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8章_0120話_野望は大きく果てしなく 3

父上から「明日、秘密裏に帝都へいく」と連絡があったのが昨日の夜。


それからビューローに頼んで翌日の授業をすべて休む連絡をしてもらい、1限目が始まる時間にはトリューに乗って分寮を飛び立ち、40分ほどかけて帝都に到着。

皇帝居城(カイザーブルグ)にも非常用の飛竜の発着場があり、そこにトリューを駐機させて秘密裏に城内へ。

トリュー・コメート(ケイトリヒ専用機体)が牽引する浮馬車(シュフィーゲン)にはレオも連れて、側近はペシュティーノ、シャルル、ガノ、ジュン、オリンピオの5人。

スタンリーは授業へ、パトリックはお留守番。

そしてさらに、14時からの午後の授業には出席する予定。


皇帝居城(カイザーブルグ)到着時間は……5刻(午前10時)

滞在時間、約3時間。まじで弾丸スケジュールである。



「私の名はノブユキ・キリハラ。18年前の異世界召喚でこの世界に参りました。現在はアンデッド討伐隊の部隊長を努めております。王子殿下にご挨拶申し上げます」


皇帝居城(カイザーブルグ)の最奥にある応接室に現れた4人の同郷人……いや、異世界召喚勇者は、少し緊張した面持ちであるものの、皆健康そう。

全員リラックスしていて、レオに興味津々といったところだ。


ノブユキは少しニヤけたイケメンちょい悪オヤジって感じ。

聞けば召喚されてからずっとアンデッド討伐隊に所属していたようで、この世界に長くいるせいもあるだろうがものすごく馴染んでいる。

体格もいいし、鎧も無精髭もサマになっていて、とても平和な日本からやってきた異世界召喚勇者には見えない。まあ18年も経ってたら異世界の雰囲気なんてとっくに消えててもおかしくないか。


「私はアリヒロ・ミト。この世界に来て13年ほど、でしょうか。文官をしております」


彼もまた、純日本風の顔立ちは抜きにしてもこちらに馴染んでいる。

文官服を着こなし、少し小太りで愛想がよく、周囲の兵士とにこやかに話しながら応接室へやってきたし、案内してくれた筆頭文官ジンメルさんとも気さくに話している。


帝国の異世界召喚勇者は順応性が高いのかな?


「私は……イツロウといいます。家名は不要です。軍関係の後方支援を担当してます」


細身で長身、猫背で陰鬱な印象で半目、目の下のクマがくっきりと浮いた彼は俺にではなく、目を泳がせながらペシュティーノに向かって挨拶した。

子供が苦手なのかもしれない。


「ええっと、僕はリュウタロウ。こちらでいうところの家名はソウマ。魔道具の研究技師をやってるんだ! 王子が開発したトリューには本当に興奮したよ、あの改良はもうモートアベーゼンとはまったく別物だね!」


リュウタロウは目を輝かせて俺に気安く歩み寄って、小さな手をとって握手する。

俺がトリューの開発者と聞いて親近感があるのだろう、最もフランクで好意的。中肉中背の優しそうな青年といったカンジで、少し前歯が目立つが整った顔立ちをしている。


「異世界召喚勇者のかたがたにおあいできて嬉しいです! 僕はラウプフォーゲル領主、ラウプフォーゲル公爵の四男、ケイトリヒ・アルブレヒト・ファッシュといいます」


その場にいたイツロウ以外の全員が俺の挨拶にニマニマした。

どや、可愛いやろ。

でも視線はどうやらレオに向いている……まあ、料理人って事前に聞いてるだろうから、気になるよね。そりゃそうだよね!


「かれは僕の専属りょうりにんで、共和国からきた異世界召喚勇者のレオ。トリュー開発や、白き鳥商団(ヴァイスフォーゲル)設立にもいろいろと助言をもらう、そうだんやくでもあります」

「うっす、宮本玲央です! いやー、帝国の異世界召喚勇者と会えるなんて、身一つで帝国に来たときには想像もしてなかったッス。あ、お近づきのしるしに……ってわけじゃないですけど、いくつか料理持ってきたので食べてください!」


「えっ!? 本当か!?」

「この匂い……まさか、味噌汁!?」

「マジかよ」

「わあ〜っ! これもしかして、おにぎり!? まさかまた食べられるなんて思わなかったよ、うれしい〜!!」


レオは着物を入れるような籐籠の平たいおおきな入れ物に、おにぎりをたくさん作って入れてきた。ちなみにその籐籠、俺が「時間停止」の魔法をつけている。

さらに味噌汁は鍋ごと、お漬物や肉味噌などご飯のお供にうれしい料理をたっぷり。


「米が帝国のどこかで作られてるって噂は聞いてたし、何度もねだって数回食事で出たことはあったんだが……こんなに完璧なメニューは初めてだ。だいたい粥だったからな」

「俺達の中にも調理法ちゃんと知ってる人間がいませんでしたからね〜! あの、早速頂いてもよいですか? ああ、もう、ヨダレが……」


「どうぞ! 皇帝居城(カイザーブルグ)の検査官もパスしてますから、毒見も不要です」

レオが自信満々に言うと、全員、陰鬱なイツロウまでもがフラフラと吸い寄せられるようにおにぎりに近づいて手を伸ばした。


「「「「いただきます」」」」


ばくりとおにぎりを口に放り込み、しばし米の甘みを堪能したかと思うと無言で漬物や肉味噌をかきこみながらしばらく黙々と食べ続ける。レオがわざわざユヴァフローテツの工房にオーダーした木のお椀に味噌汁をよそって合間に配ると、彼らはそれも無言で飲み干した。


「うめえ……」

「あ〜〜……しみる。たくあん、うまい……」

「……前の世界じゃ、特に好きじゃなかったのにな。やっぱり遺伝子に刻まれてるのか」

「やっぱ味噌うめえ〜! 米とか、日本で食ったのよりうまい!!」


「海苔があれば最高なんですけどね〜、さすがにまだ代替品は見つかってないんです」


レオの苦笑を、異世界召喚勇者の4人は笑い飛ばした。


「醤油もあるんだって? すこし分けてもらえないかな。もちろん代金は払うよ」

「なあ、米の炊き方教えてくれないかな? 米自体は、ごく少量ながら帝都にも流通してるんだよね。まあ、割高だけど」

「味噌があるなら……もしかして、味噌ラーメンも再現できるんじゃ……」

「あー! ラーメン! おにぎり食べたらラーメンとかカツカレーとか、そういうジャンクなソウルフードも求めちゃうよな〜!」


「カツカレー? レオ、つくってくれたよね」


俺がすっとぼけてレオに言うと4人の異世界召喚勇者たちの目がギラリと光った。


「カレーは、なにげに帝国で一番最初に再現できたメニューですね! ラーメンは、ケイトリヒ様があまり脂っこいものを好まないので再現してませんが……多分、作ろうと思えばできると思います。麺はパスタにちかいものがあるので配合を調整すれば……とんこつスープは面倒ですけどねー」


目の下のクマがひどくずっと暗い表情だったイツロウの目が、同じ表情のままで輝いた。

うわあ、器用。


「ジンメルさん……俺、給与の半分以上を材料費と輸送費、そしてレオ殿に礼として出しても構わないです。なんとかラウプフォーゲルとの直接転送装置を許可していただけないですか!」


「おお、イツロウ殿がそんな顔をされるとは……」

筆頭文官ジンメルが、イツロウの変貌ぶりに若干引いている。

異世界召喚勇者たちがあまりにも感動するのでジンメルさんもおにぎりを一つ食べた。

「リゾット以外に、米にこのような調理法があったとは。甘みが強く出ていて美味しいです」と驚いていた。この世界では小麦もリゾット風にして食べるから、米も同様に調理するのが一般的。

わざわざ小麦を挽いてパンを作るのは、貴族と平民の中でも金持ちくらい、って話。


そうしてひとしきりレオの持ち込み料理で場が温まり、異世界召喚勇者全員がイツロウと同じ要求をジンメルさんに出していた。ジンメルさんも困り顔だったけど、まあそれについては、こっちはレオさえよければ出前ってかたちで受けてもいいよ。


「……素晴らしい食事をありがとう。さて、そろそろ本題に入ろうか」


アンデッド討伐隊で一番年上のノブユキが真剣な表情でパンと膝を叩くと、他の3人の表情も引き締まった。彼らのまとめ役は、ノブユキらしい。


「ケイトリヒ王子殿下は、シャルル殿と帝国外交部を通じて王国にはたらきかけ、王国軍部の不当な異世界召喚勇者への扱いに改善を要求し、それをごくわずかな期間で通したと聞きました。我々は王国の異世界召喚勇者とはまったく関わりがありませんが、同郷人として心より御礼申し上げます」


アリヒロの言葉に、4人全員が深くお辞儀する。

トップはノブユキで、喋りや会談の進行はアリヒロ。イツロウはほとんど喋らず、リュウタロウはニコニコしつつも足並みをそろえ、ときどき場を和ませるようなテンション高めの発言をする。

得意分野を活かし合う、成熟した関係性だ。


「魔導学院に、王国の異世界召喚勇者が入学していたという噂は事実だったのですね。王子殿下に王国の惨状を打ち明けたのは、やはりレオ殿の存在が理由でしょうか」


「それもあるでしょうけど、僕のお茶会にルキアしょうたいしたさい、『盗聴魔法』をきょうせいてきに解除したこともおおきいとおもます」


俺が言うと、異世界召喚勇者たちは眉をひそめた。


「その……タムラ・ルキアというのは魔導学院に入学するくらいなのだから、少年なのでしょう? そんな者に盗聴魔法を? 王国は、戦い慣れない異世界人をムリヤリ前線に出しただけに飽き足らず、少年を盗聴?」


ノブユキの目が鋭い。

やはりアンデッド討伐隊で実戦経験があるだけあって、他の異世界召喚勇者よりも怒りはなおさら深いようだ。


「ルキアは、とくべつな能力をもたない異世界召喚勇者が『処分』されないように、魔導学院に入ったんだそうです。たとえとくべつな能力がなくても、学べば誰でも有益な存在になるということを証明したかったと言ってました」


「勇敢で、聡明な少年ですね」


アリヒロは悲しげに眉根を寄せ、うつむく。

大人たちに頼ることができなかったルキアの苦悩はどれほどだっただろう。


「それで、だ。虐げられていた王国の異世界召喚勇者は解放されたわけですが……実は王国にも王国なりの苦悩があるという主張でね」

背後に控えていたシャルルがおもむろに口を開く。


異世界召喚勇者たちは怪訝な目でシャルルを見る。


「アンタ、いつのまにラウプフォーゲルの王子の側近になったんだ? 異世界人(オレたち)の面倒を見てくれるって話じゃなかったのかよ」

「もちろん、あなたたちのお世話はアルベールに引き継いでいますよ。不満ですか?」


「不満ってほどじゃないけどさあ……まあちょっと、『話がちがうじゃん!』とは思ったね。だってずーっと、僕たちのこと『私が守ります』って言ってくれてたのにさあ、挨拶もなしにサッサと王子に鞍替えしちゃってんだもん。アルベールさんが挨拶しに来たときにようやく知って、ビックリしたよ」


リュウタロウが口をとがらせて言う。


「シャルル、それはひどいよ」

「えっ。殿下まで。ちゃんと後任にしっかり引き継いでいるのですから、不足はないはずですよ?」


「でもみんな異世界召喚されてからずっとシャルルがお世話してきたんでしょ? そんなヒトがとつぜん、あいさつもなしにいなくなったらかなしいよ」

「かなしい……?」


「そーだそーだ、薄情者。こんな小さな子どもにもわかる道理がわからんとは、ハイエルフもただ長く生きるだけでたいしたことないな」

「まあ、そういう点では確かに不足はありませんが不満はあるかもしれませんね」

「俺は口うるさいやつがいなくなって嬉しい……」

「あーあ、僕はてっきり僕らの庇護者だとおもってたのにな……がっかりだよ」


突然の集中砲火に、シャルルも困惑している。

ペシュティーノをはじめ、俺の側近たちにシャルルを擁護するようなものはいないし、レオも苦笑している。ジンメルさんなんかは突然のシャルルの異動にしわ寄せを喰らった立場なのか、シラけた様子で見つめるだけだ。シャルル、人望ない。

あと、異世界召喚勇者はシャルルのことハイエルフって知ってるんだ。


「そ、そういう話ではなくてですね。王国からの相談をここで話し合いたいのですが、よろしいでしょうか?」


シャルルは困惑しながらも、「王国の苦悩」とやらを説明してくれた。


まあ、雑に要約して簡単にひらたくいうと、つまり「ちょー戦力不足」らしい。

聞けば聞くほど、「王国軍部の泣き言」にしか聞こえない王国の窮状は俺たちをますますシラけさせた。


「……で、王国の異世界召喚勇者を帝国に差し出すかわりに、アンデッド討伐隊を肩代わりしてもらえないかというのが相談でですね……」


「ふざけるな!!」


バン、と応接室のテーブルに拳を叩きつけたのはノブユキ。

まあ気持ちはわかる。旧ラウプフォーゲル地方はどこもアンデッド討伐の重要性が平民から小さな集落の隅々までいきわたっていて、ほとんど大きな被害はない。

だがそれは中立領や帝都付近となるとまた話が変わってくる。


さすがに平民の、しかも子どもがアンデッド討伐をするという話はほとんどないらしい。

討伐は専ら騎士と冒険者頼りで、その騎士の半分はラウプフォーゲルから雇った傭兵。


さらに帝都となると、本来アンデッド討伐のために結成された帝国魔導士隊(ヴァルキュリア)が活躍すべきところだが、名ばかりの無能集団で出兵要請をしても「遠いから」とか「それくらいの規模では必要ない」となにかと理由をつけて断ってばかり。

そうなると、皇帝直属のアンデッド討伐部隊……つまりノブユキの部隊が派遣されることになる。

そしてその皇帝直属部隊も、半分はラウプフォーゲルの傭兵だ。


ノブユキは激昂したが、帝国のアンデッド被害はひとえにラウプフォーゲル兵によって抑えられているといっていい。


「僕は受けてもいいとおもってます」


俺が言うと、ノブユキが子どもの俺に対しても遠慮なく睨みつけてくる。

すごい怖い目つき。俺じゃなきゃちびってるね。


「もちろん、だす兵は、僕の魔導騎士隊(ミセリコルディア)からです。僕、訳あってアンデッドの魔晶石がいっぱいひつようなんです。異世界召喚勇者をほごできて、魔導騎士隊(ミセリコルディア)をしゅっぺいすることで魔晶石がてにはいるなら僕にとってはいいことづくめなんです」


それに、魔導騎士隊(ミセリコルディア)には他にはない戦力、トリューがある。

王国の悪路にも豪雪にも、非協力的な地元民の妨害にもいっさい揺るがない、完璧な兵員輸送手段であり、なんなら王国に駐屯する必要すらないほどの機動力を持つ。

むしろ魔導騎士隊(ミセリコルディア)以外を派兵するとなると、リスクが大きすぎるから反対だ。

ノブユキが所属する皇帝直属のアンデッド討伐部隊を派兵するなどは言語道断。

あれは帝都を守る要なのだから。


「王子殿下、それでは帝国の兵が良いように使われるだけではないですか? 帝国では確かに異世界召喚勇者は価値ある存在のようですが、王国で使い物にならないと言われたろくに教育もされていない同郷人を交渉材料に、帝国から兵力だけをかすめ取ろうとしているのですよ!」


ノブユキの言葉に、アリヒロが眉をひそめる。


「異世界人であろうと王国人であろうと帝国人であろうと、つかいものにならないヒトなんていません」


俺がきっぱりというと、ノブユキは自らの失言に気づき苦い顔をした。


「それに魔導騎士隊(ミセリコルディア)は全員、高潔で愛国心あふれた忠義者です。あちらがかすめ取ろうとしたところでムダですし、むしろ王国軍部の無能っぷりをろていさせる好機ですよ」


当然でしょ? といわんばかりに俺があっけらかんと言うと、異世界召喚勇者たちもジンメルさんも呆然として言葉を失くし、シャルルは満足げに頷いている。


シーンとした応接室に、外から衛兵が「皇帝陛下とラウプフォーゲル公爵閣下がおいでです」と声をかけてきた。なにやらあっちはあっちで話し合っていたらしい。


「おお、ケイトリヒか。しょっちゅうあっている気がするのう。相変わらず愛くるしい!さ、近う! 抱っこしてやろう」

「シャルル、話はどこまで進んだ?」


「皇帝陛下、ならびにラウプフォーゲル公爵閣下」

部屋にいた全員が起立して陛下と閣下を迎え入れる。


部屋に入ってくるなり、皇帝陛下は俺に手を広げて「おいで」ポーズ。面倒だけど渋々近づくと2、3回ほど縦にぶんぶんと持ち上げられて満足してくれたようだ。

皇帝陛下は「見たか、いまの面倒そうな顔を!」と笑いながら父上に言う。バレてた。


「たったいま王国軍部からの要請について説明し、王子殿下が魔導騎士隊(ミセリコルディア)を出すべきだという話を切り出したところにございます」


シャルルが状況説明するなか皇帝陛下と父上、2人の大男と重鎧の騎士がゾロゾロと部屋に入ってくると、圧迫感ある。

2人の後ろからは、淡い緑色の髪の難しい表情をした美青年が続いた。


あ、このひとハイエルフだ。


そう思った瞬間、美青年が俺を見て硬直する。

皇帝陛下と父上が「やれやれ」とか「王国軍部は解体させよう」とか言いながら席についているのに、美青年は俺を見つめたまま石になったように動かない。


「ん、どうしたアルベール。ああ、ケイトリヒとは初めてだったか」


ああ、シャルルの後任のひとか。そりゃハイエルフだわな。

アルベールと呼ばれた美青年は油の切れたカラクリのようにギギギとシャルルの方を睨みつけると、ブツブツと呪詛じみた言葉を呟く。


「……を……した……ですね……」


「ん、どうしたアルベール? まあいい、ケイトリヒ。これはシャルルの後任で魔術省副大臣、アルベール・ルドンだ。シャルルは『影の皇帝』などと呼ばれておったらしいが、こやつに早々についたあだ名は『処刑人』だ。物騒だろう? ガッハッハ!」


アルベールはシャルルのほうをものすごい形相で睨んでるけど、だいじょうぶ?


「アルベールさん、はじめまして。僕、ケイトリヒです。よろしくね」


ハッとしたアルベールはにっこりと優しい笑顔を浮かべて腰をかがめ、大きな手を差し出してきたので、俺も手を出す。ちいさな手をキュッと握り、愛おしそうに少しだけ撫でてきた。


「失礼しました。はじめまして、ケイトリヒ殿下。『熾天使の翼(セラピムアーラ)』から派遣されて参りましたハイエルフで、現俗名はアルベール・ルドンと申します」


「げんぞくみょう? せらぴむ??」

「『熾天使の翼(セラピムアーラ)』は我々ハイエルフの……村、のようなものです」


「なに、初めて聞いたぞ」

「ハイエルフの村? シャルルもそこからきたのか」


皇帝陛下と父上が詰め寄るようにシャルルに視線を向ける。


「あ……アルベール、あなたというひとは」

「ああ、皇帝陛下にお話していませんでしたか。それは失礼」


アルベールは一瞬だけシャルルのほうに疎ましげな視線を向けたかと思うと、俺をみてとろけるように笑った。……シャルル、いろんな方面から嫌われすぎじゃない?

なんか可哀相になってきた。だからといって俺が好きになることはないけど。


「なんと可愛らしい……ハイエルフの村では子どもはほとんど生まれませんし、帝都でも子どもと触れ合う機会などありませんでした。小さな子どもがこんなに可愛らしい存在だとは想像以上です。王子殿下、少しだけ……抱っこさせていただけませんか?」


このアルベールというハイエルフ、シャルルよりもずっと表情が読み取りやすい。

なんというか……ラウプフォーゲルの親戚会で俺を抱っこしたくてしょうがない御婦人を見ている気分。というか、もしかして女性? 男性名だけど……ハイエルフに性別ってあるのかな。


「アルベール、殿下に失礼ですよ」


「抱っこしてもいいよ」


「本当ですか! 失礼します」


慣れた手つきでひょいと俺を抱き上げたアルベールは、ペシュティーノよりもちょっとふわふわだ。胸はないけど、ちょっと……女性っぽい感触。シュッとして見えるけど、実はぽっちゃりなのかな。


「な……な……なぜ? け、ケイトリヒ殿下、なぜですか!?」


「なんとなく……」


「殿下の御髪からははちみつを混ぜたミルクのような香りがします」


抱っこして少しゆらゆらして、すぐに降ろされた。

引き際も心得てる! やっぱり、シャルルよりアルベールのほうが俺と相性が良さそう。


「わ……わ……私、まだ抱っこさせてもらえておりませんが……」


「なんとなく……」


「シャルルはヒト社会に身を置いて長いですからね。(けが)れが溜まって殿下の鼻につくのではないですか? 殿下、もしお望みでしたらシャルルは中央に戻し、私が殿下の側近として……」


「殿下、なりません!」


シャルルがヒステリックに声を荒げる。


「ケイトリヒはエルフもハイエルフもメロメロにするのだなあ」

「まあ、性質を考えれば……それより、アルベール卿の提案は冗談ですよね? シャルルに戻られては色々とラウプフォーゲルが困るのですが」


皇帝陛下と父上の話を聞いて、ノブユキが怪訝な顔でアルベールを見る。


「性質……? まさか」


「さて、アルベールを含め全員座るがよい。これより、異世界召喚勇者について大事な決定を下す。そこの……なんだったか、オニギリ、だったか? それを儂にもくれ」


皇帝陛下のひとことで全員が応接室のソファや椅子に座る。

父上と陛下はおにぎりを2口でたいらげ、2個めも3口でたいらげた。

おなかすいてたんだね。



「さて、今後の異世界召喚勇者について話すと申したが、その前に。今しがた聞いたであろう、王国との関係についてだ。王国が巨額の予算を投じて召喚した異世界召喚勇者を帝国に『貸与』する代わりに、帝国は魔導騎士隊(ミセリコルディア)をアンデッド討伐の精鋭として貸し出す。その話はたったいま、ケイトリヒが導き出したそうだな」


ふむ。

陛下と父上の間でも、それがベストだと想定していたんだろう。

あとは魔導騎士隊(ミセリコルディア)は俺の私兵。俺の決断待ちだったというわけか。

まあ、話が早くてありがたい。


全員が神妙に頷くと、皇帝陛下は続ける。


「アンデッド討伐の帝国への協力要請は、もはや国が国民を守るための自衛の力を失ったと言ってもいい事態だ。つまり今回の協定をもって、合意の上で平和的に王家、および王国軍部は段階的に解体となり、全権において帝国の支配下に入る」


「え」


声を出したのは俺だけだ。


「……王国としては、ようやく……といったところか」

「今回の異世界召喚勇者騒動が引き金になりましたね」


ノブユキとアリヒロが納得したように頷きながら呟く。

王国の状況って、そんなに悪かったの?

俺がポカンとしているのを見て、父上が膝に肘かけるようにして俺に語りかけてくる。


「……王国の王権が弱体化しているのは知っておっただろう。40ある領の半数は独立を求め、残りのさらに半分は反王権派。王国はもう20年ほど前から実質バラバラだったのだ。そこにきての軍部の不祥事。巨額の予算を割いて召喚されていた異世界召喚勇者が秘密裏に抹殺されていたことは、国民にとっても一斉蜂起を促すほどの大事件なのだ」


王国がだいぶ帝国にすり寄っていることは知っていたが、そこまで内情が不安定だとは想像していなかった。

決定打を与えたのは、ルキア……いや、俺? いやいや、ラウプフォーゲル、ってことになるのかな?


「王国の領は、それぞれ独立か帝国への統合かを選べるようにする。今から国王には調整のため王国領地の調整を行ってもらい、全会一致で7年後までには完全統一を目指す」


皇帝陛下はそう言い切ると、俺を見てニヤリと笑った。


「ななねんご……」


「うむ」


なんか嫌な予感がする。


7年後、という具体的で中途半端な数字に疑問を抱いているのは、異世界召喚勇者たちだけのようだ。父上も、ジンメルさんも、シャルルもアルベールも俺を見ている。


……嫌な予感というか、予感ですらない。確信だ。


「これはこの場にいる者のみの極秘事項としてもらいたいのだがな」


皇帝陛下が目をつぶって腕組みをして、わざとらしく沈痛な表情でいうと異世界召喚勇者たちは身構えた。……たぶん、この後の流れを予感できてないのはノブユキたちだけだろう。


「7年後、私は退位し、帝位を継承順一位に譲る」


「そんな、まだお若いのに! 王国の統一と同時に退位されるということですか!?」

「7年……と、なると帝位継承順の上位6名は30台後半。今の帝位継承者のほとんどがその権利を失効……あっ」


アリヒロは考え込んでふと顔を上げて俺が目に入った瞬間、すべて合点がいったようだ。

俺はなんとなく落ち着かなくて足をプラプラさせる。


「帝国には、かつて神が存在した時代から受け継がれるひとつの予言があってな。その予言に従って、アンデッド討伐のためではない……本来の理由で異世界召喚を続けておったのだ。其方たちは知っているな」


「……」


ノブユキたちは真剣な表情で頷く。

彼らは、異世界召喚の本来の目的を知っているのか。


「ノブユキ。アリヒロ。イツロウ。リュウタロウ。其方たちの異世界での人生を奪い、帝国へ召喚したこと。平和で豊かな文明の世界から連れ去り、我らの世界のために犠牲を強いたこと。心から詫びる。申し訳ない」


皇帝陛下は膝を割り、異世界召喚勇者たちに深く頭を下げる。


「こ、皇帝陛下! そのような!」

「そうです、我々はこの世界に来て後悔したことなど、一度もありません!」

「俺は望んでこちらへ来たようなものだ。詫びられる理由なんて無い」

「僕だってそうです! 頭を上げてください、皇帝陛下!」


4人とも、本心のようだ。

……帝国の異世界召喚勇者は、幸せに過ごしてきたようだ。

それだけで、俺はこの国が誇らしい。


「ありがとう諸君。そしてここに宣言しよう。異世界召喚は、本懐を成した」


陛下はそう言って、俺を見る。


「帝国に残された最後の神の予言……『水晶大陸の中心から昇る太陽は、白き玉座への道筋を照らし、その座に就くであろう』だ。白き玉座というのは、次代の神が座ると言われる天界の存在。つまり、次代の神はこの帝国の皇帝から生まれるだろう、という予言である」


水晶大陸。昇る太陽。白き玉座。


あ、そういうこと? という軽口が頭に響いた。


そのあと、3つの言葉が頭の中をうわんうわんと回ったかと思ったら、俺の意識はふつりと途切れた。

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