後
一通り仕掛けを作り終えたところで、グランは先に宿に戻ることにした。
夕食の支度をしなければならないからだ。
宿の主人はグランの料理をすっかり気に入ってしまったらしい。
料理を作る代わりに宿代はただでいいと言うので、グランもひきうけることにしたのだ。
皆残って、灯火式を見てから帰ると言う。
少し残念だったけれど、こればかりは仕方ない。
荷物を片付けていると、マリエも一緒に帰ると言い出した。
「なんで?
せっかくなんやし、灯火式、見ておいでな?
ミールムもフィオーリもおるんやし、心配するようなこともないやろ?」
マリエひとりでは心配だが、仲間たちも一緒にいるなら心配はない。
グランがあっさりそう言うと、マリエはどこか淋しそうな顔をした。
「お師匠様と、一緒に帰ります。」
「帰ったって、ご飯、作るだけやで?
べつに、面白いこともないで?」
「お料理を習わないといけませんから。」
「今日は灯火式に合わせてちょっと変わった料理するから。
あんまり汎用性はないし、習うたって仕方ないで?」
「ちょっと変わった料理なら、なおさら、今日、習っておきたいです。」
マリエの言うことにも一理ある。
グランは、ふむ、と腕組みをした。
「・・・ほんまにええのん?灯火式?」
そう尋ねると、マリエは、嬉しそうに、はい、と頷いた。
「灯火式こそ、一回一回違うんやし。
特に、今日のはもう、二度と見られへんくらい、すごいやつやで?」
「・・・どうなるか、仕掛けを作りながらお師匠様が全部話してくださいましたし・・・
もう分かっているから、見なくてもいいです。」
あっちゃー、とグランは額をかかえた。
「それは、悪いことしたな。
つい、嬉しいて、全部、言うてしもたんや。」
ここをな、こうしたら、花が開くねん、とか。
祭壇に灯をつけたら、ここがこう動いて、鐘が鳴るねん、とか。
極めつけに、鐘の音を合図にして、屋根から花火が上がる、とか。
うっかり全部、話してしまったのである。
「・・・ごめんやで。
物作るモンの性やな・・・」
ついつい、自分の作ったものは、人に説明したくなってしまう。
秘密にしておいたほうが楽しい、と分かっていても。
マリエは笑って首を振った。
「お師匠様のお作りになる物は、なんでも面白いです。
仕掛け物も、お料理も。」
「・・・そうか。
ほな、帰って、ケーキでも焼こかなあ・・・」
グランはそう言うと、マリエとふたり、先に帰ることにした。
***
金色の夕日の照らす道を、マリエとグランは、ふたり歩いて帰る。
冬晴れの空はすっきりと晴れ渡って、その分、今夜は冷えそうだ。
灯火式を皮切りに、聖誕祭の祝祭の日々が始まる。
人々はぎりぎりまでその準備に追われ、皆、急ぎ足で歩いている。
目抜き通りには、屋台が軒を連ね、きらきらした飾り物や、美味しそうな食べ物を売っていた。
「ううう。ええお天気やけど、それにしても、寒いなあ。
ちょっと、ぬくもっていこか。」
ちょうどそのとき、辺りを漂う甘いスパイスの香りに、グランは鼻をひくひくさせた。
「お。ええもん、売ってるやん?
嬢ちゃん、ホットワインとか、どない?」
「ワイン、ですか?」
「嫌い?」
「飲んだことがないので、分かりません。」
「ほんなら、いっぺん飲んでみいや。
甘くしてあるし、アルコールも飛んでるし、大丈夫やろ。」
グランはそう言うと、屋台でホットワインを二杯、買ってきた。
「ほな。ちょっと早いけど、聖誕祭おめでとう。」
「おめでとうございます。」
ふたりしてコップを打合せ、あたたかいワインをすする。
「ぷは~、やっぱ、聖誕祭はこれやな。」
「・・・あ、あったかい・・・甘くて・・・美味し・・・」
最初は恐る恐る口にしたマリエは、そのまま止まらなくなって、ごくごくと一気に飲み干してしまった。
「え?嬢ちゃん?
そんないっぺんに飲んで、大丈夫か?」
慌ててグランが止めようとしたけれど、ちょっと遅かったようだった。
「ふ、ふへへ~。だいじょ~ぶ~、です~・・・」
マリエは、突然、フィオーリのような笑い方をしだしたかと思ったら、にへら~っと、首を傾げた。
「おいし~、です、ね~、おし、しょ~、さ、ま~・・・へへへ~」
両手を広げ、くるくる~っと回って、はい、ポーズ。
「いや、はい、ポーズ、やないで?
大丈夫か?嬢ちゃん?」
グランは焦りだしたけれど、マリエは、くすくす楽しそうに笑うばかりだ。
と思ったら、いきなり、グランの飲みかけを取り上げて、それも一息に飲み干してしまった。
「あ。ちょっ。
ええっ?」
おろおろするグランを見て、この上なく楽しそうに笑う。
「あはは~~~たのし~~~」
「あはは~~~、って・・・これは、えらいことしてしもた・・・」
グランは頭を抱え込んだ。
マリエはそんなグランをしばらくまじまじと見ていたが、いきなりその首に飛びついた。
「わあああっ!!!うれし~~~です~~~!!!
やったあああああ!!!
お父さま~~~!!!」
「はあっ?!
へっ?!
お父さま??!!」
目を白黒させるグランに、マリエは、すりすりと頬ずりをする。
「マリエ、ず~~~っと、この子のこと、ほしかったんです~~~。
お家に来てくれないかな~~~、って、ず~~~っと、ず~~~っと、思ってたんです~~~。
お父さま、有難う、ございます~~~。」
「この子・・・?
いや、ちょっ、嬢ちゃん?
放して?」
力任せに振りほどけば、腕力で適わないわけではないだろう。
それでもグランはマリエにそんなことはできなくて、ひたすら、懇願するように言う。
けれど、マリエにはその懇願を聞く気はなかった。
「嫌です。もう、放しません。
あなたが、雑貨屋さんの窓のところに座っているのを、毎日毎日見ていました。
ずっと、ずっと、お家に来てくれないかなって、思ってました。
それが、来てくれたのですから。
もう、絶対、放しません。」
マリエはグランの目を見つめて早口で言った。
「こんな贅沢を言うなんて、マリエは悪い子です。
それでも、どうしても、あなたにお家に来てほしかったんです。
大事に大事にしますから、どうか、ずっとお家にいてください。
お願いだから、どこにも行かないで?」
泣きそうな声でどこにも行くなと言われて、グランはマリエの腕を振りほどけなくなった。
しかし、なんとも居心地が悪くて、なんとか顔を背けると、こそこそとフードを被った。
マリエはグランのフードに、またすりすりと頬を摺り寄せて、くすくす笑っている。
「どないしたんな?
嬢ちゃんがそんな淋しがりやったとは、知らんかったなあ・・・」
「へえ~。あなた、口がきけるのですか?」
「そりゃ、口くらいきくがな。」
「まあ、なんて素晴らしい。
なら、いっぱいいっぱい、お話し、しましょうね?」
「お話しくらい、なんぼでもするけど。
ちょっと、この腕、放してくれんかな?」
「嫌です。
・・・放したら、どこかへ行ってしまうんでしょう?」
「どこへも行かへん。
約束するから、とりあえず、いったん、放して?」
「分かりました。
なら、ゆびきりしましょう。」
差し出されたマリエの小指に、グランはしぶしぶ小指をからめた。
「ゆ~びき~りげんま~ん、う~そつ~いたら・・・」
「溶鉱炉でドロドロに溶けた鉄の塊と、地獄の窯で煮え立った油、の~ます。」
マリエの歌った歌詞に、グランは目を丸くした。
「えらい具体的におどろおどろしいモン、出すなあ?」
「お父さまがおっしゃったの。
とーーーっても、怖いでしょう?」
「怖いというかなんというか・・・あんたのお父さんって、聖職者やんなあ?」
「約束を破らなければ怖いことなんてありませんわ。」
「それは、まあ、そうなんやけど・・・」
グランは苦笑して続けた。
「ゆ~びきった。」
「これでもうずっと一緒ですね?」
指を離した途端、マリエはまたグランの首にぎゅうっと抱きついた。
「・・・いやだから、放してって・・・」
グランはため息を吐いた。
「だって、嬉しいんですもの。
これからは、ず~っと、ず~っと、一緒にいられるんですから。」
「・・・それは、まあ、約束したけども・・・」
「心配いりません。ご飯はマリエのをあげます。
おやつも全部あげます。
お風呂も一緒に入りましょうね?
一緒のベットで眠りましょうね?」
「ご飯もおやつも、ぎょうさん作るから大丈夫やけど。
・・・お風呂と、ベットは、まだ遠慮しとこうかなあ・・・」
「どうして?
ああ!
中の綿が濡れてしまうといけないからですね?!」
「・・・ワタ?」
「分かりました。
では、お風呂は許してあげます。
でも、夜は一緒に眠りましょう?
眠くなるまで、ずーっと、ずーっと、お話し、しましょう?」
「・・・ホンマ、しょうのない、淋しがり屋さんやなあ・・・」
グランはマリエの頭をよしよしと撫でてやった。
するとマリエは軽く首を傾げた。
「くまちゃんって、なんだか、おじさん、みたい・・・」
「くまちゃん?」
グランはそう繰り返してから、小さく、くっ、とふきだした。
なるほどなるほど、とだいたいのいきさつを理解した。
「それにしても、おじさんはないやろ、おじさんは。
せめて、おにいさん、と言うて。」
「マリエ、くまちゃんって、もっと、可愛らしい子かと思ってました。」
「それは、ご期待に沿えず、悪かったなあ・・・」
グランは苦笑してから、もう一度、ぎゅっとフードを被りなおした。
それから、一世一代の勇気をふり絞って、二音階高い声を出した。
「約束だよ!マリエちゃん!
これからも、ずっと、ずっと、一緒にいようね?」
そう言うなり、自分からマリエをぎゅっと抱きしめる。
マリエは、きゃっ、と声をあげたけれど、すぐに嬉しそうに抱き返した。
グランはそのマリエの背中を、子どもにするように、優しくたたいていた・・・
***
ゆらゆら揺れる背中で、マリエは目を覚ました。
「あ、あれ?お師匠様?」
自分がグランにおんぶされているのに気づいて、マリエは慌てて滑り降りた。
「申し訳ありません!」
「いやあ、こっちこそ、酒なんか飲ませて、悪かったなあ。」
グランは苦笑して言った。
「わたくし、もうお酒は飲みません。」
しょんぼりとそう宣言するマリエに、くくっと笑って返す。
「ええんちゃう?飲んでも。
なかなか面白い酔っ払いやったし。」
「面白い?」
首を傾げるマリエに、またくくっと笑った。
「けど、飲むときには、ワタシのおるときにしてな?」
「お師匠様のいらっしゃるときには、また飲んでもいいんですか?」
そう聞き返したマリエはなんだか嬉しそうだった。
「なんや、気に入ったんか?ホットワイン。美味しかったか?」
「はい。」
満面の笑みが何より正直に答えている。
「温かくて、甘くて。
それに飲むと、ふわふわ~っとなって。」
「ああ、ふわふわ~、ねえ?」
「それから、とても楽しい夢を見ました。」
「楽しい、夢?」
「はい。
子どものころにとてもほしかったぬいぐるみがあって、それをもらった夢です。」
「くまちゃんの?」
「はい。
・・・って、どうしてご存知なんですか?」
驚いて聞き返すマリエに、グランはくくっと笑うだけで答えなかった。
グランに糖度は難しいですね。
読んで頂きまして、有難うございました。