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1.オーベ第一王子様

「おい、そこの奴隷!王子様がお呼びだ!」


ある日、城内でいつも通り働いている時に兵士から声をかけられた。

それは脅迫じみた物言いで、そして私の姿を視界に入れる事すら不快だと言わんばかりの視線付きだ。

もはや日頃から受けている扱いなので感情の波は立たず、ただ私は気が抜けた返事を口にする。


「はい」


これが私に許された数少ない発言内容。

他に許されている言葉は用件を訊くことくらい。

ちなみに名前は無い。

つまり私という存在は物に過ぎず、人間じゃない。

奴隷とは、私とはそういう存在なのだ。

一切反抗してはいけない。

余計なことを考えてはいけない。

ひたすら従順に尽くし、相手の機嫌を伺いながら利になるよう行動するのみ。

そんな私は兵士に連れられ、掃除以外で入ることが無い王子の私室へ向かうことになる。


「いいか、覚悟しておくんだな」


前を歩く兵士は、脈絡ない言葉を伝えてきた。

覚悟しておけと唐突に言われても、なんのことか分からない。

分からないけど、おそらく私の掃除に不満を覚えた王子が折檻(せっかん)するのだろう。

わざわざ呼びつけるあたり、それ以外の理由が思いつかない。

そして王子の私室前へ着いたとき、兵士がドアをノックする。


「お連れしました」


「ご苦労。彼女を入れてくれ」


王子様は忙しいのか、扉越しから早い返事が聞こえてきた。

それから私だけを私室へ通した後、兵士は扉を閉めて歩き去ってしまう。

よって部屋の近くには誰も居ない状況であり、尚且(なおか)つ室内には王子様と私の二人だけだ。


「大変お待たせしました。どのようなご用件でしょうか」


ひとまず私は一礼することで、なるべく視線が合わないよう気を付ける。

奴隷と目を合わせること自体、高貴な身分な方々にとっては屈辱的な行為だと教えられているからだ。

しかし、王子様が少し気怠(けだる)そうな口調で、その行為に対して指摘してきた。


「面をあげろ。俺はお前と話をしたい。だからこっちを見るんだ」


「はい……」


何を言われても、いつも通りにすればいい。

奴隷らしく、事務的に淡々とした態度で従順に……。


そんな気持ちで顔をあげた矢先、私の視界にはソファにだらしなく座っている王子様の姿が映った。

王子様に相応しくない振る舞いだけど、すらりとした長身で、その高貴以外の何ものでもない目つきが王様より威厳があった。

顔や体格のみならず、あらゆるパーツが整っている容姿は魅力的という他ない。

更に宝石のような瞳と金髪が特徴的で、そこに居るというだけで心が()かれそう。

何よりいい加減な姿勢であるはずなのに落ち着きが感じられて、私と住む世界が違うのだと感じられた。


それでいて、そんな世界が違い過ぎる私を守ってくれそうな雰囲気があって、妙な感覚に陥る。

この包み込むような安心感は、いずれ国を治める者として生まれたカリスマ性なのかもしれない。

だから私の中で緊張感と安心感が入り混じっていると、王子様は不意に口元を緩めた。


「ふふっ、良い目だ。やはり俺の期待に応えてくれそうだな」


視線を合わせるなり目を褒めるなんて、ちょっと変わっている。

でも、それだけ私の目を見ていたという事なのだろう。

そして、なぜか気に入ってくれた。


「ところでお前の名前はなんだ?どの兵士に訊いても曖昧に濁されるばかりで、まったく返答を得られなかった」


「名前、ですか?私に名前はありません」


生まれて初めて、仕事とは関係無い質問に答えた気がする。

そのせいで私の心は一気に緊張感が(まさ)った。

何より対等な人間扱いされているみたいで、鼓動が高鳴る。


「名前が無いのか。それは不便だな。……じゃあ俺の名前は知っているか?」


「第一王子様」


「ははっ、それは名前じゃない。俺はオーベだ」


「えっと……」


「今は俺の名前を口にしても咎めない。なんなら好きに呼ぶといい」


「分かりました。では失礼ながらも……、オーベ王子様とお呼びさせて頂きます」


不思議な感覚だ。

私が人の名前を口にするなんて。

そもそもの話、本当は彼の名前を知っていた。

ただ口に出す資格が無いと思っていたし、勇気も無かった。

だから気が弱い呼び方になっていたのに、なぜかオーベ王子様は満足気な表情を浮かべていた。

正直、独特な感性の持ち主でちょっと変わっている。

名前を呼ばれることくらい毎日あるだろうに、私が一度言うだけで嬉しそうにするなんて。


「それでオーベ王子様は、どうして私をお呼び下さったのですか?掃除のことでしょうか」


「いいや、お前の仕事ぶりには満足している。ただ今日たまたま見かけたとき、俺の心に雷が打たれた如き衝撃が駆け巡った」


「はい……?つまり、どういうことでしょうか」


「お前を俺だけの奴隷にしたい。そして同時に、俺はお前だけの奴隷になりたい」


これは、やっぱりどういう意味なのだろうか。

さっぱり意図が分からない。


「その……、やはり私には話が見えてこないのですが。すみません。私の理解力が足りず」


「いきなり頼まれて困惑するのは分かっている。まず普段のお前は、俺の奴隷だ」


『俺の』という部分に引っ掛かりを覚えるが、奴隷なのは事実で彼も主人の一人だ。

そして、わざわざ訂正を入れるほどの事でも無いため、私は適当に肯定した。


「はい。私はオーベ王子様の奴隷です」


「そして二人っきりの時だけは、俺を奴隷として扱ってくれないか?」


結局、何一つ順序立てられた会話になっていない。

ここまで会話が成立しないなんて、どうしよう。


「えっと、それは……どうしてですか?」


「趣味だ」


「趣味ですか」


「あぁ。お前を見た瞬間、目覚めた趣味だと言っていい」


ここに来て、簡潔かつ単刀直入に答えてきた。

驚きたい。

素直に驚きたいけど、まだ理解が追い付かず困惑する一方だ。


「すみません。私に少しだけ考える時間を頂けませんか?」


「そうだな。生半可な覚悟では困るからな。よく考えろ」


ますます意味が分からないと思いながらも、私は自分なりに解釈しようとする。

趣味と言われたが、要するに性癖ということなのかもしれない。

そういうことが好きな男性が居るというのは、何度か聞いたことがある。

そうであれば、これは(たわむ)れの一環に過ぎないと考えられる。

そして遊びに付き合うだけと思えば、ここまで私が混乱する必要は無い。


「……ひとまず分かりました。まだ納得しかねている部分はあります。ですが、奴隷として精一杯つとめさせて頂きます。オーベ王子様のご期待に()える自信はありませんが」


「当然、これは俺にとっても初めての試みだ。お互いに少しずつ慣れていけばいい。さぁ早速、一つ頼む」


「はい。えっと………、私の奴隷オーベ」


私は頑張って(さげす)む目つきを作り、恐れ多いことを言葉にする。

しかし、その途端にオーベは頬を赤らめるのだった。


「オーベ。主人の前で座るなんて図々(ずうずう)しいとは思わないのですか?ど…、どうやら躾て欲しいようですね」


「あ、あぁすまない……その、女王様」


「まずは服を脱ぎ、私に誠意を示しなさい。そして服従を誓うのです」


「服をか……?だ、だが……それはさすがに…」


彼は戸惑っていた。

自分から言い出したことの癖に、理性が残っていて抗っているらしい。

でも、その理性と本能、更に羞恥心が混濁した表情はステキなもので、私の心には一気に火が(とも)った。


「まさか口ごたえをするつもり?この私に?今この瞬間、オーベに許されているのは(ひざまず)くことだけ。さぁ早くしなさい!」


「はぁはぁ……、うっ……。ぬ、脱ぐから待ってくれ」


オーベの反応を見る限り、どことなく満足そうな気配があった。

彼は恥じらいながら、ゆっくりと服を脱いでいる。

いや、私が彼の手で脱がせているのだ。

私の言葉に逆らえず、気まぐれに逆らえず、身も心も服従する道へ歩もうとしている。


「こうも俺への態度を変えられるとは、やっぱり見込み違いじゃなかった。この女性こそ、俺が探し求めていた理想の女性だ……!」


時間かけて脱ぐ間、オーベは自身の直感と私の才能に感動しているようだった。

確かに私自身、すぐ態度を豹変できるとは思いにもよらなかった。

実際は奴隷に接する人達の真似事に過ぎないわけだけど、それでも上手く演技できていると自負したい。


「オーベ、こちらを見なさい。そして自慢の体を私に見せつけてちょうだい」


「わ、分かった……」


さっきまで私が視線を逸らそうとしていたはずなのに、今はオーベが視線を外したがっている。

変な話だが、彼には王子のみならず奴隷としての適性もあるみたいだ。

………なるほど、どうやら私達二人は『変わっている』みたいだ。


そして、二人して目の前の状況に(おぼ)れていく。

密室だから余計に溺れる速度は加速を増していき、お互いの意識と行動に集中する。

熱中して、こじらせて、本能のままに。

ふと私がオーベの厚い胸板に指先でなぞれば、彼は顔を強張(こわば)らせて(もだ)える。


体に力が入っている。

それに(たくま)しくて、彼がその気になれば私なんて簡単に押しのけられる。

でも、今の彼は子どもより弱々しい抵抗力しか発揮できない。

全てが私の思い通りになっていて、軽く体重をかけただけでオーベはソファへ倒れ込んでしまう。

それから私は彼に馬乗りしたとき、一気に追い詰める。


「オーベ王子様(・・・)。奴隷である私が何もかも奪って差し上げます。つまりオーベは、この国一番の王子様でありながら奴隷以下なんですよ」


王子として扱いながらも奴隷以下。

これほど屈辱的な行為は無い。

それなのにオーベは何も言い返さず、そして私より二回りも大きな体なのに馬乗りされたままだ。

これにより彼は、今この時から身も心も奴隷より(いや)しいのだと認める事となってしまう。


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