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8章_0114話_共和国の不穏な動き 3

ルキアの衝撃的な告白から落ち着いて、全員が満腹になった頃。

全員がデザートのケーキとムーサ茶を頂きながら、まったりした空気感。


後ろに控えていたレオが、深刻そうな顔で悩んでいる。


「レオ、どうしたの? なにかいいたいことでもある?」


「……あの、ケイトリヒ殿下。ちょっと、お人払いをお願いできませんか? それか、声が外に漏れないような魔法を施して頂ければ十分なのですが」


「保安上の理由から人払いは無理ですね。私が音声阻害の魔法を施しましょう。テーブルにいる4人とレオ殿の会話は、それ以外の方に聞こえないようにいたします」


シャルルが歩み寄る。彼なら完璧な精度でやってくれるだろうという信頼はある。


「すみません。そちらの水色の髪の御方は、異世界召喚勇者ではありませんよね? できれば、ご遠慮いただきたいのですが」


「あっ、はい! 構いませんよ。席を立ったほうがいいですか?」

「いえ、必要ありませんよ、結界を調整しますので、そのままデザートを召し上がっていらしてください」


ヴィンは空気感を察知して、素早く好意的な返事を返してくれる。

美少年なうえに気配り上手! コミュ強! くっ、言語化するとチートっぽいな。


シャルルがなにかブツブツつぶやくと、薄い膜のようなものが俺とトモヤ、ルキアとレオを包んだ気がした。


「で、どうしたのレオ」

「その前に……あっ、あれはアンデッド!?」


「えっ!?」


俺はついレオの見ている方向を見たけど、何もいない。


「すみません、ちゃんと遮音されてるか確かめたかっただけです。お騒がせしました」


側近騎士たちは誰も反応していない。

これ、「あれはもしやUFO!?」みたいなネタ的行動の異世界版みたいなものか。


「……で、あらためて、どうしたのレオ」


「トモヤくんとルキアくんに聞きたいんだけど。情報表示インフォメーション・オープンっていう呪文、きいたことある?」


「あ、あります」

「なんですかそれ」


トモヤは知っている。ルキアは知らない。

なにそれ、いわゆるステータスオープン! 的な呪文?


「やっぱり! 王国の異世界召喚勇者は、この呪文を失伝してしまったんですね。これはいわゆる、異世界召喚勇者の安全確保(セーフティネット)みたいなもので、異世界召喚勇者だけにしか使えない術なんです。詳しくないんですけど、どうやら魔法とは違うみたいで」


レオいわく、その情報表示インフォメーション・オープンの術を唱えるとおおまかな世界地図が表示され、異世界召喚勇者の存在が赤い点で記されるのだという。

たったそれだけの情報ではあるが、それだけで異世界召喚勇者にはいくつもの情報が入手できるのだ。

まず、赤い点が集まっている場所。実際の地図と照らし合わせてわかったことだが、共和国の聖殿本部、帝国の帝都、王国の軍本部。そしてドラッケリュッヘン大陸にも2個所ほど赤い点が集まる部分があること。さらに暗黒大陸と言われている部分にもわずかながら反応があるときいて驚いた。


ともかく、それらの赤い点は異世界召喚勇者の位置を示していて、ハッキリと名前まではわからないが感覚的に個体識別ができるのだそうだ。

つまり、しょっちゅう見ていなかったとしても入れ替わりがあるとなんとなくわかる。

大きく移動した場合も、どの点が移動したのかなんとなくわかる。そのなんとなくという感覚は本当に曖昧だが、自分の中でははっきり確信できるのだという。

例えば共和国と王国の国境付近に赤い点が移動した場合、それが王国側の異世界召喚勇者か共和国の異世界召喚勇者かがなんとなくわかる。

いままで見えていた赤い点が消えて、新しい赤い点が増えた場合は消えたことと現れたことがなんとなくわかる。


なんとなく、が続くとどうしても不確かな情報のように思えるが、おそらく個体識別ができるという術式が組まれているのだろう。

わかる理由はわからないが、わかる。そんな感じらしい。


ルキアが試しに「情報表示インフォメーション・オープン」と言うと、すぐに「わっ」と驚いたような声をあげた。見えたんだろう。


なにそれ、俺も使えるんだろうか、使ってみたい!

でもいまここで使ってもし使えちゃったら、俺が異世界人だってバレちゃう!

誓言の魔法を掛けてない、しかも外国籍の異世界召喚勇者に情報開示は危なすぎる。


ぐぎぎと我慢しながらレオの説明を聞く。


「そして、それよりももっと重要なのは、異世界人は異世界人同士でその情報表示インフォメーション・オープンで情報交換ができることです。システムはちょっと古くさいですが」


「えっ!! あ……ここ、チャット欄みたいなものが」

ルキアが何かをじっくり見ながら、空中を指差す。

くうう、俺も見たい! それ見たいー!


「見た目チャットっぽいんですけど、システム的にはメールに近いです。通知されないし個人同士でしかやりとりできないし、魔力量によっては文字数制限もあります……ルキアくん、魔力多いんだねえ? あまり長く表示してると、魔力切れになるよ」


ルキアは目をしばたかせて、視線を外した。ウィンドウを消したのかな。

目頭を押さえてクラクラしているのか頭をブルブルと犬のように震わせて、レオを見る。


「これが、なぜ異世界召喚勇者の安全確保(セーフティネット)に……?」


「王国では、異世界召喚勇者には戦闘や残留の強要ができないことになっているんだ。それは、ひいてはこの安全確保(セーフティネット)のせい。もしも異世界召喚勇者に無体なことをすれば、この世界にいる異世界召喚勇者全てに連絡して、彼らが団結して報復すると信じてるんだ」


共和国の異世界召喚勇者はそれを盾に、職業選択の自由を勝ち取っていた。

世界的にも未知の力を持つであろう異世界召喚勇者の全てを敵に回すことを恐れた共和国は、歴史的に異世界召喚勇者を厚遇することが定着した……というところだろう。

だが実際は、そもそも連絡しあう異世界召喚勇者が情報表示インフォメーション・オープンの呪文を知らないと連絡がとれないらしく、共和国以外の異世界召喚勇者と連絡がとれたことはないのだそうだ。


「つまりおそらくですが、共和国以外の世界中の異世界召喚勇者の間で、この呪文は失伝しています。彼らは、大きな組織にかこわれてしまって身を守る手段がない。帝国が異世界召喚勇者を人道的にあつかっていることは存じていますが、王国はそうではない……」


赤い点が、よく消えてよく現れる場所。

それが、王国とドラッケリュッヘン大陸なのだそうだ。

レオいわく、それは召喚して「使えない」と判断した異世界人を「処分」し、また新しい異世界人を「召喚する」ことを繰り返しているであろうということ。


ルキアから聞いてもおぞましいことだと思っていたけれど、ここまで非人道的な行動があきらかになるとさらに怖気がする。

一体何が、王国軍部をそこまで残酷にさせるのだろうか。

ドラッケリュッヘン大陸ではどんな体制が敷かれているのだろうか。


「ルキア卿」


「……はい」

「このことは、王国にもどって異世界召喚勇者に直接はなしたほうがいい」


「……わかります。全員がこの呪文を習得してから、軍部に明かすのですね」

「うん、のみこみがはやくてたすかる。この件については、帝国の異世界召喚勇者にも協力をあおごうとおもう。そちらについては、僕にまかせて」


「ありがとう……ございますっ……!」


状況に改善の光明が見られたおかげか、ルキアの涙は先程の痛々しいものではなくなっていた。


「あの、王子」


トモヤが思わずというふうに話しかけてきた。


「うん?」

「……あの、どうしてそんなに、俺達を……えっと、気にかけてくれるんですか」


「ふこうなたちばにいるヒトを助ける貴族って、そんなにめずらしい?」

「いえっ、そういうわけじゃ、ないんですけど……!」


「僕はレオから教えてもらって、異世界がどういう場所か、異世界人がなにを考えどんな暮らしをしてきたかよくしっている。知っていると、情がわくんだよ。僕とおなじ、なにも変わらないにんげんなんだ、って。同じ立場だったらどう思うかって、そうぞうできるんだ」


「知っていると……情が」


トモヤは目からウロコが落ちたかのように口ずさむ。

ルキアは、力なく笑いながら「さらに『影の皇帝』を側近にするくらいの権力をお持ちですしね」とぼやいた。それもまた事実だ。

かわいそうだ、とおもう情と、それを解決できる力があるという自信と事実。

この条件が揃わなければ、簡単に手を差し出そうとは思えないし、迷惑になることもあるかもしれないから、尻込みするのは当然だ。

俺はたまたまその力を持っていて、トモヤにもルキアにも残念ながら力がなかった。


でもルキアは、俺のところまでたどり着いた。誰かが助けてくれるかもしれないという可能性に懸けて、盗聴魔法を耐え、話す相手を選び抜いて、勇気を持って話した。


ルキアの努力もまた、誰にも真似できないものを「持っていた」ということだ。


「うん。世界の悲しい惨劇も、目をそむけたくなるような争いも、おたがいを知らないから生まれる。知ろうとしないから憎しみがます。知らないから、だれかが感じている痛みを想像できない。知らないということは仕方のないときもあるけど、知ろうとしないのは罪だ。僕は、そうおもうよ」


トモヤは神妙な顔で、俺の言葉を懸命に咀嚼して飲み込もうとしている。

彼はまだ若い。前の世界で勉強や礼儀を知ろうともせず、できないことを他人や状況のせいにしてきた姿勢がこれから変わるかどうか、まだわからない。


俺だって、前世で彼らよりちょっと長く生きただけの若造だ。

偉そうなことは言えないんだけど。

だからといって権力と力を持った今でも「使えないから」といって「処分」するような人間にはなりたくない。そんな悲劇が横行している世界で、助けられるヒトは助けたい。


神にならなくたって、それくらいのことは領主令息の立場で行動してもいいよね。



「ルキア、今日ははなせてよかった」


帰り際、ホールケーキに文具、ついでにポプリをいれたお針子特製の匂い袋に、レオ特製の「異世界再現お菓子いろいろ詰め合わせセット」を渡す。

今後の異世界召喚勇者調査の状況は、頃合いを見計らって共有することを約束した。


クールを気取っていたルキアが今日はずっと泣いてたせいか、とてもしょげて見えた。

元気づけようと両手を広げて「ん」と言うと、ルキアはちょっと笑いながら膝をついてちゃんとハグしてきた。


「ケイトリヒ殿下って、見た目より、いえ実年齢よりもすごく大人っぽいです。私もケイトリヒ殿下と話せてとても嬉しかった。また授業でも仲良くしてください」


ま、中身大人だからね。これ、ルキアが知ったらすごいブーブー言いそう。

なんだかルキアは将来的に俺のもとに来る気がする。ただの予感だけどね。


「殿下、殿下! 僕もハグしたい!」


ヴィンもハグをねだってきたので、両手を広げて「ん!」と迎え入れる。

なんかいい匂いする! 美少年の匂い!


トモヤとハグするつもりはなかったけど、なんか流れですることになった。

まあこういうのは空気感大事だよね……と、ハグしたら。

トモヤが耳元でまたまた衝撃的な告白をしてきた。


「殿下、ファリエルには気をつけてください。彼は聖教会の中で『政教融和派』……周囲からは『拝金派』と呼ばれる派閥の命令で動いてます」


パッとハグを離して、しっかり目をみつめる。


「手土産の経典も、彼から?」


トモヤは短く頷いた。


「ありがとう、トモヤ卿。もしもキミがその気になったら、僕の共和国聖殿本部のじょうほうもうになってくれるとうれしいな。でも、ムリはしないでほしい」


トモヤはおそらく、ルキアのようにうまく立ち回ることはできないだろう。だからこそムリはさせたくないのだが……信頼できる情報網は、今はここしかツテが無い。


「基礎学習と礼儀作法のべんきょう、がんばって。必ずトモヤ卿のためになるから」

「はい、がんばります」


今日、エントランスに現れたばかりのヘラヘラした頭空っぽのトモヤとは、眼差しがまるっきり変わってしまった。


これは、もしかすると化けるかもしれないぞ?



「ファー。つかれたぁ」

「おつかれさまでした。寝ててもよろしいですよ」


大浴場の一角、大理石(マルモア)と銀装飾が目にあんまりやさしくないお風呂でペシュティーノに身を任せて洗われてます。僕、9歳。来年は洗礼年齢ですが、高貴な公爵令息はふつうじぶんで体を洗わないそーです。


ほんとかなー?


クラレンツ兄上に聞いたら絶対自分でやってるって答えそう。

でも今日はお茶会でつかれたのでペシュティーノのでっかいおててに身を預けるのです。


「ていこくの異世界召喚勇者とのめんかいは……」

「シャルルが手配しています」


「王国とのちょうせいは……」

「パトリックが対応します」


「僕は……」

「寝てください」


お言葉に甘えます。



翌日。


情報表示インフォメーション・オープンの術を使ってみたところ、使えた。


さらにレオの話ではなんとなく個体識別できるという話だったけど、俺の画面にはくっきりと、はっきりと、赤い点に【名前】と【状態】が出ている。


そして不思議なことがひとつ。

俺の赤い点は存在しない。


「へええぇぇ、知らなかったなあ。異世界召喚勇者だけが使える術、しかも魔法じゃないなんて。たしかに異世界召喚勇者っていうのは、この世界で(ことわり)を変えられる存在だから不思議じゃあないけどさ」


ジオールが俺のだした情報表示インフォメーション・オープンの画面をしげしげと見つめながら言う。

見えるんだ? レオにも見えるかな。


「神には至らずとも、世界記憶(アカシック・レコード)に達したものが存在したのでしょう。情報を引き出し、術を構築し、同胞に与えた……しかし異世界召喚勇者の情報は世界記憶(アカシック・レコード)には還らない。我々が知らぬのも当然です。もしかすると精霊の知らないこの術のように、独立した竜脈を持っているのかもしれません」


ルキアは王国の人質は6人、と言っていたが今では7人になっている。

今年の異世界召喚勇者が召喚されたんだ。


宮本玲央の名前の横に【4295日】と表示がある。

これはおそらく、この世界に召喚されてからの日数。この世界は1年が360日だから12年と29日ということだ。だいたい12年。レオの昨日の話とも一致する。

いちいち年数計算しないといけないの面倒だな、と思った瞬間に表示が年数+日数に変わった。


「この術式……僕の認識というか、知識にリンクしてるのかも」


レオは「おおまかな世界地図」と言ってたけど、俺の世界地図は帝国だけやたら海岸線がしっかり表示されている。

クリスタロス大陸周辺とヴィントホーゼ大陸はハッキリめで、ドラッケリュッヘン大陸は海岸線が妙に単純で、暗黒大陸については線そのものがあやふやだ。


帝国の異世界召喚勇者は帝都に4人。

1人が8年ほど前である以外は、全員10年超え選手。

一番古い人物にいたっては今年でちょうど20年経っているみたいだ。

そして状態は全員【体調:良好】【精神状態:安定】のマーク。

あ、いまひとり【体調:空腹】になった。お腹へったんだね。お昼だもんね。


「ケイトリヒ様、会ったこともない全員の異世界召喚勇者の名前や状態が出るって本当ですか!? ケイトリヒ様も見れるなんて、すごい。魔力無限ですもんね! さすが神! でも赤い点は魔導学院には2つだけなんですか!? 異世界召喚勇者に察知されないということは、やっぱり転生者だから僕たちとは違うってことなんでしょうか!」


俺のおやつ、肉まんのセイロを手にしたまま、俺が見えることにすごい興奮した早口でレオがまくし立ててきた。正直俺も、この術から得られる情報は手に余る。

ジオールが見えるもんだからレオにも見えるかな、と思ったけど見えなかった。


「うん、違うんだろうね……それに僕は本流の世界記憶(アカシック・レコード)にももうアクセスしてる。きっとこの術は、異世界召喚勇者だけの記憶を封じた世界記憶(アカシック・レコード)の支流なのかもしれない。とにかく手にあまるよ」


スクリーンから目を離して、勉強机の椅子の背もたれに背中を預けて背伸びする。

緊張していたのか、肩と背中がこわばっていた。


「なにか、嫌な情報でもあったんですか」

「うん……王国と、ドラッケリュッヘン大陸の異世界召喚勇者の状況ね。レオが予想したとおり、あまり良くないみたい。いや、さいあくのレベルかも」


帝国の4人と対象的に、王国の異世界召喚勇者の状態は悪い。

【状態】は衰弱、疲弊、【精神状態】は不安定、焦燥、絶望なんていう文字が並んでいた。

ドラッケリュッヘン大陸にいたっては、【状態:瀕死】まである。


今まさに、助けを求めている異世界召喚勇者たちの情報が見れてしまう。

これがここまで心に()()ものだとは想像していなかった。

俺は彼らを助けもせずにペシュティーノのやさしい手で体を洗ってもらってたのかと思うとどうしようもない罪悪感に駆られる。


「主、心を乱さないで。異世界召喚勇者も、この世界の人間も同じ。不法流民とおなじ。助けられるヒトもいれば、助けられないヒトもいるんだ。主はまだ神じゃないんだから、ムリなものはムリなんだよ」

「王国はすぐに動かせるでしょう。ドラッケリュッヘンは、いずれ主が赴く土地でありましょう? それまで……」


「それじゃあ、遅い。僕が冒険者になってドラッケリュッヘン大陸にいくのは、魔導学院を卒業してからだよ。最低でもあと1年半はかかる……それまでにこの瀕死の異世界召喚勇者は、きっと死んじゃうんだ。すぐに飛んでいきたいけど、僕が勝手をしたら父上にも皇帝陛下にもめいわくかけちゃう……」


「では赴くのではなく、呼び寄せてはどうですか」


へぐへぐしていたら、勉強部屋にシャルルが入ってきた。

手は書簡を差し出している。


「王国は、すぐに動きましたよ。軍部の異世界召喚勇者への非人道的な扱いについて、レンブリン公爵閣下が動いてすぐに調査に入りました。既に数名が保護されています」


「え!!」


はやすぎィ!


「ぐ、ぐんぶのていこうは」

「ありません。なにせ、レンブリン公爵は王命で動き、王に働きかけているのはラウプフォーゲル公爵令息の側近にして帝国の元・魔術省副大臣であるこの私ですから」


すっ……ごいドヤ顔。

ジュンやパトリックと違って、なんかかわいげがないから微妙に腹立つ。

いやすごいありがたいけどね! 間違いなく、シャルルの功績ですけどね!


「ルキアに異世界召喚勇者に呪文を教えてから、っていったのに、僕のほうが先走っちゃった」

情報表示インフォメーション・オープンの呪文がなくとも、異世界召喚勇者は保護されるべき存在です。呪文については、これ以降の冷遇への抑止力として伝えればよろしいかと」


……シャルルはシャルルで、やっぱり異世界召喚勇者の扱いについては思うところがあったんだろう。ハイエルフは精霊に近い、世界記憶(アカシック・レコード)に最も近い種族。

新たな神候補となる異世界召喚勇者を守る存在……なのかもしれない。


「しかしさすがの私でもドラッケリュッヘンにツテはありません。そこで殿下の、神の権能の出番です。もし異世界召喚勇者専用の術、情報表示インフォメーション・オープンが召喚者同士の竜脈を形成しているとなれば……ケイトリヒ様は、その主となれるはずです」


まだ存在自体が仮定だけど、世界記憶(アカシック・レコード)よりも小規模で、歴史的に考えてもさほど数は多くないであろう異世界召喚勇者だけの記憶の竜脈。

それを支配して、ドラッケリュッヘン大陸でいままさにひどい目に遭っている異世界召喚勇者を呼び寄せる……?


「あっ! そうですよ、ケイトリヒ様には全員の名前と状態がわかるんですよね。つまり俺たちが、『接触』した人物と同じ物が見えているということであれば……メッセージを送ることができるんじゃないですか!?」


「でも情報表示インフォメーション・オープンで送られてくるメッセージは、呪文を知ってるヒトじゃないと確認できないし、通知もでないんでしょ?」


システム的にメールと似ているというのならば、端末の通知設定がオフで、アドレスも知らないヒトにメールを届けるようなもの、のような気がする。

さらにそのヒトは、自分が端末を持っていることにも気づいていない。


「それは……ほらっ、特別な通信ですよ! 日本の、緊急地震速報みたいな! あれって通信機能がついてるものなら何にでも送られてくるでしょう!?」


たしかに、俺の時代だとスマホでもガラケー|(プッシュボタンのついた携帯電話)でも緊急速報は鳴っていた。通信会社や設定によっては変わるらしいけど、過去の大地震のときにはほとんどの通信会社がマナーモード問わずに音が鳴っていた気がする。


「んん〜、世界記憶(アカシック・レコード)に支流があるのは僕たちも想定外だけど、そもそも竜脈は神の力を世界中に巡らせるためのものでもあるから。すでに古代の異世界召喚勇者が『この世界に召喚された異世界召喚勇者の全て』を掌握する魔法術式を構築したのであれば、それを操ることは、たしかに主にしかできないことかもしれない」

「しかし主、その力が使えたとして、主は虐げられる異世界召喚勇者に何を伝えるおつもりですか。共和国では代々異世界人特有の術を知っていたからこそ、虐げてはならないという()()ができあがっておりました。しかしすでに虐げているとなると確たる危険性を感じなければ、かの呪文ごときでは蛮行の刃を収めるに足りません」


ジオールとウィオラが俺の視界の両サイドからひょっこり顔を覗いてくる。


たしかに。ジオールの言う通り、情報表示インフォメーション・オープンを俺が支配することはおそらく難しくない。古代の術式とはいえ、俺には精霊がついているし、世界記憶(アカシック・レコード)の情報もある。

そしてウィオラの言う通り、その異世界人特有の術を教えるだけでは、ドラッケリュッヘンの蛮行は収まらないだろう。異世界召喚勇者の危険は依然として取り除けない。


「異世界召喚者に僕から魔法をおくる。僕は治療の魔法が使えるし保護の魔法もつかえるから。そして、世界の異世界召喚を、とめる。もう二度と、異世界人を召喚させない」


「主、前者はよいとして、後者は……」

「事実上、主が神になるか、世界が崩壊するか。その二択だけが、この世界(ユニヴェール)に残されることになるよ。いいの?」


ジオールから念押しされて、俺は怯む。

王国は何かしら政治的な措置で止められるかもしれないけど、ドラッケリュッヘンの異世界召喚は止められないだろう。


「私としては退路を断つ後者の案を推進してもらいたいですが……ケイトリヒ様に後悔してほしくもありません。ひとまず前者の、『魔法を送る』だけ進めてはいかがですか」


シャルルが折衷案を勧めてくる。

たしかに、二度と異世界召喚勇者を召喚させないというのは性急過ぎたかもしれない。


「……わかった、やってみる」

「お待ちを。スタンリーを癒やしたような魔法を使うのであれば、アンデッド魔晶石が心もとないです。すぐにユヴァフローテツの備蓄分を手配しましょう」


ウィオラが心配するのならきっと実際足りなくなるんだろう。

いつもなら俺の体調を心配するのはペシュティーノなんだけど……。


「ところで、ペシュは?」

「御館様と固定両方向通信(ハイサー・ドラート)で会談中です。何やら大事なお話であるとか」


父上から大事なお話って、こわい。なーんか大きく動きそうな気がする。


「じゃあ、じゅんびができたらおしえて」

「承知しました。レオが茶を淹れなおし、主が飲み干した頃には整っているかと」


ウィオラとジオールが霧になって消える。

それからは、シャルルとドラッケリュッヘン大陸の異世界召喚勇者に伝えるメッセージについて話し合った。レオがお茶を淹れなおし、おやつを出してくれる。

きょうのおやつはスイートポテトと濃厚バニラシェイク。

前世でいうサツマイモはこちらの世界では近いものがまだ見つかってないらしく、ちょっとネットリしたサトイモ風の食感。

シャルルは「レバーポテトがこんなに美味しくなるなんて奇跡です」といって舟形のスイートポテトを6個も食べてた。ちょっと食べ過ぎじゃない?


打ち合わせが落ち着いて、お茶を飲み干した頃に宣言通りウィオラが現れた。


「主、準備が整いました」


なぜかポテポテとバブさんがやってきて、俺の横のソファーに座って体を寄せてきた。

「どしたのこれ」

「【命】属性を主に馴染ませるための媒介です。お気になさらず」


あそう。


「じゃ、やるよ。情報表示インフォメーション・オープン


大きな世界地図と、その下に現れたチャットウィンドウみたいな欄。


「あ……これどうやってにゅうりょくするんだ」

「主、この術は異世界召喚勇者によって作られたものです。異世界で馴染みのあるものを想像すれば親和性があるのではないでしょうか」


ウィオラの言葉に、よくわからんと思いつつも「キーボードがあればな」と思った。

仕事で使っていたチャットではやっぱりキーボードが主流だったからね。


パッ、と半透明のキーボードが俺の手元に現れる。おお、すごい。

手で触れると、感触がある。キーボードのキー配列なんて正確に覚えていないのに、ちゃんとしてる……ような気がする。俺の小さな手に合わせたサイズ。


カタカタと手を動かして、シャルルとの打ち合わせどおりの文章を入力していく。


「……ケイトリヒ様は、今なにを?」

「異世界の方式で、文字情報を入力する作業をしていらっしゃいます」


「見えないというのは不便ですね。精霊様のように、私も見えるようにできませんか」

「主にお尋ねください」


シャルルには見えないから不思議だろうね。

虚空を見つめながら指先をモニョモニョしてる……。

あ、なんか想像するとちょっと怖い人。


ドラッケリュッヘン大陸の異世界召喚勇者だけに宛てられたメッセージの内容はこうだ。


「―拝啓、異世界召喚勇者各位


―私は、過去の異世界召喚勇者が遺した術をつかって君たちに接触を試みている。


―日本、あるいは地球の各国からこの世界に否応なく召喚された諸君らに告ぐ。


―召喚された場所で、不当な、あるいは残酷な、または非道な扱いをされているのならばすぐにこの接触に対し反応を示して欲しい。


―反応のための呪文は情報表示インフォメーション・オープン


―私の持てる力で、諸君らの力になりたい。


―私は諸君らの先導者であり、この世界が異世界人を求める理由に最も近しい者である。


―諸君らの応答を待つ。   敬具」


……なるべく威厳をもたせるような文章でって言われたからこうなったけど……。

これ、意味わかるかなあ?

次話について。

暴力表現はありませんが、やや過激なワードや不快な状況を描写しています。

苦手な方は飛ばしていただいても、ストーリーの進行に深刻な影響はありません。

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