ラスボスと取引
後ろを振り向くとそこには赤い髪をした目つきの悪い大柄な騎士がいた。
(あっ……やばっ!?)
騎士は私の姿を見るなり眉根を上げ、あからさまに不愉快そうな顔をした。
「こんなところで何をしている。お前は部屋から出ることは禁止されていると聞いていたが。なぜ部屋から出た?」
マズイ!!
かなり不審に思われちゃってる!!
ここは適当に誤魔化すしかない!
「いやぁ、ちょっと城の中はどんな感じかなーって気になっちゃいまして……。それに部屋にいても暇だったからつい……」
軽く笑いながら誤魔化す私に騎士はギロッと鋭い瞳で睨んだ。
「気になった?どうしてお前が城内を気にする必要がある。そもそもお前のような卑しいカタストロフィ国の人間がこの国に足を踏み入れること自体おこがましいことだ。自分の立場を理解したらどうだ?」
「はぁ?何でそんなことアンタに言われなきゃなんないのよ!カタストロフィ国の人間だからって、そこまで虐げられる言われはないわ!」
騎士の言葉に厶ッとし、私は騎士に言い返した。そんな私に騎士は侮蔑と苛立ちを含んだ視線を向けた。
「黙れ、お前達が俺達エルガルド王国の者にしたことはけして赦されるものではない。やはりお前はこの国に足を踏み入れるべきではなかった。お前は王に拾われることなく、死ぬべきだったのだ」
ギロッとした視線と殺気を感じて私は恐怖を感じた。
彼がなぜここまでカタストロフィ国を強く憎むのか私には理解が出来ずにいた。
「どんな色仕掛けを使ったのかは知らんが、この国を舐めていると痛い目を見ることになるぞ」
「そこで何をしている」
突然声がし、後ろを振り返るとそこにはシオンがいた。
「シオン様!」
驚く騎士の顔に目もくれず、シオンは私の傍に近寄った。
「アルク。お前には別の用事を頼んでいたはずだが、どうしてこんなところにいる?」
「ハッ!申し訳ございません。明日行われるしけんの演習場に行く途中にこの者がここで何やらコソコソしていたもので気になり声を掛けた次第であります」
「そうか。ならばコイツは俺が引き取ろう。お前も早く仕事の続きに戻れ」
シオンは突然私の手を強引に取ると騎士の前から立ち去ろうとした。
「行くぞ」
「えっ……?あの、ちょっと……」
(えっ?もしかして助けてくれたの?厳しそうに見えるけれど、本当は良い奴かも……)
「お待ちください王!」
立ち去ろうとする私達に厳しい顔を向けながら騎士はシオンに強い口調で言い放った。
「なぜ王はこの者をこの国に置こうとなさってるのですか!!この者はあのカタストロフィ国の人間ですよ!カタストロフィ国の人間ならば即刻斬るべきです。この国には不要な存在です!!」
「お前は俺に意見をすると言うのか」
騎士の言葉にシオンは底が冷えるような低い声音で騎士に短く告げた。
それは意見することすら許さない。威厳さを含めたものだった。
「コイツは確かにカタストロフィ国の人間だが利用価値がある。それもエルガルド王国とって大きな利益となるものだ。それがある以上コイツに関しての口出しは一切許さん。分かったのならお前も仕事に戻れ」
「…………ッ」
悔しそうに顔をしかめる騎士を無視して、シオンは私の手を引いた。
私は彼に連れられてその場をあとにしたのだった。
****
部屋に着くと、シオンは乱暴にベットの方へと私を押しやった。
「きゃっ!?」
「どうして約束を破った?」
シオンは私を冷徹な表情で見下ろしていた。
(ヤバい……。これはかなり怒っている……。何とかしないと……)
「お前は部屋から出ないと約束をしたよな?それを簡単に破ったのか」
「それはそうだけど、でも部屋に閉じこもっていたら退屈で……。だから、ちょっと外の景色を見たかったの。確かに部屋から出たけど、城から逃げ出していないわ。あなたから逃げ出したわけではないでしょう」
言い訳をする私にシオンは厳しい顔をしたあと、短いため息をついた。
「もう一度立場をわからせた方が良いみたいだな」
シオンは私に迫り、顔を近づけながら言った。
「お前の価値はこの国にどれだけ有益なものをもたらすことで決まる。お前がこの国にとって利益にならないものだと判断したら即刻切り捨てる。それはお前の命を俺が奪うということだ。そのことを理解しろ」
「わかったわ。私があなたにとって利用価値があることをすぐに証明してあげる」
「ほぉ……」
強い瞳で告げる私の言葉にシオンは僅かに表情を変えた。
そんな彼に私は言葉を続けた。
「今日の夜中、あなたの寝室に暗殺者が忍び込むわ。相手はおそらくカタストロフィ国の者。もし暗殺者に刺されたらあなたは深い傷を負ってしまい、カタストロフィ国はこの国を攻めて来る可能性がある。そうならない為にもあなたは夜は別の場所にいて」
「どうしてお前にそんなことが分かるんだ。お前は事前にその情報をカタストロフィの王家の者から聞かされていたのか」
訝しげに言うシオンに私は否定をした。
「違うわ。私には先を観る力。未来視の能力があるの。だから、あなたにこれから起きることが分かるの。私を信じて。もし嘘ならば、私のことは好きにして良いわ。あなたの言う通り私に利用価値があるならば思う存分に使えば良い。だけど、このままだったらあなたは後悔するわ」
「それをこの俺に信じろと言うのか」
「なら、私がその暗殺者を捕まえてやるわ!私が暗殺者を捕まえたら私のことを信じるのよ!!」
疑うシオンに対して私は思わず啖呵を切ってそう彼に言った。
そんな私に対して彼は一瞬間目を見開き、驚いた表情をしたあと、ふっと小さく唇を僅かに歪め、不敵に笑った。
「良いだろう。そこまで言うならばやってみるがいい。当然俺も着いて来てやる。お前の言葉が真実かどうかこの目で確かめる為にな」
(コイツ……信じてないわね……)
どのみち暗殺者の襲撃を回避しないことには、シオンが殺されてしまうシナリオは回避出来ない。
シオンが死ぬ、もしくは重症を負わなければカタストロフィ国はエルガルド王国には今以上に手出しは出来ない。
私の死亡フラグは回避されるはず。
でも、アイリスにはシオンみたいに特別な魔力はない。
アイリスはただの貴族令嬢で王子の婚約者と言う肩書きだけ。
(そんなのどうやって、暗殺者を捕まえれば良いのよ~~)
こんなことなら、アイリスにも魔力を使える設定にしておけば良かった。
でも、今ここで嘆いている暇はない。
(暗殺者を捕まえるのは無理だとしても、絶対に捕まえなきゃ!絶対に運命を変えてやる!!)
こうして。
私はシオンと共に暗殺者を迎え撃つこととなったのだった。