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2.これが二人の日常的な行為

オーベは第一王子だ。

そして彼には弟の第二王子が居て、兄らしい振る舞いをいつも崩さなかった。

毅然(きぜん)とした態度で、頼りがいのある兄。

それに才色兼備であって、国にとって自慢の王子だと言えた。

だから城内においては、オーベに対する話題が絶えることは無い。

見回りするだけの兵士ですら彼を誉めるほどだった。


「おい、聞いたか?またオーベ様が(みずか)ら隣国へ出向き、こちらにとって有利な会談を成功させたみたいだぞ。やっぱり次期王様は違うな」


「あぁ、何より存在感が圧倒的だ。それにしても、あれでよく息が詰まらないな。全員にとって手本となる生き様を見せていて、肩の力を抜く暇が無いだろうにさ」


「そういう所も俺達兵士とは格が違うんだろ。まったく感心する所しか無いな」


誰もが認めて、誰もが褒める。

そんな評価され続けるオーベだったが、時には従順な下僕として振る舞うこともあった。

そして立派な彼を従わせているのは、奴隷である私だ。


「ねぇオーベ。今はどんな気分?」


「くっ……、許してくれ。女王様」


私は彼の両手を縛ることで、抵抗したくてもできない状態へ(おとしい)れた。

ただ、これは肉体的に服従させているだけ。

心を()とすのは、これからだ。


「オーベは何に対して赦しを()いているの?部屋を乱したこと?それとも今日、奴隷である私に邪魔だと言ったこと?」


「そ、それもある。しかし、俺が一番に謝りたいのは他の女性に触れたこと」


「触れたと言っても、相手から触ってきたことでしょう?それなら仕方ないことじゃない」


「いや、それから俺は相手の手を()ける際に掴んだ。その時、居合わせていた君からの視線を感じたんだ」


「そうね。オーベの手は、とても悪い手だわ。私以外の女に触るなんて。……だから自由に動かせないよう縛った。でも、すぐに払いのけようとしたご褒美として、私がオーベを汚してあげる」


私は自分の指を軽く舐める。

すぐ乾く程度の唾液(だえき)量。

それを塗るようにして、オーベの顎先をなぞった。

すると彼は体に力を入れると共に、強く目を(つぶ)る。


「うっ…ふ……。こ、これは……」


「どうしたの?そんな情けない声を漏らしちゃって。もしかして、奴隷に唾液を付けられて喜んでしまったの?」


「まさか、そんなことは……」


「ふふっ、とんだ変態なのね。オーベはみんなに尊敬されている王子様なのに、これで喜ぶ変態さんだなんて……。あぁ、とっても恥ずかしいことよね」


「やめてくれ……。別に俺は、汚されて喜んでなんかいない。ただ、驚いただけだ…」


「あぁ、そうなの?じゃあ拭いてあげる。それに、もう汚さないよう気を付けるね」


私が呆気ない態度で言うと、オーベは気難しい顔を浮かべた。

格好良い顔立ちなのに小動物みたいな反応。

それに自分の欲望が表情に出ていて、(あわ)れそのものだった。


「どうしたの?そんな顔しちゃって」


「ふ、拭かないでくれ」


「え?でも、綺麗な顔を汚したままみんなの前に出るつもり?奴隷の体液を付けたままで、王家の皆さまと顔を合わせるの?それとも……、まだ足りない?」


足りないという言葉を聞いた瞬間、彼は過剰な反応を示す。

あぁ、ペットみたい。

エサを貰える時に大喜びするペットと同じで、何もかもが分かりやすい。

そして分かりやすいから、つい甘やかせたくなる。

だから私は自分の指先に再び唾液を付けた後、彼の唇を撫でた。

それだけでオーベは身を(よじ)らせていて、(はた)から見ても体中に快感が突き抜けたことが分かる。


「………さてオーベ王子様、今日はこれまでにしておきましょうか。そろそろ私は掃除へ戻らなければならない時間ですし、オーベ王子様も久しぶりに第二王子様とお話する時間でしょう」


彼からの返事が無い。

私の言葉が耳に届いていないことは無いはずだから、まだ余韻に浸っているようだ。

そんな彼の気持ちをリセットさせるべく、私は世話人として行動を起こす。


「服を着させてあげますので、お立ち下さい。ほら、もう縄は解きましたよ」


「あ、あぁ……ありがとう」


ようやく我に返ってくれたみたいだ。

同時に彼の顔つきは勇ましくなっていき、普段通りの調子へ戻り始める。

だけど、会話内容は先程の続きを期待しているものだった。


「すまないが、今度はいつしてくれる?」


「時間が合えば、ですね。それはそうとして、今度はオヤツを用意しておいて下さい。たまにはオーベ王子様とは、特殊な遊び以外で親睦(しんぼく)を深めたいですから」


「そうだな。俺は君の事を愛している」


初めてまともに会話した時のように、また脈絡ない言葉が飛んでくる。

変わった趣味を持ち始めた割には、こういう所は相変わらずみたい。


「ありがとうございます。奴隷の身である私を求めて下さるのは、これ以上無い名誉です」


「………だから俺はお前の名前を知りたい」


「私の名前は……、本当に無いんです。いえ、正しく言えば私に必要ないものなんです」


「しかし名前が無ければ、俺は愛を(ささや)けない。どうしても愛情表現をしたい」


「ふふっ。確かにペットを可愛がる際、何度も名前を呼んだりしますね。でも私に名前がついてしまったとき、それは奴隷から脱却してしまったことになります。同時に名前が無い内は、オーベ王子様を満足させられる奴隷で居られます」


オーベは奴隷に良いように扱われている状況に、強烈な快感と刺激を受けている。

だから私が奴隷という要素を失ったとき、おそらく今の関係性が失われてしまう。

それだけは………、絶対に嫌だ。

単にワガママな話かもしれないけど。


「とにかく準備をしましょう。愛しの弟様がお待ちしていますよ」


何とも言い表し難い感情が湧き立ち、私の心が揺れる。

どんなことを言われても、何をされても感情の波が荒れることは無かったのに。

今は少しだけ悲しくて、寂しくて……ほんのり(あたた)かい。


そうして私がオーベの身支度を整えた後、彼は一人で弟と会いに行った。

普段オーベが弟に会えるのは城内での夕食時のみくらいだ。

それなのに彼は遠征で何日も遠出するから、弟に限らず家族とも会える機会が少ない。

それくらい多忙な方であるし、弟も様々な研鑽(けんさん)を積まなければならないから大変な一族だ。

でも、だからこそ会えた時は親愛なる家族として接し、大事な一時を過ごす。

そしてオーベは今、手入れが行き届いている綺麗な庭園で弟と茶会をしていた。


「オーベ兄さん。この前は変わった手段で他国との交渉を成功させたと聞いたけど、具体的にはどんな方法を(もち)いたの?」


彼の弟である第二王子は、そこまで大きく年齢は離れていない。

せいぜい四つほど。

とは言え、若い年代の四つは身体的に大きな差を生む。

だからなのか、第二王子はオーベより全体的に一回り小さい。


「あぁ、その話か。ちょっとした手合わせで俺達の武力を示しただけだ。相手の国一番の凄腕とやらを俺が負かせて、こう言ってやった。俺の武術は自国において一兵士に劣る、と」


「あぁ……それで相手はビビったんだね。兵の練度がオーベ兄さんくらい高いと勘違いして。実際は兄さんより強い人なんて居ないのに」


「ついでに十人まとめて相手してやった。どれも秒殺で、相手が動く前に武器を(はじ)いてやったよ。ちなみにこの時に大事なのは、あえて涼しい顔で成し遂げることだ」


「いやいや、そんなの兄さん以外には無理だよ。それに僕こそ一兵士に劣るのに」


「だが、ディアン。お前には優れた知略ある」


ディアン。

それが第二王子の名前だ。

年相応に幼さが残る顔つきで、少しだけ細身の彼。

だから身体的な部分だけで言えば、オーベとは対照的な部分が多くあった。

しかし、ディアンも間違いなく美形だ。

強いて言うならちょっとした愛らしさがあるから、彼に頼るより頼られたい雰囲気がある。

それはきっと全ての物事を任せられる兄がいるせいで、ついディアンは相手に甘えてしまう性根が(にじ)み出るようになったのかもしれない。


「知略と言っても、兄さんに比べたら僕は大したことないよ」


「同じくらいというだけで十分だ。相手からすれば、俺達兄弟が誇示できるほどの才能を持っている事実だけで服従を誓いたくなる。長きに渡る繁栄が約束されているのと同意義だから、尚更(なおさら)な」


「そういうものなの?」


「あぁ。それに輝かしい未来を示せれば、民はおのずと付いて来てくれる。だからディアン。お前はお前らしく生きながらも国のために誠意を尽くしてくれ」


そう言ってオーベはカップを口元に近づけ、浅い一口を呑む。

香りを楽しみ、味わいを楽しみ、そして喉に流れる食感と温度感を楽しむ。

ただ今だけは、また別の感覚をオーベは(たの)しんでいた。

唇に残った匂いが体に流れ込んで、彼女の味がする気がした。


「ふっ……」


彼女のことを思い出して、オーベはつい笑みをこぼしてしまう。

すると当然ながらディアンからしたら不思議な反応なので、気遣う眼差しで兄を覗き込んだ。


「オーベ兄さん、どうかしたの?」


「なに、何でもないさ。……さて、せっかくだから少し歩くか」


「うん。あ、でも先に少し用足しへ行っても良い?」


「あぁ、分かった。俺はここでのんびり待っているから、ゆっくり済ませて来い」


オーベと話せたのが嬉し過ぎたのか、ディアンはちょっとばかり飲み過ぎたみたいだ。

そのため駆け足気味に庭園から出て行き、城内の王族専用のトイレへ向かう。

ただディアン第二王子様が向かったとき、そこにはトイレ掃除に精を出す奴隷の私が居た。

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