1章_0010話_魔法と精霊と従魔 1
「ピキー!」
「キュウ! キュウ!!」
「アルジ、アルジ!!」
「ピャーン!!」
「アルジー!」
「ピキャー」
聞いたことない電子音みたいな、ハムスターの鳴き声のような……でもなんか喋ってたような気もする音が、顔の周囲で一斉に鳴る。そして、視界が真っ暗です。
バランスを崩してソファにコロンと転がった気がするけど、それでも視界はかわらず。
どういう状況?
「ケイトリヒ様!」
「えええ? ……え、えええええ!?」
「な、どういう……これは、フワムクか?」
「これは何事だ? 一体何が起きたんだ、これは精霊漿の変異体か?」
なんだか周囲も状況わかってないくさい。
ところでなんで視界が真っ暗なんだ?
顔がふかふかするので何かがくっついているようだ。手を当ててみると、モフッとふかふかの毛の感触。ラビットファーみたいな? もそもそと手を動かして触ると、バスケットボール大のモフモフがいくつも顔にくっついているようだ。なにこれ?
ムギュッとひとつ掴んで顔から話すと、両サイドから新しいモフモフが顔を覆う。
……見えない。
「もー! 見えない! 離れて!!」
俺が叫ぶと、パッと視界がひらけた。
ソファの上で体を起こすと、見えたのは少し離れたところで心配そうに見ているペシュティーノと、顔の周囲にふわふわと漂う、カラフルな丸いモフモフ。
「……なにこれ?」
「け、ケイトリヒ様。お怪我は!?」
駆け寄ってきたペシュティーノが俺の足元をしきりに確認する。チラリと見ると俺の足元には、粉々に割れてつぶ状になった……おそらくガラス瓶の名残が散らばっている。
車のフロントガラスみたいだね?
「大丈夫……このモフモフって、もしかしてこのガラス壺の中のモノですか?」
「そのようです。ああ、心配しました」
ペシュティーノが俺を抱き寄せてギュッとしてくるので、俺もギュのお返しと、髪の毛スンスン。あーペシュティーノの匂いは落ち着く。
「キューキュー」
「ピキー」
理解が追いつかなくて、つい意識の外側に追いやっていたモフモフが存在感を主張するように鳴く。空中でポンポンと跳ねていて、見ようによっては、なんというか……角度によって足とかしっぽが見えないポメラニアンみたいにも見える。いや、顔はないんだけど。
浮いてるけど。青とか赤とか黄色とか、原色系の色合いだけど。
「これ、なに?」
「私にもわかりません」
周囲を確認すると、ローヴァインさんはただでさえ悪かった顔色がほとんど蒼白に、俺と対峙していたウルリヒさんはテーブルの上に敷いてあった布を掴んで呆然としている。
「あの……これ、なんですか? モフモフ」
その場にいたペシュティーノ以外の人物に聞いても、誰も答えてくれない。互いに顔を見合わせたり、俺と同じようにどこか意識を飛ばしているようなヒトばかり。
挙句の果てに魔術師のひとりが「わかりません」と力なく答えた。
えー。中央研究所の魔術師なのにわからないの。
「えーと……キミたちは、なに?」
「ピキーッ! ピキッ! ピキキー!」
「アルジ! アルジ!」
「プァー! プキー! キー!」
「け、ケイトリヒ様……これらは何か喋っているのですか?」
「いえ、全然わからないです。キーキー聞こえるだけで。本人たちは何かコミュニケーションをとろうとしてるのかもしれないけど」
2匹|(2体? 2個?)ほど「アルジ」と鳴く個体がいるけど、それ以外意味のある言葉が聞こえない。「アルジ」にも本当に意味があるのか、そういう鳴き方なのかも謎。
「精霊漿が……」
ウルリヒさんが粉々になったガラス壺を呆然と見つめながら、所在なく手元の布をいじっていると他の魔術師が「ウルリヒ、その封印布……」となにかに気づく。
「封印魔法陣が、消えて……跡形もなく消えて、います」
「これは魔力で精製された特殊な染料で描かれていたはず」
「本当に、精霊漿が精霊に?」
ペシュティーノはローヴァインさんや他の魔術師の衝撃を意にも介さず、俺を抱き上げて冷ややかに宣告する。
「今回の検査内容については御館様に詳細に報告させていただきます。私が中断を要求したにも関わらず強行したこと、問題にしますよ。それに謎の精霊にケイトリヒ様を襲わせたことについても、改めて説明と責任を追求します」
「そ、そんな! ヒメネス卿、ご無体にございます。故意でないことは明白なはずです!ファッシュ家のなかにありながらシュティーリの傍系である貴方が世話役をしていると聞いて、我々が選ばれ……お待ち下さいッ!」
抱き上げられた俺のあとを、モフモフが6つ。ふわふわとついてくる。
「そちらの事情など存じません。この球体をどうにかしなさい!」
ペシュティーノの怒声に弾かれたように、魔術師たちが慌ててモフモフを捕まえようとするが、彼らの手はモフモフに触れることもできずすり抜ける。
「実体化したかのように見えますが、触れません!」
「これは我々ではどうしようも……」
「ケイトリヒ様は手で掴んでいたでしょう」
ペシュティーノが再び魔術師たちを叱りつけるように言うけど、明らかにモフモフをすり抜けているのが目に見えて確認できるので、それ以上責められない。
ペシュティーノが手を伸ばして長い指で緑色のモフモフをギュム、と掴む。
「……触れられるではありませんか」
緑色のモフモフはなぜか嬉しそうにピキピキと鳴いてフカフカと呼吸するように膨らんだり縮んだりしているけど、他の魔術師たちがそれに触れようとしても指がすり抜ける。
「私と、ケイトリヒ様だけが触れられるということですか?」
「現状を見る限り、そのようです。決して我々の意志で襲わせたわけでもなければ、付き纏わせているわけでもありません! どうか信じてください! ラウプフォーゲルや王子殿下に対する敵意は何もございません! ペシュティーノ殿は我々魔術省とラウプフォーゲルの架け橋になっていただけるのではなかったのですか!?」
ローヴァインが悲壮感さえ漂う様子で膝をついてペシュティーノにすがりつく。
「……ケイトリヒ様、これらに聞いてみてください」
「彼らの命令でつきまとっているのか、って?」
「ピキー! ピキャッ! キュウ、キュウー!」
「アルジ、ピキキッ!」
「……言葉はまったくわからないんですけど、ただ確実にわかるのは、このモフモフたちは僕のことがすごく好きみたいです。なんか、すごく好かれてる気がします」
「ピャー! プププ!」
「アルジ! サスガ!」
「ムミー!」
なんか喋った気がする。
「……とにかく、危険はないのですね?」
「たぶん」
「ではケイトリヒ様の命令はききますか?」
「どうだろ? えーっと……せいれつ!」
俺が言うと、ふわふわと漂って一直線に並んだ。
「おお!」
「やはり意志があります。精霊になりかけているのでは!?」
「理由はわかりませんが、ケイトリヒ王子殿下を、主として認識してしまったのでは?」
あっ。「アルジ」ってそういう意味!?
わからないけど、魔法陣が見えていたことは絶対秘密になったことを考えると、モフモフたちがなんか喋ってる気がするのも俺しか気づいてないみたいだから今は黙っていたほうがよさそうだ。
「とにかく調査団の方々はこちらで待機を。私はケイトリヒ様の状況を御館様にご報告する義務がございますので、一旦失礼します」
ペシュティーノは一切感情のない声で冷たく告げると、俺を抱っこして部屋を出た。後ろからガノとジュンとエグモントと一緒に、6つのモフモフが一列になって着いてくる。
なんかすごくファンシー。
「ガノはさわれる?」
俺が一番近くにいたガノに聞くと、ガノは物怖じする様子もなく、一回り大きな黄色いモフモフに手を伸ばし、むんずと掴んでボールを抱えるように両手の中に。黄色いモフモフは、やっぱり嬉しそうだ。
「……触れられます、ね」
ジュンもつられて緑色のモフモフを両手で捕まえる。触れられるみたいだ。緑色は触れられるのが好きなのか、嬉しそう。
エグモントは触れる事自体に及び腰のようだが、恐る恐る指でつつくと青いモフモフが指の動きに合わせて揺れる。彼も触れられるみたい。
ちなみに青いモフモフからは、黄色や緑から感じた喜びみたいな感覚は感じない。
触り方とか相手に好みがあるのかな?
「どういう基準で出る差なのでしょうか」
エグモントが紫色のモフモフをつんつんと突きながら呟く。紫も無反応。
やっぱ突かれるのはイヤなのかな? でもイヤだという感覚もない。
「魔力ではなさそうですね。彼らは皇帝陛下直属の魔術師、少なくとも我々よりも魔力は高いはずですから……あ、この赤いのは少し、あたたかい気がします。【火】の精霊でしょうか?」
ガノが赤いモフモフを両手で包むようにしながら言う。赤は、黄色や緑のように喜んでいるというよりももう少し控えめなポジティブ感情だ。
好ましい? きもちいい? みたいな?
「予想以上に想定外の結果になりました。しかし調査団に責任転嫁しておいたので、今後少しは有利に事が運べるでしょう」
ペシュティーノが俺の耳元でコッソリ俺にだけ話す。さすが交渉上手。
なんとなく俺のせいな気もするけど、あれだけペシュティーノがキッチリ怒鳴り散らしておいたから子供の俺に責任を問うような真似はできないだろう。
「……なんだその毛玉は」
報告のために父上の執務室に入るなり、父上が放った第一声がこれだ。
まあ気になるよね。
カクカクシカジカと説明するが、それでもモフモフの正体は謎のままだ。
「予想ではありますが精霊漿が何らかの影響で精霊に近いモノに変異したかと」
「その何らかの影響というのは、ケイトリヒが原因である可能性が高いということか?」
頭の上に乗ったり、頬にすり寄るようにまとわりついたり、抱っこされている俺のお腹のあたりに群れたりと好き放題のモフモフを父上は目を細めて見つめる。
……まあ、気になるよね。
「どうやらケイトリヒ様を主と認識している可能性があるかと存じます」
「危険がないのならば放っておけ、なかなか可愛いではないか」
「プキュウ」
「サスガ! アルジ! チチ!」
「ミャムー」
またなんか喋った。なんか喋れるやつがいるな?
これペシュティーノには言うとして、側近騎士がいる前で言っても大丈夫かな?
まだちょっと判断がつかないので、コッソリ耳打ちすることにする。
「ペシュ、この毛玉のどれか、なんか喋れるやつがいるみたいです」
「……聞き取れるのですか?」
「断片的、ですけど」
「なんと話しているのですか?」
「僕のことをアルジと呼んでます」
「答えが出ているではありませんか」
え、そーなの?
「……御館様、これらはおそらくと申しますか、ほぼ確実に生まれたての微精霊から半精霊クラスの具現化精霊で、ケイトリヒ様を主とした従属精霊です。ヒトと契約しているので実体があり、何らかの条件のもと触れることも可能ですが、条件はわかりません」
精霊はヒトと契約すると実体を得るの?
初めて聞く情報が多いんですけど。
「ケイトリヒ様にはまだ精霊についてご存じないかと思いますが、精霊の主となるのは歴史的快挙とも言えるほどの慶事です。しかも基本属性に上位属性の光と闇まで含めた全属性。調査団の前で黙っていてくださったのは賢明でしたね」
「つまり、その……毛玉は、ケイトリヒに危険はないのだな?」
「むしろ主であるケイトリヒ様をお守りする存在となるでしょう。しかし正体を周囲に知られるのは危険が伴います。ただ流石にこれを隠すのは無理がございますので、何らかの説明をつけなければならないかと存じます……ケイトリヒ様、契約した精霊は霊体化して主の肉体を依り代に姿を隠すことができるはずですが、いかがですか?」
「いかがですか? と言われても? レイタイカ? ヨリシロ?」
理解が追いつきませんよ?
「アルジ、アルジ! ケイヤク! ナマエ!!」
「ピキュウー!」
「ナマエ ツケル ケイヤク カナウ」
いま文章喋ったやついるな!
どうやら言葉を喋っているのは6つの中でも大きめの2つ、黄色と紫だ。
「なんか、名前をつけてほしいみたいです。そしたら、契約されるって」
「えっ、今は契約されてない状態なのですか?」
「僕としては契約したつもりはないので、多分してないと思いますけど」
「では何故……いえ、理由を考えても詮無きことです。精霊との契約は、全ては精霊の気分次第。きっと精霊たちがケイトリヒ様を……猛烈に気に入ったのでしょう、多分」
歯切れ悪く納得したみたいだけど、わからないものはしかたない。
「ナマエ! ナマエ!」
「キャプー! ケププ!」
「精霊って、普通はこういう毛玉の姿なの?」
「いえ、普通は自然界の虫や獣に似た姿をとることがほとんどです。この精霊は精霊漿から生まれた特別な精霊ですので、何かを模すような情報がないのかもしれません……強いて言うならば、フワムクに……似ているかもしれませんが」
フワムクってなんぞ?
「ケイトリヒ、命名してみるがよい。どうなるか父も興味がある」
精霊と契約するのは危険なんじゃないの? でも隠せればなんとかなるかな?
でも虫の姿はイヤだな。絶対チョウチョとかトンボとかやめてよね。俺、虫苦手だから。
「ええっと、じゃあその大きな紫は」
バスケットボールほどの大きな紫色の毛玉が勢いよくボム、と俺の顔に飛び込んでくる。
「ナマエ イノチ ナイショ」
契約名は精霊にとって命の名前に等しいので、命名は精霊の個体と主である俺、ふたりっきりの儀式であるべき、と何故か明確に理解した。
がしっと両手で紫の毛玉をつかみ、ズムン、と口をつけて直ぐ側にいるペシュティーノにも聞こえないほどの小声で囁く。
「(お前の名はウィオラーケウム)」
紫色は、【闇】属性。単に暗い空間を示すだけでなく、精神と時間を司る属性。
名付けた瞬間、紫色の毛玉は「ポムッ」と間抜けな音を立てて、両手に収まるくらいの小さな布に、紫色に光る羽根が生えた妖精っぽいものに変身した。
布はパーカーのフードみたいに丸いものに被さったような形になっているけど、その中身は不自然に真っ黒。そこにピカッ、とつぶらな瞳が現れる。
『名を賜り、感謝申し上げます、我が主』
「しゃべった!! しかもすごくリューチョーに!!」
「珍しい見た目ではありますが、精霊らしい姿になりましたね。声はケイトリヒ様にのみ聞こえるのですね。残念ながら我々には聞こえません」
「なんと、精霊の声はケイトリヒにしか聞こえぬのか」
ペシュティーノと父上が言う。
え、俺にしか聞こえないの!
アブナイひとみたいになっちゃうじゃん!
『我々、主精霊は主たるヒトと契約を交わせば、先程の随臣が申したとおり姿を消すことが可能にございます。他の同胞にも、どうか命名を』
両手に収まるほどの黒っぽい紫の精霊ウィオラーケウムは低い男声で難しい言葉を流暢に喋る。見た目とのギャップよ。
「そうなんだ……うーん、わかった。考えるね」
「精霊と話しているのですか?」
「なんと申しておるのだ?」
ペシュティーノと父上に説明すると、今すぐ命名しろという話になった。
姿を消せるなら、調査団には「精霊未満の精霊漿の変異体は霧散した」と言い張れるらしい。大丈夫かな。
『アルジ! ナマエ! ナマエー!』
ドムン、と顔に黄色い毛玉がぶつかってきたので、そのまま命名する。
黄色は【光】属性。光源というだけでなく、電気や物理エネルギーそのものを司る。
「(おまえの名はジオールトゥイ)」
ポン、と音を立てて、ふわふわのレモンイエローの毛玉に謎のフサフサがついた、黄色く光る羽根がついたものに変身した。これは……あまり毛玉のときと変わってないけど?
『わあい、ボクの、ボクだけの名前! ジオールトゥイ! いいね、うん、すごくいい! ボクもりっぱな精霊になれたんだねえ、ありがとう主!』
あれ、なんかだいぶウィオラーケウムと性格ちがうね? もう既に個性があるのか。
属性による性質みたいなものかな……。
他の精霊もどきにも次々と名前をつけて、毛玉とは別の姿に変身していった。
【土】属性精霊の名はバジラット。鉱物や岩石、広くは土や植物を司る属性は、石に羽根が生えたような姿に。
【風】属性精霊の名はアウロラ。空気と音を司る属性。まんまるでド派手な鳥の姿。
【水】属性精霊の名はキュアノエイデス。その名の通り水を司るが、何でも取り込み何にでも溶け込む水はとても範囲が広く、海水や蒸気、氷などを自由に操るのは難しい。空中に浮遊した水が、ふとっちょ金魚のようなフォルムの姿に。かわいい。
そして【火】属性精霊の名はカルブンクルス。火と熱を司る属性で、見た目は火の玉に妖精っぽい羽根がはえた、ひねりのない姿だ。
『バジラットか、気に入ったぜ。うん、いいじゃねえか』
『あーしの名前はアウロラ! えへへ、アウロラ!! なーんでもきいてね!』
『美しい響きの名を頂きました。小生の名はキュアノエイデス……お呼びの際はキュアとお申し付けください』
『カルブンクルス! カルブンクルス! カルは主ノ子! カルはアルジ、守る!』
なんかひとり、微妙に進化してないやつがいる気がするけど、いきなり全員個性的。
アウロラとジオールがちょっとキャラ被ってるけど、ジオールは若い男声、アウロラは完全に女の子の声なので聞き間違いがない。バジラットは微妙にハスキーな男声、キュアは性別不詳の落ち着いた声、カルは子供のような声だ。
「声で……だいぶ、なんだか性格が……」
「ケイトリヒ様、精霊の姿を消してみてください。調査団の魔術師から気取られないほどに気配を消すことが可能か、試してみましょう」
体をヨリシロに、って言ってたけど、6つも俺の体に入っちゃうと混ざったりしない?
『も〜主、そういう心配すると本当になっちゃうから』
『主の感覚で混ざらないと認識できるような部分に宿ることにしましょう』
『髪の毛にしよっか? 髪が6色になるけど大丈夫?』
『目立ちすぎるでしょう』
『指でいーじゃん』
『ゆび……ツメ? にじゅっこアル。どこにスル?』
なんか会議してる。両手に包まれるくらいの不思議生物たちがふわふわ漂いながら会議してる。おもしろい。
髪に宿ると髪の毛が6色のなるの? 白髪より目立つじゃん。ファンキー過ぎる。
爪に宿ったとしても、色がかわるのかな。だったら手じゃなくて足のほうがいいかもしれない。左の小指から順番に?
『足は……主の感覚から遠いから、手がいいなー』
『左の小指から順番に宿ると、左手に5体、右手に1体とアンバランスになります』
『できれば左手3体、右手3体ってしてぇトコだよな、やっぱ』
『爪に色が宿るのが好ましくないようであれば、指輪のような装飾品の形態を取ることも不可能ではないかと思いますが』
『装飾品となると……主の肉体から生成するにしろ、別物質として宿るにしろ、現状では我々の技量が不足しています』
『アゥ……ぶっしつ、むずかしい。ツメがいい……アルジのツメ』
「ケイトリヒ様、精霊たちは何と言っているのですか?」
「何やら小さな動物が鳴くような声しか聞こえんが、喋っているのか?」
「僕の体の、どこに宿るかで会議中です」
ペシュティーノと父上が顔を見合わせた気配がするけど、とりあえずスルー。精霊たちは話し合いの末、俺に両手の薬指、中指、人差し指の3本ずつに宿ってはどうかと提案してきた。小指と親指を省いたのはツメの大きさが違うので不平等だから、らしい。大きさで不平等って意味分かんないけどたしかに小指の爪は小さいし、親指の爪は大きい。
「爪にしたいということなんで、爪にしてもらいますね」
ペシュティーノに抱っこされたまま精霊たちに両手をかざすと、精霊たちはふわりと霧になって、両手の指の爪先にそれぞれ集まっていく。不思議な光景。
「ほう……これは」
「完全にコントロールされています、素晴らしい。本当に、ケイトリヒ様は精霊の主となったのですね」
左手の爪が左から黄色、茶色、水色、右手の爪は左から緑、赤、紫。
教科書でみた属性表と同じ並びだ。
うっすら爪の根元から半透明に色づいているので、意外と目立たなくてキレイ。
「おやまあ、宝石のような爪になりましたね。よく見ないと、遠目ではわかりません」
「どれ、見せてみよ。……ほう。ケイトリヒの爪は、ちいちゃいのう!!」
父上のでっかい分厚い手とペシュティーノの蜘蛛のような長い指が俺のマシュマロハンドをふにふにといじりながら爪を見る。宝石のような爪とは、いい言い方ね。
「御館様、ケイトリヒ様をお願いします」
「うむ」
俺は父上の分厚い胸板に預けられ、少し離れたペシュティーノが腰のホルダーから杖を引き抜いてその杖先を自らの額に当てる。
「失礼します……探知」
全身の表面を、さわりとなにかに撫でられたような感覚。なんだか気色悪い感覚。
ペシュティーノが杖先から何か空気……だか波動だかを放出していることがわかる。
(気持ち悪い)
と思った瞬間、脳内で渋い男声が話しかけてきた。
(遮断しますか?)
え、なにこのテレパシー的なやつ! これが意識に直接語りかけています……みたいな状態か!! ネットミームで見たことある! おっけー、できるなら遮断してみて!
(御意。「遮断」)
体中を這い回っていた何かをブチン、と無理矢理引き剥がしたような感覚。ペシュティーノが体をビクッと震わせて驚いた顔で俺を見る。
「け、ケイトリヒ様……今、何をされましたか!?」
「ええっと、なんだかサワサワして気持ち悪いと思ってたら精霊が『遮断しますか?』って話しかけてきたから、遮断してみた」
「遮断……? そんな魔法は教本にありませんが……というか、探知が体感で察知できるとは驚きです。しかし今の方法では強引すぎて、術者に遮断されたことを悟られてしまいます。まだお教えしていませんが、精霊を介すならば隠密を使えますか? やってみてください。探知」
再びサワサワした感覚が俺を包む。
(隠密では主の存在は察知されます。秘匿ではどうでしょう)
「ペシュ、精霊が隠密ではなく秘匿ではどうかって言ってる」
杖を額に当てて瞑想するように目をつぶっていたペシュティーノがくわっ、と目を見開いて俺を見る。
「……そんな魔法は教本には……いえ、知らないからこそやってみましょう。精霊の言う通りに使ってみてください」
(人の世では随分と失われている魔法がございますね。秘匿)
「おおっ!?」
俺を抱っこしていた父上が急に声を上げた。なんぞ?
「ど、どういうことだ。確かに抱っこしている感覚はあるのに、透明になったぞ!?」
「……探知でも魔力どころか、存在そのものが探知できません。ケイトリヒ様、魔法を解除してください。その魔法では不自然なうえに高度すぎます」
(魔法を解除してくれる? ええっと、この声は……ウィオラーケウム?)
(御意にございます。差し出がましく提案してしまいましたが、人の世の事情を全く考慮しておらずお手数をおかけしました。解除。我々、精霊の影響を他者に知られぬようにしたいという思惑があるのですね。では影響範囲を主の御身に宿る精霊の力に限定して、隠密)
「おお、見えた。ケイトリヒは、もうこんな魔法が使えるのか」
「僕が使ったわけではなく、精霊が僕の代わりに魔法を使ってくれたんです」
ペシュティーノが杖先を額に当てたまま、中空を見つめて再び目をつぶる。相変わらずさわさわと、肌の上を薄い布がなびいて触れるような感覚が続いていて、段々とその感触が強くなってくる。薄い布が分厚い布に、肌に押し付けられるような感覚に。
「ものすごく探知されてる」
「ええ、感度を高めました。一応、申し上げておきますが高位の宮廷魔術師がわざわざ探知で反撃でもしないかぎり自分が探知されているとはわかりませんからね? ……この、隠密は……完璧ですね。精霊の影響はまったくなく、ケイトリヒ様の存在はしっかり把握できます。隠密の痕跡にも触れられないとは、魔法の精度は宮廷魔術師以上ですね」
ペシュティーノが探知をやめたのか、サワサワした感覚が消えた。
「ペシュティーノ、宮廷魔術師以上だと?」
「ええ、間違いありません。魔力量においても、魔法の精度においても圧倒的に宮廷魔術師を既に凌駕しています。他の秘匿する能力と比べたら地味ではありますが、調査団からしてみれば最も身近で驚愕できる能力かと」
「秘匿すべきだと考えるか?」
「……悩ましい点にございます。後ほど改めてご相談させて頂けますでしょうか」
父上が猫の子のように俺を抱き上げてペシュティーノに渡す。
あの、僕……歩けますけど?
「ひとまず調査団のほうには、精霊出現の混乱の責任をとってもらうと厳しめに糾弾しておきましたから、今後の交渉はどうぞお任せください」
「うむ。ではすぐに対応策を話そうではないか」
なんだか談合してる。
俺はペシュティーノからさらに執務室外に待機していたガノに手渡され、部屋に戻るように言われたので退散。父上とそのまま話し合いに入るらしく、ペシュティーノを執務室に残して、ガノとジュンとエグモントの4人でピロティの渡り廊下を歩く。
彼らは父上の執務室の外で待機していたので、一連の出来事を全く知らない。
執務室から俺を手渡されたとき、6色の毛玉が消えていたのに何も聞いてこないのはアレですか、オトナの対応ってやつですかね。
「ケイトリヒ様、魔法や魔導を習う学校には興味ありますか?」
ガノが突然聞いてきたので少し考える。
「魔導学院のこと? 学問の内容は大したことないってペシュに聞いたし、僕の先生は主席卒業のペシュだからあまり興味ないけど……」
前を歩いていたエグモントがちらりと振り返って俺を見る。
ジュンは会話に興味ないのか、周囲を用心深く見回している。
「……友達みたいなものは、ちょっと欲しいかなあ? どうして聞くの?」
「いえ、今後そういう話が出るのではないかと思っただけです」
今後? 今回の調査団の調査で? なんでだろ?
「御館様とペシュティーノ様は調査団の方々とお話があるようですね。午後は予定通り音楽の先生をお呼びしても大丈夫ですか?」
「うん」
側近騎士の3人の中では、どういうわけかまるわかりだけどガノが中心になっている。
ペシュティーノが用事を言いつけるのもガノだし、俺が最初に呼ぶのもガノ。
エグモントは最初こそ不満げだったが、あまりにもガノが卒なくムダ無く手際よく仕事をこなすので、最近はムダな対抗意識で引っ掻き回すよりも見て学ぼうという姿勢。
いい関係だね。
父上とペシュティーノの会議がどうなったのかは気になるけど、まあそれは決まったら話してもらえるでしょ。
さて、いろいろあったけど午後もお勉強だ!