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7章_0105話_魔導学院2年生 3

――――――――――――


「なあ、キミ。……異世界召喚勇者だって?」

「あぁ? ……ん? いや、もしかして……お前もか?」


「シッ」


艶のある黒髪を長めにカットしている少年が、睨みつけてトモヤの軽口を封じる。

そうして、胸元から紙のようなものを取り出し押し付けるようにトモヤに渡してきた。


トモヤはそれを確認すると、どうしていいかわからず目が泳いだ。


「いいや、僕は王国で召喚された異世界召喚勇者の末裔だよ。黒髪は遺伝なんだ。よかったら、共和国の異世界召喚勇者がどういうふうに生活してるか教えてもらいたいな」


ルキアが急に声色を変えて明るく話しだしたテンションについていけず、トモヤは戸惑ったように「ああ、いいよ」とボソボソ応える。


「じゃあよかったら今週末にでも、インペリウム特別寮のカフェで話さない?」

「カフェ? そんな場所があるのか」


「去年、1度だけ入ったことがあるんだ。僕の所属するファイフレーヴレ第2寮にあるカフェよりも質が高くて、値段もちょっと高いんだけど、美味しいパンケーキがあるよ」

「へえ! 楽しみだ。うんうん、行くよ。今週末ね!」


そうしてしばらくにこやかに雑談して、ルキアが手を降って去る姿を見送ったトモヤは、渡された柔らかい木の皮のような紙を再び見つめる。


そこには「盗聴されている」と書かれていた。



場所は変わって、インペリウム特別寮、本館。

入学式を終えた生徒たちが自室に戻り、午後の授業の準備を始めているようで廊下は騒がしい。帝国様式からするとやや質素な内装の個人部屋の薄い絨毯の上に、突き飛ばされて膝をついた少年。そして、その頭を押さえつける手。


「ふざけんなよ、どんだけ常識知らずなんだ。今度あんな真似をしてみろ、帝国騎士じゃなく俺がお前の首をバッサリ斬り落としてやる」


同年代から向けられる攻撃にも近い厳しい口調と状況に、慣れていないファリエルは思わず涙目になっていた。これまで祖父の威光で周囲の大人たちにチヤホヤされて育ったファリエルには、この状況で言い返すことも言い訳することもできない。


「お前は聖教だけじゃなく共和国の生徒全員を貶めたんだ、自覚してんのか? とんでもねえバカをよこしやがって、本当に聖殿は余計なことしかしやがらねえ。助けたりせずラウプフォーゲル子息の騎士に斬り捨てられるまで見てりゃよかったぜ」


「わ、私はただ聖教のっ、真なる教えを」


涙声でやっと絞り出した言い訳を聞くや否や、ダニエルは膝をついていたファリエルの腹部を躊躇することなく思いっきり蹴り上げた。


「ぐ、ゲホッ、ごふっ……はあっ、う、が……ごほっ!」

「痛えだろ。いいか? これが帝国の持つ力だ。教義なんて甘っちょろいものとは違う、圧倒的な武力だ。もしも帝国の騎士たちが剣を抜いたら、俺達の習ってる魔導なんて何の助けにもなんねえ。そしてあの白い王子様は、化け物級に強くて忠誠心のある騎士をうじゃうじゃと連れてやがる。そこでお前は腹の足しにもならねえ教義のために共和国の生徒全員を危険にさらしたんだ。どう責任取ってくれんだよ、え? その真なる教えはよ?」


「……き、聖教を、侮辱するな……!」


息もまともにできず痛む腹を抱えたファリエルが絞り出した声に、ダニエルが更に無情に暴力を振るう。脇腹を狙ってつま先を突き刺すような蹴りを入れたことでファリエルは床をのたうち回った。


「聖教じゃねえよ、お前を侮辱したんだ。このノーテンキなお花畑野郎、ってな。ここが聖殿と同じようにお前を扱うと思うな。お前は帝国騎士だらけの魔獣の檻に入れられたんだ、身の程を知れ。じゃなきゃ俺にまで危険が及ぶ。もしこれで考えを改めないなら、俺はお前を()()するからな?」


悶えて乱れた頭をぺし、と平手で叩いて顔を上げさせると、その鼻先の床に短剣を突き刺した。ファリエルの目が鋭利な短剣をとらえ、小刻みに震えだす。

ダニエルはその様子に満足して、短剣を抜き去ると部屋のドアに手をかけた。


「お前、まずは『初級礼儀作法』をみっちり学べよ。それで、今日の行いがどれだけ非礼の極みだったかに理解したら俺に説明してみせろ。わかったか?」


床に這いつくばったファリエルは、頷くしかなかった。


「……聖殿じゃ返事の仕方も教えねえのか?」

「わ、わかった……わかったから、もう……」


チッ、と舌打ちして、ダニエルはファリエルの部屋を出ていった。

自分の部屋に残されたファリエルは、惨めさと痛みに静かに嗚咽を漏らすしかできなかった。



――――――――――――



「あの共和国の助祭の生徒、あんな様子でこれから大丈夫なんでしょうか……」


優しい顔を心配そうに曇らせたアーサーが、夕食の席で言う。


精霊に探らせたところ、ダニエルからかなり強烈な教育的指導をされていたようだと言うわけにもいかず、俺は「これから学べばきっとだいじょうぶですよ」と曖昧に答えた。


「それより僕はダニエル・ウォークリーのじんぶつぞうを改めるひつようがあるみたいです。あまりやる気がなくてしゅういに興味のない、さめたカンジの生徒かとおもってましたけど」


「ああ、ケイトリヒの言う通り……私も同じような印象だった。まさかあそこまで無礼なオースティンを庇うようなタイプだとは思っていなかった」


アロイジウスも驚いているみたいだ。


「オースティン? ファリエルではないのですか?」

アーサーはあの圧迫面会の場にいなかったので、ジュンが本名を呼んだことを知らない。


「ファリエルは洗礼名だよ。聖職者を本名で呼ぶことは『この場にあなたの聖職の権威はない』と示すことになる。だから聖職者の多くは本名を隠すんだが……ケイトリヒの情報網の前には無力だったみたいだね」


アロイジウスは何故か得意げに話している。それを聞いたアーサーは素直に「そんな意味があるんですかー」なんて感心していた。アーサーは主張が控えめで聞き上手だ。


入学式の日は、インペリウム特別寮の生徒だけはオリエンテーリングがないので授業を受けたが、他の多くの生徒はそちらに出席しているので閑散とした寂しい授業風景だった。


俺の2学年目初授業はグラトンソイルデ寮の「軍事科:アンデッド対策」。アンデッドの発生原因は謎に包まれているが、過去の発生事例から見逃されがちな発生地、発生した場合に被害が深刻になる条件などがかなり事細かに研究されている。

アンデッド自体の研究は進んでいないけど、対策についてはかなりの熱量があることがよくわかった。


入学式の夜。

俺は1年目、学ぶことに夢中になるあまりにも同級生に無関心だったなと反省した。魔導学院でしか学べないことや魔導学院でも学べないこと、そしてここでどれくらい学べば良いかの見通しもざっくり見えてきたので、今後はコミュニケーションに重きを置いていこうか。


ダニエルについてもだが、ゾーヤボーネ領のイザーク・ジンメルに、同じインペリウム特別寮に属する旧ラウプフォーゲル領の生徒たち。王国の令嬢は……女性なので、あまり仲良くならないほうが良さそう。

ナタリー嬢はアロイジウス兄上との婚約が決まってアッサリ魔導学院から元の女学院に編入したらしいから、本当にきれいサッパリさよならだ。親戚会では会うかもだけど、もう俺に害はないだろう。


ほかにもアクエウォーテルネ寮のヴィンや、樹脂素材の研究推進を願っていたローレライの生徒、石炭コークスのヒントをくれたアルビーナとその仲間。あ、ついでにラウプフォーゲル領になったローレライの生徒とも仲良くしたほうがいいかな!

えーと、……他に誰かいたっけ。


そう考えた矢先に、お風呂あがりに部屋に戻るとペシュティーノから「お手紙が届いてますよ」と告げられた。


「あ、リヒャルトとヘルミーネからだ!」


いちばん仲の良いふたりを忘れてたなんて!

質の良い紙に丁寧な文字で記された手紙は、1年生を修了し2年生が始まるまでの間どのように過ごしていたのかが軽く書かれている。俺の事業についての噂を聞いていて、さりげなく友人としてどう過ごしているのか尋ねるような内容だった。

親に推敲してもらったのかもしれないが、とても気遣いと教養のある文面。

なんだかホッとする。


ふたりとも、今年も植物学の授業を楽しくがんばりましょうね、と書いてある。


「ペシュ、ふたりをファッシュ分寮の食事会にさそうのは、アリ?」

「そうですね、十分な準備期間を頂ければ、構いませんよ。おふたりは正式に婚約されたそうですし、ふたり揃って招待するほうが親切でしょう。ただしケイトリヒ様から呼び立てられれば彼らは逆らうことができない立場ですから、名目は慎重にお選びくださいね。それと食事会だとあまりにも緊張させてしまうかもしれないので、まずはお茶会から招待されてはいかがでしょう?」


「お茶会かー」


なんとなく前世のイメージでは貴族女性がキャッキャウフフする姿しか浮かばないけど、帝国では男性もお茶会をする。もちろん、子ども同士でもする。

ただあまりにも(かしこ)まった招待は相手の負担になることも考えないといけない。

ヘルミーネは婚約こそしたけどまだ平民だし、リヒャルトも貴族とはいえ男爵位なのでドレスコードのあるような会だと負担になるだろう。


「あ、植物学でなかよくなったから、おにわを見に来ませんか、なんてどう?」

「大変よろしいかと。お庭を見るという名目であれば(かしこ)まった衣装も必要ありませんし、なにより共通の話題も広がるでしょうね。ただ……」


ペシュティーノがチラリと視線を向けたのは、庭園が見えるバルコニーがある大窓。


その下には、もりもりと育ったウルバウム(油の木)に甘草、その他帝国の標高の高い魔導学院の敷地では育つはずもない植物たち。それらがアヒムと精霊たちの手によって信じられないくらい元気よく茂っている。

さらに、アヒムが宣言した通り、植物の精霊が……。


「だいぶ増えてしまったようですが、あれはどうなさるおつもりですか?」

「どうしようねえ」


さらに、庭園の奥には贅沢の象徴と言われる温室。

魔導学院では研究施設としていくつかあるけど、ファッシュ分寮という一領主が建設した寮に存在すると知れれば、結構おおごと……らしい。アヒム談。


「……バジラット?」


「どした、主?」


俺が呼ぶと、ふわりと少年の姿のバジラットが現れる。


「ヒトがきたときに、おもてなしするための……その、いっぱんてきな植物がはえてるキレイなだけの庭園がほしいんだけど」


「ん〜。あ、ラウプフォーゲル城の、西の離宮にあったようなやつか?」

「ああ、そう! ああいうの!」


「ん、わかった〜」

「あっ、でも西の離宮と魔導学院じゃしょくせいがちがうかもしれないから、このへんの気候にあわせたカンジの植物でおねがい!」


「りょーかいりょーかい。『普通』の庭園な!」


バジラットが茶色っぽい霧になって消える。同時に、分寮の東側から地鳴りのような音が聞こえてくる。……きっと、バジラットが何かしてるんだろう。行動が早い。


「みせる用のおにわができるから、おにわにごしょうたいでいいよね」

「……ええ、よろしいかと」


見せるだけのお庭、できあがるの楽しみだな。



さて、授業について。


魔法陣学はディングフェルがー先生の試験のおかげで高等魔法陣学まで全て修了しているので、もう授業はナシ。先生はもう教師を辞めて白き鳥商団(ヴァイスフォーゲル)にいるし、意欲的に学びたいと思える教師もいなくなった。


今年はグラトンソイルデ寮の軍事科の授業を全て修了する予定。


そして去年は優先したい学科が多すぎて後回しになった生物学が新しい教科として入ってくる。なにげにすごい楽しみ。だってこの世界の魔獣について学ぶんだよ! ファッシュ分寮の図書館にある魔獣図鑑を見ても、胸踊る魔獣がいっぱいいることはすでにしっている。それを学校でどう教えるのか、すごく興味があるんだよね!

魔獣関係の書籍は人気で、高額でも貴族たちが物珍しさに買うんだそうだ。

上質な絵がついているものは、印刷でもかなりの高値がつく。平民に限らず、絵心があれば誰でもそういった本を描く仕事に就くのがいちばんの高所得になるんだって。

やっぱ手に職あると強いね。


そして例の「ダンジョン素材」を用意しておくこと、と言付けのあったアクエウォーテルネ寮の技術:魔法応用工学。これもすごくファンタジーっぽくて楽しみ。魔導じゃないから被害を気にしなくていいのはいいけど、虫問題がどうなるかはまだ先行き不透明というやつだ。


そして希望者が殺到するという事態になった俺の魔力指導の教師には、ペシュティーノの判断でアンニカ・スヴェルド先生に決まった。俺が登校できないときに家庭教師として来てくれた、生徒たちからは「鬼女」と呼ばれる先生だ。ただ、俺には甘々に優しい。


自慢じゃないがハッキリ言って優秀な俺でも、魔導系と生活魔法の教科だけはなかなか修了できない。まあ理由はお察しだ。

生活魔法はアンニカ先生のおかげでだいぶ使えるようになったけど、修了のために必要ないくつかの魔法がどうしても使えず、2年生でも引き続き授業がある。

魔導系の科目が修了できるかどうかは、アンニカ先生の魔力指導にかかってるわけ。

責任重大だけど、先生は焦らなくていいと言ってくれる。

あのポジティブこじらせて無理難題を課してくるベイロン先生より、ずっと気持ちがラクなのでゆっくりコントロールを覚えていこう。


「そういえば……ケイトリヒ様、『従魔学』はよろしいのですか?」


2年目の授業について説明してくれていたビューローが、おもむろに切り出した。

従魔学といえばゲームなどでは「テイム!」なんていう魔法みたいなものであっという間に魔獣を自由に操れるようになるものだとレオに聞いたけど、この世界ではそんな便利なものはない。学ぶことは魔獣の特性と生態で、従えるには魔獣との信頼と、それを得るための根気が必要。従魔士と呼ぶよりも現代の調教師にちかい学問だ。

ただ、俺は別。魔獣を従えたいと思えばゲーレがいるので8割は問答無用で絶対服従。

さらに神候補の能力補正もあって、名前をつけるだけで魔人が従魔になる。

おそらく従魔学の世界ではかなり目立ってしまう。


「う……ん、ちょっとやめといたほうがいいかなあとおもって」

「先ほども申しましたが、ケイトリヒ様は魔虫が視界に入るだけで意図せず強烈な魔導を繰り出してしまうほど苦手なので。将来的にも従魔学の授業を受けるのはムリでしょう」


それも理由にあったわ。忘れてた。


「それは困りますね。野営のときなどは無害な魔虫はつきものですが、どうやって」


「せいれいがおいはらってくれます! だからだいじょうぶ!」


キリッと言い切った俺に、ビューローがうろんげな視線を向ける。

だってしかたないじゃないか! もうこればっかりは前世からの業みたいなものなので、今世でもぜったい克服できないと思うんだ!

間違っても慣れさせようなんて思っちゃダメだぞ! 死人が出るぞ!!?


「……私もスタンリーも入念に虫を追い払う魔法については異様に得意になってしまったので、大丈夫です。それよりも……」


ペシュティーノが指さした木札には、「移動実習」と書かれてある。


「なぜこの教科がまた2学年目に?」

「去年は迷子騒動のあと、ケイトリヒ殿下は補講を修了されていなかったので……不要でしたでしょうか?」


「僕、やりたいな……」


俺が呟くと、ペシュティーノが複雑そうな表情で俺を見た。


「……兄君たちは補講を修了されているので同行しないでしょうし、今回はおそらくあの共和国の助祭と異世界召喚勇者も関わってきます。去年のような事態もまた起こらないとも限りませんし……」


ダメなのかなあ。兄上たちがいなかったとしても、遠足みたいで楽しかったんだけど。

そう思ってペシュティーノを下から見つめると、今度はあからさまに困った顔をする。


「そ、そんな顔をしても……」


「だめ?」

「くっ」


「もうひとりで歩きまわったりしないから……」

「……、……、〜〜〜、わかりました」


ペシュティーノはハァと小さなため息をついて「移動実習」と書かれた木札を選択科目の山に追加した。相変わらずチョロいです、ペシュティーノさん。

今年は穴に落ちないようにきをつけます!


「……例の迷子騒動で1ヶ月以上出席していないにも関わらず、ケイトリヒ殿下の学習速度はもう4年目の生徒と同等です。学習はすこし科目を減らし、社交に力を入れられたほうがよろしいのではないでしょうか?」


それは僕もおもっていたところですよ!


「そう……ですね。せっかく三国の上層部の子息たちがいるのです。避けるばかりではなく小さな外交として威圧しておいてもよろしいでしょう」


ペシュ、社交だよ。威圧じゃないよ。


「アーサーはいっしょにくらすからいいとして……アーサーのおともだちを紹介してもらうとか?」


「ええ、そうですね。アーサー様に相談のお手紙を渡しておきましょう。共和国のふたりは残念ながら基本的な礼儀作法ができていないので、しばらくは交流を持たないほうが彼らのためです。その前に、帝国内の貴族の子女と交流を持ってはいかがですか?」


「シュティーリ家のジャレッド殿下ですか」


ビューローが言うけど、ペシュティーノが首をふる。


「もちろん彼もですが、それより旧ラウプフォーゲルの生徒たちともっと交流をすべきです。クラーニヒのレロイ・メンデルスゾーンにブラウアフォーゲルのベンヤミン・ブラウア・ファッシュは本来今年卒業して領へ戻る予定だったのですが、ケイトリヒ様と繋がりができていないということで1年院生として残ることになったそうですよ」


2人は旧ラウプフォーゲル所属領の領主子息。

ウルバウム(油の木)はエーヴィッツ兄上のヴァイスヒルシュ領を筆頭として広げてもらいたかったところだけど、同じく旧ラウプフォーゲルの南側にあたるクラーニヒ領とブラウアフォーゲルの協力は必須。

俺が南側の発展を助ける作物を開発中と聞けば、次期領主指名のない子息の卒業くらい後ろ倒してでも繋がりを作りたいところなんだろう。


「たしかに、白き鳥商団(ヴァイスフォーゲル)のせつりつをかんがえればいろんな領に味方をつくっておいたほうがいろいろとうまくいきそう」


「お会いしたときは興奮していたようですが、1年目にはゾーヤボーネ領の子息とも特に交流しておりませんね。旧ラウプフォーゲル、中立、はては中央貴族問わず、今年は交友の場を広げることを目標としましょうか」


ペシュティーノの言葉にちょっと驚いた。


「いいの?」

「おや、禁止した記憶はありませんが、良くないことだとお思いだったのですか?」


「やー、だってペシュかほごだから……」

「精霊の情報網に加え、暗部の鍛錬を積んだスタンリーに、技魔法を体得したジュンとオリンピオ、それに最強のゲーレ三姉妹まで護衛についているのです。たかだか子どもの社交で行方不明よりも悪いことは起こらないでしょう」


行方不明事件は、しっかりペシュティーノのトラウマになってるみたいだ。

しかし、初耳のやつが聞こえたぞ。


「ジュンとオリンピオが、技魔法を?」

「ええ。それがなにか?」


「みたい!」

「……」

「……」


ペシュティーノとビューローからものっすごい嫌な顔された! なんで!!


「危ないのでダメです」

「ケイトリヒ様、技魔法は術者の身体能力に付随する魔法でございます。見てもさほど面白くもありませんし、どういうものなのか理解するのも難しいはずです」


攻撃魔法である魔導が派手な演出を生み出すのは、威嚇も兼ねているから。

しかし技魔法は、確実に敵対するものに大ダメージを与えることが優先されているのでとても地味、というか効果自体をなるべく目立たないようにするのが一般的なんだとか。


例えば、ジュンが身につけた技魔法は「風刃」と呼ばれる遠隔攻撃魔法。魔導にも似たものがあるが、魔導の場合は空気中の魔力が魔導に反応して淡く光る刃が目に見える。

だが、ジュンの「風刃」は全く目に見えない。ギリギリで刀の間合いを避けても、それよりも長い範囲で攻撃することができる、という実に実戦向きで地味なものが、本来の技魔法らしい。


「オリンピオは?」

「彼の場合も戦わないとわかりません。大盾(タワーシールド)に魔力を注ぎ、武器の衝撃が加わると何十倍もの力でそれを弾き返すという盾使い垂涎の技魔法ですよ」


いわゆるノックバックというやつだ。


「やっぱりみたい。訓練してたらみにいってもいい?」

「訓練で技魔法を使うなど、ケガ人が出ます! 2人もほとんど実戦でしか使わないでしょうから、ケイトリヒ様がご覧になるのは難しいです」


ぷう、と頬を膨らませて不満アピールすると、ビューローが「んふっ」と笑った。

けっこう本気で不満なんですが!

……さっき使ったお願いポーズで上目遣いをしてみせたけど、すげなく「ダメですよ」と返された。チョロくないペシュティーノつまんないな!


「ジュンにたのんでみせてもらう」

「どうせ断られますよ。危険は本人たちがいちばん知っていますからね。それよりもケイトリヒ様、より多くの生徒と社交をお望みでしたらファイフレーヴレ第2寮の授業をとってはいかがですか。魔導系の授業はまだ許可が出せませんが、第2寮には魔道具設計の授業があります」


たしかに。魔導の授業がいろいろと封じられてしまったせいでファイフレーヴレ寮の授業は魔法陣以外いっさい受講していなからな。第2寮は魔導ではなく魔法。危険は少ないから授業を受けられるかもしれない。


「うける!」

「ではそのように調整いたします。『魔法:補助魔法学』と『魔法:魔道具設計学』がありますが、どちらも受けるでよろしいですか?」


「うん!」

「ケイトリヒ様は学習意欲が旺盛で、時間割の組み甲斐がありますね。家政科の腕の見せ所です。そしてお茶会を催すときはこのビューローめにご相談ください。招待客の授業や進捗を調べ、学業に差し障りのないよう調整いたします」


招待客の食や嗜好を調査するのは主催者として当たり前だけど、魔導学院では授業まで加味しなきゃいけないのか。面倒なことだけど、ビューローがやってくれるなら助かる。


「バジラットにたのんだおにわは明日あたりにかんせいするようだし、さっそくヘルミーネとリヒャルトを」


「ケイトリヒ様、お二人のご身分を考えると、すこし後回しにしたほうが彼らのためになるかと。これまで招待客として分寮の門をくぐった生徒は存在しないのですよ?」


ペシュティーノの話によると、その「記念すべき招待客第一号」は大変名誉あることなので、その名にふさわしい身分でなければ後々面倒になるって。まーそんな事考えるのも面倒なんだけど、その面倒を招待客が(こうむ)らせるわけにはいかないってことだ。


「えー……だれならいいの?」

「ひとまずインペリウム特別寮の生徒であることは必須です」

「ケイトリヒ様が最も仲良くしたいと思っている相手……と、世間が判断しても不便のない方がよろしいでしょう」


旧ラウプフォーゲルの面々は、近すぎる。インペリウム特別寮に生徒がいない領から不満が出そうで面倒。


「あ、ゾーヤボーネ領のイザーク・ジンメル卿でどーでしょー!」

「……ケイトリヒ様の本音はその方なのですね」

「商業的に仲良くしたいことはよく分かりますが、どちらかというとゾーヤボーネ領に与える恩恵が大きすぎます」


「むう! はんたいするならきかないでよー! あ……じゃあ、ジャレッド!」

「ケイトリヒ殿下、正解です」

「帝国の双月と呼ばれ身分は対等……と、ケイトリヒ様が認めることに価値がある人物。そして敵対の歴史がありますが今は関係が良好であること、ケイトリヒ様の血統の半分はシュティーリ家であることを鑑みると、それが適切です」


最初からそういってくれればいいのに。

と、若干不満げにお茶菓子を口に放り込む。


「ん! おいしい」


口に入れてその美味しさに気づいたけど、これなんだ?

ビューローとペシュティーノの分もあるけど、手を付けてない。


「……美味しいのですか? 見た目が粉っぽいので遠慮してたのですが」

「あまくておいしい! これなに、レオにきいてみて!」


俺の言葉に誘われてビューローが口にいれると、目を見張った。


「これは……! なんと儚い、繊細な菓子でしょうか。甘みは上品で、食感はほろりと解ける。私も気になります、これはなんというお菓子ですか?」


ペシュティーノが両方向通信(ハイサー・ドラート)で聞いてるみたい。

「ヒガシ、と呼ばれるものだそうです。たしかにこれは……今までにない不思議な、しかし上品な味わいですね……見た目も美しい」


東? 日貸し?? ……しらん。


「へえー、しらないなあ……」


「植物精霊の協力で『ワサンボン』に近い砂糖ができたから再現できたとか……」


ワサンボン? あ、「和三盆」!! ヒガシは「干菓子」か! あー、知ってた!

もっと食べたくなるようなところ、3つしかないとこがまたニクイね!


「これもお茶会でだそー!」


「よい案ですね」

「これは社交界でも注目されそうです」


ビューローとの2学年授業カリキュラム相談は、そこからお茶会になった。

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