不完全な聖女
エル達の動き……。
「村人達は僕の屋敷に」
鎌の英雄であるエル――本名は別にあるが、エルと呼んで欲しいと伝えているので誰も本名を知らない。そのエルの指示で聖騎士は薬によって眠っている魔物に成り掛けている人々を運んでいく。
「………うお?」
「どうなるのと聞きたいんだね」
得るの外套をぎゅっと握ったままステラが尋ねるがステラは言葉を上手く紡げなくなっている。だからこその確認にステラはこくんと頷く。
「人の血肉を喰らっていなければ魔物に成り掛けている人を元に戻せるかもしれない。だから、村の人達に埋め込まれた魔物の種を凍らせて……眠らせるんだ」
危険が伴うけど。
「うっ?」
「絵本にあった聖女は魔物にさせられそうになった人を浄化して元に戻したというのがあるんだ。ステラちゃんが狙われたのはそれをさせないためだと思う」
人間に戻せる聖女が人間ではなくなったら………。人々の希望である勇者と英雄が魔物にさせられたら。それは魔王の部下の考えた長くえげつない計略。
「人々がかつての魔王と勇者の戦いを代を重ねていくうちに物語だと、創り物だと思うようになったけど、魔王の部下……魔人たちは少し前の記憶にしか過ぎない。虎視眈々と人が油断した時を狙って動き出したんだ」
人間は完全に後手に回ってしまった。
「ステラちゃんにはかなり負担を与えてしまうけど、ステラちゃんが人間としての心が残っている」
必ず、人間に戻せる。ステラが聖女がいれば……。
「ステラが?」
ああ。名前はきちんと言えるんだね。
「うん。大変な想いをさせるけどよろしくね」
「うん。あういあつ」
「役に立つ…と言ったのかな」
にこにこと普段のエルを知っている者達からしたら信じられないほど穏やかに会話をしている。
護衛のためと案内のためについてきている聖騎士達は戸惑う事しか出来ないが、勤務中なので顔に出さないように気を付けている。
「………間に合わなくてごめんね」
本当はあの事件が起きる前に動きたかったが後手に回ってしまった。ステラの頭を撫でながらエルは謝る。
「……………」
聖騎士は知っている。本来なら間に合っていたはずだった。
エルがその村の襲撃に気付いて、聖騎士を英雄権限で動かそうとしたが神殿が待ったを掛けたのだ。よりによって神殿が魔王の復活も魔人の存在も作り話だと一瞥して、聖騎士を動かすのを固辞したのだ。
それを説得して、動かせるために手を回してようやく動いた時にはあの惨劇。幸か不幸か村人達は誰も人を喰らっていなかったので眠らせる事が可能だったが、それも運が良かったに過ぎない。
現に人類の希望である聖女が魔物の種が埋め込まれてしまったのだ。
責は神殿に……神殿のありようを忘れて欲の皮を被った上層部にある。
「エル様……」
口を開く事は本来なら許されないが聖騎士の一人が口を開く。
「聖女様はどうなるのでしょうか……」
上層部はどんな判断を。
「…………聖女も勇者も英雄も神の与えた武器で選ばれる。何らかの理由で亡くなってもすぐに次が現れないだろうね」
つまり、最悪の事態は起こされないと思われる。
あくまでそこまで愚かでなければの話だ。
「だが、万が一の事があるから。ステラちゃんは聖女として後ろ盾を持たないと」
僕だけではなく。他にも誰かが。
「うっ?」
「大丈夫だよ」
分かっているのか、難しいから理解できないのか首を傾げているステラを安心させるように微笑んだ。
聖騎士の役目。
第一に勇者。聖女。英雄が魔物の動きを把握したらその命令に従い動く。
人々の脅威になる魔獣などの退治、討伐。
神殿。及び、神殿関係者の護衛。
その第一にしないといけない重要任務が魔王などおとぎ話だと思い込んだ上層部によって妨害されて、初動が遅れた。