8章_0107話_社交しよう! 2
「ようこそいらっしゃいました、ラングラー公爵令息ジャレッド卿。そしてユースティティア伯爵令息ティモ卿、ミナーヴァ男爵令息ハーゲン卿」
よしっ! 一字一句噛まずにいえた!!
「「「ラウプフォーゲル公爵令息ケイトリヒ殿下にご挨拶もうしあげます」」」
3人の令息が揃って頭を下げると、ジャレッドが後ろの側近と護衛騎士たちを軽く紹介して邸内に入れてもいいかお伺いを立ててくる。これ、貴族同士の訪問のテンプレ。
いいって言うに決まってるのに応えなきゃいけなくて、いいって言うって分かってるのに言わなきゃいけないやつ。めんどー。
そして怒涛のプレゼントタイム。
ジャレッドからはシュティーリ家が頭目を務める商会が扱っている知育魔道具。なんと、電子辞書的なものだ。聖教公語と古代語が入っていて、ノートPCサイズ。
俺はどちらも卒科してるんだけど……それでも元の世界とはだいぶ言い回しが変わる文言が多くある。特に聖教公語はまだまだ知らない単語も多いから、便利!
ティモからは帝都の有名服飾ブランドのタイ。俺の目に合わせた淡い空色で、すごく大人っぽくてセンスのいい逸品だ。フリルのついてないタイ、貴重です!
ハーゲンからは、本。これはすごく嬉しい。しかも2冊も!
どのプレゼントも見るたびに俺がキャッキャと喜ぶものだから、3人とも気を良くしてくれたみたいだ。嬉しそうなのがまた嬉しい。
「下から寮の建物だけは拝見しておりましたが、これほどまで素晴らしいとは。建築好きの父にも見せてあげたいほどです」
「なんと素晴らしい庭園! マルガリータローズは季節にはすこし早いでしょうに、咲き誇っていますね……これほどまでの腕前を持つ庭師をお持ちとは、恐れ入りました」
「この焼き菓子、今まで食べたどのお菓子よりも美味しいです! こんなに贅沢に砂糖が使われた菓子を殿下は日常的に召し上がってるのですか……いいなあ」
ティモの父親は建築オタクで、どうやら本人も好き。ハーゲンはバラ好き。そしてジャレッドはお菓子が好き。わかりやすくていいね。
堅苦しい挨拶を交わしたのは最初だけで、香りのいいお茶と美味しいお菓子、そして開放感のあるテラスで美しい庭園を眺めていると話も弾んだ。
ジャレッドが初めて受ける授業で失敗したことや、年長のティモのちょっとしたアドバイス、ファイフレーヴレ第1寮のハーゲンは問題児ばかりで困ってるという話。
俺が魔法陣系の学科の全てを卒科していることは、3人とも素直にすごいと言っていた。
そして去年までいたディングフェルガー先生がどれだけ鬼畜だったかなど。
ジリアンもそうだったけど、ディングフェルガー先生ってほんとうに恐怖の大王みたいな扱いだったんだね。俺の中ではちょっとダメな大人としか思えないんだけど。
「あの……ケイトリヒ殿下、唐突なお願いで恐縮なんですが……」
めいっぱい話が弾んで場が温まった頃、ジャレッドがもじもじしながら言いにくそうに切り出してきた。なんだろ?
「どーしました? さきほどのケーキのおかわりでしたら、実はまだありますよ」
「え! そうなんですか! あの白いクリームは至高の味です……が、そうでなくて! 実は風の噂で……ケイトリヒ殿下の、その……幻影魔法がすごい、って聞いたのですが」
「そ、それは! ……確実に旧ラウプフォーゲル勢から聞いたものですね?」
「ま、まあ出どころはそうでしょうが、私は又聞きで」
ちょっと突いてやると、どうやら出どころはナタリー嬢。去年のうちに散々言いふらしたらしく、何がすごいかまでは伝わってないがとにかくすごいという話を聞いたらしい。
幻影魔法といえばこの世界の子どもたちの憧れ。
ティモとハーゲンも今年成人になる年齢だが、幻影魔法と聞くとソワソワしだした。
「いいですよ〜。じゃあ、これからごらんにいれましょう! もしも、一言も声を上げずにさいごまで見ることができたら、なにか賞品あげます! なんでもいいですよ、なにがいいですか?」
「えっ、そんなこと言っていいんですか? じゃあ私は先程のケーキをホールで!」
「差し支えなければ、エントランスホールの窓辺に飾ってあった小さな精霊像を」
「では私はあちらの大きな紫色のバラを鉢で頂きたいです」
いいねいいね! やってやる感があっていいね!
そしてディングフェルガー先生の指導を得た今の俺が、親戚会でお見せした程度の幻影魔法の出来で満足していると思わないでほしいね。まあ、彼らは親戚会での幻影魔法すら知らないけどさ。
「……いや、まって。護衛騎士のみなさんは……その、どうしようかな」
「えっ? 護衛騎士はダメなのですか?」
「いえ、一緒に見ること自体はもんだいないのですけど……その、幻影なんですけど、幻影がね、どうしても、その……」
「幻影魔法の間だけ私が行動を制限しましょう」
後ろからスタンリーがボソリと言うと、護衛騎士たちもすこし表情が変わる。
ジャレッドたちの危険を察知して動く騎士たちが、本気で危険を感じるくらいの幻影なのだが抜刀でもされたらコトだ。さらにそれで誰かケガでもしようものならこのお茶会は失敗となり、俺もジャレッドも痛手を負うハメになる。
「スタンリー、それは合意いただけるなら……にかぎるかな」
「……しかし、親戚会で披露した際にも数人が勢い余って抜刀したくらいの精度です。ラウプフォーゲルの懐にいらしているラングレー公爵家の騎士たちがのうのうと見れるはずもないでしょう」
スタンリー、言いにくいことを……言ってくれてありがとう。
「じゃ、こわくないやつ、ちょっとこわいやつ、すごいこわいやつがあるから、まずはこわくないやつからいくね?」
「え、そんなにあるんですか?」
「こわいって、どういう系ですか!? お、おばけとかだと、私は遠慮したいのですが」
「ジャレッド殿下がもしダメでも、是非『すごいこわいやつ』が見たいですね……」
ガーデンテーブルを囲んでいた椅子を移動させて、テラスの端に一列に並べる。
ガノが布製のスクロールを5つ持ってきて、緑色のリボンのものを俺達の座る椅子の前にバサリと広げた。
「うわあ、すごい魔法陣! こんなに複雑なものを、ケイトリヒ殿下が設計されたんですか!?」
「うん。じゃあ、ぜんぜんこわくないやつからね! 小さい子も泣かずにみれるようにつくったやつだから、ちょっとたいくつかもしれないけど……」
俺が椅子に座ったまま魔法陣に手をかざすと、周囲がいきなり暗くなった。
それだけで、ティモと数人の騎士が「えっ!?」とか「なんだ!?」とかざわつきだす。
「はい、ティモ卿はごほうびなしー」
「ああっ!」
暗くなった空間の地面だけが淡く光る水面が現れ、空からは光る粒がチラチラと雪のように降ってくる。幻想的な風景に、ジャレッドの口がパッカリ開いていた。
「うわあ……キレイ」
「今のは感想だから数にいれないでおきましょうね」
「あっ、そうでした」
やがて光の粒が水面まで落ちると、ほわ、と光のボールになってそれがパチンと弾け、光る小さな鳥が囀りながら飛んだり、光る魚になったりして水音を立てながら空中を漂う。
「すごい……」
「しょかいだから、ティモ卿の分もナシにしましょうか。いまは好きなだけ、こえをあげてください。思わず叫ぶのは、こわいやつからですから」
「よ、よかったです。これを黙ってみているだけなのは、もったいない気分です」
「お、音まで出ますよ!? これ、出回ってる幻影魔法とは比べ物にならないです」
やがて暗い空間が光る鳥や魚、他にもいろいろな動物……じゃなくて無害な魔獣たちでいっぱいになると、足元の水面が緑色に輝きだして周囲が明るくなり、やがて巨大な木を上から見たような状態になる。当然、周囲は空で、遠くには山や森などが見える広い草原の空中に浮いているような場面だ。
「ええっ!? うわあ、うわあ!」
「わぁ……なにこれ! すごい、すごい!!」
「す、ご……風まで感じる。まるで本当に浮いてるみたいだ!」
「あっちの青い山が氷竜のすみかでー、あっちの赤い山が火竜のすみかなんです」
俺が指さして説明するけど、みんなあんまり聞いてない。側近や騎士までオロオロ。
このあとの「ちょっとこわいやつ」の伏線なんだけどな。まあいっか。
俺の側近や護衛騎士は俺の幻影魔法の試作にさんざん付き合ってるので、見慣れた光景。うろたえる人々を笑うわけでもなく、ボーッとしてる。その温度差のおかげで相手方の護衛騎士も落ち着きを取り戻したみたいだ。
場面がゆらりと傾いたのにつられて、ジャレッドがバランスを崩してティモに寄りかかった。きっとジャレッドはレーシングゲームとかで体が動いちゃうタイプだな。
場面は巨大な鳥の背中に乗って、ゆうゆうと空を飛んでいるところ。
360度どこを見渡しても、雄大な空と遠くに見える山、森、草原。
「ほんとに飛んでるみたいだ……」
「みて、うえ! ドラゴンがいるよ」
誰も気づいてくれないので俺が言う。
全員の首が真上を向き、シルエットでしかないドラゴンを見て歓声をあげる。
「もういっぴききた」
またもや誰も気づいてくれないので俺が言った。背後から同じくらいのドラゴンが猛スピードで飛んできて、もともといたドラゴンがそれに気づいて向きを変える。
「ケンカにまきこまれたらこわいから、にげようねー」
俺達の乗った大きな鳥はゆうゆうと旋回して向きを変え、湖の方に向かって飛ぶ。
背後ではドラゴンの羽音と鳴き声が聞こえるが、そこから一直線に離れていくのでもうかなり遠くなった。
鳥は湖に真っ逆さまに落ちていき、ダイブして水の中。ジャレッドの側近と護衛騎士の数人が驚いたのかぴょんと飛び上がったけど、触れないであげた。
光に満ちた魚たちの泳ぐ色鮮やかな水中を過ぎ、すこし暗くなったとおもったら水底には……竜宮城というか、マーメイドラグーンというか、そういうきらびやかな水中都市。
水中都市って、ロマンだよねー!
俺だけかな? みんな思うよね? アトランティスとかさ。
とにかく、その水中都市にだんだん近づいて……ってところでブクブクと泡に包まれて、おしまい。
泡が上へ登っていくように、現実の風景が下から現れて全員がポカンとしてた。
「これでおしまい。水中都市は、中を作るのがたいへんだったから外観だけなの」
「す……すごい。今までの幻影魔法とは、全く別物だよ。空間の全てを演出するなんて。存在はするけれど、それはものすごく制御が難しいと聞いている。それをこんな……」
「夢を見ていたみたいです……これは、ラウプフォーゲルの生徒が自慢するのもわかる」
「……ケイトリヒ殿下、こんな素晴らしい出来で、『ちょっとこわい』って……」
「えっとね、さっき青い竜と赤い竜がいたでしょ? いきなりその2体が上からふってきて、ケンカを始めて、それをまぢかで見学する……みたいなながれ」
「こわ!!」
「えぁっ、そういう怖さですか!? それは見たい!」
「たしかにそれは、声を出したら負けですね! これは護衛騎士と側近も混ぜてやりましょう! ……聞くのも怖いのですが、『すごいこわい』は……」
「それはみてからのおたのしみ。ちなみに、『ちょっとこわい』は、ラウプフォーゲルの親戚会で腰を抜かしたひとも出ましたよ。ゲイリー伯父上たちだけ、すごい笑ってた」
「あー、ハービヒト領の……そうか、ケイトリヒ殿下の伯父になるのですね」
「あの方は……豪快ですよねえ、ビブリオテークまでその勇壮は轟いていますよ」
「ラウプフォーゲル公爵閣下もかっこいいですが、ハービヒト領主閣下もかっこいいですよねえ、なによりあの体格! まるで重戦車です」
こちらの世界の重戦車は、甲冑をつけた馬が複数立てで曳く石弓戦車のこと。主に対人戦を想定した兵器だが、アンデッド討伐戦での功績のほうが大きいと世界史で習った。
それよりファッシュ家が少年たちにモテている。やっぱ恵体は男の子の憧れですか!
それからしばらく「こわくないやつ」の感想と改善提案とこんなのがあったら面白いというアイデア提案の話題で盛り上がり、満を持して「ちょっとこわいやつ」に挑戦。
内容はほとんど親戚会で見たものと同じ。ドラゴンのウロコのディテールが変わったことなんて変更のうちに入らないよな。
最初の数秒でティモが悲鳴をあげ、その後すぐにジャレッドが叫んだ。その間側近たちは次々と思わず立ち上がったり、飛び上がったり、悲鳴を上げたり。騎士たちはさすが肝が座っていて抜刀するヒトはいなかった。
けど、後半になって火竜がこちらにむかって火を吐く場面になると、結局全員が叫んだ。
上映が終わると、なんか全員がぐったり。
「すごいこわいやつ、みる?」
「いえ……遠慮します……ちなみに、どういう内容か教えてもらっても……?」
俺はスクロールに結ばれている赤いリボンと青いリボンを指さす。
「こっちが青い竜、こっちは赤い竜と。それぞれヒトの目線で竜と剣で戦う内容だよ。ガンガン攻撃してくるし、どこまでも追いかけてくるし、基本的に剣は通らないし、最終的には負けるよ。トラウマになった、って苦情が……」
「ムリムリムリムリ」
「チビリます」
「ほんとに、夢に出ます」
やっぱり敬遠されてしまった。俺も作っておいて、なんてひどい結末だとは思ったけど。
本当に魔獣のいる世界だからこそ、ファンタジーで終わらない。こんな真に迫るような映像で俺TSUEEEE的な内容を見たことで、変な成功体験みたいな勘違いをしてもらっても困るなとおもってシビアな内容にした。
ジュンは「擬似的に2回も死を経験できるなんてな!」と微妙な感想をくれたもんだ。
その後も幻影魔法の感想会から今後の進路希望や魔導学院での抱負などを語り合った。
最初は畏まった話し方をしていたけど、あっというまにくだけた話し方になり、すごく仲良くなれた気がする!
そして、あっという間にお開きの時間。
「ケイトリヒ殿下、楽しい時間をありがとうございました。ファッシュ家とシュティーリ家の親睦を……と勇んで参ったのですが、何も考えず楽しんでしまい……」
「それがいちばんでしょ! ジャレッド卿がたのしんでくれたなら、僕もうれしいです。ティモ卿も、ハーゲン卿もたのしんでいただけました?」
「私もジャレッド殿下と同じく……それなりに政治的な話も準備しておりましたが、子どものように楽しんでしまいました。それもこれも、ケイトリヒ殿下のおもてなしのおかげにございます」
「恥ずかしながら、同じく……しかし、ケイトリヒ殿下の多才さを目の当たりにした一日でもございました。中央貴族と旧ラウプフォーゲル貴族の間にあるものを打ち崩すべく、協力できることがあったら何なりとお申し付けください。心から協力したく存じます」
魔導学院という限られた社会の中で芽生えた友情。
俺たちがもっと大きくなって、この友好関係を皮切りにちょっとずつ状況が改善すると良いな。いや、改善する、と目標にしよう。
すくなくとも、ここにいる4人はそれを望んでる。
側近と護衛騎士に「お持たせ」を渡すと、その多さに驚いていた。
「声を出したら負け」ゲームは誰も勝てなかったけど、せっかく欲しいと言ってくれたんだからということで3人が望んだものと、ノートと鉛筆と字消しをそれぞれ包んだ。
ケーキはそもそも持たせるつもりだったんだけどね。
そして最後に、「これはラウプフォーゲルとラングレーの友好の証として」といってお手紙を渡す。
「開けてもいいですか?」
「はい、かくにんしてください」
封を開けて中を見たジャレッドは、言葉を失った。
「……トリューを、我が領に……7機も!?」
「1機はジャレッド殿下用のとくべつ仕様です。魔導学院にいるあいだは乗れないけど領にもどったらいっぱい乗って領民をたずねてくださいね。馬よりラクで早いですから!」
「……ッ! 嬉しいです! 殿下、抱きしめていいですか!」
「はい、いいですよ」
ジャレッドは膝立ちになって、ちっちゃな俺を遠慮がちにギューッと抱きしめる。
「私たち、友達になれるでしょうか」
「もちろん。と、いうか、従兄弟……ですよね」
ジャレッドの母親は、俺の母カタリナの実姉にあたる。
本来は従兄弟で間違いない関係なのだが、俺はシュティーリ家と断絶しているし、母親カタリナの存在は両家ではアンタッチャブルだ。誰もが俺とシュティーリ家の繋がりについては口をつぐむ。……でも、ジャレッドはカタリナの罪とは関係ない。
「……従兄弟と、呼んでくれるのですか」
「ジャレッドと僕の関係にはえいきょうないですよね? あ、でも養子になったから……叔父になるのかな?」
ジャレッドはすこし涙目になっていた。
「ケイトリヒ殿下がそう仰ってくれて、嬉しいです。もうこれから一生、私から殿下に血の繋がりを口に出してはいけないとお祖父様……いえ、父上から言われたので」
「僕を産んだ母のことはしばらく許せそうにないですし、くるくるパー……マネントなヒルデベルト卿のことも好きにはなれないですけど、ジャレッドのことは好きです」
「パーマネント?」
「えっと、巻き髪のことを聖教公語でそうよぶんです」
「ふふっ、ケイトリヒ殿下、気が合いますね」
「え? パーマネントが?」
「いえ……私も、ヒルデベルト……のことは」
「私も」
「私も」
「「「大っきらいですから」」」
3人が口をそろえた! そして側近たちも頷いてる。護衛騎士まで!!
こんなに身内に嫌われるなんて、なかなかないよヒルデベルト! ある意味すごいよ!
もしかして帝国魔導士隊設立を支持しなかった家門として、ヒルデベルトがなにか嫌がらせでもしたんじゃないか? ありえる。すごくありえる。そうでないとおかしいってくらいハッキリと明言したよ。貴族としてはなかなか無い状況。
俺はちっちゃな右手をずい、とジャレッドに差し出すと、彼は完全に理解しているかのようにガシリとその手を掴んだ。かたく握手を交わすと、そっとその手に後ろの2人も手を添えてきた。
「ラウプフォーゲルとラングレーの友情に」
ジャレッド一行がファッシュ分寮の正門を出て昇降陣の魔法陣に乗るまで、大きく手を降って見送った。
初のお茶会は大成功。
ジャレッドとは特別な絆が生まれた気がする。ジリアンも従兄弟だけど、ジャレッドだって従兄弟だもんね。仲良くできないわけがない。
家の確執なんかは、もうすでに親の世代で克服しようとしているところなんだから俺達だって仲良くなっていいんだ。
父上に相談して、ラングレー公爵をじいじとよんでいいか聞いてみようか……。
いや、待てよ。ふつう貴族はじいじって呼ばないのか?
もしかしてあの場で止められたのは、呼び方の問題??
まあそのへんも含めて聞いておこう。
さて続いてはインペリウム特別寮組との社交だ。
目下、俺が気になるのは共和国のダニエル・ウォークリーだが彼から呼んでいいものか。
仲良くしたいのはゾーヤボーネのイザーク・ジンメル。なかよくしてあげたほうがいいのかな、という部分では旧ラウプフォーゲル組。
ぶっちゃけ最後はさほど興味ないので忖度です。
だってさ! ウルバウムの情報がほしいなら、エーヴィッツみたいに自分から掴みに来いってんだ! なにもかも強者様のラウプフォーゲルが面倒をみてくれると思ってもらっちゃ困るんだぜ! ってわけで、あまり旧ラウプフォーゲルの弱小領を過剰に接待する必要はないと思ってる。
エーヴィッツはたまたま父が同じだから同じ寮に住めて、俺と接点が多い。だから他の領の子息たちにも俺と接点をつなぐ機会だけはあげないとね、という程度のもんだ。
俺が手取り足取り旧ラウプフォーゲル南部を世話する理由はない。
どうせならラウプフォーゲル領になったローレライを贔屓したいところだ。
「あ……そういえば、ローレライの生徒って、魔導学院にどれくらいいるの?」
先日のお茶会の御礼状を書きながらガノに聞くと、帰ってきた答えは「全学年で17人」だそうだ。自治領だったから領主がいないのでインペリウム特別寮には当然、ゼロ。
領はファイフレーヴレ第2寮とウィンディシュトロム寮に集中していて、前者が8人、後者が7人。グラトンソイルデ寮に1人、アクエウォーテルネ寮に1人。
「ローレライには有力な貴族が少ないので、何人かは帝都の貴族から後援をもらっています。この度ラウプフォーゲル領になりましたから、優秀な子どもがいればケイトリヒ様が後援になるのもいいかもしれませんね」
ガノが俺の御礼状を添削しながら提案してきた。
そうか、教育といえば学校を作ることがいちばんだとおもってたけど、まだ先の話になるだろう。まずは入学希望者の後援者になるってのも、領民教育への貢献だな。
「フーゴにおてがみだす」
「承知しました。魔導学院に限らず、騎士学校、職人学校など、対象となる教育機関をある程度決め、管理できる人数に制限しましょう。フーゴ殿であればそのような心配は無用でしょうが、名前だけの粗末な野外学校に入れて後援金だけをせしめるといった事例も他領では横行しているようですから」
「え、そんなのひどい」
「弱者を利用して金をせしめようとする人間は、少なくないのですよ……ケイトリヒ様、よくかけています。この最後の言い回しだけ修正したら、清書して結構です」
ガラスペンでカリカリと文字を書く音が響く勉強部屋。
「ケイトリヒ様、そろそろ直筆でオフィーリア姫とマリアンネ嬢とフランツィスカ嬢にお返事を書きましょうか」
動揺して線が曲がりそうになったのを、なんとか誤魔化した。
「……なんで?」
「パトリックに代筆させているそうですね?」
「え、ダメ?」
「まあ、貴族ではよくあることですが……御礼状は直筆なのに、ラブレターには代筆なんてことが姫君やお嬢様に露呈したら、立場が危うくなりますよ?」
ラブレターじゃないもん……。
「来年は洗礼年齢です。……おそらく、父君は婚約者を決めたいはずです」
「でもこのからだ見てよ。まだ1歳児……いや、そろそろ2歳児にはなったかな、ってくらいだよ? マリアンネやフランツィスカは、もうお胸だってあるんだよ? 僕がつりあうわけないでしょ」
婚約者の話はもー出さないでほしい。だってだれともマッチングしないでしょ。
精神年齢に合わせても、外見年齢に合わせても、実年齢に合わせても、どれもミスマッチってどういうことよ? 俺、前世でも結婚してなかったけど今世では別の理由で結婚できなさそう!
「ケイトリヒ様、お気づきでないかもしれませんが……ローレライのアンデッド魔晶石は日々消滅しています。つまり、ケイトリヒ様のお体に【命】属性が充足している。最近はギンコやクロルなど新しい方が抱っこしてるので気づいてないかもしれませんが、先日お召し物をワンランク大きくしたものに変更したのですよ」
え? うそ!?
「僕……おっきくなってる!?」
「谷を埋め尽くすほどのアンデッド魔晶石、転送に2週間もかかりましたが白の館とファッシュ分寮に分けて保管してあります。どちらももう半減するほどケイトリヒ様が吸収されました」
うそだろ!? きいてない!
「ディアナ! あっ、ディアナいない! ガノ……パトリック! パトリックー!」
大声で呼ぶと、ものの数秒で「どうなさいました!」とパトリックが飛んできた。
「はかって! 身長、はかって!!」
「は!? はい? あっガノ、バラしたんですね! 私から申し上げたかったのに!」
「ケイトリヒ様が、体の小ささを理由に婚約者は決めないようなことを仰るから……」
「それはいけませんね! 早速測ってみましょう! お召し物のサイズを上げたのは私ですが、実際どれくらい成長されたか測るのを楽しみにしていたのですよ!」
ぴんと背筋を張って、かかとから頭の先まで測ると……なんと!
えーと、27.4スールだから……?
「センチになおすと83センチくらいですかね! やはり徐々に成長してます」
パトリックがニッコリ笑う。
えっ……つい最近、80センチに達したばかりだと思ってたのに!
アンデッド魔晶石でこれだけ成長するなら、目標にしてた「資金力と政治力」いらなくないか!? 魔導騎士隊がたんまりアンデッド討伐してくれれば、アンデッド魔晶石にこまることもないし!
「あの谷底を埋め尽くすほどのアンデッドを半分消費して1スール……ペースはゆっくりですが、問題ありません。今後アンデッド魔晶石に困ることはないでしょうから」
「え」
「あれだけの大群を常に発見するのは難しいでしょうが、6月の式典が終われば、隊の知名度は飛躍的に上がり、討伐依頼も多く舞い込んでくるはずです。それまでも冒険者組合からの魔晶石が届きますので、これまでのように不足することはないかと」
……じ、じゃあ……!?
「僕、おおきくなれるかな!?」
「ええ、もちろん。ですが、消費量に対しての成長率はすこし落ちています。この原因が何なのかすこし研究すべきかと」
たしかに、以前はぶよぶよアンデッドだけで1スール伸びた。今回は、その何十倍もある量を消費してようやく1スールと思うと、順調とは言えない……かも。
けたたましくパトリックを呼んだせいで、ペシュティーノもやってきた。
話の流れを理解したようで、慰めるように俺の頭を撫でてくる。
「成長は、なにも上背だけではないのですよ。最近は歩き方もしっかりされて、以前の……ケイトリヒ様が言うところの『よちよち感』? でしたか? その辿々しさが失くなったようです。全身に筋肉がついてきている証でしょう」
たしかに、毛足の長い絨毯で足をもつれさせて転ぶことも減ったし、ギンコの背に乗っていても背筋を伸ばしたままでいられる時間も伸びた。頭の重さでバランスを失うようにヨロヨロすることも減った……と、考えると。
全身にいいかんじに筋肉がついたってことか!
「僕、マッチョになりつつある!」
「マッチョ……それにはもう少し時間がかかりそうですね。ただ、婚約者のことは遠い未来ではなく、すぐ近くの未来としてお考えください」
後半聞こえなかったなー!
俺、ペシュのためにも大きくなるからね!!