8章_0115話_将来のゆめ 1
今回のお話について。
暴力表現はありませんが、やや過激なワードや不快な状況を描写しています。
苦手な方は飛ばしていただいても、ストーリーの進行に深刻な影響はありません。
異世界人にしか使えないという、魔法ではない術。
情報表示で遠く離れたドラッケリュッヘン大陸の異世界人にメッセージで語りかけてしばらく待ったところ。
続々と、返答があった。
「―何者だ? 協力の申し出には感謝するが、正体不明の人物からであれば、たとえこの魔法を教えてもらったとしてもすぐには信用できない」
「もういっしゅうかんまともな食事をしていない このへやにとじこめられて一ヶ月以上たっている アストのようにこのまま死ぬかもしれない お母さんに会いたい」
「力を与えるって、なにができるんだ? 魔力適性も属性適性もない俺を、奴らは始末しようとしてる。すぐに逃げなければならない」
「だれでもいい、たすけて。もうムリ」
「聖教法国の異世界人は全員、奴隷戦士のような状況だ。なんとかこの状況を打破したいので、どのような力を与えてくれるか具体的に教えてほしい」
まともに読める返信は5人からだった。
1人は「こ」という文字だけが戻ってきたので、もしかしたら起動だけで魔力切れになったのかもしれない。2人から、何も文字のない空メール的なものが送られてきた。
これも救難信号の一つと考えると、8人から反応があったということだ。
ドラッケリュッヘン大陸にある赤い点は11。
残りの、反応がない3人については【状態】が、瀕死が2と昏倒が1。
瀕死はもう手遅れかもしれない。昏倒は、どうにか誰かが助けてくれるのを期待するしかない。
今回のメッセージは、情報表示の呪文を一度使ってもらうことが目的だ。
「それにしてもたった一度のメッセージで新しい情報を得られましたね。共和国の前身、オラーケル聖教法国と同じ名を名乗った国がドラッケリュッヘン大陸にあるということは、かつて噂になった話が事実であると証明されたようなものです」
共和国は、元は宗教国家のオラーケル聖教法国を名乗っていた。
が、そのあまりにも傍若無人な政治にキレた帝国と戦争になり、ズタボロに負けて聖教は勢いを失い、共和国が誕生したという経緯だ。
その戦争の際、法国の幹部組織はドラッケリュッヘン大陸に亡命したという噂が流れたのだが、真偽のほどはわからずじまい。それが今、はからずも証明されたというわけだ。
応答のあった5人の中で最も返答が早く、こちらの正体に疑念を呈してきた【吾妻獅狼】と、冷静に状況を伝えて具体例を求めてきた【島谷水樹】の2人をメインに交信を続ける。
それぞれに、いちいち同じメッセージ送るの面倒だな、チャットグループみたいにできないかな、と考えたらすぐにチャットウィンドウが変化し、俺と返答のあった8人を含めたチャットグループのようなものができた。
……レオはそんなのできない、と言ってたけど、できるじゃん。
ウィンドウを出現させたらそれだけで魔力切れになるとも言ってたから、ここまで到達できるほどウィンドウを維持できなかっただけなのかも。
ちなみに、相手側が一度情報表示の呪文を唱えてくれればあとのウィンドウの維持は俺の魔力で補助できるようにした。これはレオとの実験でも立証済み。なので、ただでさえ弱っている彼らに魔力の負担はない。
ただ、最初の呪文の詠唱のときだけには相応の魔力が必要となる。
『私の正体を明かすことは、今の段階ではできない。だが、呼称がないのは不便なので諸君らには【ヒルコ】と呼んでもらおう。また、かつての日本のビジネスメールのような言葉遣いの注意は必要ない。こちらへの失礼なども気にしなくていいので、思いのままに諸君らの言葉を聞かせてほしい』
シロウ:「ヒルコ? 日本の神話にそういう名前がいたな。あなたも異世界人なんだな。この魔法そのものが異世界人でないと使えないという話だったからそうだろうとは思っていたけど、すこし安心した。俺はアガツマ・シロウ。シロウと呼んでくれ」
ミズキ:「了解した、ヒルコ。私はシマタニ・ミズキ。2ヶ月前に召喚されたばかりだ。では、ヒルコの考える具体的な協力について聞かせてほしい」
ヒルコ:『まず、私は強力な魔導と、治癒魔法が使える。この情報表示の通信を通じて、それらを君たちのいる場所へ転送できる。こちらで確認する限り、命の存続に危険のある者がいることはわかっている。諸君らの信頼を得るためにもまずはそれを解決したい。彼らの状況を聞かせてほしい』
タイセイ:「たすけて」
シロウ:「たのむ」
ミズキ:「瀕死であることがわかっているのにそれを聞いてくるということは、治癒魔法を使う上で情報が必要なのだろう。仔細を報告するために情報をまとめるので、すこし時間が欲しい。現在この会話が見えている同胞は、許せば状況を説明してくれ」
タイセイ、という名の赤い点は、【状態:衰弱】と【精神:絶望】がついた危険な人物のひとり。瀕死と昏倒の3人よりは逼迫した状況ではないが、チャットグループに参加している以上、治癒魔法の第一例となってもらったほうが話が早いかもしれない。
ヒルコ:『タイセイ。大森大勢くん。こちらでは状況は【衰弱】としか表示されないのだ。何をされ、今自身がどんな状況なのかを教えて欲しい』
タイセイ:「まどのないくらいへやにながいあいだとじこめられれいる 食事は3日に1どでもまともなりょうはくれない ぜんかいのしょくじは目の前でぶちまkられた おなかがすいてうごけない たすけて」
すぐに帰ってきたメッセージに、全身の毛が逆立つような怒りを覚えた。
パリパリッ、と周囲に静電気が走るような音がして、ハッと我に返る。
「ケイトリヒ様、堪えきれぬ怒気が小さな雷を生み出していたようですよ。心を乱されないよう、落ち着いて対処してください。この件は、必ず解決できます」
シャルルが俺の小さな手を包み込むようにギュッと握ってくる。好きになれない性格のシャルルだけど、このときばかりは温かな手の感触がありがたかった。
「飢餓による栄養失調。脱水もあるかもしれない。ジュン」
「はいよ」
ジュンは、タダそこに立ってもらうだけ。
スタンリーのときのように「健康な人体」の見本だ。特に脱水症状を解消する場合、魔法で過剰に体内に水や栄養を送り過ぎると逆に健康を損なう場合がある。
その上限値として、ジュンの血液の水分量や栄養量と比較する必要があるということだ。
「魔獣の準備もオッケーだよ。主がお茶してるあいだに、ギンコたちにまあまあでっかい魔獣をけっこうな数、生け捕りにしてきたから。材料は心配しないで!」
「ありがとう、ジオール」
そうだ。俺には万全の準備がある。
彼らを救うための、万全の協力者と、力がある。
ヒルコ:『タイセイ。これからキミの体を癒やす魔法を送る。状況が許せば、体調を報告して欲しい。では、始める』
俺は精神を集中して、画面の向こうにいる飢えた青年を想像する。
顔はわからないけど暗い部屋で怯えていて、絶望している青年。その肉体の状況を解析して、足りない部分に水と栄養素をゆっくり補っていくイメージ。
……画面に向かって手をかざしていると、チャットウィンドウには『転送中……』という文字が表示されていた。え、魔法ってファイルみたいに転送するものとして認識されてんのかな? なんか不思議だけど、まあ間違ってはいないか?
タイセイ:「ふるえがとまった」
タイセイ:「のどのk乾きがなくなっt」
タイセイ:「手にちからgはいる」
タイセイ:「あたたかい ここにいれられたばかりのときみたいに、体が動く」
タイセイは興奮しているのか、誤字が多い。でも状況は明らかに好転したみたいだ。
こちらで確認できる赤い点も【状況:疲労】に変わった。
ヒルコ:『タイセイ。しばらくは命の危険は去った。これから、もっと重篤な異世界人を対処するため、しばらくその場で休んでいて欲しい。必ずその暗い部屋から助け出す』
タイセイ:「ありがとう ほんとうにありがとう 体調が良くなったら、気分も変わった俺はしばらくへいきだから、ミョンジェをたすけてあげて あいつは俺の代わりに拷問された きっといま一番たいへんなのはミョンジェだろう」
タイセイの言う通り、【瀕死】のステータスを示しているのは【クォン・ミョンジェ】と【小田愛蘭】。そして、昏倒しているのは【オビ・エビンガ】。
ドラッケリュッヘン大陸の異世界召喚勇者の名前を見ると、日本人以外の名前がとても多いことに驚いた。
ミズキ:「待たせた。俺の知るかぎり情報を整理したので、間違いや補足があれば気付いたヒトが指摘してほしい」
ミズキが報告してきた内容は以下の通り。
【クォン・ミョンジェ】
韓国籍、5年ほど前に召喚された、【光】と【闇】の属性適性を持っている。
適性はあるもののあまり魔力量は多くない。適性が発覚してすぐにアンデッド討伐の最前線に配置されて奴隷戦士のように休みなく働かされた。その不満を法国の上層部に「暴力的に」直訴したことで見せしめとして拷問されたうえ、現在監禁中。
【小田愛蘭】
私と同時期に召喚された日本国籍、元大学生。理由は不明だが、異世界召喚勇者特有の特殊能力のせいで拘束されているもよう。詳細はわからないが人体実験のようなことをされているという噂。
【オビ・エビンガ】
ガーナ国籍。ミョンジェと共に不満を法国上層部に訴えた際、同じ異世界人であるアダム・ワトキンス|(英国籍)を殺害したことで監禁中。なお、殺害されたアダムは身も心も完全に法国の奴隷となっており、法国上層部に取り入って異世界人を「管理」する立場にあった。
……ひどい状況なのはよくわかった。
しかし瀕死と昏倒の3人を癒やす上で必要な「体の状況」は、監禁されているせいかミズキにはわからないようだ。
「彼らにもわからないなら仕方ありません。ひとまず先程のタイセイ氏には成功したようですので、完全とは言わず命の危険が去る程度に治癒してはどうでしょう」
「そうするしかないね。ジュン、またお願いできる?」
「ああ」
そう言って立ち上がったジュンは、俺の小さな手をちょっと強めに握った。
「王子。アンタすげえことやってるよ。マジで尊敬する。そしてそれは王子にしかできないことなんだろ。頑張れよ、俺ができることならなんでもやる」
「……ありがとう、ジュン」
まずはミョンジェと呼ばれた人物。
彼とは、本人が情報表示を唱えていないのでこちらから強引に通信経路を開く必要がある。緊急地震速報形式だ。
さきほどタイセイは「俺の代わりに拷問を受けた」と言っていた。あまり詳しくないが、古代にはいろいろな拷問器具があったというけれど……単純に思いつくのは殴る蹴るの暴行くらいだ。とにかく命に関係する体の損傷を治すイメージで。
爪や皮膚ではなく、体の内部……内臓や骨、神経、血管、心肺。そして同時に絶食などの拷問も受けてるかもしれないので、栄養と水分も。
チャット欄には「検索中……」のあとに「転送中……」の文字。
あ、体の状況をスキャンするのは検索に入るんだ。なんかいろいろ不思議な置き換え現象が起こってるけど、まあ気にしないでおこう。
ヒルコ:『クォン・ミョンジェ。意識が戻ったら応答してほしい』
まだ「転送中……」は続いているが、反応がないとちゃんと回復してるかわからない。
タイセイ:「ミョンジェ、ごめん……俺のせいで、俺をかばったせいでこんなことに」
シロウ:「タイセイ、今は我慢しろ。その話は、再会したらじっくりするといい」
タイセイ:「ごめんなさい」
しばらく待つと、画面上のミョンジョンを示す赤い点が【状況:疲労】に変わった。
ミョンジェ:「うわ、これなに? チャットウィンドウ!? タイセイ、無事?」
タイセイ:「ミョンジェ! 生きてた、よかった、よかった」
シロウ:「マジかよ……すげえな」
アオイ:「本物だ」
キミタカ:「信じていいのか? 俺たち、この国から出られるのか?」
チャット欄は賑わっているが、次を急がなければならない。
オビ・エビンガもまたミョンジェと同様に拷問に遭ったと考えると、方法は同じ。
検索中、の表示が長い。
随分かかるな、と思ったら赤い点が灰色になった。
そして、【状態:死亡】。
一瞬血の気が引いたが、気を取り直す。
いいや、心肺停止の状態でも、正しい処置をすれば脳細胞が死滅しはじめる5分間の間は蘇生できるはずだ。AEDを思い出せ。実際にヒトに施したことはないけど、研修は受けた。あれは心臓に専門的な電流を流す方法だったと思う。詳しくはないが、心肺の機能はわかっている。
(心臓、うごけ)
強く念じながら「転送中……」の文字を見守っていると、灰色の点が赤くなった。
そして【状態:疲労】。やった!!
オビ:「なにこれ というか俺、一瞬死んでた気がする」
ミョンジェ:「オビ、無事で良かった! あのクソ野郎のアダムをやっつけてくれてありがとうな、助けられなくてごめん」
タイセイ:「オビも! よかった、生きていてくれてありがとう」
キミタカ:「アダムの虐待がなくなったおかげで俺たちは無事だ。嫌な役目を押し付けてしまってごめん、ありがとうオビ」
オビ:「うおーすごい みんなと連絡できる チャットみたいだ みんなが無事で嬉しいよ、俺を助けてくれたのはこのヒルコという人物なのか? ありがとう! 貴方こそが神になるべきだ! アダムはきっと地獄で俺達を見てうらやんでいる!」
聖教法国には異世界召喚勇者の本来の目的がちゃんと伝承されているのだろうか。
シロウ:「オビ、ここでは異世界人しかいないから問題ないが『神』や『地獄』の発言には気をつけろって言ってるだろう。それで散々打たれたことまで忘れちまったのか? ともかく生きていてくれてよかった、ヒルコの力は本物だ」
……本来の目的ではなく、ただのオビ自身の宗教観のような気がする。
とりあえず次だ、次。
最後のアランは、拷問されていた2人と違って人体実験をされているという噂。単純な暴行と違って、薬を使われているかもしれない。スタンリーのように一部の臓器を……という可能性もある。入念なスキャンが必要だ。
「検索中……」の文字が延々と続く中、唐突に赤い点が消えた。
オビのように【状態:死亡】とも出ることなく。
ヒルコ:『……小田愛蘭の反応が消えた。誰か、状況がわかる人物はいないか?』
シロウ:「なんだか騒がしいな」
オビ:「ウオー! ミズキが暴れてる! やっちまえー!」
アオイ:「うそだろ、ミズキが」
キミタカ:「ヒルコ、ミズキが暴れはじめた。たぶん、その騒動に乗じてあいつらがアランを消したんだ! アランの能力は【無痛再生】、いくら体を切り刻んでも復活する特異能力者だ! きっと、薬を使ったか水に沈められたかのどちらかに違いない」
ヒルコ:『正確な状況がわからないと治癒の魔法を送ることはできない。ミズキは』
ミズキ:「みつけた、俺の目の前に、水に沈められたアランがいる。ヒルコ、どうにかならないか?」
体を切り刻まれても復活する特異能力。なるほど、それで人体実験に!
そして彼の命を奪うには、溺死させるしかなかったのか。
ヒルコ:『こちらで反応が確認できない。ミズキ、アランの体に触れてほしい』
ミズキ:「いま水から引き上げた」
オビ:「ミズキ、俺も加勢する! 何号室だ?」
ミョンジェ:「俺も行く! シロウが来てくれれば、俺たちはイケる!」
シロウ:「ああ、もうこんな国とはお別れだ、派手にやってやる! 俺たちを好き勝手使いやがって!!」
ヒルコ:『待て、アランの蘇生が終わるまで暴動は待ってほしい。私が加勢できない』
ミズキ:「わかった。全員、ひとまず医療棟に集まってくれ!」
イシャン:「むかう」
ジォンユー:「了解」
アオイ:「近くにいる」
リョウ:「便利だこれ」
オビ:「よっしゃあ、ついに時がきたぜ!」
ミョンジェ:「とうとうだな。自由になるぞ!」
シロウ:「悪い、宿舎棟で10人ほど斬った。間もなく騒動になる」
キミタカ:「全員医療棟の入口まではたどり着いた。」
タイセイ:「医療棟の西側で捕まった! シロウ、助けて」
シロウ:「後ろにいる、伏せろ」
形勢が有利だとわかって、無言だった人物も加わり始めた。
どうやら戦闘の主軸はシロウと呼ばれる俺様っぽい人物のようだ。
ミズキが触れたことで、小田愛蘭の灰色の点が画面に表示された。
【状況:溺死】。直接現場からの声を聞いたせいか、死因までわかる状況になっている。
人体実験中だったことも鑑みて薬の使用は可能性からはずせない。
心肺停止なだけであれば人工呼吸と心臓マッサージでも良さそうだが、薬が併用されていればそれだけでは済まないだろう。
オビのときと同様に心肺を動かすイメージと、同時に体内の異分子を排除するようなイメージで治癒魔法を転送する。しばらく待つ。
ミズキ:「アランがどす黒い水を吐いた。これは?」
ヒルコ:『わからないが、体内の薬物をまとめて排出するような術を併用しているせいだろうと思う。意識は?』
パッと画面を見ると、小田愛蘭の点は赤くなっていた。表示は【状況:昏睡】。
薬の排出が完全じゃなかったのだろうか? それとも俺が薬と認識できない何かを使われていたのかもしれない。
ミズキ:「朦朧としているみたいだが、生きてる。ありがとう、あなたは救世主だ。これから俺たちは全員で協力して聖殿を脱出する。ヒルコ、強力な魔導を転送できるという話だったが、それはいつでも可能か?」
ヒルコ:『可能だ。だが、本当に強力だ。ヒトや建物など構わず半径50メートル程度を爆発させるような魔導のため、使いどころはよく考えてほしい』
オビ:「最高!」
シロウ:「最高だな。使いどころはミズキに任せる。俺は露払いをやる」
ミョンジェ:「こんなクソ神殿ぶっこわしてやろうぜ」
アオイ:「クソ賛成」
全員がノリにノッている。
今までに協力し合えばきっと何かしら対処できたはずだろうが、拷問や監禁されると思えば萎縮していたことも仕方ない。
ミズキ:「すまないがこれから先、しばらく連絡が途絶える。僧兵たちとの戦闘になるので、そちらに集中したい。半径50メートルの爆発魔導は、合図とともに発動できるように準備しておいてほしい、お願いできるだろうか? 追跡を振り切る、最後のトドメに使いたい」
ヒルコ『承知した。健闘を祈る』
途中から、情報表示のスクリーンはシャルルにも見せられるようになった。ただ文字入力についてはキーボード入力慣れしていないので、シャルルの言葉を俺が入力するだけ。
シャルルが見えるならジュンも見えるだろうと思ったけど、ジュンには見えないらしい。
どういう基準だろ? 魔力? ハイエルフだから? たしかハイエルフは精霊に近いんだっけ。
「異世界人たちの聖教法国脱出は叶いそうですね。ちょっと、あちらで中央と会話してまいりますので、またメッセージが来たら呼んでください。ドラッケリュッヘンから帝国へ渡る経路を確保しておきます」
ちょっと一段落。
緊張した雰囲気の中、ずっとキーボードを叩いていたので目と手が疲れてる。
ジュンがボスンと俺の横のソファに勢いよく座ったのでちょっと体が浮いた。
「王子、おつかれ。11人もの異世界人を救ったなんて、ほんとすごいな。俺、王子の側近になれたこと誇りに思うよ。領主でも皇帝でも神でもなんでもいい。スゲエやつになれるぜ、王子ならさ」
そう言って俺を抱き上げて、膝の上に座らせられた。
「僕はなりたくない……」
「そう言うなって。なりたくてなったようなヤツなんて、それで満足しちまうんだから民のためにはなんねーよ。って、じいちゃんが言ってた」
膝の上で頭をなでなでされると気持ちよくて寝ちゃう……。
「寝んなよ、異世界人から連絡が来るんだろ」
「ふぇい」
じゃあ抱っこしないでくれるかなあ!? あったかくて寝ちゃうよ!
ミズキ:「ヒルコ、準備はいいか。これから、100メートル先の建物を攻撃したい。どこから出るのかわからないが、私が伸ばした手から……まっすぐ飛んでくれると一番いいんだが」
おっと、お呼びだ!
ヒルコ:『わかった』
あ、「承知した」のほうが良かったかな。まあいいや。
俺はユヴァフローテツの荒野で試した火拡散性放出を思い出し、バッと空中のスクリーンに手をかざす。
表示が「転送中……」になっている。無事送れたはず! レオとも実験したし!
アオイ:「たーまやー」
シロウ:「すっげえ」
ミョンジェ:「ざまあみろ、聖教どもー!」
オビ:「ヒャッホー! きたねえ花火だぜー! 最高!」
他にもテンション高い書き込みがものすごい勢いで流れていく。
ミズキ:「狙い通りに命中し、脱出成功だ。これから我々は全員で移動するが、どこへ向かえばいい?」
急いで戻ってきたシャルルが「オルビの港へ向かうよう伝えてください」と小声で言ってきた。
ヒルコ:『オルビの港へ』
ミズキ:「オルビの港……誰か知ってるか?」
シロウ:「大陸の西端の港だ。ヒルコ、俺たちを帝国へ誘導するつもりなのか?」
おや、シロウは鋭いみたいだ。
「シャルル、シャルル」
「失礼、まだ異世界人の解放の最中ですので、また改めて連絡します。はい、ケイトリヒ様……おや、感づかれましたか。まあいいですよ、特に隠しておく利点もありません」
シャルルの言う通りに入力していく。
ヒルコ:『私の所属は明かせないが、帝国に誘導していることは事実だ。そしてつい最近この情報表示の魔法を知り、そちらの惨状を知った。帝国では異世界召喚勇者が手厚く重用され、本人たちも満足している。また帝国は、アンデッド討伐に異世界人の能力を必要としていない。諸君らが望むのであれば別だが、戦闘以外に生きる道が豊富にあるということだけ伝えておこう』
シロウ:「戦わなくていい?」
ミズキ:「本当なのか?」
オビ:「戦わないのになんで召喚してるんだ? おかしいんじゃないか?」
ヒルコ:『その疑問は最もだ。が、これを聞けば信じてもらえるだろうか。ここ40年ほどの間、帝国で召喚された異世界人は4人。10年に1度、ということになる』
アオイ:「10年に1度!? 聖教法国なんて、1年に1回以上、今年は2回も召喚してたんだぞ? しかも毎回、とんでもない量の……ヒトや魔物の生贄を捧げて!」
「イケニエ!?」
俺が驚愕すると、シャルルも首をかしげた。
「……生贄を捧げて召喚するという方法が、確立しているのでしょうか……こちらではそのような残酷な方法は知られていません。彼らは想像以上に、重要人物になり得ますね」
ミズキ:「たったの4人……じゃあヒルコ。あなたはそのうちの1人ということか? たしかに、ここから北西のクリスタロス大陸の中央付近には4つの点がある。ここがあなたの住む場所ですか」
ありゃ。どうしよう。
たしかにそう思われても仕方ないよな。
俺は異世界召喚勇者の数には含まれていないし、赤い点もない。
ヒルコ:『その件については諸君らが無事帝都に着いたそのときに説明しよう。今日は大立ち回りを演じたが、いつでも私が助力できるとは限らない。これからオルビの港まで、諸君らは自らの力で移動しなければならないことを詫びる』
シロウ:「詫びなんているかよ……ずっと願ってやまなかった、自由をくれたんだ。俺はヒルコ、アンタを信じる。オルビの港まで、全員を守るよ」
ミズキ:「とはいえ、西端となるとかなりの距離がある。時間はかかるだろうが異世界人同士、協力しあってまずはオルビの港を目指すよ。ときどき連絡をいれるので、いろいろと相談に乗ってほしい。構わないだろうか?」
ミョンジェ:「奴隷戦士として使い潰される未来を変えてくれたんだ、俺もヒルコを信じるよ。いつか面と向かって礼を言わせてくれ!」
その他も次々と「ようやくこの世界で明るい未来を思い描けた」という旨の明るい言葉が皆から聞けた。
ヒルコ:『諸君らの言葉を聞いて、行動してよかったと思えた。こちらこそありがとう。最後に1点。この情報表示の魔法は、本来とても魔力を消費するものだ。今は私の補佐があるから全員が問題なく使えているが、諸君らの間で使う際には魔力切れに注意を』
嬉々として了解という者や、残念がる者。11人もいれば、リアクションも多彩だね。
ヒルコ:『以上で連絡を終了する。帝国で諸君らに会えることを楽しみにしているよ』
「ふぁ〜、つかれたあ」
「ケイトリヒ様、お疲れ様です!」
レオがスキップする勢いでドアを開けて部屋に入ってきた。
「確認しましたよ。消えかかっていた、ドラッケリュッヘン大陸の赤い点が復活してました。ケイトリヒ様、ありがとうございます」
レオにはそういうふうにみえるのか。
ちょっと涙ぐみながら、レオが俺の目の前に大きな皿を置く。
あ、そこキーボードがあるんだけど……レオには見えないし、俺以外には触れられないみたいでスッと透過した。
「こ、これは!」
「同じ異世界人として、お礼を込めて。プリンケーキです!」
「わーい!!」
ホールに直接フォークをぶすりと刺していただくプリンケーキは、格別でした。
まあ、8分の1も食べられなかったけど。
残りはシャルルとレオとジュンが美味しく食べてくれましたとさ。