みっつめの偶然◆ふたつめ
金曜日の夜だった。課の飲み会、更に二次会のカラオケ後、稲葉主任がもう一軒行こうと言うので、同じ方向に帰る私と一番若手の営業マンの鈴木さんの二人だけ断りきれずに連れて行かれた。自分が誘ったわりに、ちょっと目を離した隙に主任は寝息を立てていた。
「どうしたんだろうな、稲葉さん。何かあったのかな」
そう言って鈴木さんが主任に肩を貸したので、二人分の書類鞄を持った。
「鞄持ちますね」
「悪い。まったくしょうがないねぇ、このおじさんは」
「いいかげん、いい歳なんだから自重して欲しいですよね」
そう言いながらも三人でタクシーに乗り込み、主任の家へ向かった。
エレベーター(あって良かった)で四階まで上がり、私が主任の上着を探ってみつけた鍵で玄関を開けた。
「どうしよう、脱いだままの下着とか落ちてたら」
「じゃあ目をつぶって手さぐりで前進だ」
「余計怖いですよ」
そう言いながら先に入って明かりをつけ、鈴木さんにひきずられる主任の足から顔を背けて靴を脱がせ、先回りして寝室らしいドアを開けた。
空っぽの部屋に、机と画材。床に広げるように散らかった画用紙。
「そっち? 布団敷くの?」
「いえっ、違うと思いますっ!」
慌ててドアを閉め、隣のドアを開けると今度こそ、そこにベッドがあった。
「こっちです」
「ズボンくらいは脱がせてあげよう」
主任をベッドに降ろした鈴木さんが、主任のベルトに手を伸ばしたので慌ててドアを閉めた。それから、さっき見た光景を思い出してみた。床に散らばった画用紙に描かれた、印象派のようなあいまいな、でももしかしたらただの抽象画なのかもしれない青系のグラデーション。
確かに同じ絵だった。それに主任の下の名前は崇史と言った。
色々な考えが洗濯機の洗濯物のようにぐるぐると脳を回る。鈴木さんが出てきた。
「どうしたの、優子ちゃん」
「いえ、何でもありません」
見てはいけないものを見てしまったような、でもあと一歩踏み込みたいような、そんな割り切れない気持ちで稲葉主任の家を後にした。