記録にも彼らと同じ名前がありました。でも、彼らは情報表示の反応がなかった」
井本俊治、佐藤康平、高橋圓。
ルキアは、これらの事実を確認してからというもの、何故なのかと混乱してばかりでそれ以上調査できなかったのだという。
「ケイトリヒ様は、この話を聞いてなにか思い当たりますか? 僕はもう限界を感じてしまって、思考を投げ出したんです。恐ろしいことばかり想像してしまって、しばらく動揺が隠せずミナトたちには心配をかけてしまいました」
情報表示が感知したりしなかったりする、異世界人の名前を持つ現地人。
俺も、ルキアと同様に嫌な想像が次々と浮かんでくる。
「その」
緊張した沈黙を破ったのは、シャルルだった。
「その、人物たちのそばに、ハイエルフらしき者はいませんでしたか」
「え……すみません、いたとしても、僕にはわからなかったとおもいます。今でもあなたと他の方との違いが全く感じられませんから。ただ、彼らの口ぶりから……庇護者か、統率者のような存在がいそうだ、ということは感じた気がします」
ルキアはしっかり事実と私見を分けて話す。これだけでも素晴らしいというのに、まったくなんという情報をもたらしてくれたのか……。
「シャルル、心当たりがあるのなら話して」
俺がピリッとした声で言うと、シャルルは片手で顔を覆って黙り込んでしまった。
「少しだけ……お待ち下さい、私も……ちょっと、衝撃が大きすぎて……」
嫌な予感がどんどん近づいてくる気がした。
「私と、帝都でお会いしたアルベール。我々は熾天使の翼という村から来た、とアルベールが申していたでしょう。あれは、正確には村ではなく組織のような存在です。場所は存在しますが、ヒトが思い描くような村ではありません。その実態はさておき」
熾天使の翼とは、ハイエルフのなかでも最も思考がヒトに寄り添った形の組織で、中庸で平和的で温厚なハイエルフの多数派なんだとか。
「しかしハイエルフは精霊と違い、ヒトと似た精神構造を持ちます。長い歴史の中で思想の違いによって組織を離れる個人が出たのも当然です。彼らは自らを『雪の憤怒』と名乗りました」
「雪の憤怒……あ……どこかで、聞いたことが……?」
ルキアは記憶を探っているのか、見開いた目を中空に漂わせている。
それを見て、シャルルは確信を深めたようだ。
「我々ハイエルフは神の残滓。神の眷属であり、神の生まれ変わりを助力する存在です。簡単にまとめると、熾天使の翼の思想は、『次なる神が現れるまで待とう』が基本です。しかし雪の憤怒は『次なる神が顕れないのならば、我々で作り上げよう』という大変危険な思想を持っています」
嫌な予感はもう背後にくっついていて、振り向けば真相が見えるような気がする。
「残念ながら、私には雪の憤怒が異世界召喚勇者に何をしたのかまではわかりません。が、彼らが何らかを行ったと思って間違いないと思います」
そこまで言って、シャルルは目眩がしたのか近くのソファの背に手をついた。
「……ケイトリヒ様、この件は私にお任せ頂けますか」
「だいじょうぶなの?」
「もしも……もしも、悠久の時を生きる我々ハイエルフから、異世界召喚勇者たちの魂と肉体に介入する者が現れたとすれば……私はその者を許せません」
いつものニヤけた表情は消え、意外とぱっちりした目をさらに力強く開いたシャルルは……すこしペシュティーノに似ている。
「……わかった。僕も、元異世界人として、ルキアたちの保護者として彼らが何をしたのかきになる。もし、ハイエルフの面汚しのような恥ずべき行いをしていたとしても」
「はい、必ず。明らかにして、主にご報告いたします」
「精霊をつかっていいよ」
「……ありがとう、存じます」
シャルルは真っ青な顔でフラフラと部屋を出ていった。
さて。調査の結果、鬼が出るか蛇が出るか。
俺はこの世界の神候補ではあるけど、まだそこまではわからないのだった。