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〜愛は呪いとなりて〜

作者: シクル
掲載日:2009/03/12

この作品は「〜夢は現となりて〜」のアフターにあたる作品です。

シクル(私)が「小説家になろう」での投稿一周年記念ということで一作目のアフターを今日この日に投稿します。

これからもどうぞシクルをよろしくお願い致します。

「進路…か」

高校で渡された進路希望調査のプリントの名前の欄に、少年は「河合晃」とシャープペンシルで走り書きした。

「まだあんまり考えてないんだよな…」

少年はシャープペンシルを持ったまま腕を組み、自分の進路について考え始めた。

これと言ってなりたいものはない。

したいことも特にない。

ただ平穏無事に暮らせればそれで良いとも思う。

しかしこのプリントの提出日は明日だ。

今日中に考えてしまわないとまずい。

「進学……するかな」

行きたい大学は明確には決まっていない。

だがこのまま就職という気にもなれない。

少年はシャープペンシルでプリントの進学の部分に小さく丸をした。

「晃ーご飯ー」

下の階から声が聞こえる。

母の声だ。

「わかった。今行くよー」

下の階の母に聞こえるように答えると、晃とよばれた少年はシャープペンシルを机の上に置き、部屋を後にした。



「眠てぇ…」

いつもの授業の中、晃は眠そうにあくびをした。

古典の授業中のことである。

「河合ー眠いかー?」

「はい、とっても」

そう言って晃はもう一度大きくあくびをした。

バン!

「痛ッ」

「集中せんか馬鹿者」

教師は晃の頭を出席簿で叩くと、また教卓の方へ戻って行った。

「つ…」

晃は少し痛む頭を押さえながら何気なく窓の外を見た。

外の景色が見える。

「……なんだありゃ?」

校庭の隅の方に何かが見える。

晃は眼を凝らした。

「ありゃ数学の黒田だな…何やってんだあんなとこで」

黒田という教師の他にもう1人。

ココからではよく見えないがあの長い髪からして女性のようだ。

「……浮気の現場?」

バン!

「痛ぇッ」

「どこを見とるんだどこを」

「いえ、何か外で黒田先生が…浮気をだな」

「黒田先生が浮気?何を馬鹿なことを言っとる?」

「いやいやマジですって。外見て下さいって」

「んん?」

「誰もおらんじゃないか」

「え?」

慌てて窓の外を見ると、黒田達のいた場所には誰もいなかった。

「おっかしーな…確かにさっきまでいたんですよ」

「もういい。ちゃんと授業受けろ」

「ほーい」

晃は無気力に返事すると、黒板に書かれていることをノートに書き写し始めた。



放課後。

既に引退しているため、部活動に出る必要はなく、進学や就職に向けて3年生は授業が終われば基本的にはすぐに帰れる。

未練がましく部活に出る連中もいるが、めんどくさがりの晃はすぐに家に帰る。

「まだかな」

掃除中の友人を晃は校門の前で待っていた。

ブロロロロロロロロ

近くで車の止まる音がする。

「お嬢様、どうかお気をつけて」

「心配はいらないわ。護衛も付けないでね」

「はい」

しばらく話し声が聞こえて、会話が終わると車がどこかへ走り去って行く音がした。

「お嬢様…?」

晃がいぶかしげに校門の外を見ると、1人の少女が立っていた。

いや、少女と呼ぶには彼女の雰囲気は大人び過ぎていた。

地面につきそうな程長い髪をかきあげながら彼女は晃の前に現れた。

「………」

言葉が出ない。

見惚れていると言うのが最も適切な表現だろう。

晃は彼女をジッと見つめていた。

「あなたこの学校の生徒?」

「え、あ…はい」

「そうかしこまらなくて良いわ。それより、案内して欲しいんだけど…」

「どこに…ですか?」

「敬語は良いわ。見たところあなた同い年見たいだし」

彼女はクスリと笑う。

「この学校の教員の黒田という男に合わせて頂戴ちょうだい。昼間は運良く会えたんだけど…」

「昼間って…」

黒田。

昼間。

晃は古典の授業の時のことを思い出した。

彼女だったのだ。

昼間に黒田と会っていたのは。

じゃあ彼女が…黒田の浮気相手?

ともハッキリとも言えない。

それに「お嬢様」らしい。

とても一般教員の黒田の相手をする家柄ではなさそうだ。

「わかった。案内するよ」

「ありがとう」

黒田がいるのは職員室だ。

1階なのですぐに行ける。

晃は彼女とともに職員室へ向かった。



「また君か」

職員室から出て来た黒田の一言目はそれだった。

浮気相手ではなさそうだ。

「一度であなたが言うことを聞かないからよ」

「小娘の戯言たわごとに付き合っている暇はない。私は忙しいんだ」

「いいえ。そうはいかないわ。あなたのやっていることは間違ってる」

「私が自力で習得した力だ。何をしようと勝手だろう?法にも触れていない」

「ええ。表の法にはね」

表の法?

法に裏があるとでも言うのだろうか?

興味を持った晃は2人の会話に聞き入った。

「仕方ない…表の法にも触れることになるかも知れんが……君には黙っていてもらおう」

「ッ!?」

晃は自分の眼を疑った。

黒田の右手が光っている。

「こんなところで強行突破?一般生徒もいるのよ?」

「片っぱしから記憶を消せば良いだけだ」

記憶を消す?

何を言っているんだこいつらは。

晃は驚いてはいたが落ち着いていた。

どうやら異常な事態には耐性がついてしまっているようだ。

よく考えればこのくらいあの時と比べれば軽いものだ。

ゾンビが出てきたわけでも、巨大な花に食われそうになっているわけでもない。

「しょうがないわね」

「まずはお前の記憶からだッッ!」

黒田が彼女に向って右手を突き出した時だった。

彼女はヒラリとそれをかわすと、黒田の腹部に拳を突き出す。

「うッ…」

そしてよろめく黒田の首筋に、追い打ちをかけるように手刀を喰らわせた。

「ふぅ」

「お、おい!」

気絶して倒れる黒田を、晃は慌てて支えた。

「どういうことだ…?記憶を消すって……」

「魔術よ」

「魔術?」

魔術……

過去に何度か聞いたことのある言葉だ。

「信じられないかも知れないけど、この世には確かに魔術が存在する。魔術師は都合が悪いから魔術師であることを隠し、滅多に使わないようにしてるわ」

「黒田先生は魔術師だったってことか?」

「そう。彼は魔術師でありながら校内で魔術を私利私欲のために行使していたわ。私の……私達の仕事はそういう魔術師達を裁くこと。法じゃ裁けないし、まず完全犯罪になるから警察にはわからないわ」

「なる…ほど」

突飛ではあるが筋は通っている。

彼女はポケットから携帯を取り出すとどこかに電話し始めた。

しばらくすると、黒いスーツの男達が現れ、黒田を連れて行った。

「じゃあ、もう行くわね。あなたも人を待ってたんでしょう?」

「あ、ああ」

「それじゃ」

そう言って晃に背を向けた彼女を、晃は呼び止めた。

「ま、待ってくれ」

「何?」

「せめて、名前だけでも教えてくれ」

彼女は振り向いてクスリと笑った。

「鏡子。桧山鏡子よ。あなたは?」

「河合晃」

「そう。何だかもう一度会いそうな気がするから、覚えておくわ。それじゃあ」

そう言って彼女は……鏡子は再度晃に背を向けた。

晃は、見えなくなるまでその場で去って行く鏡子の背中を見つめていた。



あれから2年程。

語学の道へ進むことを決めた晃は外国語を本格的に学び、通訳として働くことを決めた。

進学先もそういう大学である。

家を離れ、大学の近くのアパートで暮らし始め、徐々に晃は自立していった。

高校時代の友人達とももうしばらく会っていない。

昔のことを思い出す余裕もない。

だが、ただ1つ晃の頭に強烈に残っている思い出がある。

桧山鏡子。

彼女の名前が、容姿が、仕草が、言葉が。

脳に焼きついて離れない。

魔術なんて言葉を少しでも聞いたらすぐに彼女を思い出す。

大学の帰り、晃は鏡子のことを思い出しながら帰路に着いていた。

アパートの近くの公園。

夜のため、子供達はいない。

カップルも見えない。

この公園、夜は静かである。

晃は何気なく公園に入った。

特に意味はない。

本当になんとなくだ。

だが、この「なんとなく」が人生を左右することが稀にあるのだから人生とは不思議なものだ。

ブランコに乗ろうと晃がブランコに近寄った時、晃に衝撃が走った。

誰か先に乗っている。

いや、それだけなら別に構わない。

問題は誰が乗っているかだ。

見たことある顔だ。

公園の中の小さな灯りに照らされ、彼女の顔がハッキリとわかる。

「あら、もしかしてあなた…」

「君は…」

間違いない、彼女だ。

「鏡子さん」

「晃君」

思わぬ再開である。

「良かった…覚えててくれたのね」

「鏡子さんこそ。俺のことなんか忘れてると思ってた」

「言ったでしょ?もう一度会いそうな気がするって」

そう言ってクスリと笑う彼女は、あの時と何も変わっていなかった。

それからしばらく2人は世間話で盛り上がった。

魔術のことや、彼女の家のことについて気にはなったがもうどうでも良かった。

ただもう一度出会い、こうして会話していることが晃には幸せだった。

「お友達…かな」

「何が?」

「私達の関係」

「うん。何でそんなこと聞くんだよ?」

「私ね、同い年の子と話すことって滅多にないから…。だから晃君、あなたが最初のお友達」

「そ、そう…なんだ」

「ね、明日もこうして会わない?まだまだ話たいことがあるんだけど、もうそろそろ帰らないといけないし」

「構わないよ。明日のこの時間。またココで」

「ええ。必ず守るわ」

そう言って鏡子は立った。

「それじゃあね」

「ああ」

そう言って立ち去る彼女の背中もまた、あの時と変わっていないように思えた。



それから2人は毎晩あの公園で話をした。

鏡子も、徐々に自分について話してくれるようになった。

桧山家が魔術の名門であること。

桧山家が女系家族で、長女の自分が後を継がなければならないこと。

桧山家の長女である自分は桧山家が代々行ってきた魔術師を裁く仕事を続けなければならないこと。

自分に4つ下の妹がいること。

自分は、桧山家など継ぎたくないこと。

桧山家には代々伝わる反魂はんこんの杖と呼ばれる物が存在すること。

何でも、反魂の杖を使えば死んだ人間が元に戻る代わりに使用者がリスクを背負う破目にあうのだとか。

その時の晃には冗談半分程度にしか聞こえていなかったが……


もう会うようになって一ヶ月以上が過ぎている。

晃も鏡子も、既にお互いのことは知り尽くしていると言っても過言ではなかった。

そして会い始めて3ヶ月が過ぎたその日。

事は起きた。

いつも通り公園のブランコで談笑する晃と鏡子。

静かな公園には2人の声しか聞こえなかったハズだった。

だが、不意に車の音が聞こえる。

この時間、この辺りは人通りが少なく、車もほとんど通らないのだが…

そしてその車は、公園の前で止まった。

「こんな公園に用でもあるのか…」

「……あの車」

「どうした?」

バタン

車のドアが開き、男が1人中から出てきた。

「こんなところで…何をしているんだ鏡子」

祐清ゆうせいさん…」

祐清と呼ばれた男はブランコの方へと歩み寄る。

「知り合い?」

「知り合いというか……その…」

「僕の婚約者フィアンセが迷惑かけてすまないね」

「ふぃ、フィアンセ……!?」

「紹介してなかったのか鏡子?」

祐清が問うが、鏡子はうつむいて答えない。

「まあいい。僕は綾小路あやのこうじ祐清ゆうせい。正真正銘、鏡子の婚約者だ」

「私は…私はまだ認めてない…」

「君が認めなくても家が認めた。その時点で僕と君は婚約者だ。なに、悪いようにはしないさ。僕の指示に従えばね」

「私の結婚相手は、私で決める。大婆おおばあ様にも伝えておいて」

「聞きわけのないだ」

「……」

状況を把握しきれていない晃はそんな2人のやりとりを呆然と見つめていた。

「君、すまなかったね。それじゃあ」

祐清はそう言うと鏡子の手を強引に引っ張る。

「痛い!」

「君が抵抗するからだ。早く来い」

祐清はグイグイと鏡子の手を引っ張る。

「待てよ」

「……」

背を向けた祐清を、晃は呼び止めた。

「君か…。何だね?」

「鏡子は、嫌がってる」

「君には関係ない」

「あるさ」

「ないな。断言しよう」

「友達…だ」

「友達か…薄っぺらい関係だ。婚約者同士である僕らの関係に比べれば遥かに薄っぺら………」

パン!

静かな公園に平手打ちの音が響いた。

「あなたなんかに……あなたなんかに薄っぺらだなんて言われたくない!少なくともあなたと過ごす時間なんかより、彼と過ごした時間の方が楽しかった…!あなたとの関係の方が、よっぽど薄っぺらよ!」

「鏡子…」

気丈に叫ぶ鏡子を前に、祐清は動揺する素振りも見せなかった。

ぶたれた右頬を手で押さえると、祐清は晃と鏡子を睨んだ。

「僕の顔とプライドに傷を付けたな……?」

「お前は鏡子を傷つけてる。これでおあいこだ」

バサ!

祐清は身に着けていた手袋を取ると、晃の足元に投げ捨てた。

「取れ。決闘だ」

「決闘?古臭い奴だなお前は。ようはケンカだろ?」

「良いから取れ」

「はいはい」

晃は手袋を拾うと、後ろに投げ捨てた。

「後悔するぞ」

「お前がな」

晃が言い終わるか言い終わらない内に、祐清は晃に殴りかかった。

晃はそれを避けると祐清の顎めがけてアッパーを繰り出す。

祐清は首を後ろに傾け、すれすれでアッパーを避けると空いている左拳を晃の顔面めがけて突き出した。

ゴッ!

晃の顔面に祐清の拳が直撃する。

「痛ぇなコラ」

「観念したか?」

「しねーよ。この程度じゃ」

晃は一旦後退して態勢を立て直すと、もう一度祐清に殴りかかった。

ガッ!

しかし祐清は振り上げた晃の右腕を軽々と掴んだ。

「所詮は素人だな。一流のコーチの元で武道を学んだ僕の敵じゃない」

ドゴォッ!

余裕の表情で話す祐清の顔面に、晃は思い切り左拳を叩きこんだ。

「どっちが素人だ糞お坊ちゃま」

祐清は鼻から血を流しながらその場に仰向けに倒れた。

「勝ったぞー鏡子ー」

振り向いて嬉しそうに手を振る晃に、鏡子は穏やかに微笑んだ。

「ふざけるなッッッ!!!」

ゆっくりと鏡子の元へ歩み寄ろうとする晃の背後から、祐清の怒声が響く。

「今のは油断しただけだ…ッ!もう一度、もう一度やれば僕が勝つんだッ!」

「情けないな。お前の負けだ。認めろよ」

「うるさい……!!」

ボォッ!

「!?」

突然、祐清の手に炎が灯る。

恐らく魔術だろう。

「あなた、魔術を使う気……?」

「それがどうした…?僕の習得した魔術だ…。どう使おうと君には関係ないッ!」

そう言った祐清と、2年程前の黒田が重なって見えた。

「そう、使うのね…」

そう呟くと鏡子はゆっくりと歩き、晃の前に立った。

「何だ鏡子……!引っ込んでいろ!!」

鏡子は何も言わずに祐清に近寄ると、祐清の頭を掴んだ。

「な、何をする気だ……!?」

「ごめんなさい」

バチバチバチバチッ!

祐清の身体に強烈な電流が走る。

「あああああああッ!!!」

そして祐清はその場に倒れた。

「鏡子さん……」

「晃君。私、決心が着いた。私と来てくれる?」

「……ああ」

何か思い詰めたような顔をした鏡子の頼みを、晃は断ることが出来なかった。



「これは……」

晃は驚愕した。

今晃がいるのは鏡子の実家である。

どうやらこの近くだったらしい。

そしてある一室に通された。

縦に広い畳みの部屋。

一番奥の掛け軸の前に老婆が座っており、両端に何人かの男女が座っていた。

「大婆様……。彼が…」

「何も言わずとも良い。話は聞いておる」

老婆はゆっくりと口を動かして喋る。

「お主が河合晃か」

「は、はい」

妙に緊張して堅くなった晃はぎこちなく答えた。

「この者が婿殿を倒したと?」

「はい」

「魔力があまり感じられんが?」

「彼は魔術師ではありません。訓練すればまた違いますが……」

「ふむ。それで鏡子、お前の話とは何だ?」

老婆の表情が一変する。

物凄い威圧感である。

これが桧山家現頭首……。

「彼と…」

「彼と結婚させて下さいッ!!」

「………………………へ?」

思いもよらない展開に、晃はあんぐりと口を開けた。

結婚させて下さい?

誰が?

誰と?

鏡子さんが?

俺と…!?

「あの、鏡子……さん?」

「彼の実力は祐清さんをも上回ります!それに、訓練すれば魔術師にだって…」

「ならぬッッッッッ!!!!」

老婆とは思えぬ気迫。

「鏡子、お前はいずれは桧山家の頭首を務める娘じゃ。そのお前がこのような一般人と結婚…?寝言は寝てからにせぬかッ!」

「それなら……それなら桧山家なんて、継がなくて良い」

「なんじゃと……!?」

「元々私は当主になんて興味がないし、やる気のある妹に継がせてあげて」

「鏡子、お主本気で言っておるのか?」

「本気よ、大婆様。出て行けと言うのなら出て行きます」

晃は再び口を開けたまま呆然としていた。

「……そう言えばまだお主の意見を聞いてなかったの」

ギロリと、老婆の鋭い眼光が晃に向く。

「お、俺…ですか?」

「そうじゃ。お主はどうなのじゃ?鏡子と結婚したいか?」

怖い。

本気で怖い。

この老婆、晃を本気で睨みつけている。

晃は心から恐怖を感じた。

横を見ると真剣な眼差しで鏡子が晃を見ていた。

そして気が付けば、部屋中の人間が晃を見ていた。

「お、俺は……俺は……」

しばらく口籠ったが、晃は決心したかのように老婆を真っ直ぐに見据えた。

「鏡子さんと、一緒にいたい!」

その一言で辺りが一瞬静まり返ったが、すぐにざわつき始めた。

「静まれッ!!」

老婆の一括で、再び辺りが静まり返る。

「鏡子」

「はい」

「出て行きなさい」

「……」

「苗字は桧山にしなさい」

「え…?」

「式にはちゃんと呼びなさい」

「それって…」

「それから……」

老婆の思いがけない言葉に鏡子だけでなく、部屋にいる人間全てが呆然とする。

「孫の顔はちゃんと見せに来なさい」

「大婆様……」

「早く用意をして出て行きなさい」

「はい!」



「ねえ、晃君」

「ん?」

身寄りのなくなった鏡子を晃の家に連れて帰る時のことだった。

「どうして、あの時私と結婚したいなんて言ったの?」

「……」

晃はしばらく口籠った後、立ち止まり、真っ直ぐに鏡子と向き合った。

「あの日会った時から今日までの間に鏡子さんに惚れた……そんな理由じゃダメか?」

「晃君…」

「鏡子さんは嫌だった?」

「そんな……そんなことないよ……」

鏡子の目から大量の涙が溢れ出る。

涙とは悲しい時にだけ流すものではない。

そんな鏡子が不意に愛おしくなり、晃はその場で鏡子を抱き締めた。



あれから数年。

晃と鏡子は結婚し、幸せな家庭を気づいていた。

晃は通訳として働き、子供が生まれて育児で忙しい鏡子は専業主婦として暮らしていた。

子供は2人。

男の子と、女の子。

今はそこそこ成長し、手がかからないくらいにはなっている。

晃はたまにしか帰って来ないため、子供達にも顔を忘れられる程である。

帰って来る度に嘆くのだが、仕方のないことである。

だが、悲劇は突然訪れた。

小学校の通学路で運転手の過失による交通事故が発生した。

負傷者3名

死者1名

いずれも小学生である。

「そんな……」

事故現場で鏡子は呆然と立ち尽くした。

無理もない。

我が子が頭から血を流して死んでいるのだ。

「嘘でしょ……」

あまりのことに言葉がうまく出ない。

涙を流す余裕もなく、ただただ呆然と立ち尽くしていた。

「嘘よ。嘘に決まってる」

鏡子は呟くと倒れている少年を、我が子を抱き上げた。

「この子が死ぬハズがない」

そのまま鏡子は狂ったように走った。

実家に向かって……



「大婆様」

「鏡子か」

鏡子が部屋に入ると、祖母は茶をすすっている所だった。

「反魂の杖って、どこにあるの?」

「反魂の杖?あれならそこに飾ってある」

祖母の指差した先には杖があった。

掛け軸の前に飾ってある。

「……お前まさか」

「ううん、気になっただけ」

「その子……まさか…ッ!」

祖母が気づいた時には遅かった。

鏡子は素早く反魂の杖を手に取ると部屋から走って出て行った。

「待ちなさい!鏡子!その杖を使えば、お主もそれ相応のリスクを背負うことになるんじゃぞ!?」

もう祖母の声など聞こえていない。

鏡子はひたすら走った。

バタン!

ようやく辿り着いた家のドアを勢いよく開ける。

「お母さんお帰り」

「た、ただいま」

娘に一言挨拶すると、鏡子はすぐに上の階へ上がった。

2階の寝室のベッドに、ゆっくりと我が子を寝かせると、鏡子は意を決したかのように杖を強く握った。

「………」

何年か前の、祖母の言葉を思い出す。


 反魂の杖、それは死者を蘇らせる強力な魔力を持つ杖じゃ。

 じゃがな、死者を蘇らせることはこの世の摂理を捻じ曲げることになる。

 それが何を意味することかわかるな鏡子。

 世の摂理を曲げると言うことはそれなりのリスクを負うことになる。

 決して使うでないぞ。


あの頃の鏡子は素直にうなずいた。

こんなもの、一生使うことはないだろう。

そう思っていた。

だが今、鏡子はその杖を片手に、既に生を失った我が子を前にしている。

「私はどうなっても構わない。だから……」

そしてゆっくりと、杖を我が子に向けた。

パァァァァァ

激しい光が杖から放たれ、辺りが真っ白になる。

『良いのか?』

どこからか声が聞こえる。

低い声だ。

「ええ。構わないわ。あの子の魂をこちらに返して」

『私もそれは構わない。だがお前は良いのか?』

「何度も言わせないで。私はどうなっても構わない」

『そうか……。なら良いだろう。お前の息子を蘇らせる代わりに、100年だ。100年の時を我々に捧げるが良い』

「………わかったわ」

もう戻れない。

こうなることは予想が出来ていた。

『少し時間をやろう。現世の者に別れを告げるが良い』

その言葉を最後に、白い光は消え、元の寝室に戻る。

「……母さん?」

「………ッ!!」

言葉が出なかった。

先程までピクリとも動かなかった我が子が目を開け、鏡子を呼んだのだ。

鏡子は何も言わずに我が子を抱きしめた。

「どうしたんだよ母さん」

「お母さん、ちょっと出かけてくるから」

「う、うん。わかったよ」

鏡子は涙を流しながら寝室を出て1階に降りた。

そして鏡子は黙々と宿題を進める娘を後ろから抱き締めた。

「お母さん?」

「ちょっと出かけてくるけど、必ず帰ってくるからね」

「うん」

そう言って娘から手を離すと、電話機の近くにあったボールペンとメモ帳を1枚取って外へ出た。

「ごめんね……ごめんね………」

鏡子はボロボロと涙を流しながらメモ帳に何かを書き始めた。

そして書き終えると、それを玄関のポストへ入れた。

『もう良いのか?』

「ええ。もう終わったわ」

『行くぞ』

「ええ」




お母さんはお父さんが帰って来ないのでしばらくお母さんの元の家へ帰ります。

寂しいかもしれませんが我慢がまんして下さい。

でもいつかきっと帰って来るので、そのときまでっていて下さい。


いとしいが子へ



それから数ヶ月後。

息子にその手紙を渡された晃は呆然と立ち尽くした。

「どうすんだよ…!アンタのせいだッッ!!」

初めてだ。

息子にここまで敵意を剥き出しにされたのは。

「待ってくれ…。何かの間違いだ……」

晃はこの状況を受け入れるこが出来ず、ブルブルと震えた。

「ちょっと行ってくる」

「どこへだよ!?」

息子の質問にも答えず、晃は外へ飛び出すと、すぐに車で桧山家へ向かった。



「晃…か」

桧山家へ着くと、鏡子の祖母が出迎えてくれた。

「鏡子は…鏡子はッッ!」

「お主もう少し早く帰ってくればの……」

鏡子の祖母は、戸惑う晃に淡々とこれまでの説明をした。

交通事故のこと。

反魂の杖のこと。

反魂の杖の使用によるリスクのこと。

「嘘だろ……」

「全て真実じゃ。お主が読んだ手紙は子供達を心配させないための嘘じゃろう……」

「なあ、婆さん」

「なんじゃ?」

「鏡子に会わせてくれ」

その言葉を聞き、鏡子の祖母は口籠ったが、すぐにどこかへと歩いて行った。

2分ほど待つと、右手に短剣のようなものを握って帰ってきた。

「それは……」

鏡子の祖母は何も言わずに晃の右手に短剣のようなものを握らせた。

「少しだけじゃ。この短剣で少しだけ空間に穴を空ける。その隙に鏡子のいる境界へと向かい、穴が消えぬ内だけ話してくるが良い」

「………わかった」

晃は短剣をギュッと握りしめた。

晃は短剣をゆっくりと空に突き立てた。

そして、切れ目をいれるようにゆっくりと振り下ろした。

奇妙な光景だった。

空間に切れ目が入っている。

「行って来る」

「必ず帰って来るのじゃぞ」

「ああ」

そして晃は迷わず、その切れ目の中へと入って行った。





一度気を失ったようだ。

晃は朦朧もうろうとする意識の中で、辺りを見回した。

その場所は一言で形容するなら路地裏であった。

こんな所に本当に鏡子がいるのか?

疑問に思いながらも晃は前へ歩いて行った。

「……」

いた。

確かに鏡子はココにいた。

しばしの沈黙。

互いに見つめ合うだけで、言葉を発しなかった。

「鏡子……」

沈黙を破ったのは晃だった。

「お前……何でこんな……」

「あの子を救うにはあの方法しかなかった」

「だからってお前がこんな目に合う必要ないだろ!」

「私が任された仕事は、100年の間この境界を守り、通る者を導くこと」

「100年………」

100。

ありふれた数字ではあるが、年数にすると途方もない。

「私はもう帰れない。だから……」

「何言ってんだよ…ふざけんなよ……」

「あの子達を…………。英輔と麗華をお願い」

「鏡子……」

「早く行って。出来れば、私のことも忘れて」

「何言って……」

鏡子の目から溢れる涙が、晃にそれを悟らせた。

いっそ忘れてしまって楽になりたい。

そう思ったからこそ、晃にも忘れろと。

晃の目からも自然と涙が溢れ出る。

「今からあなたを元の世界に強制的に帰すわ」

「絶対……からな」

鏡子の力だろうか?

晃の背後にはココに来る時よりも遥かに巨大な空間の切れ目が出来ていた。

「さよなら晃」

やがてその裂け目は晃の身体を吸いこみ始める。

「絶対、お前を助ける方法、見つけ出してみせるからなッ!!!」

その言葉を最後に、晃の意識は途切れた。

空間の切れ目が、晃の身体を飲み込んだ………




「お父さん…お母さん…」

「泣くな麗華、俺がいる」

泣きじゃくる妹、麗華を英輔は必至で慰める。

身勝手な母。

無責任な父。

両親にここまでの怒りを覚えたのは生まれて初めてだ。

「麗華、俺が傍にいる……」

そう言って彼は、桧山英輔は最愛の……唯一傍にいる肉親を…ギュッと抱きしめた。

後半の展開が少々駆け足になってしまいましたがどうでしたでしょうか?

ちょっと最後が消化不良な気もしますが(笑)

一応ある作品と繋がってますのであえて最後に終わりを示す言葉は書きませんでした。

この作品から見た方は是非「〜夢は現となりて〜」も御覧下さい^^

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― 新着の感想 ―
[良い点] 短文と会話文の連続でテンポが良いのでサクサク読めるのはよい。それこそライトノベルだ。などとい言ってみる。 [気になる点] なんだか小説のプロローグみたいな部分なので仕方がないけれど、展開の…
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