完璧キラキラ王太子様は、観賞用にしておきたい。
「……それにしても、アホの子王太子のお話って、どうしてこんなに癒やされるのかしら……」
晴れた春の日の午後、「アイリス結婚相談所」の若手カウンセラーであるジュスティーヌは、絵入り新聞に掲載された恋愛小説の短編を読み終えて呟いた。
柔弱さを隠そうとするあまり、つい女性の気持ちを逆撫でするようなことばかり言ってしまう王太子が、男前な婚約者に堂々と婚約破棄され、すったもんだの末元サヤに収まるというコメディタッチの小説で、なかなか面白かった。
最近流行している、王太子などの貴公子から婚約破棄されることから始まる恋愛小説には、破棄された令嬢が自活していくうちに新たな恋人を見出したり、もっと格上の貴公子から求愛されたり、なんなら破棄を予測して倍返しをかますなどさまざまなパターンがある。
この種の小説はジュスティーヌも相当読んでいるので、だいたいのパターンは把握しているのだが、予想を裏切る快作が出てくることもあるし、定番展開であってもそれはそれで楽しいので、つい手を出してしまうのだ。
「恋愛結婚」というものが貴族の間でも浸透し始めて早数十年。
結婚に政治的配慮が必要な高位貴族の嫡子はとにかく、伯爵、子爵、男爵の次男三男以下であれば、それなりに家格のあう娘に交際を申し込み、自力で結婚にこぎつけるのが主流になっている。
一方、恋愛結婚が盛んになるにつれ、巧く相手を探せない者も増え、「結婚相談所」という新たなサービスも徐々に伸びてきた。
この相談所も、もともとは商会幹部や中堅官僚、医師や弁護士といった中産階級向けに開設されたものだが、子爵や男爵などの令息令嬢などがこっそり登録し、表向きは「知人の紹介で」ということにして結婚する例も増えてきている。
「と……次の方がそろそろいらっしゃるわね……」
今日はあと一人面談が入っていることを思い出したジュスティーヌは、ファイルを開いた。
申込書には「アルベルト・A」とある。
23歳の男性だ。
Aというのは、匿名の略で、来所した時のアンケートに答えた際は家名を名乗らなかった印。
貴族か、もしくは中産階級でも名が知られた家である可能性が高いので、貴族と面談する際はかけることにしている、度の入っていない赤いフォックス眼鏡を慌ててかける。
「あらいやだ、全然記入していないじゃない……」
かろうじて、家族構成のところに父母健在、既婚の姉2人、未婚の妹2人と書いてはいるが、経歴も職業も収入も資産も空欄のままだ。
恋愛経験には「片思い1名」とある。
そこはそう書くのか。
……なんだか面倒な相手の予感がした。
と、そこにノックの音が響いた。
「どうぞ」
立ち上がって、迎えに行く。
入ってきたのは、しっかりした体つきの背の高い若い男性で、一見地味に見えるが生地も仕立ても良い服を着ていた。
服とはそぐわない帽子を目深にかぶっているが、顎の輪郭や口元の様子からして整った顔立ちのようだ。
姿勢の良さといい、騎士を思わせるが──
「アルベルト様ですね?
カウンセラーのジャスティンです」
握手のために右手を出したところで、ああ失礼、と客が帽子を脱ぐ。
あらわになった顔を見上げて、ジュスティーヌは息を飲んだ。
神がみずから手をかけて作りたもうたのではないかと思われるほど、美しいその顔は……
「アルフォンス……殿下!?」
「レディ・ジュスティーヌ!?」
面談に来たのはこの国の王太子。
17歳の時、婚約者に選ばれそうになって全力で逃げ出した相手だ。
ジュスティーヌの視界はくらりと回り、そのまま暗転してしまった。
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「姫様、姫様」
小声で呼びかけてくる声と、そっと揺り動かされている感覚に、ジュスティーヌの意識はゆっくりと戻った。
眼を開けると、公爵家から「家出」をした時にかくまってくれ、いつまでも居候では心苦しいと相談したら、伯母が経営しているこの相談所のカウンセラーの職も紹介してくれたジュリエットが心配げに覗き込んでいた。
ジュリエットは貴族学院で一緒だった男爵令嬢で、どういうわけだかやたらとジュスティーヌになつき、王太子妃候補の選定で苦しんでいた頃からずっと支えてくれているのだ。
彼女もここで、所長補佐として働いている。
「……ジュリエット。
わたくし、どうなっていたのかしら」
「どうもこうも、アル様に出くわしてのぶっ倒れからやっと復活したところですよ〜……」
頭を起こしてあたりを見回すと、ジュスティーヌのオフィスだ。
ソファに寝かされていたらしい。
そして、くもりガラスを嵌めたドアには、帽子を目深にかぶった男性がこちらを伺っているようにしか見えないシルエットが映り込んでいた。
「お帰り、いただかなかったの……?」
自然、低い声でジュスティーヌはジュリエットに訊ねた。
「なんとかここからは追い出しはしたんですけど、ご無事を確かめるまでは帰れないと言い張られて……
まさか警官を呼ぶわけにもいかないですし」
このオフィスの出入り口は一箇所。
3階にあり、通りに面した部屋なので、窓からどうこうというわけにもいかない。
スタッフには男性もいるが、超絶美形の上に超有能で、当然超武勇にも優れたデキすぎ王太子殿下を無理やり追い出せはしないだろう。
ジュスティーヌはため息をつくと、ジュリエットに助けてもらって身を起こし、珍しい銀色の髪を隠すために、外に出る時は必ずかぶっている栗色のカツラ──倒れたりなんだりで、だいぶズレていたが──を外して、髪や化粧を整えはじめた。
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「『アルベルト様』、どうぞこちらに……」
というわけで、復活したジュスティーヌは、面談用のソファを王太子に勧め、ジュリエットと一緒に、その向かいに並んで座った。
3人とも、なにから切り出していいのかわからなくて、しばし無言で紅茶をすする。
「ていうか、アル様、姫様がここにいるって知ってて来たんですか?」
口火を切ったのは、ジュスティーヌを守るためなら子猫を抱えた母猫並みに気が荒くなりがちなジュリエットである。
ちなみに「アル様」と勝手に略して呼んでいるのは、アルフォンスに親しみを感じているからではなく、大事な大事な姫様を苦しめる者だからわざと雑に扱っているだけだ。
「いや。
知っての通り、婚約相手の選定がなかなかこう……不調で。
ここはプロの手を借りて、私のどこが悪かったのかを知るのが肝心なのではないかと思いついたんだ。
貴族の相談も受けているところでは、ここが一番信頼できる、特に『ジャスティン』というカウンセラーを指名するとよいと聞いたのでね」
この国では、王族の婚約者は10代後半にだいたい決まり、18歳の成人後、少なくとも2、3年で結婚する。
すでに立太子している王子が23歳にもなって婚約者がいないというのは、異例のことであった。
「……王家の意向ですか?」
まさか、とアルフォンスは首を横に振る。
「じゃ、アル様がここにいらしたことは内緒にしときますから、姫様がここにいることは内緒ってことにしといてもらうんでOKですか?」
「……問題ない」
アルフォンスは、まだ顔色が紙のように白いジュスティーヌに視線を移した。
「……なにはともあれ、君が無事に暮らしていてよかった。
急な病気で領地で療養するとのことだったが……口さがない者があれこれ噂を立てていたし、一体どうしているのか、ずっと心配していたんだ」
いまだに療養していることになっているはずのジュスティーヌが、元気に帝都で人気結婚カウンセラーとして働いているということは、婚約が決まりそうになって嘘をついて逃げたということである。
アルフォンスは穏やかな表情でそう告げたが、その声は寂しげだった。
「……殿下、申し訳ありません……」
ジュスティーヌはうなだれる。
「あああああああ!だめ!そういうのだめッ!!
姫様はッ 責任を感じなくていいんですッ!!
姫様はなんにも悪くないのでッ!!」
ジュリエットがブチ切れた。
「でもジュリエット、ゲルトルート様もエミーリア様もウィラ様も、わたくしも逃げてしまったから、殿下が……」
王太子妃候補の最終選考に残っていた他の3人の令嬢の名を挙げて、ジュスティーヌは手元のハンカチをもみねじる。
17歳の春、いよいよ王太子の婚約者が決まる直前に、ゲルトルートは突然修道院に入り、エミーリアはいきなり他国の30歳年上の公爵に嫁ぎ、ウィラは年下の幼馴染と駆け落ちした。
そしてジュスティーヌも、「急病」にかかって、その後領地で療養し続けているということになっているのである。
え?という顔でアルフォンスが2人を見比べる。
今、ジュスティーヌは婚約者候補4人がアルフォンスとの婚約から逃げたとはっきり言ってしまった。
ジュスティーヌの視線が泳いだ。
「しゃーないじゃないですか!!
あのまま無理してたら、姫様、儚くなっちゃってましたよ!!
御髪もごっそり抜けてしまって……おいたわしくて、見ていられなかったですもん!!
あの時、私が橋の上で見つけてなかったら、姫様死んじゃうつもりだったんじゃないですか!?」
「ジュリエット、よしなさい!」
ジュスティーヌは慌ててジュリエットを止めた。
最初のうちは良きライバルであった4人のうち、ゲルトルートがまず逃げ、エミーリアが続き、ウィラまでも駆け落ちという奥の手を使ったと知った直後、ジュスティーヌが円形脱毛症になってしまったのは事実である。
もう無理だ、耐えられないと思いつめたあげく、遺髪代わりに抜けてしまった髪を束にし「探さないでください」とだけ書いた紙を残して公爵家の館を抜け出たときには、確かに人目につかないよう、川にでも身を投げるつもりだった。
死に場所を求めてさまよっていたジュスティーヌを、本人曰く「姫様大大大好きパワー☆(キラキラ)」で見つけ出したジュリエットは、公爵家と交渉し、どうやって説得したのかは知らないが、病気療養中ということにして、男爵家がひそかに預かることにしてくれた。
だが、アルフォンスの前で口にしていい話ではない。
「そんなに……そんなに、君は、私と結婚するのが厭だったのか!?」
アルフォンスが絶望の声を上げる。
ジュスティーヌとジュリエットは、互いに顔を見合わせて、色々やってもうた…と、ため息をついた。
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「……すまないが、気付けになるようなものが、なにかないだろうか」
顔よし頭よし性格よしな上に、王族としての資質も際立っているアルフォンスだが、さすがに堪えたらしい。
いつも機嫌よく振る舞う彼には珍しく、どんよりした雰囲気を隠しきれないまま、うなだれている。
ジュリエットが、キャビネットからブランデーを取ってくると、空いたアルフォンスの茶碗にどぼりと注いだ。
ついでにジュスティーヌの茶碗にも、自分の茶碗にも注ぐ。
「……かんぱーい?」
ジュリエットが小声で言うが、後の二人は黙ったまま、それぞれ一息にブランデーを煽った。
ジュリエットも慌ててちびりと舐める。
「なぜ立て続けに婚約者候補が消えたのか、おかしいとは思っていたんだ。
なにか……こう、女性に嫌われるような匂いでも出しているんじゃないかと、一日に何度も身体を洗ううちに、肌が荒れて侍医に止められたこともあった」
空になった茶碗を持ったまま、ぼそりとアルフォンスは呟いた。
「ぇぇぇぇぇ……
アル様、むしろいい匂いですよね?
汗をかかれていても超爽やかで」
アルフォンスも人知れず悩んでいたと知って、目を丸くしながらジュリエットが言う。
ジュスティーヌも目をみはって、こくこくと頷いた。
はは、と、当時の懊悩が無駄だったことを改めて知ったアルフォンスは壊れたような笑いをもらした。
「……ではなぜ、レディ・ジュスティーヌも他の令嬢達も、私から逃げ出したんだ?」
「それは……」
ジュスティーヌが視線を泳がせる。
なぜあんなに17歳の自分がアルフォンスとの婚約を恐れていたのか、巧く言葉にできる気がしない。
あ、そうだ!とジュリエットがなにか思いついて席を立つと、「YES!」と書かれた赤い札にペンほどの長さの棒をつけたものと、同じように「NO!」と書いた青い札に棒をつけたものを持ってきて、ジュスティーヌに渡した。
「なんだその札は?」
アルフォンスがパチクリと2つの札を見やる。
「相談者の中には、内気な方が結構いらっしゃるので、お話するのが難しくなったときに、この札で意思表示をしていただくことがあるんですよ。
ちなみに、このやり方、なかなか好評で、成婚退会の時には、裏表に『YES!』と『NO!』のアップリケをした枕カバーを記念品としてお渡ししてます」
「面白い記念品だな……」
アルフォンスは素直に感心した。
「というわけで姫様、どういう条件だったらアル様と結婚したか、YES! NO!の札でお答えください!
まず、アル様が男爵の子息だったら、結婚しましたか?」
目にも止まらない速さで「YES!」の札が挙がる。
公爵令嬢であるジュスティーヌにとっては、王族よりもむしろ男爵の子息の方が結婚しにくいはずなのに。
アルフォンスは「えええええ!?」と驚倒した。
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以下、ジュリエットは色々条件を変えて、ジュスティーヌに質問した。
途中、アルフォンスはこれはメモを取った方がよいと、ペンと紙を求めた。
「まとめると……
性格は今のままがベストだが、おっとりのんびりする方向ならそれも可である。
性格が今と同じであれば、容貌は、背が低かろうと高かろうと小太りだろうとガリガリだろうと髪が薄くてもよいし、顔がその……父上似でもよい」
国王はいわゆるモブ顔なのだが、王妃は絶世の美姫と謳われた隣国の王女。
アルフォンスは圧倒的に母親似なのだ。
王室グッズの売上ナンバーワンはアルフォンスの肖像画の複製。
マグカップもノートも手鏡も、アルフォンスの肖像をつけるとアホほど売れる。
そんなに売れるのならばと王妃の発案で、慈善事業の資金集めのため、半日ほどアルフォンスをモデルに絵を描いて良い権利(ただしヌードはNG)──つまり、合法的にアルフォンスをガン見してもよい権利をオークションにかけたら、発案した王妃もドン引きするほどの価格に釣り上がってしまい、慌てて中止となったことまであった。
「能力は、貴族としてそこそこ以上であれば、他の条件に関わらず今より劣っていてもよい。
だが、王太子である限りは……どう条件を変えてもダメ、と」
「正確には、王太子でさえなければOK。
王族公爵侯爵伯爵子爵男爵平民のどれでもよい、ですね」
ジュリエットがトドメを刺す。
そこがネックだったとは思ってもいなかった様子で、アルフォンスは深々とため息をついた。
そんなことを言われても、男兄弟もいないし、王太子を降りることは難しい。
「……王太子妃になることを想定して育てられた君が、どうしてそんなに嫌がるんだ。
婚約者の選定でも、君は期待を上回る成果をいつも出していたじゃないか。
並々ならぬ覚悟が必要な立場だが、君なら十分やれると母上も評価していただろう?」
アルフォンスの繰り言めいた言葉に、ジュスティーヌの眼に、みるみるうちに涙が盛り上がった。
キィィッ!とジュリエットがアルフォンスを睨み、「姫様大丈夫ですか?」とジュスティーヌの手を握って慰める。
「ありがとう」とジュリエットに呟いて、ジュスティーヌは黙り込んだ。
アルフォンスはじっと言葉を待つ。
「……殿下は、完璧すぎるのです……」
長い沈黙のあと、ジュスティーヌはようやくぽつりと言葉をこぼした。
アルフォンスは苦笑する。
「私は全然完璧な人間じゃない。
……しかし、完璧な人間と思われると忌避されるというのは興味深いな」
一杯では足りなかったのか、アルフォンスは手酌でブランデーを注いだ。
「君が消えてから、私が女心をわかっていないのが悪いのかと思って、流行の恋愛小説を読んでみたんだ。
ふと、自分でも書けるんじゃないかと思って書いてみたら、それらしいものができてしまったので、つい絵入り新聞に投稿したら、いつの間にやら覆面作家ということになってしまってな。
私の作品の中で、読者からの反響が多いのは、まっとうな王子がヒロインに求婚する話ではなく、ダメな王子がいろいろやらかす作品なんだ。
ずっと不思議だったんだが、完璧な人間を避けようとするのと、表裏一体なんだろうか……」
「はぁ!?なんですかそれ!?」
ダメな王子がやらかすといえば、まずは婚約破棄物だろう。
なんで本物のキラキラ超絶イケメン、デキるスーパー王太子がそんなものを書いているのかと、ジュリエットもジュスティーヌも口をぽかんと開けてしまった。
「いや、自分でもなんでこんなことになったのかよくわからないんだが……」
最近売出し中の新進恋愛小説家の名を挙げ、知っているか?と少し気恥ずかしげにアルフォンスは二人に訊ねた。
「え。短編ばかりだけれど、めちゃくちゃ作品を量産していて、一人じゃなくグループじゃないかって言われてる人じゃないですか!」
「そういえば、ついさっき最新作を読んだような……?」
ジュスティーヌは、さきほどの絵入り新聞を2人に差し出した。
そうそうこれこれ、とアルフォンスは照れる。
「これくらいの軽い話だったら、だいたい20分で書けるぞ。
公務の息抜きにちょうどいい」
「ゔぁあああああああ!
そーいうなにをやっても斜め上にこなしてみせる完璧超人なところがアル様いかんのですよ!!」
寒くもないのに鳥肌が立ったのか、ジュリエットが二の腕をさする。
そう、アルフォンスはなにもかも完璧にできてしまう。
その人が国王になったときに、隣に王妃として並ばなければならない。
なによりもその未来が、耐え難かったのだ。
ジュスティーヌは、今まで視線を避けていたアルフォンスに目をあわせた。
「……陛下と妃殿下は、お互い苦手なところを補いあっていらっしゃるじゃないですか。
陛下は即断即決されるけれど、妃殿下は決めるまでに時間のかかる方。
でも、陛下が苦手な社交は、妃殿下が十二分にお力を発揮されていらっしゃる。
わたくしの父と母だってそうです。
でも、殿下は、なんでも、どんなことでも上手にこなされて、なにがあっても動じたり苛立つこともせずに、いつも鷹揚に笑っていらして……
いつもいつも絵に描いたような、『完璧な王子様』で……」
ようやく、訥々と出てきたジュスティーヌの言葉に、アルフォンスもジュリエットも聞き入る。
「わたくし達、王太子妃候補となった4人は、少なくとも最初のうちは、皆、殿下をお慕いしておりました。
優れた方ばかりで、他の方に追いつきたくて必死に頑張ったけれど、でも仮に選ばれたとしても……わたくしが殿下を補えることなんてなんにもないんです。
王太子には妃が必要だからいるけれど、いなくなっても殿下ご自身はちっとも困らない、そんな妃にしかなれないんです。
殿下が他のお立場でも、完璧でいらっしゃることには変わりはありませんけれど……他の立場であれば、まだ妻として、夫に甘えて生きることも少しは許されるはずです。
でも、王太子妃、王妃という立場は違います。
国王という圧倒的な力を持ちつつ、孤独な立場の方を、しっかりお支えできる者でなければなりません。
殿下の妃に選ばれたい、でも万一選ばれて結局はなんにもできない、役立たずの妃になってしまうのが怖い。
そう思っているところに、他の方達があっという間にそれぞれ違う道を選んでおしまいになって……」
わたくしは、卑怯にも逃げ出してしまったんです、とジュスティーヌは涙ぐんだ。
「それは……違う!
違うんだ、ジュスティーヌ」
アルフォンスは立ち上がると、ジュスティーヌの側に跪いた。
ジュスティーヌの手をそっと取る。
「私は『完璧な王子様』なんかじゃない。
王太子妃は父上と母上が決めることだから、婚約者が決まるまで、候補となった令嬢達には公平に接して、私自身が誰に側にいてほしいと思っているのか隠すべきだと思い込んでいた。
もっとはっきり、自分の意思をまわりに伝えればよかった。
そうすれば君も、ひょっとしたら他の令嬢達も、苦しまずに済んだ。
そうだろう?
……こんな風に後悔することばかりなんだよ、ジュスティーヌ。
そんなことも君に伝えられていなかった私のどこが『完璧な王子様』なんだ?」
アルフォンスは切々とジュスティーヌに訴えた。
あっけにとられた顔でジュスティーヌはアルフォンスを見返す。
「……がっかりしたか?」
「い、いいえ……」
ジュスティーヌは慌てて首を横にふる。
「最終候補となった令嬢達は、皆、王太子妃の地位にふさわしい優れた女性ばかりだったが……
私が間違ったことをした時、君が正してくれるなら、きっと素直に聞き入れられる。
どうにもならないことで思い悩んでしまう時、君がなだめてくれたらきっと切り替えられる。
どんな困難に直面しても、君がそばにいてくれればきっと立ち向かえる。
私はずっと、そう思っていた」
「そう、だったのですか……?」
うむ、とアルフォンスはうなずいて、ジュスティーヌの手をぎゅっと握った。
「私には君が必要なんだ。
今からだって全然遅くない。
お願いだ、私と結婚してくれ」
ほへッ!?と、令嬢にあるまじき、変な声を漏らしてジュスティーヌはのけぞった。
みるみるうちに赤くなっていく。
「でも、でも……わたくしもう、23歳です!
年頃の令嬢からお選びになるべきでは……」
「姫様のお年をうんぬんする不逞の輩が万万が一おりましたら、私が華麗に成敗いたします!!」
ぐっとジュリエットが拳を握って、シュシュッとパンチの真似をした。
「いいね!
もしレディ・ジュリエットが討ち漏らした者がいれば、私が王宮から蹴り出そう」
アルフォンスは笑ってうなずいた。
「でも、あの……
父と6年も音信不通で、公爵家の娘としての義務をなにも果たしていないのですから、貴族籍が抹消されているんじゃ……」
ジュリエットとアルフォンスは顔を見合わせた。
2人して首を傾げる。
「そこはずっと領地で療養中ってことになってますから、普通に大丈夫なんでは?」
「だな。
何年も療養しているからといって、貴族籍から排除されるルールはない」
うんうんと2人は揃ってうなずいた。
「というか姫様!
よく考えたらアル様、相当おかしいですよ。
なんで本物のキラキラ王子様が、おバカな王太子の話を公務の息抜きに書いて、匿名で発表してるんですか。
意味わかんないじゃないですか。
誰かまともな人間がちゃんと見張ってないとダメですよ!」
そうだそうだ!と男爵令嬢に「相当おかしい」と言われた王太子は真顔で頷いた。
「で、でも、……」
「ジュスティーヌ、結婚しよう!」
ジュスティーヌがまたなにか言い出す前に、アルフォンスは遮った。
テーブルの上に置かれていた「YES!」と「NO!」の札を取ると、ジュスティーヌに握らせる。
「『YES!』か『NO!』で答えてくれ!」
真っ赤になったジュスティーヌは、おずおずと「YES!」の札を上げた。
ご覧いただきありがとうございました!
また、評価&ブクマをありがとうございますありがとうございます…!
ところでアルフォンスが「これくらいの軽い話だったら、だいたい20分で書けるぞ?」とか煽っておりましたが、作者はこの作品にまるっと2.5日かかったので、次回はアルフォンスをギタギタにしてやろうと思います!!
もし「アルフォンスをこんな目に遭わせてやりたい」というアイデアがありましたら、ぜひ感想欄にお願いします!!(真顔)
☆★☆★☆★☆★☆★☆★
こんな感じのアホな短編から、ピンク髪ツインテヒロインが悪役令嬢志望のお姉様方にひたすらモテまくる長編、ダークヒロイン物中編まで、異世界恋愛物をちょいちょい書いております。
お時間がありましたら、ぜひ作者名のリンクからよろしくお願いいたします!