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8章_0116話_将来のゆめ 2

ドラッケリュッヘン大陸の異世界召喚勇者たち11人の命の危機は、彼ら自身の奮闘にもより無事に脱出できた。

今後は自力で帝国までやってくるのを待つしかない。


旅慣れていない彼らには困難がたくさん待ち受けているだろうけれど、少なくともお膳立ては十分。あとは彼らの努力次第、と突き放すターンだ。

何もかも世話を焼いてしまえば、彼らは何もできない異世界人のままだからね。旅のなかでちょっと異世界に慣れて、たくましくなってもらいたいというのがシャルルの意見。


……しかしですね、あのーそうなると、俺の立場は……。


「ケイトリヒ様は貴族令息。異世界人としてこちらの世界で身寄りのない彼らと違って、たくさんの民に生かされ、同時に頼られている立場です。彼らは残酷な支配者の檻を抜けて自由を手に入れましたが、そのかわりに自活しなければなりません」


そして、俺はラウプフォーゲル公爵である父の庇護のもと、自由な旅に出られない代わりに自活する必要はないということか。

軽く手を握ってくるシャルルにそう言われると、俺ってイージーモードな気がしてくる。


「ケイトリヒ様」


部屋にやってきたペシュティーノが、俺の手のあたり見て奇妙な表情をする。


「シャルル……嫌がってらっしゃるときは遠慮してくださいね?」

「失礼な、これは合意ですよ!」


ぴょいとソファーから飛び降りて、ペシュに駆け寄って長い脚にすがりつくとすぐに抱き上げてくれた。


「どうしました?」

「ドラッケリュッヘンの異世界召喚勇者、ひどいめにあってた。たすけたけど、これからもきっと大変だよ。彼らは『救世主だ』なんていってくれたけど、ほんとうに正しかったのかな。僕、もっと大変なみちにさそいこんだかもしれない」


ペシュティーノは抱っこし直すように揺らすと、ぷにぷにほっぺにチュウして、背中を優しくさすってくる。


「……ご自身の判断に疑問を抱いてらっしゃるのですね。レオ、どう思いますか」


「ケイトリヒ様が何にショゲてるのかちょっとわかりませんよ!」


やけに語気強めでレオが言うので、ちょっとびっくり。


「彼らは殺されるかもしれない状況だったんですよ? 自由を奪われて、奴隷戦士のような扱いだったと言っていたではないですか。それを開放したのに、それ以上に大変な道ってどんなことですかね? 魔獣に追われるとか、アンデッドに怯えるとか? そんなの、俺からしたら閉じ込められて拘束されて拷問されることより、生きて強くなる可能性があるぶんずっとマシだと思います。彼らからしたら、異世界召喚されてひどい目にあったけど、俺たちの冒険は今始まるーって、ようやく物語のプロローグが終わって本編に入ったとこですよ」


そうなのかな?

言葉が頭の中でわんわんと繰り返され、ポカンとしているとレオはニカッと笑う。


「さしずめ、彼らの物語はいま『救世主は何者なのか? 誘導される帝国には、一体なにがあるのか? 死の恐怖から逃れた多国籍の彼らは、大いなる存在に近づくための旅に足を進めるのであった』……ってとこですかね!」


「あっ、そういえばたしかに多国籍だったよね」

「ね。何か召喚の法則が違うんでしょうかね?」


異世界召喚勇者たちの行く末にいたんでいた心が、率直な疑問を思い出してあっけなく忘れ去られる。俺のいいところだよな。多分。思い悩みすぎないとこ。


「ケイトリヒ様、そのお話はまた今度。御館様から、緊急で大事なお話がありました。今日は授業を全て休んだということなので、これからお話ししても構いませんか?」


緊急で大事な話。正直、今はあまり重すぎる話は遠慮したい。

でも異世界召喚勇者たちのことから気持ちを切り替えるのも必要だよな。


「ち、ちょっとだけ……30ぷんくらい、寝てからでもいい?」

「ええ、もちろん。私から話しますので、いくらでもお休みになって構いませんよ」


あ、父上と直接話すわけじゃないのか。


「固定両方向通信(ハイサー・ドラート)で父上とはなすんだとおもってた。ペシュとなら、寝ながらでもいいけど……そういうんじゃダメ?」

「そうですね、すこし真剣に考えてもらう必要のある話ですので、居住まいを正していただきたいところですが……まあ、誰が聞いてるわけでもありません」


寝っ転がってるときのほうがスラスラと言葉が出ることってあるよね。

ペシュティーノは俺と目を合わせると、ニコリと笑って前髪のうえからまたチュウしてきた。俺、可愛がられてるー。うん、さっきまでしょげてた気分がすこし持ち直してきた。


寝室に運ばれるまでの抱っこですっかり眠ってしまった。


ふと目が覚めると、ペシュティーノの胸の上。

バラの寝台だとすっかり本格的に寝てしまうので、場所はカウチだ。

ペシュティーノ、けっこうこのカウチ気に入ってるよね。大きいからかな。


「お目覚めですか。落ち着かれましたか?」

「うん、ちょっとすっきりした」


「話しても?」

「うん、いいよ」


ペシュティーノは俺の髪をふわふわといじりながら、すこし言いにくそうに言葉を選ぶ。


「ケイトリヒ様、婚約者が決まりました。これは、正式なものではありませんが御館様と皇帝陛下のお二人が合意の上で、御館様からのご命令とお受け取りください」

「あ……そう。相手は、マリアンネとフランツィスカ?」


「驚いていませんね。そうです、そのお二人どちらも、あるいは片方だけでも第一夫人の婚約者として正式に婚約してもらいます。が、どちらにするか、あるいはどちらも婚約するかはケイトリヒ様に選ばせるとのことです。……察知してらしたのですか?」

「んーん、別に。でも父上がごういしたうえで、っていうならその2人かなとおもって。でも、なんで急に?」


「急というわけでもないのです」


ペシュティーノいわく、今年の親戚会の表面上は俺のオンステージだったが、裏では俺の婚約者についての話題が専らだったという。

既に皇帝の勅命で皇位継承順位をつけるのに次期領主指名の有無は関係なくなったし、来年は洗礼年齢の10歳になる。そうすれば、必然的に俺には皇位継承順位がつくワケだがそれが問題で。


下馬評(げばひょう)では、来年の皇位継承順位、おそらくケイトリヒ様はどんなに低くても5位以内に入ると誰もが言っています。間違いないでしょう」

「ほん」


アロイジウスが何位だったっけ……正直、1位以外あまり意味のない順位なんじゃないかと勝手に思ってるんだけど。


「……ケイトリヒ様、ことの重大さをわかっておりますか?」

「いまいち……んー、いまのこういけいしょうじゅん1位ってだれなの?」


「中央貴族でさえ『あれは皇帝になるべきではない』と言わしめるぼんくらですよ」

「Oh…」


ヒルデベルトさんですか。


「ただ、順位はヒトの年齢で40歳になると失効となり、後続が繰り上がります。今5位以内に入っている皇位継承者は全員30代後半、20代は5位以下に数名。皇帝陛下はまだまだご健勝でこれから30年は在位できるでしょうが、御館様から聞いた話では生前退位を望んでいるとか」

「はあ」


「……来年、皇位継承順位がついてしまえば、何もしなくても5年位内に1位になってしまうということです。そうなれば16歳の成人を待たず、正式な帝国の継承者ですよ」

「へー……それ、ことわれないの?」


「断れるわけないでしょう!」

「んギャッ!」


ペシュティーノがちょっと強い語気になって俺の脇腹から背中にンギュッっと爪を立ててくすぐってきた。やめて! 脇腹よわいの!


「順位がつけば次期皇帝は確定。そんなケイトリヒ様に、身内を嫁がせたい貴族がどれだけこれから現れるとお思いですか? ラウプフォーゲル公爵領の次期領主でも相当に集まっておりますが、それ以上ですよ。他国も参戦してくるでしょう」


王国は王孫姫だけでなく近縁の娘たちをかき集めるし、共和国だって黙ってはいない。

さらに帝国内でもエルフの集落があるグランツオイレ領の領主……フランツィスカの伯父だが、彼いわくエルフ族でさえ娘を差し出してくる可能性があるという。

理由は俺が精霊の愛し子であることと、年齢。


「ねんれい?」

「幼い子どもであれば御しやすいと考えるのは、ヒト族に限らないということです」


俺はペシュティーノの胸の上でエビ反りになって顔を見合わせてる体勢がつらくなってきたので、こてんと頭を寝かせる。


「とにかく、フランツィスカとマリアンネなら……べつに、いいよ。ただ、いっこお願いがあるんだけど」

「なんでしょう?」


ラウプフォーゲルでは割と貴族でも自由恋愛推奨。

ただ正直、見た目年齢と実年齢と精神年齢が色々とバラバラな俺が、まともに恋愛なんてできそうにもない。それならば、誰かに決められて結婚したほうがなんというか目的に向かって努力できるというか。

好きになることは難しくても、理想のパートナーにはなれるかもしれないよね。

俺の肉体が順当に成長すれば子作り……の、ための行為も含まれるわけだけど、愛や好意はなくたって体が機能すれば繁殖はできる。

彼女たちのほうが生理的に無理!とかにでもならないかぎり、おそらく大丈夫だろう。

今は少女でも、いずれ彼女たちは魅力的な女性になる。問題は俺の能力であって……。

ただ繁殖、という点でもラウプフォーゲルでは特に問題はない。

領主は血統主義だが養子を迎えることは一般的で、皇帝のほうは選出制。

俺に子ができなければファッシュ家が途絶えるということなんてないし、帝国が滅びるなんてこともない。


つまり俺の婚約・婚姻は、後継者のためではなく政治的な理由が99%ってとこだ。


「ケッコンしたら、相手は奥さんだよね。僕の、ハンリョになるんだよね」

「そうです。もし、ケイトリヒ様が皇帝になればその目は国外へ向くことでしょう。あるいは世界中に。そのときに、きちんと帝国の……ひいては旧ラウプフォーゲルに配慮してくれる皇后がいてくれなければ、困るのです。権力はありませんが、皇太后となる代母のラーヴァナ様は……その、あまりアテにしてはならない方かと」


「つまり父上たちはフランツィスカもマリアンネも、皇后としてもうしぶんないと」

「まだお若いのでそこまでは申しませんが、お2人とも十分に素質はお持ちです。非常に勉強熱心で他人の腹を探ることに長けており、さらに野心家ですから」


2人とはたまに文通しているけれど、確かにどちらも高い教育を受けている上でさらに勉強熱心で、話題に不足することもない。年相応に無邪気なところはあっても引き際や止め際を直感的に理解していると言うか、勘の良さも文章から伺える。

これは単に教育で得られるものではなく、2人の資質によるものだと思っている。


……けど、親戚会では高めのテンションに疲れるばかりだし、はしゃぐばかりで深い話はほとんどしたことがない。まあ、子ども3人くらいなら産んでもいいよと打診されたことはあったけど、あれはたぶん、本音半分、ノリ半分といったところかな。

とにかく伴侶として決められる相手ならば、もっと彼女たちの本質を知っておきたい。


「あのね、お願いはね、2人とちゃんとはなしたい。お茶会みたいな軽い席じゃなくて、ともにじんせいを歩むかもしれないハンリョこうほとして」


ペシュティーノが息を詰める、胸の音。

顔を上げると、目を丸くさせていた。


「……ケイトリヒ様、素晴らしい心構えです。御館様も同じお気持ちのようで、このお話の後に同じ提案しようと思っていたのですよ」

「あそうだったんだ」


余計なこと言ったかな、えへへ、と照れ笑いすると、ペシュティーノが前髪をなでつけるようになでてきた。


「御館様の御命令に不平を漏らすこともなく、正面から受け入れてより良い関係を築くために自ら動く。素晴らしい心構えです。ケイトリヒ様は、こういったお話には少々及び腰になるはずだと誤解していた私をお許しください」


及び腰ではありますよ、今でも。父上と皇帝が決めたんならもう今さら俺が何か言える立場じゃないだろうし、カクゴを決めるしかないってだけだ。

まあ、言わないけど。


「いついく?」

「調整がつけばすぐにでも。滞在期間、学院には休学届けを出します」


「僕が行くの?」

「もちろん。ラウプフォーゲルでは男女間に身分差はあまり関係なく、とにかく女性が上です。それにケイトリヒ様にはトリューがありますからね」


まあ合理的に考えればそうだ。

聞いた話によるとシュヴァルヴェにもグランツオイレ、どちらの居城にも城に隣接した転移陣は存在せず、2つの領とシュヴァーン領、3領共有の転移陣からラウプフォーゲルに転移する。転移陣は3領地の協力のもとに作られた共有施設。お互い平等な距離になる場所に設置されたので、3領ともに4日から5日くらいかけて転移陣に到着し、そこからラウプフォーゲル城に来ていた。

気軽にみんなラウプフォーゲル城に集まってる気がしたけど、トリューのない交通はやっぱり大変だ。領主だけなら身軽だけど、マリアンネやフランツィスカのような貴族令嬢が乗る馬車は護衛も大変だろうし、彼女たちも大変だ。


そう考えると親戚会でいつも元気なあの2人、ジュンやガノとおなじ体力おばけだな。


「滞在は2、3日で済ませましょう。ただ、準備は入念にしなければなりません」

「準備って……魔導騎士隊(ミセリコルディア)はすぐ出られるでしょ?」


「……ケイトリヒ様。婚約者としてまだ正式に決定はしていませんが、名目上はケイトリヒ様が婚約を申し込みに行くというテイなのですよ。まさか手土産もなく訪れようなどとは思っていませんよね?」

「んは」


俺が口ごもったのを見て、ペシュティーノがジト目になった。


それから俺とペシュティーノは、贈り物を用意するために必要な手順を洗い出す作業に入った。まずは相場と傾向と慣習をヒアリングだ。

そして選出と制作。これは白き鳥商団(ヴァイスフォーゲル)のトビアスに協力してもらう必要がありそう。相談と、商団の現状報告を兼ねて魔導学院に呼び出すことに。


身内という気安さがあったけど、正式な婚約の申込みの先触れであり、公式な公爵子息の訪問となれば大きな行事だ。領主と2人の日程調整や贈り物、旅程に護衛計画。

準備、大変そう。白き鳥商団(ヴァイスフォーゲル)を最大限利用させてもらい、彼らからもこの行事を大いに利用してもらおうと思ってはいた。


そしたら、あれよあれよという間に関わる人数がどんどん膨らみ、大会議が開催されることに。議題はもちろん俺の婚約の贈り物と、婚礼行事について。


あの、まだ婚約すら前段階なんですけれど……。

ただどっちにしても2人のうちどちらか1人とは必ず婚約しなければならないことはもう父上と皇帝との間で決まっている。これは命令で、貴族令息である俺の使命だ。

そして候補である2人は一応、侯爵令嬢と伯爵令嬢という身分差はあるものの、俺からの扱いに差をつけることは許されない。ラウプフォーゲルだからね。



数日後。


魔導学院の正門から、全校生徒と教員全てに見せつけるような浮馬車(シュフィーゲン)の大行列でファッシュ分寮までやってきた白き鳥商団(ヴァイスフォーゲル)の面々。

シマエナガみたいな愛くるしい白い小鳥のマークがなんとも間抜けだが、ちょいと外の様子を見るために飛ばした映像入力装置(ビデオカメラ)からの様子では生徒たちが窓から顔をのぞかせるくらい注目している。


全員、豪奢な宝箱や長持の荷物を携えて、ものっすごいドヤ顔で現れた。

ディアナたちお針子衆に、なぜかラウプフォーゲル城の料理長まで。


「と、トビアス。なんかおおくない?」

「それは、もちろん……我らが主である殿下の……婚約申し込みの……贈り物を手配するとなれば……一大行事です。失敗は許されません……その上、新製品の認知度を高め……高額商品が動く……千載一遇の好機にございます」


続々と運び込まれる荷物をボーッと見ていると、兄上たちが授業を終えてファッシュ分寮に戻ってきた。


「なんの騒ぎだい?」

「引っ越し……いや、あの旗。たしかケイトリヒの新しい商団の」


「エーヴィッツあにうえ、ジリアンあにうえ! おかえり! 同じ授業だったの?」

「いや。下の昇降陣(エレベーター)で一緒になっただけだよ。そうか、確か白き鳥商団(ヴァイスフォーゲル)だったっけ。……『ナマハイシン』のときはハッキリ見えなかったけど……紋章、すごくかわいいね」

「ぶはっ! ケイトリヒにそっくりじゃねえか」


エントランスに次々と運び入れられる荷物を、兄上たちも一緒になってボーッと見守っていると2階の吹き抜けからアロイジウスが顔をのぞかせる。


「すごいな、応接室じゃ収まりそうもないな。謁見室を使うのかい」

「そうするしかなさそう。ウィオラ、ジオール。かいじょうせつえいしてくれる?」


「御意」

「はーい」


1階の元食堂だった威圧用謁見室に向かうウィオラとジオールとすれ違いにアロイジウスが2階から降りてきた。


「クラレンツあにうえがいないけど……紹介するね。こちら白き鳥商団(ヴァイスフォーゲル)の統括管理部長、トビアス。もともと、僕の御用商人だったじんぶつだよ」


丁寧に商人の最敬礼をし、兄上たちも名乗る。……なんとなく流れで紹介しちゃったけどこれ「つなぎをつけた」ってことになるんだろうか。


「御用商人としての仕事は……これからも助手たちを介して続けてまいりますので……ご用命の際は是非ご指名ください」


トビアス、しっかり営業してる。


「あにうえたちにも御用商人いるんだよね? 紹介しちゃまずかったかな」

「いや、問題ないよ。私たちの城の御用商人は、専属ってわけじゃないから。たとえトビアスに用立ててもらっても不義理というわけでもない」

「えっ……さ、さすが公爵家ですね……子息にそれぞれ御用商人がついているのですか」


騒ぎを聞きつけて近づいてきたアーサーが、アロイジウスの言葉に驚いている。


「いや、専属が付いているのはケイトリヒだけだったよ。私たち兄弟は、宮ごとについている。本来、客はアデーレ夫人のような領主夫人がメインで、子どもはそのおまけさ」


なるほど。宮を管理するのは本来、夫人だもんね。

アロイジウス兄上にはたしか母方の縁戚が宮の主で、代母と兼ねているとか。

俺の西の離宮の主は俺だけど、書類上はペシュティーノ。じゃあ今は父上の妻みたいな立場ってことか。むふふ、ペシュティーノってキャラもおかんだけど書類上もおかん属性ってことじゃんね。


「ケイトリヒ様、妙なことを考えていませんか?」

「んぴっ!? に、んな、なゃんでそう思うのかなあ?」


ペシュティーノがジト目で俺を見ている。

なんでバレるかな?



「こちらはラウプフォーゲル先代領主のバルトルト様が第一夫人パウリーネ様に贈った目録にございます。当時話題になったのは湖畔の離宮ですね。しかし、建造物に関してはケイトリヒ様は精霊様の御力であっという間にとんでもないものを造ってしまいますので除外して……」

「当時ラウプフォーゲルの王子だったゲイリー様が第一夫人リーゼロッテ様に贈ったティアラは、それはそれは見事なものにございます。今でもその宝石の大きさは……」

「マルガレーテ夫人のときも派手にございましたね! 黄金の精霊像はハービヒト城の名物となっているようですし……」


自信満々のギラギラ営業マン、手工業部長オリバー。

相槌上手でそれとなく会話をコントロールする流通管理部長アシュトン。

人好きする雰囲気で穏やかそうに見えるがどこか毒を含んでいるように見える金融融資部長、イルメリ。

主にその3人をメインにガノとディアナ、ときどきシャルルが口を挟む。そんな会議。

なんかどんどん話が大きくなっていってる気がするけど……。


「あの、婚約も成婚もまだだから、ほうもんのてみやげを先に決めたいんだけど」


俺が言うと、「では宝石を」とか「水マユの小物を」とか「お好みの楽器では?」とか一斉に助言が乱立する。困った。


「お祖父様とゲイリー伯父上の例はいいけど、ちちうえはどうだったの?」


騒がしく話し合う会議で俺が叫ぶと、全員がシーンとなった。

え、なんで?


「あ……その、ザムエル様は……」

「申し上げにくいですが、ザムエル様の奥方はおふた方も儚くなってしまわれました。なのでザムエル様の婚約の贈り物を踏襲するのは、お相手がラウプフォーゲル女性ということもありますので、おやめになったほうがよろしいかと」


そうか。ラウプフォーゲル人の大多数が支持する「幸せな婚姻」を維持しているのは、父上ではなくゲイリー伯父上とお祖父様というわけか。


そうは言っても、まだ婚約前なのでアクセサリーやドレスなど身につけるものはNG。

アクセサリーにもなっていない宝石をそのまま、というのはなんというか、品がない。

身に付けない布製品の小物は、いくら水マユを使ってもさすがに質素すぎる。

ラウプフォーゲル女子の嗜みとなっている楽器は贈り物に最適だが、白き鳥商団(ヴァイスフォーゲル)の専門外。もし入手するとなると、帝都か王国からの買い付けになる。

つまり、俺がプレゼントする価値があんまり無い。


日本では無難だった食品は、こちらではメインの贈り物にはなり得ない。

前世の考え方としては、付き合ってない女性の、家に贈るプレゼント……といったところだろうか。女性そのものに贈るわけではないという点がポイントだ。


そうなると……。


「家電……は、ないから魔道具か。食器……カトラリー……何かをいれるケースとか」


俺の世代の結婚式の引き出物はほとんどカタログだったからあまり実感がないけど、親くらいの世代ではたしかタオルとか食器が一般的だった……と家庭教師や年配の社員から聞いたことがあるような。ケースは、小さなアクセサリーを入れるような繊細な意匠がほどこされた小箱……をイメージしたんだが、ファンタジーっぽくて良くない?


「ほう、魔道具! ケイトリヒ殿下は魔道具をお作りになるのがお得意だそうですから、大変良い案にございます! それならば、食器に魔法陣を刻印してはどうでしょう?」

「しかしそれでは白き鳥商団(ヴァイスフォーゲル)でご用意するのは……」

「何を仰るやら、殿下が手ずからお作りになったものの廉価版を商品化すればよいのですよ。殿下が婚約者に贈ったという肩書だけで売れることは間違いありません!」


そうして、食器に魔法陣を刻印する方向で話し合いが進んだ。

話に聞いたところ、料理を温かく保つ皿や、ぼんやり光る水差しみたいなものはあるそうだ。保温はともかく発光はどうなの。意味なくない? と思ったけど、人気らしい。

人気は正義だ。なにせ需要があるということだからね。


現代に残る魔法陣というのは、考え方としてはプログラムと同じ。プログラムは、実行する「ハードウェア=媒体」と「電源=魔力」があって初めて効果を発揮する。

つまり、以前ペシュティーノから聞いたように薄い布に魔法陣を刻印するのが難しいように、薄い陶器にも同じことが言えるようで、あまり複雑な効果を持たせることができないのだそうだ。もし複雑な効果がある場合はたいてい、でっかい魔石が組み込まれることになる。


ただし、俺の描く世界記憶(アカシック・レコード)規格の魔法陣は例外。

魔法陣自体がプログラムであり、ハードウェアであり、充電池にもなる。

現代からするとチート級の魔法陣というわけだ。


「ケーキを乗せる……こういう、脚つきのカフェテーブルの小さい版みたいなの……ねえレオ、なんていうんだっけ?」

「あー、高杯(たかつき)……いや、コンポート皿ですかね? あ、いいですね! ガラスでも陶器でも意匠に凝れば立派な芸術品になりますし! 貴族のお嬢様ならお友達に自慢できる場もあるでしょう」


「ふむふむ? このような立派なものを、ガラスで!? いやはや、贅沢ですね!」

「なんと、劣化停止の魔法陣を!? そうなればこれは食器ではなく魔道具。しかも劣化停止などという高度なものとなれば、値段は青天井ですぞ!」

「商品化となると……意匠を最小限にし、劣化は停止でなく遅延に……」

「ユヴァフローテツでガラス工房を手配してまいります。2、3心当たりが」


頼もしい白き鳥商団(ヴァイスフォーゲル)のブレーンたちのおかげで構想が決まればとんとん拍子に段取りは進んだ。

俺がやるのは話に出てきたコンポート皿に刻印する魔法陣の設計だけだ。


あとは、公爵子息の権力とお金をたっぷりつかって商団におまかせ!

お金を回すことについては商団のみんなにお願いしたほうがいい。プロですから。


決死の思いで法国を脱出したドラッケリュッヘンの異世界召喚勇者たちにはあんまり胸を張って言えないけれど、お金を使うのも貴族のお仕事なんだよ。


あーいそがしいいそがしい!

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