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8章_0106話_社交しよう! 1

「そう、機体にはシュティーリの紋章のおおかみを、かっこよくいれて! 色はやまぶきいろ。こどもが乗るようの設計で、絶対ケガさせないようするの。落下したら地面におちるまで保護シールドがはつどうして……」


両方向通信(ハイサー・ドラート)の上位版、魔道具を介して遠方の人物と会話ができる固定双方向通信装置を開発した。帝国の通信法からいうと、この装置自体はとっても規制スレスレのグレーゾーン。販売しているわけではないし、魔導学院とユヴァフローテツの間でしか使わなければ大丈夫、ってことになってるらしい。


会話の相手は、ラウプフォーゲルのトリュー工場から移籍してユヴァフローテツで上位トリューの機体開発に勤しむギーゼラ・リュッカーだ。


『頂いた素案を元に、設計図を書き起こします。贈答用のトリューとは、粋ですね。腕によりをかけてお作りしますので、お任せください』


ギーゼラは嬉しそうに声を弾ませ、その他細かい仕様を詰める会話をして通信を切った。


「ギーゼラは何日くらいでできると?」

「設計図が決まれば3日でしあげられるって」


「それはすごい」

量産型(バイン)の設計は基礎が固まってるから、あとは装飾ぶぶんだけみたい」


ガノが俺のメモを見て眉をあげた。


「7機も贈るのですか?」

「とくべつせいはジャレッド用の1機だけだよ。あとは普通の量産型(バイン)。護衛や側近が追いつけなかったらもんだいになるでしょ」


納得したように頷くガノが、俺の勉強机にドサリと紐で縛られた四角い重そうな荷物を乗せた。なにこれ?


「お待たせいたしました。ケイトリヒ様がお望みの、新しい紙を用いた『ノート』です。初回の売り出し価格は10FR(フロー)まで下げられます」


10FR(フロー)! 約千円! まあノートとしては高いけど現在ふつうに売られているノートと比べればだいぶ安い。


「みせてみせて!」


俺がボスボス縦に揺れると、ガノがドヤ顔で紐を解き、ご開帳!

前世でよく見たスタイルのノート。無線綴じで、表紙の紙はつるつるしていて、すこしの水ならはじくカンジ。中を開いて手で触れると、ほどよくサラサラ。まさに前世の文具会社のクオリティ! もちろん、うっすらと罫線つきである。学習ノートだからね!


「すごい。かんぺき!!」

「こちらもどうぞ」


木製の鉛筆に、すこし茶色っぽい色の消しゴム。いや、ゴム製ではないように見えるから「字消し」とよんだほうがいいかな?


「いつのまに!」

「レオ殿から何度も聴取して、ユヴァフローテツの工房が仕上げたものです。鉛筆は似たような原型がありますのでラウプフォーゲルの組合(ギルド)と提携すればすぐにでも量産が可能なのですが、字消しは新素材なのでしばらく難しいかもしれません。代替え品として、『スライムの実』が使えるためそちらでも量産できないか並行して研究中です」


鉛筆は2FR(フロー)、字消しは正規品が5FR(フロー)、スライムの実をつかった廉価版は2FR(フロー)ほどにしたいという話。


「これくらいのねだんなら、平民も買えるかな?」

「十分です! もともと魔導学院に通う生徒はある程度裕福か、貧しい者は貴族の支援を受けて通っていますのでこのくらいの値段であれば問題ありません」


「これ、数はどれくらいある? お茶会のおみやげに持たせたらと思うんだけど……」

「さすがケイトリヒ様。私が申し上げる前にすぐに思いついてくださいましたね。まさにそれを狙っておりました。ケイトリヒ様が贈りたいと仰るだけ、数をご用意します! 必要以上に持たせ、招待客の方が周囲に配るのを許容してもよろしいかと!」


さすが商人、ガノ。

廉価版を売り出すとき、何よりも気になるのは性能。高いものに劣らないと知ってもらうには、先に使ってもらったほうが早い。そして使用感に納得がいけば、消耗品である製品を使い終えたあとにちゃんと購入してくれる。


「ところで、消しゴムのげんりょうはなに?」

「ローレライの樹脂です」


なるほど、プラスチック消しゴムのほうか。


「ローレライの樹脂は、白き鳥商団(ヴァイスフォーゲル)の研究結果によっては、とんでもない価値になっていく。いまから量産化に投資しておいてほしいんだけど」

「仰せのままに」


ガノ、ものすごいキラキラした笑顔。ほんとお金すきね。

手土産の準備はだいたい整った。次はお料理だ。


「レオレオレオレオ、メニューどう?」

「ああ、ケイトリヒ様! 厨房に入ってきてはいけません、刃物や火があるので危ないですからそちらのテーブルでお待ち下さい!」


駆け寄ろうとしていた体をピタリと止めて、使用人の食事スペースだと思われるテーブルとカウンター席があるところへすごすごと退散。大人でも座るのに苦労しそうな背の高いスツールに、ヒト型ギンコが抱っこして座らせてくれる。


「レオ、わさんぼんすごくおいしかった! あれふつうの砂糖とちがうの?」

「和三盆は京菓子や和菓子に使われるものでふつうのサトウキビからとれる砂糖とは別ですよ。あっ、カミル! その卵は常温に戻すように外に出しといたものだから、冷蔵庫に入れないで。それで、お茶会のメニューですよね。招待客は16歳以下の子どもがほとんどと考えると……ああっ、オットー! 鍋が吹きこぼれてる!」


「れ、レオ……僕、おじゃまだった?」

「そうですね! 夕食の後にしてもらえるとありがたいです!!」


素直でよいとおもう。

出直すことにした。


昼食のあとに訪ねたのがまずかったね。


ここ数日はグラトンソイルデ寮の授業が続いているが、平和でいい。

みんな自身の学習にものすごく集中しているから誰も俺に興味がないし、話しかけてこないし、噂話や貴族と平民のナンタラカンタラとかもなにもない。


共通学科、共通選択学科のなかでもまだ修了してない科目があるので、今日の午後はそちらに充てる。共通選択学科の素材学。これは調合学の基礎となる科目なのだが、とにかく覚えることが多い。

リンドロース先生に教わった内容は上級向けのごく一部でしかなく、その基礎となる素材学はやはり奥が深かった。ちなみに、調合学は素材学を修了していなくても卒科できるが薬師学はまず素材学をマスターし、さらに調合学を修了しないと選択することすらできない。

薬師学はその名の通り薬師になるのを目指す生徒が選択する授業なので、俺はまったく受講する必要がないんだけど。薬学そのものには興味があるのでなんとなく目指してる。



教室のドアを開けると、独特のニオイ。

くさいような、薬っぽいような、土っぽいような。


騎士服のギンコと、ジュンをおともにつけてスタンリーといっしょに素材学の授業。


共通選択学科なので、寮や学年の縛りはなく、学びたい生徒が好きに受講できるため生徒のタイの色も性質も様々。……と、思ってたら、ひとり際立った美少年が花をまき散らしながら俺に近づいてきた。花はあくまで俺の脳内イメージです。


「ヴィン! ひさしぶりだね!」

「ケイトリヒ殿下、学院祭ぶりです」


俺が途中で寝ちゃった学院祭の演劇のあと、軽く楽屋裏で挨拶した以来だ。


「ヴィン、なんだかおおきくなった?」

「はい、この半年で2スールは伸びたとおもいます。しばらくしたら、中性的な役は難しくなりますね。殿下はお元気でしたか? ウィンディシュトロム寮では殿下が新しい商団を立ち上げたと毎日噂になっていますよ」


「えー」


まだ公表してないはずなのに、さすが商業科と言われるウィンディシュトロム寮、情報が早い。ここまでバレてたらもう隠してもしょうがないんだが、公言するわけにもいかないので曖昧に笑うと、ヴィンはそれ以上追求してこなかった。

その引き際も、さすが商業科だね。

本鈴が鳴るまでしばらく雑談をして、授業。

インペリウム特別寮の生徒は護衛を連れてるので、他の生徒たちとは違う席に座らないといけない。……こういうのが、学院内で子供らしい社交をする妨げになってる気がする。

まあ仕方ないんだけど。


素材学の授業は去年に引き続き、相変わらず興味深い。

3つの分野に分かれていて、生物、植物、鉱物。その中から人類の益になるもの、害になるもの、これから益になるかもしれないものなど幅広く学び、3つとも学び終えたら素材学修了となる。1年目は鉱物を主軸に授業を受けていたが、今年は植物系を選んだ。


「殿下は去年は鉱物、今年は植物を選択されたのですか。殿下ほどの方なら専門家を雇うこともすぐでしょうに、どうして素材学を?」


「え、だって知りたいから」


親戚会や魔導騎士隊(ミセリコルディア)までどこでも聞かれることだが、これに尽きる。

次期領主候補に指名されたいじょう、俺が学ぶべきは本来「統治」なんだけど、そのために知れることは何だって知りたい。薬学だって魔導学だってなんだって、統治において知っておいて損になることなんてまずないもんね。


「知りたいから、ですか……とても単純ですが、奥深い答えですね」

「ゆうのうな部下を腐らせないためには、僕自身もちゃんと知識をつけないと。僕はまだ子どもだから、信頼できるヒトか、信頼できる提言かどうかをはんだんするにはまだ経験がたりないもの」


授業が終わり、ぱらぱらと教室を出ていく生徒たちが俺の言葉を聞いて「ほ〜」と声にならない声をあげていた。ま、子どもにしちゃ立派な発言かもしれないけど、中身が大人と考えるとふつうだからね?


「殿下の部下になった者は幸せですね」

「そうこころがけてるし、そう思ってくれるといいなー」


顔を見合わせてウフフと笑うと、ヴィンが俺の撫でようとしてハッと手を止めた。


「なでてもいいよ? なでられるの、好きー」

「で、ではお言葉に甘えて……実はずっと殿下の柔らかそうな髪に触れてみたいと思っていたのです。失礼します」


丁寧な断りをいれてきたわりに結構ワイルドに撫で回してくる。

変におどおどしてるよりいいけどね。



昼食のために分寮に戻ると、「昼食をとったら応接室にいらしてください」とペシュティーノに言われた。なんだろう?


今日はちょっと日差しが強いので、ほどよく冷やしたそうめんがうまい。

サイドメニューの豚しゃぶサラダももりもりたべて、いざ応接室へ。


スタンリーが開けてくれたドアの向こうには、ものすごくガラの悪いチンピラヤクザみたいな顔|(失礼)の男。ペシュティーノの対面に座っていて、何かを話していたようだけど俺に気づいて立ち上がった。

でかい。ペシュティーノとおなじくらいある、かな?


「おぅ、きたか。さっそく見せろ」

「……バルタザール先生、すこし説明する時間を頂きたく。お座りください」


チンピラヤクザ先生はペシュティーノの言葉に素直に座った。

行動は、見た目よりチンピラヤクザじゃない。


「ばるたざーるせんせい」

「そうです、こちらは応用魔法工学の教師、バルタザール・カルペラ先生です。『ダンジョン制作』の授業を受けられるかどうか、魔力を見てから決めたいというお話になったのでおみえになったのですよ。見た目ほど怖くはありませんからご安心ください」


「おいおいヒメネス、相変わらず可愛くねえ野郎だな。俺のどこが怖いって?」

「自覚しているでしょう、絡まないでください」


ペシュティーノが遠慮なく言うタイプ! つまりこれはディングフェルガー先生と同類だな。トコトコと先生に近づいて、ちょこんと頭を下げる。


「ケイトリヒです。ばるざたーるせんせい、よろしくおねがいします」


コワモテ先生は目を見開いて俺をしげしげと見つめて、眉尻をふにゃんと下げた。

落ちたな。


「なんっだコレ! かっわいいな!!」

「ケイトリヒ様、ばるざたーる、ではなくバルタザール、です。はい、もういちど」


「ばるざっ、ばる、た、ざーる、バルタザールせんせい!」

「はい、よろしい」


ペシュティーノの長い指がふわふわと撫でてきたので、やっぱりなんか発音がうまくできないのがちょっと恥ずかしくてエヘヘと笑うとコワモテ先生がなんか口を押さえてる。

うんうん、俺がかわいくてニヤついちゃうのがおさえられないんでしょ? よくある。


「ちっちぇえ……すげえちっちぇえじゃねえか……」

「バルタザール先生、説明してください。ケイトリヒ様の魔力を調べるんですよね? 何をすればよろしいですか」


「あ? ああ、そうだったな。これだ」


ソファの横に置いてある、俺がスッポリ入りそうな大きなカバンからずるりと長四角の何かを取り出した。


「これは……」

「俺が開発した、属性測定機だ。なにやら宮廷魔導士も王子の属性を測りかねてるらしいじゃねえか。ダンジョン制作に必要なのは、バランスの良い属性配分だ。これでしっかり調べれば、魔力の大きさ云々に関わらず授業は受けられる」


長四角の木材には8つの窓がついていて、それぞれ属性に準じた色がついている。

……ん、8つ? もしかして、【命】と【死】の属性も含まれてる? 箱の両端の窓の色は、黒と白。【命】と【死】の属性色と同じだ。

それはマズイ。【命】と【死】の属性は、ふつうなら1:1でないとおかしい。

もしここで変な結果がでたら、俺が神候補だとか色々バレちゃうんじゃ!?

いや、そんなことよりももっと重要なことがある。


「あのー、それより、もんだいは虫だとおもうんだけど……」

「大丈夫ですよ、ケイトリヒ様。属性傾向に問題がなければ、特別室で他の生徒と隔離して応用魔法工学の授業を受けて良いそうです」


え、ええ〜。大丈夫かな……?


チラリとスタンリーを見ると、大丈夫、とでも言うようにコクリと頷く。

ギンコも同様だ。……みんないいって言うなら、いいのかな?


「じゃ、王子。この箱の上に両手を大きく広げて置いてくんな」


目一杯両手を広げても、箱の端には届かない。大丈夫かな?


「……、……ふ、フフッ……ち、ちっちぇえ……」


うるさいな! はやくしてよ!


「ちょーっとだけ魔力を吸うぜ。ゾワッと気持ち悪い感覚がするかもしれないが、一瞬だから我慢、我慢な」


……何も感じない。大丈夫かな。へんな結果でてない?


「……ん、なんだほんとにスゲエ魔力だな! しかしペシュティーノの言う通り、適性は全属性だ。……【光】と【闇】まで、な」


【命】と【死】の属性について触れられるんじゃないかとドキドキしてたら、バルタザール先生は取り出した石版に石筆でカリカリとなにかを記録しはじめた。

……石版と石筆、持ち歩いてるんだ。重そう……。


「ん、問題ない。これだけの魔力と全属性適性がありゃ、とんでもねえ箱庭(ダンジョン)ができる。楽しみだなあ、だがヒメネスにはちっと空間制御を手伝ってもらわんといかんかもしれんぞ? 俺ひとりじゃ結界を維持できないかもしれん」

「構いませんよ。ケイトリヒ様の魔力制御のためです、協力しましょう。必要であれば所属の魔導士もお貸しします」


ペシュティーノがチラリと後ろを見ると、いつの間にかウィオラが立っている。

バルタザール先生はウィオラとスタンリーを見てうんうんと頷いた。

あ、問題ないんだ。【命】と【死】の属性を調べるんじゃないかと早とちりした、あの白と黒のマドは何なんだろう……飾り? 飾りですか? 心配して損した気分。


「魔導演習場をぶっ壊すくらいだから、魔力量についてはある程度想像がついたが……いやそれ以上だ。おまけに適性もとんでもねえ」

「バルタザール先生、その結果は……」


「わーってるって、中央には出さねえよ。そんなことしたらこんなにちっちゃい体で、アンデッド討伐の最前線に立たされることになる」

「……感謝します」


「構わねえよ。じゃあ、早速職員会議で報告してくっか」

「あ、せんせえ! スタンリー、()()わたしたいんだけど」


「はい、すぐお持ちします」


「せんせえ、ちょっとまってね」


一瞬スタンリーから目を離したスキに、もういなくなってた。ドアを使った様子もない。

あれ? と、キョロキョロしていると横から「どうぞ」とスタンリーがノートと鉛筆と字消しを渡してきた。


「はやぁ」

「用意しておりましたので」


俺は渡された3点セットを、先生に差し出す。ノートは奮発して10冊。


「いま、僕の商団でうりだしちゅうのノートと鉛筆と字消しです! つかって、かんそうおしえてください。これからこうりゅうする生徒たちにもプレゼントする予定ですから、生徒にはしばらくナイショにしといてくださいね」


「おお!? こんな良いものをもらっていいのか? しかもひい、ふう……10冊も!」

「このノート、10FR(フロー)から8FR(フロー)くらいで売ろうとおもってます」


「は!? ほ、本気か!? おい、ヒメネス。お前のところの坊っちゃん、おかしいぞ」

「おかしくありません。それは今までのノートとはまったく別の新素材で作られたものです。価格は十分、利益の出る額に設定しておりますよ」


先生は早速パラパラとノートをめくり、手触りを確認している。上質なのはひと目でわかったんだろう。


「ただし、みずによわいです! なので洗浄(ヴァッシュン)で字をけさないこと! けすときは、そちらのしかくい字消しをつかってくださいね」


「ほっほぉ〜、なるほど。安いが、字消しとセットか。いやそれでもずいぶん安い! 商団で扱うという話だが、その値段なら十分普段遣いできそうだ。売り出したら、まとめて注文したいが予約してもいいか?」

「もちろんでっす! ごよやく、ありがとうございま〜す♪」


「おい、ヒメネス。お前の養い子にしちゃずいぶん商人気質だな?」

「どうやら生来の気質のようでして」

「きょういんのかたがたに、たっくさん宣伝してくださいね! うけもちの生徒のぶんを肩代わりして大量購入する先生には、特別にわりびきしますよ!」


「……誰に似たんだ?」

「さあ、それはなんとも……」

「寒いちいきでも、暑いちいきでも紙はへんしつしませんよ!」


「そりゃあすげえ! しかしこれ、シュティーリじゃあねえな」

「それは間違いないですね」


そうして無事、応用魔法工学の授業は受けられることになり、さらにノートの売り込み第一弾は成功! バルタザール先生は良いと思ったらガンガン広めてくれそうだし、変な気遣いしなさそうなキャラなのできっといいモニターになってくれると思ったんだ。


さらに彼は研究者の巣窟、アクエウォーテルネ寮の教師。目論見通り、数日後には教師たちから問い合わせの手紙が殺到するわけだが、それは後の話。



「ケイトリヒ様、ジャレッド殿下からお茶会のお誘いへのお返事が参りました。日程、内容ともに問題ないそうです。同行者は家門の生徒2名と、側近3名、護衛2名の合計8名です」


「あれ、おもったよりすくないね?」


ペシュティーノが渡してきたお返事を見ると、いびつながらも丁寧に書いたであろう文字で、とても礼儀正しい文面だ。どこかのぼんくら長男とはわけがちがうね!


「家門の貴族たちのなかでも、とりわけ温厚な部類を選んだようです。基本的に今までラウプフォーゲルと目立って争ったことのない一族の生徒ですね」


渡された書類には、ちょっとボケーっとした顔の男爵令息ハーゲン・シュテッパート。帝都にほどちかいビブリオテーク領の下級貴族だが、帝国立大図書館市の市長を務め、二つ名は『帝国の智の番人』。帝国の大図書館は市になるほどデカいらしい。ファイフレーヴレ第1寮の3年生。

そして顎が尖った伯爵令息ティモ・マンテュマー。こちらは帝都の名門で、代々司法を担う一族。領地を持たないいわゆる法服貴族で、一族のほとんどが裁判官、弁護士など、法律関係の職についている。グラトンソイルデ寮の4年生。ハーフエルフだ。

その2人の絵写真(ビルトパピーア)にさらに細かい家門の情報、さらにラングラー公爵シュティーリ家との関係などが事細かに書かれている。


「なるほど。彼らの家門は、帝国魔導士隊(ヴァルキュリア)の設立に協力してない、のですね」

「そうです。意図的に選んだに違いありませんが、ジャレッド殿下の采配であれば末恐ろしい政治的な判断力です。さすがに領主閣下の助言のもと、と思いたいところですが……しかし、あちらもかなりラウプフォーゲルには気を遣ってくれているようですね」


帝国魔導士隊(ヴァルキュリア)は、ヒルデベルト主導のもとに設立された魔導士隊で今や帝国の笑いものとなってしまった一団。いや、正直笑われるだけなら問題ないんだが彼らをアテにしてアンデッド討伐を任せたい周辺領としては笑い事じゃないだろう。

ラングレー公爵子息の仰ることだからと何も考えず設立に賛同した貴族たちは、魔導騎士隊(ミセリコルディア)の台頭によってこぞって肩身の狭い思いをしているに違いない。


ゲイリー伯父上もまあまあデカい失敗したらしいけど、それとはちょっと様相が違う。

なにより、フォローしてくれるひとが誰もいない。これってヒルデベルトの人望なのかなとおもうとちょっと切ないけど、まあ仕方ないよね。ペシュティーノにここまで言われるようなヒトじゃーね。

血筋で言うとおれにとって伯父となる人物だけど、色々と違いの際立つ2人だね。


だからこそ、ラングレー公爵は大失敗を返上すらできないヒルデベルトを見限ろうとしているのかもしれない。ラウプフォーゲルからしたら、おバカで尊大で見栄っ張りで恥知らずで厚顔無恥で図々しいヒルデベルトよりジャレッドのほうがまだ将来性がある。


そして、ジャレッドは公爵の思惑かどうか知らないが……俺の支持が欲しいようだ。


「わざわざインペリウム特別寮から選ばず、グラトンソイルデ寮とファイフレーヴレ第1寮の生徒を選ぶとは、完全に家の状況と思想と人柄を優先した結果でしょう。2人とも学院内の評判も上々です。勤勉で公平、平民にも尊大な態度を取らず、礼儀正しい、と」


中央貴族にしては稀有な人物だ、と書類を出しながらガノが苦笑いしてきた。

たしかに、俺が行方不明騒動のあと自宅学習していたあいだに退学した生徒たちはヒルデベルトジュニアと呼べるほどにおバカで尊大で見栄っ張りで以下同文、って感じだった。


敵派閥といわれる人々の全てが必ずしも俺個人の敵になるわけじゃない、というのがよくわかる構図だ。中央貴族にも、いいヒト……というか、ラウプフォーゲルに敵対心を持っていないヒトはいる。


「じゃあ、中央貴族にはびこる『反ラウプフォーゲル思想』をいっそうするためにも、はじめてのお茶会はぜったいせいこうさせましょう!」


「もちろんです!」

「ケイトリヒ様の威信にかけて成功させてみせます」

「お任せください」


その場にいたペシュティーノとガノとスタンリーがノッてくれた。頑張るぞ!


「ケイトリヒ様、それともう一つお知らせが」

「うん?」


「帝都で行われる叙勲式ですが、皇帝陛下の要望で帝国の主要都市で『ナマハイシン』したいとのことです」


「……は?」


「『ナマハイシン』に必要な機材と人員は、シャルルの主導のもと白き鳥商団(ヴァイスフォーゲル)とユヴァフローテツの技術者たちのもと、段取りまで全て整っております」


「……はあ?」


「自治区のローレライを含む36領の首都すべてに大型投影装置を配置し、帝都の叙勲式の様子と、魔導騎士隊(ミセリコルディア)のトリュー展示演習を全帝国民にみてもらいたいと」


「……ふぁあぁ!?」


「魔力は精霊様を通じてケイトリヒ様から供給頂くことになりますが、ユヴァフローテツの技術者たちの映像入力装置(ビデオカメラ)操作技術も安定してまいりました。各領地に配置した大型投影装置はその後皇帝陛下の勅命のもと、白き鳥商団(ヴァイスフォーゲル)が管理を代行します。帝国の民衆の思想は、もはや手中に収めたといってよいでしょうね」


「……ふぇぇええ!?!?」


まだ白き鳥商団(ヴァイスフォーゲル)の設立も公言してないのに、どれだけ帝国を牛耳るつもりなのさ!!


「ご安心ください。さすがに、皇帝陛下も大型投影装置の影響力については慎重にお考えです。放映する内容は、中央とラウプフォーゲル、そして民間組織の組合(ギルド)連名と白き鳥商団(ヴァイスフォーゲル)が精査してから放映するべし、というルールも決めました」


「はあ」


まあそれなら安心……? なのかな? どこか一つの派閥にいいように使われる、なんてことにはならなそうだからひとまず安心しておこう。


「それと。ケイトリヒ様はご存じないでしょうが……帝国では、洗礼前の小さな子供が式典などで民衆の前に立つ場合、スピーチではなく歌を披露することが常にございます」


「うた」


「歌です」


「……うた?」


「お歌です」


「はあ」


「なので、お歌の練習をしましょう」


「え〜」


「スピーチのほうがよろしいですか? 高い確率でご自身のたどたどしい発音に赤面してしまうかと思いますが」


「いいかた!」


「お歌のほうが安全で覚えることが少なく、多少……発音に難がございましても、そこもまたより可憐に見えます」


「ナン……」


ジャレッドの話をしていたはずなのに、いつの間にか式典の話になって、なんか帝国を牛耳るかんじになって、歌うことになってる。なにこの展開……でもスピーチよりは、たしかに歌のほうがラクかも。


「べつにかれんさ求めてないけど……うたにする」


「賢明な判断にございます」

そうしてペシュティーノがスクロールを渡してきた。


五線譜と歌詞がついた「お歌」の楽譜だ。


……ナマハイシンも含めて、なんか新しい憂鬱がうまれちゃったよ……。

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