5 肉は正義
「本日のワイルドボアです」
まるでディナーのメニューでも説明しているような気軽さで、ディルダートは運んで来た巨体の魔獣をアトリーシャの前に置いた。
「まあ大きな固体ですね!」
「いや、これくらいはまだ小ぶりな方です」
「そうですの?あら、このワイルドボアは図鑑に載っているのと少々違うような気がします。ここの…牙が4本あるようですわ」
「さすがですね。これは変異種で、牙が多いのです」
ワイルドボアは、通常片側には1本から2本の牙があるのだが、ディルダートが持ち帰った固体には片側に4本もの牙が生えていた。
たとえ毒はない種族でも持ち帰った魔獣には触れないように言われていたので、アトリーシャは手は出さないものの顔を近付けてまじまじと見入っていた。夜空のような紺色の瞳が好奇心に輝いている。その横顔は美しい大人の女性ではあるが、表情はまるで子供のようだった。
「ワイルドボアは美味しいと伺ったのですが、変異種は食べられますか?」
「ええ。通常固体とはまた違った美味さですよ。クロヴァス領ではトマトと一緒に煮込みにします」
「美味しそう!こちらでも調理は可能かしら?」
「はい、問題ありません。ワイルドボアは王城でも出されることもあります。こちらでは主にソテーにすることが多いですが、煮込みにいたしましょうか?」
「ええ、是非!」
アトリーシャは振り返って使用人に確認を取る。少し離れたところで待機している使用人が説明すると頬を紅潮させて嬉しそうな顔になった。
「もしよろしければディルダート様もご一緒に召し上がりませんか?今日はまだ早い時刻ですし」
「お嬢様。これから捌いて煮込みにするのでは間に合いませんよ」
「あ…そうですわね。わたくしったら」
つい気が急いてしまったのか、無理なことを言い出したアトリーシャが恥じ入って頬を染めた。その可愛らしい様子に、周囲にいた使用人や、付き添いのアレクサンダー達は微笑ましい気持ちになった。ディルダートだけは心の中で「女神…ありがとうございますありがとうございます…」と滂沱の涙に塗れながら転げ回って祈りを捧げていた。勿論微塵も表に出さないように全力で表情筋を押さえに掛かることも忘れない。
「ですが、別の晩餐でしたらご用意出来ます。そちらでは如何でしょうか」
「ええ!ディルダート様、皆様、如何でしょう?」
「お、俺は…」
「俺は家で妻が支度をしておりますから」
「ええ、我々も」
「ええっ!?」
アトリーシャの誘いに、アレクサンダーと他の騎士達はすかさず辞退する。当然ディルダートに気を遣ったのだが、何故か彼は慌てて振り返る。縋るような瞳を向けられて、アレクサンダー以下その他の騎士達は「そういうの、いいから」と内心突っ込みを入れていた。
「ディルは見ての通り良く食べるんで、上品に少しずつ出すより大皿に山盛りにしてやってください」
「おい!アレク!」
ディルダートが抗議をしたが、アレクサンダーはどこ吹く風で、さっと彼の連れていたスレイプニルの手綱を奪って「こいつは俺が戻しておくから」と言って、明日の集合時刻の確認だけをして去ってしまった。他に同行してくれていた騎士達も、アレクサンダーを手伝うと告げて行ってしまう。そうしてこの場には、ディルダートとアトリーシャが残された。勿論使用人は残っているが、空気を読んで極限まで気配を消すことを忘れない。
「どうぞ、ディルダート様」
「はっ!はい!」
無垢な笑顔で誘われたディルダートは、一切合切が吹き飛んで肯定する以外に選択肢は残っていなかったのだった。
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一日魔獣を追っていたディルダートの空腹具合を鑑みて、晩餐はコース仕立てではなく、大皿に盛って給仕が取り分けるスタイルになった。
アトリーシャの皿は色とりどりのバランスを考えた料理を量は少なめに種類は多く取り分けてもらい、ディルダートの皿はとにかく肉が盛られた。皿自体も彼の方が二回り以上大きいサイズだ。
アトリーシャは、盛られた肉が山になってプティングのようにフルフルと揺れるのを初めて見て目を丸くしていた。もっとも、使用人達の大半も初めて目撃したのだが。
食事の前の祈りを捧げて、ディルダートは早速パクリと肉を頬張った。マナー的には間違っているかもしれないが、上品に食べて食事中に彼女前で腹を鳴らすのと、腹の虫を手っ取り早く鎮めるのとで一瞬悩んで後者を優先したのだ。
さすが別邸とは言え大公家のシェフである。赤身の肉であるのに口の中でほどけるように柔らかい。一体この面積の何処にこんな量の肉汁が含まれていたかと思う程ジューシーで、それでいながらしっかりとした噛みごたえも残っている。表面に強めに塩を振ってあるのか、動いた後の体に染み渡るようだった。気が付くと、三口程で肉タワーは半分くらいになっていた。
「あ…その、失礼しました」
天上の肉タワーの向こう側の天上の女神(主観)がこちらを見ていることに気付いたディルダートは、おそらく自分がマナー違反をしたのだろうと思い当たった。いつも辺境では領民達と混じってワイワイと賑やかに食事をすることが多かった。自分のマナーのどこが間違ったのかは分からないが、むしろ間違いしかないような気がした。
「いいえ…その、美味しそうに召し上がっておられたので…わたくしにもお肉を取っていただけます?」
「かしこまりました」
給仕が塊肉を薄く切り出して、薔薇の花のように美しく盛りつける。中央に赤みを残しているので、見た目も実に美しかった。
その皿を見て、アトリーシャがそれこそ花が綻ぶように微笑んだ。そして小さく切り分けて、小さな口に運ぶ。
「まあ、美味しい。美味しゅうございますね、ディルダート様」
「ええ…とても。さすが大公家のシェフですね」
互いに目が合うと、自然に微笑み合った。いつも彼女の前に出ると緊張して顔の強張るディルダートだったが、おいしい食事のおかげなのか今までで一番自然な表情で笑うことが出来たのだった。
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「ディルダート様」
「は、はい!」
食事も終盤になり、デザートの皿が運ばれて来た時、アトリーシャが不意に口を開いた。
「先程は、お食事なさっているところを凝視してしまい申し訳ありませんでした」
「い、いえ。俺は普段からあまりマナーに則った食事をして来ていないので、不快に思われたのでしたら申し訳なく…」
「そうではありません。ディルダート様の食べるお姿はとても美味しそうで、つい釣られてわたくしもいつも以上に食べてしまいましたわ」
そう言いながらも、アトリーシャは甘い物を好むらしくデザートをしっかり盛りつけてもらっている。甘味だけはディルダートの皿よりも多いくらいだった。
「あの…ご存知なことかと思いますが、以前、わたくしは第二王子と婚約を結んでおりました」
「はい」
「その頃は…以前はよく晩餐を共にしておりましたが…王族の方は、国外からの来賓がご一緒することがない限り、安全の為に食事に手を付けるのは一番最後になるのです。わたくしが全て食べ終わって、一定の時間が経つまで、並べられた食事に手を付けることはありません」
食材から調理に至るまで、王族が口にするものは厳しいチェックが入る。勿論、毒味も済ませてはいる。しかし、最終確認として王族の配偶者、もしくは婚約者が先に食事を食べる規則があった。食事は同じ皿が複数ずつ用意され、サーブされるのがどの皿になるか直前まで決まっていない。更にサーブする給仕担当も、一品に付き一人だけが担当する徹底ぶりだ。そして遅効性の毒が仕込まれている場合も鑑みて、食事をする時間もずらされる。
これは最大級の警戒で、国政が落ち着いているときはそこまで厳しくはない。ここまで神経を尖らせているのは、現在正式に立太子を済ませた王族が不在で、第一王子派と第二王子派の争いが激化しているからということもあった。
「ですから、ディルダート様が先に食べ始めたのを見て、どなたかとこうして共に食事をすることが久しぶりだったと気が付いたのです」
「そうでしたか」
「こうして、誰かと同じものを食べて、美味しさを共有出来ることは楽しいものですね」
「俺も…とても楽しかったです」
「また、ご迷惑でなければご一緒してもよろしいですか?」
「勿論、喜んで」
その後デザートの皿が空になっても、二人は随分長い時間、楽し気に会話を続けていたのだった。
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その日の夜、久しぶりの楽しい晩餐に心が暖かいままアトリーシャはベッドに入った。
ランプの明かりを落として、豪奢なベッドの天蓋を眺めながら、ふとかつての婚約者が食事をしている姿が思い出された。
3人いる王子の中でもっとも美しい姿形と言われていたベスロティ第二王子。その食事風景は、表情は一切動くことなく機械仕掛けの人形が食事の振りをしているのではないかと思うことさえあった。
しかし、完全に冷えきり、常に命の危険を用心しなければならない食事である。そうなってしまうのも無理はないだろう。
父から手紙で教えてもらった情報によると、ベスロティ第二王子は皇女との婚姻後に王太子争いから大きく後退したらしい。側妃ならまだしも正妃は国内の貴族から、という貴族も多い上に、皇女の実母があまり身分が高くないことも影響したという。現在の彼は妻となった皇女の為に用意した離宮で、公務の量も減らして仲睦まじく暮らしているという話だった。おそらく近いうちに第一王子が立太子をし、その地位が盤石になった頃に臣籍降下となるだろう。
長らく婚約者でいたせいか、燃え上がるような恋心というものとは無縁であったが、家族のような穏やかな愛情は確かに存在していた。そしてそのまま彼と穏やかな家庭を築いて行くのだろうと疑いもしていなかった。しかし、それはもう過去のものだ。
今は新しい家族と共に彼が少しでも楽しい晩餐が過ごせるようになっていればいいと、アトリーシャは祈りにも似た思いを馳せるのだった。
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「本日は首長尾鳥をお持ちしました」
ディルダートが魔獣を捧げる「百日詣で」を始めて、90日目という最終段階に突入していた。
今回仕留めて来た魔獣は、首長尾鳥と呼ばれる大型の鳥型魔獣だった。細身で背が高く、光沢のある緑色の羽毛を持っている。彼が持参した固体は、鳥の身の丈の倍くらい長い見事な尾羽が目を惹いた。その羽根は特に艶がよく、光の当たり具合で虹色に輝いていた。
「何て美しい鳥なのかしら」
「今は繁殖期なので、雄はこの尾の飾り羽根が伸びるのです。これは、主に女性の装飾品に加工されることが多いです」
「肉も美味しいと図鑑には書いてありましたけれど」
「ああ…この時期は肉質が締まりすぎててあまり食用には向きませんよ。繁殖期が終わると産卵に備えて食べるので、その頃の雌は美味ですが」
「あら、残念ですわ」
この尾羽を彼女の装飾品に加工してもらおうと思って、羽根を傷付けないように慎重に仕留めて来たのだが、彼女の興味はどちらかと言うと肉の味の方にあるようだった。
「お嬢様、僭越ながら。食べるには硬いですが良い出汁が取れますので、よく煮込んで明日の朝食のスープに仕立てましょうか?」
「是非お願いしたいわ!」
最初の頃は戸惑っていた使用人も、最近では持ち帰る魔獣の調理方法をサラリと提案するようになっていた。さすが大公家に仕えるだけのことはある。アトリーシャも、時間があれば魔獣図鑑を読み込んでいるようで、持ち帰られた魔獣を見ただけで種族と特徴、そして食用かどうかはすぐに判別出来るようになっていた。他にも特徴はあるのだが、食用の項目を真っ先に確認しているところが彼女らしい。
初めて見る魔獣にはアトリーシャが目をキラキラさせながら反応するので、ディルダートはいつの間にか、持ち帰る魔獣は毎回違う種族、という縛りを勝手に自分に課した。そして日が経つに連れ、その縛りは自分の首も絞めつつあったのだが。
「今日は随分とお早いお帰りだったのですね」
「森に入る前にこの鳥に遭遇しましてね。幸運でした」
朝に出発して、戻って来たのは昼食のすぐ後だった。大体順調な日でも日暮れの頃だったので、日があるうちに戻って来たのは初めてのことかもしれなかった。
「あの…アトリーシャ嬢。これから本日のご予定は何かありますでしょうか」
「いいえ、特には。父から近況を知らせる手紙が来ておりましたので、その返事を書こうと思っていたくらいですわ」
「もし、よろしければ、この後、王都の中心街に出掛けませんか?」
「それは…大丈夫でしょうか?」
「変装の魔道具なら持参しております」
アトリーシャとしては、もう終盤に差し掛かった「百日詣で」なので、そろそろディルダートも疲労しているのではないかと確認したのだが、彼の方はアトリーシャが街に出ても大丈夫なのかと心配していると取ったようだ。
変装の魔道具とは、王族や高位貴族などがお忍びに利用するもので、短時間ではあるが髪色や瞳の色を変化させることが出来る。
「その、今日は百花祭ですので、少し気分転換が出来ればと思いまして」
「まあ、そんな時期でしたのね。ここにいるとすっかり世情に疎くなってしまって」
「俺は王都にいた期間が短かったのでそれほど詳しくはありませんが、アレクが案内してくれるという事ですので」
百花祭とは、春を司る神とその眷属を呼ぶ為に花を模した紙で王都の街中を飾り立てて祝う行事だ。街の区画ごとにテーマを決めてそれぞれが競い合うように工夫を凝らした装飾を施すので、祭の期間は観光客も多く訪れる。その客足を見込んで屋台や食事処は特別メニューなどを提供し、王都はいつも以上に華やかに賑わう。
そして最終日の夜には、中心街で花の形をした小型気球ランタンに火を点して空に放つイベントがある。夜空に無数の光る花のランタンが舞う様は幻想的で美しく、祭の中でも最も盛り上がる瞬間だった。
「本日は最終日ですので、人が多いとは思いますが」
「いいえ!楽しみですわ!」
ひとまず、夕刻に中心街に到着するようアトリーシャは身支度を、ディルダートとアレクサンダーは離れで簡単な食事と身を清めることにした。変装の魔道具は、アトリーシャの身支度を担当する侍女のマリアに渡しておく。マリアは喜々として「貴族に嫁ぐ予定の商家の箱入りお嬢様風にしようかしら。それとも男爵家くらいのお嬢様が頑張って町娘風にしました的な感じに仕上げてみようかしら」などと大分複雑な設定を構想していた。
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「いい加減疲れてるところ、付き合わせて悪かったな」
離れで湯浴みをして、新しいシャツに袖を通して大分さっぱりとしたディルダートが、先に湯浴みを済ませて果実水を飲んでいたアレクサンダーに声を掛けた。
「いや、実を言うと、あまり早めに戻ると警備に回されて余計に疲れるだけでな。二人の案内と護衛と言えば俺も祭を楽しめる」
「そういうことか」
あけすけに本音を言うアレクサンダーに、ディルダートは苦笑する。
今日はほぼ出発すると同時に魔獣の確保に成功したので、余った時間をせっかくなので彼女を祭に誘ってみてはどうだろうかと提案したのはアレクサンダーだった。
「まあ毎年警備に駆り出されて中心街を巡回してるおかげで、良い店とか人の少ない穴場のポイントとかよく知ってるからな。お前も久々の祭を楽しんでおけよ」
「それだとアレクも毎年祭を楽しんでない気がするのだが…」
「団長の人使いが荒くてな。まともに祭に行けたのは結婚した年だけだったな」
「じゃあ今年は奥方も一緒に誘ったらどうだ?アトリーシャ嬢とも気が合っていたようだったし」
「あー…ヴィーラはな…」
アレクサンダーが少し言い淀んで、肩に掛けていたタオルでまだ水気を含んでいる髪をガシガシと拭いた。肩に着くくらいの長さなので、短髪のディルダートよりも乾きが悪いのだ。
「何だ、喧嘩でもしたか」
「ウチは年中円満だよ。…ただちょっと、体調が、な」
「体調が悪いのか?だったらすぐに戻った方が」
「いや、祭で珍しいフルーツがあったら買って来てくれって頼まれてる」
「じゃあ買ったらすぐに戻って…」
「ちょっとやりたいことがあるから、最後まで案内するよ」
「俺としてはありがたいが…本当に大丈夫なのか?むしろお前の方が具合が悪いんじゃないか?」
アレクサンダーは、周囲が引く程の愛妻家として有名であった。なので、体調が悪いのに妻を優先しないアレクサンダーの方の体調を心配してしまった。オロオロするディルダートに、アレクサンダーは軽く笑った。そしてディルダートに近付いて肩に手をかけ、耳の近くに顔を寄せる。
「悪阻だ」
そう耳打ちされて、驚いて隣のアレクサンダーの顔を見ると、彼は得意気な顔をして笑っていた。
「お、おお!おめでとう!!それは、めでたいな!」
「ありがとう。でもまあ、まだ安定してないから誰にも言うなって厳命されてるんで、他言無用で頼むな」
「分かった!絶対に言わん!!ああ、それで最後までか」
春を司る神は、冬を越えた後に新たな命を芽吹かせる力を持つ。そしてその眷属は新たな命の守護者と言われている。この祭では空に放つ花のランタンに安産や生まれたばかりの子供の無事な成長を祈って飛ばすと、神と眷属からの祝福が降り注ぐと言われているのだ。
「今は実家で義両親と過ごしてもらってるし、ウチの両親も隠居先から戻って来て何かとヴィーラの手伝いをしてる」
「お前のとこは家が隣同士だったな」
「そうだ。だから実家に戻られてもすぐに会いに行けるのはありがたい。一日最低でも5度以上は妻を摂取しないと俺は死ぬ」
「お、おう…」
もう新婚という婚姻期間ではない筈なのだが、変わらぬ愛妻家っぷりにディルダートは妙な懐かしさを覚えていた。確か辺境領に研修に来ていた時はまだ婚約者であったが、あまりのベタ惚れさに周囲から随分と生温い視線を送られていた。
「服は大丈夫そうだな」
「ああ。少しばかり大きいが動きに支障が出る程じゃない。…足元の裾が余るのがちょっとムカつくがな」
「ははは」
アレクサンダーは一旦着替えに自宅に戻ってから中心街で合流しようかと言っていたが、少しでも体を休めた方がいいだろうとディルダートに提案されて彼の服を借りることにした。主に魔獣を仕留めるのはディルダートではあるが、休み無しに連日付き合っているのでそれなりに疲労は溜まっている。それに普通の体格の人間ならアレクサンダーが借りるのは無理だが、体の大きいディルダートのものなら余裕なのでありがたく提案を受けることにしたのだ。
「少し腹に入れておくか?」
「ああ。一応俺は護衛だからな。ディルは向こうの屋台とかで二人で食うだろ?」
「いや、アトリーシャ嬢は小鳥の量くらいしか食べないからな。その脇で俺だけががっつくのはさすがに申し訳ない」
「ご令嬢にまず一口食べてもらって、残りはお前が食べればいいんじゃないか?そうすれば彼女も色々食べられるし」
アレクサンダーの言葉に、ディルダートはパカリと口を開いた。
「な…!そ、そんな破廉恥なことが許されていいのか…」
「別に珍しいことじゃないぞ。それに俺はヴィーラとよくしてたけどなあ」
「それは奥方だからだろ!」
涼しい顔をしたアレクサンダーは、用意してもらったサンドイッチを頬張る。蒸した鶏肉と野菜をたっぷりと挟んだもので、多少食べにくい筈なのだが、彼は二口で実に綺麗に食べ尽くす。
「そ、そういう訳だし、そう多くは回れないだろうがアトリーシャ嬢は甘い物が好きなようだからな。その辺りの良い店を見繕ってくれ」
「ああ、任せてくれ」
アレクサンダーのところは、妻のヴィーラが2つ年上の結婚5年目です。アレクサンダーは溺愛してますが、ヴィーラはちょいツンデレ気味。とは言え基本的に相思相愛。