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8章_0118話_野望は大きく果てしなく 1

シュヴァルヴェ領で温かい見送りのなかトリューで飛び立ち、険しい山の上を飛ぶこと数分。


「ペシュ、れきしの授業で習った『大海溝』だけど、船じゃ超えられないの?」

「当然です。……そのようなことをお聞きになるということは、どのようなものかご存知ないのですね? そういえば最近の教本には探検家が撮影した絵写真(ビルトパピーア)がいくつか削除されているとシャルルが言っていましたが、そうですか……」


案の定、大海溝というのは日本海溝なんかとは違うものでした。

海底が溝になっているのではなく、海水から全て分断されて溝になっているらしい。


いや何を言っているのかわかんねーだろうが、そういうことらしい。

常識的なことを言えば、その溝には海水が落ちていきますよね?となるけれどここは魔法のある異世界。海水は不思議な力で分断されたままになっていて、透明なガラスが海底深くまでずっと続いているかのように海が割れているんだそうだ。


「この高度であれば10分ほど西へ全速力を出せばうっすら見えるかもしれませんね。見てゆかれますか?」

「みたい」


魔導騎士隊(ミセリコルディア)にも「大海溝が見たいから」と素直に理由を告げ、最高速度で西へ。クリスタロス大陸西岸部の海岸線が途切れ、目の前の全ての風景は白っぽい空と青い海だけ。


そして遠目にもわかる()()が見えてきた。


青い絨毯を南北に分けるように大きく伸びた、黒い亀裂。

亀裂のフチでは白い大きな水しぶきが舞って亀裂の中に落ちていく。

……正しく海溝、海の溝だ。

溝の対岸となる海面は遠く彼方に見え、ばっくりと割れた溝の側面からは滝のように海水が流れ落ちているのが見える。幅だけで2、30キロメートルはありそうだ。

長さは水平線の向こうまで続いているので計り知れない。


「ふわあ。これ、トリューでなら下に……」

「降りませんよ。海溝付近では魔道具が異常をきたすと言いますし、グランツオイレには6刻半(13時)前に到着する予定で伝えてありますから。どういうものかご理解いただけたら、もう向かいましょう」


トリュー編隊はゆっくり旋回して東へ。

非現実的な光景を見て、俺の思考はすっかり海溝に向いた。

日中の日差しの下にあるというのに、不自然なほど暗いあの海溝からは……。

出会ったことがあるような、不思議なものを思い出す。


(地下遺跡にあった、竜脈の気配だ。あの海溝は、竜脈につながってるのかもしれない)


『ケイトリヒ様、海溝について情報をお望みですか』


トリューの通信でシャルルが話しかけてきた。


「なにかしってるの?」

『伝承くらいならば、道中の退屈しのぎにお聞かせしましょう』


大海溝はある時代に突然できたと言われているらしい。

ヒト社会に残っている文献ではそれくらいの情報しかないが、エルフ社会にはもう少し詳しい情報がある。


それは「暗黒大陸の邪悪を封じ込めるために、数世代前の神が溝を造った」というものだった。邪悪というものが何を示すのか、暗黒大陸になにがあったのか。

長命のエルフ族の間ですら情報がほとんど失われかけている。

ただ、古代の神ですらその邪悪を消し去ることはできず、海溝を造って分断させることしかできなかったという。


邪悪ねえ〜?

アンデッド以外に、魔王や悪い竜なんかがいるんだろうか。忙しいなあ。

大陸ごとを封じるしか無い邪悪。一体どういうものだろう。

俺が……仕方なく、どうしようもなく、最終的に神になったとしたら、暗黒大陸はいわゆるこの世界の「改善課題」のひとつなんだろうか。めんどー。

でも何を邪悪と呼んでいるのかは、ちょっと気になる。

ちなみに精霊たちにも「わからない」そうだ。

つまりは世界記憶(アカシック・レコード)そのものが分断されているのかもしれない。


魔導騎士隊(ミセリコルディア)や側近の中にも大海溝を直に見たのは初めての者も多かったようで、グランツオイレまでの道中は暗黒大陸に関する話題でもちきりだった。

馬車移動と違ってトリューでの護衛は暇だからね。通信魔法での雑談も、空の上のあいだは楽しむといいよ。



グランツオイレの主城、フェルゼントゥルム城はラウプフォーゲル城と同じく小高い崖の上にそびえたつ立派な石造りの城。ラウプフォーゲル城と違うのは、城下町が崖の下に広がるのではなく、崖にへばりつくように造られていること。

世界一標高の高い首都で知られるボリビア国のラパスの街が、さらにものすごく傾斜がついたような町並み。市街地の道はどこも坂道か階段で、バリアフリーとは程遠い。

足腰の弱い人はどうしてるんだろう、と気になるくらいの城下町。


「あ……かんらんしゃ!?」

「カンランシャ? あれは車輪昇降機(エレベーター)ですよ。城下町のフェルゼンアストには大小あわせて100機以上あるそうですね。遊具ではありませんよ?」


なんと……観覧車が生活インフラの一つになっているとは。

トリューの上から街並みを見ていると、たしかに巨大なものとは別にカゴが4つしかないものや、カゴはなく足場だけが回っているものなどがある。


坂道を元気に走り回る子どもたち。俺たちのトリュー編隊をみつけて、両手を大きく振ってくる。俺は戦闘機型なので手を振り返しても見えないな。魔導騎士隊(ミセリコルディア)の隊員たちが応えているからいいか。


崖の上に広がるフェルゼントゥルム城の馬車回しにトリューで降り立つと、シュヴァルヴェ領のときと同じように領主一家と使用人一同がずらりと並んで俺の到着を歓迎してくれている。

大きな違いはフランツィスカが大きく手を振っていることかな。


着陸と同時に駆け寄ろうとしていたフランツィスカを、慌てて魔導騎士隊(ミセリコルディア)が止めるように立ちはだかると、彼女の側近たちが腕を掴んで止めた。

俺と側近、魔導騎士隊(ミセリコルディア)が使っているトリューたちは着陸するまで風の防御シールドが働いているので、近づくとミンチ肉になるのだ。精霊談。


ペシュティーノに抱っこされて降りると、ポイと放り投げられてジュンがキャッチ。

フランツィスカ嬢の目の前にスタッと立たされる。


「ケイトリヒ殿下、お待ちしておりましたわー!」


そして安定の抱きつき、頬ずり、キスキスキス。ほっぺね。

……それより今、俺をラグビーボールみたいな扱いしなかった……? まあいいか。


「おで、おでむかえありがとうぞんじます」

「いやあ、ケイトリヒ殿下、いつもながらフランツィスカが申し訳ないです。今日も素敵なお召し物ですねぇ! ははは、どうぞ我が家と思っておくつろぎください」


「は、ハイアーミッテン侯爵フランツ・キストラー閣下、てあつい歓迎のぎにこころよりカンシャを」

「お堅い挨拶は抜きにして、さあさあ、自慢のフェルゼントゥルム城をご覧になってください! フランツィスカ、ご案内を頼みますよ」

「はあい! さあ、いきましょう殿下!」


俺はまたフランツィスカにラグビーボールのように抱えられて城へ入ることに。

側近、何も言わない。まあいっか。


「ふわーーー!」


さっそく案内されたのは城の2階から崖の先、つまり市街地の上に飛び込み台のように真っすぐ伸びた、展望広場。吊り橋のようなワイヤーも下を支える支柱もないそれは、前世の感覚からすると恐怖。


「すごいでしょう!? この真下は、ときどき伯父様が顔を出すグランツオイレの直属騎士の訓練場になっているのですわ。昇降陣(エレベーター)を配置しているから、一瞬で下に降りられますのよ」


びゅうびゅうと風が吹いてフランツィスカの髪が真横になびいているのに、飛び込み台のようなこの場所は全く揺れてもいない。


「風のえいきょうを無視する魔法陣……?」


「さすが魔法陣の奇才と謳われる王子殿下でいらっしゃいますね。いかにも、この展望広場は素材の全てに『風透過』といわれる魔法がかけられております」


厳かな女声に振り向くと、つややかにウェーブした恐ろしく長い黒髪を風に踊らせるようになびかせた美しい女性。長い大きな耳と、切れ長の目は金色。


「わ」


エルフ美女だ。思わずお姉様っていいたくなるくらいの美人。


「む。殿下? もしかして見惚れてらっしゃるの?」


フランツィスカがむに、と頬をつまんでくる。わりと痛いです。


「エルフのじょせい初めてみました」


「ホホ……ご挨拶が遅れましたわ。わたくし、グランツオイレ領の北東にあるエルフの里ドゥオー・ラビラントから参りました調和の長老、レーヌ・バルビゼと申します」


レーヌと名乗ったエルフ女性は優雅な仕草で跪いて俺に手を差し出してきたので、握手かと思って俺も手を差し出す。俺のちっちゃい手をふわりとにぎる……手、でかっ!

ペシュティーノと同じくらいあるんじゃないかな?

と、余計なことを考えていたせいか、油断していた。ゾワッ、と背筋に悪寒が走る。


「やー!! ちょっと、やめてよ! 主になにすんのさー!」

「主、この女は敵です!」

「なんだあ? やるならやってやんぞ、ゴルァ!」

「あうあ……主は、カルが守ルー!」


頭から、ぽぽぽぽんと基本4属性のおにぎりサイズの精霊が飛び出して俺のまわりをぷやぷやと飛び回る。一瞬感じた悪寒はもう消えていた。


「大変失礼しました、殿下。精霊様が御身に隠れているのではないかと思い『姿見せ』の術をかけたのです。殿下に害はない術ですので、このように精霊様に嫌われるとは思っておりませんでしたわ。お詫び申し上げます」


アウロラとキュアとバジラットとカルは不満げにキーキー喚いていたけど、ちょっと離れたところでペシュティーノもシャルルも、そしてウィオラとジオールも見守っているだけだ。本当に危険はないと判断したんだろう。


「いいよ。でも何をするか事前にはなしてからにしてほしいな」


まだキーキー喚いている精霊たちをひとつずつムギュッと掴んで、髪の毛にポイポイと入れていく。いきなり俺から追い出されてプリプリしていたようだけど、俺に掴まれてなんか嬉しかったようで髪の毛に入ったあとはご機嫌になっていた。


「殿下は御髪(おぐし)に精霊様を住まわせているのですか」


フランツィスカが興味深く俺の頭を見ている。巣みたいに言わないでほしい。


「フランツィスカ嬢、精霊様に実体はありませんわ。宿っているのは事実でしょうけれど住んでいるわけでは無いのですよ。殿下、不躾な真似をして申し訳ありませんでした。お詫びにはなりませんがエルフの里にご興味がおありと聞いておりますので、何でもお尋ねくださいまし。さ、殿下の御力に惹かれて風の精霊が騒がしくなってまいりましたから、どうぞ城へお戻りください」


風の精霊が?

そういえば、微精霊が見えすぎて困るってジオールに相談したあとは見えなくしてもらってたんだっけ。集中すれば解除できるそうだけど、騒いでるってことはいっぱいいそうだからやめとこう。それよりも。


「エルフの里は、エルフだけが住んでるの?」

「ええ、住民はエルフ族だけですわ。基本的に住民以外の(おとな)いをあまり歓迎しませんので誤解されがちですけれど、攻撃したりはしません。それに、王子殿下であれば訪問は大歓迎ですわよ」

「えーっ、そうなの!? レーヌ、伯父様の訪問は渋ってるのにー」


「あら、フランツィスカ様は歓迎すると申したはずですわよ?」

「伯父様が一緒じゃないとだめっていうから……」


「そうですわねえ、フランツ様もご心配でしょうから。では、ケイトリヒ殿下とご一緒でしたら、歓迎しますわよ」

「そんなことしたら、伯父様がスネてしまいますわ!」


フランツィスカとレーヌは気安くおしゃべりしながら歩いている。


「フランツィスカ嬢……とは仲良しなんですか?」


「そうよ! レーヌはお祖父様が子どもの頃からずっとフェルゼントゥルム城に相談役として交代で滞在してくれてるの。ヒトとエルフが共存するうえで、守るべき境界線を話し合ったりしてるのよ。ね、レーヌ」


「ええ、キストラー一族とは長い付き合いになります。殿下、私のことはただレーヌとお呼びください。エルフ族はヒト社会のような階級を持っておりませんので、尊称は不要にございます」


どう呼べばいいのか迷ったこともバレてた。

油断ならんな……。しかし、エルフにとってシャルルのようはハイエルフはなんか憧れとか崇拝とかそういう対象だったんじゃないっけ? 隠してるのかな。隠れられるものなのかな。とにかくシャルルには無反応だ。


フェルゼントゥルム城は崖の上の建っているということでとても日当たりが良いようでどこもかしこも明るく、外観は皇帝居城(カイザーブルグ)に似た石造りなのに温かみがある。

石造りの壁には漆喰のような塗料で均一に塗りあげられていて滑らかだし、華やかな絵柄の壁紙もところどころに貼られていて、いわゆる「高級な洋館」という印象だ。


「すてきなお城ですね」

「何を仰るの、ラウプフォーゲル城にはかないませんわ! 今の時期はいいですけど、冬の寒さと言ったらもう! でもそのおかげで、防寒の技術だけはラウプフォーゲルに負けませんわよ」


フランツィスカはご機嫌で城を案内してくれた。

旧ラウプフォーゲル王国の建国の英雄バルトロメウスの墓はラウプフォーゲル城にあると言われているが、その英雄の右腕エンゲルブレヒトの墓がこのフェルゼントゥルム城にあるのだという。

俺も授業でうっすら聞いたような聞いてないような……建国神話は荒唐無稽であまり楽しくないんだよね。ヒトから口伝で聞くと「このヒトはどれだけ信じてるのか」という興味半分で覚えられるんだけど、授業で聞くとどうしても懐疑的な心が先立ってしまう。


英雄バルトロメウスの物語は北アメリカ大陸でいうポール・バニヤンみたいな、建国神話を模したホラ話みたいな内容で、剣を振りかざして谷ができたとか、横たわって平原ができたとかそういう話。

主に旧ラウプフォーゲルでだけ伝わる民話のようなものだ。

俺はホラ話と断じたが、実際のところ旧ラウプフォーゲル民からすると日本でいうと半分神話の初代天皇、神武天皇みたいな存在のようだ。話のすべてが真実だとは信じてるわけではないが、敬意はある。そんなとこ。


「ケイトリヒ様、大ラウプフォーゲルの建国神話は興味ないのですね。では、もう少し現実的なお話をしましょうか」


フランツィスカは俺が退屈そうにしているのに目ざとく気づいたらしい。

申し訳ない。


手をつないで城中を連れ回され、城の装飾や絵画のいわれを説明してくれていたのだけれど、思いのほか神話ネタが多くて思考停止していた。

ちなみに「神話」という単語は日本語では「神」の漢字が入ってるので敬遠すべきかなと思ったが、こちらでは「神話(ミュトロギ)」という一つの単語になっているので、気にしなくて大丈夫そうだ。


「グランツオイレでは建国神話(ミュトロギ)がねづよいんですね。授業では習いましたけど、ラウプフォーゲルではあまりふだんから耳にすることはなかったので新鮮です」


「グランツオイレにはエルフの里があり、古くから交流していますから。歴史の中では険悪な関係になったこともあるけれど、距離が近いぶん記録が残りやすいのですわ。今残っているバルトロメウスの神話(ミュトロギ)も、まるっきり嘘というわけではないようですわよ。まあ、ラウプフォーゲル人に都合よく曲解されてはいますけれどね」


俺が思っていたよりフラットで偏りのない思想だ。好印象。


「そうでしたね、エルフの里……いってみたいです」

「レーヌがあんなに警戒すること無く近づく姿を初めて見ましたわ。エルフというのは、たとえ相手が子どもでも必要以上に警戒心が強いものなのですけれど……やっぱりケイトリヒ様は特別なのね。精霊に愛されるから、エルフにも愛されるのかしら?」


魔導学院の室外庭園に似た植生の庭を抜け、大きめのガゼボには先回りしたグランツオイレの使用人たちが上品なテーブルセットにお茶を用意してくれている。

なにこの抜け目のないデートプラン……! フランツィスカ、オトコマエすぎる……!


「ちょっと休憩しましょうか! まだお城に戻っては、伯父様が困ってしまうのですわ。ケイトリヒ様にちょっとしたプレゼントを差し上げようと、準備中なのです。あ、わたくしが喋ったこと、伯父様には言わないでくださいね?」


いたずらっぽく笑うフランツィスカがおもむろに俺を抱き上げて椅子に座らせる。

さ、先回り行動……イケメン!


「シュヴァーン領のムーサ茶に負けない、グランツオイレのマナ茶です。すこし渋みがありますので、巻毛牛(ヴィーゼント)のミルクと割って飲むのがおすすめですわ」


う、ムームのミルクじゃないのか。

ちょっと臭みが心配だったけど、香りはすごくいい。

コクリと飲んでみたら、乳脂肪分の高いブレベミルクっぽい濃厚な味わいに、お茶のマイルドな香りが包まれてとても美味しい。ただ……。


「おいしいです! でも一杯でおなかいっぱいになりそう」

「ウフフ、そうですの。私もおやつ代わりに飲むことが多いのです。これだとお茶菓子も必要ありませんから。巻毛牛(ヴィーゼント)のミルクをお気に召したようで、よかったですわ」


一応、お茶請けにラスクのようなお菓子があるけど本当にお腹いっぱいになりそうなのでひとかじりしてゆっくりお茶を楽しむ。


「ねえケイトリヒ様、婚約者はもうお決めになりましたの?」

「うぇ」


まったりしたところでフランツィスカがぶっこんできた。

そのお話は、あとでじっくりしようと思ってるんですが……。


「もしマリアンネに決めたというのなら、まだ道はありますわ。マリアンネは冷静で計算高い、権力者の妻にピッタリの得難い素養を持っていると思います。第一夫人にするにはきっとぴったりでしょう。でも、マリアンネを倍……いえ、それ以上に輝かせる第二夫人は、わたくししかいませんわ」


まるでマリアンネと申し合わせたような口ぶり。いや、実際申し合わせているのかもしれない。俺の訪問は数週間前から告知してあったし、2人の仲の良さは本物だ。


「フランツィスカ嬢は、僕の第二夫人になりたいのですか?」

「もちろん! 前から申しておりますでしょう? 殿下が成人になる頃には私は20歳。子を産むにはピッタリの時期ですわ。それに、わたくし頭の弱い殿方は好きでないの。お金を稼げない方も尊敬できませんし、戦えない方も御免ですわ」


「あの、僕たたかえないと思うんですけど」

「あらそんな、わたくし存じておりますわよ。なんでも、とんでもない魔導で魔導学院の練習場を破壊したとか。それに、ユヴァフローテツでは周囲の岩砂漠を砂砂漠にかえるほどの魔導を練習していらっしゃるとか……」


魔導学院の件は有名になってしまったので仕方ないとしても! ユヴァフローテツの練習風景を知るのは側近たちだけだよね!?

バッと側近の方を見ると、全員がフッと目をそらした。

なんでこんなに「いたるところを更地にするトンデモ魔導」が有名になってるのさ!


「どうして知ってるんですか……」

「ウフフ、ケイトリヒ様についてはいろいろな情報網を持っておりますから! それよりもわたくしを第二夫人にすべき理由について、もう少しお話してもよろしいかしら」


いきなりプレゼンタイムになってしまった。

まあ、これを聞きに来たと言ってもいいので早めに聞いておいてもいいだろう。


フランツィスカが言うには、理由は3つ。


まず、マリアンネの弱点を補えるという点。

マリアンネが第一夫人に確定している前提なのが気になるが、確かに身分的に考えればその通りだ。そしてマリアンネ本人も自覚している弱点が、商業面。

マリアンネは現時点の教育的な部分でも、興味という点に置いても、商業的な視点が抜けがちであること。これは貴族としてはある意味当然なのだが、色々な事業を手掛ける俺の夫人としてはまあまあ弱点になりうる。

その点、領主の直系でないことをいいことに様々な事業に手を出して成功させているフランツィスカの父の手伝いをしている彼女は、商業、経済面に強く、興味もある。


そして、グランツオイレの持つエルフ族とのパイプ。

レーヌとの会話を見て確信したことだが、俺がエルフと親和性が高いことは予想の範疇だったということ。ただし、精霊とちがってエルフは帝国で社会的な地位も立場もある。

これまで縁もゆかりも無いエルフ族と、商業、政治、あらゆる面でいきなり繋がるのは周囲も警戒するのが当然。だが、フランツィスカが妻となれば少なくともグランツオイレのエルフたちとはパイプができる。

そしてグランツオイレのエルフ族とつながれば、他のエルフ社会とつながることも不自然ではない。


最後の3つ目は、意外な切り口だった。


「ケイトリヒ様、共和国からの干渉にいささか苦心してらっしゃいませんか?」

「えっ。なんで?」


「精霊教は、帝国ではほとんどの土地でないがしろにされておりますけれど、グランツオイレではまあまあ大事にされているのですわ。そして、共和国……というか聖教本部もそれを把握しております。数千年来国境を維持している領ですからね。グランツオイレと共和国の間には、ある種の暗黙の協定のようなものがあるのです。あ、もちろん国益に反するようなことではありませんわよ。内容はラウプフォーゲル公爵閣下もご存知です」


意外だ。

帝国の仮想敵国といえば共和国、だったはずだが。

共和国の聖教本部との繋がりがグランツオイレにあるなんて。


「あ……もしかして。叙勲式典にきたじょせいは……」

「そう、彼女はマグノリエル筆頭司教。グランツオイレのエルフの里、ドゥオー・ラビラントの出身で、レーヌとは旧知の間柄ですの」


フランツィスカがニヤリと笑う。

この笑い、ガノがお金のことを考えるときやシャルルが外交で交渉相手を叩きのめすことを考えるとき、あと……ジュンが悪いこと考えるときに似てる。

これはちょっと意外な展開。まさか俺が切望している「情報網」が手に入るなんて、想像もしていなかった。


「わたくしを第二夫人にすべき理由……もうひとつありましたわ。わたくし、こういった水面下での情報収集や画策が、大好きですの。マリアンネは良くも悪くも清廉潔白、愚直なまでに誠実で真摯ですからこういったことは苦手ですのよ。わたくしの情報網がマリアンネのいわれない悪評を駆逐したことも、一度や二度ではありませんわ」


上品にティーカップを傾けながら、ものすごいドヤ顔をして見せるフランツィスカ。

やばい、これは恋愛とは別ベクトルで、惚れる!


「フランツィスカ嬢」

「はい、ケイトリヒ殿下?」


「……好きかも!」

「そうでしょう!? 殿下ならそう仰ってくださると思っておりましたわ!」


オーッホッホ、と高笑いするフランツィスカは見るからに高慢な貴族令嬢っぽいけど、だがそこがいい! なにせ俺が将来的にも掌握できる見込みのない社交界を「牛耳る」とまで言ってのけたマリアンネと、それを情報戦でバックアップするフランツィスカ。

俺の精霊情報網がプラスされたら、その情報戦でどれだけ有利になることか、想像しただけでも空恐ろしい。


強すぎるやろ!


これは完全にニコイチセットのお買い得物件だ。

俺の、というか皇帝の妻として理想的すぎる。


そして今回の訪問でわかったことだが、マリアンネとフランツィスカの2人について。

2人だとどうしてもテンションアゲアゲではしゃいでしまうようだが、それぞれ話してみるととても大人っぽい。前情報のとおり、13歳とは思えない知識量と明晰な頭脳をあわせ持つ小悪魔レディだ。


どちらも恋愛的な感情を持つのはさすがに難しいけど、ヒトとして尊敬できる点がいくつもあるのでパートナーとしては無問題。

子作りの件は……まあ、フランツィスカも想定しているとおり、成人してから考えよう。



そうして、2人でニッコニコで城に戻るとフランツ卿もニッコニコで俺達を迎え入れてくれた。何かテーブルに布がかぶせてある。


「ケイトリヒ殿下、白き鳥商団(ヴァイスフォーゲル)の紋章、とっても可愛らしいですよね! あれって白いロートケルヒェンでしょう!?」


え、あれってシマエナガじゃないのか。ロートケルヒェンってなんだっけ……たしか、ヒヨドリ? いや、コマドリだったかな?

ちょっと自信ないのでガノの方を見ると「まあ、近種です」と応えてくれた。


「ちかいっぽいです!」

「えっ。違うんですか……!?」


フランツ卿は一瞬気落ちしたが、すぐに復活して「見てください!」と言いながらテーブルの布をバサッと取った。そこには、ロートケルヒェン……もとい、シマエナガの小さなぬいぐるみ、シマエナガが縁に止まったようなカップ、大きめの鉢、刺繍のタペストリーなど、シマエナガグッズがたくさん陳列されていた。布を取った勢いで落ちかけていたぬいぐるみを、フランツ卿がナイスキャッチで救出。


「グランツオイレ自慢の職人たちが、『あれは売れる!』と言って勝手に作ったものなのですが、いかがですか! 白き鳥商団(ヴァイスフォーゲル)の正式な商品として!」


シマエナガはどうやらこの世界でも愛くるしい存在らしい。

たしかに、白き鳥商団(ヴァイスフォーゲル)の公式グッズとして紋章のシマエナガをかたどったグッズ、いいかもしれない。

小さなぬいぐるみを手渡されると、思いのほか硬い。

もうちょっとふわふわしてほしいな!


「いいですね! まえむきに検討します! あと、ぬいぐるみはふわふわがいいです」


フランツィスカも一緒になって「この陶器はもっと精度を上げられるはず」とか「タペストリーはもっと大きなものを」とか注文をつける。そういうところも好印象!


そしてその後の夕食会で、マリアンネにあげたものと同じもの……こちらはグランツオイレの守護鳥のフクロウをあしらったコンポート皿とケーキをお披露目したら、これまたマリアンネと同様にブチュブチュされた。そして両親に叱られてた。


仲良しって、行動も似るのかな……。

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