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破:Psyche ―スワンソング―


 『はじめまして。Ideaです。この動画が流れている頃、私は既にこの世の者ではありません』


 そんな台詞から始まった動画は、30分にも及ぶものだった。


『私は、ある病に侵されています。治療が思うようにいかず、日々怯えながら生活をしています』


 彼女は灰色の瞳と栗色の髪を震わせ、表情を曇らせる。そして、徐に頭へと手を伸ばした。

 僅かに乾いた音を立てて、髪が……いや、ウィッグが外される。晒された頭髪が1つもない頭。そして、瞳に徐に指を入れ、灰色のカラーコンタクトが外された。

 そこから現れたのは、赤い瞳。血のように赤く美しい瞳だった。


『抗がん剤治療のため、髪はすべて抜けました。あぁ、瞳は生まれながらの物で、普段からこのカラーコンタクトを使っていました』


 先ほどまでの表情とは打って変わり、普段動画でみていた笑顔で語る彼女だ。


『歌の動画は、全て診断を受けた日から少しずつ作った物です。元々私はシンガーソングライターになるのが夢だったので。けれども、病の所為で夢がかないそうもないな、と思い行動に移しました』


 なんでも、彼女は中学時代から作詞作曲をしていたらしい。そのなかでも気に入った物を動画にしていたそうな。その数、5年で39曲。

 楽器演奏などは彼女の家族や友人たちがスケジュールを合わせてやってくれたらしい。彼女はその事について感謝を述べていた。


『そして……、私は家族に1つの遺言を残しました。私が死んでから動画を配信するようにって。今から歌う最後の曲を含め、40曲を。その方が、謎めいていて、おもしろいでしょう?』


 彼女は悪戯っぽく笑い、少し間を開けてため息を吐いた。


『本当は、生きたい。でも、お医者さんにあと半年持てばいい方だって先日言われました。悔しいけれど、現在の医学じゃこれが限度らしいです』

『※編集者注:これを撮影したのは――年 ――日です』


 編集者が出したテロップに、僕は吹き出しそうになった。『Anarkh』がアップされる丁度一か月前なのだ。

(じゃあ、なんだ? この動画を撮られて間もなくってことなのか?!)

 彼女が患っている病は白血病に近い。しかし、それよりも重いものらしく、生存率は極めて低い。たしか、薬が最近できたとか聞いてはいたが……。

 動画の中の『Idea』は椅子に座り、近くに置いていたギターを抱えてカメラに向き直った。


『今日は、最後の曲を皆さんにお届けします。タイトルは「Psycheプシュケ」です。意味は魂あるいは蝶』


 ――いつかまた、生まれ変わって歌えるように。


 そう呟き、彼女は歌い始めた。

 一人ギターを抱え、歌いだす『Idea』はとても痛々しくて、美しかった。途中身体が痛むのか指が止まろうとしたが、最後まで彼女は歌いきった。曲自体長くない。けれども、その間、僕は呼吸も忘れていた。


 これは、スワンソング……、死ぬ間際の白鳥が遺す、最も美しい歌声だ。


『聞いてくれてありがとうございました。この40曲目を最後に、私は引退します。今まで、ありがとうございました』


 一礼した後、暗転。そして、テロップ。


『編集より。皆様、Ideaを応援してくださりありがとうございました。全ての方へ感謝します』


 終わった動画を止め、僕は深いため息を吐いた。

 『Idea』はもう、この世にいない……?

 それが本当か、嘘か、僕は判断がつかない。

「これは、とんでもないことになったぞ……」

 僕の予想通り、SNSは荒れた――。


 * * *


 『Idea』の最後の動画から、既に1年が経過した。

 けれども、『Idea』の曲は人気が衰えず、新曲がもう出ない事を知っていながら、彼らは彼女の曲を愛し続けた。

「『Idea』の曲、どれも素敵だよね」

「もう亡くなったから新曲が出ないけど、それが残念だよね……」

 すれ違った少女たちの会話に頷きながら、僕は街をいく。人込みを避けるように少しずつ、少しずつ、まるで冥界へと降りていくように人気の少ない道を辿って行った。


 あの日、僕は『Idea』のアカウントにメッセージを送った。

 否、『Idea』の死後、動画を上げた人物に、である。

 どうしても、生前の彼女について聞きたかったし、可能であるならば焼香を……とも思ったのである。それに、なぜ金曜の午後9時35分に動画を更新したのかを、何故か直接聞きたくなった。

 交渉に次ぐ交渉の末、僕と代理人は小さな喫茶店で会う約束になった。

「ここ、か?」

 僕が蔦の絡まる小さな喫茶店のドアを開けると、一人の若者が手を挙げていた。その姿に、僕は目を丸くした。


 ――僕の、弟だったのだ。


ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

次でラスト、です。

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