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9章_0122話_王国の落陽 2

魔導学院に入学して、2学年目も後半となるその日。


魔導学院はその名のとおり、魔導を習いに入学する生徒が多い。

座学の「基礎魔導学」を修了した後、実際に魔導を使う「応用魔導学」までは、6割の生徒が1年生のうちに修了させる。3割は2年生のうちに修了させ、残りの1割以下はどうあがいても魔導に達しない、という生徒もいる。


「応用魔導学」の初日に演習場をハデにぶっ壊してさらにその向こうの山まで更地にしかけたおかげで保留となっていた魔導の実演を、俺は完璧にやってのけた。


「まいん・ふぁいやーあろー!」


間の抜けた詠唱にも関わらず、3本の鋭い炎の矢が目で追えないほどに早く演習場中央のヒト型のマトに3本ともヒット。

激しく燃え上がって難燃の魔法が施されたマトを完全に炭にしてしまった。

基本の魔術式には、放った火の矢に燃え広がるような機能はない。


「まいん・ろっくばいとー!」

「まいん・あくあぼーぉる!」

「まいん・えあぶれいどー!」


基本4属性の魔導は、どれも詠唱こそ間抜けだが完璧な制御でマトを破壊していく。

まあ、制御は完璧だが威力は相変わらずぶっ壊れ。ロックバイトはその名の通り牙のような岩がマトをめしゃめしゃにしたし、アクアボールでは水圧でメコメコにへこませた。

以前の生徒たちの演習を見た限り、本来そういう魔法じゃない。

そしてエアブレイドではバラバラだ。

マトには防御魔法がかけられているんだが、まるで紙くずのように破壊された。


【光】と【闇】の魔導は、諸事情で免除。

修了に必要なのは基本4属性だけなので無問題。

ウィオラとジオールが、自然界にごくふつうに存在する精霊たちが勝手に俺の魔導に上乗せされる「強化(バフ)」を、完璧に遮断する術式を教えてくれた。

おかげで火柱は想定内の5メートルに収まるし、風の刃はマトのむこうの地面をエグり散らかすこともない! 水魔法が勢い余って拡散性放出(エクスプロジオン)みたいになることもなければ、岩を生み出そうとして山ができることもない!


「威力はちょっと規格外だし詠唱は独特だけど、制御は完璧! 文句なしで合格! おめでとう、ケイト!」

「わあい!」


ファイフレーヴレ寮生徒から「鬼女」と呼ばれるアンニカ・スヴェルド先生が特別に応用魔導学の修了試験監督をかってくれたのだが、家庭教師の甲斐もあってようやく修了!

見た目年齢20代後半のアンニカ先生は、俺をひょいと抱き上げるとふわふわヘアに頬ずりしてくる。家庭教師をしてくれてたこともあり、ちょっと距離感ちかい。


「ところで、ベイロンせんせいはケガだいじょうぶなんですか」

「ああ、もう完治して教職に復帰してるけど、世話役のキツイ言いつけでケイトの目に触れないようにいわれてるのさ。観覧席のどこかにいるんじゃないか?」


ガラス張りのビルのような観覧席のほうをチラリと見たけど、探す気はない。


「魔導がぼーはつした生徒は」

「ああ、そっちはたいしたケガはない。ケイトのときと同様に、魔導演習を無理強いした教師の責任だ。痛い目に遭ったんだ、これからは指導方法もちゃんと改善するだろうよ」


フトコロも傷ませてケガまでするなんて、気の毒だがあまり庇う気にはなれないね。


「受講制限のかかっていたファイフレーヴレ第1寮の魔導系の授業も、応用魔導学の修了で解禁だ。ケイトは最初になにを学びたいんだい?」

「もちろん、対アンデッド魔導学!」


「さすがラウプフォーゲルの希望の星だ! なんて頼もしいんだい、嬉しいねえ!」


アンニカ先生が頬ずりしようとしてきたところを、ひょいと後ろから持ち上げられた。


「スヴェルド教諭。ケイトリヒ様はもう婚約者もいらっしゃる立派な男子です。いくら幼い見た目とはいえ、あまり過剰な接触はお控えください」


パトリックだ。

いやいや、さすがにこれを咎めるヒトはいないでしょと思いつつもアンニカ先生はただ肩をすくめて「残念ねえ」と言って今後の授業方針について話をはじめた。

母子ほどの年齢差があっても、婚約者がいるというだけでダメなんだ。

なんか、赤ん坊あつかいからちょっとオトナになった気分!


オトナになったけど、抱っこされて急ぎ足で寮へ戻る。

白き鳥商団(ヴァイスフォーゲル)のトビアスが婚約の贈り物のデザイン案を持ってくる日だからね。


「パトリック、洗礼年齢まえでも婚約者がいる場合きをつけたほうがいい状況ってさっき以外にどういうのがある?」

「基本的には2人きりにならないことですね! まあこれはケイトリヒ様にはありえませんので、先程のような抱っこや頬ずり、キスなどの身体的な接触を避けて頂ければ問題ありません……あ、ハービヒト夫人は親戚なので含まれませんよ。もちろん、婚約者本人も」


ちぇっ。


その日はトビアスからドレスやティアラ、イヤリングやネックレスや扇子や指輪などありとあらゆるデザイン案を見せられてもーへとへとでした。



翌、休日。


ルキアと、王国異世界召喚勇者の編入生ふたりがファッシュ分寮へやってきた。


皇帝陛下が王国統合を発表してから、わずか4日後。

異世界召喚勇者の待遇改善のときもおもったけど、王国との連絡が早い早い。

なんなら帝都の中央貴族をあいだに挟まない分、中央よりも早いんじゃないかな?

統合は7年後だけど、もう外国とは思えない。


「帝国の剣、ラウプフォーゲル公爵閣下の御令息ケイトリヒ殿下にご挨拶申し上げます」


ルキアが優雅に文官の挨拶をすると、後ろの2人がぎこちなくそれに倣った。

ファッシュ分寮のエントランスホールは、俺の側近に寮の使用人、兄とその側近たちに魔導騎士隊(ミセリコルディア)と総勢50人くらいでのお出迎えだ。

緊張するのも仕方ない。


「ルキア卿、ようこそ! それに、ミナト卿にリュウショウ卿も、王国からはるばるにゅうがくおつかれさま。つかれたんじゃない?」


「疲れたッス」

「ふわあああ、かわいい……!」


石川皆人(いしかわみなと)はちょっと素行が悪そうな態度だけど、見た目は……やたらサラサラの黒髪にヘアバンドしてて、目付きが悪い。前世では大きめのスウェット着てそう。

城田龍翔(しろたりゅうしょう)は天然っぽい明るい茶色の髪に、色白の肌とそばかす。手足は折れてしまいそうなほど細く、俺を見て「かわいい」と言ったときの仕草がちょっと女子っぽい。


「王子殿下、申し訳ありません。彼らは礼節に疎く……」

「だいじょぶ、気にしないよ。身分制度のない世界からきてるんだもんね。寮で一緒に暮らす僕のあにうえたちと、アーサーをしょうかいするね!」


アロイジウス、クラレンツ、エーヴィッツ、ジリアン、そしてアーサー。

名前と学年と軽く俺との関係を説明しておく。


「じゃあ、お部屋でゆっくりしたら昼食会にしよう! ルキアから聞いてるかもしれないけど、楽しみにしててね!」


顔合わせ会はこれでいったんお開き。

彼らは移動で疲れているだろうから少し部屋を見てもらってくつろいで、それからレオの料理を堪能してもらおう。


使用人が彼らを案内し、エントランスホールを出て姿が見えなくなると、アロイジウス兄上がそっと俺に近づいて耳打ちしてきた。


「……アーサーを紹介したときに、少し身構えたような気がするんだけど、私の気のせいだろうか」

「んー、気のせいじゃないとおもいます。ルキアはまだ王国に警戒心があるんじゃないかな。他のふたりは知らないけど、ルキアはけっこうひどい目に遭ってたみたいだから」


「ルキア卿以外の2人は、あまり状況を理解していないようにも見えるね」

エーヴィッツが割り込んできた。


「それもあるとおもいます。王国統合の話が出て4日しかたってませんからね。おそらく有無を言わさず連れてこられたんじゃないかな」


「ろくに説明もされず連れてこられたというなら、おそらくそれなりの理由があるのでしょう。政治からほど遠い私でさえ、異世界人に悪影響を与えそうな人物に心当たりがあるくらいですから」


俺たちの会話を聞いて、アーサーが恥じるように言う。

パトリックはずっと帝国にいたので知らなかったことだが、軍部の腐敗っぷりは平民の間でさえ有名な話であったそうだ。


「異世界召喚勇者は元の平和な世界から強制的に召喚された、いわば被害者だ。ケイトリヒならばそれなりに打算もあるのかもしれないが、彼らを保護するのは素晴らしい行いだよ。今回の身元引受について、私は支持する」


アロイジウスは生真面目に俺にそう言って頭をもしゃもしゃと撫で回してきた。


「なるほど、身分差に疎いか」

「ルキアを見る限りはそう思えなかったが、そうなると俺たち向きだな?」


クラレンツとジリアンはなんかコソコソ話してる。

まあ、たしかにミナトはそっち寄りかもしれない。リュウショウはまだわからん。

仲良くしてくれたらなんでもいいよ。



――――――――――――



「では、ここからはそれぞれ担当のメイドがご案内します。奥の2つの扉がミナト様にリュウショウ様のお部屋、手前のこちら扉はルキア様のお部屋となり……」


「ち、ちょっと待ってください。個室があるのですか?」


案内してくれた物腰の柔らかい執事風の男性に、ルキアが思わず声を上げた。

後ろでミナトとリュウショウも「マジ?」とか「廊下広い」とかボソボソと話している。


「もちろんです。ケイトリヒ様のご命令により、異世界召喚勇者の皆様方には勉学にしっかり励んでもらえる環境をご用意せよとのことです。ご不便がありましたら、担当のメイドにお申し付けください。さあ、ご自身の個室をご確認おねがいします」


にこやかな男性は広い廊下で解散し、それぞれの部屋へ向かうよう促すがミナトもリュウショウも足が動かない。


「あー……えっと、ルキアの部屋、一緒に見せてもらってもいいか?」

「うっ、うんうん、見たいです!」


「えっ、ああ。僕は構わないけど……では、先に僕のお部屋を説明していただいてもよいですか」


「かしこまりました。ミナト様とリュウショウ様の担当のメイドがご一緒しても?」


「はい、構いません」


大きな扉を開けると、涼し気な色合いのソファとテーブルのセット。

天井からは白鷲のマークが入った巨大なタペストリーがかけられていて、天窓から燦々と降り注ぐ陽の光に照らされた明るい部屋。


「白鷲……ケイトリヒ様の御印ですね」

「はい。皆様方は本日より、立場上はケイトリヒ様の被保護者。生活に勉学、将来も含めて全てはケイトリヒ様のご判断によるものとなります。そのことだけは、ゆめゆめお忘れにならぬようお願い申し上げます。……そして、ここまでは共有空間となります。寮に身を置く人物であれば誰でもここまでは入れますのでご注意を」


いわゆるルキア専用の「応接室」とも呼べる場所だ。

授業の相談をする補佐官や、他の寮生を迎える場所として使うらしい。


「ここから先はルキア様の私室となります。セレン、ご案内を」

「はい。わたくし、ルキア様の担当メイドのセレンと申します。どうぞよろしくお願い申し上げます」


応接室にはドアが2つあり、右は寝室、左は勉強部屋になっていてその間もドアでつながっているらしい。


「応接室から寝室に入るドアは基本的にルキア様御本人しか開けないよう、魔力制御されております。わたくしだけ、掃除に入らせていただきますがそれ以外は……ケイトリヒ様が魔力制御の主人(マスター)ですので、入ることはできるかと存じます」


ルキアがドアを開けて寝室を覗き込むと、ミナトとリュウショウも覗き込む。

暗い部屋の中央にはキングサイズの天蓋付きベッド。横の壁一面はクローゼットになっているようで、木製の引き戸が並んでいる。


「明かりはこちらで」


セレンが壁のパネルを操作すると、天井全体が柔らかく発光して部屋全体を照らす。


「奥は浴室と(かわや)があります。異世界人の方は毎日身体を清めると聞いておりますので、ケイトリヒ様のご命令で増設したものですが……本当なのでしょうか?」


セレンが業務的な口調から急に本気の疑問を口にしたので、ルキアたちは思わず吹き出した。


「ほっ本当、本当です」

「風呂付き!! 最高じゃん!!」

「トイレもあるなんてすごい……こんなお部屋で暮らしていいの?」


「帝国の(かわや)は水洗とスライム洗の2層式なので臭ったりしませんが……それでも(かわや)が個室にあるのはお嫌ではないのでしょうか?」


「いや、全然イヤじゃないです、ありがたいです」

「……王都の軍部じゃトイレもベッドも共用だし、ヒッデェ臭いだったけどな」

「あ、浴槽もあるんだ! お湯ためてもいいの!? すごい!!」


「まあ……異世界人が綺麗好きというのは、本当なのですね。もちろんお湯はご自由にお使いください。大浴場もございまして、そちらはいつでも湯治がご使用可能です。冷水の……あれはなんと言いましたかしら、ヨナ」

「えっと、たしか『らぐじゅありーぷーる』でしたかと」

「ヨナ、『らぐじゅありー』は『豪華な』という意味らしいですわよ。単に『ぷーる』でよいとレオ様が仰ってました」

「ああそれです。ありがとう、エマ。……と、いうわけで『ぷーる』で、水浴びもできますのでご随意に」


「プールまで!? しかも、豪華なんですね。……本当に、帝国は……いえ、ケイトリヒ様は、豊かでいらっしゃるのですね」

「これ、残ったサトルたちのほうが貧乏くじ引いたんじゃね?」

「そうだ、ルキア。サトルとコウシは、どうなったの?」


ミナトとリュウショウに背を向けていたルキアが、その言葉に顔をこわばらせるのを、セレンだけが見ていた。


「サトルは……ずっと文字を勉強してたから。帝国の異世界召喚勇者の、たしかミト・アリヒロ?ってヒトのところに弟子入りみたいな感じで引き取られたらしい。コウシは」


ノドをグッと詰まらせたルキアに、ミナトは気付いた。

振り向いた顔を見て、ようやくリュウショウもわかった。


「コウシは、間に合わなかった。……、……ごめん」


ルキアの言葉に、その場は凍りついてしまったかのように静かになる。


「……なんでオマエが謝ンだよ、バカ。オマエのせいじゃねーよ」

「うん……僕こそ、ルキアに頼りっぱなしでごめん」


「いや……うん、まあ、そう言ってくれてありがとう。……それより、勉強部屋も見てみよう。こんなすごい部屋を3人とももらえるなんて、ラッキーじゃないか」


ルキアは努めて明るく言うと、ミナトもリュウショウも必要以上にはしゃぎだす。

セレンをはじめとしたメイドたちはプロフェッショナルなのでちらりと目線を合わせただけだったが、それで充分だった。


クローゼットの制服と異世界風の私服、勉強部屋の立派な机と文房具を見てすごいすごいとはしゃぎ、ようやくそれぞれの私室に入って同じ物を確認してさらに感動する異世界人の少年たち。


彼らを見て使用人たちは一様に、傷ついた迷い子を保護した気分になったのだった。



――――――――――――



ファッシュ分寮の食堂は広い。

3人も増えて、すっかり賑やかになった。


今までは兄弟親戚+アーサーという感じで身内っぽさが全開だったが、今回のルキアたち3人の入寮は兄上たちにとっても刺激的らしい。

全員、彼らに興味しんしん。


「レオの作った料理と同じようなものが、異世界じゃあ平民でも手軽に金で買って食べられるなんて、本当なのか? しかも、日常的に!」

「この料理には卵もバターも、こっちには砂糖もふんだんに使われているが……これと同じものが?」

「調理済みのものを買うだけなら、下の街にも休日には屋台が出るよ」

「かぁ、これだからお坊ちゃまはよぉ! レオの料理はパンひとつでも普通のとは全然作り方が違うんだぜ! こんなふわふわなパン、ラウプフォーゲルの城下町にも売ってねえっつの!」

「レオ殿のパンは美味しいですよね〜」


兄上たちのハイテンション+アーサーのまったりテンションに、ルキアは引き気味。

逆にミナトとリュウショウは、身分に疎いせいかコミュ力おばけなのか、同じノリ。


「まじ王国のメシ最悪でしたわー! まさか帝国で、完璧な再現料理が食べられるなんて異世界最高! いやレオさん最高!! 持つべきものは前世の技能だったわ。俺、家庭科じゃ全部女子に頼んじゃってたもんなー!」

「おにくだらけ……こんなごちそう、この世界に来る前でも見たことない〜! ぼ、僕が食べてもいいんですかぁ〜!?」

「……オマエら、ほんと遠慮ないね……」


今日のメニューは肉! 肉!! 肉!!!

ローストムームにローストポルキート、トンカツにステーキにグリルドレッサークックバイン。ベーコンたっぷりのポテトサラダに豚しゃぶサラダ。食べ盛りの少年が9人も、いや俺は頭数にいれないとして8人もいるおかげでレオが張り切ったみたいだ。


「たっぷり食え!! テーブルにはパンしか乗せてないが、白飯も出せるけど……」


「「「白飯で!!!」」」


レオの提案に、ルキアとミナトとリュウショウの声が揃った。


「えーっと、味噌汁もあるけど」

「「「いただきます!!!」」」


練習した?ってくらい完璧なハーモニー。

リュウショウはこの世界に来て2ヶ月しか経ってないはずなのに、やっぱ白飯と味噌汁の存在って日本人の遺伝子に刻まれてるのかね。

まあ俺は身体がこちらの世界の人間なので、遺伝子とは関係なく味噌汁は美味しい。

白飯は……米は寒冷地で育ちにくい種なので、王国や共和国ならば一般的でないのは仕方ない。帝国でもラウプフォーゲルのごく一部でしか作られてないみたいだし。


異世界人の味噌汁への執着を知って、アーサーが同じものを食べたいと言い出す。

他のメンバーは全員、味噌汁体験済みなので今日は肉を食べることに集中するようだ。


俺はグリルドレッサークックバイン……ようはチキンレッグのグリルにかぶりついて、食べ盛りの少年たちの食べっぷりを見つめる。


兄上たちと異世界人の3人は、すぐに打ち解けたようだ。

予想通り、ミナトはクラレンツとジリアンにお互い親近感を持っているようだし、ルキアはどちらかというとアロイジウスとエーヴィッツ寄り。リュウショウはほんわかした性格からか、アーサーとよく話している。


俺はお誕生日席で打ち解ける彼らを見ながら、異世界人の身元引受人になれたよかったとちょっとホッとした。


ふと視線を感じてそちらをみると、ルキアが見ていた。


「あ、ケイトリヒ殿下、お礼を兼ねて、食後にお話したいことがあるんですが」

「うん? わかった。あとで3階にきて」


肉に揚げ物、白飯に味噌汁とフルコースをたいらげた少年たちはさすがにデザートの段階になると少し減速していた。

でもフルーツタルトにアイスクリームはとんでもなく魅力だったようで、全員が全部食べたいと身悶えていたところ、レオが「しばらく後にお部屋に運ぶこともできますよ」というと、全員がその方法を選んだ。

その場で全種類のデザートを食べたのはアーサーとリュウショウだけだったけど、彼らもまた「後でお部屋に」を依頼していた。



「失礼します、ケイトリヒ様。ルキア殿がお見えです」


食後、白き鳥商団(ヴァイスフォーゲル)から来た様々な書類に目を通してハンコをペタペタ押しているところにパトリックがルキアの来訪を告げる。


「とおして」

「私室にですか?」


「うん。え、マズイ?」

「いえ……しかし兄君も私室に入れたことはないのに、よいのですか?」


「あにうえたちは3階に上がってきたこともないじゃん。用がなかっただけだよ」

「そうですか……承知しました」


しばらくしてルキアとパトリックとカンナがそろって入ってくると、俺のそばで寝転んでいたギンコとコガネとクロルがムクリと顔を上げた。


「失礼します……わ、犬だ! すごく素敵なお部屋ですねえ!」

「そう? どうぞ、そこにすわって」


「あ、少しお話したいだけなので、このままで」

「私室に招いたのはルキアが初めてだよ。ちょっとおもてなしさせてよ」


カンナが手際よくティーセットを用意する。

私室にずっとあった来客用のカップが、ようやく使われる時が来た。


「軽い気持ちで来てしまってすみません……お勉強中でしたか?」

「ううん、商団のおしごと。すわってすわって! ちょっとまってね、これがひとくぎりしたらそっちにいくから」


ルキアはカンナに促されるままソファセットに座り、座り心地の良さにちょっと驚く。

クロルが興味津々に近づいてくると、手を差し出してニオイを嗅がせて安心させてからそっとふわふわの毛並みを撫でた。


「あ。ルキア、犬すきなの? クロルが撫でさせるなんて、めずらしい」

「ええ、前の世界では家で番犬を3匹と室内犬を2匹飼ってました。黒ポメ、かわいいですよね。無駄吠えしないし、賢そうな子だ」


まあ本体が豊満ボディ美女だとは知らぬが華というやつだ。

犬扱いされるのを嫌がるはずのクロルは、喋ってもいい相手か判断に迷ってるんだろう。

おとなしく黙って撫でられている。


カンナがムーサ茶をふたつテーブルに置いた頃、書類の処理が終わったので椅子からぴょいと飛び降りてソファセットに座る。


「で、どうしたの、あらたまって」

「……まずはお礼を申し上げたくて。お茶会で話してから王国へ働きかけて、さらに解決するまでが、あんなに早いとは思いませんでした。魔導学院に入学して、殿下と出会えて本当に良かった」


「ルキアも、機会をよく読んで、よく耐えたね。頼れるヒトがいなくて大変だったでしょう? 帝国の異世界召喚勇者も感心してたよ、賢くて勇敢だって」

「それは……褒め過ぎですよ。助けられなかった異世界召喚勇者もいました」


「それはルキアのせいじゃないよ。完璧じゃなきゃ褒めちゃいけないなんてルールないんだから」

「……そう、ですね。はい、素直に……ありがとうございます」


賢くて勇敢だけど、少し自分に厳しすぎるかな。


「その、相談したいことですが……ええっと、相談の前段階の質問があるのですが、その件については、あの……無理して答えていただかなくても結構です」

「うん?」


なんだろう。妙に言葉を選んでる気がする。

あ、もしかして「変身」の特殊能力について話してくれるのかな!?

だとしたら秘密を打ち明けてもらえるようでちょっとうれしい。


「ケイトリヒ殿下は……本当に、この世界で生まれたこの世界の人物なのでしょうか」

「んぱ」


唐突なブッコミに言葉が追いつかず、お口がポカンと開いてしまう。

秘密を打ち明けてもらうどころか、看破されておりますが!!

ルキアの後ろでパトリックとカンナと……ギンコが同じく口がぽかんと開いたままルキアを見てる。多分、俺と同じ顔。


まずいな。

俺の預かりとなった以上、いずれはルキアにも話すつもりではいた。

けど、俺から明かすこととルキアが気づくことでは大きな違いがある。


「どっ、どっど、どこでそう思ったの」

「1つはお茶会のときです。僕が異世界人であることを明かしてもケイトリヒ様は特に驚いていませんでしたし、なんなら知っていたように思えます。あれだけレオさんにいろいろなことを聞いているというのなら、僕にも聞いてくるのが普通ではないかと」


す、鋭い。

たしかに知ってたし、ルキアの賢さは早い段階から認めて、お茶会に呼ぶほど気に入っていた。となれば、たしかにあの段階で異世界について色々聞くのが普通かもしれない。

しかし俺からすれば調理師学校を出たレオと違って、ルキアは12歳でこちらの世界に来た、いわば子ども。異世界の話に、俺以上の知識があるとは思えなかった。


「それにいくら異世界の知識が有用だといっても、ケイトリヒ様の事業の噂を聞けば聞くほどレオさんから漏れ聞いただけの情報ではムリがあると思いました。レオさんは料理学校に行っていたと聞いてますが、トリューや商館(モール)、鉄道や映像通信なんてものは、きっと詳しくないですよね。詳しかったら、共和国が手放さなかったと思います」


ま、まあ詳しくないのは俺も一緒なんだけど……。

なんなら俺、広く浅くでレオみたいな突出した得意分野もないんだな。


「そこは、ラウプフォーゲルのぎじゅちゅりょくと、しきんりょくが、ほら、ね」

「もうひとつ」


へどもどと言い訳したけどルキアは容赦ない。

もう俺のリアクションで、確信してるみたいだ。


「ケイトリヒ様の箱庭(ダンジョン)……小声で『このあと雨が降って海ができる』と仰ってましたよね? あれは地球の成り立ちをなぞっているのでしょう?」


俺はもう観念してソファの上で足をプラプラさせる。


「うん……まあ」

「……つまり、ケイトリヒ様は異世界人。だから、僕たち異世界人を助けてくれた」


「困ったな。ルキアが気づいたってことは、トモヤも気づく可能性があるよね」

「いえ、彼は全く気づいてないです。疑ってもいません。が、ケイトリヒ様はあまりに無防備です。もしも学院に次々と異世界人がやってきたら、きっと隠しきれないでしょう。トモヤは鈍感ですが、僕くらいの洞察力があれば疑いは確信になるでしょう」


俺がチラチラとルキアの後ろを見ていることにも気づいたようだ。


「側近の方々もメイドさんも、皆そのことはご存知なんですね」

「うん」


ルキアはようやく追求をやめ、深く息を吐いて考え込むように目をそむけた。

沈黙。……き、気まずい。なんて言おう。別に言い訳する必要はないんだけど、なんか黙ってたことが後ろめたい気分。

これが「答えなくていい」質問ね。理解。

もう確信しているようだから、そりゃ俺の答えなんて今更必要ない。

むしろこちら側のスタンスを探りたかったんだろう。

俺のオロオロした返事で「バレたらマズイ件」であることを察したはずだ。


「ケイトリヒ様。相談はこれからです。僕を、側近にしてもらえませんか」

「え」


「レオさんに加えて僕がいれば、異世界の知識が深いことにも説明がつきます。それに、僕はこの世界で異世界人であることを隠して入学しました。状況はケイトリヒ様よりもずっと切迫していましたから、ごまかす小技や注意点は心得ています」


ルキアは、必死だ。

……助けた俺に、恩を返そうとしてくれてるのだろうか。

子どもの身の上で、そんなこと考えなくていいのに。

いや、子どもは無条件で保護されるべきだと思うのは、元・オトナである俺の意見。

ルキアは実際に保護されなかった子どもだ。

少しでも早く、誰よりも優れた有用性を多くのヒトに……もっといえば権力者に認めてもらえるように動くのは、正しい。そしてとてもスマートな方法だ。


「うん、わかった。ルキアの要望は、ちゃんときいたよ。検討するね」


俺の返事は期待したものではなかったのか、鼻息荒くアピールして紅潮していたルキアの顔が曇る。


「僕では、まだ不足ですか」

「そうじゃないよ。僕の側近は、僕だけの問題じゃないってだけ」


ルキアはその言葉にハッと冷静になったようで、性急すぎたことに照れて俯いた。

ほんとに、勘がいい子だ。勘の良い子は大好きだよ!!


さて……問題は。

ペシュティーノは認めてくれるだろうか。だ。

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