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聖女たちの一行がその街を通りかかったのは、聖誕祭ももうすぐ、という頃だった。

大きな街道沿いで、行き交う旅人も多く、住民は開放的で活気のある街だ。

亜人種の旅人も多く、普通に道を歩いていても、冷たい視線をむけられることもない。

一行は久しぶりに宿をとって、その夜はその街に滞在することにした。


聖誕祭ももうすぐということで、宿はどこも満室だったけれど、幸い、街はずれの小さな宿に空室を見つけることができた。

ついさっき、予約を取り消した客が出たらしい。

宿の主人は申し訳なさそうに言った。


「実は、うちの料理人が、今朝突然、暇がほしいと言い出しまして・・・

 なんでも、突然、自分を探しに行かなければならなくなった、とか。

 それで、うちは、今、お食事をお出しすることができないのです。」


どうやらそれが空室の出た理由らしい。

宿の主人は、なんとも歯切れ悪く、言い訳を並べた。


「お食事はお客様ご自身で調達していただきたく・・・

 ただ、今は聖誕祭の時期ですから・・・

 名のある料亭はどこもみな予約で埋まっているかもしれなくて・・・

 市場に行けば、出店の屋台も多くあるはずですけれど・・・」


この寒いのに屋台で食事をしろとは何事だ。

こちらはゆっくり宿で休みたいからわざわざ部屋を取ってあるのに。

予約を取り消した客は、そういって怒ってしまったそうだ。


「この時期にしか出てへん屋台も多いしなあ。

 屋台の食べ歩きも大いに魅力的やけど・・・」


グランは思案気な顔をして首をひねった。


「朝昼晩屋台、ってのも、しんどいかなあ。

 久しぶりに屋根のあるところで、ゆっくり座って食事したい気持ちもあるし。」


「でしたら、大変申し訳ないのですが、うちでは・・・」


「いや、ご主人。」


グランはにこにこと主人を遮った。


「厨房を見せてもらえんやろか?」


「・・・はい?」


なにを言い出すんだ、という顔をする主人に、グランはずいっと迫って言った。


「厨房を使うてもええ言うんやったら、ワタシら、食事は自前で用意しますわ。」


「いや、しかし、それは・・・」


主人は及び腰になりながらも、断ろうとするように両手を振る。

それにグランはもう一歩、ぐいと迫った。


「なんやったら、他のお客の分もこしらえたってもええで?

 お客さんは何人くらいおるのん?」


「・・・二十人、くらいでしょうか・・・」


うっかり正直に答えてしまった主人に、グランはにやっと笑った。


「それみんな、屋台、行きたいの?」


「いえそれは・・・できれば宿で食事をしたいとおっしゃってましたが・・・」


「ほんならついでにこしらえてあげるやんか。

 なになに、四人分も二十人分も、そう変わらへんわ。」


「・・・はあ・・・」


胡散臭いやつを見るような目を向ける主人に、グランはにこにこと言った。


「ワタシのこと信用できへんか。

 そらそうやな。

 ほな、ちょっと一品こしらえるから、それ食べてみてや。

 それから、決めてくれたらええわ。」


結果、グランの腕前は宿の主人に気に入られて、その夜はグランが宿の食事を作ることになった。


***


街の市場を、グランはマリエとふたりで歩いていた。

マリエはいつものリュックを背負っている。

食材を仕入れにきたのだ。


「悪いなあ、荷物持ちさせてもうて。」


「とんでもありません。

 お師匠様とご一緒できて、とても嬉しいです。」


マリエは本当に嬉しそうだった。

グランはなんでもテキパキやってしまうので、マリエはいつも置いて行かれがちだ。

こうして一緒に並んで歩くことなど滅多にないのだ。


「四人分やったら、嬢ちゃん、ひっぱり出すまでもないんやけど。

 流石に、二十人分となると、持ちきらんからな。」


「お師匠様のお役に立ててよかったです。」


本当はいつもなにかグランを手伝いたいとマリエは思っている。

ただ、手伝わせてもらえない、もしくは邪魔にしかならない現実を、とても残念に思っていた。


「せめてもの埋め合わせに、なんか、ほしいもんあったら、買うたるわ。

 なんかええもん見つけたら、遠慮せんと、言いや。」


マリエにしてみれば、こうしてグランと出かけるだけでも十分に嬉しい。

埋め合わせなどいらないのだけれど、グランに何かもらえる、というのも嬉しい。


はいっ、と元気にうなずくマリエに、グランは、あ、と付け足した。


「最近あんまり小銭、稼げてないからな。

 ほどほどに手加減してな?」


以前、グランはきれいな石に魔法の紋章を彫りこんだものを、お守りと称して売っていた。

しかし、ミールムに、危険だからやめろと禁止されてしまったのである。


「野宿してる分には、お金かからへんからええねんけど。

 街に滞在する分には、持ってへんと困るしなあ。

 なんかちょっと稼ぐ方法を考えなあかんなあ。」


そんなことをぶつぶつつぶやきながらも、グランは抜かりなく通りの店の偵察をしていた。


「肉屋は、あっちのがよさそうやな・・・

 野菜は、あっちと、こっちと・・・」


「あの、お師匠様、さっきから何も買わなくてよろしいのですか?」


尋ねるマリエに、にやっと笑って答えた。


「行きは下見。

 帰りにさらえるからな。」


「分かりました。」


マリエはにこにこと頷いた。

こんなふうにグランが相手をしてくれることはあまりないので、それだけでも嬉しい。


「しっかし、せっかく、宿に泊まって、上げ膳据え膳やと思たのになあ。

 またおさんどんかあ。」


歩きながらグランは黙っているということがない。


「おさん、どん?」


「ああ、知らん?ご飯作り。

 ワタシな、家におった頃から、ずーーーっと、家族のご飯作ってたしな。

 前に一緒に旅してた人らとおったときも、ずーーーっと、食事係やってん。

 まあ、別に料理は嫌いやないねんけど。

 たまには人の作ったご飯、食べたいなあ。

 いや、人の作ったご飯やったら、それだけでご馳走やわ。」


「ならば、お師匠様!是非、わたくしが!!!」


勢い込んでグランの上に圧し掛かりそうなマリエに、グランは、へへへ、と引きつり笑いをした。


「いやー、嬢ちゃんは・・・それは、また、今度にしようかな?」


「・・・そう、ですか・・・?」


マリエはあからさまに落胆する。

それにグランは困ったような、複雑な笑いを返した。


「ほら、嬢ちゃんの手料理なんて、そんなん、めーーーっちゃ特別やんか?

 そやから、先の楽しみにとっとくわ。」


マリエはちらりとグランを見て尋ねる。


「・・・特別、ですか?」


「そや。特別、やで!!」


グランはここぞと力説する。

それを見てマリエは、にこっと笑った。


「分かりました。

 ではそのときまで、しっかりお師匠様に習って、腕を磨きます。」


「あー、まあ、せいぜい、そうしといて?」


グランは、目を逸らせながらそう答えた。


ちなみに、マリエの料理は以前、オークの集団を一日寝込ませた、という実績がある。

腐ったものを食べても、三百年前のチーズを食べても、平気なオークを、だ。


マリエはグランを料理の師匠と慕っている。

しかし、その実、鍋をかき回す、以上のことに、なかなか進級しない。

本人はその理由を、三回に一回、お玉を壊すからだと思っている。

壊すのがせめて五回に一回になったら、次の作業をやらせてもらえるのではないか。

ひそかにそんな野望も持っている。


天性の不器用と、加減を知らない怪力で、マリエはこの上なく、料理にはむいていなかった。

しかし、本人はそれを無自覚だし、いつかは上達するだろうと信じている。

ひたむきに信じているマリエに、流石のグランも、それは無理だなどとは言えないでいる。


「嬢ちゃんには、この先ずーーーっと、ワタシがご飯、作ったるやんか。」


実際、グランはもう、そのつもりなのだ。

この先一生、マリエの食べるものは自分が用意しようと。

わざわざ口にはしなくても、胸の中で、こっそり決めていたりする。


「お師匠様のご飯は、とっても美味しいです。

 けれど、お師匠様は、人の作ったご飯を召し上がりたいのでしょう?」


「そんならな、今度、どこかのお店で一緒に食べよ?

 そやなあ。それもありや。」


グランが楽しそうにそう言うので、マリエも、はい、と明るく頷いた。


「ずーーーっと自分のご飯ばっかりやと、代わり映えせんからな。

 たまには他所のご飯食べて、新しい物も取り入れんとな。

 そしたら、嬢ちゃんに作ってあげるご飯も、もっともーーっと、美味しなるで?」


「それは楽しみです。」


「そやろ?」


ふたりは目を合わせてにっこり笑いあった。


マリエといると、いつも笑顔になっている。

最近、グランはそれに気づいた。

ずっと、贖罪を抱えて旅をしていたときには、こんなことはなかった。

稼ぐための愛想笑いや、本心を押し隠すための笑顔はあったけれど。

こんなふうに、心の奥底から湧き上がってくるような。

温かい気持ちがあふれかえるような。

マリエといると、不思議なくらい自然に、そんな笑顔になっているのだ。


マリエは本物の聖女だとグランは思っている。

本人は、そうではないと言うけれども。

人をこんな笑顔にできる人を、聖女と言わずして何と言うと思っている。


世界は救わなくとも。

民衆は導かなくとも。

共にいる人たちをいつも幸せにする。

マリエは確かに聖女だ。


そして自分は、そんな聖女に一生、ついて行こうと思っている。

わざわざマリエにそんなことを言ったりはしないけれど。


口数が多い自覚はある。

けれど、その数のうち、大半は、どうでもいいことばかりだ。

肝心なことほど、口下手になる。

それも痛いほど自覚している。

しかし、自覚していても、どうにもならないものは、どうにもならない。


「さてと、ここら辺で行き尽くしたみたいやし、そろそろ戻ろうか。

 嬢ちゃん、なに、買うてもらうか決めたか?」


「それが・・・その・・・」


マリエは困ったように首を傾げた。


「なにか、お菓子を買っていただこうと思ったんです。

 でも、どれを見ても、お師匠様の作ってくださるものより、美味しそうには見えなくて・・・」


グランはちょっとの間、目を丸くして黙り込んだ。


「あの、買っていただきたいものは、何もありません。」


にこっとしてそう言い切ったマリエに、グランも、笑顔を返した。


「そうか。

 そんなら、とびきり上等のお砂糖を買うて、帰ったら嬢ちゃんにケーキ、焼いたろ。

 木の実の粉、捏ねて、こしらえた人形を上に並べて。

 生クリームたっぷり塗った、特製ケーキ、な?」


「まあ、素敵です。」


両手を組み合わせて飛び跳ねるマリエに、グランは苦笑する。

この笑顔のないところで、自分はもう生きていけないのだろう、と思いながら。




 







シルワ編に引き続き、グラン編です。


読んでいただきまして、有難うございました。

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