選ばれて望まれた存在
それを人は勇者と呼ぶ。
英雄と呼ぶ。
そのひと振りは今まさに聖騎士に成ろうとしてこの場所に来たはずの子供を襲わんとしていた魔物の腕を切り落としていた。
「あっ……」
状況を把握しきれていない子供が信じられないと目を大きく見開く。
「さっさと逃げろ」
慇懃無礼という態度だが、それが許される立場。
聖なる武器を持てるのはこの世でただ一人。
勇者だけだ。
聖騎士が勇者の指示に従い、子供を助け出す。
「さて、ウォーミングアップに付き合ってもらうぜぇぇぇぇぇ!!」
勇者……ノヴァの言葉に。
ぐぉぉぉぉぉぉぉぉ
唸り声をあげて襲い掛かる。
その目には怒り。
そして、完全な敵意。
魔物の丸太のように太い腕がノヴァを襲う。
「今更本気を出してもおせ~んだよ!!」
ひょいっ
ジャンプして、腕に乗る。
そのまま腕をよじ登って、顔に剣を振りかざす。
ぎゃぁぁぁぁぁぁあ
悲鳴。
痛みで魔物がやみくもに腕を振り回す。
「うわっ!!」
ノヴァがその動きで落下する。
「危ないっ!!」
叫んだ瞬間だった。
ぽろんっ
弦を弾く音。
その音によって生まれたかのようにたくさんのシャボン玉のようなものが落下するノヴァを守るように発生してクッションのように受け止める。
それだけではない。
ノヴァを受け止めた泡と同じようなものが魔物と子供たちの間に割り込むように生まれて、魔物を封じ込めている。
ごぉぉぉぉぉぉぉん
風が横切った。
そう感じた。
魔物の目の前には大きな鎌を持っている存在が現れて、あまりにも速い攻撃で動きを封じていた膜が割れた瞬間。真っ二つに裂いた。
「けがにんがいるようならすぐにちゆしのもとにはこんでください」
竪琴を持った綺麗な女性が現れて聖騎士に命じる。
一言で表現すると白百合という感じだった。
銀色の髪に淡い水色の瞳。透き通っているように感じる真っ白い肌で細くしなやかな見た目。
ステラという村で一番の器量よしの幼馴染を見ているから実は目が肥えているシエルですらその女性が美人だと思ってつい見惚れてしまったのだ。
「あれが……楽器の英雄……」
「【氷奏のアリア】か………」
「噂で聞いていたけど綺麗だよな」
「ああ。まさに傾国」
もちろんそれはシエルだけではない。この場にいる聖騎士候補の少年全員が全員見惚れているのだ。
「あの楽器……」
ノヴァだけ眉をひそめて女性ではなく楽器に注目している。さっき誰かが楽器の勇者と言っていたが、ではあの楽器がおとぎ話にあった星の武器だろうか。
その女性の側には数時間前に別れたキャルの姿……。
「キャル?」
「シエル!? 良かった無事だったんだね!?」
ほっとしたと微笑まれる。
「もしもの時に備えて警備していたけど実際に起きるとやっぱ動揺するわよね」
想定していると実際起こるとやはり感覚が違うしね。
「被害はどうなんだ?」
ノヴァが問い掛けると、キャルはノヴァの武器に視線を向けて、信じられないと大きく目を開く。
「あっ、アリア様っ!! アリアさまぁぁぁぁ!!」
慌てて大声で叫ぶ。
「キャルくん。どうしましたか?」
おおきなこえをだしたらみなさんびっくりしますよ。
どこか穏やかな口調で竪琴を持っている女性がこちらに向かってくる。
「あらっ?」
女性の目がノヴァの武器に向く。
「せいなるぶき……」
信じられないと呟く。
「では……あなたがこんだいのゆうしゃですね」
ノヴァに視線を合わせて確認する。
「そういうお前は……楽器の英雄か?」
ノヴァの声が掠れている。必死に動揺を隠そうとしているかのようだが、隠す必要などない。だって、この場にいる者全員がノヴァとは別の意味で緊張しているのだから。
魔物に襲われるという前代未聞の事件が起きるし、そこに雲上の存在だと思われた英雄が現れる。しかも、自分達と同じように聖騎士の試験を受けに来た者が伝説の勇者の武器を持っているのだ。
緊張していないと言えば嘘になるだろう。
「はい。はじめまして。わたくしはがっきのえいゆう。アリアともうします。よろしくおねがいします」
「……………ノヴァだ」
アリアと名乗った女性がノヴァに手を差しだして握手を求める。ノヴァはそれに応えるように持っている武器をどうしようと視線を向けて、左の脇に挟むように移動させて、服でごしごしと掌を拭いて握った。
英雄と勇者の手が握られる。
その感動的な場面を誰もが歓声を上げて見ていた。
おそらく、吟遊詩人や脚本家が後世に残すと思われる歴史的瞬間。
それに立ち会えたのだ。
だが、その感動的な場面を。
「っ!! アリアさんっ!!」
高い声が遮る。
避難していた一人の聖騎士候補の子供が魔物に姿を変えて、二人を襲い掛かろうとするのだ。
「相変わらず。狡猾で吐き気がする」
鎌がその魔物の足を切り落とす。
「誰もが危機が去ったと気が緩んだ隙に別動隊を動かす。いい案だよね」
されたこっちは溜まったものじゃないけどな。
外套がめくれる。
短い黒髪が露になる。
「ありがとうね。エルくん」
アリアが声を掛ける。
「いえ、想定内だったので」
礼を言われるほどではありません。
周りを警戒しつつ、エルが答える。
「流石、【神風のエル】」
「あれが、鎌の英雄」
ざわざわとエルに向けられる視線にエルが緊張したように外套を被る。
「お前……」
ノヴァがエルに向かって駆け寄る。
何か言おうとしたノヴァだったが、エルがノヴァに視線を向けて黙らせる。
そう黙らせたように見えた。
「まだいる」
エルの声がしたと同時に。
ばりばりばりん
天井のステンドグラスが割れて、魔物が入ってくる。
「キサマダケデモ!!」
魔物が叫ぶ。
エルに向けて爪を伸ばす。
――剣に呼びかけろ!!
夢の中の男が叫ぶ声が聞こえた気がした。
それの意味が分からないが、武器を求めた。
守るために武器を――。
手の中に光が集まり、気が付いたらその光を握って、その攻撃を防いでいた。
神風のエル。鎌の勇者
氷奏のアリア。楽器の勇者。
勇者。ノヴァ。




