物語の始まり
「はぁはぁ……」
暗闇の森の中を私は必死に走る。
息は上がり、心臓の音が煩いくらいに鳴っている。慣れない森の中を必死に走っているせいか身体は疲弊を訴え、脚もだんだんと上がらなくなってきていた。
それでも私は止まる訳にはいかなかった。
捕まったら殺されてしまう。
それが今の私の現状だった。
(なんで、こんなことになってるのよ!事故で死んで、わけも分からない知らない世界でまた2度も死ぬなんって絶対に嫌よ!)
「いたぞ!あそこだ!!」
「捕らえろ!絶対に逃すな!!」
私を追いかけて来た兵士達の声が後ろから聞こえてきて、私は焦りを感じた。
(えぇ~~!?もう追いついてきたの!!早すぎだよ!)
ひしひしと恐怖と焦りが私の中で広がっていく。私は焦るあまり足元にあった草のツルに脚を取られてしまい、その場に転んでしまった。
ドサッ!
「痛っ」
「もう逃げられないぞ。アイリス·ルミナード」
追いついた兵士達は私を取り囲み、そのうちの一人が私の前に立って、腰に携えていた剣の鞘をスラリと抜くと、私の前に剣を突き刺した。
「クリストファー様の名により、お前の命はこここまでだ覚悟しろ」
剣の刀身がギラリ光り、兵士は躊躇いもせずにそのまま私へと一気に剣を振り下ろす。
「死ね!!」
(ダメだ!殺される!!)
恐怖のあまりに私は目をぎゅっとつむった。
その瞬間。
ドォォォン!!
突如、爆風が起こり、私を取り囲んでいた兵士達のが吹き飛ばされ、次々とその場に倒れた。
私は身体を起こし、その場から立ち上がろうとした時バランスを崩し、後ろから倒れそうになった。
ドサッ!
誰かに支えられ、顔をあげるとそこにはグレーのフードを被った青年が私の身体を支えていた。
青年はアメジストの瞳でじっと私を見つめていた。
(綺麗な瞳……。まるで吸い込まれそう……)
その瞳に見つめられて、私は思わず胸がドキリとした。
彼はそっと私の身体を離すと、私を襲っていた兵士へと向き直った。
「ここはカタストロフィとエルガルドの県境となる森だ。この森で争いをしているということはエルガルドに面倒事を持ち込むということになる。お前はそのことを理解しているのか?」
「そんなことは知らん!!お前が言っているようにここは森の中だろう。エルガルドの地に足を踏み入れたわけじゃない。それにこの者はカタストロフィに災いを持つ者だ。カタストロフィの王子から処刑命令が下っている。邪魔をするのならばお前だって容赦はせぬぞ!!」
「災いを持つ者……?」
兵士の言葉に青年はピクリと僅かに眉を動かした。
「要らぬ存在とならば、その娘こちらが貰い受ける」
青年は静かな声でそう言うと、掌を前に突き出し、足下に紫色の魔法陣が出現した。
淡い光が青年の掌に収束され、青年はそれを冷酷な一言と共に兵士に向けて解き放った。
「死ね」
青年の解き放たれた光が兵士の周囲を取り囲み、それが業火の炎と変化した。
炎は兵士に一気に迫り、兵士の身体を燃やした。
「ぐぁぁぁぁ」
兵士は苦痛の断末魔を上げ、一瞬で兵士の身体は燃えて骨を残さず灰となった。
(う……うそでしょう……。そんな一瞬で倒してしまうなんって……)
私は青年の力を目の当たりにして青ざめ、驚愕してしまう。
もし、これが自分だったらと思うと、筋が寒くなりゾッとした。
青年は私の方を振り向き、冷たい瞳で私を見る。私は緊張して思わず身構えた。
その時、微風が吹き彼が被っていたフードが外れた。
ダークパープルの髪を後ろに一つに束ね、ツリ目で誰もが見惚れるほどの美しい顔立ちに、ミステリアスな雰囲気。
それが青年の素顔であり、月夜に照らされたその姿は美しかった。
青年は冷たく素っ気ない態度で私に一言言った。
「着いて来い」
「あっ、あの……どこに行くの……?」
「お前は黙って俺に着いて来るだけでいい。余計なことを考えるな」
青年は威厳と威圧感を漂わせながら私にそう言った。
(この人の誘いをもし断ったとしても、この様子じゃあ無理やり連れて行かれそうな雰囲気だし、ここにいてもどの道新しい追っ手に捕まって殺されちゃう……。だったら今はこの人に従うしかない)
「……わかった」
私は緊張した面持ちで彼にそう答えた。
彼は私を一瞥し、その場から歩き出した。私は彼のあとを慌てて着いて行った。