喋る猫
ザラッ···ザラッ···
「······。」
目を開けると目の上は、真っ青な空だった。
「あ、気が付かれましたか?」
「ん?」
声はすれども姿はなく···
真っ白な猫が俺の頬を舐めているのがわかる。
「怪我はないように思われますが。どうですか? 立たれますか?」
首を声のする方向に傾けると、やはり猫がちょこんと座って···
·
··
···
「大丈夫ですか?」
「夢だ。猫が喋るだなんて、夢に違いない···」
そう思って再び目を閉じようとした俺を、コイツは俺の胸ぐらをがっしり掴んでガクンガクン揺らしやがった。
おかげで···
「ぅげ···ぇ···んぷ」
頭はクラクラするし、気持ち悪くてリバースするしで、散々な目に合わせやがった。
「─で、要するに? お前の名前は、ラプタスで庭で姫様と戯れてる時に、気付いたら俺の世界にいて···」
「そぉーなんですよぉ!! いきなりなんて、酷いじゃないですか? そう思いませんっ?!」
「······。」
喋ったと思ったら、今度は小さな目からボロボロ涙を流しながら泣く始末!
(って、猫って涙流すのか? いや、そもそもコイツ···)
「なにお前立ってんの?」
(猫の癖に二足で立ちやがった)
「はい? なにかおかしいですか? 私は立ったり、しゃがんだり、走ったり出来ますよ?」
「······。」
俺の目の前で、何故かおもむろに準備運動をし始めた猫。
「いやぁ、動いた後に飲むこの1杯! たまらないですねぇ。あ、飲みますか?」
(どこから出した? その瓶の牛乳。ねこなら舐めろよ。腰に手を付いて、一気に飲むんじゃねーよ)
と、まぁ俺が思ってる事は、絶対に辿り着いてないのか···
「で、ところであなたどなた?」
「······。」
(コイツ···忘れたのか?)
「なぁーんて! さっ、風が姫様の匂いを運んでいます。行きましょう」
白猫·ラプタスは、天に鼻をクンクンさせて立ち上がると小さな手を俺に差し伸べてきた。
「ふん。立てるし···」
汚れた尻や膝を叩いて立ち上がり、周りを見渡す。
(景色はいいが···)
「なぁ、チビ。ほんとにここ人なんていんのか?」
状態の田舎。草むらと道しかない。
「······。」
「おい、チビ」
目の前を颯爽と歩く白猫は、俺がチビ扱いしたのが気に食わないのか、澄ました顔で歩いてる。
「ラプタス···」
「おや? どうしたんですか? いきなり、私の名を呼んで」
(コイツ···)
殴りたい。けど、殴ったら動物虐待になっちまうっ!
そう思ってひたすら我慢した俺だったが···
テクテク歩くこと1時間···
「姫様の匂いが、近付いてますよ? ダイスケ様」
猫なのに、歩くのが疲れたのか急に俺の背中に爪を立て登り始めたコイツは、いまは俺の頭に両手を乗せ、肩車のように周りを見渡している。
「降りろよ、いい加減。ほら、あそこの子供がお前を見てるぞ?」
と言っても無視を決め込み、鼻をクンカクンカさせている。
「そういえば、私まだランチを食べていないことを思い出しました」
「······。」
「ダイスケさん! あそこのお店から美味しそうな匂いがします。行きましょ、行きましょ!」
小さな子供が、父親の頭を叩くようにラプタスも俺の頭を叩くが···
「行かねーよ。んな金ねーし」
(そもそも、こんな訳のわからない世界で日本の通貨が利用できるとは思えねーし。つか、いま何時だ?)
「金? あぁ、お金のことですね。それなら心配いりませんよ! さ、早く早く。お腹が空きすぎて倒れてしまいそうです」
無視してそのまま通り過ぎようとした俺の顔に、ラプタスは爪を立てまくり···
「んな、バカな話なんてあるもんか」
爪が刺さった両頬を撫でながら、れんが造りの建物に入る。
「イラッシャイマセー」
「マセー」
大柄な女性と一緒にその人の子供?が、小さなエプロン姿で現れた。
「ラプだ! かぁちゃーん、ラプきた!」
小さな子供は、俺の周りから離れず、
「ここ! ここっ!」
と空いている席まで案内してくれたのに、ラプタスは顔ムシを決め込んでる。
(シッポ、かなり揺らしてるのに!)
「メリンダさん。いつものお願いできますか?」
用事を伺いに来たのは、メリンダと言うらしく、
「ライラ、邪魔邪魔!」
と席から離れない子供は、ライラというらしく女の子であった。
「はいよ。今日は、お連れさんと? じゃ、2つだねー。あんたー、ラプタスさんとこいつもの2つ!!」
と大きな声で言うと、店の奥からドラみたいな大きな音と振動が伝わってきた。
「ここのはね、本当に美味しいんですよ。ダイスケさんも一度食べたら病みつきになりますから!」
なんとなくその言葉を耳で受け取りながら、そのライラと呼ばれた少女(には見えない)を見ると、何故か首を振っている。
「見た目より、広いんだな」
見た目は、本当に狭そうな感じのたたずまなのに、中には入ると映画館?並の広さで、おかしな感覚になってくる。
周りに客も居るのに、料理が遅くなっても誰も文句は言わないし、催促もない。
騒いでいるのに、うるさく感じないのは何故だろう?
「はいよ。オマチドウサマ」
コトンコトンと揚げたての唐揚げが、フツフツと小さな泡をたて目の前に置かれた。
「ささ、食べましょ、食べましょ! ほら、出来立てが美味しいんですからね」
とラプタスは、猫の癖にできたての熱々な唐揚げを美味しいに手に掴むと食べ始めた。
「唐揚げ、か。別にどこにでもあるだろ···」
母さんが、いつも作ってくれる唐揚げよりは些か小ぶりだが、柔らかくてジューシーではある。
「でしょぉっ!」
「お、おうっ。つか、疲れないのか? そんな格好で···」
ラプタスは、テーブルに両手をつき、後ろ足は立ったまま···
「はい? 大丈夫ですよ。慣れてますから···」
唐揚げを頬張りながら、ウインクしても···
顔を引きつらせることしか出来なかった。
そんな食事も終わりが近付いて···
「いやぁ、本日の唐揚げも美味しかったですよ、メリンダ···」
「まぁま、いつもありがとうゴザイマス」
「おじちゃん。おじちゃんも、美味しかったの?」
メリンダさんの後ろから、ライラが顔だけを出して聞いてきた。
「うん。美味かったと思うよ」
(そういや、さっき頑なに首を振ってたな)
「美味しい? だって、ゲロゲロだよ?」
「ん? ゲロゲロ?」
(ゲロゲロ? ってなんだ?ゲロ? ゲロ···?)
なんとなくいやぁな予感がした。いや、でもこの世界でも夏になるとゲコゲコとうるさいアレがいないとも限らない。
「うん。そうだよ。ゲロゲロ! なんかね、気味が悪いの。真っ青な色してね···」
(なんだ青色か。じゃ、違うな。現実の世界じゃ、緑色だもんな)
「さぁ、行きましょうか? 姫の匂いが先程よりも近付いてきてますよ?」
なんだか妙に急かすラプタスだったが、ライラがにこにこして俺にあるモノを差し出してこう言った。
「おじちゃん、これがゲロゲロだよ!」
「······。」
(見たことがある物体。これは! これは···)
ドサッ···
「おやおや? 倒れてしまいましたね? 駄目ですよ? ライラ」
「だーって、ラプタスのお友達だから。仲良くしてくれるかなって···」
(しょうがないですね。あと少しで姫に会えるというのに。このお方は···)
「いいですね? 私がこの姿になったのは、誰にも言わないで下さいね。いずれにしろ、彼は知る事となりますからね」
気を失ったダイスケをひょいと担ぎ上げると、小さく礼をし、店·タンタルーガをあとにした。
「全く世話が焼けますね。人間ってのは···。あんな美味しいもので、気を失うだなんて。あー、もったいない···」