静かに迎える朝
翌日。
鳥のさえずりで目を覚ます。
「おはようございます」
びくっ
目を覚ますと同時に声を掛けられてびっくりする。
「えッ……あの……」
壁に控えている形で立っている女性。その恰好は確か…………。
「シスター。でしたっけ?」
神に仕える女性の事をそう呼ぶのだ。
ステラも村を出たらシスターになると言っていたが。
「はい。シエル様の世話をする事になりました。どうぞよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げられる。
「起きたところで申し訳ありません。司祭様がお呼びです」
どうやらそれを伝えに来たのか。
「えっと……今すぐですか?」
「いえ、朝食を取られてからでよいとの事です」
ですが、あまり待たせるな。
そう言外に言われた気がする。
とりあえず、着替えをして、
「あれっ?」
いつも首に下げていたお守りがない。
――これは返してもらうぞ。
昨日見た夢を思い出す。夢では男に奪われたんだがそれが現実でも消えている……。
「どうかしましたか?」
ドアの外で待っているシスターが尋ねる。
「なんでもありません」
探さないと。でも、それは後に回さないといけないようだな。
焦る気持ちを抑えて、今は待たせているのだからそちらをしないと。
そんな事を考えつつ着替え終える。着替え中もずっと近くを見たけどあの特徴的なお守りは見つからなかった。
(そういえば、昨日は食事どころではなかったな。ノヴァにリンゴを貰ったから空腹で目を覚ますという事はなかったけど)
そう言えば………。
『可愛い 可愛いいとし子よ
今日は何をしましたか?
楽しい事があったのなら
それをそっと抱えながら
虹の橋を渡りましょう
明日もいい事がありますように
可愛い 可愛いいとし子よ
今日は何がありましたか?
悲しい事があったのなら
そっと雨に混ぜましょう
涙が虹の橋になる
明日はいい事がありますように』
エルがステラに歌っていた子守唄。あれはうちの村にある子守唄だ。いとし子の部分が坊やになったりお嬢さんになったり子供達になったりとさまざまのアレンジがあるのだが、それを歌っていた事に驚いた。
「村の出身なのかな」
もしかしたら。
でも、顔を見た事なかったし。
「う~ん」
エルに関しては謎が多い。
関係ないかもしれないけど、あの妙な悪夢もエルと会ってから見るようになった。
夢の中にはステラもいて、ノヴァも出てきた。もう一人は顔が分からなかったけど、エルと同じ鎌を持っていた。
「何かあるのかな……」
気になる。
ブツブツ独り言を言いながら辿り着いた食堂で朝食を受け取る。
「よっ」
「ノヴァ」
そこには先にノヴァが食事をしていた。
「お前もこの時間か」
遅かったな。
隣に座れとばかりに手招きされたのでお盆を持ったまま隣の席に着く。
「そっちこそ」
食堂はほとんどの人が食べ終わっていて席を立っている。ぱっと見ると聖騎士。シスター。そして、神父がちらほら見える。
そう言えば、司祭がお呼びだと言われたけど、司祭って………。
「魔力を持って、魔法が使える神父が司祭。で、同じように魔法を使えるシスターが巫女と言われる」
ノヴァが簡潔に教えてくれる。
「よく知っているな」
「まあ、リジィが教えてくれたしな」
リジィ……。
「それって、エルの事だったよね」
「そう。リジエル。エルというのは聖なるという意味があるとか教えて自分に合わないと散々言っていたのにそう名乗っているのが笑える」
そんな事を言いながらパクパクと食事をしている。
「知り合いなのか? エルと」
気になっていたのだ。二人はどこか気さくで。なんというか……疎外感を感じるのだ。
「………まあな」
言葉を濁される。
「まあ、さっさと食事をして司祭に会いに行くぞ」
俺も呼ばれたしな。
「あっ、うん」
催促されたので食事をする。
村ではなかなか食べれない食事に舌鼓を打ち、じっくり味わいながら食事をする。
その様をノヴァは嬉しそうに目を細めてみている。
「んっ?」
どうかしましたか。
尋ねるように視線を送ると。
「美味しそうに食うなと思ってな」
「………それが何かおかしいか」
意味が分からないと首を傾げる。
「なんでもない」
誤魔化すようにデザートを食べる。
「変なの……」
あっ、これも美味しい。
ぱくっ
珍しいものを食べて頬を緩ませてしまう。
それをじっと見つめているノヴァ。
意味が分からないけど、もう突っ込むのも何だしと無視する。
(……………良かったな)
ノヴァは覚えている。
前回はシエルが食事を楽しむ事が出来なかった事を。
食事中も気を張って、ずっと神経を尖らせていた。
食事をするのはあくまで栄養を取るためだけの行為で味は二の次だった。
食事をしている間にステラに何かがあったらと怯えて、恐れて集中していなかったのだ。
大聖堂での魔物襲撃事件。ステラが魔物に成り掛けている事を知られて殺されそうになった。
聖女の聖武器がステラの首に填まっていなかったらとっくの昔に殺されていた。俺とあいつが守らなかったら手遅れだった。
………そんな事があったからシエルはますます周りを警戒して信用しなくなっていた。
『僕がステラちゃんを守るから。食事はじっくり味わいなさい!!』
あいつがそう叱りつけてようやくシエルは食事を味わう事が出来るようになったのだ。
だが、その頃にはシエルは食事の味が分からなくなっていたのだけど。
(お前の努力が報われてるぞ)
シエルは人間を警戒していない。敵だと拒絶していない。
しっかり眠れた表情。嬉しそうに食事をするシエルを見て、ノヴァは陰で支えている存在にそう囁いた。
この時間が当たり前ではない。




