みっつめの偶然◆みっつめ
翌日は土曜日だった。寝坊してもいい貴重な日なのに明け方目が覚めてしまった。
そうだ。あの池に行こう。失恋といえば定番は海だけど海まではここから遠いし、なによりもあの池の色から始まった恋だから、あの池に捨てに行こう。
学生の頃と同じ道を同じ自転車で走り、途中の自販機でお茶を買って池に着いた。一部はコンクリートで護岸工事がしてあるが、奥の方は自然のままだから早朝から釣り人達が糸を垂れていた。私は道端に自転車を止め、コンクリートの護岸を途中まで降りて、座りやすい場所に体育座りをしてお茶を開けた。
ごめんね、Takaさん。きっとTakaさんは稲葉主任の恋人なんだよね。だから主任の家に絵があったんだよね。私が変なメール送ったからびっくりしてわざわざ会社まで来たんでしょう? あの出来事はそういうことなんだよね?
はははっ、と力のない笑い声が漏れた。なんだか泣きたいのにおかしくてたまらなかった。Takaさん、私のメールまだ読んでくれるかなぁ。今の気持ち、汚いところをアライグマみたいに洗って綺麗になったら、メールで送ってもいいかなぁ。
――それとも全部全部ぜーんぶ私の思い込みで、Takaさんと主任とあの女の人は全く関係なくて、Takaさんは私からきた変なメールの意味がわからなくて困惑してて、稲葉主任は私と同じようにあの絵を偶然みつけて模写しただけで、あの女の人はたまたま稲葉主任に用があって来ただけとか?
どこまでが現実で、どこからが私の想像なのか分からない。起こったと思っていた出来事ぜんぶ私の思い込みかもしれない。
「優子ちゃん?」
心臓が止まるかと思った。すぐ後ろに稲葉主任がいた。
「稲葉主任っ、何やってるんですかこんなとこで?」
「優子ちゃんこそ何やってるの、こんな朝早く」
「アライグマになろうと」
「アライグマが出るの、ここ?」
「えっ、知りませんよ」
私が慌てているせいか、話がうまくかみ合わない。
「優子ちゃんに訊きたいことがあるんだけど」
「はいっ」
「なんであいつが優子ちゃんと昼飯食べたこと知ってるの? 何か迷惑かけられてない?」
この時までまだ私は少しの希望を残していたらしい。昼ごはんのことを知っているなら、彼女がTakaさんだ。確定。なんでこんなにがっかりするんだろう。答えは私が稲葉主任を好きになったから。
「迷惑なんて、そんな全然。――私、Takaさんとメールで文通してたんです」
稲葉主任が顔色を変えた。
「前に画像検索で見つけて、アーカイブサイトで元のページ開いてそこに書いてあったメルアドにメール送ったんです。それで、ずっと稲葉主任のつもりでメールで感想を送ってたんです。それでTakaさんは稲葉主任なんですかってメール送ってしまって」
言いながら何故か涙が出てきた。
「ごめんなさい。割り込んだりするつもりじゃなかったんです。迷惑かけてたらごめんなさい。ただTakaさんの絵が大好きなだけだったんです」
そしてTakaさんだと思い込んで稲葉主任を好きになっただけなんです。




