8章_0108話_社交しよう! 3
「う〜ん……」
透明の球体の寝台。
安眠の魔法がかけられているというこの空間で、初めて夜中に目が覚めた。
なんだか体に違和感が……?
「ん……う? なんか、いたい……きがする?」
むくりと起き上がると、痛みの場所が明らかになった。膝だ。
なんだか膝の中にちっちゃいウニでも棲んでいるじゃないかとおもうほど痛い。
「いたい……痛い! いたいよー!」
初めて感じる痛みに、思わず誰かに慰めてほしくてギャン泣きした。
すぐにペシュティーノが飛んでくる。
「どうしました!?」
「ペシュ、ひざが……ひざがいたいの! うごかすだけでいたいよぉ」
寝台の上の俺を抱き上げて、大きな手で両方の膝を撫でる。
今まで感じていた痛みがウソのように引いた。温かい手。
「あれ……いたいの、なくなった」
「……成長痛かもしれませんね。【命】属性が素早く馴染むよう、今日は添い寝しましょう。準備をしてくるので、すこしお待ち下さい」
成長痛! そういえば前世では中学時代にそういうのあったな。
ペシュティーノが寝台から離れると、やっぱり膝がズキズキと痛む。
原因が分かったせいか、さっきよりは耐えられるようになったけど眠るのはムリかも。
準備を終えたペシュティーノが一緒に寝ると、痛みは和らいで眠れるようになった。
……大きくなるのも難儀するもんだ。
翌日。
ペシュティーノが添い寝してくれたおかげ?で膝の痛みは取れたが、成長痛がひどいばあいはあまり動かさないほうがいいということで犬型ギンコの背に乗って午前の授業へ。
ファッシュ分寮から昇降陣で降りて、インペリウム特別寮のピロティを抜けたあたりでイザーク・ジンメルとばったり出会った。
「あ! イザーク卿!」
「ケイトリヒ殿下、おはようございます。午前の授業はどちらへ?」
イザークは護衛を1人だけ連れて、古代言語学の授業に向かうそうだ。
「僕はこれからグラトンソイルデ寮の社会学へいきます。そうだ、イザーク卿におくろうとしてたあれ、アレ! しょうたいじょう!」
俺がパッとそばにいたオリンピオに手を伸ばすと、横からサッとスタンリーが俺の手に招待状を持たせてくれた。昨日の夜に作成して、今日イザークに送っておいてね、とビューローに頼んだ分だ。スタンリーが気を利かせて転送してくれたらしい。
「お茶会の招待状です! あっ、でもいまわたされたらごめいわく? あとでおへやに送っておきましょうか、あっ、あう、どっちがいいんだろう」
「殿下、嬉しいです! 手渡ししていただけるなんて光栄です。ここで頂ければ、お部屋に改めてお送りいただかなくて結構ですよ、お気遣いありがとうございます」
イザークは懐深いかんじで福々と笑って招待状を受け取ってくれた。
ホッとした俺は2人で並んでインペリウム特別寮の前の広い道を一緒に歩く。
「去年はなかなかお話する機会がなかったですが、今年は精力的にお茶会をされるおつもりで? 先日は、シュティーリ家のジャレッド殿下とお茶会をしたともう噂になっておりますが」
「そうなんです。僕、1ねんめはお勉強にむちゅうになりすぎて、ぜんぜんお友達がいないなと思って……イザーク卿も、お茶会に呼びたいお友達がいたらぜひおつれください」
「わあ、お心遣いありがとうございます! これはお茶会で話したほうが良い話題かもしれませんが……殿下、さきにお聞きしたいことがありまして。なんでも、異世界人の料理人を抱えてらっしゃると噂で聞いたのですが本当でしょうか……?」
「ほんとうです! その件は、おちゃかいでぜひじっくり話したいとおもっていました。異世界のお料理には、ダイズからつくられるおいしいお料理がいっぱいあるんです! それで、いろいろと相談したいこともあって……」
イザークは福々したほっぺを両手で挟み、「それは嬉しいご提案ですね!」と興奮気味。
なんかファンシーなキャラだなー。
「では、学院内でも特にダイズに詳しい者を連れて参りましょう! ああ、今からお茶会の日が待ち遠しいです!」
「そう言ってくれて、僕もうれしいです〜!」
「日程については招待状に候補日を挙げておりますので、ご都合の良い日をお選びください。ケイトリヒ様、イザーク様は我々よりもすこし教室が遠いので、このあたりで失礼いたしましょう」
「あっ、ひきとめてごめんねイザーク卿!」
「構いません! お話できてうれしかったです。では、こちらで失礼します」
スタンリーさすができる側近〜! わりとギリギリだったのか、イザークは俺と別れると頭を下げながら、ちょっと早足で去っていった。去り際がおばちゃんぽい。
「……机の上においておいた招待状がなくなってビューローが慌ててはいけませんので、連絡を入れておきますね」
スタンリー、できる側近〜〜!!
数日後、イザークから招待状へのお返事には多くなって申し訳ないが4人ほど同行者として連れて行く、ということだった。
ゾーヤボーネ領の生徒3人と、タールグルント領の生徒1人。
全員アクエウォーテルネ寮で農作物や肥料、除虫剤など農業に関するアレコレを学んでいる生徒。俺がダイズについて興味を示しているもんだから、選りすぐりの人物を連れてくるようだ。に、してもゾーヤボーネ領の隣とはいえ、タールグルント領の生徒とは初めてだ。
ハービヒト領とクラーニヒ領に南北を囲まれた、旧ラウプフォーゲルでもおかしくない地理条件の領だけど歴史的に一度もラウプフォーゲルに属したことのない土地。
なにか理由があるのかな。
ファッシュ分寮の図書館で歴史を調べると、「古くから風の精霊を祀る一族が暮らす谷がある。建国の黎明期には帝国の支配を嫌い内戦直前まで険悪になったが大ラウプフォーゲルの王がとりなしたことで平和的に属領化された」とある。
その風の精霊を祀る一族は「ペリ族」と呼ばれ、ヒトとは異なる姿をしている……?
「ぺしゅ、ペシュ! ペリ族ってどんなヒトたちなの!?」
お勉強机のうえに身を乗り出して大声を出すと、半開きの間仕切りカーテンの向こうで花を生けていたペシュティーノが振り向く。
「これ、机に乗ってはいけません。しかしペリ族とは……また懐かしい名ですね。私は直接見たことがありません。が、聞いたところによると帝国建国から後、外部の人間が入植したことでだいぶ血が薄まり、外見の特徴は消えつつあると過去の新聞で見たことがあります」
「ふーん、獣人とかではなく、ヒトなのに別種族あつかいなんだ?」
「はるか昔は鳥に似た特徴があったそうですが、今はどうなんでしょう。ラウプフォーゲルの家紋は猛禽ですからね。古代から良い関係を築いていたそうです。……詳しくは、今度お茶会にいらっしゃるタールグルントの生徒に聞いてみては?」
「そうだね!」
生の声、だいじ!
イザークとのお茶会たのしみ! ……の、前に。
今日は、初めての「魔法:魔道具設計学」の授業。ファイフレーヴレ第2寮へ行く。
第2寮の授業は1年の頃に「魔法:魔法陣設計学」の授業を受けたから初めてではない。ないんだけど、ディングフェルガー先生が「魔導学院の魔法陣授業はもう必要ない」と言われたので修了試験を受けに行った1回だけなので、実質初めて。
同じ理由で、ファイフレーヴレ第1寮の「高等魔法陣学」も試験のみで修了。
つまり去年はファイフレーヴレ寮とはほぼ関わりがなかったのだ。
稀に共通学科でファイフレーヴレ寮の教室を使ったけど、基本的に避けてたし。
「魔法:魔道具設計学」は、正真正銘、ファイフレーヴレ第2寮の授業。
第2寮なので気負うほどのことはないけど、中央貴族との癒着がはげしい第1寮や、話を聞かないベイロン先生なんかがいるから要注意だ。
中央貴族の全てが敵ではないとは理解したけど、ファイフレーヴレ第1寮の状況とはまた別。だって、どうやらあそこは名誉だけ欲しくて実力が伴わない生徒が、ヒルデベルトに袖の下を渡して帝国魔導士隊へエスカレーター入隊させるための場所だ。
どうやったって敵視しない理由が見つからない。
なんなら悪の枢軸だ。腐敗の温床だ。愚劣の極みだ!
ジャレッドと一緒にお茶会にきてくれたハーゲン・シュテッパートが第1寮なので、彼だけが俺にとってファイフレーヴレ寮の希望。
ファイフレーヴレ寮の教室棟に入ると、やはり視線が集まる。
敵視というほど強くはないけど、どこかよそよそしい、困惑……にちかい視線だ。
音選しても、特に俺に関する話は聞こえてこない。
これは良いことなのか悪いことなのか……。
教室に入ると、ここでも注目の的。
わいわいと雑談に興じていた空気がシンと静まり返り、ギンコの爪が床を打つ音だけが響く。インペリウム特別寮生が座る席にバブさんを置いて、その上に座る。
「え、かわいい……」
音選が最初に拾った声はそれだった。
まあぬいぐるみをクッション代わりにするってかわいいよね! でもこれ別に狙ってやってるわけじゃないからね!? そうしないと椅子の高さが合わないだけであって!
オリンピオとジュンが背後に控え、スタンリーが横に座った瞬間、再び教室のドアが開いた。
「あっ!?」
「あー! ジャレッドきょう!」
2人の護衛をつけたジャレッドが入ってきた。
まさかこんなとこで会うとは思ってなかった。ジャレッドとはもう友達だもんね!
「ケイトリヒ殿下! 先日はありがとうございました。これ、見てください」
俺の前に立って、ジャレッドがノートと筆記具入れを見せつける。
「さっそくつかってくれてるんだー!」
「ええ! このノート、素晴らしいですね。側近たちも驚いていましたよ。こんなにいいものなのに、平民でも買える値段に設定されているとは! あ、隣、いいですか?」
いい感じに大声で宣伝してくれるジャレッド卿、デキる顧客!!
今まで兄上たちとも他のインペリウム特別寮生とも授業が被ることはほとんどなかったので、隣に生徒が座るって新鮮。
でもジャレッドが授業に参加するなら、ビューローが把握してたはずだけど。
「いやあ、参りました。実は基礎魔導学の授業だったんですけど、担当のベイロン先生が直前の授業で怪我してしまったらしく、急遽休講となってしまったんです」
「ケガ!? ベイロン先生が? だいじょうぶかな」
「聞いた話によると、魔導演習を拒否した生徒に無理やり魔導を打たせて、暴発してしまったそうです。生徒にもケガ人が出たようですよ。大事には至ってないと聞きましたが……どうしたんですかその顔」
なんか聞いたことある状況。
「ベイロン先生、全く反省していませんね。あの方は去年、ケイトリヒ様にも無理やり魔導演習をさせて手ひどい目に遭ってるはずなのに。教師でありながら、学習しないとは」
曖昧に笑っていた俺の後ろで、スタンリーがぶっこんでくる。ちょっと。
「えっ!? ケイトリヒ殿下にも強要を!? 一体どんな事件が!?」
そこで本鈴が鳴り、教師が大人数の助手をつれて教室に入ってきた。
「魔法:魔道具設計学」の教師は瓶底みたいなぶあつい眼鏡と鮮やかな緑色の長い髪をした、無精髭の男の先生。出欠をとることもなく、開口一番から「魔道具とは〜」みたいに語りだし、その合間に助手が教材となる魔道具の原型らしきものを配っている。
導入ナシの授業だ。マイペース! 雑談しているヒマはなかった。
「すごい気になります、あとで聞かせてください!」
ジャレッドがコソッと話しかけてくる。……この感じ、学生っぽい!
ぱちんとウインクしてみせると、小声で「かわいい!」って言われた。
ジャレッドいいやつだな。
マイペース先生の授業に慣れているような上級生が、コソコソ話をしている。
「……どういうことだ、シュティーリとファッシュは仲が悪いんじゃなかったのか」
「母親を断罪したのにシュティーリとは仲良くしているのか……妙だな」
「ジャレッド殿下はヒルデベルト殿下を追い落とすためのファッシュ家の駒なのでは?」
「悪逆中央貴族のまとめ役になると思っていたのに、ケイトリヒ殿下とあそこまで仲良くするとは……もしやヒルデベルト殿下とは違って、穏健派なのでは?」
「今の状況が異常なんだ。ファッシュとシュティーリが組めば、第1寮はもう他の貴族が威張り散らすような余地はない。きっとこれから健全化するぞ」
「しかしケイトリヒ殿下はファイフレーヴレにあまり近づかないから……」
「ファッシュと仲の良いジャレッド殿下がいれば……」
音選で聞こえてくる生徒は、混乱している。
ファッシュの駒ってのはちょっと歪みすぎだが、ジャレッドが腐敗の温床たちに取り入られるのを防ぐためには、一役買ったかな?
マイペース先生が一通り説明をおえて、ではやってみましょうという時間になるとジャレッドがいたずらっぽく聞いてきた。
「で、ベイロン先生をどんな目に遭わせたんですか?」
「きゅうりょうてんびきにしただけだよ……」
俺の雑な要約に不満なジャレッドが目線でスタンリーに説明を求めると、スタンリーは淡々と、ことのあらましを説明した。ジャレッドはクスクス笑うし、近くの席の生徒も肩を震わせていたのでだいぶ面白かったっぽい。無表情でクールな印象のスタンリーがものすごくナチュラルに悪態をつくのが面白かったのかもしれない。
かくして、「魔法:魔道具設計学」は植物学の授業以来となる、学生らしいキャッキャウフフを楽しめた授業になった。やっぱり一緒に学ぶ仲間がいるって、いいね!
そして、イザークのお茶会の日。
「ようこそファッシュ分寮へいらっしゃいました。マルクト伯爵令息イザーク卿。エローネ男爵令息、ロンバート卿。ジンセラ子爵令息、パドレス卿。それにアルシュ卿にチルチル卿!」
「ケイトリヒ殿下、ご招待ありがとうございます。連れの者は貴族の社交に慣れていない平民もおりますので、もしもご無礼がありましたらできるかぎりお目溢しを。万が一のことがございましたら、このイザークがジンメルの名に懸けて誠心誠意対応いたします」
イザークの後ろに並んだ4人は、3人がガチガチに緊張してもたもたとお辞儀をする。
ただひとり、スラリと背が高く真っ黒の肌と錆色のような赤っぽい色合いの髪のチルチルだけは呆けたように俺をみつめてくるだけだ。
「チルチル、頼むよ。ケイトリヒ殿下は、帝国で名だたる領主様たちの次、令息と名のつくお方のなかではほぼ1番偉いおかただぞ、お辞儀を!」
イザークがたしなめると、慌てたようにお辞儀してくる。
「……しつれいしました、王子殿下があまりにも……白鷲のごとく輝いていたので、目がくらんでしまい礼を忘れてしまいました」
突然口説かれた。
「いいよ。失礼だったらもうしわけないけど、もしかして、チルチル卿はペリ族?」
「はい、ヒト族と血が混ざり特徴が失われつつある今、先祖返りと謳われる漆黒の肌が自慢のペリ族の末裔にございます」
ペリ族について聞こうとおもってたら御本人がきた。
特にラウプフォーゲル人は暗い肌色が多いが、ここまで暗い、いやハッキリ言って真っ黒はなかなか見ない、というくらい黒く、赤みのない黒檀のような肌。
それに、目は鷹みたいだ。錆色の髪はフワフワしていて、羽毛みたい。頭の下半分は編み込まれて長い三つ編みが10本くらい垂れてる。ドレッドっていうのかな?
アフリカの戦士みたいですごくかっこいい。
「かっこいいねえ!」
「ふふ……ありがとうございます。さすが我らペリ族が唯一の友と認めた大ラウプフォーゲルの王子。ペリ族の価値にお気づきですね!」
「かちはわかんないけどかっこいい!」
「わかんないってよ」
「黒い自慢、だれもわかんないからやめろって」
「ラウプフォーゲル人はほとんど黒いからわかんねって」
「何を言う! 私の黒さはペリの誉れ! 闇に溶け込むほどの純黒である! この黒さはつまり、生命力の強さを意味するのであるぞ! そして黒は常に、白に憧れる。白もまた、黒に憧れる。それがこの世界の常だ」
【命】属性は黒。生命力の強さ、という表現は正しい。
そして【死】属性に満ちた俺は白い。【命】属性を欲してるという意味では、合ってる。
「うん、あこがれちゃう」
「私も同じ気持ちです、殿下。相思相愛ですね」
ニッコリ笑うと白い歯がまぶしい。またなんかナチュラルに口説かれた気がする。
「チルチル、頼むからそこまでにしてくれ……私が不敬で斬首されたらどうしてくれる」
イザークがツッコミ役に回ることに……とりあえずエントランスでコントみたいなかけあいはやめて、テラス席に案内しよう。
道中、すでにお味噌汁のいい匂いがしてくる。
目ざとく、というか鼻ざとく? イザークが「いい匂いがします!」とワクワクさせていた。フッフッフ、今日は味噌と醤油をたっぷりつかったTHE・日本の心のおもてなしづくしメニューだ!
テラス席には華奢なカフェテーブルではなく、どっしりとした8人掛けのダイニングテーブル。そしてレオが料理説明のために営業スマイルで立っている。
今日はレオのためのお茶会といってもいいもんね。
「さ、どうぞ、おかけください。ケイトリヒ殿下はあちらへ」
俺はテラスに出るドアから一番遠い、庭園を背にしたお誕生日席だ。俺に視線を向けるたび美しい庭園がみえるという演出らしい。
「事前のつうたつどおり、お腹をすかせてきてくれましたか?」
「「「「「はい!」」」」」
みんないい返事!
ジャレッドとは帝国で一般的な貴族のお茶会だったが、今日のメンバーは全員ゾーヤボーネ、つまり農産関係者。ロンバートの家系が食品系や食料加工品を扱う商業を兼業しているが、残りは全員農家の家柄で、食材にも調理法にもこだわりとプライドがあると聞いている。
イザークもまた、自領のダイズ産業には誇りと野望があることは知っている。
インペリウム特別寮の入学懇親会で自慢のダイズ料理を披露したくらいだ。
あれ、そういえば今年は懇親会なかったな?
まあともかく、今日はお茶会というより……商談だ!
味噌の香ばしい香りにつられて、よだれをたらしそうな5人を前にして、焦らすわけにはいかない。
「きょうはイザーク卿とのお茶会ということで、異世界召喚勇者で料理人であるレオがうでによりをかけて郷土料理をつくったそうです。レオ、もう僕もおなかすいちゃったからてみじかに説明おねがい」
「ご紹介にあずかりました、異世界からやってまいりましたレオ・ミヤモトと申します。では手短に……このテーブルに並んだ全ての料理に、どこかしらダイズが使われております。お召し上がり頂き、見つけていただけたら幸いです。どうぞ!」
5人が全員、目をむいた。
この世界で大豆料理といえば、大豆をそのまま具にしたスープか、細かく砕いて大豆ミートのように食べるかの2種類がメイン。この世界では食肉の産業化はほぼ貴族のためのもので、平民は冒険者や狩人が取ってくる狩猟肉がタンパク源であり、安定供給が難しいので、大豆ミートのほうがお手軽で安上がりなので前世と違って意外と需要があるのだ。
「この……料理、すべてに、ダイズが!?」
「まさか、こんな彩り豊かなのに……こちらは肉を揚げたものではないですか! なんて贅沢な……まさか、この肉がダイズの形成肉!?」
「とりあえず食べないとわかりません! 賞味させていただきます」
「ええ、この香りは耐えられません。いただきます」
「これはなんと美味い!」
「早いな!」
ほんと、この5人は掛け合いが軽くてちょっとコントっぽい。
ペリ族のチルチルは完全にキャラ確立マイペース型のボケ担当だ。
「あっ、これはわかります! このプルプルとした、柔らかいもの……すごくダイズの風味を強く感じます。しかしここまで滑らかになるとは……!」
「これもわかります。きなこですね。たしかゾーヤボーネ領の辺境でこのような食べ方があったと思いますが……なぜ異世界人がご存知なのでしょう?」
「あ、これもわかります! これは私の地方で生産されるもろみです。すこし塩気が強いですが……こうやって付けて食べると、野菜の甘みが際立つのですね!」
「これはっ、未熟なダイズを塩ゆでしたもの……ですね。単純なのに、美味い……何故だ、止まらない!! 美味い!」
「こちらは、芽が出た大豆……? なんと、面白い食感でしょうか。プリプリとした実の部分と、シャキシャキした茎の部分……この味付けがまたなんとも……」
全員、夢中になって食べるけど時々考え込んで味わっている。
枝豆やもやしなんかは見ただけで大豆とわかるので、こんな食べ方があるのかと驚きつつもカトラリーが止まらない。俺も、おあげの入った味噌汁を飲んでホッとひといき。
味噌ダレたっぷりのトンカツをひときれ、ゴマダレの冷奴を一鉢、砂糖と醤油の煮魚を一切れ。ごはんがすすむ〜! 箸で食べたいところだけど、一応この世界の子どもらしく銀食器で。
「じゃあレオ、みんなそろそろお腹がおちついてきただろうから、ごせつめいを」
「はい。私の生まれた国では、ダイズ加工がたいへん盛んで……」
もろみからさらに発酵を進ませた味噌と醤油の話には、全員が食い入るように聞き入っていた。豆腐の製法や、油揚げの話になると「そんなに複雑な調理法を!」と、異世界の食の奥深さに思わず感嘆の声をあげるほどだ。
こちらの世界の人々の反応を見れば見るほど、異世界人って日本人に限らず食への手間を惜しまない食いしん坊だよね……。一部該当しない国もいるけど、美食と呼ばれる国はどこも手間暇かけて美味しいものを作り出している。
「レオ殿のご説明、たいへん興味深く聞かせていただいた。しかし……」
しかし?
「全てたいらげてしまって、改めて味わう機会を逃してしまいまいした……! あの、ミソダレのカツレツは至高の美味しさです……あのタレがまさかダイズからできているとは思いもよらず、ポルキートの臭みが無いことばかり意識が向いてしまった」
イザークがものすごく悔しそうに味噌トンカツが乗っていた空の皿を見つめて言う。
味噌ダレはパンでキレイに皿から拭われていて、まるで未使用の皿みたいにキレイ。
「味噌トンカツは、ラウプフォーゲル公爵閣下も絶賛されたメニューです。ミソとポルキート肉のマリアージュを改めて味わいたいとおっしゃるならば……おかわり、ご用意しましょう」
レオがパチンと指を鳴らすと、弟子たちがテーブルの中央にクローシュの大皿を置き、焦らすことなくパカリと開ける。揚げたてのトンカツと別添えの味噌ダレを見て、5人の目が輝いた。
「レオ、デザートもあるんだからほどほどにね」
「ケイトリヒ様は最近よく召し上がるようになりましたが、それでもやはりここまで際限なく美味しそうに食べていただけると嬉しいものです。しかも祖国の郷土料理ですので」
なにせ大豆の国の王子様たちだから、味噌サイコー、醤油サイコー、豆腐サイコーの大絶賛の嵐。そりゃーレオも気分いいだろうけどさ。
「で。かんじんの話は、しなくていいの?」
「あっ、そうです! 是非、ゾーヤボーネ領ご自慢のダイズをですね〜、味噌と醤油用に、定期的に購入できないかと考えておりまして〜」
「すぐに領主の父上と話します」
「我が商会に通達しましょう。今年はレーゼ地方の大豆が豊作だったはずです」
「調味料の販売先はどちらをお考えで? よろしければ流通にひと噛み」
「ダイズの品種にこだわりは? いくつかサンプルを用意しますよ」
「味噌汁、もう一杯!!」
……農家のはずだけど、彼らからはどこか商人じみた魂を感じる……。
そしてチルチルはここでもマイペース……。
実は、彼らからのお土産はゾーヤボーネ領で栽培されている全ての品種のダイズ《ゾーヤボーネ》で、馬車2台分。サンプルはもういいと思う……。
「チルチル殿は何を目指してアクエウォーテルネ寮に?」
ずっと黙っていたスタンリーが思わず聞いた。気になってたけど、ストレートに言うね! しかしチルチルは気にした様子もなく、ニコリと微笑んだ。
「我らペリ族は、昔から土地を改良する肥料作りに長けている。我らが崇めるのは主に風の精霊だが、同じくらい土の精霊のことも崇めているのだよ。ゾーヤボーネ領のダイズ産業は、我々ペリ族の協力あってのもの……と、一族では伝えられている」
「はい、ゾーヤボーネ領と名を改める前の時代、土地は痩せ、水は濁った不毛の土地だったそうです。しかし一羽の鳥がダイズの苗をくわえて飛んできた。人々はその苗を枯らさないよう大事に育てた。鳥は、すこしずつ栄養豊かな土をくわえてその苗に運んだ。ヒトは、大地をほって滞った水を流すようにした。すると大地が蘇り、ダイズが実る豊かな土地となった……というのが我が領に伝わる話です」
イザークがチルチルの話を補足する。
「その一羽の鳥は、ペリ族という協力者を表していて、栄養豊かな土地というのは肥料だったのだろうと言われています」
「実際、大ラウプフォーゲル時代の記録に『隣国の農民たちが運河を掘り水を流した』という口伝の記録が残っているそうです」
「作物のために作られた運河とは別に濁った水場も残っていて、今ではペリ族の指導のもとに良質の堆肥がとれる沼として大事にされています」
「今でもゾーヤボーネの民はペリ族のよい隣人であるべき、として感謝の念を忘れてはいけないと教育されるんですよ」
「うむ、実をいうと広大な農地を持たないペリ族もゾーヤボーネ領の実りから恩恵をうけている。協力関係ということだな」
逸話はゾーヤボーネの誇りの起源なのか、全員が誇らしげに語った。
「……で、チルチル殿は何を学びに魔導学院へ?」
スタンリー! 空気呼んで! 今すごいいい感じの雰囲気になってたから!
「うむ、作物に合わせて土地を改良する、肥料の勉強をしに入学した! 我らの作る肥料は、たまたまダイズの理想的なものだったが、作物が変わると必要な栄養分もかわる。それを学びたいとおもってな!」
「なるほど」
スタンリーは納得して、パッと俺を見た。
わかるよ。白き鳥商団に勧誘したいって思ってるんでしょ?
今は精霊のチカラワザで土壌改良してるけど、精霊の知識とペリ族に伝わる肥料作りの製法を組み合わせたら、すぐに産業化できるだろう。
でもさすがにゾーヤボーネ領との絆をここまで語られて、空気読まずにヘッドハンティングすることなんてできませんよ!?
俺がニコリとスタンリーに笑いかけたので、スタンリーは察して今は諦めたようだ。
やっぱり、社交すると色々な情報やいろいろな人材に触れられるなあ。