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みっつめの偶然◆ふたつめとみっつめの間 1

 翌日の土曜日、昼過ぎになって稲葉主任からメールが届いた。ゴメン、という三文字に頭を下げる絵文字つき。あの絵のことを訊きたかったけど、メールではとても訊けない。自重、という二文字にしかめ面の絵文字をつけて返した。いちおう上司だけど、これくらいは言わせてもらわないと。

 日曜日の夜、友達と飲んで帰って、酔った勢いでこの前アーカイブを見てメモしたメルアドにメールを書いた。


『はじめまして。高野優子といいます。Takaさんの絵大好きです。HPが閉まっていて残念です』


 月曜日、稲葉主任はいつもと変わらなかった。昼休みの後で金曜日のお詫びだと言ってロールケーキを買ってきてくれたので、三時に女の子だけで食べた。

 火曜日、PCのスイッチを入れると新着メールの通知が出た。変な汗をかいた。メールソフトが立ち上がるのをじりじりと待ち、新着メールを開いた。


『高野様 はじめまして。Takaと申します。絵を見て下さってありがとうございました。……』


 そこから始まるメールは、絵の印象とは違っておどろくほど饒舌だった。その文面だけを見ると、稲葉主任とTakaさんはやはり別人かと思えた。わざと別人を装っているのか、それとも本当に別人なのか。しつこく返信ボタンを押した。


『Taka様 ご返信ありがとうございました。高野優子です。最初は画像検索で偶然みつけて、それからアーカイブサイトで捜しましたが3枚目の絵までしか見られませんでした。でもどの絵もすごく好きでした。再開の予定はないんですか?』


 悩むと送れなくなってしまうから、目をつぶって送信ボタンを押した。


 水曜日、どきどきしながら仕事を終えて帰宅すると、またPCのスイッチを入れた。新着メールの通知はなかった。

 木曜日、同じようにPCのスイッチを入れると新着メールの中に添付ファイルのついたものがあった。


『高野様 再開は考えていませんがデーターが残っていたので、よかったら見てください。大きくてすみません』


 添付ファイルは、アーカイブではエラーになって見られなかった四枚目だった。絵をディスプレイ全面に表示したら、思わず溜息がでた。もしTakaさんが主任でも主任じゃなくても、男でも女でも、私はこの絵と、この絵を描く人がものすごく好きだ。


 それから、奇妙な文通が始まった。私はお礼のメールに長々とした素人くさい感想を書いて、一晩置いて文章を削ったり足したりしてから送った。それに対する饒舌な返信と、別の添付ファイル。また同じようにして私は感想を送り、絵を一枚づつ見せてもらった。


 稲葉主任には全く変わった様子はない。やっぱり主任じゃないんだろうか。


 最初にメールを貰ってから二週間後の火曜日。稲葉主任に昼に誘われた。

「明日の昼ですか?」

「うん。駄目なら明後日でも」

「なんですか?」

「人事考課のヒアリングを外でやるだけだから、そんな構えないで。男どもとは夜飲んで喋ったりしてるけど、優子ちゃんとはあんまり話す機会がないから」

 人事考課と言われて思い切り構えたと同時にメールの件じゃなかったのかとがっくりと落ち込んだ。


 翌々日の木曜日昼。課の皆に送り出されて主任と私は少し早めの昼休憩に出た。同僚同士でお昼を食べにくるにはちょっと高めの、お給料日かボーナス日にしか来られない店でランチを食べながら、仕事や人間関係について悩み事はないかとか、目標はあるかとか、いろいろ訊かれた。主任は私の答えをいちいち考査シートに書きこんでいった。最後にシートから目を上げて主任が言った。

「優子ちゃんて彼氏いるの?」

「ええー!?」

「いやっ! セクハラじゃなくて。結婚したら仕事はどうするとか、そういう予定はある?」

「全然考えてません。相手もいません」

「退職規定では自己都合退職は一ヶ月前通知でいいことになってるけど、本音を言えば来年度の人員配分に関わるから早めに教えてもらえると助かる。突然決まることもあると思うけど、前々から分かることなら教えて欲しいんだ。もちろん皆には言わないから」

「ほんとにいませんてば」

「あと、何か悩み事とかある? 会社のことじゃなくても」

「特に悩みはありません」

 ただ、知りたいだけです。主任は絵を描くご趣味があるんですか? Takaさんって主任のことなんですか?

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