1章_0011話_魔法と精霊と従魔 2
「ケイトリヒ様、魔導学院へ通ってみたいですか?」
「へ?」
その日の夕食、大ぶりのソーセージがホカホカと湯気をたてるポトフを目の前にしてペシュティーノが尋ねてきたのはガノの予想通りの言葉。
どうしてそういう話になったんだろ? ガノはそうなるのがわかってたんだろ?
疑問に思いながらも、魔導学院への興味のほうが勝った。
「……ペシュが主席卒業した学校だよよね。今、僕が習っている授業のほかに、どんな学部があるの?」
「魔法に関係するものは全てありますよ。ただ魔導学院と称しておりますが、魔導を集中的に習うのは5つの寮のうち2つだけで、残りの3寮は魔術に付随する商業、技術、政治について学ぶ学科となります。私は魔導学科と呼ばれるファイフレーヴレ第2寮出身なので、他の3寮の専門学科のことは指導できません。なので、ケイトリヒ様が今習っている授業以外にはたくさんある、ということになります」
たくさん! それなら楽しそうだ。
しかし所属寮で学ぶ学科が違うのか。イギリスの全寮制の学校ともまた毛色が違うな。
「えー、入る寮によって学ぶ道がちがうの? どの寮にするか迷っちゃう。魔導も興味あるけど、技術も商業も興味あるなー」
「ケイトリヒ様はその5つの寮とは別の、インペリウム特別寮に入ることになります。寮ごとの専門学科の敷居は関係なく学べますのでご安心ください」
「とくべつりょう!? ……6つじゃん」
「特別寮は寮の体制も教育課程も特別ですので。公爵位を持つ家は帝国には2つしかありませんが、公爵以下の爵位でも領主を親に持つ生徒、あるいは外国の国賓級の貴人を親に持つ子女……つまるところ護衛や側近を必要とする生徒の場合は特別寮になります」
「えっ、学校に、ペシュたちもついてくるの!?」
「もちろんです。イヤですか?」
「ううん、嬉しいよ! でもお世話係がいるのは、自立にならないような?」
「ケイトリヒ様の仰る自立というのは、ひとりでトイレに行くことですか?」
俺が今までさんざんひとりでトイレに行きたがり、ペシュティーノにそれを阻止されたことを揶揄しているようだ。
「そ、そういう事だけじゃなくて」
「残念ながら魔導学院のトイレも城のトイレと大差ありません。お体が育つまではお一人での使用は許可できませんよ」
「むう……それはもうわかってるから!」
この世界のトイレは意外にもとてもキレイだ。
前世の汲取式便所と同じ仕組みなのだが違いはその底に、し尿処理をするスライムがいること。ウンチを処理して肥料となる土を排出するすごく便利なスライムなんだけど、スライムだけあって知性はゼロ。落ちてきたものは、ウンチであろうが人体であろうが分解してしまうらしい。こわい。
なので貴族の子供は、トイレの穴よりも体が大きくなるまではおまるを使うのが普通。
どんなにイヤだと思ってもこれが普通だと言われると渋々従ってしまう日本人のサガよ。
「とにかく、ケイトリヒ様がもし教育機関に通う事があるとすれば、確実に側近つきの入学が許可される学校に限られます。そしてそういった教育機関は、帝国の中では魔導学院のほかは騎士学校と貴族学園、そして高等女学院の4つだけです」
騎士学校はその名の通り武術を学ぶ学校で、貴族学校は政治系の学術がメイン。女学院は何を習うのか聞かなかったが、まあ俺の進路には関係ない。
「……ところで、どうして学校に通う話になったんですか?」
「ケイトリヒ様は大人の事情を理解してもらえそうなので話しますが……御館様と中央の調査団との会談で、ケイトリヒ様の進路について話し合ったのです。本来ならば領主令息の進路などに中央が介入することはあり得ませんが、ケイトリヒ様が特別なのはご理解していらっしゃいますね?」
散々、普通じゃないという扱いをされてさすがに理解しているので、頷く。
「ケイトリヒ様が嫌がらなければ……本来ならば、中央は皇帝の養子にしたいレベルの特別さであることも理解していらっしゃいますね?」
そうなの? コテンと首をかしげると、ペシュティーノが片眉をあげた。
「強力な魔導士は帝国では引く手あまた、将来は英雄となることが確実な人材です。それがまだ子供となれば、思想教育に介入して取り込もうとするのが世の常でしょう。ラウプフォーゲル王子としての教育しか施されないとあらば、中央を顧みない人物に育ってしまうことは明白です」
なるほど? 理解。ウンウンと頷くと、ペシュティーノがニコリと笑う。
「皇帝の養子となることは見送るにしても、ラウプフォーゲルでの独占教育は阻止したいというのが中央の見解でしょう。教育について介入してくることは想定内でしたので、私の母校でもある魔導学院が落としどころ、と御館様と事前に話をしておりました」
あっ、それでガノもそれを知ってたってこと?
パッとガノを見ると、ニッコリ笑っている。その笑みは肯定なのか否定なのか。
「ガノも知ってた?」
「はい? いいえ、まだそういう話し合いに護衛騎士たちは交えませんよ」
「私は予想しただけですよ、ケイトリヒ様。たまたま読みが当たっておりました。ペシュティーノ様がお教えできない教科があるとなれば、魔導学院に通う意味がありますね」
ガノがニコニコと答える。
「うん、僕もそう思った! 全部お城で教えてもらえる内容しかない学校なら、通う意味ないもんね。ちょっと楽しみになってきたかもー」
学ぶ意味のない学校には通いたくないと思っていたのでガノの言葉に全面同意。
「通う意味、ですか?」
ペシュティーノが不思議そうに首を傾げる。
「学校なんて入れば意味あるだろ」
ジュンがボソッと呟いた。エグモントは何も言わず、ガノを見ている。特に攻撃的な様子はなく、妙に観察するような目つきだ。
「目的も意志もなく学校に入るなんて時間と学費のムダですよ! 学びたいことを学べない学校なら入る意味はありません! 学びには意志が必要ですから!」
俺が熱弁すると、ガノが深く頷く。
「私は商人として出入りしていた家で、名誉や慣習だからという理由で学校に入り、親元を離れたことで堕落していく貴族の子女の話を多く見聞きしました。ケイトリヒ様はそういった子女とは一線を画す、稀有で成熟した価値観をお持ちです」
手厳しいセリフを爽やかな笑顔でキリリと言い終えたガノを見ていたエグモントの表情が苦々しいものに変わった。ペシュティーノも勢いに圧倒されたのか少し苦笑い。ジュンは多分、意味もわからず「スゲー」って顔してガノを見ている。たぶんわかってない。
(魔術を学びたいのであれば我々も力になります)
(そーだよー。ヒトの記録じゃあ失伝してる魔術多すぎ。ボクたちのほうが主にいい知識を授けられると思うなー)
ウィオラとジオールが脳内で話しかけてくる。
この、この場にいないのに話題に入ってくる人たちの存在どうにかならないかな? 返事すると周囲は不思議がるし、本当は普通に外にいてくれると助かるんだけど。
(精霊の魔術は常識はずれみたいだからダメ。僕はまず、この世界の常識を学びたいの)
俺が頭の中で答えると、精霊たちはブーブー言っていたがすぐに静かになった。脳内会話は、俺の体力を減らすので解決策を考えるそうだ。
「ケイトリヒ様のご意向は承知しました。魔導学院への入学は吝かではない、と御館様にはお伝えしておきましょう」
俺のいない間で俺の進路が決められてるっぽい。
まあ貴族の子供の扱いなんて、ある程度は親が決めるものなんだろう。しらんけど。
ペシュティーノが父上の報告のために部屋を出ていくと、ガノが丁寧に夕食の後片付けを始める。ジュンとエグモントはその補助と、夕食後の湯浴みの準備。
「ケイトリヒ様、ご自身の希望はないのですか?」
複雑そうな表情でエグモントが聞いてくる。進路について6歳に希望を聞くなんて……まあまあ難しくない? 俺は中身こそオトナだけど、この世界については知らないことのほうが多い。
「僕をだいじにしてくださる父上やペシュが僕のことをかんがえてきめてくれるもん。僕はいまは自分の希望をいえるほど世間や社会をしらないので、二人の意向にしたがうよ。したがった後に、納得いかない部分やべつの希望がでてきたらその時には相談すればいいかなとおもってるよ」
俺の意見を聞いたエグモントはしばらく呆然と俺を見つめると、再び複雑そうな表情で考え込んでしまった。ガノは俺に同意するように頷き、ジュンは聞いてもいないのか窓の外をチラチラと気にしている。
「ジュン? 窓の外に何かあるのですか?」
「……」
ジュンがバッ、とこちらに手のひらを向け、窓を注視したままもう片方の手で「静かに」のジェスチャー。ガノもエグモントも俺もワケがわからないまま、動きを止めて息を殺すように黙る。
静かに窓に歩み寄ったジュンが、ゆっくり窓のコックに手をかけて勢いよく開けると同時にマントを翻して勢いよく飛び出していった。
「な、何事だ! おい、ジュン!?」
エグモントが窓に駆け寄り、ガノは俺を背中に隠すように立ちはだかる。
やがてどこからか、「ギャッ」という間抜けな男の悲鳴。
不思議と危険は感じはしなかったので、なんだろうと思っていると頭の中で軽やかな女の子の声が響く。
(盗聴の魔法だねー。あの黒髪、すごく勘がいいみたい! あーしたちと同じくらい!)
「え、盗聴の魔法?」
俺がつい言葉にすると、ガノが驚きに振り向いて耳元で俺にだけ話しかけてくる。
「(ケイトリヒ様、それは精霊の助言ですか? 事実であれば大問題です)」
そっか、俺が精霊を宿してるのは一応まだガノとジュンとエグモントには正式には通達されてないんだった。ガノはもう確信してるみたいだけど。
「……中央の豚どもめ!! 身の程も知らず王子殿下の身辺を探るとは、言語道断!」
エグモントは怒りを顕にすると、窓に足をかけた。
「エグモント様! 不届者はジュンに任せ、我々は王子殿下の側に! 外であれば、城の護衛兵もすぐに駆けつけましょう。今はご辛抱を!」
今にも飛び出そうとしていたエグモントが、ガノの言葉で我に返る。
「そっ、そうだな……! いや、すまない。怒りに我を忘れるところだった。私は他の不届者がいないか部屋周りを探る。ガノは王子殿下のお側に」
冷静さを取り戻したエグモントは部屋のドアを開けて周囲を見回したり、別の部屋の物陰を探ったりしている。暗殺じゃなくて盗聴だから、そんなに大げさに侵入しているとは思えないけど、まあこれが護衛騎士の任務なんだろうな。
やがてジュンが飛び出した窓の下がわいわいと騒がしくなり、部屋の外の廊下のほうにもガシャガシャと兵士たちが駆けつける音がした。
「王子殿下はご無事でいらっしゃいますか?」
騎士隊長のナイジェルさんが部屋の外に駆けつけたようで、ガノが対応する。
「ええ、怖がる様子もなく、落ち着いていらっしゃいます。お耳を拝借できますか」
ガノはナイジェルさんの耳元に顔を寄せ、何か内緒話している。おそらく俺が察知したことを伏せたまま、盗聴の魔法が使われた可能性について報告しているんだろう。
「すぐに御館様に」
「よろしくお願い申し上げます」
「事が収まるまで、王子殿下の部屋の外には衛兵を2人つけ、離宮の衛兵も倍にします。なにかあったらすぐに本城へ連絡を」
「ありがとう存じます」
ナイジェルさんはガノの肩越しに俺にひらひらと手をふると、そのまま部屋にも入らず去った。
「ふとどきものは、調査団のひと?」
「わかりません。ジュンが捕縛して衛兵に連れて行かれたそうです。今夜は城の衛兵がいつもの倍の人数で離宮を守りますから、王子殿下が怖がるようなことはありませんよ」
「盗聴して何を調べたかったんだろ?」
(不届き者は何も聴けなかったはずです。我々が薄く護法結界を張っております故)
「えっ、そうなの?」
「(ケイトリヒ様? 精霊とお話しているのですか? なるべく小声でお願いします)」
「(う、うん。なんか頭の中で精霊が話しかけてくるの)」
「(精霊はなんと?)」
「(僕のまわりに薄く護法結界を張ってるって)」
「それはペシュティーノ様もご存知なのですか?」
「僕も知らなかったから多分知らないと思う」
(ボクたち精霊の魔法は原始の術式だから、今の魔力の薄いヒトの常識じゃあ、そーとーに探知の感度上げないとわからないとおもうなー。盗聴しようとした人間は、特に盗聴以外の目的はなかったみたいだから危険は無いとおもってスルーしてたけどー)
このユルイ喋りと声はジオールトゥイか。
えっ、じゃあジュンが気づく前から気づいてたってこと?
(御意にございます。ヒトの単位に換算すると直径1リンゲ、主の記憶の単位に換算すると半径約2キロメートルほどの敵性因子を察知できます)
え、それちょっとスゴすぎない? 魔法だと普通なの? 精霊仕様?
(たぶん、今のヒトの間ではスゴイって言われるレベルだと思うよ〜。僕ら、名前をもらってからというもの主に内緒でいろいろ見て回ったけど、ボクらの知る知識ってかなり古いみたいだねえ。あ、ボクたちの姿は普通の人には見えないようにしてるから安心して)
「(ケイトリヒ様、精霊は……いえ、私が聞いていいものか。できれば精霊から得たお話は可能な限りペシュティーノ様と共有してくださいますか? 大事なものが含まれていそうな気がしてなりません)」
ガノが夕食の片付けを終え、ジュンとエグモントが途中で放り出した湯浴みのための着替えやタオルの準備も終わらせる。やっぱ2人よりガノのほうが手際が良い。
精霊のことはほぼ確信してるけど、ガノはあえて知らないフリをする。
「うん、わかった。……おふろ、入れる?」
「衛兵を増やしてもらいましたし、心配することはありません。お風呂にしましょう」
ガノは先に部屋の外にいる衛兵に話を通し、浴室へ向かう。
(主様、お風呂というのはヒトの沐浴の習慣のことにございましょうか! なれば水の精霊である小生にどうかお任せください、同じ主を持つ火と土の精霊の力も借り、主様が思い描く最高の湯をご用意してみせます)
「え、もしかしてそれって……温泉!?」
「……ケイトリヒ様?」
俺を抱っこしたガノが、前後を歩く城の護衛兵を気にする。あっ、そっか。
精霊と話してることはバレないほうがいいのか。
「ガノ、ラウプフォーゲルに温泉ってあるんですか?」
「オンセン……公衆浴場のことですか? ラウプフォーゲルの霊峰フォーゲル山は活火山ですから、周辺には熱い湧き水が出ます。それを利用した公衆浴場がありますね」
温泉湧いてるんだ!
「ただ浴用に適した熱い湧き水は貴重で、領内では2箇所しかありません。それ以外は皮膚に触れるとたちまち爛れ、骨まで溶かすほどの強烈な毒水です」
こわっ。異世界の温泉こわっ!!
いや強酸湖なら前の世界でもあったけどさ!
(自然の湧き水はヒトの為に作られてものではございませんので。ですが小生ならば主のために浴用に最適な湯を作れます)
「(ガノ、水の精霊が浴用のお湯を作ってくれるって!)」
コソッと内緒話で話しかけると、ガノがニッコリ笑った。
「(それは素晴らしいですね。水の魔石と火の魔石を使わずに済むのなら、ペシュティーノ様が喜ぶはずです)」
水道代とガス代|(あるいは電気代?)の節約だ。この世界ってそういう生活インフラはどうなっているんだろう。こんどデリウス先生に聞いてみよう。
その日は洗濯用の盥で、入浴剤を入れたようなグリーンの湯に浸かってほっこり。お風呂の世話をしてくれたガノも、それを見ていた城の衛兵もいい香りにウットリしてた。湯上がりホカホカでもいい匂いをさせていたので、夜にペシュティーノが寝かしつけするときに驚いていた。
盗聴していた人物について尋ねてもはぐらかされて……というかすぐ寝かしつけられて、よくわからなかった。ペシュティーノの背中ぽんぽんおやすみ攻撃は効果ばつぐんだ。
翌日は、父上に呼ばれて昼食会へ。
兄上と第一夫人の前で、俺が8歳になったら魔導学院に入学することになったと発表。
第一夫人のアデーレは卵のむき身のような艶肌に思いっきりシワを寄せて不機嫌になり、アロイジウス兄上は「ラウプフォーゲルから魔術師が出る」と喜んでくれた。
クラレンツ兄上は興味がないのかベーコンに夢中。
カーリンゼン兄上は母親とアロイジウス兄上と父上の顔色を見ながら控えめに「おめでとうございます……?」と疑問形で祝ってくれた。
うん、俺もめでたいのかはわからない。
ちなみに昨晩の不届者については兄上たちにはナイショだそうで、話題に出さないようにと前もってペシュティーノから言い含められている。
「知っての通り魔導学院は高等教育機関であるため、入学資格は12歳。しかしケイトリヒは充分な魔術の才能アリと判断された。飛び級入学の最年少で入学する」
父上が厳しい顔をこちらに向けながら言う。
「中央貴族の有象無象からの風当たりは強かろう。友達付き合いにも注意せねばならん。護衛騎士は入学までにあと3人ほど必要になるな。それと……」
父上は全く進んでいない俺の皿を見て短くため息をつく。
今日の昼食は、全員炭火焼きのようなお肉のなか、俺だけ煮込まれた肉。柔らかくはなってるけど筋張ってるし味も臭みが残ってて微妙に食べづらい。……マズくはないんだよ?
「学院へ連れて行く料理人も雇え」
第一夫人のアデーレは父上の言葉を聞いて不機嫌から焦りに表情を変えた。貴族って感情表現しないものじゃないのかな? そういうのは社交会のときだけなの?
「貴方……そんな予算、どこからこの子に」
「ケイトリヒには既に事業計画がある。もちろんペシュティーノが代行して進めているがこの計画は私の後援つきで、最優先、最重要で進行する。皆、心するように」
父上の言葉で、今までにこやかだったアロイジウスの表情が固くなった。アデーレもまた困惑したようだ。
……っていうか事業計画ってなに?
チラリとペシュティーノを見ると彼は無表情のまま頷く。……何の合図かはわからない。
後で説明します、って意味かな?
その後の昼食会は、緊張した会議みたいな雰囲気だった。
事業の内容を聞きたがる兄上やアデーレを、父上が牽制するという形。
俺は全く進まない肉塊の代わりに出てきたでっかい骨付きソーセージが食べにくすぎて、ずっとペシュティーノがそばに付いて食べさせられるハメになった。
あ、もしかしてこれも計算?
ちなみにソーセージも脂っけが強すぎてネズミが齧ったくらいしか食べられなかった。
「事業計画って、モートアベーゼンですか? 僕、何も計画してませんけど」
昼食会が終わり、西の離宮に着き自室に入ってから口を開く。
「疑問に思っても声に出さなかったのは、さすがでございます。しかしそれは当然でしょう。事業計画は6歳児ではなく、大人が立てるものです。ケイトリヒ様には無理のない形で進められますのでご安心ください。いくつかの計画は既に進行中ですよ」
「無理のない形……何もしてないけど」
「いずれお願いすることになるかと」
何もしてないのに世界が進んでいく……。
王子様身分、おそるべし。
「それより昨日の盗聴犯は?」
「ケイトリヒ様はご存じなくてもよいことです」
「もう、そうやって子供扱いするー!」
「ケイトリヒ様は子供です」
(あるじ、あるじぃ〜! 盗聴犯を知りたいんだよね! 調査団を乗せてきた馬車の馬子が犯人だよ! なんかぁ、帝都のショーダー家が依頼したみたいだよっ!)
「え? そ、それは犯人が喋ったことなの?」
「ケイトリヒ様?」
(んーん! まだ拷問には耐えてるみたい! 病弱な妹を人質にされてるから、多分死んでも話さないよ)
「ゴウモン!?」
「ケイトリヒ様、何を! 精霊がそう話しているのですか?」
精霊の……風の精霊アウロラとの会話に集中していた俺のほっぺをぶにっと両手で挟み込んで強引に視線を合わせられる。
「ケイトリヒ様、精霊と何を話していたのですか」
「……犯人は、依頼主に人質を取られているから拷問しても話さないって。帝都のショーダー家が依頼したって」
俺が素直に話すと、ペシュティーノは顔を青ざめさせた。
「ねえ、本当に拷問してるの?」
「……ケイトリヒ様が、知ることではありません」
「こんなふうに知るのなんてイヤだよ。僕は中身は大人だって、言ったでしょう? どんなものにも、裏の汚い部分だってあるって。わかってるよ?」
「……精霊が黒幕まで調べられるなんて思ってもいませんでした。精霊契約に伴う能力については謎だらけという話は聞いていましたが……まさかここまでとは……いえ、ケイトリヒ様が特別なのかも知れませんが」
ペシュティーノは長い指で顔を覆ってしまった。
「ペシュ」
犯人が喋ってもいないことまで調べられたというのは、たしかに尋常じゃない能力だ。
俺、想像以上に普通のこどもじゃないみたい。一応、俺なりにこの世界に馴染もうと努力はしているんだけど、明らかになるもの全てがそれを許さない。
能力が明らかになればなるほど、ペシュティーノは俺の扱いに困っていくだろう。
俺が神になるほどの力を得たらそのときペシュティーノはどうなる?
「ペシュ……」
顔を上げたペシュティーノの表情が、俺を疎んでいたらどうしよう。
そう思った瞬間、ぐらりと世界が揺れる。
不安で涙が出そうだ。
「ペシュ」
「わかりました、ケイトリヒ様。確かに下手人は現在、尋問中です。手荒な手段も取られています。そして最終的には、どのような事情であれ斬首されるでしょう」
ペシュティーノが何か意を決したように俺に言う。けど。
「へ?」
「斬首です。処刑。首切りです」
「……あ、そう」
「え?」
ペシュティーノのライムグリーンの瞳と俺のアイスブルーの瞳の視線がばっちりと合う。
なんか……話が食い違ってる?
「ケイトリヒ様は、下手人を心配していたのではないのですか?」
「え、なんで? 僕はただ、精霊の能力が僕の手に余るので、ペシュティーノも面倒なんじゃないかと心配になっただけで……下手人の心配? なんで??」
「ご、拷問という言葉にショックを受けたように見受けられたので……というか、私が面倒に思うとはどういうことですか? ケイトリヒ様のことをですか? 何を仰るやら、ケイトリヒ様のおむつを替えたのも、それを毎日洗っていたのも、ミルクを飲ませていたのも私ですよ!? 見くびらないで頂きたいものですね!」
なんだかペシュティーノの言葉のチョイスが面白くて、思わず吹き出してしまう。
「ぷふっ、おたがい、べつのよけいな心配をしてたみたい! ぷはは!」
「……ふふ、そうですね。いくら我が子のように育てたケイトリヒ様でも、考えていることはお互いに話してみないとわからないものですね」
ペシュティーノが真っ直ぐに俺の目を見つめて愛おしくてたまらないという表情で髪を撫でてくる。前世では、親からも恋人からもこんなふうに見つめられたことはない。俺はそれが嬉しくて面映ゆくて、抱きついてぐりぐりと鎖骨におでこをこすりつけた。
ゾッとするほど恐ろしかったはずの、ペシュティーノから嫌われてしまう想像がもう現実感のないもののように消えていく。
「ケイトリヒ様、痛いです」
「じゃあギューってして!」
リクエスト通りちょっと強めに、長めに抱きしめられて、満足。
ペシュティーノは男だけど、パパというよりママだな。オカンみがハンパない。
ケイトリヒの実の母親はいい母親じゃなかったみたいだけど、ペシュティーノがいればもう俺としては充分だ。養父である父上も接点は少ないが俺を可愛がってくれるし、前世の放置されてた子供時代と比べると雲泥の差だ。衣食住に困ったことはなかったのでさすがに不幸だったとは言えないが、今思うと寂しい子供時代だったと思う。
「ペシュ! 僕、ペシュのこと大事にするね」
「なんですか、その嫁にもらうようなセリフは……ふふ、でも嬉しいです。ケイトリヒ様が必要とする限り、お側におりますよ」
こめかみにチュッとキスされたのでほっぺを擦り付けるように押し付けると、ペシュティーノもそれに応えるようにスリスリ。ペシュティーノはおひげもチクチクしないし、やっぱりオカンみがある。
「ペシュはお髭ないね? 剃ってるの?」
「いえ、焼いてます」
え?
「浄火の呪文で焼くものは術者の裁量で決められるのですよ。若い頃からそれで処理しているので、今では1〜2週間放置してもほとんど生えませんね」
「魔法脱毛! すごい! 僕、大きくなったら父上みたいに髭ボーボーになるかな」
「御館様のような髭をご所望なら浄火での処理は控えておいたほうが良いですね」
なんとなく髭のある俺を想像したけど、どう考えてもちっちゃいサンタクロースにしかならなかった。
「……ふむ、大人の、汚い部分も知っている……ですか。それもそうですね。ケイトリヒ様はあまり子供扱いしてしまうとそれはそれで問題が出そうです。とはいえこの外見でどこまでお話するか迷うところではありますね」
「見た目のもんだい!?」
部屋のドアがノックされ、ガノが入ってきた。
「ペシュティーノ様、御館様から言伝を賜りました。明後日の狩猟にケイトリヒ様をお連れしたいとのことです」
ガノが差し出した、かまぼこ板ほどの木簡を受け取るとペシュティーノが唸る。
「狩猟……兄殿下たちもいらっしゃるのですか」
「そのようです」
ペシュティーノは少し考えてちらりとこちらを見る。
「ケイトリヒ様、狩猟にはご興味ございますか?」
「ないけど父上が連れていきたいって仰るなら行ってもいいかな、ってくらいです」
「それは……微妙ですね」
「ケイトリヒ様、ラウプフォーゲルで狩猟といえば男の一番の楽しみと言われる社交の場ですよ。男として生まれ、父となったあかつきには息子に狩りを教えたいというのがラウプフォーゲル男のロマンです」
ガノが真顔で語る。マジか。
あれか、前世でいう河原でのキャッチボール的なものなのか、狩猟は。バイオレンスすぎない? いや、魔獣ひしめくこの世界ではそれが生存の手段でもあるのか。
「ええっと……わかりました。狩猟はいまいちですけど魔物には興味あるので、なるべくテンション高めを心がけます」
俺が言うと、ガノとペシュティーノが顔を見合わせた。
「ケイトリヒ様は6歳……ですよね? ペシュティーノ様の教育方針は、その、少し老成が過ぎるのではないかと思うのですが……」
「私の教育方針ではなくケイトリヒ様の生来の気質です。……いえ、多少は助長したかもしれませんが」
子は親の背中を見て育つんだぜ、ペシュティーノさんよ!




