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7章_0104話_魔導学院2年生 2

――――――――――――


「わたしは、お祖父様のようなりっぱな聖職者になりたいです」


子守唄がわりに聖典を聞いて育ち、気弱な父と下賤な母に代わって高潔な祖父に育てられたオースティンは、わずか5歳でそう語った。


誰もが共和国建国以来の才子だともてはやし、次期枢機卿は間違いないと言われ、だがそれにも慢心することなく聖典を擦り切れるほどに読み、聖典について大人にも後れをとることなく議論を交わし、ついに洗礼年齢である10歳となったその日。本来、父が施すはずの洗礼の儀式は祖父が執り行った。

見習いから助祭になる試験に11歳で合格したオースティンは晴れて史上最年少の助祭となり、洗礼名をファリエルと改める。


助祭であり洗礼名を得た者は、年齢にかかわらず対等。

誰もがファリエル少年を大人と同じように扱い、意見を言おうと口を開けば誰もがそれに傾聴し、発する意見も稚拙なものではないと大人たちはそれを認めてくれた。


「ファリエル卿。いや、オースティン。今日は、枢機卿としてではなく其方の祖父として話そう。名実ともに共和国一の才子である其方に、帝国の魔導学院に通ってもらいたい」


「魔導学院ですか? 元は我ら聖教を教える学校であったという、帝国の……」


「そう。帝国の軍国主義で聖教が排斥された時代を経たあの学院は、本来の教義を(うしな)ってしまっている。そしてそこには精霊様のご加護を賜る小さな子がいるそうだ」


「小さな子? 剣術や魔導を習う学校の入学規定はたしか、帝国でも共和国と同じ12歳だったはずですが」


「いやいやそれが、どうやら生まれながらに精霊様のご寵愛を賜っているようで、あまりにも多すぎる魔力を制御するため皇帝命令で8歳で魔導学院に入学したのだそうだ」


祖父に呼び出されたのは聖教幹部が集う会議の場。祖父と数人の大人……全体の3割は俺に好意的な目を向けているが、3割が嫌疑的な目。そして残りはまるで少年に興味がなさそうだと少年自身が気づいていて、それは概ね正しかった。


「何故、帝国などという不信心な国に精霊の寵愛を受けた御子が……」

「その疑問はもっともだが、帝国は土地も水も豊かに肥えておる。精霊様は教義に関係なく聖なる自然に宿るものであるから、仕方のないことだ。で、あるからこそ! その御子には聖教の、本来の教義を知ってもらいたい」


その言葉を聞いて、少年は自分の使命を悟ったように背筋を伸ばした。


「では、その少年に接触し、我らの聖なる教義の真なる価値に気づかせるべし、ということが、私の使命にございますね」

「そのとおりだ、さすが共和国史上最年少の助祭よ!」


少年がその話を聞いたときにはすでに聖教殿から帝国に対し入学手続きを終えており、実際に入学させる人物を誰にするかを決める会議だったことまでは少年は知らない。


「皆のもの、異論はないな?」

「アヴリエル枢機卿、会議の議長は私ですよ。ファリエル助祭、退席していただいて結構です。決定は、後ほど改めて協議をしたうえでいたします」


マグノリエル筆頭司教の穏やかな声が響くと、ピリピリとした雰囲気の会議室は少し和らいだ。


少年はその場で退席したのでその後の協議は知らない。


「あまりにも盲目的な信仰に、帝国人は忌避感を覚えるだろう」という理由でファリエル少年の入学は約半数から反対された。しかし、彼以上に大人の意向に沿って動いてくれる子どもはいないという理由で結局賛成多数となった。

彼が優秀だから、と信じ切ったうえで推薦している人物は、その会議の席では祖父とその周囲だけだったことを少年が知るはずもない。



「なあなあ、小さい子だって聞いてたけど、想像以上に小さいし、でもすげえなんか、圧っていうか、そういうのなかったか? っつーかあんなにゴツい鎧の騎士がびっしり俺たちを見張ってるなんて! すげえなあ、本当に帝国って豊かなん」

「ちょっと黙ってくれないか!」


ファリエルはペラペラと軽口をたたくトモヤを厳しい口調で止める。


「……事前に用意した口上を、なにひとつ言わせてもらえなかった……そればかりか気圧されて余計なことまで口走ってしまった……大人にも引けを取らない論者と呼ばれたはずのこの私は、共和国一の才子と呼ばれているのに……お祖父様の期待に、応えられなかった……!」


ブツブツと呟きながら悲壮感ただようファリエルに掛ける言葉もないトモヤは彼の後ろをトボトボとついて歩く。その後ろから、学院長のドロテーアがゴホン、と咳をした。


「ファリエルさん、トモヤさん。あなたたちは、助祭と異世界召喚勇者という境遇の方々ですから、不慣れなこともあるでしょう。皇帝陛下からも寵愛を受ける公爵令息に対等に話を聞いてもらいたいと思うならば、まずは三国共通の礼儀作法を身に着けましょうね」


ドロテーアの言葉に、ファリエルはさらに背を丸めて顔を真っ赤にして固く握った拳を震わせた。

その様子がいたたまれず、トモヤも小さく「はーい」と呟くことしかできない。


(今年は三国の波乱が起きそうだと恐れていましたが……すでに共和国は戦意喪失といったところですね。さすがラウプフォーゲル公爵令息はお強い)


今回の面会、ドロテーア学院長の判断は100―0で帝国の勝ちであった。



――――――――――――



「なんか、新聞のインタビュー記事で見たよりもずっと素直そうだったし、高慢なかんじもしなかったね」

「それは単に状況に気圧されていただけかと思いますが……」


ペシュティーノと俺の昼食を用意しながら話す。

改築された食堂は、今後招かれざる客を圧倒させるために使おうということになりそのままにしておくことに。そして食堂はあらためて2階に作られ、今日はファッシュ分寮の住人が全員集合。


「明日の始業式ではシュティーリ家のジャレッド殿下が入学生代表あいさつをするらしいね。ケイトリヒはもう皇帝陛下の御前で挨拶したそうだが、どうだった?」

「やさしくてかしこそうな子だったよ。あと、領主様もいいひとだったー」

「へえ。シュティーリ家の殿下って、たしか親戚会にいきなりやってきてゴミまみれになってたおっさんだよな。他に後継者がいないってきいてたけど、養子?」

「えっ、ちょ、そ、そんな事があったんですか?」

「アーサー、ここで見聞きしたことは、どうか外部には漏らさないでくれよ。あ、外部というのは学院内のほかの生徒という意味だ。王国の、家門の方々に話す分には構わないと父上から聞いている」


豊富なメニューのオードブル料理に新鮮なサラダ、贅沢な砂糖をふんだんにつかったデザートを、遠慮する様子もなくどんどん食べられていく様を見て、アーサーは慌てて食事に手を付けた。


「……王国で門外不出と言われていた砂糖が、こうも簡単に帝国で生産されるようになってしまったのは残念です。でも、今やキャンディは貴族だけの贅沢品ではなく、平民の中でも豪商が手に入れられるようになりました。市場価値が下がることは、悪いことばかりでもないのですね」


アーサーが言うと、兄弟たちも頷いた。


「今はラウプフォーゲル主導で限定された農家でしか栽培していないけど、父上が仰るには段階的に規制を緩めていくおつもりらしい。平民が口にするのも、そう遠い未来ではないだろうね。ねえ、ケイトリヒ?」


大きな唐揚げをペシュティーノが細かくナイフで切ってくれるのを見守っていた俺に、アロイジウスが話しかけてくる。


「そーですねー、帝国の土地は作物がよくそだつし、農民は飢えることもないのではたらきものです。規制をゆるめれば、すぐに共和国と王国の平民をまかなうくらいの砂糖がせいさんできるようになるでしょうねー」


一口サイズになった唐揚げをぱくりと食べる。うん、美味しい。

ウルバウム(油の木)で生産された油を精製して食用にしたが、風味には全く問題なさそうだ。むしろ既存の油よりも精製度合いが高いせいか、すごくさっぱりしてる。

アーサーが砂糖の話にしょんぼりしているのは、気付かないフリをした。

王国には輸出用の高級作物ではなく、自国の自給率を上げる農業を目指してもらいたいからここは同情してあげられないんだ。ごめんよ、アーサー。


「ケイトリヒ、風の噂で聞いたのだけれど……砂糖の次は、油に手を出そうとしているそうじゃないか。しかも、暑く湿った土地で育つ植物だそうだね?」


エーヴィッツが探るように聞いてくる。

まあ、同じ寮で暮らす兄弟だ。多少情報をリークしても構わないだろう。


「うん。ウルバウム(油の木)を品種改良したら、ちょうどラウプフォーゲル南部の気候にあうものになって、んむ、こほしのひんへきかいれはぷぉーしようとおもってたんらけろ」


「ケイトリヒ様、唐揚げを頬張りながら喋らないでください。お行儀が悪いですよ」


おもいのほか唐揚げが美味しかったので喋りながらたべちゃった。ごめんなちゃい。


「今年の親戚会で発表、か。学校に在籍する学生は、基本的に欠席になるはずだけど……ケイトリヒは、父上に今年は出席しろと言われたんだね?」


「あれ、兄弟ぜんいんだとおもってたけど僕だけ?」

「私もそう認識しておりましたが……アロイジウス殿下がご存じないようであれば私の間違いかもしれません。御館様に再度確認しておきますので、お待ち下さい」


ペシュティーノはアロイジウスの側近に目配せするが、側近たちもアロイジウスと同じ認識のようだ。


「ところでケイトリヒは第2所属の寮をもう決めたのかな」


アロイジウス兄上が聞いてくる。

そうだ、インペリウム特別寮の生徒は入学2年目から、別に第2所属寮を決める必要がある。そして、俺はもう決めていた。


「アクエウォーテルネ寮にしようとおもってます」

「おや。それは意外だったな、僕と同じグラトンソイルデ寮だとおもっていたのに」


アロイジウスは今年で4年生になるが、何年生であっても編入から2年目には第2所属寮を決めなければならない。第2所属寮を決めたからといって他の寮の授業が受けられなくなるわけではなく、インペリウム特別寮は学校行事などで頭数にそもそも入ってないことがおおいので、なんとなく便宜的に決めておこうって程度のものだ。

ただそれだけだが、それだけでもやはり第2所属寮の生徒からは「自分の寮を選んでくれた!」ということで好意的に見られるし、仲良くなれるのは間違いない。


「エーヴィッツあにうえは?」

「僕は入学当初はアクエウォーテルネ寮の予定だったけど、今はウィンディシュトロム寮にすることにしたよ。僕の側近には、商業に明るい人物がいなくてね。逆に、技術者や治世については心強い経験者がいるから彼らから学ぶとして、僕が学ぶべきなのは商業だと思ったんだ」


とても真っ当な理由だ。

そして困窮とまでは言わないが、経済が伸び悩んでいるヴァイスヒルシュ領の領主として経済に強いというのは理想形だろう。


「クラレンツあにうえは?」

「……俺は、ファイフレーヴレ第1寮だ」


「「「「「え」」」」」


兄弟たちに加え、ペシュティーノまでびっくりしたみたいだ。


「ど、どーして」

「仕方ないだろ、戦術科がファイフレーヴレ第1寮にしかなかったんだ」


「第2寮でもよかったのではないか? まだ届け出はだしていないだろう?」

「おいおいおい、俺が去年言ったこと覚えてるか!? ファイフレーヴレ第1寮では原因不明の死亡事故が年間何件起こってるか、きいてたか!?」


「わーかってるよ! ラウプフォーゲルはそんなもんにビビらねえ、そうだろ? 俺がその原因不明の事故の抑止力になるとは考えないのか? 俺は、なると思ってるぜ?」


兄上たちは反論する言葉を失ったようだ。

「そうだけど……」と口ごもるエーヴィッツは、心底クラレンツを心配している。


「んんん、せいれい!!」


「はいはーい! 呼ばれてとびでる風の精〜!」

「お呼びですか、主」

「おう、どーした主!」

「主、カル、きた!」


しゅぽん、と髪の毛から4柱の精霊が飛び出す。

事前に精霊と示し合わせていた件。俺が魔導学院内のひとまえで「精霊!」と呼んだときは基本4属性の4柱のみ、主精霊おにぎりサイズで現れること。これを徹底した。


「わあっ! すごい!! し、喋る精霊だ……!!」

アーサーが今日いち驚いた。


「クラレンツあにうえに、魔導かんけいのホゴいっぱいかけて!」


「まっかせてー! あーしの保護はねえ、威力を落とすようなやつかなー」

「では小生は魔導を受け流すようなものを」

「んじゃ、俺は跳ね返すようなヤツな!」

「カルは解除させルようなのつけル」


「お、おいちょっとまてケイトリヒ! ぶわっ!!」


4柱の精霊が一斉にクラレンツの顔に(たか)って、わちゃわちゃしてる。

俺もよくやられるけど、傍目から見てると……微笑ましいな。

どうりで誰も助けてくれないわけだ。


「ふう、かんりょー! これで、悪意ある魔導でケガすることはないよ!」

「しかし物理攻撃……例えば拳や刃物での攻撃への耐性はごくわずかですので、気をつけるべしとお伝えください、主」

「物理攻撃への耐性つけると魔導耐性が微妙に精度さがるんだよなー。まあ物理面は、ヒトの武力でどーにかしてくれよ」

「主の兄は主の大事なヒト。今年は危ないヒトいっぱい。主が解除すルまで効果つづク」


言いたいことだけ言って、精霊たちはまたしゅぽんと俺の髪にはいるように消えた。

今年はクラレンツにも魔導騎士隊(ミセリコルディア)から護衛をつけるつもりでいたけど、カルが言ってた危ないヒトって、どれのことだろう。


「ケイトリヒ殿下……あ、あ、ありがとう存じます!」

「「「ありがとう存じます!!」」」

クラレンツの後ろに控えていた側近が膝をついて最敬礼してきた。


「ほらクラレンツあにうえ! 側近をこんなにしんぱいさせて……ラウプフォーゲルの誇りをかたるのはいいですけどなにかあったらアデーレ様がかなしむでしょ! とゆーかあにうえがケガでもしようもんなら、ケガさせた相手の所属領とは戦争ですよ! 外国籍ならこくさいもんだい!! 今回は僕が保護魔法をかけられるからいいものの、もうすこしよくかんがえてくださいね!!」


俺が稀にみる滑舌の良さで叱ると、クラレンツは珍しくシュンとしてしまった。

しまった、言い過ぎたかな。


「でっでも原因不明の事故の抑止力になりたいというきもちは素晴らしいです! たしかにラウプフォーゲル子息のまえであれば、悪意あるものが誰かを害するようなこうどうもきっとしづらくなることでしょう。クラレンツあにうえ、えらい! えらいです!!」


クラレンツは少し気を取り直したが、やはり眉尻は下がっている。


「ほんとにそう思ってるか?」

「ほんとですよ! 抑止力になりたいというきもちは素晴らしいものです! ただ、そういうことは先に側近や父上に一度そうだんしましょう! 僕たちはただのこどもじゃないんです。僕たちがケガ、もしくは殺されたりでもしたら、側近たちはせきにんをとわれて斬首される可能性だってあるんですよ」


俺に言われて、クラレンツは初めてその可能性に思い至ったようだ。

顔を青ざめさせて側近を見ると、側近たちもややおどおどしながら深く頷いた。


「す…………すまなかった」


あー! えらい! えらいです!! クラレンツ、今までこんなに素直に謝ったことがあるでしょうか、いやないです! 成長してます、クラレンツが大人になってます!


「あにうえ! 自分の非を、不足をみとめられて、えらい! それでこそラウプフォーゲルの子です! クラレンツあにうえを、僕は誇りにおもいますよ!!」


興奮気味に言うと、クラレンツは照れたように笑う。

だが、どういうわけかアロイジウスもエーヴィッツもジリアンもアーサーも微妙な顔をしていた。ボソリとジリアンが「どっちが兄かわかんねえな」と苦笑したのを聞いて、やっと原因に気づいた。


でもクラレンツがわかってくれたんならいい! 後悔はしていない!


「あにうえたちも、アーサーもおなじですからね!!」


「もちろんわかってるよ」

「今年は特に気をつけないとね。ケイトリヒは、おそらくそんなことをずっと言われてたんだろう……ずいぶんと実感のこもった口調だったよ」

「あー、ああ。なるほどな。りかい、りかい」

「ケイトリヒ様……見た目よりずっと大人な考え方をされるのですね、驚きました」


ゆし。アーサーからも「意外とオトナなケイトリヒ様」いただきました。

満足。


明日は始業式で、午後からは早速授業。

始業式にウトウトしないように、みんな早めに寝ましょう!



翌日。


例によって一番遅く講堂に入り、2階のオペラ席に入りスタンリーの膝の上に座る。


「ん……すわりごこちがちがう。にいに、きんにくついた?」

「鍛えてますからね」


得意げなスタンリーの顔。珍しいものが見れた。


それ以外は特筆することなし。

ジャレッドの新入生挨拶はつつがなく終わり、俺が惜しみない拍手を贈っていたら壇上からこちらをみてニコリと笑った。笑顔の似合う、優しげなフツメンだ。

今年は父上も皇帝陛下も登場しないので、おとなしい入学式だ。

しかし魔導学院は……というか帝国全体で女子そのものが少ないんだが、その女子たちが色めき立っていた。なにせ年相応の公爵令息だ。ターゲットロックオンされるのも仕方ない。こりゃー兄上たちのファンが全部もってかれるかなー。


なにせ、ジャレッドはとても優しげだ。

アロイジウスとエーヴィッツはお堅いカンジだし、クラレンツとジリアンはやや粗暴さがにじむ。女子の好みとしては、4人とも微妙にストライクゾーンとはいかないだろう。


対してラングレー公爵令息であるジャレッドは優しそうで、いいかんじのフツメンなので良くも悪くも庶民的だ。俺のように華美な制服アレンジもしていないし、物腰も柔らか。

どこか下級貴族や平民の女子でもワンチャンあるんじゃね? と思わせる柔和さがある。

まあ、前世にすれば中学生程度の恋愛事情なんて……俺には興味ないけど……ないけど。


聞こえてくるんだよね! ヒソヒソが!


「帝国の双月の令息が同じ学院に通うなんて、史上初よ」

「たくましいファッシュ家か……柔和なシュティーリ家か……ああ、迷うわ」

「何を迷うのよ、私たちみたいな下級貴族じゃどっちにも相手にされないわ」

「そんなことないわ、ファッシュ家の次期当主はケイトリヒ殿下に決まったのだから、あとの方々はご婚約の相手に厳しい制限がない、とも言えるのよ?」

「私はやっぱりアロイジウス殿下だわ……」

「一途ね。私はジャレッド殿下に推し変するわ! エーヴィッツ殿下は次期領主だもの。第二夫人であれば希望もあるけれど、まだご婚約もされていない状況ではムリね」

「あなたは? 去年は特に誰もいないと仰ってましたけど、様子が違いますわね?」

「私は……ウフッ、その……ケイトリヒ殿下の側近の、スタンリー卿を……」

「あなた、目敏いわ! 私は少し年上のガノ卿が素敵だと思うの! 平民だという話ですし、私のような名誉だけあって貧乏な貴族の家柄がちょうどよいのではないかしら」

「それを仰るなら私は……」

「いえいえ、こういう手も……」


じ、女子の会話、こわい。

心配になってスタンリーのほうを振り向くと、「音選(トーンズィーヴ)は程々になさってください」といって頭を撫でられた。スタンリーも聞いてたらしい。

音選(トーンズィーヴ)の魔法を解除しても、1階席から聞こえてくる女の子のクスクス声は何を言ってるかまでは聞こえなくても、けっこう響く。


ゴホン、と耳を赤くして椅子に座り直したアロイジウスは、もしかしたら俺と同じものを聞いていたのかもしれない。


「……そうだ、ここでいう話じゃないんだが……ケイトリヒには親戚会に先立って伝えておこう。私と、ブラウアフォーゲルのナタリー嬢の婚約が決まったよ」


ええっ!!?


と、声を上げたかったけど、上げなかった俺、えらい。

ものすごく驚いた顔のままフリーズしていると、アロイジウスがクスクス笑う。


「だから、今後はケイトリヒは彼女を警戒しなくていい。スタンリーもね」


「け、けいかいだなんて……」

「よかったです。アロイジウス殿下がしっかり令嬢の手綱を持っていてくださいね」


これ、スタンリー!


「ああ、ナタリー嬢のことは私に任せてくれ……ふふふっ、スタンリーの悪口は、いっぱい聞いたよ。キミは女子にも容赦がないんだね」


「むっ。スタンリーのわるぐち言ってたの? ナタリー嬢、せいかくわるい!」

「あのような女子に何を言われようと気にしませんよ。私も大嫌いですから」


それを聞いてアロイジウスが堪えきれずに吹き出して笑った。

こんなにあからさまに笑うアロイジウスは初めて見たかも。


「ククッ……私の婚約者でなければスタンリーとは相性がよかったかもしれないよ。なにせ今の言葉……言い方まで一字一句、ナタリー嬢と同じことを言っている。フフッ」


……ラウプフォーゲルの男はじゃじゃ馬みたいな相手を好むのかな……。

ゲイリー伯父上といい、父上といい、ラウプフォーゲル女性がそうなのか知らないけど。なんというか粛々と相手に従う女性というよりも、自立して自己主張の強い女性に、振り回されるのを好むみたいだ。

尻に敷かれるわけではなく、振り回されるのを楽しむなんて男としての器のデカさというか、力強さの象徴なのかもしれない。ベンキョウニナルナー。


ま、俺には関係ないけど。


ちなみに俺は尻に敷かれたりしたら小動物みたいにプチッと内臓破裂だ。

小さいって不便。



始業式が終わりクロルに抱っこされて講堂を出ようとしていた、そのとき。


「ケイトリヒ殿下!」


後ろから呼び止める声。

……声で誰か分かったけど、誰だとしても完全にマナー違反だ。

授業中、必要で声をかけるのは無礼講としているけれど、こういう護衛騎士をみっちりつけた「正装」で歩いているとき、小領主である俺の進行を止められるのは領主クラス以上の人物のみ。教師でも不可能だという事を知らないのは、彼しかいない。


「無礼者。礼儀を知らぬ者が軽々しく殿下の名を口にするな」


声を荒げず、静かに恫喝する魔導騎士隊(ミセリコルディア)の声が聞こえた。

講堂にはまだたくさんの生徒がいて、呼び止める声を聞きつけて集まっている。


「ケイトリヒ様、振り向いてはなりませんよ」

「うん」


クロルの肩越しに見たかったけど、俺が見ていることがわかれば彼は増長してしまうかもしれない。あまり衆人環視のなか恥をかかせるのも可哀想だから、さっさと引き下がって欲しいんだけど……。


「では、これを殿下にお渡しください。聖教の真なる経典です。聖殿のなかでも特に貴重なもので」

「断る。下がれ」


ああ、魔導騎士隊(ミセリコルディア)にすげなく断られてる……だめだ。俺の共感性羞恥が!


「おい、アイツ……」

「やばいな、帝国や王国の平民でも知っている礼儀だぞ」

「何者だ? 聖教とか言ってなかったか?」


音選(トーンズィーヴ)オフ!! もうやめたげてよー!


「これは殿下のために用意したもので」

「……魔導学院のルールを知らぬようなので警告する。我々護衛騎士は、皇帝陛下とラウプフォーゲル公爵閣下より無作法に王子殿下に近づくものを不敬罪で斬り捨ててよいという裁量権を持っている。それは、共和国の留学生が相手でも同じだ」


この声は……ちょっとガサついたハスキーな低音、きっとケリオンだ。

魔導騎士隊(ミセリコルディア)のメンバーの顔と名前がようやく一致するようになってきたけど、どんどん数が増えている。6月の叙勲式に合わせて結成式をすべきかな……なんて意識を飛ばしていたら、生徒たちがざわつく声がした。


だいぶ騒ぎの元とは距離が離れた気がするので、クロルの肩越しに後ろを見る。


「何をする!」

「ラウプフォーゲル騎士隊の皆様、同郷の者が大変な無礼を致しましたこと深くお詫び申し上げます。学院のルールは私からしかと教育しますので、今回は何卒おめこぼしを頂きたく存じます」


聞いたことのない声。

よく見ると、俺たちと同じ時期にインペリウム特別寮に入学した……たしか、共和国の首相令息、ダニエル・ウォークリー。1年生の間は生活する寮が別だったし、俺はどんどん飛び級するものだから同学年とあまり接点がなかったうえに、クールなキャラだから絡むことはないと思ってたけど……。思ってた以上に礼儀も物言いもしっかりした少年だ。

助祭少年の襟首を掴み、無理やり跪かせて頭を下げさせている。

しっかりしている上になかなか骨のある人物のようだ。


遠目ではあったが、クロルの肩越しにバッチリ目が合う。


俺の視線に気づいて、目礼してきた。

……対応にもそつがない。


共和国と友好関係を築こうと思うならば、仲良くすべきは高慢で世間知らずな助祭少年ではなく首相令息かもしれない。


一緒に来たイダトモヤはどうしてるかな?


精霊に探らせると、講堂のエントランスホールでさっそく王国のタムラルキアと接触しているようだ。トモヤは異世界召喚勇者であることを公言しているから、ルキアのほうから近づいたんだろう。


うーむ。


どうなることやら……。

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