7章_0102話_皇室舞踏会 3
保護されたルナ・パンテーラは、今回俺が名付けたバドルの他は、ほとんど子どもと言ってもいい年齢ばかりだった。
バドルによるとルナ・パンテーラは赤ん坊から子どもくらいの体格になるのが早く、わずか2年で12〜3歳くらいの大きさまで育つ。それ以降はヒトと大差ないらしい。
バドルは18歳。
保護されたときのヒゲは偽装用のニセヒゲで、ルナ・パンテーラに残る獣化の能力の名残で体毛や体の一部をある程度変形させることができるんだそうだ。微妙な能力、と思ったけど、今回のようにヒゲモジャの壮年男性に見せかけるためには良かったかもしれない。
残りの7人はほとんど子ども。
1人が完全に一次成長が終わった15歳の少女で、最も体が大きかったがそれでもヒトの同年齢より小さい。他の6人は全員一次成長中の、獣人の間でいう「幼体」。幼体のうち5人が少女で、一番幼い赤ん坊だけが男の子だった。全員、奴隷の母親から生まれた奴隷2世、あるいは3世で名前はなく、数字で呼ばれていた。
ここからは胸糞悪い話。
獣人の幼体は成長が早く、早くに親元から離されると新しい主人によく懐くようになるということで、奴隷商のもとで計画的に繁殖させられていたようだ。
バドルだけは幼い頃にルナ・パンテーラの集落で育った経験があるが、それ以外の子どもは奴隷の女性から生まれ、ろくに言葉も教わらないまま買い手がつくのを待っていた「商品」だったらしい。
それを、不意にやってきた脱走の機会を得たバドルが計画もなく連れ出して脱走した。
子どもたちはバドルに従順だったが、外の世界を知っていたのはバドルだけ。
人狩りの追跡から逃れるため森に入り、荒野を抜けて獣のように狩りをして生肉を食い、流れ着いた先がユヴァフローテツだったという。
「街道を避けて北を目指したという話ですが、地図と照らし合わせると概ねの経路がわかりました。出発点は、ラウプフォーゲルの港町ジーレーナかシュペヒト領の港町ソハリラのどちらかであろうと思われます」
ルナ・パンテーラのバドルとの面会を終え、執務室に戻ると、シャルルが書類を差し出してきた。そこにはバドルが言っていた奴隷商……帝国では奴隷は違法なので「人身売買組織」と呼ぶが、それの構成員の人数や拠点に関連商団などが全て洗い出されていた。
「……ルナ・パンテーラと会わせなかったのは、見苦しいとかかんけいなく情報をあつめてたんでしょ」
「いえ、見苦しいことも事実ではありましたよ。今は持ち前の治癒力ですっかりきれいになっていますが、顔にもひどく目立つ傷がたくさんついていたのです」
書類を掴む手に力が入って、思わずグシャリと握りつぶしてしまう。
「ケイトリヒ様」
俺のちっちゃな拳を、ペシュティーノの長い指がやさしく包み込む。
「父上にれんらくして、シュペヒト領主のランドルフ・ユンカースに協力をあおぐ」
「「はい」」
「……魔導騎士隊は、うごかさないほうがいいよね」
「そうですね。この件はお父上に任せたほうがよろしいでしょう」
「素晴らしい判断です、ケイトリヒ様。アンデッド殲滅と違って犯罪組織、しかも人身売買などという凶悪事件の対応に子どものケイトリヒ様が関わるのは、お父上の外聞が悪くなってしまいます」
ミイラのようだったスタンリーの姿が思い出されて、胸がムカムカすると同時にどうしようもなく悲しい気持ちが湧いてくる。ラウプフォーゲルの民たちは屈強でおおらかで、豊かな食料のもと平和に暮らしていると思っていたけれど。
世界に目を向ければ悲劇と無縁ではいられない。
「魔導騎士隊や精霊がにゅうしゅした情報はすべて父上にわたして」
「もちろんです」
「承知しました」
ペシュティーノとシャルルは、労るように俺を撫で回すと連絡のために出ていった。
執務室に残ったのはギンコたちゲーレ三姉妹。
「よもやルナ・パンテーラともあろうものがヒトに支配される時代になってしまうとは、世は変わってしまったのう」
「コガネ、しってたの?」
「うむ。ヒトが呼ぶドラッケリュッヘン大陸には、多くの氏族が残っておった。だが、先ほど主とお目通り叶った者は血族ではあるが、幼き頃に人狩りに遭ったとあらば納得の半端者よ。哀れよの」
「はんぱもの?」
「主、コガネの言う通り、ルナ・パンテーラといえば類稀にして唯一無二の技魔法を継承する生粋の戦闘種族。しかと継承していれば一騎当千の兵士となるであろう。じゃが、あれは何も知らぬまま連れ去られた子。妾が縄張りにしておった北の台地でも、シュネー・パンテーラという似たような種がおったわ」
クロルは王国を縄張りにしていた。そちらには別の種族がいたのか。
「バドルのかぞくは、まだドラッケリュッヘン大陸にいるかなあ。できれば帰してあげたいとおもうけど」
「カッツェ系の純系獣人は子ができにくく、生まれた子どもはとても大事にします。きっと大陸中を探していることでしょう。ですが彼らはヒトと交流を好みませんから、海を超える手段がないでしょうね」
ギンコも知っていたみたいだ。純系獣人というのは確立された種族の獣人。ヒトや他種族と交わることなく固有の種族の血統を受け継ぐ一族をそう呼ぶらしい。
父上と相談する必要があるけど、バドル以外の子どもたちについても、同族が受け入れてくれるようであれば帰してあげたい。それを実現するには、人身売買組織を壊滅させ、バドルが脱走のときに一緒に逃げられなかったルナ・パンテーラたちを保護し、故郷の場所を詳しく聞き出す必要があるだろう。
「ちちうえにひがいしゃは保護するようにおつたえしないと……」
「主、それはあのハイエルフの男が既に申しておったから問題ない」
「あ、そう?」
「それよりも主はあのペシュティーノとやらに初級魔導を練習するように言われていたのではないか?」
「ウッ」
「もののついでじゃ、湿地にゆこうぞ! 主の魔導で、また巨大魚が打ち上げられるやもしれぬ! あれは馳走じゃぞ」
「く、クロルよ、それは」
「全く、空気の読めぬ女じゃ」
「……」
土と水の魔導は実際の物体が生成される魔導が多いので、コントロールしやすい……と聞いて、初級の水魔導を使ったら周辺一帯に湿地帯ではありえない津波が発生した。
そして網を破って漁を台無しにすることで有名な体長5メートルもある巨大魚、カッチュウブカを打ち上げたってわけ。……まあつまり、初級魔導としては大失敗であるよ。
しかしそのカッチュウブカ、全身が甘エビのように甘くて柔らかくて、ものすごく美味しいお魚だった。あのときの味を思い出して、思わずおよだがぶわぁ。
「ウン……あのとき失敗はしたけど……あのおさかな、また食べたいな」
「また失敗しましょう!」
「妾も食べたいぞ!」
「ふむ……貧相な魔導は、従者に任せればよいのじゃ。主の魔導は強大でしかるべき」
その日は失敗前提の魔導訓練をすることになった。
「ケイトリヒ様、魔導学院の2学年が始まるにあたり、ちょっと相談があるのですが」
正体不明だけど妙に美味しい山菜みたいな野菜がたくさん入った酢豚を食べ終わった俺に、レオが話しかけてきた。こちらの世界に馴染みのないメニューでもレオが作ったものであれば俺が何でも美味しく食べちゃうもんだから、ペシュティーノと精霊が全ての素材調達に全面協力してるせいであまりレオから直接話を聞く機会があまりなかった。
改めて相談されるのはなんだか久しぶり。
「どしたの?」
「味噌や醤油の製造についてはおおかたメドが立ち、容器についてもいまは白き鳥商団とかいう商会が手掛けてると聞いて、近く実現するだろうと思うのですが、ですね」
「なに、もったいぶって」
「いやあの、実はアヒムさんと話す機会がありまして。それで、日本で作られていた野菜の話をしたところとても興味深く聞いてくれたんですよ。それで、野菜の品種改良についてもだいぶ話し込んでしまって……いや、品種改良の件も含めての話なんですが」
聞けば、俺が前世のように何気なく美味しく食べている食事は、それはそれは手間がかかったものなんだそうだ。
例えばレタスみたいに生でシャキシャキ食べられる野菜は、現在帝国で生産されているアペリーフという野菜。俺のような子どもが苦みを感じず生のまま食べられるほどに柔らかいものは特別製だ。日光量を調節したうえで若芽のうちに摘み、さらに外側の青々しい部分を切り落とした中心のほんの一部しかない。
野菜ももちろんだが、肉もレオ特製の臭み抜き用調味液に浸すという一手間がかかっているし、魚にいたっては水からあがったあとの締め方ひとつで味が変わるというので可能なものは生きたまま納品するのが常になっている。
「調理法だけなら、ラウプフォーゲルからついてきてくれた私の弟子でも十分同じような味が出せるようになっています。そこでですね、農業をはじめとした事業のほとんどが王子の手から離れるこのタイミングで、私も、その、事業にちょっと協力というか、口出しできないかな〜……と考えておりまして」
「ふぇ」
「あっ、いえ、その事業部を任せてほしいとか、そういうだいそれたことではなく! 例えばですが野菜の品種改良に加えて、外食とか食材とか調味料とか、そういう事業があったらちょっとだけ意見したいというか」
「い、いいの!?」
「へっ? ええ、私の方からお願いしたいくらいで」
「レオは僕のごはんつくるのでていっぱいだとおもってたからすごくたすかる!」
「うわあ、すごく滑舌いいですね」
「うれしいとかちゅじぇつがよくなるね!!」
「わあ、一瞬だけでしたね!」
滑舌についてはそっとしといてほしい! それにしても。
「レオ、なにか野望でもあるの?」
「味噌と醤油はその、元日本人の意地と自分の欲望で作っただけですから、売上とか普及はあまり考えなくていいとして……。この世界で求められる味で、私が作れそうなものといったら『ブイヨン』だと思うんです。ベースが色々あってバリエーションを持たせられますし、顆粒でも固形でも液体でもよくて、腐りにくいので輸送もあまり難しくないでしょう? そういう物があれば売れると思いませんか?」
「ブイヨンのベースは……」
「チキンやビーフなどありますけど、一緒に多くの野菜を使います。輸送はトリューで解決できそうですけど、まだ先の話ですよね? 腐らせるくらいなら、加工してしまえばいいんです。そうすれば輸送の難しい領や外国にも売れますよね」
俺がぽんと手を鳴らして「てんさい!」と言うと、レオはノリよく「へへ〜」なんてニヤけて笑う。
「最初は、ユヴァフローテツの魚の加工場からでる魚の廃棄物からダシだけ抽出することを狙ってたんですけど……今はどうやら、ラミア嬢とアラクネ嬢の食事になってるらしいですね。だとしたらやはり畜産を発達させないと食肉の供給が安定しないです」
「レオって……おいしい食材になるなら、かんたんに倫理的な禁忌をとびこえそう」
「人聞き悪いなあ。感覚的な話でいえばバイオミートには反対ですけどー?」
バイオミート……いわゆる「培養肉」や「クリーンミート」とも呼ばれたもの。牛や豚などの生き物を屠殺して肉を得るのではなく、肉そのものを科学的に培養したもの。
「ぜんせではまだ技術的に普及してなかったけど、こっちには魔法があるからなあ」
「そうなんですよ。発酵の管理やちょっとした野菜の品種改良を精霊様に手伝ってもらって思ったことですが、前世の知識と魔法が組み合わさると何でもアリですよ。」
何でもアリは言いすぎだと思うけど、前世で「技術の問題」と言われていた部分は難なくクリアしちゃうかうもしれない。
だからこそ召喚する人物が「因果律の薄き者」……つまり年若く精神的に未熟であるか、何らかの理由で社会から孤立した人物しか喚べないようになっているのかもしれない。
もし医者や植物学者や生物学者なんかが転生や転移してきて、その豊富な専門知識と魔法と組み合わさってしまえば世界の均衡が壊れちゃうとか? ……ありえる。
「とりあえずレオが白き鳥商団にきょうりょくしたいってイシはトビアスにもつたえとくね」
「あ! トビアスさんってマグニートのヒトですよね。ちょっと話しましたよ。あのヒトも面白いですねー、食いしん坊っていうか、やっぱり商人だから美味しいものに鼻が効くっていうか」
レオは社交的で好奇心旺盛だし、頑固な職人というより商売っ気のある研究熱心な料理人なので白き鳥商団は相性が良さそう。気難しそうに見えるトビアスともアッサリ知り合った上に好意まで持ってるなんて、まあまあレア気質だとおもう。
「あ……それと、もうひとつちょっと、できればの相談を……」
「ん?」
「魔導学院に、王国籍の異世界召喚勇者がいるって聞いたんですけどホントっすか?」
「あ、うん。いる。移動訓練の授業でちょっといっしょになったよ。レオのお菓子食べてすごくうれしそうにしてた」
「お! そうなんですね! で、いくつぐらいッスか?」
「うーん、中学生くらいかな……たぶん。学院では、異世界召喚勇者であることは隠してるみたい」
「え、隠せるくらい普通ってことは、文字とかも読めるんスね!? すげえ」
「たぶんね。かかわったのはその授業のときだけだけど、あまり友達がおおくなさそーなタイプ」
レオは少し口ごもって、夕食後のデザートの小さめケーキを切り分けてくれる。
「ええと……オリンピオさんとか、パトリックさんがいる前では言いにくいんですけど、共和国の噂できいたところ……王国の異世界召喚勇者は……その、ひどい扱いを受けていると聞いたんですが、本当なんでしょうか?」
「王国の異世界召喚勇者は軍のかんかつだから、オリンピオもパトリックもくわしくは知らないって。みたかんじ虐待とかはないとおもうけど……でも、盗聴魔法がかけられてたのはちょっとびっくりしたかな」
「え……盗聴魔法!? も、もしかして俺にも!?」
「そんなの精霊がみのがすわけないでしょ」
「そ、そっか、そうですよね。盗聴って……どういうことでしょう、その異世界召喚勇者を盗聴してるんでしょうか、誰かを盗聴させるんでしょうか」
「……術式からみると、前者みたいだね。たぶん、じぶんの国の異世界召喚勇者がひきぬきされないようにしてるんじゃないかな」
「あー、そういう」
レオは腕を組んで、ものすごく面倒そうに顔を歪めながら、ケーキにアングレーズソースをかけてくれた。これ俺がすきなやつ!!
「もっとかけていいよ!」
「ケイトリヒ様、カスタード好きですね」
「だいすきー」
「かまぼことどっちが好きですか」
「なやましいしつもん」
「ブフッ」
そのあとひとしきり細かい好き・キライな食べ物の話をしたあと、再びレオは真面目な顔になる。
「ケイトリヒ様には王国の異世界召喚勇者の少年を助けるつもりはないんでしょうか」
「……助けるっていわれても。まだひどい扱いをうけてるかどうか、しょうめいされてないし。そんな状態で僕がかいにゅうしたら、ちょっとした国際問題になるもの」
「……権力者は権力者で、大変なんですね。そうか、ケイトリヒ様は異世界人だとは知られてないからそうなりますよね。うーん、簡単じゃないんだなあ」
「そゆこと。でも、もしルキアが……あ、王国の異世界召喚勇者のなまえね。彼が王国にじんけんをむししたような扱いをされてることがもしわかったら、ほごするよ。そうでなくても、彼から助けをもとめられたら動いてもいい」
「……! そうですか! もしものときは、動ける……んですね?」
「うん、僕だってそれくらいの情はあるよ。いまの王国との関係なら、異世界召喚勇者をさしだす代わりに渡せるものはいっぱいあるから、こうしょうもできる」
レオはホッとしたようで、ミルクたっぷりの甘いお茶を淹れてくれた。
「もうすぐ2年生の始まりですね」
「うん……あっ、親戚会ってなんがつだっけ」
「今年も6月だそうですよ」
「6月、いそがしいね」
親戚会やパーティーがあるとレオは父上に料理人として貸し出されるので、ラウプフォーゲルの催事に詳しい。なんとなく今年の予定についてフンフン考えていたら、ペシュティーノとシャルルが仲良く食堂に入ってきた。
「おかえりー。あくのそしきについてはどうなった?」
「その件は全てご報告して御館様預りとなりました。それより、シャルルから情報です」
ペシュティーノがすごく嫌そうな顔でシャルルを見る。このふたり仲良くなかったわ。
「シュティーリ家のジャレッド卿につづき、魔導学院には共和国から編入生が入るそうです。しかもインペリウム特別寮に2人、どちらも2年生……つまりケイトリヒ様と同じ学年で」
「ふうん?」
「ケイトリヒ様、2人のうち1人は若干11歳にして助祭となった聖童……と言われていますが、その実聖教幹部の子息です」
「げ。聖教がからんでくるのかあ、めんどうだね」
「もう1人は異世界召喚勇者です」
「「えっ!」」
俺とレオの声が被った。
「な、名前は」
「トモヤ・イダ。去年召喚された13歳なので、レオ殿はご存じないでしょう」
レオはホッとしたような寂しいような微妙な顔。
「シュティーリ家のれいそくに、共和国からの聖教派と異世界召喚勇者……なんだか2年生ははらんのよかんだなあ」
「「「そうですね」」」
ペシュティーノ、レオ、シャルルの声がピッタリそろって笑っちゃった。
「そういえばケイトリヒ様、帝国の異世界召喚勇者とは会ったんですか?」
レオが思い出したように聞いてきた。
その件はね……。
「……ぶとうかいで、皇帝陛下に会ってみたいっていったら『いつでもいいよ』っていってくれたんだけど……言ってくれたんだけどね、帝都げんていだって」
レオは「それがなにか?」みたいな目で見てくるけど、これ結構面倒な話でして。
「……レオ殿、ケイトリヒ様にとって帝都は様々な意味合いで危険な場所です。今回の皇室舞踏会という大きな催事でしたらいろいろと紛れることが可能でしたが。……平時に、単身で、となると、影響力が大きすぎるのです」
「ケイトリヒ様……子どもなのに、大変なんですねえ」
「おうじだからねー」
「理由はご身分だけではありませんよ。帝都では今、最も旬な話題は白き鳥商団です。皇帝陛下お墨付きの帝国全土を巻き込む事業……殿下、最近の新聞を読んでらっしゃらないのですか?」
「ふぁ」
王国と共和国の新聞が最近やたらマメに届くのですっかりそちらに夢中になっていた。
「そういう意味でも、王子殿下はトリューのときよりも遥かに話題の『時のヒト』です」
「魔導学院2年生ではそちらも気をつけなければなりませんね。ギンコたち3人は、魔導学院内での平常の護衛に組み込みましょう」
え、あのフルアーマーで!?
「……もちろん騎士服でですよ」
まだなにも言ってないのにペシュティーノが答えてくれた。よかった。
「スタンリーも来週には戻ります。2学年の学院生活では、暗部の経験が活きることでしょう」
シャルルがニッコリ笑うけど、その発言だいじょうぶ?
――――――――――――
腕の中ですやすやと眠るケイトリヒをしばらく撫で回すと、透明の球体にバラのようにクッションが詰められた「バラの寝台」にころりと転がす。
小さな身体は不満げににゃむにゃむとなにか寝言を言ったが、ペシュティーノがそのふわふわの髪を梳くように撫でると満足げに笑って、また安らかな寝息をたてた。
「……スタンリー」
ペシュティーノは何かを思いついたようにつぶやくが、反応はない。
「流石に寝室はムリですか」
そう言って寝室を出ると、再び「スタンリー」と呼びかける。それでも反応はない。
ケイトリヒの私室を出た廊下で再び呼びかけると、なにもない空間から霧のようなものが湧いて、そこから少年が現れた。
「お呼びですか」
「……ケイトリヒ様の私室にはさすがに主の許可なしには入れないということですか」
「はい、ケイトリヒ様自身の承認があれば可能かと存じますが、私の自力で侵入できるのは白の館内部までです」
「十分だよぉ、はっきりいって皇帝居城だって白の館より100倍くらいガバガバだから! ちょっとのぞいてきたけど、王国の王宮にある宝物庫も共和国の政治中枢部も聖教会の『聖体』が納められてる宝殿も、白の館よりはヨユー!」
同じようにどこからか現れたジオールがペシュティーノとスタンリーに向かって満足げに頷く。
「では当然、魔導学院でも全ての領域で問題ないということですね」
「うんうん、保証するよぉ」
「私はまだ領域全体を察知することはできませんが、ジオール様が仰るのならば問題ないかと」
スタンリーが跪いて言うと、ペシュティーノはそれを立たせて優しく頭を撫でた。
「この短期間で、よくぞここまで隠密の技術を身につけましたね。素晴らしい。魔導学院の2学年目は想定外の勢力が出てきて心配でしたが、スタンリーがいればきっと大丈夫でしょう。頼りにしていますよ」
「……ご期待に添えるようこれからも精進、します」
少しくすぐったそうにもじもじするスタンリーがなにか言いたげなのを察知したペシュティーノは、小さな頭を抱えるようにゆるく抱きしめる。
「よくがんばりましたね。魔導学院に戻るまでの間は、『にいに』としてケイトリヒ様のおそばにいてあげてください。訓練中できなかったことはここでは制限しなくて結構。欲しいものがあれば私に言いなさい、用意しましょう」
「はい」
スタンリーは以前より戸惑うことなくペシュティーノの胴に手をまわして、ギュッと抱きしめてくる。子供らしく耳を赤くしてすがりつくスタンリーに、ホッとした。
――――――――――――
「にいに、おかえりーー!!」
朝、起きると寝台にスタンリーがうっすら笑いながら横にいた。
戻って来る時期は聞いてたし、いつか来るんだろうなとは思ってたけど起きたら横で添い寝してるとかどんなドッキリ!
「ただいま、ケイト」
「あんぶの訓練、どーだった! たいへん? きつい?」
「いや、想像していたよりもきつくなかった。それより、レオの料理が食べられないのはちょっと残念……かな」
「僕よりレオなのっ! まあしかたないね、おいしいもんね!」
寝っ転がったまま抱きついて寝台のうえでゴロゴロしていると、ガノがやってきて朝の準備をはじめる。
「あれ、ペシュは?」
「魔導学院の手続きで少し手が離せないそうです。スタンリー、おかえり。はい、これでケイトリヒ様のお顔を拭いてくれるかい?」
「やります」
ガノとスタンリーのふたりがかりで朝の準備を終えると、コガネがヒト型で迎えに来た。
魔導学院での生活を想定して、ゲーレ三姉妹も側仕え的な仕事を割り振っているんだ。
「む? 其方、スタンリーか。……おかしいのう、全く気配を感じなんだ。暗部の訓練とやらは、我々ゲーレの鼻をも欺くというのか、恐ろしいのう」
「は、い……えっと、ケイトリヒ様、この方は、ゲーレの?」
「コガネだよ! なんかね、ダイボができたから女性騎士オッケーだって」
俺の雑な要約も「そうでしたか」なんて言いながら笑顔で受け入れてくれるスタンリー、さすがにいに。
階段だけコガネの抱っこで降りて、食堂に入るとパトリックとペシュティーノが何やら口論じみた話し合いをしていた。
「どしたの?」
「……ああ、ケイトリヒ様。先日お話した共和国勢力のほかに、王国勢力が追加です」
「いやいやペシュティーノ様、王国勢力だなんて言い方やめてください。そもそも王国の異世界召喚勇者であるルキア・タムラの動向を探るための入学でもあって……」
ペシュティーノがさらりと言う言葉に、パトリックが慌てて言い訳してる。
「それだけでわざわざ王孫殿下が入学されるわけがないでしょう。共和国勢がケイトリヒ様に近づくのを阻止するためでは? パトリックの従甥にもなるのでしょう? ファッシュ分寮に入寮させられないかという話を皇帝陛下を経由して相談してくるなど、隠れた意図を察さずにはいられません」
「私は知らなかったんですってば〜」
パトリックはメソメソと泣き真似するように情けなく言い訳してる。
「……ペシュ、パトリックは誓言の魔法がかかってるんでしょ? 僕にとりいって王国勢力をかくだいする意図があったとして、それをかくしとおすなんてムリだよ」
「そ、そうです! 私は純粋に、ケイトリヒ殿下の将来性とお人柄と資本力と存在感と魔力と服飾に惹かれて側近入りを希望しただけであってですね! その後王国が私をどのように扱うか関知しておりません。なので入寮は断っていただいても構いませんよっ!」
理由おおいね?
「いくらファッシュの希望の星といえど、皇帝陛下からの提案を断れるわけがないでしょう! ……とにかく、貴方が知るかぎりその入学してくる王孫殿下は、政治的な手腕は本当に無いのですね?」
「ないですないです! むしろ伯父上……国王は、ケイトリヒ殿下の友人となり帝国との友好の架け橋になるように送り込んできたのではないかと! もし伯父上が引退してその従甥の父親……あ、私から見ると従兄弟ですけどね、その彼が国王になったとしても、第……ええっと、第、6? いえ、第7だったかな? それくらいの王子ですよ?」
「王族ならインペリウム特別寮なのはだとーだし、ラウプフォーゲルとの友好関係をたしかなものにしたいっていうんなら、ファッシュ分寮にいれてあげてもいいんじゃない?」
共和国の異世界召喚勇者に助祭少年とちがって、身分は王族だからファッシュが保護しても問題ないはず。
ちなみに婚約の打診がきているオフィーリア姫と同じ王孫だが、兄妹ではなく従兄妹にあたるらしい。王国の王族は子沢山だね〜。
「……はあ、本当に、魔導学院の2年目は荒れる予感しかありません……」
ペシュティーノが頭を抱える仕草がいつも通りで、俺のせいじゃないのになんかごめんねって気分になった。