聖騎士を目指した男の過去話
エルのある意味失敗談
それはラシャにとって腹立たしい苛立つ思い出――。
「なんでだよっ!!」
怒りに任せて殴りつけようとしたが、彼の師匠オシリス・カーマインは微動だにせずに自分の拳を受け止めた。
「技も力もある」
「だったらなんでっ!! なんで俺は聖騎士に向かないっていうんだッ!?」
俺のどこが劣っている!! どこが足りない!!
「……お前に足りないのはその足りないものが何か気付かない事だ」
「なんだよ!! その屁理屈!!」
ただいちゃもん付けたいだけじゃねえのかよ!!
ふざけるな!!
認めさせてやるとばかりに技を繰り出すが、それらを軽く受け止め、躱し、流される。
畜生。畜生。
「――師範」
苛立っている時にタイミング悪くそいつがやってくる。
外套を被り、大きな鎌を背負っている。胡散臭い恰好の知らない奴。
「リジエルか」
「お久しぶりです。任務が近かったので大聖堂に戻る前にあいさつをと思いまして」
被っていたフードを外し、こちらを見て。
「っ!!」
銀灰色の瞳を大きく見開く。それはすぐに消えたが妙に引っ掛かった。
なんで驚いた顔をしたんだ。
「おいッ……」
「弟子ですか?」
呼び掛けに聞こえなかったのかそいつはオシリスに尋ねる。
「ああ。聖騎士の候補だがな……」
試験にまだ行かせれない。
「だからなんでだよっ!! 俺は強いだろうがっ!!」
強くなった。力も技もある。
「それとも何かっ!! 武器を持たない奴は聖騎士に向かないとでもッ!?」
なんでだよ。
どうして認めないんだ。
…………認めてくれないんだ。
「………………」
リジエルと呼ばれた奴がじっとこちらを見る。
「師範。一勝負していいですか?」
外套を外し、鎌を手にして告げる。
………外套を脱いで気付く。
がりがりに痩せた身体つきだが、それは女性のそれ。
………………成長が遅れているが10代前半の少女だった。
「僕はリジエル・カーマイン。エルと呼ばれれている。――鎌の英雄だ」
鎌の……。
「英雄だと……」
こいつが。
こんな小さな……俺よりも年下のガキが?
「貴方の名前は?」
「………ラシャ」
名乗るのも面倒だけど、名乗られたのなら言わないといけないだろうと告げると。
「ラシャね」
上から目線のいい方にカチンときた。
「ラシャの実力を見せてもらおうか。――全力で来い」
ほんと上から目線だな。
「じゃあ、勝ったら何かくれるのかよ。それくらい褒美が欲しいな。それともあげる者がないからやるのを止めるとか言い出さねえか」
挑発するように告げる。
「ラシャ!!」
「いいよ。じゃあ、勝ったら僕のこの外套をあげる。かなり質の良いものだから防具としては保証できるよ」
「そんな汚れているのが質の良いものねぇ。まあいいか」
すぐに身ぐるみはがしてやるさ。
そいつの鼻をへし折ってやると殴りかかるが。
ひょいっ
そいつは後ろに飛ぶ。
「技もある。力もある」
逃げるだけだが、じっと観察しているようだ。
「力だけなら僕よりも強くて勢いがある」
ひょいひょいと逃げながらそんな評価をしてくる。
「当然だろう!!」
その為に技術を身に付けて鍛えたんだ。
リジエルの避ける先を予測して攻撃をする。その高い鼻をへし折ってやるつもりで。
「でも……」
がんっ
拳を鎌で受け止められる。
「………信念がない」
静かな声。
「何のために聖騎士に成るの? その力を何に使いたい?」
それが理解できないうちは聖騎士に成れない。
なんだそりゃ!!
聖騎士に成れないっ!!
ざけんなっ!!
俺は聖騎士に………。
誰もが認める存在になりたいのだ。
そうだ……。
誰よりも認めてもらい相手のまさかの駄目だしにいら立ち。その元凶のように思えた鎌の英雄と呼ばれているそいつを殴れば認めてもらえると思っての全力での攻撃をしようとした。
いや、したと思った。
真っ直ぐに向けられる眼差し。
その眼差しに宿っている”何か”に恐怖を感じる。
そいつは攻撃をしてこなかった。
ただ………。
細切れにされたと錯覚した。
リジエルから放たれるのは覇気というか、闘気というか圧倒されるほどの気迫。
その気迫だけで死んだと感じたのだ。
「なぜ戦うかその根本的な想いを気付かないと聖騎士に成れない」
身体が竦んでいるラシャに向かってそいつは説教を垂れる。
「でも、戦い方と強さはすごいからそれに気づけば」
「うるせえ!!」
なんだよそれ。
「俺が聖騎士に相応しくねえのならそういえばいいだろうがっ!!」
畜生畜生畜生!!
悔しい。悔しいのだ。
視線の先には師範の姿。
(俺を認めねえのかよ!!)
他でもないあんたに求めてもらいたいのに。
「…………ラシャ」
師範の声が忘れられない。
「少し頭を冷やせ。それまで帰ってくるな」
それは破門宣告。
認めてもらえずに目的を失ったら者は荷物を持って世話になった場所を飛び出した。
「なんで今更思い出すんだ」
がんっ
持っていたグラスを乱暴に机に叩きつけるように置く。
「おいおい機嫌悪いな」
そんなラシャに絡んでくる酔っ払い。
「酒でも足りないんじゃねえの?」
「摘まみを食いながら飲まないから悪酔いしてるんだろう。コカの実を食うか?」
最近この町の特産品になっている果物の名前を出してくる。この街は少し前まで大量の宝石が手に入るという事でそれに関係した色が多かったがそれも過去の話だ。すっかり落ちぶれたと思った。
それが払しょくされたのはコカの実というこの街にしか手に入らない植物が手に入ったからだが、それに関しては舌打ちをする。
「そんな高級品に手を出すわけねえだろう」
酒代を払って店を出る。
どこかで飲み直すか。いや、だいぶ酔ってきたな。
……………見たくない者の幻まで見えてきやがった。
幻だと思った。そうであってほしかった。
なんでさっき思い出したくない事を思い出したのか。もしかしたらムシの予感だったのだろう。
――もう、関わらないと思ったのに。
「お久しぶり。ラシャ」
飲み渡って酔って頭が痛いなと思っている矢先に、悪夢に遭った。
運命の分かれ道




