7章_0101話_皇室舞踏会 2
皇室舞踏会は、父上がラーヴァナと踊るところを見届けたところで終了。
父上はその後も社交があるからそのまま残り、俺とラーヴァナは当初の予定通りラウプフォーゲルに戻ることにした。
トリューで戻ってもいいんだけど、帝都の上空を飛ぶのはあまり防衛上の理由からよろしくない。
一旦俺とラーヴァナはファッシュ家のタウンハウスへ戻って、領主用ではないラウプフォーゲルの紋章が入った馬車に乗って転移魔法陣で帰ることになった。まあ予定通りだ。
昼前にラウプフォーゲルを出発して、夕方の舞踏会に出席して、夜には帰る。
貴族のスケジュールとしてはあまり一般的でない日帰り舞踏会。
だって俺いてもそんなやることないしー。子どもだから。
代母のラーヴァナも、あんまりよその貴族に突かれるとポロッとなにか出ちゃいそうだからさっさと退散したほうがいいっしょ。
ってことでさっさとトンズラするぜ!ってつもり満々だったら、皇帝陛下の筆頭文官ジンメルさんに呼び止められた。こんなことある? 正直ちょっとおねむなんですが……。
「実は、是非ケイトリヒ王子殿下にお目通り頂きたい人物がおりまして……日帰りなさると聞いて、慌てて引き止めてしまい申し訳ありません。お父上であるザムエル閣下にも同席頂くよう、今お声をかけておりますので」
父上が一緒なら大丈夫か、とペシュティーノも頷く。
会場の外ということで、長身の女性騎士ギンコとクロルとコガネにジュンたち護衛の側近も全員集合だ。
いつもと違う服装をしただけにしか見えないペシュティーノだけど、俺以外には別人に見える魔法がかかっている。
まだ詳しい理由は聞いてないけど、帝都ではペシュティーノはあまり姿を見せないほうがいいらしい。敵が多いことは知っていたけど、いつか教えてもらえるのかな。
皇帝居城のやたら奥にある客室に通され、俺はラーヴァナの膝の上。
部屋の中にも外の廊下にも護衛たちがみっちりついてるし、窓の外には城の兵士たちの姿も見える。……安全だよね?
「ケイトリヒ、ラーヴァナ。皇帝陛下からお声がかかったから、何事かと思ったぞ」
すぐに父上がやってきてくれてホッ。
やっぱり子どもと女性だけで敵地|(と言っていいのかわからないけど)にいるのは不安だもの。
「いや済まなかった、急に呼び立てたりして。しかしこの機会を逃すとなかなか次はないだろうと思ってな」
父上の後ろから、皇帝陛下もめっちゃフランクに入ってきた。
すごい親戚のおじさん感だしてくる。そういうヒトじゃないよね。
「へーか? おどらなくていいんですか」
「うむ、今日はケイトリヒに、私の友人を紹介したくてな。そこの王国公爵令息パトリックの父君でもある人物だ。部屋へ入れてもいいかね?」
父上と俺と、ラーヴァナにも目配せして許可を求めてくる。
皇帝なんだから命じれば済む話なのにご機嫌をうかがってくるあたり……なんか怪しい。
といっても俺は政治的な話なんかはよくわからないので、父上にお任せだ。
パトリックはなんかポカンとしてる。
「……王国のレンブリン公爵が。もしや、王国の姫君との縁談の件でしょうか?」
「あ、いや。まあそれもあるのだが、シャルルから提案された『王国の利』についての協力者というテイだ。縁談の話も、まああるのだが、それはついでというか、そこは必須ではないから話だけでも聞いてやってくれんか」
父上はジト目で皇帝陛下を睨む。
皇帝陛下とこういう気安いやり取りができる父上、尊敬するー。
「……お忍びでしょうが、国賓です。まあ、皇帝陛下のご命令とあらば会わぬわけにはいきますまい」
父上が渋々、ものすごく渋々受け入れてくれたので皇帝陛下もホッとしたみたいだ。
皇帝っていっても、全てが思いのままってワケでもなさそうね。
ある意味健全でホッとしたよ俺は。
皇帝陛下はちょっと申し訳無さそうに父上と俺たちをソファセットに座るよう促し、自らも上座に腰掛けた。「これも一種の外交というやつだ」と俺と父上に言い訳がましい説明をしてくれながら、パトリックのほうを見て助け舟を求めてる。
たぶんそれ期待できませんよ。
やがて部屋にやってきたのは、シュティーリ家の金髪とは全く色合いが違う、ほんとうに黄金と呼べるほど深く豪奢な色合いの金髪巻き毛の、これまたイケオジ。
こちらはモデルというよりハリウッド俳優といった貫禄だ。深いシワには思慮深さが、ロイヤルブルーの瞳はどこかいたずらっぽい光が差している気がする。
「お会いできて光栄です、ラウプフォーゲル公爵閣下、そしてご令息のケイトリヒ殿下、並びに代母ラーヴァナ卿」
お手本のようなボウ・アンド・スクレープは年季が入っているせいかとても自然で優雅。
この世界ではイケオジしかいないんでしょうか?
「このような場で仰々しい挨拶は不要だ。早速話とやらを聞こうではないか」
父上は一応、儀礼的に挨拶を受け入れる仕草をしてソファに座るよう促す。ウチの父上、優雅さに関してはゼロ。でもそんな父上が好きですよ。
「以前、試験的に頂いた温石の件ですが。あれが既に、劇的な効果を出しております。つきましては、本格的に取引に移りたく出向いてまいりました」
「ぬくめいし?」
なにそれ? 俺がシャルルを見ると、シャルルがニコリと微笑む。
いやニコリじゃないよ。
「ああ、妾がつくった、あれか」
「え?」
「ほれ、主が申しておったではないか。『ヒトや土をじんわり温めるような魔石』とかなんとか。あれをな、妾がフォーゲル山のマグマで作ったのじゃ。妾には造作もないことよ。試作品と称してそのハイエルフが持っていったのう」
「ら、らーゔぁぬぁ」
い、いろいろとNGワードがありすぎてもうなんて言っていいのかわからないの。
「いや問題ない、ケイトリヒ。皇帝陛下も、レンブリン公爵もシャルルの正体もラーヴァナ卿の正体も明かしてある。だからこその協力者だ。レンブリン公爵は、古くより帝国と王国の橋渡し役を担っておったのだ。パトリックがケイトリヒの側近に入ってからというもの、その役割は中央を越えてラウプフォーゲルにまで届いておる」
「おおおお言葉ですがちちうえっ!? 私はもうケイトリヒ様の側近にございます故、実家に情報を渡すようなことはしておりません、しておりませんよ王子殿下!」
パトリックがものすごく慌てたようい言い訳するけど、そこは信用してます。
何より誓言の魔法がかかってるからね。
「それにっ! それに父上、あんまりです! 私はケイトリヒ殿下のためを思えばこそ、シュヴァルヴェ領とグランツオイレ領の姫君たちとの縁談を支持してまいりましたのに今になってよもやオフィーリアとの話を持ちかけるなど!!」
「落ち着きなさいパトリック。縁談はもののついでだと申したであろう。本題は温石であって、その取引詳細を国家間で詰めたいという点と……何より、御礼だ」
そう言って、レンブリン公爵は俺を見て目を細めた。
「砂糖、製氷の事業展開を待っていただいたのはひとえにラウプフォーゲル公爵閣下にケイトリヒ殿下をはじめとした皆々様の温情。王国は、今年の冬も多くの領地で出生者よりも餓死、凍死の人口が上回りそうです。統治力不足は痛いほど理解しておりますが……今はなによりも民の苦しみをどうにかしたい」
レンブリン公爵の表情は沈痛だ。
農業が難しい極寒の土地で暮らす王国民。口減らしのために親は子どもを手放して帝国へ売り飛ばすことも日常。いくら先祖代々住み着いているとはいえ、そこまで切り詰めた生活をしているのに家族移住が少ない理由は何だろう。
「じゃあ帝国になっちゃえばいいのに……」
俺がぽつりと言うと、父上からは小さく「こら」と叱られ、レンブリン公爵は苦笑いし、皇帝陛下は頭を抱えた。
「それは、其方が皇帝になったらな。私の代で進めてくれるな」
「皇帝陛下、そのご意思は真にございますか」
レンブリン公爵が食いついた。
やっぱり、帝国が統治したほうがいろいろと幸せだよね? 王国は、ただの王国ではなく連合王国。パトリックも言うところだが王にはあまり強制力がなく、領主のほうが強い。
つまり各領地が「王国じゃなくて帝国になるぜ!」と言い出してそれを王国と帝国が認めれば割と難しくない話だとおもうんだ。
まあもちろん国家間の話だから簡単でないことはわかるけど。
正直、前世の領土問題と比べると国家とは別に「領主」という確固たる地主がいるし、宗教も絡んでこない。イージーな気がするけど、領民感情は別なのかな。
「王国と王国領がのぞんでて、帝国がみとめないりゆうは?」
「皇帝陛下、申し訳ありません。現代社会学はまだ勉強中にございまして……」
ペシュティーノが初めて口を開いた。
「いや、構わん。ケイトリヒ、私が王国の支配を認めない理由はひとえに儂の立場だ。中央貴族がラウプフォーゲル勢力を牽制しているのは、わかるな? 正直、中央とラウプフォーゲルは代々仲がよろしくない。王国の受け入れを主張しているのがラウプフォーゲルで、中央は慎重派。そして儂は普段からラウプフォーゲルへの肩入れが過ぎるということで王国の件は中央に譲らざるを得ぬ」
中央貴族を取り仕切ってるのはラングレー公爵のはず。
領主同士はさっき一緒に踊ってたけどね?
「状況が変わり、互いが……というか領主同士だが、歩み寄るようになったのは今代の領主になり、さらにここ10年ほどのことだ。理由はわかるな?」
父上がおおらかだから?
本気で首を傾げると、大人たちはすこし呆れ顔。
「ケイトリヒ、其方はいくつだ」と父上から聞かれて一瞬、「年齢に見合わない知識量だったか……」と反省した。けど、またなんか違う感じの雰囲気出されてようやく、もしかして俺の存在?と思い至ったくらいに全く感知してなかった。
「カタリナのことは今後も許すつもりはないが、祖父にあたるラングレー公爵とはよい関係を保ちたい。あちらもケイトリヒには愛情を覚えているようだからな」
「ラングレー公爵からも、どうにかラウプフォーゲル公爵との領主間の関係だけでも改善できないか直接相談されたくらいだ。其方の存在は両家にとってだけでなく、帝国にとって大きい」
「そのような殿下が将来、皇帝の座についたとき……帝国は、真なる覇者としてクリスタロス大陸を支配するでしょう。我々王国としても、それは歓迎したい。王国の領主の半分は、帝国への所属を希望しているのです。もはや力ない王家に価値はない」
確執が続いていた2つの公爵家を、孫がつなぐ!!
その孫、俺! みたいな!? そーなの!? そーだったの!!
複合企業社長になったら急に皇帝と大陸統一皇帝の座が確定した!?
「お……」
「「「お?」」」
大人たちが首を傾げる。
「お……おべんきょうしなきゃ……」
俺の絞り出したような言葉に、大人たちは思わずといったように吹き出した。
「あのっ、じゃあ、じゃあジャレッドとは、なかよくしていい?」
「ああ、もちろん構わん。あの少年は、ヒルデベルトの悪行を牽制するため我々からの要望で据えられた養子だ。ああ、だが公爵の実の孫であることは間違いない」
「私の命令では動かなかったが、よもやラウプフォーゲルの働きかけで動くとはな」
「かわいい孫との接点はなににも代えがたいということですね」
ということは……。俺、はからずも影の権力者……!?
複合企業の社長として経済を牛耳り、王国との外交も事実上は皇帝承認のもと俺が掌握してるってことにならない?
弱小だと思ってたけど、いつの間にか強くなりすぎてない!?
いや体はいまだに弱小ですけれども、権力だけはすごくない!
「シュティーリとなかよくして、王国をあたためる」
俺のつぶやきのような言葉に皇帝陛下とレンブリン公爵は笑いながら頷いたが、父上だけは「雑なまとめ方をするでない」と呆れていた。妥当なツッコミありがとうございます。
だいたい俺が理解したあたりで、もうギブアップ。
俺のスイッチは強制OFFです。
目を覚ますと、白の館の寝室だった。
朝の支度をして着替えたら、食堂で朝食をとるように言われたので大あくびをしながら食堂に入ると、畳1枚分くらいの幼女の肖像画。
「……なにこれ」
「オロペディオ王国国王の御令孫、オフィーリア王女です。こちらが御本人からのお手紙になります」
……王国王女からの婚約打診、すでに封筒じゃない。筒。
いままでで一番ヘビーなラブレター。いやラブなどないんだけどね、お互い。
拙い文字と文章で、王国と帝国ではどういった違いがあるのか知りたいと書いてある。
それとは別に美しい文字で王女がどういう人物か、何が好きかなどのプロフィールをやや詩的に表現したお手紙も同封されている。
「そゆの教師にきくべきだとおもうんだよね」
「一蹴するのはおやめください。返事は礼儀ですからね? 幼い王女が自らペンを持ち送ってくださったお手紙に、代筆するなど許されませんよ」
やべっ。これまでの婚約打診のお断りの返信をパトリックに代筆させてたのがバレてる。
美味しいはずのシュガーバタートーストがやけにパサパサに感じた。
さて、めんどくさい催し物その1は終わった。その2は6月、あと3ヶ月半ほどあるから頭から除外―。
その前に、4月には魔導学院の2学年が始業する。
「ね! ペシュ!! ビューローからのお手紙に、用意するもの『ダンジョン素材』ってある。これなに!? どういうもの!? 取りに行くの!?」
「あ……そうでしたね、来年から魔法応用工学に入るのでした……しかし」
「ねえねえ、ダンジョンってあるの!? ほんものあるの!? レオ、レオー!」
「ダンジョン……ケイトリヒ様、ダンジョンとはどういう認識で話されてます?」
お昼ご飯前に見たお手紙に書いてあった文言に、俺のテンションヒートアップ。
ダンジョンと言えばファンタジーの定番じゃん!?
「王子、どうなさったんですか!? なにかお気に召さないもの入ってました!?」
「レオちがう、ちがうよ! ラザニアおいしい! でもダンジョン、ダンジョン素材って学校で、じゃなくて魔導学院で、用意ってあって!」
「ケイトリヒ様、落ち着いてくだ」
「エエッ!? ダンジョン!? あるんですか!! この世界ダンジョンがある世界線なんですか! 共和国ではそんな話聞いたことありませんでしたが……」
「……レオまでおかしくなってしまったのですか? ダンジョンは……ありますが、どうも我々の認識と」
「うっひょお、ダンジョンあるんだあ! 冒険者組合があるくらいだもんなあ、きっとあるよなあ!」
「オタカラあるのかなー! パーティーくんでこうりゃくするとか、あるのかなー!」
「……異世界のダンジョンはもしや、ヒトが入る規模のものなのですか」
「「え」」
無駄に上がってたテンションがピタリとストップ高。
「ケイトリヒ様、レオ殿。こちらで『ダンジョン』と呼んでいるのは、いうなればゲームのようなものですよ。ヒトの身で実際に体験できるほどに巨大なものは、存在しません。強いて言うならケイトリヒ様が落ちた古代遺跡などは『ダンジョンのような』と称しても問題ないかもしれませんが……」
俺とレオ、テンション急降下。
「え……じゃあ無限に湧くモンスターが、スタンピードとかは……」
「そんな存在があったら恐怖でしょう。アンデッド大発生はそれに該当する存在かもしれませんが……異世界はモンスターなどいないのではなかったですか?」
「オタカラは……?」
「先ほど申した『強いて言えば』の古代遺跡にはオタカラがあるかもしれませんが……それはダンジョンではなく古代遺跡ですよね?」
「罠を潜り抜けて踏破するロマンは!」
「いちばんおくにいるボス的なそんざいは!?」
「……考え方的には我々の世界でのダンジョンと近いものがあるようですね。規模がちがうだけのようです。しっかり説明しますので、一旦黙って聞きましょうか」
どうやらこの世界で「ダンジョン」と呼ばれているものは、かなり精巧なボードゲームに近いものらしい。巨大な箱庭に、テラリウムのようにミニチュアの環境を作り出しそこに小さな無機生命体を配置する。無機生命体は侵入者を排除する敵であったり、箱庭を整備する労働者だったりと用途は様々。
「景観の出来を競う審美性に特化したものや、さきほどレオ殿が仰ったように罠を潜り抜ける踏破型などいろいろあり、制作者も愛好者も多いのですよ。ラウプフォーゲルではあまり流行っていないようですが」
テンションが地面をえぐれるほど下がった俺は昼食のラザニアのソーセージをちびちび食べながら説明を聞く。レオも興味があるみたいで横で聞いている。
どうやらその「ダンジョン」制作、異世界の感覚でいうと「箱庭」制作だろうか。
それは、実際の植物を枯れないように根付かせたり、水を配置する場合は腐らないように循環させたり、洞窟型にするならば崩落しないように、など自然物を自然に扱うためのノウハウや、魔力が環境に及ぼす影響の実例が詰まっているんだそうな。
さらに小さな無機生命体を生命条件付きで配置したり、微生物を繁殖させたりすれば実際に生命体の管理も加わってくるので、より大変になる。
だから俺が2年生から習う予定のアクエウォーテルネ寮、「魔法応用工学」の根幹となるらしい。
「そうぞうとはちがったけど楽しそう」
「たしかに楽しそうですね」
「……楽しみにしているところ申し訳ないのですが、この実習はおやめになったほうがよろしいかと」
「なんで!!?」
「いやわかるでしょ……ケイトリヒ様が作ったら、絶対精霊たちが放っておきませんよ」
「それもありますが、小さなサイズのダンジョンに設置する生命体といえば、たいて魔虫ですよ? ケイトリヒ様が使わなかったとしても、教室では多くの生徒が扱います」
「パスで!」
「はやいですよ!」
「しかし困りましたね……魔力のコントロールという点では、とても優秀な課題ではあるのですよ。ケイトリヒ様の成長を思うと受けてもらいたいという気持ちはあるのです」
「わかった、ほかのひとの魔虫をぜんぶやっつけるダンジョンつくるとか」
「授業妨害!」
「そうですね、他の生徒の制作物に影響を与えるようなダンジョンは論外です。この件はすこしビューローと相談しますね。ダンジョン素材については、しばらく保留でお願いします」
なんだか想像と違ったけど、楽しみな授業ではある。
ただ、虫はダメ、絶対。
不意に視界に入ってきたりしたら、ばくはつさせるからね、部屋ごと。
死人がでますよ。ダメ、絶対。
ビューローいわく、魔力が多すぎてコントロールに難儀しているという点を踏まえて魔術系の教師と協議したうえでの判断だったそうで。本来なら基礎から応用に入るのが当たり前だけど、俺の場合魔力が多すぎるからコントロールを学ばないと基礎となる弱い魔術が使えないという話になったんだそうな。
ペシュティーノ、俺の危険な虫嫌いのことは伝えてなかったみたいね。
生活魔法はわりとコントロールできるようになったんだけど、魔導は全然。
相変わらずどんなに魔力を絞っても、初級魔導のファイヤアロー1本で牛ほどの魔獣を消し炭にするし、植物も岩も地面も何もかもお構いなしに作用する。
共通学科の基礎魔導学は実技のない座学なので修了できたけど、それ以降の魔導系の授業は学校側からストップがかかっている状態だ。
……あのポジティブすぎて話が通じないベイロン先生の応用魔導学の授業で実演させられたおかげで。あの件は腹がたった部分もあるけど、結果オーライってやつだ。
あの先生の信条である「魔導はいちど実践すべき」は浅慮ではあったがある意味、正しかったのかもしれない。
「ケイトリヒ様、魔導学院の第2学年の準備はお任せください。今日は、下の街を見てきてはいかがですか? エグモントが正式にユヴァフローテツ治安維持隊の隊長となる日ですから、顔を見せればエグモントに箔が付きます」
それは正式にいくべきやつ!
と、思ったけど治安維持隊は有志で結成される民間組織なので、俺はあまり関係しないほうがいいんだそうだ。
ギンコたち3人は今後ヒト型での護衛訓練も兼ねて同行。
ジュンとオリンピオと魔導士スタイルのウィオラを連れて街へ。
四つ足型のギンコの背に乗れないので、俺は徒歩。
ギンコとコガネとクロルでヒト型抱っこ訓練でもあるんだけど、ゲーレ三姉妹がフルアーマーすぎて俺を囲むとほぼ周囲が見えなくなる。いつもこれ食べろこれ見ろだの声かけてくる街の人も、フルアーマー長身女性にはちょっとビビってるのか全然声かけてこない。
治安維持隊の本部として使うのはオベリスク広場から通りを一本外れた場所にある建物で、数軒の空き家や倉庫を潰して建て替えた立派な造り。現代日本で言うならば警察署にあたる施設だが、広い訓練場とモダンなデザインで、なんだか外観は美術館みたい。
巨大な白鷲旗が掲げられた訓練場では、いままさに治安維持隊の結成式が開かれていた。
俺からの公的な資金支援はあるものの、あくまで民間組織ということでシュレーマンが出席してるので、俺はほんとに見学。
遠目で見る結成式では、壇上でエグモントが隊員に向かって演説している。
整列している隊員は、30人ほど。
演説では、自身が元ラウプフォーゲルの騎士で貴族であり、父親が罪を犯して家名を剥奪されたことを赤裸々に語り、隊員たちも真剣にそれを聞いている。
そしてそんなエグモントを俺が救ったことは、いい感じの美談になっていた。
罪が反逆罪であることや父親まで救われたことなどは伏せておいたほうがいい、というのはペシュティーノからのアドバイスだ。
そして贖罪のため、自身と兄弟たちを連座処刑から救われた大恩を返すためにユヴァフローテツを守るという誓いに、隊員たちは讃えるように拍手を贈った。
俺がひらひらと手を振ると、壇上から降りたエグモントが気づいて跪き、最敬礼を向けてきた。数人の隊員がそれに気づいて、俺の存在に気づいた。
「姿見せはこれくらいでいいだろ、退散しようぜ」
ユヴァフローテツの下街視察はこれでおわり。
白の館に戻ると、ペシュティーノが「ルナ・パンテーラと会いますか?」と聞いてきた。
もう忘れかけてたよ、ってくらい、やっとだ。
「あえるの?」
「シャルルが会わせてもよいと判断したようです」
「あったほうがいい?」
「ご興味がおありではないかと思っておりましたが……もう失せましたか?」
だいぶ前の話だし、フランス語は古代エルフ語であることがわかったのでルナ・パンテーラのことはカッツェ族なんだなーということしか覚えて……あ、いや!
「あ! ひとかりの話ききたい!」
「……そこですか」
ペシュティーノは嫌そうな顔をしたけど、ドラッケリュッヘン大陸の情勢は知っておきたい情報のひとつ。万一、万一だよ? 俺が皇帝になって、クリスタロス大陸統一皇帝を目指すとしたらおそらく難関は現在の仮想敵国でもある共和国。
ドラッケリュッヘン大陸はまともな国家がないというし、精霊たちも「竜脈がゴチャついてて内情を探ろうと思うと手間」と言うほどの謎の土地だ。
すこしでも生の情報が手に入るのならば手にしておきたい。
謁見室は厳重警備。
ヒト型のゲーレ三姉妹に、ジュンとオリンピオ、そして魔導騎士隊の本日の護衛隊に所属はまだラウプフォーゲル騎士隊という白の館の護衛騎士がガッチリ俺を守ってます。
ちなみにラウプフォーゲル所属の騎士隊は魔導騎士隊の隊員が充実してきたら順次ラウプフォーゲルに返しているので、もう残りわずか。数人は魔導騎士隊に移籍したいという話もでているそうだ。
ユヴァフローテツに愛着を持ってくれたのなら嬉しい。まあ、それはさておき。
「こちらにおわすのはギフトゥエールデ帝国の剣と謳われるザムエル・ヴォン・ラウプフォーゲル公爵閣下のご令息にして次期領主候補。そして齢8歳にしてユヴァフローテツ小領主となった御方、ケイトリヒ・アルブレヒト・ファッシュ様である」
シャルルの前口上の合間に俺がぽてぽて歩いて謁見室の玉座っぽい椅子に座ると、その前には平伏した猫耳男性。
「らくにしていいよ」
「お目通りの機会を頂き、心から感謝申し上げます。私の名は……名は、わかりません。幼い頃より奴隷として長く不自由な暮らしを強いられ、名も奪われて久しく覚えておりません。ただ、『青202号』と呼ばれておりました」
名を奪う。奴隷として、人格を奪うために行われる儀式のようなものだ。
スタンリーも自分の名前を覚えていなかった。
202号というのは、彼以前に201人の前例があるということなのだろうか。考えるだけで胸がムカムカする。
「……わかった。かおをあげて」
猫耳男性はびくりと肩をふるわせて、ゆっくり顔を上げる。
猫目、という言葉の通り大きなツリ目に、通った鼻筋、小さな口。白銀の髪に紙のように白い肌。ほんとに猫系の顔立ちをした、美青年だ。レモン色の瞳に、ヒョウやチーターのような目元の縁取りは藍色で、それがまたエキゾチック。全体的に明るい色なのに、どこかエジプトやアラビアのような雰囲気。
「きみはもう奴隷じゃない。ここユヴァフローテツでしばらく、じぶんをとりもどすために努力してほしい。だから、そのために僕から名前をあげる。きみの名は、バドル。異世界の……砂漠の国の言葉で『満月』をあらわす名だよ。じぶんをとりもどした上できにいらなかったら、改名すればいいよ」
「自分を……取り戻す……?」
バドルと名付けた美青年は、困惑したように呆然としていたけれど、やがて頭を抱えて震えだした。




