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1章_0012話_魔法と精霊と従魔 3

「……(だま)された」


ガタゴトと揺れる馬車。

前世の日本の車、そして道路舗装の技術がどれだけ秀逸で、どれだけ生活を快適にしていたのかが痛感される。

けれど今は、道の小石もダイレクトに振動として伝わる乗り心地。


(だま)されたっ」


狩猟といえば、ささーっと外出して森とかに行って、ぴゅぴゅーっと矢でも射って、ウサギだかシカだかみたいな動物を獲物として持って帰るみたいな想像してましたよ。

これって普通でしょ?

前世の俺にとっては狩りなんて物語の中か、東京からは遠い田舎の山や森で、猟友会とかいう人々たちがとりおこなう謎の行事。古代では娯楽色が強かったが、現代では山の維持に必要だという認識くらいしかない。


(だま)されたあぁぁん!」

「ケイトリヒ様、馬車がお辛いようであれば馬に替えますか? 抱っこがおイヤなら、おんぶひもでおんぶしましょうか」


狩場の森まで3日もかかるなんて!! そして森には狩猟小屋があって、そこで2泊するなんて!! そして当然、戻りも3日かかるなんてー! 旅行じゃん!!

そして今は城を出て狩猟小屋へ向かう道の3日目。

馬に乗れば尻が痛み、馬車に乗れば揺れに吐き、ペシュティーノとガノに代わる代わる常に抱っこされる王子、6歳。

これって普通の6歳ですかね? ちょっともう基準がわかりません。


しかし!


何の慰めにもならないけど、それはクラレンツもアロイジウスも同じだった。


体力は当然、兄殿下たちのほうが上。でもさすがに抱っこは不名誉らしい。

クラレンツは馬車の中でうちあげられたセイウチのようにグッタリしているし、アロイジウスは途中から自分で走ると言い出した。お尻が限界らしい。でも走れるだけすごい。

馬車って、意外と子供の走りでも普通に追いつけるくらいの速さで走るのが普通らしい。

まあ、速度を上げると揺れも激しくなるから、王子様仕様の速度かもしれないけど。

ちなみにカーリンゼンは以前の狩猟体験で怪我したらしく、ビビって不参加。


俺たち子供の体力を慮って3日という行程を組んだそうだが、実際には大人たちだけの場合1日でたどり着くんだそーだ。どんな体力おばけ。体力だけでなく、相当馬に乗り慣れてないと難しいと思う。


「抱っこ……いやじゃない……」

「はいはい。馬車にしますか、馬にしますか?」


「お外の空気がいい」

「馬ですね」


ペシュティーノは俺を抱っこすると、伸縮性のある布を自身の体に巻きつけて器用に俺を収納する。この3日間で大活躍、抱っこスリング。俺の扱い、乳児!!

でも今はそれがいい!! 気持ち悪いよう。吐いちゃうよぅ。


「んめゅうぅ」

「はいはい、すぐに出ますから」


馬車の中でスリングの状態を念入りにチェックすると、走っている馬車のドアを開けてピュウと口笛を吹く。すると芦毛の馬がスススとスピードを合わせて馬車に近づいてきたので、俺をギュッと抱きかかえたままその馬にヒラリと飛び乗った。ペシュティーノの愛馬は退役軍馬で、重鎧の騎士は乗せられないし脚も少し遅いけど、とても賢いのだそうだ。


「すごい! かっこいい!」

「ふふ、元気になりましたか?」


「元気にはなってない!」

「そうですか、眠れるようなら眠ってても構いませんよ」


この3日間、ずっと頭の中で精霊が「馬に乗らずに移動する方法」や「馬車ごと超高速で移動する方法」についてとんでもない提案をしてきて困った。バレるのが困ると理解すると、後半は「体力減少を防ぐため仮死状態にする」とか言い出したので今はお喋り禁止にしてあるのだ。


「ペシュティーノ様、次の休憩で代わりましょうか」

ガノとジュンが馬で近づいてくる。疲れの「つ」の字も見えないほどに元気ハツラツだ。キミたちもなかなかに体力おばけだね!

ちなみにエグモントは今日はこの狩猟の旅には不参加。彼はまだ半分騎士隊に所属しているので、今日のように警護の人員が充分な場面では騎士隊の方の仕事に駆り出されるんだって。ガノとジュンは彼と違って新規雇用なので、純粋に俺の護衛騎士ってわけだ。


「いえ、もう狩猟小屋が見えてきました……あっ、グロースレーの雄ですよ」

「えっ! ああ、本当だ! でっけえ!」

「どこですか!?」

「ほらあの一本だけ森からはぐれた木の、横! 大きな茂みの向こうに!」


「ああ、森の中ですね。さすがにここから追っても逃げられるでしょう」


「いいえ……よくご覧なさい」

ペシュティーノがフフ、と笑う。なんかかっこいいぞ。


「あれは親から独立したばかりの若い雄でしょう。急に大きくなった角が邪魔して森歩きには不慣れなはずです。それに我々の隊列の存在を察知しながら街道近くまでやって来るとは、やや怖いもの知らずの性格。いずれ商隊などを襲うかもしれません」


ジュンとガノがペシュティーノのほうを目を輝かせて振り向く。うわあ、わかりやすい。

チラリと森に目をやると、木々の合間の茂みに隠れる様子もないシカが見える。あれがグロースレーかあ。うん、シカだね。フォルムは。サイズがだいぶ違うように思えるけど、前世でも生きてるシカなんて動物園でしか見たこと無いから、よくわからないな。


「隊列を離れる事を許可します。仕留めていらっしゃい」


「「はい!」」


ジュンとガノが一気に馬にムチを入れて隊列から離れるが、その様子を見てもグロースレーは動かない。2人が弓を構えた瞬間、ようやく木よりも高く跳ねて逃げ始めた。


「グロースレーってヒトを襲うんですか」

「ええ。稀にああいう大胆な性格の個体が現れて、積み荷の野菜を狙います」


「ヒトは食べないですよね」

「食べるためにヒトを襲う魔獣は帝国には少ないですよ。ワイバーンかファングキャットかヌエ、その3種くらいでしょう。ワイバーンとファングキャットはこのような土地にはいませんし大型なのですぐに目撃情報が広まりますが、ヌエは小柄なうえに棲家を選びませんので注意する必要があります。さあケイトリヒ様、ヌエの討伐方はご存知ですか?」


「んう……焼く……」

「ふふ、正解です。さ、眠いようならお休みください」


どっこん、どっこん、とペシュティーノのゆったりした鼓動と、たくさんの軽やかな馬の蹄の音を子守唄にあっさり寝てしまった。



目が覚めると、見慣れない木板の天井。

質素ながら、重厚な木板に施された彫刻は見事だ。


「ぺしゅ?」

「目が覚めましたか。ジュンとガノの狩猟は成功です。早速、捌いているようですよ」


暗い部屋にぽう、と光が灯る。西の離宮とは趣の異なる、木目が暖かな部屋。

これって狩猟……「小屋」ですか? よくよく見回してみると木製ではあるけれど迫力のある彫刻が柱や梁に施されていて、仏教建築みたいだ。貴族の「小屋」基準はわからん。

ところで暗い部屋でペシュティーノは何してたんだろう?


「ペシュも寝てた?」

「ああ、少しウトウトしていましたね。野営など久しぶりでしたから」


ペシュティーノも疲れてたのか。


「夕食は食べられそうですか?」


腰のポーチから取り出した小瓶に木のスプーンをつっこむと、くるくると回して俺の口元に差し出す。ヴァルトビーネの蜂蜜だ。3日間の行軍中は携帯食が口に合わなくて苦労した。主にペシュティーノが。食べてすぐ馬や馬車に乗ると戻してしまうので、基本的に食べるのは野営前の夕食だけ、あとは蜂蜜という生活だ。


「がんばってたべる」

蜂蜜をぺろぺろしていると、だんだんお腹が空いてきた。


「あ、でもグロースレーのお肉は……」

「大丈夫ですよ、グロースレーの肉でも、きちんと処理したものはケイトリヒ様も召し上がったことがあります。少し手間がかかるので料理人からは敬遠されるのですが、幸い狩猟小屋の料理長はその調理法がお好きなようで、備えがあるそうです」


ペシュティーノが話していると、ドアのほうでカリカリと何かを掻くような音がする。


「な、何の音?」

「ああ、怖がらなくて大丈夫ですよ」


ドアを開けると廊下は煌々と明るくて、巨大な犬のシルエットがドラマチックに現れた。目は光ってないけど。


「いぬ!!」

「おや、よくご存知ですね。それも精霊の情報ですか?」


「え?」

「この狩猟小屋を管理するトレーダー男爵の従魔です。『犬』と仰ったでしょう? 従魔であることはご存知だったのでは?」


「んん? いぬ、は種族名じゃ、ない?」

「……その話は後ほど。ああ、焼き菓子を届けてくれたようです」


よく見るとその犬?らしき従魔は、口にバスケットをくわえている。バスケットの中身はキレイに布で包まれていて中身は見えないけど、いい香りがする。


「ご苦労」

バスケットを受け取り、長い指で犬の頭を3回撫でると、犬は満足そうに頷いてくるりと体を翻して去っていった。ドアを閉めるのを待って、会話再開。


「犬、は……」

「ケイトリヒ様、魔獣の種族は習ったでしょう? いまの魔獣の種族名は、ヤークトフントです。しかしそれを従魔にすると、『犬』と呼びます。『犬』の定義は……そうですね、従魔化して従順になった魔獣種、でしょうか。鳥類などには使いませんね」


猟犬として使役される犬型魔獣を総称してフントと呼ぶのは知っている。ドイツ語だし。

日本語の『犬』は種族名じゃなくて役割名……みたいな? 従魔かどうかなんて知らなかったけど、犬と呼んだことに驚いたということは普通はすぐにわからないものなのか。


「ええっと、じゃあもしかして『馬』は」

「陸上で騎乗できる魔物の総称ですね。こちらは竜種や鳥類、虫種も含みます」


「む、虫? ……まあいいや、じゃあ『牛』は?」

「騎乗以外の荷運びや農耕の手伝いをする魔獣種の総称です」


「……じゃあ、『豚』は?」

「それは罵倒として使われる事が多いですが……食肉用の魔獣の総称です」


うーん。日本語の動物名は種族と言うより役割を現す単語なのか。

これは面倒な差分だぞ。


「あっ、じゃあ『猫』は?」

「……ケイトリヒ様、もしかしてそれは異世界の記憶を元にお尋ねですか?」


「えっと、うん」

「『猫』は……例えにでも口に出さないほうがよいでしょう。むしろ二度と口にしないでください。魔獣を指す場合はきちんと種族名で」


「ええ!? そんなに悪い意味なの? ファングキャットのことも指すんだよね?」

「まあ……そうですね、そう言われれば大きな範囲では入るとは思いますが……はあ、ケイトリヒ様にはキチンと説明しておいたほうが良さそうですね」


『猫』はこの世界では「狡猾な手段で相手の命や金品を奪うもの」、つまり危険で邪悪な存在を指すのだそうだ。化け猫とか泥棒猫とかそんな感じなのかな?

前世の猫ちゃんはかわいいのにひどい。

そう思ったのは一瞬だった。どうやらこの世界では、可愛い猫など存在しないらしい。

さっき話に出たファングキャットも賢くて手強い魔獣でヒトを食うし、さらにヤバいSランク魔獣として「ウングリュック」が有名で、どちらもとにかくでかい。ライオンとかトラとか比じゃないくらいでかい。

ウングリュック、その名も「災禍」。猫型の魔獣はどれも手強く、手練の冒険者でも油断できないことからそのイメージがあるらしい。世界が違うとこうも意識が変わるものか。


前世……つまり異世界では、猫は膝の上に乗せて撫でるとゴロゴロと喉を鳴らして喜ぶと言うとペシュティーノが顔をしかめていた。

また何か思い違いしてるっぽい。


「異世界の猫って、大きくてもこれくらいだよ? ヒトの赤ちゃんくらい」

「そ、それは随分と小さいですね。ならば少し、可愛がる気持ちもわかる気がします」


ペシュティーノは小さいものに弱いっぽい。俺とか。


犬……じゃなくて、フントが届けてくれた焼き菓子は、ダックワーズに似たサクサクのお菓子だった。おやつも食べて食欲も湧いてきたし、いざ、夕食だ!



狩猟小屋はラウプフォーゲル城には劣るものの、俺が住んでる西の離宮よりも大きくて広くて立派な建物のようだ。長い廊下にたくさんの部屋、そして広い食堂。


「はっはっは、まさかケイトリヒの護衛騎士に先を越されてしまうとはのう! いやしかしアッパレだ。このはぐれグロースレーは狩猟小屋では厄介者だったそうではないか」

「第4王子殿下の人選のご慧眼は見事ですなあ、魔力が高いせいでしょうか?」


父上と騎士隊長のナイジェルさんは、俺が食堂に入る前からとっくに出来上がっていたようだ。同席しているアロイジウスもクラレンツもナイフとフォークを持ってはいるが、よほど疲れているのか食が進んでいないようだ。


「おお、ケイトリヒ! 来たか! 調子はどうだ、ん? おひざにおいで!」

「御館様、ケイトリヒ様はもう6歳ですぞ」


「何を言う、こんなに小さいのだ! 椅子にはひとりで座れぬだろう! さあおいで!」

「ケイトリヒ様も疲れていらっしゃるのではないですか」


「ペシュティーノに抱っこしてもらったから、へいきです! 兄上たちはすごいなあ。抱っこナシで、3日間も馬や馬車にのれるなんて!」


俺が父の膝にのしかかりながら言うと、死人のような顔をしていたアロイジウスとクラレンツの目が少し生気を取り戻した。


「ねえ、すごいですよね、ぱぱ!」

「ん? そうだなあ、まあ、よく頑張ったのではないか。私が15の頃は……いや、アロイジウスはまだ11だったな。クラレンツは9歳……いや10歳か。そうか、そう考えるとたしかによくやった。うむ、ケイトリヒ。其方の兄上はすごいぞ!」


「わあい! 兄上たちすごーい!」


アロイジウスとクラレンツは先程までの死人のような顔を一転、頬と耳を紅潮させ目を潤ませて感激している。……この兄たちは、あまり父に褒められ慣れていないようだ。

というか、父上も兄上たちを直接褒めない。きっと父も褒め慣れていないのだ。


「うむ……して、ケイトリヒ。其方の護衛騎士が狩ったグロースレーは見たか」

「えっ、見てないです」


キャピキャピしていた俺の声がワントーン下がったのは流石にあからさまだったか、父上はナイジェルさんと顔を見合わせてなにかヒソヒソと会話している。


「(ケイトリヒ殿下にはまだ早いかと)」

「(何を言う、直接見せられるのは滅多に無いことだ、それに小さな頃からこういう機会に触れさせてだな……)」

「(カーリンゼン殿下に同じことをしてアデーレ様から叱られたでしょう!)」

「(うぐっ……それは……カーリンゼンが気の弱い子であっただけだ)」


全部聞こえてるけど。

多分、グロースレーの解体を見せたいんじゃないかな。まあ、別に見てもいいけど。


それより、父上と騎士隊長のガハハな声が抑えられて何か別の声が聞こえてきた。

キュンキュンと、子犬の鳴くような声。


「ぱぱ、い……フントの声がします。こどものフントの」

「なに? 聞こえたのか!?」


パッと父上の方を振り向くと、しまった、という顔。


「いるのですか!?」

「ああ……アロイジウスにも、クラレンツにもカーリンゼンにも、其方くらいの年頃に幼いフントを数匹やっている。この狩猟小屋で生まれた猟犬の子をあてがっていたのだが、今年はまだ生まれていなくてな。しかし、今回は……だな」


父上と騎士隊長が顔を見合わせる。何回見合わせるんだよ!


「ケイトリヒ様、フントはお好きですか?」


「い……わんちゃん! すき! かわいい!」

前世では飼えなかったが、俺の夢は広い庭に大きな犬を飼うことだった。

子供の頃から動物を飼うのが夢だったが、前世では一度も叶えられたことはない。裕福な家庭だったと思っていたけど、なんでなんだろうな?

わんちゃんはセーフ? ペシュティーノをチラリと見るとニコリと笑う。大丈夫そうだ。


「もし大きくなりすぎたら、世話人を雇いなさい」

「え」


この世界のペット基準、いちいち壮大すぎません?


「クロスリー卿、連れてきなさい」


食堂のドアが開いて入ってきたのは、太った柴犬ほどの白い毛玉を抱いたジュン。

うん、柴犬にしては丸い。


「わんわん!」


俺が膝から飛び降りようとすると、父上から抱き上げられてそっと床に降ろされる。

ジュンに駆け寄ると、跪いたジュンの腕の中でキュンキュンと鳴く……仔犬?


「……でっかい」

「ああ、たぶんかなり大きくなるぜ。馬車くらい」


サイズは柴犬……中型犬ほどだが、見た目は生まれて1週間とかそれくらいの、目も開いていないくらいの仔犬だ。こんなに子供なのにこんなに大きいの?


「フントじゃねーぞ、ガルムだ」


フンフンと嗅ぐ仔犬が、うごうごして俺の方へ行こうとしている。

俺が抱っこするには大きすぎるので、ジュンに抱っこさせたまま抱きついてみる。

ふわふわで温かくて、なんだかミルクみたいなニオイがする。


「ガルムって……」

「フントの上位種だ。大人になると馬車くらいの大きさになるし、フントよりもずっと毛が長い。賢いし、人の言葉も理解してるんじゃないかって言われてる」


犬の上位種……前世の世界とはちょっと解釈が違うけど、狼かな?


(わあ、ゲーレだね! たぶんガルムがゲーレにするために預けたんだね!)

(主の眷属としては妥当でしょう。主、命名を)


頭の中で光の精霊と闇の精霊が急に話しかけてきた。

お喋り禁止にしてたけど、ガルムがゲーレにするために預けたってどういうこと?


「この子、どうしたの?」

「んー、なんかな……グロースレーを仕留めたあとに運んでたら、でっけえガルムが口にくわえて現れたんだ。俺らの側に置いてさ、連れてけって言ってるみたいで……御館様に相談したら、ケイトリヒ様が気に入ったら飼ってもいいって。このくらいの子供から育てると、フントでもガルムでもよく懐くって言われてるしな」


(主、名前つけてあげなよ! 名前をつければ、僕らみたいに契約できるよ!)

(それと主、ゲーレであることはしばし隠したほうがよろしいかと。ガルムの子と認識していれば問題ないでしょう)


また頭の中で話しかけてくる。

隠すも何も、ガルムとゲーレの違いもよくわからないけどね。


「この子、オス? メス?」

「メスだな。メスのガルムは特に大きくなるぜ」


白い毛だと思っていたけど、少し青みがかっていて銀色っぽくも見える。

銀狼か。かっこよ! そして女の子! クールビューティー!


「この子の名前は……ギンコ! ギンコちゃん! どう、かわいいでしょ」

「ああ、まあいいんじゃね?」


(主、おめでとうございます。主の眷属たるゲーレを下僕に置くのですね)

(主が命名したから、この子はもう主の従魔だよ! ゲーレならきっとボクたちよりも物理的に役に立つと思う! 食べ物よりも、主の魔力が好きだと思うなぁ)


ゲーレ? ってナニ? ガルムじゃなくて? 種族名? なんか別のジャンル?


「ジュン、ゲーレって何?」

「は? ……魔獣の勉強で習ったんスか? ゲーレは全てのガルムの王になると言われている伝説級の魔獣っスよ。や、魔獣じゃなくて聖獣とか霊獣とか呼ばれることのほうが多いかな。数十年前に目撃情報があったそうですけど、この大陸にはもういないとも言われてるな」


「ふ、ふーん……」

「ああ、もしかしてこの子がゲーレだったらいいなとか考えたのか? ははは、そうだといいな。ゲーレは夜でも太陽のように輝く黄金の瞳をしていると言われてる。目が開いたら確認してみような」


「名前をつけたからこの子は僕の従魔ですね!」

「いやいや、それだけで従魔契約できるわけないだろ」


「え?」

「え?」


そういえば従魔学というものが存在することは聞いていたけど、どういう手順で魔獣を従魔にするのかしらない。精霊が「名前をつければ従魔になる」って軽く言うもんだから、そういうものなのかと思ってた。

慌ててパッとペシュティーノの方を振り向くと、笑顔のまま近づいてくる。


「ケイトリヒ様、ギンコを預かりましょう。御館様とのお食事を」

「ね、ねえペシュ。従魔契約って名前をつけるだけでできるものじゃないの?」


「はは、そんな簡単に従魔契約できるわけないでしょう。いったい、誰がそんなことを? ……まさか」

ペシュティーノがサッと仔犬に手をかざす。


多分ギンコが「探知(ゾーナ)」されてる。

いや、これは以前感じた魔力と少し波長が違う……気がする。


(これは探知(ゾーナ)ではなく解析(アナリューザ)です。探知(ゾーナ)が空間全体に作用するのに対し、解析(アナリューザ)は対象の物体や生命体にのみ作用する魔法となります)

ウィオラーケウムが解説してくれた。魔法に関しては光のジオールトゥイと闇のウィオラーケウムがよく教えてくれる。


「従魔契約……されています。まさか、名をつけただけで? そんなはずは……このガルムはまだ幼体のはずです、契約の意志などあるはずない、のですが……」

ペシュティーノは少し困惑したように父上を見る。

父上はもう動揺しないことに決めたのか、フフンと鼻で笑うだけだ。ペシュティーノに少し手を上げて、「まあよい」みたいな顔をした。

よいのですか、そうですか。流してくれるのありがたし。


「ガルムを従魔にするとは! これでケイトリヒ王子殿下も、馬に乗れるようになったら狩りに出られますな! いやあなんとも頼もしい猟犬にございます!」

騎士隊長のナイジェルさんはがっはっはと豪快に笑う。

猟犬を持つのは狩人になる条件なんだろうか?


「今はお父上との食事をお楽しみください。ギンコの世話についてはしばらくジュンが担当します。この館の者に習っておきましょう」

そう言ってペシュティーノはギンコを抱いたジュンを立たせて部屋の端へ。ジュンは使用人の案内に従って部屋を出ていった。


俺は改めて父上に抱っこされ、膝に座らされる。

「狩猟小屋の料理長が、レア肉の苦手なケイトリヒのためにグロースレーのコンフィを作ったそうだ」

父上が手を挙げると使用人が小さなココット皿を人数分運んでくる。ほんとに小さなココット皿だ。俺にちょうどいい。騎士隊長も兄上たちも、不思議な顔でその皿を見る。まあ彼らからしたら小鉢料理よね。

ピンポン玉ほどしかないその肉を、俺はちびちびと時間をかけて食べた。

以前のローストと違って動物園のニオイもしないし、香草の優しい香りと味付けが美味しい。さらに柔らかくてナイフを使わなくても崩れる肉はとても食べやすい。


「美味しいか?」

「おいしいです〜!」


父上をの方を見てニッコリ笑うと、父上もニヨニヨしている。

うんうん。子供が美味しそうにご飯を食べてるのって、見ててニヨニヨするよね。

わかるよ、前世ではそっち側だったから。

俺みたいなちっちゃくて可愛い子どもだったら、そりゃあ愛くるしいだろうよ。


「この料理法だと、其方の護衛騎士が狩ったグロースレーでは間に合わんという話になってな。在庫の冷凍肉でも美味く仕上がる料理法だそうだ。これは城でも出たか?」


父上が少し離れたペシュティーノに聞く。


「はい、もちろん城の料理長もご存知の料理ではございますが、手間のかかる料理のためあまり頻繁に出るメニューではございません」


ははは、と何故か父上が力なく笑う。


「ケイトリヒは手間のかかる息子だな。子供というのは総じて手のかかるものだが、ケイトリヒは別格だ。そうであろう? ……フフフッ!」


キョトンとした俺の鼻を、つんつんとでっかい指がつつく。

その触れ方は以前の力強い感じではなく、ちゃんと子供に対する優しい接し方だ。


父上もようやくイクメンになってきたのかな?

手間のかかる子ほど可愛いって、そういうでしょう?


「うふふっ! ぱぱ、だーいすき!」


俺がサービス満点の笑顔で言うと、父上は一瞬目を見開いて、モフモフの髭をこすりつけてきた。これは頬ずり? かな?


「うむ! 可愛い! 可愛いのう!! 其方が規格外の魔力を持っていようと、どんな従魔を抱えていようと、私の子だ! 皇帝陛下になぞ渡さんぞ、安心せい!」


ガルムを従魔にするのも皇帝陛下養子案件なんだね。


「ふふふ、ケイトリヒ。よかったね、ガルムを猟犬にするなんて、すごいよ」

アロイジウスが優しそうに話しかけてくる。……が、その表情の端にはどこか寂しげな気配を感じた。なんだろう。ガルムが羨ましいのかな。


「……ふん」

クラレンツもチラチラと俺を見ては、どこか拗ねたような表情だ。

攻撃的というよりも、なにか諦めに似た仄暗いものを感じる。


「ほら、ケイトリヒ。其方の好きなカローテの甘露煮だ」

ちっちゃなフォークに乗せたちっちゃなカローテ(にんじん)を俺の口元にあてがう。

反射的にぱくりと食べてもぐもぐしていると、ほっぺたをぷにぷにしてくるぶっとい指。


「アロイジウスが生まれたときにも、何度か食べさせてやったことがあるが」

父上がそう話すと、アロイジウス兄上が驚いた。


「えっ……わ、私のときも、父上が?」

「ああそうだ。まだおむつも取れていないときは、素直に食べてくれたんだがな。歩きだして、言葉を覚える頃にはどうも私の髭が怖かったのか抱き上げるとひどく泣いてな」


アロイジウス兄上が顔を真っ赤にして俯いてしまった。

さすがに覚えがあるのかもしれない。


「クラレンツやカーリンゼンに至ってはおむつの頃から近づくだけで泣き叫ばれたものだ。アデーレから接近禁止令が出るほどにな」


父上も少し寂しそうに笑った。


「怯えもせず懐いてくれるケイトリヒは可愛いが、其方たちも大事で愛しい我が子だぞ」


耳まで真っ赤にしていたアロイジウスの目が潤む。

クラレンツはそれでも不服そうにそっぽを向いている。


「さあ、おいで」


父上が言うとアロイジウスは跳ねるように立ち上がって駆け寄ってきて父上に抱きついた。父上も太い腕でしっかり抱きしめる。クラレンツはもたもたしながらあとに付いてきて、俺を見て立ち止まる。

「クラレンツ、おいで」

「兄上も、ギューしよー!」


俺が無邪気に言うと、アロイジウスが抱きしめてきた。子供の高い体温と、体格差がない華奢な骨格がなんだか新鮮! なんか庇護者の抱擁って感じじゃなくて対等なハグだ。いや体格差はあるんだけどね、少ないというか。


もじもじしていたクラレンツも父上に促されて抱きついてくる。かなり太めの体型だと思ってたけど、思いの外ぷにぷにしてない。固太りってやつ? きっと大きくなるタイプ。


子供3人を大きな太い腕でぎゅうと抱きしめて、父上が感慨深く呟く。


「子供が宝という話は、こういうことか。我が父も、よくこうやってまとめて抱きしめてきた。その頃の私はそれが暑苦しくて好きではなかったが、今ようやく父の気持ちがわかったぞ。こうしていると力が湧き上がってくるようだ」


少し体を離して、それぞれの子の顔をしっかりと見つめると、父上は満足そうに笑った。


「ここにはいないがカーリンゼンも含め兄弟4人、仲良くするのだぞ。おまえたちは私の息子であると同時に、領主の息子でもある。おまえたちの不和は、ラウプフォーゲル領の不和となる。領民に恥じぬ領主子息となるために、精進せよ」


「「「はい!」」」


「そして……もし、もしもだ」

父上は笑顔から一転、眉を寄せて険しい表情になる。


「もしも、其方たち兄弟の不和を助長するものが現れたら……それを信じてはならん。旧ラウプフォーゲルの古くからの教えは『長乱れれば国乱れる』。いずれは領民を統べる立場となる其方たちは、厳しく自らを律さなければならぬ。わかるな?」


「「「はい」」」


アロイジウスが少し顔を曇らせた事に気づいたのは、俺だけではなかったはずだ。

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