シャーロットの願いとラッセルの願い(七夕ネタ)
【七夕当日】
「七夕をやるぞ」
季節もすっかり夏めいてきたある日の朝。笹を抱えて教室に入ってきたラッセルが、唐突にそう宣言した。
なんでも、遠い異国には年に一度、笹に飾りや『短冊』をつけて楽しむ風習があるそうだ。『短冊』というのは細長く切った紙で、願い事を書くためのものらしい。願いを書いた短冊を笹に飾れば、遠い星の「オリヒメ」と「ヒコボシ」なる人物がその願いを叶えてくれる……らしい。
物珍しさからか、皆さっそく短冊に願いを書き、飾り始める。やはりお互いの願い事が気になるようで、覗き合い、見せ合いをするグループがそこかしこにできた。
僕も自分の短冊を結びつけながら、ふと近くの短冊を見てみた。
その瞬間、噴き出さなかった自分をほめてやりたい。
『彼女が「好き」と言ってくれますように。ラッセル』
思わずラッセルの方を見ると、彼は自分の机の傍に立ち、何やら期待のこもったまなざしをチラチラとシャーロットに向けていた。
シャーロットはといえば、背後からのそんな視線にも気づかず、短冊を前に悩んでいるようだった。
「うーん……願い事、願い事……。一つにしぼるの、難しいかも」
「短冊ならまだある。好きなだけ書いていいぞ!」
どん、と音がしそうな勢いで、ラッセルが短冊の束をシャーロットの机に乗せた。
「んーっと、それじゃあ――」
『家族みんな元気で、幸せでいられますように』
『料理が上達しますように』
シャーロットは二枚の短冊に、さらさらとそう書いた。それぞれに名前も書いて、ペンを置く。
「……それだけか?」
「うん」
「…………飾ってきてやる」
短冊を受け取ると、ラッセルは心持ちしょんぼりした様子で笹に近づいていく。
その後ろ姿を見送り、ラッセルの視線が自分から外れているのを確かめると、シャーロットは素早くもう一枚、短冊を手に取った。
用心深くもう一度振り向いて、ラッセルが見ていないのを確認。
短冊を手で隠すようにしながら、大急ぎで何かを書いた。
書き終えたそれは、やはり手で隠したまま、シャーロットはまた振り向いて笹の方を見た。しばらくそうしてタイミングを伺う様子を見せていたが、やがて諦めたらしい。その短冊はこっそりと、彼女の机の中に仕舞われた。
放課後、忘れ物を取りに戻ると、教室にシャーロットが残っていた。
シャーロットは笹のそばに立っている。短冊を飾っているようだ。
「ラッセルには内緒の短冊?」
声を掛けると、そこで初めて人がいることに気づいて、シャーロットの肩がびくりとはねた。手も止まってしまったが、短冊はしっかりとその手に握られたままだ。
「……びっくりした」
「ねえ、その短冊、何て書いたの?」
シャーロットは少し躊躇い、僕の好奇心丸出しの目を見つめた。僕が引きそうにないことを悟ると、恥ずかしそうに短冊を差し出した。
『ラッセルが好きな人と幸せになれますように』
……これは――。
「シャーロットは、ラッセルの好きな人が誰か、知ってるの?」
シャーロットの首がふるふると振られる。横に。
「なら、これは止めておいた方が良いんじゃないかな」
「そう思う?」
「思う」
「じゃあ、止める。願い事を変える」
シャーロットはあっさりと短冊を仕舞う。新しい短冊とペンを手にすると、迷いなく願いを書いた。
『ラッセルがお弁当を美味しく食べてくれますように』
「これ、『お弁当』を『私』に変えるとラッセルが鼻血噴くな」
「え?」
「いや、何でもない」
実にシャーロットらしい願いだ――と思ったところで、小さなひらめきが来た。
「もしかして、『料理が上達しますように』っていうのも、ラッセルのため?」
途端にシャーロットの顔が赤くなる。
「だ、だって、私が出来ることってこのくらいしかないし……」
そう自嘲するように言うシャーロットは、ラッセルのことを考えているのだろう、表情が『女の子』だ。
「その願いなら、とっくに叶ってるんじゃないのかなあ」
「そんなことない。ラッセルには一度も、『美味しい』って言われたことないもの」
ラッセルには文句を言われてばかり。肉の焼き方も注文が細かいし。味が薄いって言うから濃くしたら、今度は濃すぎるって言うし。
唇を尖らせるシャーロットに、しかし僕はラッセルの照れ隠しを指摘するようなことはしなかった。その前に、シャーロットが言葉を継いだからだ。
「でも、ラッセルはいつも全部残さずに食べてくれるから……頑張るの」
そう言ってシャーロットは、とても綺麗に笑ったのだった。
【ラッセルの短冊準備】
「どうしたの、そんならしくない真面目な顔して。何してるの?」
「短冊を書いているところだ」
「ああ、そろそろ『七夕』だったわね。見せて――って、こんなに?」
「仕方ないだろう、願いを一つに絞れないんだから」
「欲張りね、まったく。どれどれ」
『シャーロットを抱きしめられますように』
『シャーロットとキスできますように』
『シャーロットと一晩中いっしょに居られますように』
『シャーロットが俺のベッドに入ってくれますように』
『シャーロットの○○を××られますように』(※自主規制)
『シャーロットの○○○を××られますように』(※同上)
『シャーロットの○○○に▲▲▲を■■られますように』(※同上)
『シャーロットと×××できますように』(※同上)
『シャーロットと一緒にお風呂に入れますように』
『シャーロットとお風呂でも×××できますように』(※自主規制)
「何これ。短冊が全部ピンクに見えるんだけど? 元は五色の短冊のはずよね?」
「たっぷり思いを込めて書いたからな」
「……放っておいたらそのうち妖気でも放ちそうね。これ、うっかりシャーロットが見たりしたらショック受けるから。もっと……そうね、純粋なお願いにしなさい」
「……そうだな。じゃあ」
『おはようからおやすみまでシャーロットを見つめていられますように』
『ずっとシャーロットが俺のそばに居てくれますように』
『シャーロットが俺のプロポーズを受けてくれますように』
『健やかなる時も病める時も、シャーロットと共に手を取り合い愛し合っていられますように』
『シャーロットが俺の子を産んでくれますように。できれば、シャーロット似の可愛い娘が生まれますように』
『シャーロットと同じ墓に入れますように』
『シャーロットの魂と俺の魂が、死しても離れることなく永遠に寄り添っていられますように』
「確かに、純粋な愛かもしれないけど! ストーカーから家族計画になって、最後にはとんでもなく重くなってる気がするんだけど?」
「ふん。このくらいで重いだと!? 俺の気持ちを侮ってくれては困る!」
『シャーロットの姿が俺以外の男の目に入りませんように』
『シャーロットの声が俺以外の男の耳に入りませんように』
『シャーロットに俺以外の男の姿が見えなくなりますように』
『シャーロットに俺以外の男の声が聞こえなくなりますように』
『シャーロットに触れた男は俺以外全員手足がもげますように』
『シャーロットに近づく男は俺以外全員不能になりますように』
『シャーロットの全てが俺だけのものになりますように』
「湧き出す独占欲が怖い!! なんでいきなり病んだのよ!」
「病んでなどいない。純粋な愛だ!」
「だったらなんでこんなにドス黒く見えるのよ短冊が! これは全部没収!!」
「……チッ」
「……もう。もっと他の、可愛らしい願いは無いの」
『シャーロットの生着替えを拝めますように』
「おかしいわね。十分変態らしい願いのはずなのに、この流れのせいか随分可愛らしく見えるわ……」
「シャーロットにはとても見せられないけどな」
「分かってるならなんで書いたのよ」
「ここまでの短冊は全部下書き、練習だ」
「その割には本気に見えたけど。……なんで突然正気に戻ったのよ」
「――実はもう、シャーロットに見せても大丈夫な願いは決めてある」
「へえ。何?」
「………………教えない」
「……ふーん。じゃ、あとでシャーロットに聞こう」




