8章_0110話_叙勲式典 2
全然、待ちに待っていない6月。
魔導騎士隊は日々、叙勲式典の展示演習の訓練に勤しんでいるようで魔導学院担当の隊員たちはこころなしかバタついて見える。
俺の身辺警護の隊員は、魔導学院常駐が常時20人体制。
3日間、魔導学院で警護任務についたあとはトリューでユヴァフローテツまで戻って訓練と休暇。魔導騎士隊のトリュー発着が許されている場所が魔導学院とラウプフォーゲルとユヴァフローテツにしかないので、ほかに寄り道はできない。
ときどき休暇の隊員が学院の下にあるゼームリング市街地に遊びに行っているという話を聞いた。そういえば下に街があるんだっけ。
もう式典まであと数日。
俺は今、魔導学院まで出張してきたディアナたちの着せ替え人形だ。
授業から分寮に戻るたびに「今度はこちらのマントを」「次はこちらのサッシュを合わせたものを」なんてオーダーされて、渋々つきあってまた次の授業に向かう日々。
最近は精霊たちも俺のあずかりしらぬところでシャルルなどの側近に協力してたりするし、俺がいないと動かないって事柄はあまりない。
シャルルはさすが「それ用」に採用された側近とあって、外交に渉外、中央とラウプフォーゲルの調整に長けている。現代に例えると国政に太いつながりを持つ「広告代理店」みたいなものだろうか。人柄は好きじゃないけど、有能さは認めるしかない。
王国を温める件についても、パトリックの父君と会っていらい、とくに報告らしい報告はない。全部まるなげー。だ。
事業のアレコレはおおむねシャルルと白き鳥商団にまかせて、俺は俺にしかできないことをやる。……そう、白き鳥商団の、頭目としてコマーシャル活動だ!
……と、意気込んだはいいけど。
皇帝居城。
以前、皇帝陛下と王国のレンブリン公爵閣下と会談したあの控室で俺は……また円筒にくるまれている。竹から生まれたかぐや姫だ。
「ケイトリヒ様ッ、なんと凛々しい立ち姿でありましょうか!」
「ええ、ラウプフォーゲルの誇りです。幼き白鷲にございますわ!」
「殿下〜、笑ってください〜」
頭を下げたときに自力で起き上がれなかったという悲劇的な失敗を教訓にして、今回の肩から生えてる羽を模した飾りは、リアルに羽製だ。とても軽い。
これが本物の羽ってことは、元はどれだけ大きな鳥なんだろう……。
「ケイトリヒ様、今日は誰も抱っこできませんから、椅子の上でその衣装でじっとしてなければなりません。……大丈夫そうですか?」
ものすごくムリっぽい。あんまり疲れると、俺はすぐに寝る。一瞬で寝る。
これは【命】属性が不足してることと関係があるのか謎だけど、ほんと耐えることができないんだもんね。大丈夫ですかと言われても、自信ない。自信ないけど、がんばるよ?
「今日の模様は帝国全土にナマハイシンされます。途中で居眠りなどは……」
「まあ、よいではないかペシュティーノ」
父上も肩から垂直に生えた飾りに動きにくそうにしながら、ディアナにいじくられるがままになっている。おヒゲに櫛なんか入れられて、口元をむずむずさせてる。
「9歳とはいえ、この外見だ。居眠りしたとて咎める者などおるまい」
「御館様、私はそれを危惧しているのです。この外見のせいで子供扱いしてくる者は、なにも可愛がる者たちばかりではありません」
「ペシュティーノ、其方はケイトリヒのことを慮っておるのだろうが、考えすぎだ。仮にだれが咎めようと、此度の功績の前では大山の裾野を手で掘る程度のものでしかない」
「それは……そうですが」
今回の帝都訪問に際し、ペシュティーノは変装なしだ。
詳しい話はよく聞いてないけど、なんかジャレッドが養子になったことでヒルデベルトの影響力がかなり落ちたらしい。ペシュティーノに害をなす、あるいは排そうとしていた勢力は一気に力を失った、と父上から聞いた。やっぱりヒルデベルトのせいだったんだ。
ファッシュ家が正式に迎えたことと、シュティーリ家が手出し無用の通達をしたことで帝都への出入りが自由になった。
「僕、ねないよ」
俺がキリリと言い放つと、ペシュティーノと父上とその他全員の側近たちとお針子たちまでもが完全に疑いの目でこちらを見てきた。ひどくないですか?
「まあ、有象無象よりも今回注意すべきは国賓だ。レンブリン公爵はともかく、呼んでもいない者がやってきた。立場上、末席でも席を与えぬわけにはいかなかったから参列しているが……ケイトリヒ、万一声をかけられても応えてはならんぞ」
「だれがきたんですか?」
「共和国の聖教より、マグノリエル筆頭司教と名乗る人物が参列しておる。教主の次に権力を持つ立場で、女性だ。彼奴らめ、我々が女性に甘いと知って送り込んできおったわ」
あ、女性に甘い自覚はあるんだ。
「主、そのマグノリエルとかいう女性ですが」
ウィオラがそっと耳打ちしてくる。それに合わせて、ペシュティーノも近づいてきた。
「エルフのようです。おそらく、精霊を察する力に非常に長けております」
「精霊教のエライヒトだもんね」
「たぶん、帝都に入った頃からビンビンに僕たちの存在を察知してるとおもうな〜。どうしようね? ねえ、察知されたら困るとか、ある?」
「え、どうだろ」
意見を求めるようにペシュティーノを見ると、早速頭を抱えていた。
「ペシュ、どう?」
「……すでに察知されているのですよね? 今からなかったことには、さすがに……?」
「う〜ん、多分ウィオラの記憶混濁も、効きづらいとおもうな。失敗しちゃえば攻撃だと思われるかもしれないから、マズイよね? その……社会的に、さ」
「察知しているとは申しましたが、主の力ではなく我々精霊の存在を強く感じているだけかと。つまり我々が主から離れていれば、察知した強い精霊たちが何に属しているかまではわからないはずです」
「ケイトリヒ様から離れる……それは、万一のことがあっても安全でしょうか」
「えっと、基本4属性の主精霊くらいなら、いてもいいよね? 4精霊たちが分霊体を出して、それを主にくっつければ問題ないと思うよ」
「主から強い精霊の気配を遠ざければよいのではないかと」
強い精霊の気配……つまり精霊神の気配かな。
精霊って力を分配した分霊体をいくつも生み出すことができるみたいだから、「本体」の精霊神にはどっか遠くにいてもらって、公表通り基本4属性の主精霊だけを俺につけるってことか。それでどうにかなるなら、それでいいんじゃないかな。
ペシュの言う万が一のことが何を指すのかわからないけど、ここは皇帝居城。
安全は折り紙付きだ。
精霊たちにとってはたいしたことないみたいだけど、それ以外には鉄壁……な、はず。
それでいいことにした。
馬車回しのある門とは別、市民が集う皇帝居城広場にはおびただしい数の市民が集まっているのが廊下から見えた。
「わ、すごいひと」
「こうやって見ると、帝都の民は明るい髪色と暗い髪色で半々のようですね」
たしかに、ラウプフォーゲルでは暗い髪色がほとんどだったので違いがわかる。
それに、全員同じ方向を見ている。イベント前の説明みたいなのがあるんだろうか。
ペシュティーノに抱っこされたまま窓の外をボーッと見てたら、窓の外から異常に大きな声が響く。
『ガノ、ぜんぐんたいひ! きんきゅうでたいひー!』
『緊急! 緊急! 谷底のブラボー班、エコー班、急いで退避を! くり返す! 退避、退避!!』
『エコー班、退避します!』
『ブラボー班、退避行動中。負傷者がいるため補助に入ります』
「ふぁっ!?」
響いた声に合わせて、外からキャー、とかざわざわとか、群衆が動揺するような声。
もしかして映像再生装置でアンデッド討伐の様子を民衆に見せてる!?
ラウプフォーゲルでも見せてたけど、帝都でも見せるなんて! でも魔導騎士隊と砂漠の槍の功績を讃えるための式典なんだし、余興として映像見せるのはアリ!
いかに大きな功績かを民衆に知らしめるのに、これほど納得のいく証拠はないもんね。
外から自分の声が聞こえてくるのって、前世と同じでやっぱり奇妙な気分。
「……市民に見られてもいいように編集しておいてよかったですね」
「そ、そうね」
父上に引き続き皇帝陛下まで連絡なしで一般公開するとはさすがに思っていなかった。
万が一ということを考えて色々不都合な部分は編集しておいてよかったよ。
外の民衆は、ローレライのアンデッド討伐の最後の山場である大物討伐に夢中。
あれはたしかに娯楽に飢えた人々からしたら最高の英雄譚だ。しかも音声、映像つき。
なんて考えてたら、外から『魔導騎士隊、砂漠の槍のごうどうさくせんは、じょうきょう、しゅうりょう! くりかえす! じょうきょう、しゅうりょう! みんな、おつかれさま!』という俺の声が響いた。
本当に子供の声だな〜。たどたどしくて恥ずかしいな〜。
だが、それに合わせて民衆は拍手喝采、歓声を上げて喜んでいた。
安全な帝都で危険とは無縁に暮らす市民からしたら、エキサイティングなショーだったに違いない。そんな英雄譚の締めの言葉としてはちょっと間抜けな気がするけど、実際そうだったんだからしょーがない。演出としては父上みたいなキリッとしたバリトンボイスで締めてもらえたらよかったんだけどな。まあ演出についてはおいおいだ。
「名前を呼ばれたら皇帝陛下の御前まで進み、最敬礼をして父君のいらっしゃる席まで」
「ちちうえに礼をして、ちゃくせき、ね」
「着席前に、民衆に視線を向け、歓声に応えるといいでしょう」
「すわるまえにチラっとね。歓声がなかったらサクッと」
「ケイトリヒ様、あまり状況を理解されてないようですが……歓声はあります」
「ん、わかったから」
さすがに式典前にお説教は勘弁してもらいたい。
『では此度の映像記録装置の開発者であり、魔導騎士隊の設立者であり帝国の希望の星、ラウプフォーゲル公爵子息ケイトリヒ・アルブレヒト・ファッシュ様のご入場です』
朗々とした声が俺の名を呼んだので、長い上着の裾を踏まないようにソロソロとバルコニーに出る。広場にぎっしり埋まった民衆の、すべての顔がこちらに向くどまん前のバルコニー。ホワイトノイズのような歓声が起こり、俺はついのけぞってしまった。
「怖がらなくていい、おいで」
皇帝陛下がニマニマ笑いながら、俺に手を差し出してくる。
あれ……えっと、御前で最敬礼って……この流れで陛下の手を無視するのマズくない?
ちょっと迷ったけど、俺はしきたりよりもその場の空気感を選んだ。
バルコニーの横には巨大な映像が映し出されていることに気づく。俺が手掛けたものではない、旧型の投影機の映像のようだ。
てちてちと皇帝陛下に近づいて大きな手を握り、その手にぺこりと頭を下げる。
これで一応体裁は保てるだろ。多分。
皇帝陛下は俺の髪をふわふわと撫で回してリボンのような首飾りを掛けさせると、ちょっと抱き上げて「上手だ。さ、そろそろ父上のところへ」と促してくれた。
……ペシュティーノとの打ち合わせの意味とは……。
父上のほうへ近づこうとすると、歓声がより大きくなった。ちらりと見上げると、皇帝陛下の玉座の左右に1台ずつ映像入力装置が飛んでいる。
陛下の目線と同じ高さ、バルコニーの端に三脚で固定されたものもある。
キョロキョロしながら父上の方へ向かうと「こら、よそ見をするでない」と父上からおこられた。すんません。慌ててぺこりと礼をして、ふと市民の方に目を向けると歓声が大きくなった。あまりにも声が多すぎて音選は使えないが、なんか「かわいい」って聞こえる気がする。
ヘラッと笑って手を振ると、さらに歓声は大きくなった。
俺、人気者かもしれない。
着席しようとしたけど椅子がでかすぎる。足をかけようとしたら父上からひょいと抱き上げられた。あ、抱っこ禁止って言われてたけど絶対ダメってわけじゃないんだ。
椅子の背もたれに腰をくっつけるほど深く腰掛けると、座面が足首まである。
これ、絶対に長時間じっとしてられない体勢だ。
それから何やら司会のヒトみたいな男性が、正式に魔導騎士隊の代表となったマリウス・フォルクマンと他2名の名を呼んで皇帝陛下から直々に勲章を授与する。
よかった、魔導騎士隊にも正当な評価をもらえて。
マリウスにリボンみたいな首飾りを……あっ、これって勲章だったのか!
自分の首に下がっている首飾りの先、複雑な模様が緻密に彫り込まれたメダリオンをしげしげと見ると、裏には「帝国の剣として栄誉を讃える」とある。
そして砂漠の槍の名も高らかに呼ばれ、フーゴが……バルコニーの下から階段をのぼって現れた。
このバルコニー、下にもう一段広いスペースがあるみたい。
皇帝陛下に最敬礼して、首飾り型の勲章をもらい、俺と目が合うとニコリと微笑んだ。
俺も満面の笑みでお返し。父上には及ばないけど意外とフーゴも体格が良い。帝都の騎士たちと並ぶとよくわかるなあ。
その後も式典はつつがなく進み、進行役がなにやら説明している。
「帝都騎士団によるトリュー・バインの実演です」
帝都の中心を貫く、通称「帝都通り」は帝都の中心部にある公園広場から皇帝居城の大広場にむけて通る半リンゲ|(約2キロメートル)ほどの通りだ。
今回のように、式典のパレードや凱旋パレードなど、多くの民衆の目に知らしめる必要がある場面でよく使われるらしい。シャルル情報。
広場に集まった人々と、「帝都通り」を埋め尽くす人々がわーわーと歓声をあげている。
トリュー・バインのパレードが公園広場からこちらの皇帝居城に向かっているのが、歓声がだんだん近づいてくることでわかる。
確か帝国騎士団1200人による行進パレードだったはず。
行進パレードといっても今回はバインの速さと正確性を見せるものなので、小隊が順番に一気に駆け抜ける。最高時速は時速80キロメートルで全長2キロメートルの通りを飛ぶだけなので一瞬ではあるのだが、小隊が次々と飛ぶ演出なので結構時間がかかる。
その間、皇帝陛下はじめ俺たちは舞台代わりのバルコニーにで待機だ。
ああ、だめだ……眠気が……。
ゆらりと頭が傾いだ瞬間、後ろから抱き上げられて父上の膝の上に座らされると、首が安定したのですっかり寝てしまった。
夢の中で男の人の声が聞こえる。
「なんだ、ケイトリヒはおねむか! 可愛いのう、赤ん坊のようだ」
「申し訳ありません、言い聞かせていたのですがまだ椅子に体が合わぬようで」
「よい、幼子の眠りは仕事のようなものだ……それより魔力が見えるという話は真か」
「ええ、どうやらそれがトリュー開発の切欠だったようで、どんな複雑な魔法陣を見せてもピタリとその効果を見定めます。これはまるで……」
「古の伝承に残る、神子の〈ツクヨミ〉の力か」
「シッ……聖教の者もおります、異端の言葉はお控えください」
「わかっておる」
ツクヨミ……たしか日本の言葉だ、なんだったっけ……と考える意識の中、雷のような轟音でビックリして目が覚めた。
ゴオオオオ、と戦闘機のような轟音と共に、青い空に伸びる赤、白、青、黄色の雲の線。
広場から帝都通りから湧き上がる、耳を壊すくらいの大歓声。
そういえばレオが言っていた「ブルーインパルスの演習飛行のように音と煙を出してはどうか」という案が採用されたらしい。しかしこれはナイスアイデアだった。
高高度を超高速で飛ぶ|トリュー・ファルケ《ミセリコルディア専用機体》は、下から見ると小さな点だ。
動きを正確に肉眼で追えるはずがない。
飛び去った轟音が、再びこちらに近づいてくる。
今度は低空・低速飛行で帝都の外から一瞬で皇帝居城大広場まで飛び抜けた。
あまりの速さに目で追えなかった観衆たちが、目の前のことが信じられないというように大歓声を上げている。
最初に飛行機雲を起こして飛んだ時と違い、帝都の建物の上を衝撃波を起こさず飛ぶのならせいぜい時速360キロメートル……こちらの計算にすると刻速90リンゲくらいがせいぜいだろう。
F1マシンの最高速度くらいだ。ハイエンドモデルからすると10分の1ほどの力だが、この世界では信じられない速さだ。
こちらの舞台に向けてゆっくり速度を落とし、ことさらゆっくりと着陸した。
|トリュー・ファルケ《ミセリコルディア専用機体》の部隊は優雅に飛び降りて、ゆっくり近づいてくる。
先導する5人と、それに従う60人ほどの中隊だ。
俺たちの椅子がある舞台より一段低い位置……招待客やオーケストラピットの楽団などがいるあたりに。魔導騎士隊が5人、姿勢良く整列して最敬礼。
叙勲式に代表として参列した3人は正装だが、隊員たちは新しい飛行服だ。
全員、流線型のフルフェイスヘルメット……いや、兜? ……のようなものを身につけ、体の線にピッタリと張り付くフォルムで、全員がめっちゃスタイルよく見える。レーシングスーツのような一体型だが、脚と手元はゴツい甲冑仕立て。
色はもちろん純白。以前ジュンが試着したものよりはゆったりした仕立てのようで、父上も「素晴らしい飛行服だな」と漏らした。
俺の感覚からしても……やばい、かっこいい。
これは帝国の少年たちの憧れの的となること間違いなしだ。
彼らは俺がマイクに近づくと、一斉に膝をついて深く頭を下げる。
異様に統制された動きに、俺のほうがビビる。
「トリュー開発の発起人にして、トリューによるアンデッド討伐魔導騎士隊の元帥、ラウプフォーゲル公爵子息ケイトリヒ王子殿下より御歌を賜ります」
名前を呼ばれてぴょいと椅子から飛び降りたものの、どこで歌えばいいんだろうとキョロキョロしていると父上と皇帝陛下が「前だ、前」と言ってくる。いつの間にか、バルコニーの先端にはちょっとした小さな台が設置されているのでそこで歌えということか。
ぽてぽて歩いて台に近づくと、そばで控えていた魔導騎士隊の騎士が「台の上には拡声の魔法陣がかかっていますから、そのままお歌いください」と言って俺を抱き上げて台に乗せてくれた。
バルコニーの下段にも椅子があり参列者たちと、さらにその下にいる万単位の民衆がよく見える。皆、顔が明るい。つられて俺も笑顔になる。大きく息を吸って、顔を上げて。
〜毒の災禍を清めし精霊の土地
恩恵賜り発する益荒男は不死者の穢れを討ち滅ぼさん
おお希望の星よ永遠に 精霊の土地を見護り給え
おお希望の星の輝きよ 我等の命を見護り給え
おお希望の星よ 希望の星よ
青く高く燦然と 友和と安寧を齎し給え〜
歌い終わってぺこりと頭を下げると、数万人規模の拍手喝采だ。しゅごい。
なんかちょっと感動。ミュージシャンの快感をちょっと垣間見た気がする。
この歌詞は主に旧ラウプフォーゲル地方で歌われる歌詞だ。
他の地方では「希望の星」の部分が別のものになっていたり、「土地」が「海」に変わっていたりとローカル歌詞が色いろあると音楽の先生に聞いた。
俺は歌を歌うという大仕事を終えたのでもう今日の役目は終えた気分。帰りたい。
台を降りようと思ったけど、さきほど抱き上げてくれた隊員がいない。
え、自力で降りろと?
台の上でぼんやりしていると、後ろからペシュティーノが「では帰りましょうか」と言って俺を抱き上げた。あ……ペシュティーノは、今日は変身してないはず。ナマハイシンで俺の保護者であることがバレちゃうけど……いいのかな。いいんだろうな。
ペシュティーノが俺を抱き上げたまま階段を降りると、側近たちと魔導騎士隊が跪いて迎え入れてくれる。
「もう帰っていいの?」
「ええ、トリュー・コメートたちのお披露目も兼ねてケイトリヒ様はここで退場です。これ以降は映像再生装置の説明や皇帝陛下から帝国民へのお言葉などが続きますので、同席する必要はないということですので」
確かに。いても寝るだけだもんね。
ちらりと皇帝陛下を見ると、軽く手を上げてくれた。ほんとに帰っていいんだ。
さすが子どもに優しい国、帝国!
トリュー・コメートに乗り込む直前。ほかと違う強い視線に気づいて顔を上げた。
髪から首までしっかり隠したシスターのようなデザインの象牙色の服をまとった女性。金色の瞳。なんだか嫌な予感がしてパッと視線を外す。
「―あなた様は次世代の神なのでしょうかー」
耳のそばでささやくような声を聞いてビクッと体が跳ねたので、ペシュティーノが「どうしました?」と驚く。ペシュには聞こえなかったようだ。じゃあ、声を届けるような魔法ではない。テレパシー的な魔法?
「なんでもない。はやく帰りたい」
「はいはい、承知しました」
トリュー・コメートに乗り込むと、魔導騎士隊の先発隊が先に浮上する。360度周囲をかこんだ側近たちといっしょに浮上して、さらにその下から後発隊。
『先発隊、発進準備完了です』
「コメートも準備完了です」
ペシュティーノが通信に応える。魔導騎士隊と編隊を組むなら俺の機体にも通信係が必要だ。しばらく1人で騎乗はムリっぽいな。
『後発隊、発進準備完了』
「ケイトリヒ様、十分な高さまで浮上しましたので、発進の命令を」
「え? あ、うん。じゃあ、ユヴァフローテツにかえろうー!」
『御意! 発進します!』
『ふふ、承知しました。発進します』
ギュン、と斜め前にいる先発隊が発進したかとおもったら、側近と俺達もそれに続く。後発隊はどうやら俺たちの編隊の下にいるようだ。
ホワイトノイズのような民衆の声が遠ざかり、いつもの飛行体勢に入る。
「ふー! きんちょうしたあ」
「緊張してらしたのですか? そうは見えませんでしたが」
『我々から見ても緊張しているようには全く見えませんでした。民から見れば、肝の据わった王子だと思ったはずですよ』
ガノだ。
『ええ、我々の元帥として、幼いながらも堂々とした、風格あるお姿でした。隊員として誇らしいです』
この声は魔導騎士隊のマリウスかな。
「あっ、たいいんのせいふく、じゃなくて飛行服もすごくかっこよかった! みんなかっこいい! これは魔導騎士隊に入りたいといいだす子どもがふえますねっ! しょうらいあんたいだー!」
俺が思わず早口で叫ぶと、側近と魔導騎士隊たちの笑い声が通信で届く。
隊員たちに褒められて嬉しい。何もしてないのに謎の達成感と満足感でうっとり。
「……あれ、そういえばユヴァフローテツでいいの? 魔導学院だよね」
「あ……そうでしたね」
ペシュティーノもハッとしたようだ。
『いつ進言しようかと機を伺っておりましたが、魔導学院に目的地変更しますか』
マリウスの声。ゆってよー!
「ま、魔導学院で……ごめん、かえるとおもったらユヴァフローテツって言っちゃった」
『いいえ、滅相もない。殿下がユヴァフローテツを帰る場所とお思いであることがわかりましたので、現地で訓練する隊員も誇らしく思うことでしょう』
マリウスやさしい。泣けてきちゃう。
『つきましては、入隊式の開催についても是非ご一考ください』
「あ、うん、そうね」
すん。
魔導学院上空。
遠目から見てもわかる、超巨大な横長スクリーン。
もしかすると横幅は100メートル以上あるかも、ってくらいでかい。
半透明ではなく不透明なので背景が干渉しなくていいね。
まだ式典は続いているようで、筆頭文官のジンメルさんがなにやら読み上げている。
これはいわゆる国会生中継的なものか。
せっかく全領地に直接お触れを出せる機会なんだ、たしかに活かさない手はない。
ファッシュ分寮の屋上に降りると、一部の魔導騎士隊は俺の護衛任務終了となるためユヴァフローテツに帰っていった。
屋上の昇降陣がピカッと光り、エーヴィッツが現れた。
「ケイトリヒ、すごい! すごいよ、トリューの話は聞いてたけど、魔導騎士隊はカテゴリエ7を討伐したばかりか白き鳥商団、さらに映像再生装置まで発明するなんて! 二つ名は決まりだ、発明皇帝だね!」
興奮しまくった大声で近づくと、正装の俺を高く持ち上げた。
「エーヴィッツ様、滅多なことを仰らないでください。ケイトリヒ様はラウプフォーゲルの次期領主指名がありますので、皇位継承順位はつきませんよ」
「ああ、移動中だったから聞いてなかったんだね? 来年の選考会から、その規定を外すそうだよ。つまり、ケイトリヒにも皇位継承順位がつくってことだ! そうだ、ローレライをラウプフォーゲル領にしたのも功績だね! もう並び立てるのも大変なくらいの功績だよ、すごいね、あはは!」
エーヴィッツの言葉に、ペシュティーノが絶句する。
「いずれそうなるであろうと予見はしていましたが……随分と素早く対応しましたね」
ペシュティーノは頭痛をこらえるようにこめかみを指先で揉む。
……いよいよ俺の「覇道」とやらも現実味を帯びてきたようだ。
面倒だけど……まあ腹をくくるしかないわけで。
子どもだからいろいろ補助がつくとはいえ、面倒だなー!
神になったらどーしよー!
誤字報告してくださる皆様、ありがとうございます。
とっても助かります!