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序:Idea ―魅惑の歌声―

短期集中連載です。


 ――20XX年、日本・某所


 ――ねぇ、『Idea』の新曲聞いた?


 それが、若者の間ではここ最近の挨拶のようなものになっていた。それほどまでに、謎の歌姫『Idea』は有名になっている。

 始まりは、動画投稿サイトにあげられた1つの動画。淡い水色のワンピースを纏った、灰色の瞳の女性が白い部屋で歌っている、というもの。だが、その曲はとても不思議で声も曲にあっていた。

 肘まで伸びた栗色の髪を束ね、のびやかな声で歌う謎の美女。

 動画の始まりに曲名と共にこの歌い手であろう名が記されており、そこから視聴者たちは彼女を『Idea』と呼ぶようになった。


 『Ideaイデア』……ギリシャ語で『理想』という意味を持つ。

 彼女の出す曲には、全てギリシャ語の単語が使われていた。歌は日本語だったり、ギリシャ語だったりのまちまちだが、どれもこれも魅惑的な曲と声で人々を引き付けた。聞く者の心の何かにそっと触れるような、そんな不思議な歌声が。


 最初に喰いついたのはギーク系と呼ばれるジャンルの若者たちだった。彼らは何度もこの曲をリピートしていくうちにSNSで宣伝していた。


 ――100年に1人の逸材

 ――電脳世界のセイレーン現れる!

 ――その名は『Idea』!


 いつしかファンアートイラストが生まれ、動画がSNSに上がり、彼女の歌声を聞いたものがまた情報を流していく。そんなこんなで、その年の流行語大賞の候補にもなるぐらいだ。

 そんなことがあり、今じゃ知らない人はいない、というぐらいにまで認知度が高まっている。

 5年前、流星のように現れた彼女は、一時期1月に1曲というペースでサイトに動画をアップしていた。しかし2年ぐらい前からは3か月に1曲というペースになった。それでも彼女が新曲を出すたびに若者たちは大騒ぎした。

 だが、いつまでたってもメジャーデビューの話は無かった。多くのファンがメジャーデビューを望んだだろうが、彼女はまったくそう言うそぶりを見せなかった。

 時には芸能人事務所が直接交渉しようと連絡を呼びかける書き込みをすることもあったが、何も返信がなかった。

 それところかファンが何を書き込もうが無反応だったのである。

 彼女はごく稀に発生するアンチのコメントに反応せず、淡々と歌の動画を上げ続けていた。

 ただ、曲が完成すると決まった時間――金曜の夜9時35分――に新曲を公表した。


 一部のファンの間では、ここから『フライデーナイト・セイレーン」なんて仇名を付ける者もいた。


 * * *


 僕は病院に入ると受付を済ませ、面会者用のバッチをつける。そしてエレベーターへ乗り込んで5階に上がった。

 この病院は、長期入院の人メイン。難病の治療にあたる最前線だ。

 僕の弟は血液関連の難病に苦しんでいたが、幸いにもいい方向に流れているらしい。骨髄移植が功を奏したようだ。

 もし、結果が良ければ少しずつ帰宅に向けての準備が始まる。そう思うとわくわくしている自分がいた。

 病室に入ると、弟はパーカーをパジャマの上から羽織った状態で音楽を聴いていた。イヤホンの接続されたプレイヤーに表示された曲名に、僕は苦笑する。

「また『Idea』の曲?」

「うん……」

 僕の声に、弟が頷く。僕の弟も彼女に……いや、彼女の声にメロメロになっている1人で、今も彼女の曲を聞いていた。タイトルは『Anarkhアナンケ』(ギリシャ語で『必然』)といい、恋する乙女の意気込みを歌ったものだった。5年ほど前に出された最初の曲で、弾けたメロディーに乗せて甘酸っぱい歌詞が歌われる。今でも結構若者がSNSで『神曲!』と言っているから覚えていた。

「確かにいい曲だよね」

 僕がそう言うと、弟は1つ頷きながらため息を吐く。

「ぼくは、『Idea』の曲を聞く為に生まれたんだと思う」

「それぐらいはまってるっていいたいんだよね?」

 僕の言葉に弟が「そういうこと」と苦笑しながら相槌を打つ。確かに、どれもこれもいい曲だ。


 ――だが、この数日後。

  『Idea』は突如『引退宣言』を動画にアップした――




ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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