中
その夜は、食事時になっても、シルワだけ帰ってこなかった。
各自自由行動はしていても、なんとはなしに、食事だけはいつも皆揃う。
たいていいつもそうなので、ひとり欠けていると、どうにも気にかかる。
「シルワさん、どないしはったん?」
誰にともなくグランが尋ねると、ああ、とミールムが答えた。
「神殿の司祭さんが風邪引いて、明日の灯火式ができなくなったらしくてさ。
代役を務めるとかなんとか言って、そんで遅くなってるんじゃない?」
「司祭の代役?あの人、そんなこと、できたん?」
「故郷にいたころにやってたらしいよ。
資格も持ってんだってさ。」
「へえ~。
人は見かけに・・・まあ、よってるか、あの人の場合。」
「シルワさんって、なんでもできそうっすからね。」
「魔力、体力のいること以外ならね。」
とにかくシルワの帰りはいつになるか分からないらしい。
仕方ない、ということになった。
「ほな、先に食べとこうか。」
食事をしながらも、自然と話題はシルワと明日の灯火式のことになった。
「神殿の飾りつけとかもう終わってるのん?」
「まだなんじゃないかな。」
「そら大変やな。
シルワさん、それも全部ひとりでやるつもりなんかいな。」
「シルワさんも水臭いっすよね。
声かけてくれりゃ、いつだって手伝いに行くのに。」
「あれでも一応、気を遣ってるんだと思うよ。
せっかくの祝日だからさ。
みんなそれぞれ楽しみたいだろう、って。」
「大変な思いしてる仲間ほっぽらかしてまで、自分が楽しみたいとは思わんけどな。」
シルワのやり方に納得のいかないグランは、口をへの字にして言った。
あの人はいっつも気の遣いどころを間違うてんねん、と口のなかで付け加える。
「それにしても、灯火式の仕掛け作りって、なんか、面白そうっすね?」
楽しそうに言ったのはフィオーリだった。
「あれは当日まで趣向を内緒にしとくために、神殿の関係者しか関わらんからな。」
グランも相槌を打つ。
「おいら、いっぺんやってみたい、って思ってたんっすけど。」
「確かに。仕掛け作り、とか言うと、ワタシも血が騒いでくるわ。」
「じゃ、さ。明日、みんなで手伝いに行く?」
そう提案したのは、ミールムだった。
「ええな。
ほな、ワタシ、さっさとご飯済ませて、ちょっと飾りやら道具やら、集めておくわ。」
「おいらも、手伝うっす。」
「じゃあ、みんな手分けして準備しよう。」
そういうことになった。
***
突然現れた四人にシルワは驚いたものの、手伝いを申し出ると快く了承した。
早速、昨日打ち合わせた通りに、全員分担して、飾りつけが始まった。
マリエは忙しそうなグランのとなりで、せっせと、小さな精霊の人形をこしらえていた。
大精霊と共に降りて世界に灯を灯した、小さな小さな精霊たちを模した人形だ。
同じ材料を使って、同じやり方をしているのに、ふたつとして同じものができない。
それでもマリエの作った人形には、どれも不思議な愛嬌があった。
「なかなかええのんできたな。
嬢ちゃんは、仕事が丁寧なんがええところや。」
グランは、自分の作業を進めつつ、マリエの手元を覗き込んでは、いちいち褒めてくれた。
「どの精霊も、今にも動き出しそうやんか。
これは、子どもさんらのお土産に、一個ずつ持って帰ってもろたらええわ。」
「こんなの、持って帰ってもらえるでしょうか?」
「もらえるに決まってるやろ?
みんな奪い合いや。」
グランは、ああ、そうそう、と言って、ポケットから小さな袋を取り出した。
「こうしといたら、もっと、灯火の精霊らしくなるかな。」
袋のなかには色とりどりの、キラキラ光る小さな石がたくさん入っていた。
石にはどれも小さな穴が開けてある。
そこに細い紐を通して、精霊の首にかけてやると、より灯火の精霊らしくなった。
「ふふん。やっぱ、ヒカリモンはええなあ。」
精霊人形をためつすがめつしながら悦に入るグランに、マリエも楽しそうに頷いた。
「分かりました。
あとのはわたくしがいたします。」
「そうして。ほい。」
グランは袋ごとマリエに渡す。
マリエはその石をひとつずつ選びながら、丁寧に人形の首につけていった。
完成した人形は、フィオーリが庭園の木に飾り付けてくれた。
光る石のついた人形は、少し気が早く降りてきた灯火の精霊のようだった。
「ほな、これは、嬢ちゃんに。」
グランはそう言って、以前、お守りと言って作っていた、紋章入りの石を手渡した。
「ミールムには内緒にしとってな?
軽々しく作るな、て、前に怒られたばっかりやからな。」
内緒話のようにそう言って、肩を竦めてみせる。
マリエは渡されたお守りをじっと見つめた。
素人の目にも分かるくらい、それは綺麗な石だった。
細工も、前のより一段、凝っているように見える。
いつの間にこんなものを用意していたのか、まったく知らなかった。
グランは暇さえあれば、いつもなにか作っているけれど。
それはかなり前から、時間をかけて作った物のように見えた。
「あの、お師匠様・・・有難う、ございます。」
石を握り締めて、マリエはグランを見つめた。
グランは照れくさそうに目を逸らせて言った。
「前のは割れてもうたから、これはあれの代わりや。
ちょっとええ石、使うたから、今度はそう簡単には割れへんと思うで。」
グランはマリエの手から石を取ると、ポケットから革ひもを取り出して石に通した。
「紐の長さ、どのくらいがええ?」
マリエの目の前にぶら下げて見せながら尋ねる。
「あの、長めにしていただけませんか?
いつも首にかけておけるように。」
それを聞いて、グランはちょっと困ったように笑った。
「首にかけてくれんのん?
それやったら、もうちょっとオシャレな感じがええなあ・・・
ちょっと待っといて、作り直すから。」
引っ込められそうになった石を、マリエは電光石火の早業で奪い取った。
「へ?」
いつもおっとりしているマリエの早業にグランはきょとんとした。
マリエは石をぎゅっと握り締めたまま、グランに言った。
「これがいいです。
これに紐をつけてください。」
「あ・・・まあ・・・嬢ちゃんがそう言うんやったら・・・」
グランは紐を切ると、ちょいちょいと結んで、器用に石をペンダント風にする。
「こんなごついの首にかけたら、ごろごろ、せえへん?」
まだ少し納得していない様子だったけれど、それでも石をそのままマリエに返した。
マリエはほくほくとお守りを首にかけて笑う。
それにグランもつられて笑いかけて・・・あ、と固まった。
「もしかして、嬢ちゃん、そっちもいっつも首にかけてんのん?」
マリエの首にはもうひとつ、以前、グランの作った発光装置がぶら下がっていた。
ゆったりとした神官のローブの中に入れていたので、気づかなかったのだ。
「はい。いつオークと遭遇しても大丈夫なように。」
にっこり頷くマリエに、グランは、あちゃー、と額を抱えた。
「こんなもん、二個もブラブラぶら下げとったら、肩凝るで?」
「大丈夫、です。」
「いやいやいや。あかんやろ。」
「大丈夫、です。」
しばらく押し問答したが、結局、折れたのはグランだった。
・・・しかし、あれは流石に・・・
そのうち、なんとかしたらな、あかんなあ・・・
グランはこっそりため息を吐いた。
読んでいただきまして、有難うございました。