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8章_0109話_叙勲式典 1

ゾーヤボーネ領主令息、イザークとその愉快仲間たちとのお茶会も大成功。

お茶会と呼ぶにはメニューがヘビーだったな。お食事商談会と呼ぶべきだろうか。


ともあれ、俺のお茶会の話題は魔導学院中に広がったようだ。

特に、シュティーリ家はこれまでファッシュ家と確執があったにも関わらず、お茶会をたった1度共にしただけでトリューをプレゼントされたという話は魔導学院だけでなく帝国の貴族の間で駆け巡った、らしい。


なにせトリューは父上が直々に手掛ける、ラウプフォーゲル領の直営産業。

いまや帝国全土から注文が相次ぎ、早く融通して欲しい領は初期設定価格から倍以上値段を釣り上げてでも購入したいと申し出るほど品薄状態だ。

たとえ皇帝陛下でも権力をもってラウプフォーゲルにトリューの納品を命ずることはできないのに、子息である俺がお茶会のプレゼントとして7機も与えたというのは破格だったらしい。


俺がラウプフォーゲルでどれだけ裁量権を持ち、どれだけ金|(と、トリュー)を動かせるかのいい指標になったことだろう。

トリューの開発者が俺であることは公言しているはずなのに、だいたいのヒトは話半分にしか信じておらず俺名義なだけなんじゃないかと疑ってる。

まあ子どもがやる事業じゃないっていう固定観念はしょうがないと思うけど。

本当に先見の明ある領主は俺にも挨拶状をくれて、それを知った父上がちょっと優遇するくらいのことはしてるもんね。


お茶会の大成功が続いたおかげでちょっと面倒事がひとつ。


「ケイトリヒ様、こちら今日の分です。内容は私どもで改めましたので、ご興味がありそうなものだけ別にして、残りは箱に入れておきますね」

「ありがとー」


毎週、ちいさめの木箱いっぱいぶんくらいの招待状が届くようになった。

ごくふつうの社交のお茶会がメインだが、「魔法陣研究同好会」や「古代言語朗読会」なんてのもある。ちょっと興味をそそられたけど、アウロラの情報によるとレベルは高くなさそうだ。

元魔法陣学の教師に技術者たちという、高度な知識を持った大人と日々会話する俺にとってはあまり価値がない。


「そういえばケイトリヒ様、課外活動はどうされるおつもりですか?」

「……かがいかつどう? なにそれ」


手紙を持ってきてくれたパトリックがついでのように聞いてきたけど……ビューローからもペシュティーノからも、なにも聞いておりませんが。


「お茶会も課外活動の一環なのですが……それとは別に、学習系の課外活動があって、夜に活動する部もあるのですよ! ご興味があるようでしたら生徒会の活動一覧表を借りてまいりましょうか?」


この学院、生徒会があるのか。寮長とはまた違う扱いなんだろうか?


「うん、じゃあちょっと見たい」

「承知しました!」


そのあとパトリックが持ってきてくれた課外活動一覧には、本当にいろいろな活動があった。剣術、体術、槍術、弓術、棍術……このへんは部活動で言う運動部みたいなイメージかな。それに刺繍、被服、調理、音楽、工芸、園芸……こっちは文化部。

独特なトコでいうと、冒険者見習い。おもしろそう。

他にも狩猟部、実験部、水中部、空中部、森林部? 水中部、ってのは魔法を使って水中で素材採取したり、魔獣の生態観察をしたりという内容らしい。空中部は空を飛ぶこと、森林部は森での自活を先人に学ぶ部。

ちなみに空中部はトリューの出現でだいぶ研究意欲が削がれたらしい。すまんな。


ふむふむと一覧を見ていると、ペシュティーノが部屋にやってきてギョッとした。


「……ケイトリヒ様、課外活動の一覧については、どちらでお聞きになったのですか?」

「え? パトリックだけど」


それを聞いてホッとしたようだ。なんだろう?


「……課外活動を始める際は、なにとぞ、周囲に話す前に我々に相談をしてください。絶対ですよ。お約束いただけますか?」

「う、うん。そのつもりだよ。でもなんで?」


ペシュティーノが俺の見ていた一覧のスクロールを指差して説明してくれた。


「例えば、槍術部。こちらは帝都の騎士隊のなかでも共和国に対して強硬派といわれるブロンズレー侯爵家の派閥が集まる場です。巻き込まれたら面倒なだけでなく、共和国との関係が危うくなる可能性もあります」


ほかにも部活動の活動内容とは一切関係のない、派閥の話がてんこ盛り。

とある部は「少年嗜好の貴族が牛耳っていていかがわしい服を着せられた絵写真(ビルトパピーア)を撮影される」なんてとんでもねえ部があった。それ犯罪じゃないの!?


「課外授業は同好の集まり。小さな部までは学院の監視の目が行き届かず、何らかの被害者になったとしても『その活動にそもそも同意していた』ととられ、取り合ってもらえないばかりか加害者扱いされることまであるのです。ですからどうか表面の情報だけで気安く『入ってみたい』などとは口になさいませんようご注意を」


こわ! 想像以上にこわっ!!

魔導学院の闇を見た。


あとから聞いたところ、パトリックはその事実を知っていたらしい。だが次期領主指名まで得た小領主の公爵令息ともなれば、入った部を好きに改変できるとわかったうえで勧めてきたようだ。もちろん悪行の黒幕貴族なんて、俺の権力|(おもに父)で秒殺。

パトリックなりに、魔導学院の腐敗部分には思うところがあるのかもしれない。


お茶会の予定もたてこんでることだし、課外活動についてはしばらくノータッチということにしておいた。



いよいよ、今日はアクエウォーテルネ寮の「技術:魔法応用工学」の授業の初日。

ダンジョン制作だ!

スタンリーはこの授業には出ないので、お連れはガノとクロルの2人。ついでに、今日は人手がいると聞いたので最初だけオリンピオとコガネとギンコも来てくれた。

大所帯だ。


指定の教室はほぼ体育館くらいの広さと高い天井のある「室内研究室」という場所。

簡素な長机の上に、生徒がひとかかえできるくらいのサイズのアクリルケースのような正方形の透明の箱が並んでいる。一辺が30センチから70センチくらいだろうか。

これが箱庭(ダンジョン)になるのかな。

大きさはまちまちで、1つ1つに生徒の名前が書かれた木札が置いてある。


入ってきた生徒たちは自分の名前の木札を探すわけだが、それよりも何よりも、圧倒的存在感のあるもののせいで生徒たちの動きは鈍い。


「うぃー。自分の名前が書かれた『土台』の前に立てー。おーい、そこ。集まるなー」


予鈴もまだ鳴ってないが、バルタザール先生が気だるげにはいってきた。

体育館ほどの広さの教室の一番奥には、小部屋……いや、ふつうに広い部屋といってさしつかえないほど巨大なアクリルケース。もうケースとも呼べないサイズ感。

その大きさに生徒たちはざわざわしている。

先生の助手として入ってきた院生らしき生徒も、その巨大なアクリルケース……いや、アクリルルームを見て「これかぁ」なんて言いながら呆れたように笑ってる。

あまりにも大きいそれのせいで霞んでいるが、中くらい……2メートル四方のサイズも2つほど用意されていて、俺としてはそちらのほうが気になった。

中くらいのほうを確認しようとそちらへテクテク歩いて近づくと、予鈴が鳴った。


「おい、ラウプフォーゲルの王子。オマエはこっちだ、こっち」


バルタザール先生がニヤニヤしながら超巨大なほうを指差す。

いやわかってるさ。そうなんじゃないかなとはおもってたけどさ。


中くらいのアクリルルームの前に座って木札を確認した生徒が、こちらを振り向いた。


「ケイトリヒ王子殿下……」


共和国の首相令息、ダニエル・ウォークリーが俺を見つけて、挨拶してこようとするが手をかざして止める。授業中は形式的な挨拶は不要ということになっているんだけど、知らないのかな。


「はじめていっしょの授業ですね! なかよくしてね」

「……ありがたいお言葉です。こちらこそ、よろしくお願い申し上げます」


かたい。かたいなー。

というか、俺にあまり心を開いてない感じ。まあ出会ってすぐに腹を見せてすり寄ってくるようなパトリックみたいなヒトは稀だからこれが当然といえば当然なんだけどさ。


もうひとつは誰だろう。と、思ってたら置いてあった木札の名が読めた。


「……ラウプフォーゲル公爵閣下御令息、ケイトリヒ殿下にご挨拶申し上げます」


すこし離れたところから丁寧に挨拶したのは、ルキア・タムラだ。


「ルキア卿! 卿の『土台』だったんですね。そういえば、移動実習のときはごめんね。再試験、全員受かったと聞いてホッとしました」

「いえ、とんでもない! ほんとうに、殿下がご無事でよかったです。あの実習の際に頂いたお菓子は今でも同じ班だった生徒の間で語り草ですよ」


ルキアは愛想笑いとは思えない、いい笑顔で話してくれる。

こっちはなんか前より打ち解けたかんじ!


「お菓子といえば。ルキア卿。僕、最近社交をがんばろうとおもってるんだけど……お茶会の招待状をおくってもめいわくじゃないかな?」

「そんな、畏れ多い! 私は王国の……あ……ええと、王国人ですので、そのような」


ルキアは話の途中でハッと何かを考え直すように言葉を不自然に区切る。

わかってるよ。本当は「異世界召喚勇者だ」って言いたかったんじゃない?


「ファッシュ分寮には王国の王孫殿下であるアーサー様もいるから、国籍は気にしなくても大丈夫! 側近には元王国の公爵令息もいるし。ただ、こちらは気にしないけどルキア卿のごめいわくになってはいけないなとおもって……ルキア卿のお友達をさそってくれてもいいですよ! 実習のときに仲良くなった方がいたら、その方でも!」


ルキアは何か計算高くいろいろと考え込んで、パッと笑顔を取り繕った。


「11班の同窓会ですか。いいですね! ただ、私は帝国貴族の礼法に疎く、ご無礼があってはいけないと思い遠慮していたのです。手土産なども用意できないと思いますし」


「手土産なんて気にしないで! 僕がほしいのは手土産なんかじゃなく、友達とたのしくはなす時間だけですから」


「(ケイトリヒ様、お茶会の予定はだいぶ埋まってますのでルキア卿とのお時間が取れるのは叙勲式典の後になるかと)」

ガノがサッと耳打ちしてくる。叙勲式典のあととなると、7月(ゾネ)頃か。

あ、そういえばその前に隣りにいるダニエルにも声をかけないとだ。

もう招待状は送ってるはずなんだけど……。


チラリとダニエルの方を見ても、無反応。

……これ、もしかして……。


「ルキア卿、それでは招待状を送るね。学院内のお茶会はほんとうに予定があわないばあい、断っても失礼にはならないので。開催は7月(ゾネ)頃になるとおもいます」

「わかりました。声掛け頂き、ありがとうございます」


流れでダニエルの方を向いて、務めて軽く、流れで話す。


「ダニエル卿も、ご都合が合わないときはむりなさらないでくださいね」


案の定、ダニエルはギョッとしていた。

が、すぐに平静を取り繕って「ご配慮ありがとうございます」と返事してくる。

無礼をはたらいた助祭少年に教育的指導を施した件を差し置いても、なかなか肝の据わった少年だ。


本鈴が鳴ったので、俺は渋々巨大なアクリルルームの前に立ち、俺の名前が書かれた木札を回収する。

これどーするよ……10メートルか15メートル四方くらいあるけど……。


「さて、授業を始めるー! いまオマエらの目の前にあるのは、事前に測定した魔力量に合わせて作られた、箱庭の『土台』だー!」


魔力量か。と、いうことはダニエルとルキアは、ここにいる生徒のなかで頭一つ抜けて魔力が高いということか。ルキアは異世界召喚勇者なのでともかく、ダニエルは意外。


「で、用意するものにあった『ダンジョン素材』についてだがー」


バルタザール先生が、広い室内に行き届くよう大声で説明している。

そういえば素材について、俺が集めた記憶はないけど。


キョロキョロしていると、俺のアクリルルームの脇に木箱がたくさん積んである。


「ガノ、あれって……」

「リンドロース先生が直々に収集してくださったダンジョン素材ですよ」


素材学の先生から様づけされるS級冒険者が、手ずから集めたダンジョン素材?

嫌な予感しかしないんですけど。


「―と、いうわけで、だー。ケイトリヒ王子!」

「ぴゃいっ!?」


いきなり名を呼ばれてびっくり!

生徒たちは微笑ましいものを見るように笑っている。はずい。


「オマエの素材はちょっと桁外れだ! いくらその巨大箱庭(ダンジョン)としても、素材の種類、量、質ともに過剰も過剰、過剰が過ぎる! というわけで、他の生徒に分配してもいいな? 世話役には話を通してあるが、一応王子にも確認だ」


「へい、どうぞ」


動揺して板前みたいになっちゃったじゃないか。

量は木箱の多さから分かりますけれど、種類と質が過剰って。

リンドロース先生、なんか面白がってない?


「魔力量は個人差があって当たり前だ。土台が小さいからと言って、腐る必要はない。質の良い箱庭(ダンジョン)は大きさは関係ないからな! それにラウプフォーゲル王子のおかげで質の良い素材がたんまりある。できのいい箱庭(ダンジョン)は、貴族が買い取ってカネになる可能性もあるから手を抜かないよーに!」


一部の生徒がワッと盛り上がった。いいモチベーションの上げ方だね。カネになるかもしれないと思えば、やる気も出るってもんよ。


「さて、つくりますか」


オリンピオが積んであった木箱を一つ一つ降ろし、コガネとギンコがそれをバールも使わず爪でバカッと開いていく。中にはいっているのは、ラベリングされた麻袋や瓶。


「えーと、麻袋は土か……これは、えーとなになに? 『ドラッケリュッヘンの赤砂/属性:土、火、光』……属性まで書いてくれてる」


3つほど土の麻袋を出したあたりで、先生の助手に止められた。

木箱の中身は別場所のシートの上に出して欲しい、だそうだ。すまんかった。

荷運び人員のオリンピオとコガネとギンコにお任せして、俺はこの15メートル四方の空間にどんな箱庭(ダンジョン)を作るか構想を練る。


1人一冊わたされた箱庭(ダンジョン)の教本の評価基準には、こうあった。

・自己成長機能をもたせること|(ただし限界点の設定を忘れずに!)

・自浄作用を持つこと

・植物以外の生物が3体以上、常に維持される状態を保つこと

 (無機生命体(ゴーレム)のみの構成は減点対象となる)

・外部から仕組みがよく見えるように制作すること


ぱらぱらと教本をめくると、過去の優秀な作品の例が精巧な図で記載されている。

ひとつは、「黄金郷」と名の付いたもの。

2メートル四方の立方体はほとんど土と岩で埋め尽くされ、表面には中国の武陵源のミニチュアみたいな風景が広がり、その下には黄金の地下神殿的なものがあるという内容だ。

あ、神殿という単語はこの世界ではNGだった。荘厳な宗教施設、ってかんじ。


ペラリとページをめくると、次はわずか30センチ四方のミニサイズにも関わらず滝と崖とそこに生える熱帯植物のような鬱蒼とした木々が幻想的な例。

小さなサイズだからこそ十分に生命力を満たすことができ、木々を茂らせることができたと説明に書いてある。命属性が不足してる俺がやるとどうなるんだろう。


それにしても、なんというかこの授業……いきなりやってみろスタイルが過ぎる。


周囲を見ると、皆やはり土台はそっちのけで本とにらめっこだ。

いきなり真っ白なキャンバスになんでもいいから絵を書いてって言われているようなものだ。こういうときは……まずはアイデアスケッチじゃない?


「ガノ、せいずようし」

「人数分、製図紙の冊子を配るのはさすがにやりすぎでしょう。1人1枚として、鉛筆と字消しは貸出という形ではいかがですか?」


「え?」

「はい? ……生徒に配るおつもりではありませんでしたか? よい宣伝になるとおもいましたが」


周囲を見回すと、同じように頭を抱えた生徒が石版と石筆で構想をまとめたり、小さな木簡に小さく書き込んだりする生徒もいる。


「ガノ、さすが。これ、配らない手はないわ」

「バルタザール先生も期待するような目でこちらを見ていたので、てっきりケイトリヒ様も理解されているのかと……ともかく、すぐに用意しますので、ケイトリヒ様は先生に許可を頂くお話を」


ガノが両方向通信(ハイサー・ドラート)でペシュティーノに連絡している。

製図用紙は、前世でいうところの大きめの上質紙が束になっただけのものだ。

特に紙質が違うとかいうわけではなく、罫線がマス目状に描かれているだけ。


「せんせー! ていあんです!」

「うぃ! ラウプフォーゲル王子!」


「僕はケイトリヒといいます」

「はいはい、ケイトリヒ王子?」


「僕もですが、みんな最初の一手になやんでるよーなので、構想を図面化するためのせいずようしをひとり1枚ていきょうしようとおもいます」

「ほう! 図面化。いいっすなー。うんうん、しかし製図用紙というとかなり高額ですがそれを生徒全員に提供すると?」


……なんか深夜のテレビ通販的なノリなんですが。まあいいか、先生がくれた宣伝のチャンスということでありがたくノッておこう。


「ところがですね、先生! 僕の商会があたらしくかいはつした、あたらしい紙はなんときぞんの紙の15%ほどの値段なんですよ。つまり75%おふ!!」

「うーん、分かりづらい表現だなー。つまりどれくらい安いんだ?」


あれ。パーセント表示では伝わらなかったか。


「学院の売店で60FR(フロー)のしょうひんが……な、なんと8FR(フロー)で買えちゃうかもしれないということです!」

「おお!! すばらしー! いや、しかし安くなったということは、品質を落としたんじゃあないのかな〜? 安かろう悪かろうでは、こまっちゃうな〜」


先生、ノリノリである。


「それは、使ってみてはんだんしてください!」

「あ〜、なにか制約があったりするんじゃないのか〜?」


「……あっ、そうだ! 洗浄(ヴァッシュン)で消すと紙がしわくちゃになります! だからこの字消し! 字消しで消さないとダメなんです。でもこの字消しも、2FR(フロー)から5FR(フロー)でごていきょう!」

「わあ〜! 安い!」


俺と先生の寸劇に、生徒たちはポカンと見入るばかりだ。


「……えーと、製図用紙を配ってもらえるってことでいいのかな……?」

「ノートが60FR(フロー)から8FR(フロー)!? 本気か!?」

「ケイトリヒ殿下の商会……? 製紙事業に参入するってことか?」

「ヤバい……ヤバいヤバい! そんな低価格の紙が流通したら、魔樹の品種改良の研究が確実に打ち切られる!! 先輩に連絡しないと!」

「これは……革命だ」


数人の生徒が、「早退します!」と言って教室を出ていった。

予想外の展開です。


……もしかして、早まった?

というか、魔樹の品種改良!! 製紙の方面じゃなくて樹そのものを品種改良する研究だったのか!! これは盲点だった!

製紙事業については、製紙組合(ギルド)と密に連絡を取って既得権益を損なわないように注意しながら動いてたんだけど、研究機関まではカバーしてなかったかもー!!

魔樹の研究してるひと、ごめんよ! やっちまったかもしんない!


やばい……。

この研究で食べてたひとが路頭に迷ったらどうしよう。

脇汗でてきた。


「あー、っと、王子、心配すんな。アクエウォーテルネ寮と帝都の魔樹研究については、製紙組合(ギルド)からの要望ですでに今年で打ち切り予定だったんだ。おそらく王子の商会の人間が根回ししておいたんだろうよ」


「よ、よかったーー!!」


変な汗かいちゃったよ!

寸劇の合間に、すっかりガノは配布準備万端。さすが行動が早い。


「では、ケイトリヒ殿下の設立した商会が開発した新しい紙をお配りします。鉛筆と字消しについては……」

「あげていいよ」


ホッとしたから気が大きくなった。どうせ消耗品だし、あげちゃえばいいよ。


「……しかしケイトリヒ様、下賜となるとこの授業に出ていない生徒間の不平等が」

「全校生徒ぶんくらい、あるでしょ?」


ガノがカッと目を見開いて満足そうに笑う。

こういうときのガノの笑み、ちょっと目が怖いんだよね〜。


「そうですね。鉛筆と字消しを1つずつくらいなら、問題ありません。では、先行してこの授業に出ている生徒の方々にお配りします。お手数ですがお一人ずつ前に取りにいらしてください」


ガノがさながら商売人のように並んだ生徒に鉛筆と字消しを千手観音の手さばきで配る。さながらっつーかほんとに商売人だったわ。一応立場は側近騎士だけど、限りなく商人に近い騎士。これでちゃんと戦えるっていうんだからこの世界の騎士は多才だ。


ガノが商売人モードに入ってしまい、教室が雑然としてきたので、クロルが俺を抱き上げる。そして、どこからかウィオラが湧いてきた。


「主、これから箱庭(ダンジョン)をお作りになるのですか」

「うん? うん、そう。授業でやるの」


「ようございました。天地創造の練習となるでしょうから、お励みくださいませ」

「て……てんちそーぞー?」


「主が神となった暁には、この世界を一度壊して作り直すか、そのまま維持するかをいつでも選ぶことができる。この世界はそうして破壊と創造を繰り返して今に至るのじゃ。この箱庭(ダンジョン)は、いわば創造の練習台よ」


クロルがなんでもないことのように言う。

ええ……。なんか急に箱庭(ダンジョン)制作意欲がダウン気味。


「主。ただ、お気をつけください。主はすでに半神。箱庭(ダンジョン)をつくれば、そこに自然なる生命が宿り始めるでしょう。ペシュティーノが結界を補強しているようですが、あまり強大なものをお作りになりませぬよう。この箱庭(ダンジョン)から逃げ出せば、ごく自然にこの世界に定着してしまいます故」


教本に「箱庭(ダンジョン)で生まれた生命体は、外に出ると消える」って書いてあったけど!?

そのへんが神のちからですか? 地味!


「あまり深く考えず、主の前世を思い出して作ってみてはどうじゃ? 異世界には魔法は存在せず、生命たちが好き勝手に生きて生態系を成しておったというではないか。こちらの世界よりも、よほど単純で洗練されておるとおもうのだが」


……それもそうだ。

魔法が影響する世界や生物は、まだまだ馴染みがない。

まだ知らないことも多いし、前世のように情報が簡単に手に入る世界でもないからこれから前世と同じ時間生きたとしても前世ほど知れるとも思えない。


「食物連鎖……弱肉強食……循環……うーん」

それでいうと生き物は「植物」「草食動物」「肉食動物」、そして枯れた植物や動物の死体を肉から骨まで分解する「微生物」の4種類がいればいい。水も地下に浸透して、漏れ出た水は川から海へ、そこで雲になって雨として地上に降り注ぐ。


よくできた循環システムだ。

小学校の理科で習うレベルだが、この世界でどれだけこのシステムを知る人間がいるだろうか。前世の科学者たちは、どういう検証をしてこのシステムに気づいたのだろうか。

俺は異世界に来て改めて気付かされたことだが、前世で「常識」といわれる知識を検証した先人たちはすごい。ボーッと生きてたら天動説を疑うことなんて、ないもんな。


前世では気候変動や人間の存在でバランスが崩れかけていたが、箱庭(ダンジョン)であればその不確定要素は完全に除外できる。


「てんちそーぞー……と、考えると……おもしろそう!」


紙と鉛筆、字消しを手にした生徒たちは書き心地を見ながら満足そうに素案を描き出す。


クールを決め込んでいたはずのダニエルも、すこし高揚した様子で「この紙がノートとして8FR(フロー)で売られるなんて素晴らしいです」とわざわざ話しかけてくれた。

製図用紙と鉛筆と字消しを取りに来た生徒がノートも手に取れるようにサンプルを用意してある。ガノ、セールスに抜け目がない。


ダニエルの後ろから、ルキアが俺を観察するような目で俺を見ていた。

……異世界召喚勇者なら、この文具たちには見覚えがあるだろうね。

なにせ、文具は前世のつくりとほぼ同じだ。ノートは無線綴じで、淡い色の罫線つき。鉛筆は木製で細く、六角形。字消しは白くないけど、布製のスリーブに入っている。


俺はルキアとしっかり目を合わせて、にっこりと笑う。

ルキアはすこし困惑しながらも、応えるように笑顔を返してきた。


俺の料理人が異世界人であることはもう有名だし、異世界の製品を再現するほど「異世界贔屓」なのは一目瞭然。となると、万一ルキアに何かしら不満や不安がある場合、あちらから俺に接触してくるんじゃないだろうか。


まあ、不満があるかどうかも謎だけど。


……とりあえず、前世の循環サイクルを、ルキアにバレないようにこちらの世界風に落とし込む方法を考えるとしよう。


俺は箱庭(ダンジョン)の構想に真剣に悩みながら、ちらちらとこちらを気にするルキアの視線に気づかないフリをしておいた。

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