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7章_0103話_魔導学院2年生 1

「帝国の希望の星、ケイトリヒ・アルブレヒト・ファッシュ殿下にご挨拶申し上げます。私はアーサー・セイラー。オロペディオ連合王国第6代国王オーガスタスの子ウィリアムの三男で、12歳にございます」


あれ、三男? 第6か第7王子になるんじゃなかったっけ、とぼんやり思っていたら、横からパトリックが「私と従兄弟になるウィリアムは夫人が3人いて、アーサーの母は第二夫人、その四男です」と補足してきた。別の夫人の間にあと3人か4人、兄がいるわけか。


2年目の始業式2週間前。

アロイジウス兄上とクラレンツ兄上を連れてファッシュ分寮に戻った次の日、件の王孫殿下がやってきた。

エントランスでの顔合わせにはラウプフォーゲル領の兄弟3人とスタンリー、そして側近と騎士たちと使用人が大集合。アーサーは側近2人を連れてきたのみ。

エーヴィッツ兄上は手配した馬車が何らかのトラブルに巻き込まれたらしく、2、3日遅れるらしい。ジリアンはだいたい始業式の直前くらいに戻ってくるので、今回は除外。


「アーサーきょう。よろしくね」


一番最初は俺に、続いてアロイジウスとクラレンツに。

王国の王孫とはいえ、ここでは留学生という扱い。同程度の立場であれば帝国の貴族が優先されるので、出会いの挨拶は俺の許可を得た後、アーサーの方からするのがマナーだ。


「ええっと、現国王の孫、にあたるわけだよね。では、王子というわけではないのか」


兄上たちには父上から軽く説明されていたようだが、実際目の当たりにするとどう対応していいか不安になったみたいだ。アロイジウス兄上が開口一番に尋ねると、アーサーは穏やかに微笑んで頷く。


「はい。王族の一員ではありますが、立場としてはまだ位も持たない身。帝国ではそちらにいるパトリック様の在籍時と同程度に公爵子息と同程度だとお考えいただければ……と、祖父である国王から聞いておりますが、間違いなかったでしょうか……?」


優雅に答えたけれど、最期はちょっと自信なさげ。

ゆるいウェーブのかかったプラチナブロンドを肩あたりで切りそろえた髪型は、おっとりとした目尻の下がった優しい顔立ちと相まって少女のようにも見える。

パーツとしてはパトリックに似てるんだけど、いつも元気でハキハキしているパトリックを半分ぼやかした感じの印象だ。


「つまり俺達と同じ立場ってことでいいんだよな? じゃあ対等だ。俺は別に言葉遣いを気にしない。だから俺の言葉遣いも気にしないでもらいたい。俺からはそれだけだ」

「……うん、公爵子息の扱いというのなら、我々と同じだ。王国と帝国の友好のためでもあるが、同じ学び舎で学ぶ者同士、仲良くしよう。あ、失礼。私はアロイジウス。こっちの口が悪いのはクラレンツだ。ケイトリヒのことは知ってるね? もう一人、エーヴィッツという養子に出た兄弟がいる。こっちはケイトリヒの従者のスタンリーだ。それと、ハービヒト領の令息で我々とは従兄弟になるジリアンがいる。この寮では最上級生だ。アーサー、ファッシュ分寮にようこそ。これからよろしくね」


クラレンツのぶっきらぼうな物言いをフォローするようにアロイジウスが言うと、アーサーは嬉しそうに笑った。


「大ラウプフォーゲルの王たるファッシュ家の兄弟の中にお邪魔するのは気が引けますが、私のことは居候とでも思って頂ければと存じます。よろしくお願いします」


「それはだめだよ! いくらまだ位がないっていっても、アーサーは王孫殿下になるんだから王国のためにも、じぶんをヒゲしちゃダメ」


それまで黙っていた俺がピシャリというと、アーサーも側近の2人もギョッとしてこちらを見た。そして自信なさげに後ろを振り返ったアーサーに、ウンウンと頷いている。


「うん、ケイトリヒの言う通りだ。このファッシュ分寮はケイトリヒの予算から建設されたものだから、居候という意味では私たちも同じ。アーサーがそのように畏まっていては私たちが図々しく見えてしまうだろう?」


アーサーは無礼をはたらいてしまったと思って言葉を失ったが、それを和ませるようにクラレンツが大笑いする。


「兄貴、ずいぶん貴族的な言い回しが上手くなったよな! それもそうだ、俺たちは兄弟とはいえケイトリヒの世話になってる身だからな、アーサーと同じだ!」

「僕なにもしてないもんー」

「ケイトリヒの優しさはわかっているよ、でも他所の国や領の貴族から見たら、資金の出どころは重要なことだ。アーサー、(わきま)えているというのはいいことだけど、距離を置くこととは違う。ケイトリヒが寂しがってしまうから、もう少し砕けてもらえると嬉しいかな。僕たちのことは、殿下とかもいらないから名前で呼んでくれ。それがファッシュ分寮のルールだ」


アロイジウスはお口をブーにした俺を撫で回しながら、アーサーに優しく話しかける。俺にとっても優しいお兄ちゃんだけど、俺の不満を上手に解決してくれる気の利くお兄ちゃんだなあ。


「この分寮の主はケイトリヒで、最年長はジリアン。まとめ役はアロイジウス兄上。俺は……なんだろうな?」

「おちゃめ担当?」

「うーん、料理人の試食担当とか?」

「武力担当ではないですか」


「おお、スタンリーので頼むわ! 武力担当! カッケーし、ラウプフォーゲルっぽくないか!?」

「え〜、ブッソー」

「うーん、でも確かにここ最近のクラレンツの剣術は目を見張る成長が見られる」

「旧ラウプフォーゲルの武闘派勢力をまとめるという意味ですが」


兄上たちとスタンリーの気軽な会話を見ていたアーサーが、ウフフと笑った。


「聞いていた通り、ラウプフォーゲルの兄弟は仲がいいんですね」


「兄弟仲良く、は家訓だからね」


緊張のほぐれたアーサーはその後の食事会でレオのメニューの美味しさに驚き、私室の豪華さに驚き、邸内施設のスパに驚いた。ちなみにその日のメニューは鶏のから揚げ。

子どもが喜ぶテッパンメニューだ。驚き疲れてしまったアーサーは見るからに眠くなってしまったようで、その日はすぐに解散となった。


翌日の夕方にエーヴィッツが到着。


その日は豪華な夕食会となった。

カプレーゼにコーンスープ、ムーム肉のシチューにトンカツ……若干まとまりのないメニューだけど、お肉とお野菜たっぷり。アーサーは野菜がふんだんに使われている料理に昨日以上に驚いていた。


「すごい、贅沢品といわれているボクチョイはとっても青々しくて美味しいですし、ブロッコリーは甘みがある。この黄色いソースにつけて食べると、とっても美味しいです!」


ボクチョイはチンゲンサイに似た野菜でクセがなく、お肉と一緒に炒めると美味しい。ブロッコリーは甘みが強く青々しいのに柔らかでいい意味で味が濃い。

パトリックも感動してたけど、帝国のお野菜は美味しいのだ。


「これが帝国の普通だと思わないほうがいいぞ。なあ、エーヴィッツ」

「そうだね……僕もヴァイルヒルシュ領に戻って、レオの料理がいかに常識外れの美味しさだったのか思い知らされたよ。実はレオのレシピは、旧ラウプフォーゲルの中でかなり人気でもう結構な数が知られているんだけど……」


食肉の処理方法、臭み抜きの方法にカレー、トンカツ、唐揚げなどの人気メニューは親戚会でその美味しさに感動した領主がレシピを買い取ったりしていたらしい。


この世界では他家の専属料理人のメニューを勝手に再現して振る舞うことはとんでもないマナー違反。再現して内輪だけで食べる分には、バレなきゃ問題ないんだけどね。

それを他人に振る舞ったりしたら、子供っぽく言うと「まねっこした!」なんて言われて責められても仕方ない。盗作のような扱いを受けるわけだ。


そういうわけで、レオは父上を経由して一部かなり破格の値段でレシピを売っていたそうで、結構なお金持ちになっている。

本人にそのお金の使いみちを聞いたところ「未知の食材発掘」に投資している模様。

仕事人間ってこういうことなのかな。


「エエッ!? 料理人が、き、共和国の元異世界召喚勇者……なのですか?!」


おっとりしたアーサーが顔を青ざめさせるくらい驚いたのは、そこだった。


「そんなに驚くことかな? 共和国出身であることが、かい? レオ殿は父上にも気に入られてるし、皇帝陛下にも食事を提供したんだ。人柄や身元に信頼の置ける人物でなければ、そのようなことは実現しないだろうから。別に疑ったことはないよ」

アロイジウスはそう言ってムーム肉の大振りな肉をスプーンで口に運ぶ。ほろりと解ける柔らかな味わいは、シチューの味が染みていてとても美味しいんだろう、笑顔だ。


「なにより、信じられないくらい美味い」

クラレンツはこの場にいる誰よりもファッシュ。肉も野菜もすべて飲み込んでいる。早食いは体に良くない……って聞いた気がするけど、父上やゲイリー伯父上のような豪放磊落な方たちを見ていると、この世界では当てはまらないのかも、とも思う。


「本当に、これは調理の革命だよ。ウチの料理長も、再現はしてくれたんだけど……やはり本人が作った料理は別格だね。このトンカツにいたっては、肉の厚みや脂身のバランスに表面の層の香ばしさ、そしてソース。どれひとつとっても細部に至るまで計算し尽くされている」

エーヴィッツは研究好きなのか、何故こんなにも違いが生まれるのか気になるみたいだ。

もし現代に転生したら、料理研究家とか向いてるかもね。


アーサーはかきこむようによく食べるファッシュ兄弟の勢いに飲まれたのか、なんだか納得しちゃったみたいだ。まあ、ショックを受けたところですでに食べてるし。


「……ケイトリヒ殿下のメニューだけ、少しちがいますね?」


「アーサー、殿下はナシだよ」

「あっ、しつれいしました……け……ケイトリヒ様?」

「さまもなし」

「ケイトリヒ、さすがにそれはムリだ。我々は実兄だからいいとして、ケイトリヒはすでに小領主だろう? 公爵令息よりも位があるぶん、外国籍のアーサーからの様づけは逃れられない」


「むう……じゃあ、がまんする。あのね、僕は、ちょっとムーム肉のシチューがニガテなの。ちょっとあぶらっこいでしょ? お肉はいいんだけどね、あぶらっこいの食べると、オエッってなっちゃうから、ちょっとだけしか食べないの。かわりにこれ。最近レオがはつめいしたかまぼこ。おいしいよ、たべてみる?」


俺がフォークに刺したかまぼこを差し出すと、スタンリーが横からサッとそれを奪い、近くにいた使用人に「アーサー様にかまぼこのお料理を」と言付ける。それを見て、ペシュティーノが深く頷いている。

「あーん」は距離的にムリなことはわかってたけどマナー違反ですか、そうですか。


「俺、あんま好きじゃねえわ、かまぼこ。でも、あのマヨネーズつけると美味いな」

「それはクラレンツがマヨネーズが好きなだけじゃないか? ちなみに僕は好きだよ。でも、お肉のほうが好きかな。ケイトリヒはまだお腹が幼いんだよ」

「私は好きだよ。食欲がないときでも優しい味わいだ」


「さすがアロイジウスあにうえ! わかってるぅー!」


そうこう話している間に、キレイに盛り付けられたかまぼこがアーサーの前に出された。


「きにいらなかったら残してもいいよ」


この世界では一度お皿に盛ったものでも、貴族の食べ残しは全て使用人の食事になる。

よほど口に入れて咀嚼したものを出したようなレベルでない限りは。

俺としてはなんだか気がとがめる風習だけど、使用人からすると高級品を食べられるチャンスなので、むしろ喜んで食べてくれるんだそうだ。

エコではあるけど、でもやっぱり微妙に拒否感がある。

まあ、かまぼこは食べ残したとしても見た目がキレイだから割と拒否感低め。

骨付き肉とかはかなり拒否感ある。この感覚、きっと現代人なら分かってくれるはず。


アーサーは白いぷるんとしたかまぼこをフォークにさしてしげしげと見つめ、小さく噛みついて、目を見張った。


「これは……とても弾力があるのに柔らかで、ほのかに……魚? の風味がしますね?」

「そう! おさかなからできてるのー!」


「あっさりした味なのに、噛みしめるとどこか滋味深い味わいがします」

「うんうん! おいしいよね!」

「マヨネーズつけると美味いぜ」

「それはクラレンツがマヨネーズが好きなだけ」

「味付けが控えめなので、何にでも合うのは認めるよ。なんなら、このシチューにつけて食べても美味しいだろうね……うん、美味い」


かまぼこに興味を持ってくれたアーサーに、レオを呼んで説明させたり高タンパク低カロリーであることをこちらの世界風に噛み砕いて説明したり。その日の夕食会は、かまぼこのプレゼンに終始した。


王国も含めて、この世界でバズれ! かまぼこ!!



そして始業式の2日前の朝、ジリアンがやってきた。


「えっ、えっ!? ジリアンあにうえ、どーしたのそれ!」


ものすごく不機嫌な顔で、右手を吊り下げて。


「……親父と剣の訓練してて、やられた。クソッ、あと1スール右にずれてりゃ一本食らわせてやれたのに……本気で今でも悔しい」


「……さすがハービヒト流は厳しいんだな……」

「おいおい、折れてるのか? 右手じゃねえか、文字かけんのか!?」

「生活に不便はないのかい? さすがに不自由な間は、側近を連れてきたみたいだね」


「いや、こいつは荷物持ちだ、すぐ帰す」

「何言ってる。添え木が取れるまでは一緒に住まわせてもらいますよ。ケイトリヒ様の所属である使用人を1人占有するわけにはいきませんからね」


ひょろりと背の高いジリアンよりも頭半分くらい背の低い、がっしりした少年はケビンと名乗った。ジリアンとともにハービヒト騎士隊で剣術を習う平民で、ジリアンとは親友なんだそうだ。


ファッシュ分寮の新たな同居人となるアーサーとの顔合わせもつつがなく終わり、ケビンが自己紹介する。


「領主様の御命令でジリアン殿下のお世話を任されました。今学期は、側近として殿下に付き添いますのでよろしくお願い申し上げます」


ケビンはジリアンよりひとつ年上だそうだが、すでに騎士隊の見習いとして魔獣狩りに派兵される実力者。

……もしかしたらこれは今年の三国情勢を加味したゲイリー伯父上の計略かもしれない。

調子がよくて目立つ割に自身の立場をあまり自覚していないジリアンは、油断していると王国と共和国からやってくる波乱の予感しかしない編入生たちにいいように扱われる可能性がある。対して、ケビンは俺たち兄弟の会話を注意深く聞いていて、ジリアンのように軽そうな喋りをするかと思ったら俺たち兄弟にはかなり丁寧に接してくる。

場の空気を読むというか、周囲の空気を掴む能力に長けているみたいだ。


遅めの朝食の席で、レオ特製のベーコンとソーセージに感動していたケビンの動向と会話で、それがよく分かった。


「ケビン、よろしくね」

「ケイトリヒ殿下……もったいないお言葉、ありがとう存じます」


俺とのこれだけの会話だったが、ケビンはおそらく確実に俺の意図を汲んだだろう。「ジリアンが面倒に巻きこまれないように」という切なる願いを。


そしてその面倒は、ジリアンのせいではないけどジリアンの登場からわずか1時間後にやってきた。


「……ケイトリヒ様。学園を介して、インペリウム特別寮の編入生のファリエル氏とトモヤ・イダ氏が、白の館までご挨拶に伺いたいと連絡が来ております」


「え」


俺の部屋でアロイジウス兄上とエーヴィッツ兄上とで新聞を読んでいたところ、ペシュティーノがやってきて告げた。


「それ、ことわれるやつ?」

「ええ、ケイトリヒ様がお嫌だと仰るならば理由をつけて断りましょう。……ただ、国際的な関係をみると帝国と共和国の関係は今、微妙なものです。正当なルートをもってして友好的に接してくる共和国に対して、それを拒絶したとあれば……あちらにどのように解釈されるか図りかねる部分があります」


俺が断固として「会わない!」と言い切ればペシュティーノは断ってくれるだろう。

でもそれは、俺の立場から見ると国際的に考えてあまり褒められたことではない。

幼さを理由にするには、俺の立場は強くなりすぎた。


「……場所をかえるていあんは?」

「帝国貴族の礼儀に則るとすると、彼らが側近も護衛もつけず単身でファッシュ分寮を訪れるのは最敬礼、なんなら服従といってもいい行為です。むしろこちらから場所の変更を提案すれば、たかだか助祭と異世界召喚勇者の少年に警戒しすぎだと帝国からも批判が起こる可能性もあります」


「ぬう! うつてなし! ……しかたない、会うかぁ」

「ケイトリヒ様、ご立派です」


渋々ですけどね?


「ケイトリヒ……偉いじゃないか、これはある種の外交の第一歩だよ」

「ファリエルというのはこの新聞に出ている人物だね。……本当に大丈夫?」


エーヴィッツが聖教公語の勉強を兼ねて読んでいた共和国の新聞を手渡してくる。

そこには「アヴリエル枢機卿のご令孫にして最年少で助祭となった才子、帝国に留学」という見出しで書かれた記事。

ぼやけた絵写真(ビルトパピーア)には、険しい目つきの老人とぼんやりした若者、そしてキリリとした少年が描かれている。アヴリエル枢機卿とその息子、そして孫のファリエルだろう。


記事はファリエルがどれだけ優秀な少年であるかということと、仮想敵国である帝国に留学することで帝国の若年層に聖教の教えが広まり、緊張関係が改善することを期待するような内容だ。


そのインタビュー内容を見て、エーヴィッツが「本当に大丈夫?」と言った理由がわかった。敬虔な、という言葉では足りないほどにゴリゴリの聖教思考が凝り固まった少年であることがプンプンと香ってくる文面。

ざっと読んだだけで帝国は聖教の教えをないがしろにする愚かな国で、その中枢も国民も未開人だ、と考えていることが言葉の端々ににじみ出ている。


「こ、これはきょうてき、かもしれない」

「ケイトリヒ、さすがに明らかに『敵』と呼ぶのはよくないよ」

「エーヴィッツ、ケイトリヒもきっとそこはわかっているよ。精霊の加護を得ていると明らかにわかるケイトリヒを見て、このファリエル少年がどう出るか見ものではある。僕も同席して構わないかな?」


アロイジウスが提案してくる。


「もし挨拶を受け入れるなら……食堂の配置を少し移動させて、謁見室のようにしよう。雰囲気で、下手なことをすれば手打ちにされるという危機感を持たせたほうがいい。それが共和国に対する圧力になるだろう」


アロイジウスの言葉に、ペシュティーノも頷く。


「ケイトリヒ様、私もアロイジウス殿下の提案に賛成です。今から精霊様にお願いして、少し部屋を改造してもらいましょう」


「え、精霊様に? そこまでするのですか」

エーヴィッツが驚くが、このファッシュ分寮を建てたのは精霊だと聞くとさらに驚いた。

ゆってなかったっけ。


「もしこれでそのファリエル卿がケイトリヒを侮るような真似をしたら、精霊を何よりも敬うべしという聖教の教えに反することになるな」


アロイジウスがなんか悪い顔してる。

そういう胸スカ展開、一瞬は愉快だけどあとあと面倒なことになる可能性大なんで別に望んでませんからね?


精霊に内装の模様替えを指示し、食堂には荘厳なまでの白い柱と壁、鏡のような床には濃紺色の絨毯、そして巨大な白鷲のレリーフと……不自然なまでに白い玉座。

これ、神になるために必要な玉座のアレじゃないよね? フラグじゃないよね?

しかし不自然なまでに、と称した理由がジッとみてよくわかった。

玉座は、影がまったくない。つまり……。


「あの玉座、なんかぼんやり発光してる?」

「主の魔力を惜しみなく使ったらこうなりました〜。あはは〜」


ジオールが「テヘ」みたいな顔で言ってくるけど、まあいい。


「まあまあ、座って」


おれがポテポテと玉座に歩み寄りペシュティーノが抱き上げて座ると、白い発光体の玉座がポムンと俺の尻を優しく包み込む。これまた不自然な感覚。


「これ、石……? 綿? 何製なの?」

「よくぞ聞いてくださいました! これはバジラットと私で作り上げた『柔雲石英』と呼ばれる鉱物から作った玉座にございます! これは魔力を通すことで綿のように柔らかくなる性質があり」


それからずっとなんかこの部屋の説明された。内容は聞き流した。


「おお、すごいな! こんなに変わるなんて……ケイトリヒ、玉座が似合ってるよ、まさにケイトリヒのために存在する玉座だね」


アロイジウスは入ってくるなり、食堂だった部屋をぐるりと見渡して感嘆の声をあげた。


「これは……圧倒されるね……!」


エーヴィッツも言葉をなくしている。


「まぶし」


クラレンツの感想はそれだけだ。

ちなみにジリアンは右手を負傷しているので欠席、アーサーはファッシュではないので兄上と同列に並ぶのはよくないということで同じく欠席。


「今、ジュンからエントランスに客人が見えたとの報告が。しばらく待たせて通すので、全員配置についてください」


ペシュティーノの声にその場にいたたくさんの騎士たちが動き出す。

ラウプフォーゲル所属の分寮専門の警備騎士と、俺の護衛にも出る護衛騎士、そして魔導騎士隊(ミセリコルディア)と側近たち絨毯の両サイドにズラリと並び、さらに兄上たちはちょっと高くなった壇上に、俺は玉座に座って。


まさにプチ皇帝のようだ。


俺の衣装は、あまり贅沢に見えないようにシンプルながら細部にこだわりのあるもの。

……と、ディアナは言ってたけどフリルもリボンもたっぷりついているのでどのへんがシンプルなのかちょっと説明してほしい。


絨毯の敷かれた玉座前の階段には、騎士服のウィオラと魔術師服のジオールが立つ。

俺のすぐ隣にはペシュティーノとスタンリー、少し離れたところに側近と兄上たち。


元・食堂の大扉が開いて現れた2人の少年は、ジュンがスタスタと絨毯の上を歩いて案内するにも関わらず、足を踏み入れることもためらうかのように硬直していた。

完全に、部屋の荘厳な雰囲気とずらりと並んだ騎士たちの存在に圧倒されている。

作戦成功だ。

少年の後ろにいた学院長のドロテーア卿も圧倒されていたけど。


「どうした? ケイトリヒ殿下はすでに客人をお待ちだ」


ジュンが促して、2人の少年はようやくおそるおそる濃紺色の絨毯を踏みしめて歩き出した。子どもの歩数としても、入口から玉座前まで……30歩くらい?


絨毯の両サイドにズラリと並んだ警備騎士は、重鎧なので圧がある。兜は被っていないので鋭い視線も丸見え。剣を抜いて先を絨毯に刺すように置き、柄頭に両手を置いた姿勢は少しでも不届きなことをすれば切り捨てるという意思表示でもある。


「魔導学院長ドロテーア・ロイエンタールの要請に応え、我らが主、ラウプフォーゲル次期領主ケイトリヒ・アルブレヒト・ファッシュ殿下が貴殿らの挨拶に応ず。まずオースティン・アディントン卿より、ご挨拶のお言葉を賜りたく存ず」


ジュンが高らかに言うと、磨かれた銅のようなつややかにうねる赤毛を肩口で切りそろえた少年が、ビクリと肩を震わせてジュンを見た。


オースティン・アディントン……って誰?


「……ご、紹介賜りました、オースティン・アディントンと申します。け、ケイトリヒ・アルブレヒト・ファッシュ殿下に、共和国中央聖教殿を代表して、ご挨拶申し上げます」


殿下を語尾につける際にはファーストネームだけが一般的だ。

まあ、聖職者ならそれくらいの間違いは仕方がない。

ドロテーア卿が一瞬、眉根を寄せてちらりと少年を見たので、おそらく同じことを思ったんだと思う。


「挨拶ありがとう。不勉強でもうしわけないのだけれど、共和国の中央聖教殿のそしきたいせいをよく知らなくて。最年少の助祭でもそしきの代表になれるなんて、職位にこだわらないおおらかな教えなんだね」


俺の言葉を聞いた銅色の髪の少年は、なんとか取り繕っていた平静の表情から一転して青ざめ、明らかに失敗に動揺するように目を泳がせた。


「あ、いえ、あの、組織の代表というのは、えっと、言葉のあやでして、言おうとしていたのは、その」


「次、帝歴511年の共和国異世界召喚勇者、トモヤ・イダ卿よりご挨拶のお言葉を賜りたく存ず」


ジュンは何かを喋ろうとしていた少年を完璧に無視してさっさと次の進行に移る。

半分寝てた授業でいきなり指名されたようなへどもどした少年は、ごく平均的な……いや外見だけで言うとやや平均以下の日本人、凡庸な黒髪の中学生くらいの少年。

印象でいうと、ガキ大将の腰巾着のような……ジャ◯アンでいうス◯夫のような、ブタ◯リラでいうト◯ガリみたいな、ああいうイメージ。あくまで外見からのイメージです。


「え、あ……あの、えっと、イダトモヤ、です……よろしくおねがいします」


先の聖教少年はまだ貴族慣れしていないというレベルだったけど、当然ながら異世界召喚勇者の少年は礼儀も作法もへったくれもない、中学校の新学年自己紹介レベルだ。

まあ、当然といえば当然なんだけど。

ドロテーア卿は、目をつぶってやり過ごしていた。異世界人だからしょうがないとしても礼儀作法の授業は必須ですね、わかります。


俺はニコリと笑い、なるべく優しい声で話しかける。


「異世界にはみぶんさがないから、貴族や平民といったかんがえかたそのものが存在してないそうだね。聖職者もまた、俗世のみぶんさにはかんけいのない生活をしているんだろうね。ともかく、丁寧な挨拶はうけとりました。今日はありがとう。これから、学院生活でであうこともあるだろうから、そのときはよろしく。下がっていいよ」


それだけ言うと、なにか追いすがって話そうとしていた異世界召喚勇者の前にジュンが立ちはだかり、「お見送りいたします」と告げる。


2人の少年は、それだけでもう何も言えなくなりすごすごと促されるまま部屋を出ていった。面会時間、入室から3分46秒。はやい。

この一瞬のためにこの部屋作ったのか……なんだかバカらしくなっちゃった。


「ひょうしぬけ」

「……いえ、効いていますよ。しっかりと……ね」


何故かウィオラが口元で弧を描き、満足そう。


「うん、効いてたね」


ジオールも満足そう。


……もしかしてなんかした!?

外交問題になったらどうしてくれんだよー!

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