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8章_0113話_共和国の不穏な動き 2

リヒャルトとヘルミーネ、そして彼らの友人である旧ラウプフォーゲルの下級貴族を伴ったお茶会は、安定の大成功。


まあ、これは勝ち確お茶会ですからね。

なにしろリヒャルトとヘルミーネは俺と仲良しだもん。


バジラットが作った「見せるようのお庭」を褒めちぎり、羨ましがりまくり。

連れてきた貴族たちも造園に興味があるようで、どのように「赤の貴婦人」と「歌姫」を同じ区画で満開にさせたのかしつこく聞きたがった。ちなみにどちらもバラの品種名。

俺が「ゆうのうな庭師が……」といいつつモゴモゴしてたら、リヒャルトがなんか察してくれて「このお庭は精霊に愛されているのですね」なんて濁してくれた。

濁したというか事実なんだけど。ありがとう、助かったよ。


ヘルミーネのご要望、ゲイリー伯父上の2人のゴージャス夫人の絵写真(ビルトパピーア)についてはせっかくなので俺の発明品である映像再生装置(ビデオプレイヤ)で見てもらうことに。

2人の声まで入った映像を見て、ヘルミーネはアイドルを見る少女のようにきゃあきゃあと興奮していた。落ち着いたタイプだと思ってたのでちょっと意外だったよ。

「動いているとさらに素敵!」とか「お声まで色っぽいわ!」なんて褒めちぎる。

夫人たちに聞かせてあげられたらよかったのにな。


「お持たせ」の文具もお菓子も、全員感動してくれた。

特に文具は話題になってたので欲しかったんだそーだ。

まだ市場には出回ってないからね! 今のところスーパーレア。まあいずれ出回る事は言ってあるから、使い終わったら正規値段で買ってね!


しかしこんなにお茶会を大成功させちゃうなんて、俺もうお茶会マスターじゃない?

プロのお茶会プランナーじゃない!? プランニングはぜんぶ側近にまかせてるけど!

側近が有能!


というわけで、最後はルキア。

しかしここで予想外の展開が。


「……トモヤ・イダを同伴したいって」

「なんと」


ルキアからの招待状の返事には、ちょっと神経質なこの世界の文字でそのように書かれてた。こちらの世界に来てから学んだであろう文字は、とても上手。

ルキアは勉強熱心なタイプみたい。


「こまったな」

「……そうですね」


というのも、件の異世界召喚勇者トモヤ・イダは共和国籍の生徒。

異世界召喚勇者であることを公言していて、聖殿所属。あのおバカ少年ファリエルと共にやってきた共和国からの密偵だ。ぜんぜん秘密じゃない密偵。

学内の様子や生徒同士の人間関係、授業内容を共和国の聖殿に報告していることは折り込み済み。


それだけでなく。

どうやら精霊の調べによると、ちょっと難ありの人物だという話。


共和国のここ近年の異世界召喚の結果から見ると、いわゆる「アタリ」扱いされているらしく、聖殿ではかなりちやほやされていた模様。かなり高い【光】属性適性があるが、肝心の魔力は人並み、という、若干アタリとは言い難いのでは……と言いたくなる能力だ。


まあ能力はさておき、性格。

ちやほやされたことが災いしてか謎の選民意識を持ち、特にこの世界の人間全員をバカにするような態度が見られるという。……ちょっと仲良くなりたくない人物だ。

俺、見た目はこの世界の人間にしか見えないだろうし……。


「え〜〜どうしよ〜〜やだな〜〜」

「仕方ありませんよ、招待客の同伴者です。こちらから断ることはできませんので、これも面倒な相手をもてなす練習としましょう」


ペシュティーノがルキアの手紙を改めて読み「きれいな字を書きますね」と言った。


「この分寮、共和国にバレてもいいの?」

「キュア様が周辺を調査できたということはトモヤ卿は精霊を察知できないのでしょうし、ファッシュ分寮のことは隠しようもありません。ラウプフォーゲルの財力と権力の高さが伝わるだけですから問題ありませんよ。むしろこちらに都合の良い情報を共和国に流す好機と考えてもよろしいかと」


なるほど、そういう考えもあるかー。


食事とお茶どちらがいいかという問には「欲を言えば両方ですが食事を希望します」とあった。ルキアはもう野営訓練の時にお菓子は食べたもんね。

お菓子はこれからも俺が配る可能性があるけど、食事は招待されなきゃ食べられないし。


トモヤのことは気が重いけど、お茶会の全勝めざしますので!

勝ちの基準はなにかって? もちろん、ただの俺判断!



かくして、お茶会当日。

しょっぱなからトモヤがやらかしよった。


「あのラウプフォーゲル王子のお茶会に招待されたんだぜ〜」と吹聴しまくり、予定外の客をぞろぞろと連れてきたのだ。もちろん分寮の絶壁を登る昇降陣(エレベーター)の前でお引き取り願うことに。

これにはルキアも度肝を抜かれたようで、かなり厳しい口調でトモヤを責めたようだ。

ちなみにこの行為は貴族社会でタブー。ルキアが誘ったなら仕方ないが、ルキアに誘われたトモヤがルキアの了承なしに誘うのは基本NG。

ただとにかく大人数を集めたいときには歓迎されるので、そういう場合は主催者がそのように招待状に明記する。今回はその記載がないのでマナー違反というわけだ。


つまりどういうことかというと、のっけから雰囲気がギッスギスです!!!


「ご招待いただきありがとうございます。王国所属のルキア・タムラです」

「あ、えーっと〜はじめまして、よろしく……お願いします。あっ、イダトモヤっす!」


その自己紹介に閉口したルキアが、もうトモヤに「オマエは黙ってろ」と言わんばかりの険しい目つきと態度。トモヤはトモヤで「なんでそんなこと言われなきゃいけないのか」の開き直りっぷり。


せめてもの救いは……。


「ヴィンフリート・メルテンスです。ごきげんよう、ケイトリヒ殿下。今日も素敵なお召し物ですね! こちらが噂の水マユの刺繍ですか! 素敵です〜!」


ルキアは緩衝材として先日の応用魔法工学の授業で仲良くなったヴィンを連れてきた。

直前になって飛び込みで追加されたとはいえ、これはトモヤと違って嬉しい誤算。

仲良くはなったけど所属領同士も縁遠く、劇団に所属するヴィンを名指しで招待するのはパトロン疑惑も出てくるということで時期を見計らっていたのだけれど、ルキアの誘いとなると何も問題ない。来てもらえてよかった。


「ケイトリヒ殿下に献上するものとして不釣り合いかもしれませんが……私とルキアで大切に育てたものをお持ちしました」


分寮の護衛をしている騎士が、ヴィンの合図でなにやら布をかぶせた大きなものをぶら下げて持ってきた。大切に育てたってことは……生き物!?


「え! なあに、なあに!」

「ふふふ、実は魔法応用工学の授業でまれに発生するんですよ」


そう言って布をゆっくりめくると、真鍮製の大きなドーム型の鳥かごの中に、ハンドボールほどのふわふわの物体がぷやぷやと浮いている。


「なにこれー!?」

「おや、ご存じなかったですか? フワムクと呼ばれる、精霊の亜種のようなものです」

「なんでも、魔力を与えると大きくなって長生きするとかで観賞用に飼う方も多いとか。王国では薄い水色のものをみたことがありますが、帝国では淡いピンク色なんですね」


水中で上下するマリモのように、ふやふやと流れたかと思えばカゴにぶつかってぽよんと跳ね返る。淡いピンクだか、オレンジだか、ところどころ色がグラデーションしててすごくキレイ。成長して存在がハッキリしてきたら、触ってもいいそうだ。

存在がハッキリってどゆこと? と思ったけど、精霊の亜種っていうならそんなもんか?


「初めて見た……けどなんかすごくみおぼえがあるし、名前にもききおぼえが……あ」


ひょいと俺の後ろから鳥かごを覗いてきたジオールとウィオラを見て、思い出した。

キミたち、昔こんなんだったよね?


「フワムクかあ! いいものもらったね、主!」

「なかなか肥えています。随分と魔力を与えたのではないですか」


「そうなんです。初めて殿下とダニエル卿と授業をした日の後、2人で話し込んでいたらどこからか発生したみたいで教室の中で漂ってて。それを捕まえて、ルキア卿といっしょに育ててたんです」

「お茶会に呼んでいただくのは嬉しかったんですが、手土産になるようなものがなくて……ヴィン様に相談に乗ってもらってたんです」


ルキアはすっかりヴィンに懐いてるみたいだ。

手土産はいらないよ、って言ってたのに。こうなるとトモヤが……。


「ケイトリヒでんか、俺も手土産あります! はい!」


トモヤがフトコロから取り出したのは、なんと分厚い本。

本ってすごい高級だったんじゃないの!?


「うわあ、すごい! ありがとう!」


喜び勇んで手を出した瞬間、横からサッとウィオラに掠め取られた。なんぞ!?


「誰かに言われて渡しただけでしょうが、軽微ながらも洗脳の魔法陣つきとはいただけませんね」


ウィオラが本にグッと爪を立てると「ジュワッ」と音がして複雑な色が混じった煙が本から立ち上った。

え……洗脳の魔法陣……だと……?


「異世界召喚勇者は世情のことまったくしらないから、いいように利用されないように気をつけてよ〜? 主は僕たちが守ってるからヘーキだけど、これ、ふつうの帝国貴族に同じことしたらその場で斬首だからね?」


ジオールが満面の笑みでトモヤに凄む。明るい声だけど、完全に威圧してる。


「えっ、そ、そんなの、知らなかった……し……」

「ジオール、ちょっと」

「いーんですよ、別に責めてませんって! 異世界召喚勇者だから、知らなくてもしょーがないですよ! うんうん。主も寛大な心で許してくれるって!」


俺も無防備に手を出したのが悪い……ってしまったーー! この本、聖教の経典だ!!

う、受け取ってしまった……でもさすがに突き返すことはできないよね……。

アブナイ魔法はウィオラがなんとかしてくれたみたいだし、まあ聖教の教えがどういうものか知っておくのもいいだろう。考えを改めて、ありがたく頂く。


「手土産ありがとう。さ、じまんの料理をたべましょう! 僕の専属料理人は異世界人って、ごぞんじですよね? きっとルキアたちもなつかしい気分になるでしょうね!」


「えっ」

「ケイトリヒ殿下、異世界召喚勇者はトモヤ卿ですよ!」


「あっ! す、すみません……語感が似てたから間違えちゃった……」


あっぶねー! ふつーに間違えたー! ルキアがすごく複雑そうな表情で俺を見てる!

ごめん! ごめんって、僕はルキアが異世界召喚勇者であること知りませんから!


「主。もうひとつ、お客様への無礼をお許しください」


ウィオラが音もなくルキアに近づくと、大きな手で肩を掴んで本のときと同様に爪を立てるように握りしめた。


「……痛ッ!!?」

「ウィオラ、なにするの!?」

「お許しを。盗聴魔法をこの館に入れるわけには参りませぬゆえ」


「!!」


ルキアの目がカッと開かれた。

同時に、緑と暗い紫の煙がルキアの背中からたちのぼり、消えていった。


「か……解除してくださったのですか!?」

「容易いことです。それとも、解除しては不都合がございましたでしょうか?」


ルキアは信じられないように俺達の顔を交互に見ると、目にいっぱいの涙を浮かべた。


「いいえ……いいえ、不都合などありません。助かり……ました」


今にも泣き出しそうなルキアをヴィンが慰め、トモヤはオロオロ。

とりあえず座って落ち着いてもらうため、庭園の会場へ案内した。



お庭で手始めのお茶と小さな茶菓子を食べて落ち着いてきたルキアは、あっさりと王国の異世界召喚勇者であることを明かした。

その決死の告白に一番おどろいたのはヴィン。ごめん、俺しってたんだ。


王国と共和国の客人ということで、今回のお茶会の会場はやや側近と護衛騎士多め。

パトリックもいるし、後からレオも来るはず。オリンピオはいるだけで物理的にも圧があるので、お茶会では遠慮してもらっている。


「王国と共和国の異世界召喚勇者がここに……へえ、彼らは帝国ではそもそも人数が少ないですし、中央が大事に保護しているので本人たちが望まない限りは外に出ませんから……なんだか、僕たちとたいして変わらないのに、異世界人なんて。不思議です」


ヴィンがまじまじとルキアを見る。


「異世界人は、みな髪が黒いのですか?」

「いえ、それは私の国……というか、地域……いえ、黄色人種だけでなく黒人もほとんどのヒトは髪は黒いから地域となるとかなり広くなるんですが。全員が、というわけではないです。赤毛もいれば、金髪もいましたよ。髪を染めて楽しむ文化もありました」


「髪を染めるのはこちらでも一部のヒトがやりますね! そういう魔法もありますし。それより……黄色? 黒人? 異世界では、色でヒトを分けるのですか?」

「私が生まれ育った国はほとんどが同じ人種だったので意識したことはなかったですが、世界ではそうだったみたいです。ちなみに黄色や黒は肌の色のことですよ」


「え、ルキアは世界のことを知っていたのですか? すごい」

「いえ、誰でも知ることができるんです。インターネットというものがあって……」


ヴィンの世間話的な質問に淀みなく応えるルキアを、俺とトモヤはただジッと見ていた。

トモヤはときどきヴィンの質問に答えようとするが、ルキアの理路整然とした答えを聞いて押し黙る。

どうやらトモヤは知性か喋りかどちらかにコンプレックスを持ってるようだな。


「トモヤ卿、異世界では貴族制度はないときいてますけど、民たちは人種いがいでどういう区別をされてたんですか? 王もいないんでしょう?」


俺も無害な質問をしようと思って切り出したが、トモヤには難しかったようだ。


「えっと、差別はあったけど区別は……ええっと、なかったと思う。王はいないけど、天皇はいたよ。あっ、いや、外国ではいたか、王」

「トモヤ、その件は選挙制のことを話してはどうかな。王国も帝国も君主制だけど、共和国は選挙制だろ。日本と一緒だ」


ルキアがアドバイスするが、トモヤには不満だったようだ。


「あ〜、えっと……俺、共和国がナニ制とか、習う前に入学したんで……」


ルキアが眉を寄せて責めるようなことを言い出しそうな目線を向けたので俺が回収!


「そうなんですね! じゃあ、召喚されて、すぐに魔導学院へ?」

「そ、そうなんだよ。2週間くらいだったかな? いきなり魔導学院に入れって言われたから仕方なく。でも俺、【光】属性の適性があるって! 珍しいんだよな?」


「うんうん、すごく珍しいですよ! じゃあ、魔導のじゅぎょうはもう受けた?」

「あ……いや、今は基礎学習。俺、この世界の文字読めないから。元の世界では俺も難しい字だって読めたんだぜ。異世界に来たばっかりだから仕方ないよな」


ルキアはトモヤの受け答えにいちいちイラついたような反応をする。


「ルキア卿、トモヤ卿はまだこちらの世界に来てまもない異世界召喚勇者なので、言葉遣いは気にしなくても大丈夫ですよ……あっ、それより食事にしましょう!」


イラつくのはきっとお腹が空いてるからかもしれない!

すぐに食事がでるからということでお茶菓子は軽めだし、レオの日本再現料理で満腹になればもう少し雰囲気も良くなるかも!


間もなく料理のワゴンが運ばれ、中央に大皿1つ、それぞれに大きめの皿。

給仕がいっせいにクローシュを開けると、ルキアとトモヤは歓声を上げた。


「は、ハンバーガーだ!」

「うわ、うわあ! スッゲ、完璧!!」


テーブルには小皿に入ったケチャップとマヨネーズとマスタードと、塩も置かれた。マスタードはもともとこの世界にもあったみたいだけど、ソースとして使えるようにレオが改良を加えている。


「どうぞ、めしあがれ!」

「いただきます!」

「いっただっきます!!」

「えっ、手で!?」


「ヴィン、これは手で食べるものなんだって。抵抗があるようならカトラリーを用意しようか? 僕がカトラリーをつかうのは、おくちが小さくてかぶりつけないからなの」


レオは何度かハンバーガーを作ってくれているけれど、俺は手で食べられた試しがない。

なにせパティに噛みついただけでお口いっぱいになっちゃうからね。


「いえ、それが異世界の流儀なのであれば、倣って。いただきます!」


ヴィンは美少年にあるまじき大口をあけてハンバーガーにかぶりつく。かぶりついた逆側からパティがにゅる、とでちゃったので、多分口の中に肉は入ってない。

ひと口目は「これは白パンですか?」と言うだったが、ふた口目で肉が口に入ったんだろう、明らかに目が輝いた。


「お、美味しいです!」

「ああ……本当に、美味しい。久しぶりにこんな、美味しいものを食べられた」

「ウメっ、ウメえ、最高! やっぱバーガー最高!!」


中央の大きなクローシュを開けると、そこには山盛りのフライドポテトと大きめのフライドチキン。やっぱりルキアとトモヤが歓声を上げた。


「ポテトには塩を振ってないので、ケチャップか塩、あるいはマヨネーズでも、お好みのものを付けてお召し上がりくださいね」


テラスに現れたのはレオ。

手には大きなショートケーキのホールを乗せていて、それを見たルキアの目が輝いた。


「あ、あなたが異世界召喚勇者の料理人さんですか!?」

「はい。ケイトリヒ殿下に拾っていただいた、宮本玲央といいます。共和国で召喚されてから10……いや、12年かな、それくらい経ってます」


「共和国の!?」

「ああ、キミがトモヤくん? ねえ、ジェイクさんは元気かな。ジェイク・アシュフィールドっていう赤紫っぽい髪の教会騎士、いや正しくは僧兵なんだけど」


「え、知らない……」

「そっかあ。まあ僕が教会にいたのはだいぶ前だもんな、顔ぶれも変わってるか」


レオは少し寂しそうに笑い、手にしていたケーキをテーブルに置く。


「王国は知らないけど、共和国の聖殿となると料理、マズイでしょ? 基本的に肉も魚も野菜も、煮るか焼くかして味付けは塩だけだからね」

「ほんとそれ……まあ、俺の場合はたいして前の世界と変わらないけどな」

「残念ながら、王国も似たりよったりだ。野菜は貴重で、肉は生臭い。レオさん、このハンバーガー最高ですよ。お肉も香ばしいし、野菜も新鮮。ケーキなんて、この世界でまた食べられるなんて思ってもいなかった」


ルキアは目に涙を浮かべながら言う。

大げさだな。しかし気になったのは……。


「トモヤ卿、前の世界も変わらないって、どういうことですか? 異世界は、食が豊かな世界じゃなかったの?」


トモヤは戸惑うように周囲を伺いながら、もごもごと「あ〜……」とか言いながら口に出す言葉を考えているようだ。今まででの発言のなかで一番、考えているかもしれない。


「えーっと……俺んち、シンママ家庭で。で、その母親は……その、料理がすごい苦手だったから、いつもすげーしょっぱいかすげー甘いか全然味がないか、の卵焼きばっかりだった、んだよね。それからしたら聖殿の食事も、さほど悪くなかったっていうか……」


「シンママカテイってなに?」

俺が言うと、ルキアがトモヤのほうを見ながら答えにくそうに言う。

「シングルマザー……父親のいない家庭ってことです」


え、シングルマザーってシンママっていうの?

異世界人の俺でもふつうに知らなかった。年代? 方言?


「そうなのかあ。じゃあある意味、この世界では標準の味覚なのかもしれないね。異世界人がこの世界で一番つらいのは、食事が合わないことらしいから」


レオは笑いながらケーキを切ってトモヤとルキアの前に出した。

ハンバーガーにポテトにケーキ。カロリー爆発メニューだけど、旨味も味付けもほとんどない料理に辟易していた異世界人であれば感動のメニューだ。

実際、ケーキをひとくち食べたルキアは泣いてるし……必死に堪えていたみたいだけど、ポロリと涙がこぼれて頬をつたった。泣くほど美味しいの?


「ルキア、ケーキはおみやげにあげるから。泣かないで」

「……ちがうんです。ちがうんです。こんなこと、帝国の貴族であるケイトリヒ殿下に言っても仕方ないとお思いでしょうけど、本当に、面倒に巻き込むつもりはなくて」


ルキアの声が震えている。……何か、別のことみたいだ。


「大丈夫だよ。面倒なんておもわないよ。言ってくれて大丈夫。僕、王国にもそれなりにツテがあるから、はたらきかけることはできるよ」


それを聞いて、ルキアはしゃくりあげるように泣き出した。


「わ、私の……僕の他に、王国には6人、いるんです。い、異世界召喚勇者が。彼らのほとんどは何の……戦いに関係する能力がなにも、なくて。でも、無理やり……アンデッド討伐の最前線に送り込まれてっ……僕が、知ってるだけで2人死んでます。彼らにも、この……美味しい、ハンバーガーをっ……たべさせてあげられたらなあと……」


……衝撃の告白。

ルキアが異世界召喚勇者であることを告白したのは……SOSでもあったのか。

今までは、盗聴魔法のせいで声を上げることも叶わなかった救難信号。


「僕が、ちゃんと教育すれば戦う能力は身につけられる、と、主張したせいで……6人はギリギリで生き残ってます、けど。けど、僕が結果を出さなければ、処分されてしまう」


庭では小さな鳥が鳴く声。優しい葉擦れの音の中、ルキアのすすり泣く音。


ガタン、と大きな音がしたのでそちらを見ると、パトリックだ。


「そんな。そ、んな……王国が、異世界召喚勇者に対して、そのような非人道的な行いをしていたなんて……ケイトリヒ様、少なくとも王族や貴族には知らされていません!」


パトリックの手も震えている。

もう帝国人になった、なんて口では言っていたけど、やはり生まれ育った国のことを完全に知らないモノ扱いできないのは当たり前だ。


「王国では、軍が異世界召喚勇者の身の上をあずかっているんだっけ」

「ええ、軍は王の直轄ですが、越権行為が多くいつも問題になっていました。異世界召喚勇者の身柄を預かることになったのも、先代将軍の一存だったと言います」


王国の王権は弱い。

それは前々から聞いていたが、まさか軍部まで王権に服従しないほどとは思わなかった。


「ルキア。ルキアの言う結果とは、学院の成績のこと?」

「はい。実際に、前線で扱えるような強力な魔導を身につけること……それが叶えば、今人質にとられている異世界召喚勇者も、ちゃんと指導すれば『使える』ことが証明される……つまり、処分されずに済みます。僕は、今いる異世界召喚勇者の中では魔力の高さは中くらいです。ただ、文字が読めて礼儀作法ができる。それだけで選ばれました」


応用魔法工学は魔法系の授業のため、魔導士を目指す生徒はほとんど選択しない。

その点を差し置いても、ルキアの魔力は頭一つ飛び抜けていた。


「異世界召喚勇者が、『使える』ですって? そのような扱い、許されません! 彼らは家族や故郷から無理やり離されてこの場にいるのです! 恩を尽くすべきでしょう!」


「パトリック、落ち着いて。どなってもルキアが怖がるだけだよ」


パトリックはドスドスと足音をたててルキアに歩み寄ると、膝をついて頭を下げた。


「私は今ケイトリヒ殿下の側近ですが、その立場は今はお忘れください。王国レンブリン公爵子息として、我が国の行いを心からルキア殿に詫びる。許して欲しいとは言わない。ただ、ルキア殿のために、やるべきことをやらせてもらう!」


ルキアは面食らっていたけれど、パトリックの真摯な宣言にようやく顔をほころばせた。


「そう言ってくれるヒトがいるとわかっただけで、気持ちが楽になります。ありがとう」


パトリックは俺に向き直り「殿下」と、悲壮な決意をしたかのように言う。


「パトリック、はやまらないで。僕も異世界召喚勇者のことは気に留めてる。……レオの同胞だからね。共和国はまだ影響力がないけど、王国にならある程度手が伸ばせる。そうでしょ、シャルル」

「そうですね」


ルキアが驚いたようにシャルルを見る。


「シャルル、さん? ……もしかして、帝国魔術省の副大臣では?」

「え、ルキア知ってるの?」


「お……王国では『影の皇帝』と呼ばれている方ですよ!? その方がなぜ、ラウプフォーゲル公爵令息の側近に!?」

「今の副大臣はアルベール・ルドンですよ。私は引退してます」


ひぐひぐしていたはずのルキアが、ものすごく滑舌良くなった。

そんな驚くこと?


「え、だってこの方……」

「ルキア殿、しー」


……なに、帝国の魔術省副大臣がハイエルフであることは、帝国民は知らなくて王国は知ってるってこと?


このお茶会、お茶会としては微妙だけど情報収集としてはかなりハイレベルな会になってないか?

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