7章_0100話_皇室舞踏会 1
商館の滑り出しは、まだ幹部候補たちの教育期間とあって問題らしい問題は起こっていない。
手始めに製紙業と砂糖、そして樹脂容器を白き鳥商団に任せることにした。既にトリューとトリュー魔石という確固たるボロ儲け事業がある俺にとっては、収益が目的というよりも次に繋げるための事業。
でも集まった幹部候補にとっては違う。
「帝国で、砂糖を!? こ、このような野心的な事業に関われるとは!!」
「環境に左右されない紙。可能性しかありませんね……なんということだ」
「わかっていないな、この樹脂素材。食料品から重工業に至るまで、全ての分野に影響を及ぼす新素材だ。この事業に関われることを、心から誇りに思う……!」
幹部たちは、お互い面識はごくわずかであったにも関わらず、すぐに共通の課題に向かって頭を突きつけ合って、これはもっとこーするべきだとかあーするべきだとかを話し合っていた。
場所はまだ白の館。
商館には一度全員で足を運び内覧をして、さっそく意見をまとめるために見て回りたいという話になったんだけど。さすがにまだ建設中で建物がニョキニョキ生えてきたりウゴウゴ動いて位置調整したりして落ち着かない。まだ俺の監視下でなければまともに立ってもいられない状態なので、しばらく白の館で執務してもらうことに。
「さすが商人は目的を与えると馴染みも行動も早い。問題なさそうですね」
「いまは理解のフェーズだからだよ。理解ができたら、意見がうまれてしょうとつがうまれるとおもうよ。そのときがみものだね」
ペシュティーノの言葉に俺がエラソーに言うと、その場にいた商人たちが一斉にこちらを振り向いた。そして何か言いたそうな顔をして再び話し合いに戻る。なんぞ?
「やはり本当に大人の魂が……」
「まだ覚醒エルフという線も……」
「出自は明らかです、本当に異世界の魂が……」
……幹部候補には誓言の魔法を施して、俺の正体は全部明かしてある。
ウィオラとジオールが魔法を施すところも、霧になって消えるとこも見たはずなのに。
まだ疑ってたんかい!!
まあべつにそこは頑張って信じさせるところじゃない。
熱心に話し合っているのは、いわゆる「元・商人組」だ。
獣人のセキレイ、ハイエルフのイルメリ、無機生命体のロロに大伯父のヘルフリート卿はその話し合いの輪から一歩下がったところで話し合いそのものを観察している。元御用商人、統括のトビアスが見守っているのは立場のせいだろう。
ま、白き鳥商団のことはしばらく放っておこう。
放っておいても色々進めてくれる存在として設立したんだもんね。
それよりも。
「ケイトリヒ様! 水マユの新しい衣装ができましたので、ご試着を」
ディアナの言葉に、数人の幹部が大げさに振り向いた。
「皇帝陛下に献上された水マユの衣装を!? ひ、一目でも構いません、拝見することはできないでしょうか?」
元やり手のバイヤー、オリバー・ボーデンシャッツが鼻息荒く立ち上がったが、トビアスが静かにそれを制した。
「王子殿下は、我らとは別格の尊いご身分である……気安く話しかけてはならん……意見をする際は……私か、側近のペシュティーノ様を通しなさい。……これは、最初に課されたルールであったはずだ。……忘れるような愚昧ではないだろう……?」
オリバーが慌てて跪き「申し訳ありません」と頭を垂れた。
尊大に見えたけれど、さすが貴族を相手に商売していただけあって弁えている。
「水マユはまだ白き鳥商団に渡せる段階にありませんので、その願いは聞き入れられません。が、殿下がお召しになったものを見るくらいは許しましょう」
ディアナが厳かに言うと、商人たちは全員目を輝かせた。
「ご配慮、痛み入ります。ご出立の際は、何卒お見送りをさせていただきたく存じます」
話し合っていた白き鳥商団の幹部たちは全員、俺に向かって深く頭を下げる。
……側近とはまた違う距離感、ちょっと面倒だな。
でも、こちらの2人だけは別だ。
「おーおじうえと、トビアスも、いっしょにこうしつぶとうかに出るんでしょ?」
幹部たちを見張るように険しい目をしていたヘルフリート・ファッシュ……お祖父様の兄で俺の大伯父は、俺を見ると蕩けるように笑顔を見せる。トビアスは……無表情。
「はい、殿下。銀行業は領の経済の根幹に関わる事業ですので、ご一緒します」
「はい。白き鳥商団の代表として随行せよと王子殿下の御命にございますので」
大伯父上もトビアスも、必要以上に俺を立てる。
トビアスに至っては、ほんとは父上から言われて参加するだけなんだけど「本来は王子の命令であるべきなんやぞ」と釘を刺してくるのも忘れない。ありがたいけどきびしい。
「う……うんむ」
俺が難しい顔をして頷いて見せると、大伯父上がニヤニヤ笑う。こういう顔、ほんとファッシュ家の男みんな似てる。
「殿下、こちらを。白き鳥商団の社章です」
ディアナがしゃがんで俺に小さな箱を差し出す。
パカリと蓋をあけると、うやうやしいビロード生地のクッションの上でオーロラ色に輝きながらもしっかりした意匠が際立つ、俺の指先サイズの……シマエナガ。
の、ピンバッジ。すごく小さいのに「白き鳥商団」の文字がしっかり見える。
「なにこれかわいい〜!」
「……社章です。その、皇帝陛下に謁見するおふた方に、下賜なさるためにお作りになったものです」
あっ、俺が作らせたテイね!
初めて見たけど、そういうね!
「おーおじうえ、はい!」
俺が無造作につまみ上げて大伯父上に差し出すと、「こういう場面ではトビアスから」と注意を受けた。すみません……。
「ごめん、トビアス。はい」
「……謹んで、承ります」
膝をついて、俺の肩より下に両手を差し出して受け取る。
ほんと儀礼的な行動って面倒。
大伯父上にも渡して、ふたりとも自分で襟元につける。
もっと儀礼的にやるとなると、俺が付けてあげるのが正しいんだけど。俺は自分のお洋服のお着替えも怪しいちっちゃなおててなのでちょっと遠慮します。
ぶきっちょだから針とかこわいし。
「さ、お召し替えいたしましょう。ヘルフリート卿とトビアス卿は、もう社章をつけたので出立の準備はお済みですよ」
「えっ! いそがなきゃ!」
ディアナに連れられて、おきがえ。
フリル多めのゴージャス王子衣装に着替えたら、トリューに乗ってラウプフォーゲルへ。
大伯父上とトビアスは、兵員用ではなく客員用の浮馬車に乗って。
兵員輸送用は40人乗で小型バスみたいにギュウギュウだけど、客員輸送のものは最大10人乗りで、飛行機のファーストクラスみたいにゆとりのある設計だ。
白い制服が眩しい魔導騎士隊を連れて、ラウプフォーゲル到着。
父上と、代母のラーヴァナと合流。
魔導騎士隊はラウプフォーゲル騎士隊と混合隊列。
さらに、今回は……。
「あの麗しい女性騎士はどなただろうか……騎士隊では見たことがないが」
「魔導騎士隊の騎士でもないのか? ……知ってることを教えてくれ」
「くっ……朝も風呂に入ってくればよかった……!」
音選するとそんな声が周囲からヒソヒソと聞こえてくる。
ギンコとクロルとコガネが、ヒト型のゴージャスグラマー長身女性の姿になってフルアーマー装備でラーヴァナの護衛として参戦したのだ。
名前に沿って白地のアーマーに銀、黒、金の飾りがついた女性三騎士。体格の良いラウプフォーゲル騎士よりも頭一つ背が高い事もあって、かなり目立つ。でかい。
騎士たちはプロフェッショナルだから目をハートにするほどではないが、ソワソワしてるっぽい。まあ顔以外が全部見えないフルアーマーとはいえ、あんな美人が3人もいたらそりゃあソワソワドキドキくらいするよね。
代母でドレスの護衛対象ラーヴァナと違って、会話する理由もあるし。
父上はひとりで、俺とラーヴァナとペシュティーノは同じ馬車に乗って、今はまだラウプフォーゲル領地だから安全。多少浮ついてても仕方ない。
ただ、転送陣を通って帝都についた瞬間から、騎士たちのあいだでその浮ついた雰囲気は消えた。さすがプロフェッショナル。
ペシュティーノは今回もウィオラの魔法で姿を変えてるらしいけど、俺にはどう変わってるのかわからないのでどーでもいい。
「主よ、舞踏会では妾も踊ってよいかの?」
「え、ラーヴァナ……おどれるの」
「ふふん、何年生きておると思っているのじゃ。ヒトの営みなど、難なくこなしてみせよう。昔は人里に降りて宴にこっそり参加したりしたこともある」
昔ってどれくらい昔だろ……精霊の時間感覚はかなり信用ならない。
しかも人里ってことは、きっと城とかじゃなく街や村の宴だよね。平民の踊りと貴族の踊りは違うことをペシュティーノが説明するが、ラーヴァナは謎に自信満々だ。
「父上がいいっていうならいいよ」
「主の父は許すに違いない。貴族の踊りは大人の男女で踊るものであろう?」
ペシュティーノによると、帝国のダンスはいわゆる中世ヨーロッパの社交ダンスとはすこし様相がちがっていて、男女ペアは推奨であって必須ではない。
なにせ女性の数が少ないからね。
さすがに手と手をつなぐ男女のダンスを同性同士が踊ることはないが、剣技を模した勇壮なダンスに、群舞のような可愛らしいダンスもあるんだそうだ。もちろん女性が勇壮な剣技のダンスを踊ってもいいし、男性同士で可愛らしいダンスをしても問題はない。
どちらもちょっと珍しいだけで、ペアであることだけが条件だ。社交ダンスのように身長差を気にしなくていいので、父と息子が踊ったり母と娘が踊ったりすることもある。
異世界、そういうとこ割とおおらか。
さすがに俺と父上は身長差がありすぎてダンスのテイを成さないので踊らないけどね。
うっかりしてると顔面にヒザ蹴りくらいそうで怖い身長差です。
ダンスの性差にはおおらかな割に、高い地位につくときには母親の立場である代母なる人物が必要だったり、観劇には女性同伴が必須なんていうややこしい習慣もあるわけで。
異世界に限らず、文化というのはところ違えばガラリと違うもんだ。
と、いうのを実感しているダンスホール。
ラウプフォーゲルの親戚会とはまったく雰囲気が違う。
そして、俺が以前皇帝陛下に謁見したときとも全然違う。
女性も男性もカラフルで装飾過多で重そうな衣装を着ているし、頭にゴージャスな羽飾りや宝石のコサージュをもっさり付けてる。下着のトランクスよりも短いショートパンツを履いて、ニーハイソックスの若い男性もいる。おじさんは流石にいない。
……ディアナの趣味は中央風だったのか。
俺たちが入場したときから、すでにダンスは始まっている。
開始前のウェルカムドリンクならぬウェルカムダンス。
前世の舞踏会がどういうものだったのか俺は知らないけど、どうやらサクラで踊るプロダンサーが紛れ込んでるっぽい。同じ相手とずっと踊ってるペアが3組くらいいる。
会場が賑やかだと誘いやすいし、話しもしやすいんだろう。しらんけど。
群衆をかき分けて父上にアイコンタクトを送りながら近づいてきたのは、おなじみ旧ラウプフォーゲル四主領のひとつ、グランツオイレの領主、フランツ・キストラーだ。
フランツィスカの伯父で、親戚会でもやたらと俺に絡んでくる顔なじみ。
俺と隣りにいるラーヴァナにもにこやかに笑いかける。
顔見知りだから俺も手を降った。
ラーヴァナの後ろにいるペシュティーノは、姿を変えた従者扱いなので空気。ペシュティーノは俺の世話役として入場しているけど、それ以外の護衛騎士は全員外で待機だ。
「フランツか、先週ぶりだな。最近はやたらとよく会う」
「ラウプフォーゲル公爵閣下ザムエル様にご挨拶申し上げます。今日はまた、今までにないほど華やかですね! ケイトリヒ殿下、そして代母ラーヴァナ卿。叙爵式では目礼だけでしたが、改めてご挨拶申し上げます」
フランツは父上から呼ばれるのを待って、改めて挨拶してくる。
貴族の間では爵位が下のものから上のものに声をかけるのはご法度。ラウプフォーゲルの身内同士の席ではわりとユルイが、中央ではしっかり守ってるみたいだ。
父上とフランツは何やら社交辞令的な挨拶に「これはトリュー工場の話かな?」みたいな隠語を潜ませてひとしきり談笑すると、俺とラーヴァナに向き直る。
「ケイトリヒ殿下、フランツィスカと文の交換をしているそうで、仲良くして頂きありがとうございます。聞けば、ラーヴァナ卿もフランツィスカを気に入ってくださってると聞き及びました」
キタ! 婚約者セールストーク!
「は、はい……あの、マリアンネ嬢とれんめいで届いたりするので、マリアンネ嬢ともやりとりしてますっ」
「キストラー家のフランツィスカ嬢、快活さと聡明さは聞き及んでおります。命属性が豊富な……ああ、いえケイトリヒには相性がきっと良いと存じますわ」
ラーヴァナいまなんか漏らした?
俺がセールストークをかわそうと必死になってるところに、父上がここぞとばかりにシュヴァルヴェ領主のフェルディナントを呼び寄せた。父上、どっちの味方なの!?
「これはこれは王子殿下、ご機嫌いかがですか? 我が娘マリアンネとも仲良くしていただいているようで、ありがとう存じます」
「はいあのでもフランツィスカ嬢とれんめいで……」
「ラングハイム家のマリアンネ嬢! 清廉さと思慮深さをあわせ持つ彼女もまた類まれな命属性を……いえ、ケイトリヒとは相性の良い令嬢ですわね、ホホホ」
ラーヴァナ?
「フランツィスカ嬢とは生まれた頃からの仲良しですからね、そうでしょう、そうでしょう。もしも結婚相手が同じであれば、マリアンネはフランツィスカ嬢とも家族になれるかもしれませんな!」
「フェルディナント様、気が早いのではありませんか! しかし我が姪フランツィスカも相手がマリアンネ嬢となれば第二夫人となってもよいと申しております故、将来が楽しみですなあ」
「はっはっは!」
「わっはっは!」
「……だ、そうだぞケイトリヒ」
父上がニヤニヤしてる。
わかったぞ、これはこの2つの領以外からの婚約打診を牽制する思惑があるな!?
なかみおとなですから! わかりましたぞ!
「はいっ。マリアンネ嬢とフランツィスカ嬢とは、コンヤクしても、しなくてもずーっとなかよくしたいです!」
ざわついていた会場が、俺の甲高い声が響くと一瞬シン……と静まった。
え?
目の前のフェルディナントとフランツの2人が、ものすごく満足げに、そして俺を我が子のように愛おしそうに見つめて頷いている。なんぞ?
「ケイトリヒ……」
父上だけがなんか複雑そうな表情。
え?? なに? なに???
「ザムエル様、この場ではそういうことでもよろしいかと」
「殿下にはおそらく今の言葉の意味がわかっておりません。しかし今は周囲に誤解させておきましょう。万一正式に事が運んだとしても、問題はないかと存じます」
「そうだな……恩に着る、フェルディナント、フランツ」
「いえいえ、我々は正式に事が運ぶほうがありがたいですから」
「同じくです」
父上がチラリと俺を見る。
えええ? さっきの俺の返事のどこかになにか不備があった!?
というか、婚約を確定するような返事だった!?
「ケイトリヒ、今まで割とうまくやってきたように見えたが……やはりこの手の会話は早かったか。まあ良い、其方の意志はともかく領主令息としては理想の相手ではある」
あとから聞いたが「ずっと仲良くしたい」は男女間ではほぼプロポーズ。本人同士の間だけで、プライベートな空間であれば俺の意図と同じ意味合いを持つこともあるけど、俺の場合状況がまずかった。
パブリックな空間で、相手の保護者と、だ。
「婚約してもしなくても」という安牌ひとつじゃ手立てが足りなかった。婚約せずにすぐ結婚という状況も、いくら幼くても公爵令息となるとありえない話ではない。
まあ、さすがにたった一言で婚約の確約となるわけではないようだが、聞き耳を立てていた貴族たちは間違いなく「王子のほうも2人の令嬢に対して気持ちがあるのだ」くらいには思われた、そうだ。
気持ちといわれましても。
実年齢は9歳だけど、中身はアレで見た目がコレですからね。
「皇帝陛下の臨御にございます」
高らかに宣言された言葉を聞いて、会場で踊ってたり喋ったりしていたヒトはみんな姿勢を正す。会場奥の階段に向かって全員が頭を下げると静かな足音が響き、低いテノールで「楽にいたせ」の言葉が聞こえると全員が顔を上げる。
「皇帝陛下の寿ぎを賜るものは御前へ」
宣言することだけが仕事みたいなヒトが高らかに言うと、父上は俺をラーヴァナに手渡して前へ出るよう促す。あれですね、次期領主候補指名の挨拶ってやつですね。
父上は俺たち2人だけを前に行かせるつもりだったけど、途中で気が変わったのかついてきた。俺を抱っこするラーヴァナの背に立ち、そっと肩に手を置く。
……ラーヴァナとは婚姻関係はないんだよね。いいのかな。
ふとラーヴァナの肩越しに後ろを見ると、俺と同じように小さな子どもを連れたひとや、緊張した様子の少年を連れている貴族。彼らもなんらか皇帝陛下に報告案件があるんだろう。
「ラングレー公爵」
「ラウプフォーゲル公爵。久方ぶりだ。殿下は、もう9歳になったのであったな」
横からバリトンボイスが聞こえてきたので振り返ると、白髪か金髪かわからないシブいイケオジが優しげな笑顔で俺のことを見ていた。身長は父上より低いのに、全体的にシュッとしててカッコイイ。モデルみたい。
コソッと、そのイケオジが声を潜めて俺達にだけ聞こえるよう話しかける。
「(いつぞやはヒルデベルトが無礼をして申し訳なかった。あれはいま諸々の理由で謹慎中ゆえ、しばらくそちらにご迷惑をおかけすることはないだろう)」
ヒルデベルト。カタリナの兄、ペシュティーノがぼんくらと呼ぶあのくるくる金髪巻き毛のヤベー奴。ヤベー奴だけど、数少ない俺の上に位置するその人物を呼び捨てるということは、このヒトは。
「ラウプフォーゲル公爵、ザムエルの子ケイトリヒ・アルブレヒト・ファッシュよ。此度は次期領主指名の祝いと共にローレライのカテゴリエ7のアンデッド討滅の多大なる功績を讃え、ここに帝国の武の名誉たる『四翼鷲章』を与えるものとする」
舞踏会の席は一瞬ザワッとざわついたものの、その後は大きな拍手で祝われる。
「ぱぱうえ、しよくしゅーしょーってなに?」
「武人に贈られる名誉ある勲章だよ。その上には『大勲位翼真竜章』とうものがあるが、皇帝以外で受章した者はたしか帝国建国初期に2人ほどで、300年ほど出ていないはずだ。四翼鷲章は事実上、帝国民に与えられる最高位の武勲章だな」
四翼鷲といえばラウプフォーゲルの家紋だからラウプフォーゲルにだけ贈られるものかと思いきや、そうではない。帝国の「武」を司るラウプフォーゲルから贈られるものという位置づけで、受章者には国民であること以外に制限はない。
ちなみに大狼牙章という勲章もあって、それは文化的な貢献をした人物に与えられるらしい。そして大狼というのはシュティーリ家の家紋だ。
「ケイトリヒ殿下、おめでとうございます」
横からイケオジのシュヴェーレン領主がにこやかに声をかけてきた。
……このヒトがシュヴェーレンの領主ということは……。
「あの……えと……じいじ?」
イケオジは俺の言葉にカッと目を見開いて胸を押さえたが、父上の顔色を伺うようにチラリと見る。やっぱりシュティーリ家と俺のつながりはかなりセンシティブ案件らしい。
「ケイトリヒ、その話は後でだ」
父上が冷たく言い切ったので、そこでの会話は終了。
「続いて、ラングレー公爵アランベルト・ヴォン・シュティーリ。孫息子のジャレッドを養子にするという件、皇帝ヴィンツェンツこの私が承認する。まだ若い直系男子だ、よく学びよく遊び、シュティーリ家を支える存在になるよう、しっかり教育するように」
……え、シュティーリ家の直系に養子?
じゃあヒルデベルトはどうなるんだろう。
「皇帝陛下、承認ありがとうございます。皇帝の剣であるラウプフォーゲルに並ぶ公爵家として、よく学び、よく識ることを誓い、帝国の益々の発展に尽力いたします」
ハキハキとした受け答えをした少年は、領主のイケオジから一歩前に出て丁寧にお辞儀をした。褐色の肌に褪せた金髪。瞳の色は……鮮やかなライムグリーン。
よく見るとイケオジ領主も深い緑色の瞳だし、たしかクルクルパー……じゃなくてぼんくらヒルデベルトも金髪に鮮やかな緑色だった。
振り向いた少年とバッチリ目が合うと、あちらからニコリと笑いかけてきた。
(ペシュティーノと似てる……と言っても、シュティーリ家は俺が知るかぎり、だいたい金髪と緑目だからな。領主とも似てるし、カタリナとも似てる)
俺もニコリと笑い返すと、嬉しそうにしてくれる。
続いて、俺達の後ろに並んでいた公爵以下の家の洗礼年齢になった子どもの報告と直系登録の承認、養子の報告と承認、次期領主候補指名の報告などが続いた。
大伯父上とトビアスの白き鳥商団設立についても、サラリと報告された。
子どもを連れてきてる家もあれば、連れてきてない家もいる。
父上のニュアンス的には、俺の参加は必須みたいな口ぶりだったけど違うのかな。
それとも公爵家は特別? ありえる。
皇帝陛下への報告が終わると、メインイベントの舞踏会の開始。
広間の片隅で生演奏をしている楽団を興味深く見ていると、俺を猫の子のようにペシュティーノに渡しているところに、シュティーリの養子少年が駆け寄ってきた。
「ケイトリヒ王子殿下! 来年から僕も魔導学院に通うんだ。よろしくね!」
「こら、ジャレッド。年下とはいえ既にケイトリヒ殿下は小領主。目上のご身分だ、言葉遣いを改めなさい。失礼した。まだ本家の教育が行き届いておらず……」
ジャレッド少年は急に顔を青ざめさせて「ごめんなさい」と謝ってくる。
こりゃぼんくら息子よりも、人格としてはすでに出来が良い気がするぞ。
「ゆるす! 公爵家どうし、なかよくしようね、ジャレッド!」
名を呼ばれたジャレッドは嬉しそうにすこしぎこちないボウ・アンド・スクレープをしてみせた。まあ俺より上手だろう。ちなみに俺はまだ習ってない。
「ラングレー公爵、一曲どうだ」
「! ……そうだな、光栄だ。だが私のほうがずっと年寄りだ、お手柔らかに頼むぞ。ジャレッド、世話役のところへ戻っていなさい」
父上とシュヴェーレン領主が2人、肩を並べてダンスホールへ。優雅に踊るペアは2人に気づいてさり気なく場所を開ける。曲調も、ワルツのような流れる調べからテンポを刻むようなものに変わった。
……おじさん同士も踊るのか。そうだよね、ダンスに性別は関係ないって話だし。
男同士の勇壮なダンスは、空手っぽい組手の演舞みたいな動きだった。
父上の動きはキレッキレだし、シュヴェーレン領主も負けていない。拳や手刀、蹴りのような振り付けは相手の体に当たるごくわずか先、いわゆる寸止めされている。
え、意外とカッコイイ……。
「父上も、ラングレー公爵閣下も、かっこいい!」
「わ! 私もそう思ってました!」
ジャレッドがキラキラした目で下から見上げるように同意してきた。
まだそこにいたのか。
「僕たちも、おおきくなったらおどりたいねー!」
「え! ほ、本当ですか? 僕もそう思います。約束ですよ!」
「ケイトリヒ様、いけませんよ。あれは同格同士が踊る儀礼的な演舞。今のジャレッド殿下に、ケイトリヒ様から将来のダンスを約束するのは邪推されかねません」
ペシュティーノが低いこえで窘めてきた。
「え」
「あ……ご、ごめんなさい……」
そういうのめんどー! 貴族のしきたりめんどー!
子どもの社交辞令が政治的なものに関わるなんて面倒すぎる。
「ジャレッド殿下、お早めに世話役の元へお戻りください。それと、父君がいらっしゃらないところで軽々しく謝ってはなりません。さあ」
ペシュティーノが促すように掌を指した方向には、大狼の家紋のついたサッシュを身に着けた男性文官が控えている。ジャレッドの世話役だろう。
俺が床に降り立つと、ジャレッドが丁寧に頭を下げた。
「ケイトリヒ殿下。名残惜しいですが、私はこれにて失礼します。魔導学院でお会いしましょう」
「ジャレッド殿下、おげんきで」
顔を上げてニコリと笑いあって、ジャレッドは離れていった。
「ラーヴァナ卿、一曲お相手いただけますでしょうか」
グランツオイレ領主フランツが、ペシュティーノの後ろで気配を消していたラーヴァナを誘ってきた。ラーヴァナはフランツを検分するように上から下まで見つめる。
「其方、北の裾峰の守護者か」
「……? た、多分そうだと思います。グランツオイレの首都が広がるゲヴァイクリフ峰はフォーゲル山の北に位置しますから、おそらくですが」
「ラーヴァナ卿、フランツの後には私、フェルディナント・ラングハイムと是非、一曲お相手ください」
「ラングハイム……ほう、裾野のマグマ溜まりの平原の主か。マグニートと友好関係を維持する、良き領主だ。褒めてつかわす」
ラーヴァナは先に申し込んできたフランツにエスコートされながらダンスホールへ。
男女のダンスはやっぱり優雅で……見慣れてる。というか、フランツもラーヴァナもすごく上手だな。前世でいうプロ級なんじゃなかろうか。
「僕、おんなのことあんなふうにおどれるようになるかな……」
目下の心配は身長だけど、それ以外にもなんかいろいろ問題がありそうな気がしてきた。
「王子、マリアンネもフランツィスカ嬢も、教師が舌を巻くほどにダンスが得意ですからご心配なく。きっと上手にリードします」
リードって男性がするんじゃないの?
そういう部分もこちらの世界ではおおらかなのかな。
まだわかんないけど、将来の不安がひとつ増えた舞踏会だった……。
100話到達、ありがとうございます。
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